聞法

2007年9月 7日 (金)

感じ動かされる

ちょっと前のことですが、
8月26日(日)信光寺聞法会にて
講師:清谷 真澄先生

『感動禁止!』(八柏 龍紀著)という本を紹介してくださいました。
今、巷では感動があふれている。演出された感動が。
テレビや新聞は感動や涙を押し付け、感動を商品化している。
見る側も感動を求め、演出された感動を買い求め、消費している。
「感動」とか「勇気をもらう」などということは、そもそも個人の感情におとずれるものであったはずである。それが、多数を対象に押し付けられている。
「感動させよう」という意図と「感動させてくれ」という欲求が交錯している。
感動を求める方は、感動させてくれないものに対してすさまじいほどの裏切りの感情をもつ。「感動させてくれなかった」と。まさに人間のエゴである。
(聞法会中に書き取ったメモより)
 

  
このブログで、前回「世界陸上」に触れて書いたので、清谷先生のお話を思い出していました。
選手は、記録のため、自分のため、家族のため、いろいろな想いで日々鍛錬しています。そのような選手どうしが競い合う。その姿を見ていれば、自然にこころの奥底から湧いてくるものがあるはず。何かしら感じるものがあるはず。「感動」を押し付けもせず、要求もしない。個人的に湧き起こる感情を大切にしたいですね。
 
「世界陸上」が終わったと思ったら、もう「北京オリンピック」での感動を求めている新聞記事を読みました。
そんなに感動に飢えているのですか?

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2007年4月14日 (土)

法の流れに身をまかせ

昨日、湯島にあるお寺に、広瀬杲先生のお話を聞きに行きました。
20年近くに亘り、法然上人の『選択本願念仏集』のお話をしてくださってます。でも昨日は、「みなさんのご了解をいただけるならば、『恵信尼消息』のお話をさせていただきたいのですが」と断られたうえで、『恵信尼消息』のお話をされました。
親鸞聖人の七百五十回御遠忌を控え、「宗祖としての親鸞に会う」ということが言われているが、“宗祖”親鸞に会っていない者が、どうして“宗祖”親鸞を語れようかと忠告(警告?)され、“宗祖”としての親鸞に出会い、書面を残されたのは、唯一親鸞聖人の妻である恵信尼だけではないだろうか、というところに立ってお話してくださいました。
あ~ぁ、そうだなぁ!!って、目からウロコでした。
気のせいか、いつもより楽しそうに話されているように思いました。
  
先生は京都にお住まいです。年3回、東京へご出講いただいてます。その3回の法座をいつも楽しみにしているのですが、昨日の私は起きたときに調子が悪く、一瞬「休もうかな」って考えてしまいました。でも、先生はその日の朝に京都から来られて、お話が終わったらそのまま帰られるのです。そのご苦労を思えば、一瞬とはいえ「休もうかな」と思った自分が恥ずかしく思いました。
先生を東京駅までお送りして、お見送りするとき、握手してもらいました。とても嬉しかったです。

お話中、お話している広瀬先生の背後に、フッと曽我量深先生を感じました(霊とかそんな意味ではないですよ)。広瀬先生は、曽我先生のお話を聞いて真宗を学ばれました。
つまり、法の伝統を感じたのです。人から人へ受け継がれていく法の伝統。
「親鸞聖人の七百五十回御遠忌」と書きましたが、普通に考えれば個人の七百五十回忌なんて勤まるはずがないと思うのです。
だけど、七百五十回忌が勤まる。それは、親鸞聖人から一足飛びに現代に生きる我々が親鸞聖人を崇め奉って勤めるのではないのです。親鸞聖人が生きておられた頃から、今に至るまで、法が受け継がれてきたからこそ、七百五十回忌を勤められるのです。
親鸞聖人…恵心尼…いろいろな伝統がありますが、曽我量深先生…広瀬杲先生という伝統を感じることが出来ました。その流れの中に、ご一緒させていただいた幸せ。
法座に参加して、良かったです。

先生を見送った後、一緒に参加していた後輩と、飲みに行って語り合いました。後輩も、何かしら喜びを感じていました(で、ちょっと飲みすぎてしまいました)。

仏法聴聞して、よい人間になるとか、心の平穏を望むとか、苦から解放されるとか、いろいろなことを期待する人もいることと思いますが、こちらが期待することではないのです。
法の伝統の中に身を置ける。その中を生きている(生かされている)。そういう場に、私が誘われているのです。聞いて何かが変わるのではなく、今のままの私でも聴聞できるのです。有り難いことだなぁって思うのです。

