折々のことば

2021年2月22日 (月)

一色の映ずるも、一香の薫ずるも

絶対他力之大道

宇宙万有の千変万化は、皆これ一大不可思議の妙用に属す。

而して我等はこれを当然通常の現象として、毫もこれを尊崇敬拝するの念を生ずることなし。

我等にして智なく感なくば、すなわち止む。

やしくも智と感とを具備してこの如きは、けだし迷倒ならずとするを得んや。

 

一色の映ずるも、一香の薫ずるも、決して色香そのものの原起力に因るに非ず。

皆彼の一大不可思議力の発動に基づくものならずばあらず。

色香のみならず、我等自己そのものは如何。

その従来するや、その趣向するや、一も我等の自ら意欲して左右し得る所のものにあらず。

ただ生前死後の意の如くならざるのみならず、現前一念における心の起滅、また自在なるものにあらず。

我等は絶対的に他力の掌中に在るものなり。

  (清沢満之 「絶対他力の大道」)

☆ ☆ ☆

宇宙万有の千変万化は、ことごとくひとつの大いなる不可思議な力の絶妙の働きによる。

それでいてわれらはこれをあたりまえでふつうの現象とみなし、これを尊敬し うやまうわずかの気持ちすらもたない。

われらに知力も感情もないとしたら、われらはなにものでもないのだ。

いやしくも知力と感情をそなえていながらも このようなていたらくでは、おもえば迷いつまづかないほうがおかしいくらいである。

 

ひとつの色が目に映るのも、ひとつの香がかぐわしくにおうのも、けっして色や香そのものから立ち上がってくるものではない。

それらはみなあの大いなる不可思議力の発動にもとづくのではないだろうか。

色や香だけではない、われらの自己そのものはどうなのか。

自己がどこからきたのか、どこへいくのか、どれもわれらが自分で意欲して左右できるものではない。

生前や死後が意のままにならないだけではない、現在の一念における心の生と滅もまた自在にならないのである。

われらは絶対的に他力の掌中にあるものなのだ。

  〔『現代語訳 清沢満之語録』今村仁司[編訳](岩波現代文庫)〕

☆ ☆ ☆

昨日、白梅の芳香によって、我が身のあることを感じると綴った。

今日、教えをいただいている先生から、先生のお寺の寺報が届く。

表紙には 住職の文章が・・・そこで、清沢満之先生の「絶対他力の大道」第2節(上記。改行は私がしました。また、今村先生の現代語訳を書かせていただきました。申し訳ありません)に触れられている。

ひとつの色が映えるのも、ひとつの香がかぐわしくにおうのも、

不可思議力の発動に基づくものではないだろうか。

そう想うと、私自身もいかなる存在だろうか。

自分の思い通りになることなどひとつもないなかを生きている。

けれど、わたしを包むはたらき、わたしを支えるはたらき、わたしを死滅させるはたらきがなければ、

果たして わたしは いない。

わたしは はたらきの中に、

わたしは阿弥陀の掌中にいる。

・・・

青い空と白梅と暖かな日和

それら景色や香りが わたしの心を動かす。

その、動かされたはたらきがあったから、寺報の文章も私の目に、心に届いたのかもしれない。

そして、清沢満之先生の本を数冊、今、開いている。

清沢先生に向き合え、親鸞聖人に向き合え、阿弥陀に向き合え、

今、そう言われているような気がする。

そこにもまた 阿弥陀がはたらいている。

阿弥陀がいる。

わたしとともに 阿弥陀がいる。

南無阿弥陀仏

2021年2月16日 (火)

「つまらない」と「知らない」は違う

昨日は、司馬遼太郎さんの「資料を読んで読んで読み尽くして、そのあとに一滴、二滴出る透明な滴を書く」エピソードを紹介しました。

今日は、天狼院書店にお勤めの川代紗生さんが書かれていたお話から・・・

未知のジャンルでも本を10冊読めば大枠を掴むことができる

この言葉は、彼女が社長から教わったものであり、その教えを実践されています。

「天狼院書店」は、書店とはいっても本を売っているだけのお店ではなく、いろいろな催しをされています。

勤めている方々は執筆活動もされています。

それゆえに、未知のジャンルについて書いたり、知らない世界に触れたりする際、そのジャンルの本を10冊読めば大枠を掴むことができると、社長は教えられたのだと思います。

彼女は、未知の世界についての「つまらない」「興味がない」の判断は、先ず10冊本を読んでみて判断するようになったと言います。

それが習慣づいてみると、「つまらない」と感じる原因は「知らない」ことから発生していることがほとんどで、10冊読んでみると「つまらない」と感じることはほぼなくなった、と綴られています。

