仏の顔も三度

2006年7月19日 (水)

仏の顔も三度

7月15日に「枯れ木でも親族の木陰は涼しい 」という記事を書きました。

この、お釈迦さまとカーサラ国王のやり取りを由来として「仏の顔も三度」という諺ができたそうです。

今日、「仏の顔も三度」といったら、
「どんなに優しい人でも、失礼なことをしても笑って許してくれるのは3度までですよ」
という意味で使われますよね。

そのためか「仏の顔も三度まで」と間違って覚えている方もいるではないでしょうか。

でも、15日の記事を読んでいただければ分かると思うのですが、
お釈迦さまは3度まで許して、4度目に怒りが爆発したわけではありません。
カーサラ国4度目の出兵の折、お釈迦さまが
「テメエラ、これだけ言っても分からないのか!!」なんて怒って、弟子やカピラヴァスツの民衆を伴って兵を挙げたというのなら「仏の顔も三度」ですけど^^;

お釈迦さまは、母国滅亡を避けられぬ因縁であると悟っていたと思います。
だけど、黙って見ていることも出来ず、カーサラ国王を諭すわけです。
でも、カーサラ国3度目の出兵の折、逆らうことが出来ない因縁を受け入れたのではないでしょうか。

悟りとは、つらいものなのかもしれません。
私たち、「先のことが分かったらなぁ」なんて思うこともありますが、先のことが分かったら つまらないですし、知った内容が哀しい出来事だったらどうしますか? そこから避けられないんですよ!
私たち、先のことが分からないから 希望を持てるのだと思います。先のことが分からないから 一生懸命になれるのだと思います。先のことが分からないから 生きられるのだと思います。

お釈迦さまは、すべてを見通されていた。それ故に苦しまれた。
形あるものはいつか滅びる。
そんな分かりきったことを受け入れるのに、カーサラ国3度の出兵が必要だった。

悟りを得た人であっても、物事の道理を知った人であっても、すべてお見通しの人であっても、現実を受け入れるのは容易ではない。
生きるとは、悟ってもなお苦しみの連続。悟って楽になるのではない。
「仏の顔も三度」…受け容れ難い人生を受け容れて 生きていく。
そんなことを教えてくださっているように感じます。


(補足)
15日の記事では、
お釈迦さまは2度までカーサラ国の出兵を阻止して、3度目は阻止することをやめたと書きました。
だから、「仏の顔も二度」ですよね^^

参考にする文献によって、二度だったり、三度だったりするので、そこは気にしないでください。
この故事のサンスクリットを読む力があればいいのですが…^^;

2006年7月17日 (月)

滅亡の背景

お釈迦さまの生まれた国カピラヴァスツを滅ぼそうと企むカーサラ国王がいました。

国を滅ぼす…とても大変なことです。とてもパワーがいることです。
何が王を、お釈迦さまの母国滅亡に駆り立てたのでしょうか。

領土拡大?
いえ、そうではないようです。

お釈迦さまの母国を滅ぼしたカーサラ国王のお母さんは、実はお釈迦さまの母国 カピラヴァスツから嫁いできました。そんな大切な国を、どうして滅ぼしたのでしょうか。

カーサラ国は絶大な武力を背景に栄えていました。
ある時、隣国のカピラヴァスツに、王女を嫁がせるように遣いを出します。
カピラヴァスツの王や家臣たちは、その縁組を快く思いません。武力にものをいわせる国に、王女を嫁がせるわけにはいきません。かといって、断れば武力を盾に出兵してくるのは分かりきっています。
そこでカピラヴァスツの家臣は、国内で美しいと評判の娘をカーサラ国に嫁がせることにします。実は娘は、卑しい身分と蔑まれていました。身分を偽って、カーサラ国に差し出されたのです。