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2007年3月22日 (木)

愛を育む

自分の過去に対しては、
そこに自分のしてきたことに対する痛みを知る。
あるいは自分のしてきたことによって周りの人が受けている、
あるいは、
受けたであろう苦しみや悲しみに対して痛みをもつ。
そして、そのことに責任を感ずる。

 
過去についてまなぶということは、
人間として痛むという感覚と、
人間としての責任を受け止めるという姿勢を学ぶこと。

自分の未来に対しては、
人間としての祈りと
人間としての愛を育むことだ。
 
               平野 修

今日、平野 修先生の選集が届きました。
難しいし、選集は厚いので、つい“つんどく”になってしまうのですが、珍しく読んでいます。
 
直接にお会いしたことがないのだけど、会いたかった。お話したかった。
「人間としての祈りと人間としての愛を育むことだ」って書いてしまうと、真宗を、机上でしか学んでない人には「キリスト教か?」なんて言われてしまいそうだけど、そうじゃない。
平野先生の本を読んでいると、人に対する愛情にあふれているような気がする。それが、本を読んでいて伝わってくる。
お話に、血が通っているように思える。
それだけに、自分の感想を述べるだけの法話をすることに対して、とても厳しい。
今日の話はよかったとか、面白かったとか、自分の思いに合わせて聞法する姿勢に対しても厳しい。

感想的なところを打ち破って、真宗の世界を明らかにしなければいけないと、つねに願われていた。

愛を育むとは、自分の力だけで生きているのではないということを知ること。
「愛してますよ」と押し売りしたり、「愛されている」と阿弥陀の慈悲を愛に置き換えるのではない。
自分の限界を知るということ。そのことは、誰もが愛を求め、誰もが愛に安らぐ同じ人間だということを知ること。
そういう意味での、愛を育むということを大切にされている。

その思いは、今も続いています。
 

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2007年2月26日 (月)

東京5組 同朋会

2月24日(土)西蓮寺にて、東京5組同朋会「真宗基礎講座」が開催されました。
 お話  二階堂 行壽さん(新宿専福寺ご住職)
 テーマ 法名を名告るということ
       -人間の根源的要求-

60名ほどの方にご聴聞にお出かけいただきました。
ありがとうございます。

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上:住職が書いた看板
下:坊守が生けた桃の花
さて、私は何をしたのでしょうか?
  
トピックスブログに、行事案内があります。

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2007年2月10日 (土)

リラックス

日が経ってしまいましたが、加賀研修会のご報告です。
1月30・31日、加賀に行ってきました。
今年の9月から、お仲間のお寺20ヵ寺合同で講座を開催するのですが、その講師をお願いした先生に会いに行ってきました。
講師の先生は佐野明弘さん。加賀の光闡坊(こうせんぼう)を守っておられます。
講座のスタッフ5人でお邪魔して、講座に向けての各自の想いをお伝えし、先生からお話をいただいてきました。
 

  
30日、朝8時羽田空港集合。寺を6時前に出ました。
朝起きると食卓の上に坊守からの手紙が。
心身共にリラックスしてきて下さい。行ってらっしゃい。 母」
ここ数ヶ月休みらしい休みを取ってなかったので、気を遣ってくれてのお手紙です。ありがとうございます。
でも、手紙を読んだ時は、「でも仕事なんだよねぇ」と思ってしまいました。
     
住職が吉祥寺まで車で送ってくれました(烏山から羽田空港までは、電車だと乗り継ぎが面倒なので、私は吉祥寺からバスを使います。電車だと2時間近くかかるのですが、バスだと1時間程度で着きます。渋滞につかまらなければ)。
 
「行ってらっしゃい」
私を降ろして、住職は寺に戻りました。朝早いのに、ありがとう。
父と母に感謝です(-人-)


 
羽田から小松空港までは45分かかりませんでした。ウトウトッとした瞬間に着いてしまいました。
寺から羽田よりも、羽田から小松の方が早いだなんて…。
 
恐れ多いことに、佐野先生がご自分の車で空港まで迎えに来てくれました。ありがとうございます。
空港から車で30分ほどのところに佐野先生が守っておられる光闡坊(蓮如上人ゆかりの道場)があります。