「つまらない」と「知らない」は違うのだ!と、彼女は教えてくださっています。

 ☆

温かい気づきです。

はじめから「つまらない」「興味ない」といって未知のジャンルとの距離をとることは、自ら「つまらない」人生へ歩を進めているようなものです。

未知のジャンルの本をピックアップして読むこと自体大変なことではありますが、「知ろうとする」ことで、自分の中のキャパシティーが広がっていきます。

今まで見えていなかったものが見えてきます。

司馬遼太郎さんも、書こうとしている時代のすべてを知ったうえで小説を書こうとされたのではなく、知らない時代についても筆を執られていたことでしょう。

その際、それこそ古本屋街の関連書籍を買い占めるほどの本を読み、その世界、その時代、そのジャンルに思いきり踏み込んで行かれたのだと想像します。

本は、自分の知らない世界を見せてくれます。

本は、有限ないのちを生きる私が、生きているうちに触れられなかったであろうものを感じ取らせてくれます。

ネットもそういう性質があるとは思うのですが、

結局自分の興味関心の範囲でしか、自分の思想の許容できるものしか目にしません。

「ネットの発展・発達により情報が溢れている」などという言い方がされますが、私の方のキャパシティーが狭いので、その情報を処理できません。

自分にとって美味しいものをつまみ食いして終わりです。

本も、手にしなければ当然読むことも知ることもできませんね・・・あぁ、司馬さんも 川代さんも、川代さんの社長も、“書く”という必然性があったからこそ、本を手にされたのですね。

“書く”ことは、自分と向き合うことにもなりますし、現実逃避にもなります。

矛盾したことを言っているようですが、つまりは、気持ちの整理をしているということ。

書くことが、自分の内面を見つめる方面に向かう人もいるし、現実から逃避する方面に向かう人もいる。

現実から逃避するには、現実を認識しなければ逃避できません。つまり、現実に向き合うということです。

書くことは、自身を見つめること、現実を見つめること。

すると、今まで見えていなかったものが見えてくる。

自分一人の殻に籠っていたつもりが、自分の周囲にある壁にぶつかっていたつもりが・・・殻も壁も自分の一部、世界のほんのひとかけらに過ぎないことも見えてくる。

気が向いたときに書いていたこのブログ。このコロナ禍にあって、読んでくれる人にとって少しでも気が紛れる時間になればいいな、と思って毎日書き始めて間もなく一年。

あぁ、読んでくださる方のためのブログではなかった!

書いている私自身が、書くことによって気持ちを保っていたんだ!

そういうことに、ある日気づきました。

だから、好き勝手書いてます (^∀^)

書くためには、やっぱりいろんなもの読むんです。

「知ること」は、「つまらない」から抜け出す道です。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

 ☆

天狼院書店 Facebook

川代紗生さん Facebook

2021年2月15日 (月)

透明な滴

「東京新聞」朝刊 2021年2月13日(土)コラム「筆洗」

菜の花畠(ばたけ)に入日(いりひ)薄れ−。唱歌「朧(おぼろ)月夜」を歌う声に司馬遼太郎さんは「それ何の歌だ」と尋ねたそうだ。菜の花が大好きな司馬さんのためにと歌ったのは作家半藤一利さんである。小学校に通う代わりに図書館に入り浸ったせいで有名な唱歌を知らなかったとは、長いつきあいの半藤さんの見立てだ▼人がコーヒーを一杯飲む間に司馬さんは300ページほどの本を3冊読み終えていた。唱歌の話に片りんがみえる「神がかった」読書の量と力、取材や知識への熱意の人であったそうだ。「資料を読んで読んで読み尽くして、そのあとに一滴、二滴出る透明な滴(しずく)を書くのです」という言葉とともに半藤さんが書き残している▼司馬さんが亡くなり25年たった。12日は命日「菜の花忌」である。「半藤君、俺たちには相当責任がある。こんな国を残して子孫に顔向けできるか」。没する一年前に語ったという▼憂えていたのは、ひたすら金もうけに走り、金もうけに操られるような社会だった。「足るを知る」の心が大切になると、世に語りかけようとしていた▼憂いは過去のものになっていないだろう。災害、経済の混乱、疫病の流行・・・。司馬さんなら何を語るかと思うことも多い四半世紀である。憂いをともにし、後を継ぐように昭和を書いてきた半藤さんも他界した▼著作の中に、残された滴に、声を探したくなる菜の花忌である。

 ☆

資料を読んで読んで読み尽くして、そのあとに一滴、二滴出る透明な滴を書くのです

という言葉に、本当にそのような意識で資料や本を読み、書き続けた人 司馬遼太郎さんの真髄が凝縮されているように感じました。

司馬さんが原稿を書く際、その時代に関する書物が神保町の古本屋街から消えたという伝説を聞いたことがあります。

それだけ資料を集めていたことの譬(たと)えとして受け止めていましたが、コーヒー1杯中のエピソードを聞くと、資料を買い漁り読み尽くししていたのも「さもありなん」と思いました。

私は、資料の上っ面だけを読んで(見て⁉)、何杯にも薄めて書き物をしていました。恥ずかしい限りです。

こんな国を残して子孫に顔向けできるか

司馬遼太郎さんの目に映る“こんな国”とは、どのような国だったのでしょう。

金もうけに走り、金もうけに操られるような社会」では、人を人として見ることはありません。

「人材(じんざい)」という言葉が一般的に使われますが、「才能があり、役に立つ人物」という意味です。

人を人間として見ているのではなく、人を資材として見ている言葉です。

使える奴か使えない奴か、利用できる奴かできない奴か、自分の思いのままに動く奴か逆らう奴か・・・

資料を読み尽くして、そうして滴り出る一滴、二滴を書く。

人との接し方も、本来はそうあるべきなのだと思います。

人と話していて、人の書いたものを読んで、その人が本当に伝えたいことって、そのなかのほんの一滴二滴に凝縮されている。

それを感じ取る。

忙しい世の中、余裕のない世の中では、そういうことを感じ取る余裕がありません。

でも、その作業こそが、後の世を生きる人を育て、後の世を作っていくのだと思います。

足るを知る」にヒントがあるのかもしれません。

無いピースを埋めよう埋めようとするけれど、手元には、私の周りには既に必要なものが足りている、大切なことが満ちている

南無阿弥陀仏

2021年1月19日 (火)

