2006年10月 3日 (火)

いつか来た道

この道はいつか来た道
ああ そうだよ あかしやの花が咲いてる

        「この道」(作詞・北原白秋/作曲・山田耕筰)

「この風景どっかで見たことあるなぁ」って思うことありませんか?
自分ひとりの記憶としてなら、実際に来たことがあるとか、似た風景の場所に行ったことがあるとか、好きな写真集に載ってた風景ということも考えられますね。
あるいは、夢で見たとか、デジャヴとか、単なる思い違いだったりして。

でも、先行く人の見た風景が、今の自分に見えているのかもしれない。
初めてきた場所でも懐かしく感じることがあるのは、人のこころの中に受け継がれている風景があるからなのかもしれない。
   
   
あの丘は いつか見た丘
ああ そうだよ ほら 白い時計台だよ

この道はいつか来た道
ああ そうだよ お母さまと馬車で行ったよ

あの雲もいつか見た雲
ああ そうだよ 山査子(さんざし)の枝も垂れてる 

 

2006年10月 1日 (日)

2006年10月のことば

  Pict0005
  どんなに孤独なときも ひとりではないのです
  
私が歩んでいる道は、誰かが歩いた道。
私が歩んだ道は、誰かが歩く道。
先に誰もいなくても、振り返っても誰もいなくても、私はひとりではない。
私に先立って道を示してくださった方がいる。だから道が道として私の前に開かれる。私が歩んだその道が、後の人が歩む道となる。

「白道(びゃくどう)」
西に向かって歩む旅人の前に、大きな河が立ちふさがります。河の南側は火が燃え盛り、河の北側は水がうねりを上げて荒れています。よく見ると、河に一筋の白道が西の岸まで のびています。幅はわずか四五寸ばかり。火と水の勢いは激しく、とても白道を渡れそうもありません。そんな旅人に、盗賊や獣が襲いかかろうとしています。
旅人は西に体を向け、「引き返しても盗賊や獣に殺されてしまう。ここにとどまっても死んでしまう。水火の河を渡っても死んでしまうだろう。いづれにしても死を逃れられないのならば、私は西に向かって、この白道を歩む」と決心します。
その瞬間、東の岸より勧める声がします。
 「仁者(きみ)、決心してこの道を渡りなさい」
また、西の岸より喚(よ)ぶ声がします。
 「汝(なんじ)、決心してこちらへ参りなさい」
旅人は決心して歩き出します。その姿を見て、盗賊は呼び止めます。「この道は危険だ。帰ってきなさい」と。
盗賊が引き止める声に振り返ることなく、旅人は白道を渡り、西の岸にたどり着きます。旅人は、自分を導くよき師よき友に出遇い、空しくない人生を送りました。

「東の岸」は、私たちが住む現実娑婆世界。「西の岸」は浄土の譬え。
「水の河」は、貪り(むさぼり)のこころ。「火の河」は、瞋り(いかり)憎しみのこころ。煩悩を持つこの私の姿です。「白道」は、そんな私のこころに生じた「すくわれたい」という願い。
東の岸で「渡りなさい」と勧めるのはお釈迦さま。西の岸で「来なさい」と喚ぶのは阿弥陀如来。「引き返せ」と叫ぶ盗賊の声は、私を惑わす甘い誘い。
「旅人」は私自身。勧め、喚ぶ声・願いが、この私にかけられています。
旅人は孤独な旅を続けています。けれど、ひとりではないのです。私が気付こうが気付くまいが、既に常にお釈迦さま、阿弥陀如来の声がかけられている。
誰の目の前にも、白道が開かれています。お釈迦さまの勧める声と、阿弥陀さまの喚ぶ声が聞こえてきませんか?