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昼食を済ませ、先生と車座になってお話をしてきました。
先ずはスタッフが講座に向けての想いや、自身が寺で生活をしていて抱えている悩みや問題を語り、その話を受けて、佐野先生は丁寧にお話をしてくださいます。
先生自身、真宗の寺に生まれたわけではなく、いろいろな紆余曲折を経て、真宗に、親鸞聖人に出遇われました。なので、一人ひとりの話をキチンと受け止め、それを正すでも注意するでもなく、ご自分のことに引き当ててお話してくださいました。
 
お話を聞いているうちに、私の中で変化がありました。
「あっ、今すごいリラックスしてる。すごい落ち着いた気持ちだ。こんなふうに聞法するのは久しぶりだなぁ」
リラックスと言っても、気を抜いているのではなく、「ここにいていいんだ」「ここが自分の居場所なんだ」という安心感です。驚きました。
元々、お話を聞くことは好きだったので、大学を出て寺に戻ってから、いろいろな場に足を運びました。とてもワクワクしながら聞法会や研修会に参加したものです。それこそ、リラックスしていました。
月日が流れ、自分が会を主催する立場・司会をする立場・話をする立場になることが増え、いつの間にか聞法が義務化・行政化してしまっていました。
そういえば、最近ワクワクしながら聞法してなかったなぁ。お話を聞くことって、楽しいことなのに、いつからか しんどいものになっていたなぁ(自分自身の問題として)。
それが、佐野先生のお話を聞いているうちに、フッと力が抜けたのでした。
「あっ、母の手紙の通り、心身ともにリラックスしてるなぁ」と感じました。


 
これから始まる講座は、全6回講座です。
前5回は、東京にて先生のお話を聞き、最後6回目に京都のご本山(東本願寺)に行きます。
佐野先生は、自身の経験を通した奥深いところからお話をされます。一度きりの単発の会よりも、連続講座でお話を聞き続けた方がいいと思います。講座を通して、先生の仰ることが身にしみ、法を聞く仲間もできることでしょう。

この講座に参加してみたいなぁ、詳しく知りたいなぁという方は、西蓮寺までお問い合わせください。
ご参加お待ちしています。一緒にリラックスいたしましょう^^
 

 
31日、東本願寺金沢別院にお参りしてきました。
 
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本堂前の三角屋根。なんだろう?と思いましたが、雪よけなのですね。
30日は1月の加賀とは思えないほどの快晴。31日は曇り空で、雨が降ったりやんだり。
1月中に雪が降らなかったのは、100年ぶりだとか。
三角屋根も淋しそうにしてました。
地元の人に尋ねて、別院近くのおすし屋さんで、美味しいお魚を堪能して帰りました。大将、東京から来たといったら、いろいろなものを食べさせてくれて、ありがとうございます。美味しかったです。


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2006年11月 3日 (金)

広さと深さ

今日、存明寺さんの報恩講に出仕させていただきました。

ご法話の先生は加賀田栄香さん。
存明寺さんでは、お話にいらした先生に色紙とノートに一筆書いていただきます。
報恩講出仕の僧侶控え室の壁に、さっそく色紙が飾ってありました。
  
 高さと強さを競いあって生きているがゆえに
 もっと深くて広い世界を願わずにはおられない

  
本日自坊で用事があり、残念ながら報恩講のご法話を直接お聞きすることは出来なかったのですが、色紙のことばから、お話のエッセンスが溢れ出していたような気がします。

高さと強さを求めることが幸せにつながると信じてきたけれど、その方向性に誰もが疑問を持ち始めている。深さと広さを求めて生きていく道があるのではないだろうか。
けれど、高さと強さを求める道から外れることも、引き返すことも出来ないでいる私。
もっと深くて、もっと広い世界を模索しているけれど、私が求める深さや広さは高が知れている。
もっと深い、もっと広い世界があるんだよと、どうかその世界に生きて欲しいと、「願わずにはおられない」のは阿弥陀如来。
そう願われて生きているのが私。
   
 人生は
 聴聞を続けることで広く深くなる

       (法語カレンダー 11月のことばより)
   
  
仏法聴聞してないのに、想いつくまま書いて申し訳ありません。

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2006年6月26日 (月)

世間

「世間」というと、どんな言葉が思い浮かびますか?

