お彼岸の風景

2020年3月25日 (水)

無尽蔵(むじんぞう)

「これ、先代の書かれたものですよね?」

お彼岸のお参りに見えた門徒さんが、古い書を持ってきてくださいました。

「白山謙致遺書」と書かれた筒に、一枚の紙が入っていました。

白山謙致は、西蓮寺16代住職 現住職(父)の「曽祖父」になります。
(私からいうと「曽祖父」の更に父。調べたら「高祖父」というそうです。)

「遺書」といっても、遺産相続について云々書かれたものという意味ではありません。

サンスクリットと漢字で、(おそらく)「無盡(尽)蔵」と書かれたものです。

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寺にも何枚か残っています。ほかの門徒さんにも差し上げていたようなので、おそらく責役・総代をお勤めいただいた方々にさし上げていたものと思われます。

「無尽蔵」
尽きることの無い蔵(大切なもの)。
つまり、阿弥陀さま(仏さま)の智慧と慈悲を表わします。

尽きることのない、大きく広い慈悲に包まれてある私。どうか仏教に、教えに、南無阿弥陀仏に出遇ってください(‐人‐)
そのような願いを込めて揮毫されていたことと思います。

大切なものをお持ちいただき、見せてくださり、ありがとうございます。

2020年3月24日 (火)

お彼岸中にいただいた桜の枝
門徒さんが、ご自宅の庭の桜を剪定して、毎春彼岸にお持ちくださいます。
例年より開花が早いですね。
いただいたときはまだ蕾でしたが、お彼岸の一週間の間に開花していきました。

お参りに見えた方々が、「きれいですねぇ」と、桜を愛でていかれました。
お花見も気のひける現代(いま)、いただいた桜が、お参りの皆さんの気持ちを和らげてくださいました。
南無阿弥陀仏

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2020年3月21日 (土)

当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと

2020年3月21日(土)春のお彼岸5日目

お彼岸に入って、新型コロナウィルスの影響か、お墓参りの方が少なかった気がします。
仕方ないよなぁと思っていましたが、昨日のお彼岸中日には、例年と同じくらいの方々がお参りにみえました。

電車で来られる方は少なく、車の方が多かったようです。
「外出自粛を」と呼びかけられても、出かけたい気持ちになるのは誰もが一緒です。天気も良かったですし。
西蓮寺の門徒さんに限らず、よそのお寺の門徒さん・檀家さんも、お参りに出かけたかったのでしょうね。道路は渋滞していたそうです。車の運転手さんは、「〇時間かかりました。混んでたぁ。疲れました。お参りしたら、また運転です(;^_^A」と一様にお話してくださいました。
お疲れ様です(‐人‐)

短い時間しかお話しできませんが、少しでもお話しできて良かったです。
ネットでのやりとりを否定するつもりは毛頭ありませんが、会ってお話をするということは、そこに何かエネルギー(熱量)を生み出すものだなぁと想いました。
そういえば、ちょうど一年前、春彼岸が明けてから、「直接話をしたい人」がいたので、京都まで出かけていったことを思い出しました。話したいことを話せたし、頭の中もスッキリしたし、その後の仕事もスムーズに進みました。でも、一年前の京都はお花見シーズンで、ホテルがどこも超高値でした。なんとか見つけたホテルも、「この部屋、無理やり部屋に作り替えたんじゃない?」って狭小部屋でした。今年の京都はどんな様子でしょう(京都に限らないけれど)? 京都に住む友人が、「土日でもゴロゴロひいてる人がいなくて、京都じゃないみたいだよ」って言ってました。町もホテルもガラガラなのかなぁ? 
早く活気が戻りますように、と願う反面、当たり前に思っていたことが崩れたとき、「当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと」と気づかされることがあります。