「骨道(こつどう)」
私は今、砂漠を歩んでいます。獣さえも通らない、目印となるものが何もない灼熱の砂漠を。足元を見ると骨が無数に転がっています。それは、私に先立って生きていかれた方々の骨です。この道を「骨道」といいます。
私に先立って、教えを求めて生きられた方の姿がここにはあります。教えを求め、教えに出遇い、楽な道を知って平穏に歩めるのではありません。この灼熱の砂漠を、一歩一歩踏みしめながら歩くほかに道はない。そこにこころ落ち着いた、教えを求め、出遇った人の姿です。
私が歩んでいる道は、私だけが苦労して歩む道ではない。私に先立って、苦労された方の歴史がある。私も、その歴史の一骨となり、後から来る人の導きとなる。

私は今、砂漠を歩んでいます。獣さえも通らない道だけれど、孤独だけれど、でも、ひとりではないのです。
  
  
「白道」も「骨道」も、きれいに舗装された道ではない。平坦で安全で安心で楽な道ではないけれど、だからこそ一歩一歩を大事に歩む。だからこそ支えとなってくれるはたらきがこの私に届いている。

どんなに孤独なときも ひとりではありません。

2006年9月29日 (金)

道(旅路)

道は、誰が歩むことも拒まず、沈黙のうちにひらかれています。道といわれるかぎり、すでに誰かが歩いて行ったと思われますが、遠くつづく道の視界のうちには、先人の姿は見えません。いま、道はあらたな足音を待っています。これまでがそうであったように、これからもひとり歩きつづける旅路かもしれません
                     佐々木 徹『東山魁夷ものがたり』より

日本画家 東山魁夷さんの作品「道」。
緑を基調にした草原の中を、私の足元からはるか遠くまでまっすぐにのびる一本道。

人生はよく“道”に譬えられるけれど、誰も歩いたことがない道は、道として存在しない。
誰かが先に歩いていってくれたから道として存在する。私を導くために、道がまっすぐにのびている。恐れることはない。不安になることもない。
人生という旅路を、先に歩まれた方がいる。次にこの道を歩むのは私。

私が歩んだ道を、また次の誰かが頼りとして歩いてきてくれる。
ひとり歩きつづける道(旅路)だけど、ひとりぼっちじゃない。いつも誰かと一緒。

2006年9月28日 (木)

“道”とは本来、人が歩いて通る場所。
今日、“道”といえば車が通る場所。

人と人がすれ違うから、挨拶が生まれる、表情を見て相手のことを想う。元気そうね、疲れてるのかな、いいことあったみたいね、急いでいるのかな…。
人と車、車と車がすれ違っても表情が見えない。相手のことを想う気持ちも生まれない。

「飲酒運転はやめましょう」
どんなに叫んでも後を絶たない飲酒運転・事故。
それもそのはず。
車から見たら、相手の表情が見えないのだから、相手を傷つけることによって悲しむ人がいるということが分からないのだから、相手を人とは思えない。
歩いている人から見ても、車はキチンと運転されるものと思い込んでいる。急に自分に向かってくる凶器となるなんて想像もしない。運転しているのは、機械ではなく人。酒を飲んでる馬鹿者かもしれない。それだけじゃない。仕事に疲れ寝不足の人かもしれない。待ち合わせに遅れまいと焦っている人かもしれない。哀しい想いを抱え涙で視界が狭まっている人かもしれない。

人と車、車と車がすれ違っても表情が見えない。
相手が“人”とは思えない。人それぞれが抱える背景が見えるわけがない。

「飲酒運転はやめましょう」
お酒を飲んで運転してはいけないのは誰もがわかっていること。それでもやってしまうのは、“人”が見えていないから。
車社会とは、公害問題・燃料問題・交通問題が伴う社会。しかし、それ以前に、お互いの表情が見えなくなる社会。

「飲酒運転はやめましょう」ではなく、「運転はやめましょう」というのが事故をなくす近道かもしれない。これだけ車社会になってしまっては、引き返せないけど。

車に乗っていても、“人”を意識して運転しましょう。
歩いていても、車は“人”が運転していることを意識しましょう。

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