 「世間の目を、世間体を気にする」
 「世間をお騒がせして、申し訳ありません」
 「渡る世間は鬼ばかり」はテレビドラマの題名。
  「渡る世間に鬼はなし」のもじりかな?
   
「世間」
…元々は仏教用語
「有情世間(うじょうせけん)」 生きとし生けるものすべて
「器世間(きせけん)」 生きとし生けるものすべてを棲まわせる自然環境

本来「世間」とは、私が身を置いているところをさす。自然界の中のさまざまな生き物の中の私。
そして、私自身の有様を浮かび上がらせることば。

今使われている「世間」は、人間だけの世界。私を中心とした、身近な範囲程度しか含んでいない。人間にしか視線が行ってない「世間」。
しかも、そんな狭い範囲の「世間体」や「世間の目」を気にしながらビクビク生きている。
   
   
「世間をお騒がせして、申し訳ありません」
悪いことをしたのなら、加害者ならば、被害者に直接謝るべきこと。
世間に謝ってどうするのか? 被害者自身よりも、世間に謝ることが優先される。
世間に身を置く私も、先ず「世間をお騒がせして、申し訳ありません」の一言を待っている。
悪いことをした人はいるのかもしれない。でも、騒いだのは、騒いだ人自身。
被害者よりも、世間に謝罪しなければと、フラフラしてる。
謝罪はどうしたと、第三者がイライラしている。


「世間」とは、私が身を置く この場所を指し、本来そこに落ち着いていられるはずのところ。私の居場所。
でも、ビクビク フラフラ イライラしている「世間」に落ち着いて いられるはずはない。

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2006年4月17日 (月)

人の道を踏み外してる

4月8日、大江健三郎さんのお話を聞きに行ってきました
(ちょっと時間が経ってしまいましたね。でも、書きたかったことがあるので)。
講題:戦争しないことを根本におく

若い頃のお話からされました。
お家が貧しくて、学校に行けない。そこで お世話になっているお寺の住職が、寺の学校を紹介してくれることになった。
でも そのためには得度をしなくてはいけない。住職は大江少年に尋ねます。
「仏道を歩む者として、欲を捨てられますか?」
大江少年は一晩考えます。
「私は酒もタバコも呑まないし、女にも執着はない」(会場 笑)
「でも、学校を出て仕事を始めたら、自分の仕事を褒めてもらいたいと思うだろう。褒めてほしい・認めてほしいという欲望は捨てることはできない」
次の日、大江少年が住職にその気持ちを伝えると、ご住職は驚かれました。
「…そうですか、それではこの話はなかったということで」
住職としては、形だけでも「はい、捨てられます」と言ってくれればよかったのかもしれませんが、大江少年はそれを許さなかった。人柄がにじみ出たお話です。

でも、欲望は捨てられないですよね。欲望を捨てよう、捨てたいという思いが欲望ですから。
   
   
仏道に入れなかった大江少年は、キリスト教に入信しようと思います。
家出をして、歩いて一日半かけて教会にたどり着きます。
「入信して、牧師さんになりたいのですが」
その教会では 小さい子は受け入れてないからと断られますが、大きな町の教会に電話で取り次いでくれました。町の教会の牧師さんは「その少年を電話口に出してください」と言われ、大江少年は電話に出ます。
「今思えば、これが電話でお話した最初でした」と大江さん^^

「牧師さんになりたいと言った子はあなたですか?」
「はい」
「そんな小さなうちから、人の道を踏み外してはいけません。ちゃんと学校に通いなさい」(会場 笑)
と、怒られた(?)そうです。

大江少年は、家に連れて帰されました。
町の牧師さんは、家出してきた子どもを家に帰すためにそう言われたのかもしれませんが、
「人の道を踏み外してはいけません」は本心だろぉなと思いました。

寺や教会に入ってしまうと、社会の中で生きるということから隔絶してしまいます。
すると、社会の悩みや苦しみを身をもって感じるということが出来なくなってしまいます。
そういうことがあるから、「人の道を踏み外す」と言われたように感じました。

