西蓮寺掲示板のことば(イレギュラー)

2019年6月25日 (火)

世のおかげ 人のおかげ

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世のため 人のためという声のみ多くして、世が汚され濁るとき、
世のおかげ 人のおかげと 手が合わさる人によって、世が清浄なることもありましょう
                                                正親含英 

「世のため人のため」という思いが、知らず知らずのうちに他者(ひと)を傷つけている。
私自身が裁判官や審判にでもなったかのように、世を 人を 判定・判断・判別しているのだから。
そんな私は、「世のおかげ 人のおかげ」である身でした。
私は、判定・判断・判別されてある私でしょうか(いいえ、そんなことはありません)。
罪業多く重たい、汚れ濁りの手が合わさる不思議。私の思いを超えた出来事。
汚れ濁りのままに、清浄なる不思議。
南無阿弥陀仏

 

2019年1月22日 (火)

鳥は飛ばねばならぬ

2018年大晦日、坂村真民さんの詩と再会し、イレギュラーに貼り替えている第2掲示板の言葉にしました。
新しい年を迎えるにあたり、相応しい詩に出遇えました。
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
     南無阿弥陀仏
(書いた字の列が曲がっている 私の姿勢もこころも歪んでいる証です

『鳥は飛ばねばならぬ』 坂村真民

 鳥は飛ばねばならぬ
 人は生きねばならぬ

 怒涛の海を
 飛びゆく鳥のように
 混沌の世を
 生きねばならぬ

 鳥は本能的に
 暗黒を突破すれば
 光明の島に着くことを知っている
 そのように人も
 一寸先は闇ではなく
 光であることを知らねばならぬ

 新しい年を迎えた日の朝
 わたしに与えられた命題
 
 鳥は飛ばねばならぬ
 人は生きねばならぬ

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2018年11月 7日 (水)

ぼくが他人に与えた苦しみ

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ひとつだって無駄にしちゃぁいけないんですよと、
ぼくらは子供のころ、
くりかえして言われたものだ。
それはパンとか蠟燭のことだった。
今、ぼくらが無駄にしてはいけないのは、
ぼくが味わった苦しみ、
ぼくが他人に与えた苦しみだった。
フランソワ・モーリヤック 『ありし日の青年』より)

フランソワ・モーリヤックの文章を教えていただいたのは、遠藤周作さん(の本)から。

この言葉を読んだ時、思わず「これだな」と思った。私の会得したものがそのままここに書かれていると知ったからである。 ひとつだって無駄にしちゃいけない---と言うよりは、我々の人生のどんな嫌な出来事や思い出すらも、ひとつとして無駄なものなどありはしない。無駄だったと思えるのは、我々の勝手な判断なのであって、もし神というものがあるならば、神はその無駄とみえるものに、実は我々の人生のために役に立つ何かをかくしているのであり、それは無駄どころか、貴重なものを秘めているような気がする。これを知ったために、私は「かなり、うまく、生きた」と思えるようになった。 (遠藤周作 『生き上手 死に上手』より)

遠藤周作さんの本を読んだとき、思わず「これだな」と、私は想った。

2018年10月31日 (水)

正しさと正しさとが相容れないのは いったい何故なんだ?

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もしも私が全て正しくて
 とても正しくて周りを見れば
世にある限りすべてのものは
 私以外は間違いばかり
もしも貴方が全て正しくて
 とても正しくて周りを見れば
世にある限りすべてのものは
 貴方以外は間違いばかり
辛いだろうねその一日は
 嫌いな人しか出会えない
寒いだろうねその一生は
 軽蔑だけしか抱けない
正しさと正しさとが相容れないのは
 いったい何故なんだ?