今日お墓参りに見えた方が、「これから同い年の友人の通夜に行くんです」とお話くださいました。その方もご友人も50歳代。それくらいのお歳で還浄されると、「まだ早いよ」「早すぎるよ」という想いが先に立ちますが、いつ亡くなってもおかしくないいのちを、誰もが例外なく生きています。私もまもなく50歳代。40代50代の方の通夜葬儀をお勤めするときには、「私もいつ死んでもおかしくないいのちを生きている」ということを想います。
日本は平均寿命の高さが話題になりますが、だからといって誰もが平均寿命まで生きられるわけではありません。それに、決して「平均」ではありません。日本における今の経済状況とか、食物の手に入る状況とか、戦争状態にないとか、そういうものを勘案して、この条件下なら、これくらいの年までは生きられる、というのが平均寿命です。平均寿命が高いということは、生活するのに適した状況であるということを表わしています。だから、新しい病気が蔓延して多くの方が罹患して、物資の輸出入が規制されて、生活状況が悪化すると、平均寿命は下がってゆくわけです。当然、株価同様、平均寿命も下がるのではないでしょうか。まさに「当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと」を気づかされることになるでしょう。

人と会って話をすることによって生み出されるエネルギーについて書いていたのに、違う方向に話が進みました^^💧
人と会う、人と会えるということも、「当たり前が当たり前ではなくて有り難いこと」です。
現代(いま)の状況下でも、お墓参りにでかけずにおれない‼という気持ちは、亡き人との出会いのためなんだなぁと感じます。
亡き人と生前に出会えたことも、親鸞聖人の教えを受け継ぐ場(寺)との縁を通してお参りをされることも、亡き人との接点を今でも持ち続けられることも、それらすべて有り難いことでした。

南無阿弥陀仏

 

♪真宗大谷派ニュース♪

新型コロナウィルスの影響で、各式典・イベント・集会が中止になっています。お寺の法話会も例外ではありません。でも、こんなときだからこそ、法話を聞きたい、法話を聞いてほしいという願いで、真宗大谷派 願正寺 の竹川英紀さんが、法話ネット配信の企画・手配をしてくださいました。
今日と明日(21日・22日)19:30~22:00 配信
【講師】
21日:花園一実さん(圓照寺副住職)
   
酒井義一さん(存明寺住職)

22日:中根 信雄さん(明福寺住職)
    瓜生 崇さん (玄照寺住職)

YouTube live:
21日 https://www.youtube.com/watch?v=NaBZ7_M8aes
22日 https://www.youtube.com/watch?v=aTcYbzlTf7U

ぜひご聴聞ください(‐人‐)南無阿弥陀仏

2020年3月20日 (金)

いついかなるときも聞法の身

2020年3月20日(金)春彼岸中日

お彼岸中は、本堂の正面を開けて、お焼香できるようになっています(昨日は午後から風が強まったため、扉を閉めました)。
時間を決めてお勤めをすることはできませんが、お墓参りの方が少なくなってきたフッと空いた時間に、長女と読経をしています。春彼岸法要というわけではありませんが、お墓参りに来て、たまたま本堂から読経の声が聞こえてきて、それで少しでもホッとしていただけたらと思って、学校お休み(休校要請から春休みに入ってしまいました)の長女に付き合ってもらっています。一緒にお勤めしてくれるので嬉しいです。

『正信偈』『阿弥陀経』を読んでいます。
(『阿弥陀経』を読むとき、「『鬼滅の刃』の玄弥が口ずさんでいるお経だよ」と言ったら、「知ってる^^」って。娘は気づいてました^^)

お参りに見えた方と話していて、というか話をしていると、みなさんたくさんお話をされたり、嬉しそうな顔になってきたり…
外出自粛を言われたり、人との接触を控えるように言われたり、病気は怖いから報道されるままに控えてはいますが、やっぱり人間って、誰かと交流することで自分を表現したりホッとしたりするんだなぁと、あらためて感じています。

お寺参りにみえて、ホッとしていただけたら幸いです(‐人‐)

南無阿弥陀仏

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明日と明後日(21日・22日)19:30~22:00 配信
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21日:花園一実さん(圓照寺副住職)
   