それを聞いて、私も「人の道を踏み外してる」なぁって思いました。
今日、寺は世襲制が定着しています。世襲制の問題点も指摘されています。自発的な仏道を歩む気持ちがないとか。はい、そういう問題点はハッキリとあります。でも、そこに生まれ育ったからこそ、檀家・門徒さんからお育ていただいて今の自分があるという想いを強くもてるという面もあります。
でも、社会が見えないというマイナス面は確かにあると思うわけです。悲しい想い・つらい想いをしている人の気持ちに身を添わせることは出来ても、限界はある。誰だって限界はあるけれど、寺に生まれ育った者は、なおさらだと思うわけです。
「人の道を踏み外してる」自分を感じながら、お話を聞いてきました。
    
   
大江さんは、
「私は仏からも神からも捨てられてしまいました」と話されました(もちろん会場爆笑)。
もっとお堅い方なのかと思ってました。ユーモアたっぷりの、やさしい人柄が話し方ににじみ出ている方でした。
自分勝手なイメージで見てましたね^^;

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2006年4月15日 (土)

追弔会(ついちょうえ)

昨日(4月14日)、西蓮寺にて東京5組追弔会が謹んで執り行われました。
今日 片付けの最中 法名軸をジッと眺めていました。
    
    
東京5組
…真宗大谷派の行政区です。あまり気になさらないでください。
 東京教区には1~8組まであります。西蓮寺は東京5組に属しています。
 東京5組には20のお寺が属しています。

追弔会
…東京5組内のお寺の歴代の住職・坊守・副住職・准坊守の法要です。
 年に一回、5組内のお寺持ち回りで法要を勤めます。
 だから一度会場になると、次に当番が当たるのは20年後になるわけです。

法名軸
…亡くなった方の、死亡年月日・俗名・法名を書くお軸。
 個人だけ書き込む形のもありますし、複数名書けるのもあります。
 東京5組の法名軸には只今83名の名前が記されています。

                   すみません、今日は説明だらけで。

で、法名軸をジッと眺めていて気付いたのですが、一番最初に名前が記されている方の死亡年月日が「明治25年」でした。114年前!!(かな?)ちょっとビックリしました。
当然、会ったことも見たこともありません。血縁のない方がほとんどです。
でも、そういう方の法要を勤める。いや、勤めたわけです。感動ですね。

今日、自分の両親や祖父母の法要さえも勤めない方がいらっしゃいます。
ましてや会ったことも見たこともない先祖のご法事を勤める方は少ないです。
「会ったこともない人のご法事なんて、どうしてやらなければいけないのですか?」という気持ちも分からなくはないですよ。
でも、法名軸を前にして 正座してジッと眺めていたら、
綺麗にいうならば、いのちのバトンを受けてるんだぁって思ったわけです。

前にも書いたように「法事・供養を 私がしている」と思っていたら、会ったこともない人・血縁のない人の法事を勤めようとはなかなか思えません。でも、この方々がいたから今の自分がいるんだなぁってことを感じることができたら、自然と手が合わさると思うんですよね(実際に法事を勤めるかどうかは別にして)。

そのようなことを、追弔会をお勤めした次の日、本堂の掃除をしている最中にしみじみを感じさせていただきました。
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏(-人-)

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2006年1月12日 (木)

朝には紅顔ありて 夕べには白骨となれる身なり

2006年1月1日、和田稠先生が浄土へ還られました。

ご法話の前に拝読する「三帰依文」。
和田先生が拝読される「三帰依文」がとても好きでした。
「無上甚深・・・微妙の法は・・・百千万劫にも・・・遭遇うこと難し・・・我いま見聞し・・・受持することを・・・得たり・・・願わくは・・・如来の・・・真実義を・・・解し・・・たてまつらん・・・」
ご法話の講師として全国を周られていた先生。当然、何度も「三帰依文」は読まれている。それでも、読むたびに確かめながら、味わいながら、自分の身に尋ねられながら、いただいている。
その姿を見るのが好きでした。その姿を、直に見ることはもうできません。

