take and give

2006年6月23日 (金)

テイク アンド ギブ(日常のこと)

「これだけのことをしてあげたのに、お礼の一言もない(怒)」
なんて思ったことはありませんか?

でも、「これだけのことしてあげた」背景には、
「これだけのことをしてあげ」たくなる想いが私の中にあったから。

私の子供として生まれてきてくれた感謝
私を生み 育ててくれた親のぬくもり
いつも気にかけてくれた先生の包容力
教える身が、逆に教えられることが多かった教え子の成長
話を聞き続けてくれた友人のありがたさ
自分のことは二の次で親身になってくれた人々
なにをしてくれたかが問題ではなく、そこにいてくれるだけで私にとってかけがえがなかった

すでに「テイク」をいただいていたんだなぁ。
だから「ギブ」した私なのに、それに「テイク」を求めてしまった。

「これだけのことをしてあげたのに、お礼の一言もない(怒)」ではなく、
お礼をしても し尽くせないほどのお世話になったから、なにかしたいなって想いが こころの底から 純粋に溢れたからこそ「これだけのこと」をさせてもらってたんだなぁ。

2006年6月22日 (木)

テイク アンド ギブ(現世利益)

6月12日に「現世利益」について書きました(こちら)。

現世利益って、
自分が信じたから、祈ったから、頼りとしたから、お金を出したから、
願いが叶いますように、不幸が起こりませんように、こころの安らぎが得られますように、
という図式になっていませんか?
言ってみれば「ギブ アンド テイク」

でも 私って、
自分の嘘に振り回され、
信じることも徹底できない存在。

そんな私が、自分の想いを土台にした信仰心を掲げたところで、砂上の楼閣でしかない。
そんな「ギブ」に「テイク」を期待してしまう図々しさ。

現世利益について考えていて、「テイク アンド ギブ」ってことばが浮かんできました。
合掌して南無阿弥陀仏を称えるご縁をいただけたこと
(祈るご縁、お題目を唱えるご縁、自分の出遇ったご縁に置き換えてください)
そのこと自体が、すでに「テイク」。

自分が信じて、利益を求めるのではない。
すでに私が信じられていた。ご利益をいただいていた。
だから私が南無できる。

手を合わすことすらできないはずの私が、
手を合わすことができる驚き。
それが現世利益。


2006年6月20日 (火)

行ったり来たり

私、あなたのこと信じてます。

私、あなたのことは信じません。

信じる信じないだけでなく、
好き 嫌い・愛する 愛さない・頼る 頼らない・任せる 任せない・許す 許さない、などと言い換えても同じこと。
私の想いって、徹底しないなぁ。

徹底できないから悩み、迷う。
好きな人も憎くなる。憎いけど、怨みきれない。

徹底できないのは、生きる知恵かも。
好きなものを寵愛し、嫌いなものは削除する。
終には誰もいなくなってしまう。
   
でも、信じるからこそ 信じられないということを知り、信じられないなかで 信じるということを知る。
愛するから憎むという感情を知り、憎むから愛するということを知る。


愛することは、憎むことを知る始めである
            永井荷風 『歓楽』

2006年6月19日 (月)

嘘をつくということ。

私、今まで嘘をついたことがありません。

私、嘘つきです。
   
自己保身のためにつく嘘もある。
人を助けるためにつく嘘もあるだろう。

自分のための嘘が、自分の首をしめることもある。
助けるためについた嘘が、人を傷つけることもある。
   
嘘…口が虚しい

嘘が いいとか 悪いとかではなく、
嘘をつくということは、口も こころ も虚しくなることかもしれない。
自己保身のためであっても、人のためであったとしても。

嘘をついたから虚しくなったり、後ろめたくなったりするのではない。
嘘をつくということは、虚しさ・せつなさ・後ろめたさを背負うということ。
セットなんだなぁ。

2006年6月18日 (日)

本当?

私、あなたのことは信じません。

2006年6月17日 (土)

本当?

私、あなたのこと信じてます。

2006年6月16日 (金)

嘘つき

私、嘘つきです。

2006年6月15日 (木)

嘘つき

私、今まで嘘をついたことがありません。

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