酒井義一さん(存明寺住職)
22日:中根 信雄さん(明福寺住職)
    瓜生 崇さん (玄照寺住職)

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21日 https://www.youtube.com/watch?v=NaBZ7_M8aes
22日 https://www.youtube.com/watch?v=aTcYbzlTf7U

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2020年3月19日 (木)

春彼岸2020

2020年3月19日(木)
2020年の春彼岸も3日目を迎えました。
3月に入り、全門徒さんに「おからだ最優先で、春のお墓参りはご無理ありませんように」旨、通知させていただきました。
けれど、お出かけの自粛を言われてはいるけれど、お墓参りには行きたい! お墓参りをせずにはおれない! という気持ちで、多くの方がお参りにみえます。有り難いことです。

学校が休校になっていますが、昨日は、すべての荷物を持ち帰るための、通知表を渡すための登校日。
小人数ずつ区切られた、限られた時間のなかで、子どもたちは久しぶりの小学校に出かけました。
次女は、提出義務のない、休校要請が出てからこの3週間の宿題の絵日記に「早く学校に行きたいです」と書いていました(涙を誘います)。なので、短い時間とはいえ学校に行って友だちと会えてうれしかったようです。
4月からは、新学年として最初から学校に通えるようになったらいいな、と思います。

小学校から帰宅して通知表を見せたら(よくがんばったね♡)、次女は風船をひたすらふくらまし始めました(ストレスかなぁ?)
東本願寺で発売している「ほとけの子風船」です。
ふくらませて、口を結んだ風船が床にゴロゴロしていたのですが、坊守(母)と妻が「外に飾ったら?」と言ったので、今日は風船記念日。
木にひとつ結び付けて、次女に「みんな木に結ぼうか?」と提案したら、嬉しそうに首を縦に振ったので、一緒に脚立を持ってきて木の枝に結びました。

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お墓参りに見える方はなんとなく沈んだ雰囲気なのですが(当然ですよね)、柘植の木に風船がぶら下がっているのを見て、喜んでくださいます。あ、風船を結んでよかったなぁと想いました。次女がふくらましてくれたおかげです。

長女が小学校から帰ってきて、通知表を見せてもらって(よくがんばりました^^)、本堂で一緒に「阿弥陀経」をお勤めしました。
お墓参りの方が、お焼香をして帰られました。

風船見て心が和んで、、長女が読経している姿見てホッとしていただけたら、私も嬉しいです。

南無阿弥陀仏

2019年9月26日 (木)

心地良い 秋の風

2019年9月26日(木) 秋彼岸最終日

お参りの方も少ないので、お参りにみえた方とはゆっくりお話ができます。
大病を患っておられる方が、お寺にお参りにみえる度に病状をお話くださいます。
その方とは、大病を患う以前からお参りの度にゆっくりお話してきたので、病状のお話も、今までの対話の延長線上にあるような感じで聞いていました。
けれどよく考えてみたら、自分が大病を患って、その病状を誰にでも話すだろうか。やはり話す相手を選ぶだろう。
つまり、お話できる相手として思ってくださっていたんだなぁ、ということを、お話しながら思いました。

などと考えていたら坊守が、「春秋のお彼岸にお参りされて、いつもお話聞かせてくださって、ありがとうございます」と。
同じことを感じていたのだろうか。

するとその方は、
「お話するだけで、気持ちが変わるんですよ^^ お参りできてよかった。ありがとうございます」と仰って帰られました。

自分の中に閉じ籠ってしまうよりも、思いを誰かに話すことができたら、それだけで物事の見方・考え方は かなり変わります。

秋彼岸のお参り、ありがとうございました。

日中の陽射しはまだきついけれど、吹く風は秋のにおいがします。

2019年9月25日 (水)