最後にお会いしたのは、2004年9月13・14日の学習会。
先生88歳。東京で続けてきた学習会でしたが、先生の体調を考えて地元の石川県で開かれました。
話し初めは、体調が優れないのなかと思ってしまうような感じなのだけど、話しているうちに、どんどん声が大きくなり、艶が出て、元気が出てくる。その声に、姿に、聴衆は引き込まれいく。進行係が休憩を入れない限り、話は続く。どんどん溢れてくる。どんなに語っても、語りつくせないのだと思う。自分の人生の限り、メッセージを伝えようとされていた。

昨年11月7・8日、横須賀のお寺の報恩講に先生のお話を聞きにいくことになっていた。
が、私は風邪をひいてダウン。無理して行けないこともなかったが、先生にうつしてはいけないと気を遣ってしまった。
先生の体調が優れないのは聞いていた。それなのに先生は石川から横須賀まで出てこられたのに。聞くところによると、横須賀のお寺に来る前日、高山のお寺でお話をされていたとのこと。「あぁ、私はなにをやってんだか」。
こころのどこかで「またお話を聞く機会があるさ」なんて思っていた。先生の体調が優れないと聞いていたのに。

しかし、先生の訃報を聞いて湧いてきた感情は、お話を聞き逃した後悔ではなかった。
先生の姿が脳裏に浮かんできた。
「あなたたち、真宗門徒として生きているといえますか?」。優しい語りで、厳しい内容。
何があっても、誰から誹謗中傷されようとブレることのない信念。
あの細い体から満ち溢れるパワーは、「私は悟った」と自己完結してしまった人からは出てこない。「私は迷っている」と告白しているからこそ出てくるもの。
一生迷い、一生親鸞聖人のあとを追いかけていった先生。
波の満ち引きのようにブレまくっている私のこころに一本の太い杭が打たれた気がした。
「このまま行きなさい!!」
訃報を聞いて、そんな声が聞こえてきた。
和田先生、ありがとうございます。
                南無阿弥陀仏

(付記)
和田 稠(しげし)先生
 1916年 石川県生まれ
 真宗大谷派 浄泉寺 前住職

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2005年11月 8日 (火)

報恩講…自分との出会い

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11月5日(土)西蓮寺報恩講が厳修されました。
海 法龍先生(横須賀長願寺ご住職)にご法話をいただきました。

 清く・正しく・美しく
 向上・進歩・発展

悪いこころではない。善意ですよ。でも、人間が良いと思っている心が一番危うい。
「清く・正しく・美しく。向上・進歩・発展」…この道を歩んでいると、人間は高みに立つ。高みに立った所から人を見下す。慢心のこころです。
良いことをしていると、良いことをしている自分に酔ってくるんです。良いことをしていると自慢話が出る。

慢心ってね、自分では気付かないんですよ。
自分が良い事してるなぁって思ったときは、皆さんも気をつけてください。
向上もいいけど、向下も忘れずに。
足元を見る。
自分の姿を見る。
無自覚を自覚する。
気付かなかったものに気付く。
それが人間にとって大事なことですよ。
南無阿弥陀仏のおこころの内容です。

自慢話…一番聞きたくない話ですよね。
でも、一番したい話も自慢話なんですよ。
他人事じゃない。自分のことです。

かたくなになっていた自分のこころが、「あぁ、これが自分かぁ」と知らされてこころ安らぐ。
物事がうまくいって安らげるのではない。
自分の姿が知らされて安らげる世界があるんです。
自分が自分に出会うことが大事だと親鸞聖人は教えられる。
私たち、自分を見失って生きているんです。

そういうことを知らせていただくおこころがお経の中にはあるんだなぁと思いながら、お勤めしていただけたらと思います。
      
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今年の9月に、
地獄への道は、善意で敷き詰められている
ということばを掲示したら、
「あぁ、いいことばだねぇ。最近の自分自身の問いなんだよぉ」
と海先生はおっしゃられました。
高い所に立って法話をされるのではなく、自身の問いの中から、自分をさらけ出してお話をされる。
海先生の法話を楽しみに報恩講に参詣される門徒さんがたくさんいるのも分かります。

追伸
西蓮寺報恩講が勤め終わると同時に風邪をひいてしまいました。
声がまったく出ません。ホッとしてしまったのでしょうか。
みなさんもお気をつけください。

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2005年6月24日 (金)