何かを得るための念仏ではなく、いただきものの念仏

◇仏たすけたまえとは思うべからず
 思えば、私は子どもが死ぬまでは、念仏と自分とは無縁だと思っていたのでした。子どもに死なれて初めて、気がついたら念仏を称えていた。いまに思えば、「助けてください」と叫んでいたのであります。しかし、「助けてください」とは何か。「助」という漢字、「助けてください」と叫ぶときの漢字です。これは、「力を積む」という意味です。どこに積んでもらうのか。私に力をくださいであります。「力が無くなりましたから、助けてください」と。いのちの瀬戸際に「力をください」と助けを求めるのは、私たち人間のいわば最後の叫びでありましょう。しかし、蓮如上人は、「仏タスケタマエトハオモウベカラズ」と言われていたのでした。言葉を換えて言いますなら、「タスケタマエ」と声の続く限り、念仏を称え続けなさいということであります。涙の涸(か)れるまで泣きなさいということであります。その極限まで念仏を称え続けますと、自分のものであったはずの涙が、実は亡くなったお母さんが残していった仏の涙だったと気づかされる。繰り返しでありますが、「母が私に対して最後の説法をしてくれた」であります。
 蓮如上人はまさに、その仏の慈悲を説いておられるのでした。最初に「助けてください」と叫び声をあげた以上は、あるいは、最初に「愛別離苦」の涙が出てきた以上は、その涙が涸れるまで念仏を称え続けてこそ、その涙が仏さまの慈悲の涙と感得されてくるのでありましょう。そのとき人間の無明の世界を、私たちは仏さまと一緒に生き続けることができるのであります。

 ☆

昨日紹介した高史明先生の本『念仏往生の大地に生きる』(東本願寺 伝道ブックス53)にある文章です。

お念仏は、阿弥陀如来からのいただきものです。

念仏を称(とな)えるの「称」は、“天秤(てんびん)はかり”を表わしています。

天秤の双方のお皿に乗っているものが、釣り合っていることを意味します。

片方のお皿には阿弥陀の慈悲、もう片方のお皿には「助けてください」と叫ぶ私が乗っています。

それらが、釣り合っているのです。

阿弥陀の大慈悲の方が重くて、私の方が軽いのではありません。

阿弥陀の慈悲が重たいという受け止めは、今の私のままではダメだという感覚に陥ってしまいます。

私の方が軽いという解釈は、念仏を回数称えて徳を積むことや、一生懸命研鑚を積んで阿弥陀の慈悲を理解することが目的になってしまいます。

そうではありません。

「南無阿弥陀仏」と念仏を称えるそのとき、すでに阿弥陀の慈悲と私とは釣り合っている、共にあるのです。

涙涸れるまで泣き続けたとき、「誰か助けてください、この悲しみから救ってください」と涙していたのだけれど、大いなるはたらきの手(慈悲)の中にいる私である感得(気づき)へと変わっているのです。

「涙涸れるまで」といっても、人間、涙は涸れません。

母の死、父の死、子どもの死、友の死、涙溢れる出来事に直面し泣き続け、どんなにどんなに泣いても、人間、涙が涸れるものではありません。

そのことはつまり、阿弥陀の慈悲の中にいることを感じ続けるということでもあります。

「助けてください」という叫びは、「南無阿弥陀仏」という声は、叫んだ結果 念仏称えた結果、何かを得たいという声ではなく、阿弥陀の慈悲のなかにある私を気づかせる喚(よ)び声(私を喚ぶ声)でした。

涙涸れるまで(つまりは一生)称え続ける念仏は、

先往く人を、悲しみの対象としての「人」に留めてしまうのではなく、

先行く人は私に向けて慈悲を放つ「仏」であったと気づかせる。

人間世界が、単につらいことばかり、悲しいこことばかりで埋め尽くされている暗黒ならば、私は、人は生きられません。

この暗黒にありながら、「念仏を称えてください」「教えに聞き続けてください」という声に気づいたとき、“私”は、仏と一緒に生き続けます。

2021年1月18日 (月)

無言の問いというものは、言葉で表される問いよりも、時には深く大きなものなのですよ

昨日の投稿で「人生の意義や生きる意味は、見つけるものではなく、たずねていくこと。」と書きました。

私は、(たとえ一過性のものであっても)人生の意義や生きる意味を見つけてしまったら、つまり背負うべきものに出会ってしまったら、生きることがつらくなるものだと思っています。