やがて、娘とカーサラ国王との間に王子が生まれます(その王子がカピラヴァスツを滅ぼします)。
王子が8歳のとき、父王は言います。
「お前も王子として、射術を身に付けなくてはいけない。お母さんの生まれた国に行き、射術を習ってきなさい」
王子は、生まれて初めて 母の母国カピラヴァスツに行きます。

ところが、王子は軽蔑の眼で迎えられます。
「卑しい身分の娘から生まれた息子だ!!」
王子は、自分が生まれた経緯を知ることとなります。
このとき、王子はカピラヴァスツを滅ぼすことを誓い、王位を継いでから出兵したわけです。


武力を盾に縁組を迫った国
自国を守るために嘘をついた国
どちらが正しくて、どちらが悪いという話ではありません。
そんなことを論じても、お互いが自己の正当性を主張するだけのことです(現在の、どこかしらの国々と似てます)。

お釈迦さまは今から2500年ほど前の方。
その頃と今と、やっていることに違いはない。
でもこれって、国と国との問題だけではない。
私と誰々と言っても同じこと。

実際に 殺されてしまう(殺してしまう)ほどの争いには発展しなくても、このような争いで神経すり減らしていませんか? かけがえのない いのち を無駄にしていませんか? 滅亡への道を自ら歩んでいる私。

2006年7月15日 (土)

枯れ木でも親族の木陰は涼しい

暑い日が続きます。
電車に乗ったり、建物の中に入って クーラーの涼しい風にあたりますと、生き返ります。
で、外に出るときは 入る前以上に蒸し暑い空気を感じます。

東京では、涼む時には 乗り物や建物の中に入ります。
木陰で休むということはないですね。
  
  
枯れ木でも親族の木陰は涼しい
は、お釈迦さまの ことば です。

お釈迦さまがお生まれになった国カピラヴァスツは、隣国のコーサラ国に滅ぼされてしまいます。
夏の灼熱の盛りだったといわれています。

お釈迦さまは、自分の生まれた国が滅ぼされそうになっていることを知り、駆けつけます。
コーサラ国の兵士がカピラヴァスツに向かう 街道沿いに立つ枯れ木の下でお釈迦様は座されます。兵の行く手を阻むかのように。
兵士の先頭に立つコーサラ国の王は、お釈迦さまの姿を見つけると、声をかけます。

「世尊(お釈迦さま)よ、どうぞ日が当たらない森の中で座禅をなさってください」

と、暗にその場から去られることをすすめます。
しかしお釈迦さまは静かに応えます。

「王よ、枯れ木でも親族の木陰は涼しいものですよ」

その ことば を聞いた王は、兵をコーサラ国に返します。

枯れ木に、日陰を作り出す繁った葉はありません。
ありませんが、どんなに枯れてしまっていても、親族の木陰、世話になったものの作り出す木陰は涼しいものである。
お釈迦さまは母国の滅亡を感じられていたのだと思います。
今にも滅びてしまいそうな わが故郷。たとえ滅びてしまっても、故郷・親族・ご縁をいただいたものは、私を守り育ててくださった大切なものに変わりはない。それらの縁によって、今の私があるのだから。
そのような想いが「枯れ木でも親族の木陰は涼しいものですよ」の ことば には含まれていると思います。
王も、ことば の意味を汲み取り、兵を返したのだと思います。
   
   
その後、コーサラ国の王はカピラヴァスツ国に向けて 二度出兵します。
一度目は、またお釈迦さまと同じようなやりとりをして引き返します。
しかし、最後に出兵したときには、お釈迦さまも母国最期の因縁を悟り、兵を阻止することはしませんでした。
終にお釈迦さまのカピラヴァスツは滅びてしまいます。

  
滅びる縁だと分かっていた母国だけど、
母国は滅んでしまったけれど、
私を育ててくれた恩に変わりはない。
受けた恩は計り知れない。

枯れ木でも親族の木陰は涼しい

この想いが続く限り、身は枯れ果ててしまっても、木陰はいつまでも私を涼しくしてくれている。守ってくれている。

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