仏弟子

2006年9月14日 (木)

いつまでも

昨日書いた阿那律(あなりつ)さんについて もうひとつ。

視力を失ったアナリツ。自分の衣の縫い物をしようとしましたが、針に糸が通りません。アナリツは言います。「どなたか、針に糸を通す功徳を積んでもらえないでしょうか」

「私にその功徳を積ませていただけませんか」

その声、その雰囲気…声の主はお釈迦さまでした。

「お、お釈迦さま!! お釈迦さまにそのようなことをしていただくわけにはいきません。それに、すべてを悟ったお釈迦さまが、これ以上功徳を積む必要がありましょうか」

「アヌルダよ、悟りを求めることに終わりはないのですよ。私も生涯をかけて修行しているのです。私に功徳を積ませていただけませんか」

お釈迦さまは、アヌルダの手から針と糸を受け取り、糸を通されたのでした。


さとりが完成することはない。求める こころ に終わりはない。
生きるということは、常に問いを持ち続けるということ。常に求めるということ。

南無阿弥陀仏

2006年9月13日 (水)

ひと言ひと言は、その一瞬だけのこと

お釈迦さまのお弟子さんに阿那律(あなりつ)という方がいらっしゃいました。

ある日、アナリツはお釈迦さまのお説法中にウトウトッとして一瞬寝てしまいました。
ハッと目を覚ましたアナリツ。自分がウトウトしている間に、お釈迦さまがどのようなお話をされていたのか、他のお弟子さんたちに聞いて回りました。
話を聞いてみると、アナリツが生涯を通して持ち続けていた問いに対する答となるような内容だったようです。

「あぁっ!! 自分が求め続けていたことの大切なヒントとなるようなお話をお釈迦さまはしてくださったのに、私は寝てしまっていた!!」

アナリツは悔やみました。悔やんでも悔やんでも、悔やみ足りないことだったでしょう。

その日からアナリツは、お釈迦さまのお話・一挙手一投足の何も逃してはならないと不眠不休の修行に努めました。
常に神経を集中して起きていたアナリツは、ついには視力を失ってしまいました。しかし、そのために目で見るのではなく、こころで見る力が養われ、天眼(てんげん…すべてを見通す力)第一のアナリツと呼ばれるようになりました。
それほどまでに真摯にお釈迦さまのお説法に向き合った弟子であったと言われています。

真摯にお釈迦さまのお説法に向き合うということは、真摯に自分の人生に向き合ったということ。ただ聞いているだけでは、眠くなってしまいますし、右の耳から左の耳へスルーしてしまいます。自分の人生・生活から生ずる問いを持って初めて“聞く”ということができます。

お話のひと言ひと言はその瞬間だけのことです。いつでも聞ける・聞き逃してもいい話なんてありません。

寝ないように気をつけましょうということではなく、こころの底から聞きたいという想いがあれば、睡魔なんて襲ってこないのでしょう。
   
   
なんてことを書いている私。昨日、ご法話を聞きながら寝てしまいました。一緒に聞いていた仲間に、「かっちゃん寝てたでしょ」と言われてしまいました。
「ん!? 寝てないよ。ちょっとどっか行っちゃってただけだよ」
言い訳にすらなってませんね^^; 仲間の顔が見えませんでした。

2006年8月13日 (日)

お盆ですね

東京は7月盆ですが、全国的には8月盆が多いです。
それに、お盆というと、夏の暑さが似合う感じがしますね。

「お盆(盂蘭盆…うらぼん)」とは、「ウランバーナ」というサンスクリット語(インドの言葉)の音訳で、「逆さ吊りの苦しみ」という意味です。

一般的には、このように「お盆」の説明がされていますが、私には分かりませんでした。どうして「逆さ吊りの苦しみ」が「お盆」なのか。さて、なぜでしょう?

「お盆」は、「仏説盂蘭盆経」というお経に由来します。そこには、お釈迦様のお弟子さんの目連さんと、亡くなられたお母様のお話が説かれています。

亡き母の身を案じた目連さんは、神通力という不思議な力でお母様を探し回ります。しかし、お浄土のどこにも母の姿は見当たりません。そこで、餓鬼道という、飢えに苦しむ地獄に行きました。すると、そこにお母さんの姿がありました。飢えに苦しむ地獄です。お母さんはゲッソリやせ細っています。見かねた目連さんは、食べ物 飲み物を母に手渡すのですが、それらはすべて炎に変わり、口にすることはできません。なんとか母を助けてあげたい。そう思った目連さんは、お釈迦さまに相談します。「母だけではなく、餓鬼道に堕ちたすべての人々のことを想い、供養なさい」と言われ、供養しました。母を助けたいと念ずる目連さんの目には、お浄土に行かれるお母様の姿が見えたということです。

このエピソードから、「お盆」には亡き人のためのご供養をする習慣が生まれたらしいです。
お盆には、迎え火送り火に代表されるように、亡くなられた方が、あの世とこの世を行き来するらしいですね。

通夜葬儀の際は「安らかにお眠りください」と見送り、身の回りに不幸が起これば、「亡き人が迷っているのでは」と気にする。さて、安らかでないのは誰でしょう? 迷っているのは誰でしょう?