“つらさ”と言っても、「投げ出したくなるような悲しみ」という意味ではなく、「生かしめるはたらき(力・エネルギー)」というような意味で言っています。

つらい現実に遭い、同様の想いを他者(ひと)にさせたくないからと、我が身に起きたことを周知したり、同様の悲しみの中にいる方に寄り添ったりされている人びとがいます。

そういう人びとは、人生の意義や 生きる意味に出遇ってしまったのだと思います。

「人生の意義や 生きる意味」とは、必ずしも「見つけよう!」と呼びかけるものではありません。

けれど、だからといって「人生の意義や生きる意味」を見つけることをやめようと言っているのでもありません。

「人生の意義や生きる意味」とは、「自分を活き活きと生かすために見つめるもの」ではありません。

それほど重たいものを背負いながら生きている事実、そのことに真向かいになることです。

昨日の投稿後、高史明先生の『念仏往生の大地に生きる』(東本願寺 伝道ブックス53)を読んでいて、次の文章に出会いました。

 ☆

◇はじめて開かれてくる阿弥陀の世界
 平野恵子さんという方が子どもたちに書き遺した手紙がここにあります(平野恵子著『子どもたちよ、ありがとう』法蔵館)。この方は、40歳になったときに、子どもが3人もいるのにガンになりました。そして死んでいかなくてはならないということになりました。しかも、平野恵子さんのお嬢さんは、重度の脳性まひで、ものが言えません。起きることもできません。ごはんも自分で食べられません。平野さんは、まさにそののっぴきならないところに立たされたとき、仏さまのお声を聞いたのでした。その寝たきりで、言葉もわからないお嬢さん、そしてお子たちに遺書を書かれるのであります。まずお嬢さんに宛てた手紙です。

 笑っていてね、由紀乃ちゃん
 由紀乃ちゃんのことを考える時、お母さんの心はいつも、静かで満ち足りた嬉しい思いで一杯になります。そして、あなたに恥ずかしくないように一生懸命生きなければ、という強い思いが身体の底から湧いてくるのです。
 お人形さんのように可愛らしい由紀乃ちゃんが、重度の心身障害児であることを告げられてから15年、ずっしりと重い15年間でした。眠れないままに、小さな身体を抱きしめて泣き明かした夜。お兄ちゃんと3人で、死ぬ機会をうかがい続けたつらい日々もありました。

 人間はのっぴきならないところに立たされたとき、助けてくださいという叫び声に圧倒されたとき、その叫び声をあげるか、自分の死を考えるのでした。これが自分中心の私たちのありのままの姿でありましょう。自分の力でどうにもならないお嬢さんを目の前にしたとき、この子と一緒に心中しようと思うようになった。その裏返しが「助けてください」という叫び声です。平野さんは、その叫び声に押されて念仏を称え続けたのでした。すると、どういうことが起きるか。大学時代の恩師、廣瀬杲(ひろせ・たかし)先生の講演会の席で「問いを持たない人生ほど、空しいものはない」という仏さまの教えを教えられたときに、思わずこのお母さんは叫んでしまったといいます。

 「この子の人生は、いったい何なのですか。人間としての喜びや悲しみを何一つ知ることもなく、ただ空しく過ぎてゆく人生など、生きる価値もないではありませんか」

と。すると、先生は答えられたのでした。「お嬢さんの人生が、単に空しいだけの人生だと、どうして言えるのですか」。「娘は、何も考えることができません。何一つ、問いを持つこともないのです」。すると、先生はさらに言われたのでした。「お嬢さんは、問いを持っていますよ。大きな問いです。言葉ではなく、身体全体で、お母さんに問いかけているではありませんか。無言の問いというものは、言葉で表される問いよりも、時には深く大きなものなのですよ」と。
無言の問いと言われた。「念仏」とは、真実の智慧であるとともに、私たちにとってはまさに「無言の問い」そのものでありましょう。言葉の知恵を根源的に超えているのであります。夜空を見上げて心が澄んでくるとき、まさに無量の星が私たちを見つめているのが実感されてくることがありましょう。仏さまが見つめておられるのであります。

 大きな問い、無言の問い、由紀乃の問い・・・・・・。それに気付かされた日からお母さんは変わりました。自分自身の生き方に対して、深く問いを持つこともなく、物心ついた頃より確かに自分の手で選び取ってきた人生の責任を、一切他に転嫁して恨(うら)み、愚痴と怒りの思いばかりで空しく日々を過ごしてきたのが、実はお母さんの方だったと、思い知らされたからです。(後略)

「言葉」のない由紀乃ちゃんが、お母さんの「いのち」の支えになっているのであります。

 ☆

大きな問い、無言の問い、いのちからの問いをいただきながら、“私”は生きています。

「生まれた意義や生きる意味」あるいは、「人と生まれたことの意味」とは、その気付きであると思います。

人として生まれ、生き、そこには他者やあらゆる事柄との結びつきがあります。

上手く対応しながら生きていること、自分の想いを言葉で上手に伝えることが、人として生まれた意味なのでしょか?