私がズレていました

門徒さんから球根ごと彼岸花をいただきました。

さっそく墓地の空いている所に植えました。これから花が咲きそうで、楽しみです。

さて、このブログを始めた頃、「夏がどんなに暑くても、どんなに寒くても、彼岸花はちゃんと秋彼岸の頃に決まって花を咲かせます。不思議ですね」なんて投稿をしたことを覚えています。
彼岸花は、夏がどんなに暑かろうが寒かろうが、秋彼岸を迎える前の気温が高くても低くても、律儀にきちんと秋彼岸に咲いていました。
ところがここ数年、彼岸花の咲く時期にズレが生じてきました。
今年は、秋彼岸が終わろうとしている頃になって やっと咲き始めた印象があります(もちろん、とっくに咲いている花もありますが、咲くのが遅い印象です)。

そういえば9月15日の夜、境内で羽化しているセミに遭遇しました。まだ羽化するセミがいて不思議はない時期ではありますが、子どもたちの夏休みも終わって、2学期の生活が始まっている時期に羽化するセミと遭遇すると、「お、まだ地中から出てなかったの!?」って声をかけてしまいました。
子どもたちに声をかけて、羽化するセミの観察をしました。殻から出て来て、きれいな緑色っぽい姿、透明な羽、羽がだんだん大きく広がっていく様子を見ていると、とても神秘的でした。
子どもたちも「がんばれ~」と応援していました。
飛び立つまで見届けることは出来ませんでしたが、翌朝、子どもたちはセミが羽化していた場所でセミの抜け殻を見て、「セミさん飛んでいったんだよね^^」と確認していました。

咲く時期に狂いが生じている彼岸花、暦の上では秋になっているのに羽化を始めるセミ。
注意して観察していると、もっといろいろなもののズレが生じているのかもしれません。
そういえば、台風の発生時期も規模も、数年前とは大きく変わっていますね。

2019年9月23日、ニューヨークの国連本部で開かれた気候行動サミットで、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(16)が各国政府の気候変動に対するこれまでの取り組みを強い口調でとがめ、対策を加速させるように訴えました。

政治や経済と相談すると、地球温暖化防止への取り組みへの必要性など感じないだろうが、
目の前の大切ないのちや自然と相談すると、地球温暖化の現状に痛みを感じる。
・・・などと書いているけれど、グレタさんのサミットでの演説を聞きながら、私自身をグレタさんの側(これからの地球に生きるいのち)に置いていました。なんて図々しい!! グレタさん言うところの、「若い人々に希望を押し付け、形だけの温暖化防止を叫び、結局何もしてこなかった」のは、この私自身でした。グレタさんたちを裏切り、「よくもそんなことを!!」と言われても仕方のない生き方をしています。

彼岸花やセミの姿に痛みを感じず、自然界にズレが生じている!なんて何か感じているふうなことを書いてきたけれど、ズレを生じさせた張本人でした。

2019年9月24日 (火)

けっきょく、生きている人間の都合なんだなぁと

秋彼岸のお墓参りに見えた方からいただいて質問

「副住職、お墓に水をかけて掃除をしてはいけないって、テレビで放送していたんですけど、ダメなんですか?」

(私)「雨が降ったとき、水かかりますよね」

「あ! そうですね!! 水かけて掃除してもいいですよね。えっと、タワシでこすっていいんですか?」

(私)「お墓の掃除道具にタワシ置いてありますよね。ゴシゴシ磨いてください!!」

「ありがとうございます!!」(^∀^)

時折、お墓参りの作法云々テレビで放送しますが、それが正しいとすると、私は思い切り間違ったことしてます。

水をかけても、タワシで磨いても、タオルでゴシゴシしてもOKです。
そういえば、私が子どもの頃、クレンザーでお墓掃除している人がいたなぁ。
先往く人に対しての思慕の念があるから、お墓の掃除をされるのですから、その想いを大切にしたいと思います。
雨が降ればお墓は濡れます。「お墓に水をかけてはいけません」って言っている人が、お墓に傘をさしに来たことを見たことありません。
いい加減なものです。