けれども

6月22日、藤森教念さん(真宗大谷派 常願寺住職)のお話を聞いてきました。

印象に残ったお話…「けれども」をどこに付けるのか

仏法を聞いたとしますよね。
すると、「うんうんなるほどなぁ、良いこと言うなぁ」って頷けることはあると思うんですよ。
でもね、私たちその後があるんですよ。「でも現実はなぁ…」って。
心情としては分かりますが、でも、仏法って夢物語を語っているわけではないんですよ。
お釈迦さまが、生きていくうえで起こる問題に直面している人 一人ひとりに語られた教えが仏法なんです。つまり、生活に即したものなんです。でも、今は現実に沿わないように受け止められることが多々あります。
それは、仏法が物足りないんじゃないんです。聞いている私たちの意識の問題なんです。

「うんうんなるほどなぁ、良いこと言うなぁ」けれども 「でも現実はなぁ…」
    って聞き方をしているんです。でもね、ちょっと考え方を変えて、
「現実はなぁ…」けれども仏法ではこのように教えてくださっている「良いこと言うなぁ」。
    という風に聞けますか?ってことです。

物事には原因があります。でも、
「うんうんなるほどなぁ、良いこと言うなぁ」けれども 「でも現実はなぁ…」
って聞き方をしていては問題の本質が見えないんです。
でも、
「現実はなぁ…」けれども仏法ではこのように教えてくださっている「良いこと言うなぁ」。
って思うことができたら、もしかしたら自分に原因があるのかもって気付けるわけです。

仏法で考えなくてもいいですよ。例えばAさん(友達・親子供・夫妻 等々)と言い争ったとします。
その時に、
Aはこう言う。けれども私はこうだ!
では何にも解決しません。
私はこうだ!けれどもAさんはこうなんだなぁ。
って考える余裕があったなら、なにか解決方法が見つかるかも。

「けれども」の付け方ひとつで、視界が広くなります。
だからといって問題が全て解決することは容易ではありません。もしかしたら、どちらの発想をしたところで、結果は同じこともあるかもしれません。
でも、視界が広くなると、生き方も広くなりますよ♪

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2005年4月15日 (金)

居場所

みなさん、自分の居場所をお持ちですか?
こう書くと、みんなどう思うんだろう。家庭や職場やサークル活動の場(等々)であると答えられる人もいると思う。居場所がないなぁと言う人もいることでしょう。
居場所の捉え方も人それぞれかも。実在の場所を思う人もいれば、ぼんやりと空間・雰囲気を思い浮かべる人もいるでしょう。居場所がないなぁという人だって。

昨日、作家の田口ランディさんの講演を聞きに行きました。
講題:「人はなぜ、生きるのか」〜寄るべなき時代の希望〜

「寄る」ということをキーワードにお話をされました。
「寄る」と「集まる」は同義のようだけど、実は違う。「集まる」というと、意思を持った人間が、ある目的のために“集まる”。「寄る」といった場合は、自分の意思に関係なく、なんとなく くっつく。そういうはたらきが“寄る”。
「寄る」ということには、自分の力とは関係ない力(他力)がはたらいていて、寄り合って出来た“場”は、生命を活気づける、お互いに支えあう力を与えてくれる、と。
田口さんは、「九州の、ある老人のグループホーム」「浦河べてるの家」「水俣病患者さんで、国に訴訟を起こされた方々」の中に生命を活気付ける“場”の姿を見出されました。
その寄り合いの中から溢れ出る、人が生き生きと生きることが出来る力について語られていました。押し付けでもなく、教えるでもなく、「こういう場所があるのよ!」って笑顔で語られる姿が印象的でした。まるで、前から知り合いだったかのように。

はじめに、居場所(自分が「ここにいていいんだぁ」とこころから安心できる場)をお持ちですか?と尋ねました。
現代は「居場所がないなぁ」と嘆かれる人が多い時代です。で、その居場所のないことの責任を、外に押し付けている時代でもあると思うんですよね。「安心できる人がいない」「誰も信用できない」などなど不満だらけです。
でも、「居場所を作ろう!」として作ったのでは、それは「寄る」ものじゃなく、「集ま」ったものになってしまいます。本当の意味での居場所にはなりません。

田口さんは、どうやったら“場”が作れるかは分からない、マニュアルなんかないと言われました。
決して、3件の例を出して、こうすれば“場”を作れると言われたのではありません。でも、寄り合って、力が湧いてくる場が現実にあるんだということを私たちに教えてくださいました。だから、私たちにできることは「とりあえず、いい加減に信じる」ことだと。“場”作りを目標にするんじゃない、と。