中島みゆき 「Nobody is Right」

2018年10月30日 (火)

ありがとうの一声は、かけられた方も、かけた人の人生も、豊かにしてくれます

この夏は、まさに射すような陽差しの夏でした。
西蓮寺門前にバス停がありますが、バスを待つ方が陽差しを遮るものが何もありませんでした。
あまりに過酷な状況だったので、お寺にあるテントを立てました。

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ところが、この夏は台風の襲来がたびたびありました。
テントが吹き飛んではいけないので、台風接近の天気予報の度にテントを畳んでは、台風が過ぎてからまた立て直す作業を繰り返しました。4回目の畳む作業のとき、住職(父)がテントの骨組みに引っかかって転んでしまいました。結局、その痛みで正座ができなくなってしまいました(今は完治しています)。
で、もう少し簡単に組み立て・片付けが出来るテントはないかと探し、最近イベント等で使われるものを見つけて即購入しました。

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組み立て作業に慣れるまで大変でしたが、従来のテントよりは少しは楽になりました。どちらにしろ、最低2人は必要なのですが
でも、テントが陽差しを遮ってくれたので、バス待ちの皆さんからは「助かります」「ありがとう」と声をかけていただきました。こちらこそ ありがとうございます。

9月の秋彼岸が終わるまでテントを立て続け、その後しばらく掲示板に感謝の想いを綴りました。

 射すような陽差しの夏
 バス停に張ったテント
 「ありがとうございます」って声をかけてくれて、“ありがとう”。
 とても嬉しいです。
 ありがとうの一声は、
 かけられた方も、
 かけた人の人生も、
 豊かにしてくれます。
 一声が人生を変える。
 有り難う

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2018年10月29日 (月)

人は必ず死ぬというのに

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「死ぬときぐらい好きにさせてよ」
人は必ず死ぬというのに
長生きを叶える技術ばかりが進歩して
なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、
身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死ねば宇宙の塵芥。
せめて美しく輝く塵になりたい。
それが、私の最後の欲なのです。
 樹木希林(宝島社企業広告)

(追記)
2018年10月29日(月) 上記企業広告を出された宝島社が、「読売新聞」と「朝日新聞」に樹木希林さんの言葉を添えて企業広告を出されました。(宝島オンライン
 読売新聞 「サヨナラ、地球さん。」
 朝日新聞 「あとは、じぶんで考えてよ。」

2018年10月28日 (日)

おれは助けてもらわねェと 生きていけねェ自信がある!!!

西蓮寺には、毎月1日に張り替えている法語掲示板の他に、ふたつ掲示板があります。
そのふたつの掲示板には、本山(東本願寺)や東京教区・東京五組のポスターを貼ったり、寺報を貼ったりしています。宣伝用ですね。
けれど、秋彼岸前にふと思いつきました。この2つの掲示板には、心に響いたことばをリアルタイムに貼ってみよう!って。
で、今年の秋のお彼岸から、イレギュラーに言葉を貼っています。法語掲示板とは違った雰囲気に、「副住職、面白いことはじめたね」の声もいただきました。
法語掲示板(掲示板1号)のことばは、西蓮寺の前を通るバスの中からでも読める程度の分量のことばを選んでいますが、掲示板2号3号に貼る言葉は、わざと長めの言葉を選んでいます。立ち止まって読んでもらって、いろいろと感じてもらえたらいいなと思っています。

   

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俺は剣術も使えねェんだコノヤロー!!!
航海術も持ってねェし!!!
料理もつくれねェし!!
ウソもつけねェ!!
おれは助けてもらわねェと
生きていけねェ自信がある!!!
 「ワンピース」 モンキー・D・ルフィ

Aさんは○○ができて、
Bさんは□□が得意で、
Cさんは△△が素晴らしくて、
自分は何もとりえがないなぁ・・・
なんて落ち込んでしまう、自己嫌悪の日々だけど、でも、きっと私には私なりの役割がある。
Aさんは、Bさんは、Cさんは、あなたの◎◎なところを頼もしく思っているかもしれない。
自己評価して落ち込むよりも、助け合わないと生きていけない私たちなんだって気付くことが大切なことだと思う。
あなたがいるだけで、私はうれしい。
そう思われている あなたであるかもしれない。

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