他者のお世話になりながらでないと生きられない人々も、言葉で想いを発せられない人々も、「問い」を持ちながら生きています。

そのことを、周りの人びとに気づかしめるために生きています。

いわゆる健常者と言われる人々は、人として生まれたことの含む「問い」に無関心・無感覚・無感動で生きがちです。

意義や意味を問うということは、それに先立って「問い」があるということです。

意義や意味が持つものは“答え”ではなく“問い”です。

南無阿弥陀仏もまた、私に呼び掛けている“問い”です。

声なき声としての呼びかけ、あるいはお念仏という呼びかけ・・・呼びかけられてある“私”

そのことを、手を合わせて(念仏申して)たずねていきましょう

南無阿弥陀仏

2021年1月17日 (日)

南無阿弥陀仏 生涯をかけた歩みに、人生の意義がある

 信仰と生活ということが常に問題となっている。そうして生活に交渉のない宗教は無用のものと常識されている。しかし、信仰を強調するものは時には生活を度外視する。佛法のためには世間を捨てよということも教えられた。説教場は人事相談所でないにちがいないといっても、その信仰がなんら生活に交渉がないということは果たしてあり得ることであろうか。
 宗教を求むる人は、信心を得たいという。この求道の心理にはいろいろと批判もされ、反省もしなければならないものがあるであろう。だが、その真剣さに対しては、十分に尊重されねばならない。それは、確かなる世界観を得んとする悩みである。そのためには名師をも訪ね、聖教にも親しまねばならない。しかし、名師も聖教も信心獲得の縁とはなっても、直接に信心を授与するものとはならないであろう。青年は熾烈なる感情をもって「人生の意義」を問う。しかし、生涯かけてもその答えを見出さそうとすることこそ人生の意義ではないであろうか。「これでこそ生まれ甲斐があった」という喜びは、そう性急に感得されるものではない。

(金子大榮 金子大榮随想集 第6巻「私の人生観」)

 ☆

近年「生活の中の仏教」というような表現を耳にする。

恐らく、

仏教離れ 宗教離れなどと言われて久しく、

お寺で開催される法話会に人は来ないけれど カルチャーセンターなどで開かれる“仏教講座”は満席になり、

今は仕事が忙しいので、リタイアしたら仏教をちょっと学んでみようかな

などという言い方がされるようになった時代に、

「仏教は日々の生活から離れて聞くものではありません。私たちが生きているそのなかに仏教はあるんですよ」というメッセージなのだと思う。

お釈迦さまは、出家されて修行をしたから、生活と離れてからの修行(歩み・学び)に違いはないけれど、

結局は、人と人とが生活する場に戻ってきて、教えを説き広められた。

やはり、仏教は生活の中で聞いていくもの(生活の中でしか聞けないもの)だと思う。

そもそも“信仰と生活”は切り離せるものではないのだけれど、

仏教を真摯に真剣に必死に学んでいる者からすると、どっぷり日常生活を生きている ちょっと仏教を聞きかじった者が「信仰」を口にすること(「生活の中の仏教」というフレーズ)は気に入らないことだろう。
(そういう態度はつまり、仏教を真剣に学んでいるといっても机上の学びに過ぎないのだけれど)

かといって、「仏教(宗教)の学びが、生活の役に立つ」「人生相談のために仏教を聞く」と、生活と信仰を一緒くたにして、日々の悩み事相談とその解決を仏教に求められても、それは違う。

信仰と生活を、交渉(接点)があって当然という前提で考えるのも間違うし、かといって切り離して考えられるものでもない。

宗教を求むる人は、信心を得たいという。この求道の心理にはいろいろと批判もされ、反省もしなければならないものがあるであろう

信心を得たいという求道の心理に対して、批判・反省がなされてしかるべきであると言う。

そう言わしめる時代背景には、何があったのだろう?と想う。

「信心」とは、短絡的に得られるものではない。

否、信心とは、そもそも娑婆世界を生きるわれらに得られるものではない!ということではないだろうか。

青年は熾烈なる感情をもって「人生の意義」を問う。しかし、生涯をかけてもその答えを見出さそうとすることこそ人生の意義ではないであろうか

人生の意義や意味を問う、求める人は多い。

けれど、人生の意義や意味は、その答えを得て終わるものではない。

「これが人生の意義だ、生きる意味だ!」と思えたとしても、それは生きている中での出来事次第で、コロコロ変わる。

自分の思いは、外からの要因(縁)次第で、いとも簡単に崩れてしまう。

「これが人生の意義だ、生きる意味だ!」と思えるものに、もし本当に出会ってしまったならば、そのことによって安心を得られるものではなく、重たい決意・信念を抱いて生きていくことになる。

そこに仏教(教え)がないならば、「これが人生の意義だ、生きる意味だ!」と思えるものに本当に出会ってしまったとき、生きる寄る辺(支えとなるもの、共にあるもの)がないのだから、“私”はフラフラになり、つぶれてしまうだろう。

もし、仏教に聞く(教えにふれる。親鸞聖人の教えにふれる縁に出会ったのであれば「南無阿弥陀仏」と念仏申す)ことがあれば、

フラフラになることなどない。

なんてことはあり得ない!