でも、お供え物は気をつけてください。お参りの際にお供えしたものは、持ち帰って召し上がり下さい。
たまに置いたまま帰る方がいますが、雨が降ればグチャグチャになりますし、カラスやネコが食してお墓がドロドロになります。今までで一番ひどかったのは、八宝菜を置いて行かれたときです。お参りの方が帰った後、カラスが荒らして、お墓が八宝菜のアンでドロドロになりました。白菜くっつきました。
西蓮寺にお墓があるお施主さん家族は、折に触れて お供え物は置いていかないで下さいとお伝えしているので、置いていく人はいません。亡くなった方の友人や亡き人にお世話になったと仰る方が置いて行かれるのですが、亡き人を想う気持ちがお墓を思い切り汚すことになります(汚れたお墓は掃除しています)。
飲み物の場合。缶や瓶を置いていくと、その跡がお墓に残ります。たまにワンカップのフタを開けて置いていく人がいますが、翌朝、ワンカップの中で大量のアリが溺死しています。お酒の中の糖分に集まってきて溺れるのでしょうね。
お供え物を置いていく人は、その後の顛末を目にすることがありませんから、そんな惨状思いもしないことでしょう。
お供え物は、持ち帰りましょう。

2019年9月23日 (月)

お疲れ様でした

2019年9月23日(月) 秋分の日 秋彼岸お中日

昨日大相撲秋場所が終わりました。
最近はテレビ桟敷で大相撲観戦することもなくなり、スポーツニュースで結果を知るだけでしたが、
GO栄道ファンの友人と知り合いになり、GO栄道LOVEな話を聞いているうちに、私までGO栄道の取り組みが気になっていました。
それだけに、結果的に優勝した力士が、GO栄道との取り組みで変化を見せたことに落胆していました。
GO栄道はじめ、力士の皆様お疲れ様でした。

大相撲は千秋楽を迎えましたが、秋のお彼岸はお中日を迎えたところです。折り返しです。
お彼岸中は、朝6時過ぎから支度を調え、夕方6時に閉門しています。閉門の後、掃除と事務仕事です。
今まではそんなに疲れを感じなかったけれど、50歳手前にして、体のしんどさが変わってきました。今まではササッと動けていたことも、瞬時に動けなくなりました。長女が手伝ってくれるので、すぐに頼ってしまいます。秋彼岸中、夜中に寺報を書いていましたが、疲れと眠さに負けて寝てしまいます。原稿、間に合うだろうか・・・。

なんて、そんな大したことない日常と比べるのも失礼ですが、大相撲の15日間の取り組みは大変です。15日間、心身共に真剣勝負をして、どんなに気をつけていても怪我もすると思います。しかも年6場所で、巡業もあって、体を治す暇もないですよね。
休息の一瞬(ひととき)があるならば、心も体も休めて下さい。
贔屓の力士(選手)がいると、スポーツ観戦も面白くなるものですね。ありがとうございます。

2019年9月22日 (日)

腹立たば

2019年 秋彼岸
お墓参りに見えた方が、お立ち寄り下さいました。

「今年の2月の掲示板のことばね、とてもよかったです」

その、2019年2月のことばとは、

 腹立たば 鏡を出して 顔を見よ 鬼の顔が ただで見られる 

です。

「パッと見たとき、おもしろいこと書いてあるなぁと思ったけど、味わってみると、あぁ、本当にそうだなぁと思いました。
2月の寺報は持ち歩いていて、家族や友人との関係で、ちょっとムッとしたときに ことばを思い返すんですよ。
鬼の顔になっているときって、相手の態度に腹立ているんですけど、
相手に腹を立てさせることって自分もしてるなぁって思うんですよ。
だから、鬼の顔をしているときって、腹を立てさせる相手がまた私の鏡でもあるわけです。
今までムッとしていたようなこともね、いやいや、今鬼の顔をしているぞ!って気付いたら、ちょっと立ち止まれるんですよ。
そうしたらね、なんだか笑顔が増えてきた気がして、友人関係に変化が起きてきた感じがしているんです。
2月のことばのおかげです。ありがとうございます^^」

ということをお話してくださいました。
素敵なお話です。ありがとうございます。

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