目連さんのお母さんは、生前、わが子に貧しい思いをさせないために、他者の食物や衣類を奪ったといわれています。目連さんのお母さんが、物が手に入らない地獄、餓鬼道に堕ちたのは、そのためです。どのような理由があっても、人の物を奪うことは許されません。許されませんが、目連さんのお母さんを責められる人は果たしているでしょうか。誰もいません。
縁あれば、人のものを奪い、殺してしまうこともある。人のものを奪っていない、人を殺したことがないのは、そうしてしまう縁に出遇ってないから。

自分の迷いに無自覚で、亡き人を迷わせている私。自分を良いものとして、他を責めてしまう私。
私自身のあり方がまったく「逆さま」なのです。しかも、その逆さまな状態に気付いていない。「逆さ吊りの苦しみ」に気付かずに生きているのです。
そのような私の姿に気付くということ。なかなかあることではありません。「お盆」は目覚めのきっかけを与えてくれる行事であり、もっと言えば、仏事全般が、私を映し出す鏡なのです。

「逆さま」な私を正しい姿に戻しましょうというのではありません。逆さまの苦しみを常に感じている私でいてほしい。苦しみ・痛みのないところに、人を想う気持ちは生まれません。

(7月号の寺報に載せた文章ですが、8月のお盆を迎えてブログにも掲載しておきます)

2006年4月 5日 (水)

塵をはらい、垢をのぞく

昨日の掃除の話で、お釈迦さまのお弟子さんのことを思い出しました。
お弟子さんの名前は、周梨槃陀伽(しゅりはんだか)と言います。

周梨槃陀伽はとても物覚えの悪い人でした。自分の名前すら覚えられなかったらしいです。
お兄さんはとても優秀な方で、お釈迦さまの弟子となり、立派に修行をされていました。
周梨槃陀伽はお兄さんの後について、お釈迦さまの弟子になりました。
しかし、物覚えの悪い周梨槃陀伽は、修行もできません。
そのうち、支えてくれていたお兄さんから、「お前がここにいては、みんなに迷惑をかけてしまう。家に帰って、両親の面倒を見てくれないか」と言われてしまいます。
みんなに迷惑をかけているのは分かっている。だけど、大好きなお釈迦さまや兄から離れたくはない。
そんな想いを、周梨槃陀伽はお釈迦さまに泣きながら話します。

お釈迦さまは言います。
「物覚えが悪いからといって、お前は愚かな者ではない。自分の弱い面を知っている者こそ、本当の智者である。
周梨槃陀伽よ、ここに一本のホウキがある。『塵をはらい、垢をのぞく』と言いながら、掃除を続けなさい。
お前はここから去る必要はない」

周梨槃陀伽はお釈迦さまに言われたとおり、掃除を始めます。
「ちりを…、なんだっけ?」

掃除をする周梨槃陀伽の姿を見て、口の悪いお弟子さんは言います。
「お釈迦さまは周梨槃陀伽を追い出すわけにもいかないから、掃除をすることで そばに置いてあげようとしたのだろう。お釈迦さまは優しい方だなぁ」

周梨槃陀伽はお釈迦さまに言われたとおり、掃除を続けます。
「ちりをはらい… ちりをはらい…」

来る日も来る日も掃除を続ける周梨槃陀伽の姿は、ほかのお弟子さんたちに輝いて映りはじめました。

掃除を続けるうちに、周梨槃陀伽は ふと あることを想いました。
「毎日これだけキレイに掃除をしているのに、塵や汚れはいつまでも無くならないなぁ。きれいにしてもきれいにしても、次から次へと塵が出てくる。
なんだか、私の欲の心に似ているなぁ。修行してキレイな心になったつもりでも、いつまでも欲の心は噴き出してくる。それは、私が愚か者で、修行が足りないからだと思っていたけれど、そうではないのではないか。欲の心や煩悩というのは、この塵のように、いつまでもいつまでも出続けるものなのではないだろうか。
そういう人間の本質に気付かせるために、お釈迦さまは私に掃除をさせたのではないだろうか。
塵をはらい、垢をのぞく。塵をはらい、垢をのぞく」

物覚えが悪く、馬鹿にされ続けてきた周梨槃陀伽ですが、お釈迦さまの教えをうけ、人間の本当の姿を自ら感じ取りました。
もう誰も周梨槃陀伽を馬鹿にしたりしませんでした。
 
  
掃き掃除をしていると、周梨槃陀伽の姿を思い起こします。
   
      
(おまけのエピソード)    
周梨槃陀伽が亡くなられて埋葬された土から、ある植物が生えてきました。なんだと思いますか?
ミョウガです。
ミョウガは漢字で「茗荷」と書きます。
「名(前)、何?」に、植物を表わす草冠をつけて、「茗荷」。
だから「茗荷を食べ過ぎると物忘れがひどくなる」なんてことが言われるんですね^^

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