信仰があってもなくても、人は悩み、苦しみ、時には微笑むこともあり、またつらい思いをする。

そういうなかを生きている。

そういうなかを、教えに出会えたからこそ 念仏があるからこそ、人生の意義や意味(なぜ生まれてきたのか、どうして生きるのか)をたずねる歩みをしてみようと、思いが翻る。

人生の意義や生きる意味は、見つけるものではなく、たずねていくこと。

南無阿弥陀仏

2021年1月14日 (木)

偶然とは必然に違いない

昨日紹介した金子大榮師に、

生は偶然 死は必然」という言葉がある。

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浄土真宗のお寺の掲示板に掲げられていて、出会った人もいるかもしれない。

生・・・いのちをいただき、この世に生まれ出でたのは偶然。

「偶」には“たまたま”のという意味がある。

「然」は、「しからしむ」と読み「そのようにさせる」という意味がある。

「偶然」は「たまたま、そのようにさせる(そのようになった)」というような意味。

「生は偶然」とは、生まれてきたのは たまたま そのようになったということ。

仏教の言葉で言えば「縁」に通じるだろうか。

母と父の縁、受精の縁・・・人間のはからいで成し得ることではない。

たまたま たまたまの積み重ね、偶然によって 私は今ここにいる 。

けれど、限りあるいのちを生きているのだから、いつか死ぬのは「必然」のこと、必ずしからしむること。

「生は偶然 死は必然」

私も、何度か法話で紹介した記憶がある。

その際は、熱心にメモをされる人もいれば、頷く人もいて、あらためて言われるとそうだなぁと、我がこととして受け入れてもらえた空気を感じた。

「なるほどなぁ」と感じる人もいれば、「そんなの当たり前のことじゃない?」と思う人もいることでしょう。

でも、サラッと流れゆく言葉でもあるように思う。

さて、昨日の投稿で紹介した金子大榮師の本『私の人生観』を読んでいたら、この言葉の出どころと思われる表現に出会った!

われらにあっては、死こそ必然であって、生はかえって偶然ではないだろうか。」(136頁)

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言っていることは同じ。

話し言葉を法語として掲示するに当たり、「生は偶然 死は必然」と整えたのかもしれない。

けれど、

われらにあっては、死こそ必然であって、生はかえって偶然ではないだろうか。」の方がこころに残る(ように感じる)。

「生は偶然 死は必然」は、生まれ出でた不思議に思いを馳せることなく生きている私に、生の偶然性(有り得なさ)を説き、死を忌み嫌う生き方に、死の必然性(死もあってこその生である)ことを説く。

そのことも大事だけれど、親が子に、先生が生徒に教え諭すような言い方にも聞こえる。

その言葉が心に響く子も、生徒もいるけれど、お小言程度で受け流す人もいるだろう。

われらにあっては、死こそ必然であって、生はかえって偶然ではないだろうか。」という言い方は、問われている余韻を残す。

生を必然(当たり前のこと)として生きている私に、必然なのは生ではなく死だよとクギを刺し、生とは必然ではなく偶然という目線で考え直してみないか? と。

もっとも、こう書いている私も、また違う日に読めば、違う心持のときに読めば、違う受け止めをするだろうけれど、

ずっと聞いてきた言葉の出どころに、偶然出会った喜びと驚きを書いた。

偶然は、必然なのだと想う。

生まれ出でたことにも、“私”である必然性があるに違いない。

南無阿弥陀仏

2021年1月13日 (水)

無常を観ずる

「今日では、生死問題というが如きは、老人のものであるように思われている。

しかし、実際はとくに童心において現れるものである。

そのことは昔の高僧の出家発心が、殆どすべて少年の時になされていることでも知ることができよう。

発心とは世の無常を観じてなされしことである。

これ即ち生死を問題とするものである。

純真なる童心には無常であるということに堪えられないものがある。

それは生の不安を感ずる心である。

いかにしてその不安を除くべきか、そこに永遠に対する悩ましい思慕がある。

それゆえに、無常を観じて出家せられたということは、決して高僧の伝記を飾るためではない。

宗教心は、8、9歳の頃に芽生えるといわれている。

それは無常に堪えぬ心であり、無意識的に永遠への思慕を始めたのである。

とすれば、その心の生ずる時こそ、正(まさ)に人間の誕生ではないであろうか。

『お母さん、死ぬってどうなるの』、と問うようになった時に、われらは動物の仲間から別れることになったのである。

その永遠への思慕が意識的になり、とくに悩ましきものになるのは15、6歳の頃である。

それが、青年における厭世感といわれるものであろう。」

(金子大栄随想集 第6巻 『私の人生』より  改行は私)

 ☆

「成人の日」を縁に、“成人”という言葉が頭の中にあったものだから、本を読んでいて 上記の部分が目に留まった。

人間の心に留まるものは、今現に進行している関心事が大きい。

どんなに心を打つ言葉、感動的なシーンを目にしても、自分の中に関心事としてなければ ほとんど引っかからないし、

他の人がまったく気にかけないことがれであっても、私にだけ届く事柄がある。

本を読み、心動かされたところに線を引っ張っても、抜き書きしておいても、後日見返すと、「なんでこの言葉にひっかかったんだっけ?」と思うことの方が多い。

それだけ、人間は・・・良く言えば、思考・思索を深めている、悪くいえば生活に流されているのだろう。

でも、それだけに、同じ本を何度も読んだり、同じ映画を何度も見たり、同じ場所を何度も訪ねたりすることができる。

「無常に堪えぬ」・・・

生老病死する身に、不安や恐怖を覚える。

そのことは、確かに不安や恐怖ではある。

けれど、“常”ということもまた不安であり恐怖ではなかろうか。

老いることなく、死ぬことなく、思考・思索が変化することなく、それこそ 生きている意味が見えなくなってしまう。

「無意識的に永遠なるものへの思慕を始める」・・・

限りあるいのちを生きている現実と真向かいになり、永遠なるものへの思慕を始める。

はじめは、不老長寿や健康で長生きなど、自身の肉体への不安からの解放を願うところから始まるかもしれない。

その思慕(想い)が、やがて自分の肉体を超えた永遠、つまり自分の思いを超えたおおいなるもの(阿弥陀)への思慕(帰依)、「南無阿弥陀仏」へとつながるのではないだろうか。