どうしても居場所を求めてしまいます。で、次のような質問が出ました。
「田口さんが言われた方々は、絶望を感じられた方々です。そういう絶望した者どうしでないと、場は作れないのでしょうか? それほどまでの絶望がない者には、場は作れないのでしょうか?」
田口さんが例に挙げられた方々は、世間的弱者とか、ハンデを背負った方という目で見られている方々です。でも、田口さんは講演の中で、その方々を「絶望を感じた人々」とは一言も言っていません。質問をされた方だけでなく、そこにいた多くの人が、田口さんが紹介された方々を「絶望を背負いながらも頑張って生きている人々」という捉え方をしたのではないでしょうか。
「彼らは、自分の病気や境遇のことを真正面から受け止められています。受け止めてはいても、それでも悩み苦しんでいます。でも、その悩み苦しみは自分の問題だと割り切られています。悲しいのは、そういう人たちという目で見られ、しかも素通りされてしまう。そのことが悲しいと彼らは言います」と田口さんは教えてくださいました。

場を求めているのに、場を自ら失っている我々の姿を見たような気がしました。

仲間意識が 仲間はずれを生み出す

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2005年4月 6日 (水)

苦しさの対比をするわけではないけれど、

井原 今朝男さん(国立歴史民族博物館教授)のお話を聞きに行って来ました。
講題は「中世東国における社会と賤民」
親鸞聖人の頃の民衆の生活についてのお話です。

今の日本では、人が死ぬとほぼ火葬にされますが、中世は風葬でした。風葬、聞き慣れませんが、亡くなった人をそのままにしておくことです(もちろん、どこか決まった場所へ運んだでしょうが)。そのままにしておくということは、蛆が湧き、鳥や獣に食べられ、骨となり、土にかえっていくということです。亡くなった人は、次第に姿を変えていくことになります。その姿の変化を九相(くそう)と言います。
現代では、死ぬとすぐに火葬にされます。日を置いたとしても、せいぜい一週間ほどでしょうか。つまり、亡くなってから全く別の姿に変わりゆく様を見ることがないのです。今の私たちは。
先日、地獄絵について書きました。
地獄絵に描かれる人の顔は、やせ細り、苦しさをにじませています。それは地獄の苦しさによるものかと思っていましたが、九相を表したものだそうです。人の死にゆくさまを描写しているわけです。今の私たちは、亡き人を通して、そのような顔・姿に出会うことはありません。

ここで法話を・・・
今いただいている命を大切に生きるためには、“死”を見つめなければいけません。現代は、死が敬遠されている時代です。死を見つめてこそ、生が輝いてくるのです。
健康の有り難さに気付くのは、病気をした時ではありませんか? 病気をした時に、体を大事にしなきゃなぁと反省します。健康な時に、健康は大切だなぁと感謝することは滅多にありません。
それと同じで、“生”ばかり見つめていても、生の有り難さや命の大切さは見えてきません。“死”を見つめてこそ、生について考えるようになるのです。
亡き人というのは、自らの死を通して、私に“生”について考える機会を与えてくださっているのです。安らかに眠るどころか、一生懸命私に呼びかけてくださっているんです。「かけがえなのない命を生かされているんだぞ。それに目覚めろよ」って。

うん、このように法話で話します。自分としては、死を見つめることを通して、生を考えてきたつもりです。つもりですが、井原先生の話を聞いて、“死”についての認識が甘かったなということを痛感しました。つまり、現代の我々がかろうじて目にする人の死は、“死”のほんの一部・一時でしかなかったのだなぁと思いました(だからといって風葬にすればいいというわけじゃないですよ)。

じゃぁ、九相を見つめていた、その時代の人々は生き生きと生きていたのかというと、貧困・戦乱・飢饉・疫病に苦しんでいた時代です。今の我々以上に、苦しい人生を歩んでいたわけです。でも、「なんで生まれてきたんだろう」「なんで生んだんだ」「生きがいが見つからない」「やりたいことが見つからない」「生きていてもつまらない」等々というようなことは口にもしないし、考えもしなかっただろうと思います。生きることに一生懸命だったはずだから。

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