人は、無常への不安を感じることによって、阿弥陀なるものへの帰依(南無・帰命)がはじまる。

否、無常への不安を感じることによって、阿弥陀なるものへの帰依(南無・帰命)が始まってこそ、“人となる”と言えるのかもしれない。

宗教心は8、9歳の頃に芽生え、15、6歳で永遠なるものへの思慕が意識的になる・・・

「そんな若い時から宗教心が芽生えるわけがない!」と思われるかもしれないが、

そのように思うのではなく、「私も、そんな年の頃に宗教心が芽生えていたかもしれない(今はどうだろうか?)」と振り返ってみてはどうだろうか。

その振り返りもまた終活のひとつだと思う。

金子大榮師の随想は続く。

(いかにして、その生死の問題は解かれるのであろうか)
「それは求道により、聞法によることである。いずれにしても生死問題の解かれることは、心に永遠の意義を知ると共に、身に真実を感ずることである。これ即ち人生に永遠を受容してゆくことである。その永遠を受容する心は、常に童魂を失わぬものでなくてはならないであろう。その真実を感ずる身は、老境に入りて、体験を豊かにする。それゆえに、永遠を知るものは老境に至るも童心を失わないものである。したがってまた、老境に至って童心を失わないものは、永遠を身証するものである。その純真なることにおいて宗教は青年のものであり、その身証たるべきことにおいて宗教は成人のものである。ここに、心身を具有する人生の意味があるのである。」

2021年1月 2日 (土)

転ずというは、

みなさま お正月 いかがお過ごしですか
箱根駅伝、往路での青学の失速はビックリでした!
明日の復路、ワクワクします。

さて、2021年1月の掲示板は、昨日投稿したとおり親鸞聖人のご和讃です。

 名号不思議海水
  逆謗死骸もとどまらず
  衆万川 帰しぬれば
  功徳のうしおに一味なり
      親鸞聖人曇鸞和讃

当初、親鸞聖人の別のことばを考えていました。

 転ずというは、
 つみをけしうしなわずして善になす也、
 よろづの水 大海にいれば
  すなわちうしほとなるがごとし。
      親鸞聖人『唯信鈔文意』より

『唯信鈔』という、法然門下の先輩 聖覚の著作があります。親鸞聖人は『唯信鈔』を大切にされました。その『唯信鈔』に、自分なりの注釈(文意)を著わされたものが『唯信鈔文意』です。
その『唯信鈔文意』にある一文を掲示するつもりで準備をすすめていました。が、書いてみたら ひらがなが多くて読みづらいことがわかり、掲示した和讃に変更しました。

ことばの意味を私なりに書くと、

 「南無阿弥陀仏」と念仏申して、この私が転ずるということは、
 念仏申すことによって私の罪を消して、失わせて、そして善人になるということではありません。
 罪業を抱えて生きている衆生(生きとし生けるもの)が阿弥陀の慈悲の大海に入るということは、
 阿弥陀の大海と一味となるということです。
 転じるとは、私が善い人間になって、阿弥陀の救いを得るということではなく、
 この身このままの私が、阿弥陀の救いの対象であるということに気づくことです。
 私の行いを転じさせるのではなく、私の思いが転じるということなのです。
 そのはたらきを、「自然(自然)」と言います。

となります。掲示した一文の、前の部分も含めての意訳ですが。

善い人間になろう! こころを入れ替えて頑張ろう! という思いは尊ぶべき思いですが、私の思いによって私が転ずる(変化する)のであればこれほど楽なことはありません。
これから勉強を、仕事を頑張ろう!と思った矢先に、「勉強してるの!?」「この仕事やっておいて」なんて言われるとやる気が失せませんか?
どんなに頑張っても、思う通りにならない経験はありませんか?
善い人間になろうと思っても、誰かの為に動けば、その人以外の人を傷つけるということも起こります(ほとんどが無意識でのことですが)。
出会う縁によって、思いも成果も結果も変わってきます。
だから頑張ろうとしなくていい!ということではありません。
ただ、“私”が生きている大地は、私ひとりが立っているわけではありません。生きとし生けるものと共にある“私”です。その自覚が、縁に生きていることの自覚、つまりはお釈迦さまが説かれた「縁起の道理」を理解するということなのです。

善い人間にならなければ、清い人間にならなければ、今までの自分の罪を心から懴悔しなければ、阿弥陀如来に救いとられないのだとしたら、誰も阿弥陀に救われる者はいません。

“私”は罪を背負っている。それは、人と人とが関係を持ちながらひとつの大地に生きているから当然のこと。

当然のことの気づき(転ず)が、すなわち阿弥陀と一味である私の気づきであります。

この身このままの“私”こそ、阿弥陀の慈悲の大海のなかに、すでにいました!

その事実を、今月(新しい年の初め)に書きたかったのです。

ことばは変更しましたが、気持ちは同じです。

(追記)
掲示しようとした『唯信鈔文意』の文言は、大谷派の『真宗聖典』には出てきません。
大谷派『真宗聖典』の『唯信鈔文意』は、高田派専修寺蔵親鸞聖人真筆本を底本としています。
私が参照したのは、本願寺派の『浄土真宗聖典全書』です。こちらには、高田派専修寺蔵親鸞聖人真筆本を底本としたものと、高田派専修寺蔵鎌倉時代書写本を底本としたものが対照できるように掲載されています。掲示しようとしたことばは、後者に著されています。
本願寺派の『浄土真宗聖典全書』を初めて手にしたときのワクワクは忘れられません☆彡

2020年10月18日 (日)

娯楽

輿論(よろん)は常に私刑であり、私刑は又(また)常に娯楽である。
                  (芥川龍之介『侏儒の言葉』より)

芥川龍之介の言葉に出会った。

世間には「私刑」があふれている。

「私刑」とは、法律によるわけではない、個人的感情から起こる制裁のこと。

○何らかの罪を犯した人がいる。

○法を犯す罪を犯したわけではないが、“私”にとって気に入らないことをした人がいる。

○その人が何かをしでかしてしまったわけではないけれど、“私”の目には、とても恵まれた人生を送っているように見える人がいる。

そのような人に対して、自分を高みに置いて、制裁する 断罪する やっかむ「死刑」。

数年前までは、自分の仲間内で、話の種 酒の肴ていどで他者を裁いていたものが、

ネット環境 SNS等の普及により、他者を裁くつぶやきが地球全体に行き渡ってしまう。

○たとえ実際に罪を犯した者に対してであっても、第三者に制裁する権利はない。

○私の正義に反する者ではあっても、断罪する道理はない。

○やっかみは、決して他者が悪いわけではない。

質(たち)の悪いことに、情報が正しかろうが間違っていようが、「私刑」執行者にとってそんなの関係ない。

「私刑」は、自分の怒りやモヤモヤした感情が発散できればいいのだから。

それゆえに、「死刑は又(また) 常に娯楽である」のだろう。 

さて、「輿論(よろん)」は見慣れない言葉だと思う。現代では「世論」という書き方が一般的だから。

「輿論」「世論」とも「大衆の声」を意味するが、「輿論」と「世論」は似て非なるものである。

「輿論」は「パブリック・オピニオン」(公衆の意見)を意味する。

「輿論」と表わされる「大衆の声」の背景には、確固たる「意見」「信念」「思想」がある。

「世論」は「ポピュラー・センチメント」(一般的な気分)を意味する。

「世論」と表わされる「大衆の声」に、確固たる「意見」「信念」「思想」は・・・ない。

時代状況や社会の空気、個人的気分に左右されて ものを言う。

深く考えるという作業もなく時代を嘆き、自分以外の者のせいにし、他者を貶(おとし)め、楽な方に流れる。

「世論」の意味を知ると、果たして「世論調査」の結果とは、信用に足るものだろうか。

さて、

ここまでの説明からすると、「世論は常に私刑であり、」の方が文章の通りがいい気がする。

けれど、芥川龍之介は「輿論」と書いた。

○「輿論、確固たる信念に裏打ちされた意見もまた “私刑” である、」とも読めるし、

○芥川龍之介在世当時は、「世論」とは言わず「輿論」と言うことの方が一般的だったかもしれないから、現代でいう「世論」と同じ感覚で「輿論」と書いたのかもしれない。

芥川龍之介の意図は分からないが、

言葉の意味として「輿論」と「世論」は明確に違うものである。

○現代、私たちは「世論」の多数意見に合わせることによって、自分の正当性を保とうとしてはいないだろうか(そこに、自分の意見はない)。

○「世論」の多数意見を是として、少数意見を非としてはいないだろうか。

○「世論」の少数意見を見下してはいないだろうか。

その態度はよくないし、そもそも「世論」は 空気を読んでのもの、気分的なもの。

情報の多い世の中、何が正しい情報で、何が間違った情報かわからないことが多い。

不明確な面が多い。

ということは、空気や気分に流される声もまた不明確で、根っこがない。

ひとつの情報に左右されるのではなく、いろいろな側面から見た情報にふれ、

自分が思ったこと 感じたことは、率直に「意見(オピニオン)」として語れば、

自分とは違う「意見(オピニオン)」から発見を得ることもある。

「輿論」は、そういうところから醸成(酒や味噌が醗酵するかのように物事が徐々に作り出されてゆく)されてくるのだと思う。

そういう意味で、「輿論は娯楽である」ということに辿り着くような気がする。

知り、考え、感じ、語る。そこからまた、知り、考え、感じ、語るということが生まれて来る。

そのことは、人間にとっての「娯楽」である。
(芥川龍之介が言おうとしたことからは、おそらくかなり離れていると思う。それもまた善哉善哉)

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