掲示板のことばアーカイブズ

2018年7月25日 (水)

掲示板のことばアーカイブズ(41)

2017年(平成29年)

1月〔479/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」220〕
じっと西に沈む落日を心にとどめよ
   仏陀

2月〔480/寺報221〕
人を人とすることによって、自分も人になる
   安田理深

3月〔481/寺報222〕
きみとぼくの間に たんぽぽを咲かせよう
   『きみとぼくの間に』(作詞・作曲 柚梨太郎)

4月〔482/寺報223〕
勇気と 愛情と 信頼と 希望と
ちょっとの悲しみがあれば☆(ほし)ができるよ

5月〔483/寺報224〕
人間の脳の中には、絶対に祈りの回路があると思うんです。
   柳澤桂子

6月〔484/寺報225〕
人間の愚かさは 何に対しても答えを持っているということです
   ミラン・クンデラ

7月〔485/寺報226〕
ひとり一人が光に照らされている
だからこそ それぞれの色に輝いている

8月〔486/寺報227〕
鳥は飛び方を変えることはできない
しかし人間はいつからでも生き方を変えられる
   日野原重明

9月〔487/寺報228〕
あらゆる自由は奪われても 念仏する自由は奪われない

10月〔488/寺報229〕
いのちはみんな母なる海に還ります
みんな一緒だから 淋しくないよ

11月〔489/寺報230〕
弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり
   親鸞聖人

12月〔490/寺報231〕
過去は消えず 未来は読めず 不安がつきまとう
だけど明日を変えていくんなら今
今だけがここにある
   Mr.Children 「ヒカリノアトリエ」

2018年7月24日 (火)

掲示板のことばアーカイブズ(40)

2016年(平成28年)

1月〔467/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」209〕
さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし
    親鸞聖人

2月〔468/寺報210〕
福願う 心の裏に 鬼の顔

3月〔469/寺報211〕
今日という日は あなたの人生の残りの、最初の一日
   チャールズ・ディードリッヒ

4月〔470/寺報212〕
前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え
   道綽大師 『安楽集』

5月〔471/寺報213〕
我以上に 我を愛するものを 阿弥陀という
   武田定光

6月〔472/寺報214〕
こころの強い人なんて、いないんだから!

7月〔473/寺報215〕
高原(こうげん)の陸地(ろくじ)には、蓮華(れんげ)を生ぜず。
卑湿(ひしつ)の淤泥(おでい)に、いまし蓮華を生ず。
   『維摩経(ゆいまきょう)』

8月〔474/寺報216〕
リアルタイムが 歴史を殺す

9月〔475/寺報217〕
子どもを守る者はすべてを守る。
子どもを守らない者は何ものをも守らない。
   むのたけじ

10月〔476/寺報218〕
もしある朝目を覚ますと、
全ての人間が同じ人種、同じ宗教、同じ肌の色になっているとしたら、
我々は正午までに
別の偏見のタネを捜し出すことだろう
   ジョージ・エイケン(アメリカの劇作家)

11月〔477/寺報219〕
散ると見たのは凡夫の眼 木の葉は大地へ帰るなり

12月〔478/寺報220〕
青春時代と呼ぶには
あまりに
重すぎるけれど
漆黒とは
光を映す色のことだと     
   岩崎 航

2018年7月23日 (月)

掲示板のことばアーカイブズ(39)

2015年(平成27年)

1月〔455/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」197〕
死を分かち合うことがなければ 生は分かち合えない

2月〔456/寺報198〕
いのちの声を聞く

3月〔457/寺報199〕
いろんなぐうぜんがかさなって ここにこうして あなたといっしょにいられることが ただとてもうれしい
   『ね』(作詞・作曲 高橋はゆみ)

4月〔458/寺報200〕
人生に必要な知恵は すべて幼稚園の砂場で学んだ
   ロバート・フルガム

5月〔459/寺報201〕
子どもは 誰かといっしょのとき ひとりになれる
   D.W.ウィニコット

6月〔460/寺報202〕
前人(ぜんじん)樹(き)を植えて 後人(こうじん)涼(りょう)を得

7月〔461/寺報203〕
よしあしの文字をも しらぬひとはみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがおは おおそらごとのかたちなり
   親鸞聖人

8月〔462/寺報204〕
ぼくは、戦争の原因は
「飢え」と「欲」ではないか、と考えています。
腹が減ったから隣の国からとってこようとか、
領土でも資源でもちゃんとあるのにもっと欲しいとか、
そういうものが戦争につながるのです。
   やなせたかし(『ぼくは戦争は大きらい』より)

9月〔463/寺報205〕
弥陀の五劫思惟の願を よくよく案ずれば ひとえに親鸞一人がためなりけり
   親鸞聖人

10月〔464/寺報206〕
ただひとすじに聞く そこから世界は開かれる

11月〔465/寺報207〕
できることは減りました ありがとうが増えました

12月〔466/寺報208〕
目の前の方を ただの人と思うなよ
   高橋 卯平

2018年7月22日 (日)

掲示板のことばアーカイブズ(38)

2014年(平成26年)

1月〔443/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」185〕
どれほど道があろうと 自分が登るとなると ひとつです
   平野修

2月〔444/寺報186〕
貧乏な人とは 少ししかものを持っていない人ではなく
無限の欲があり、いくらあっても満足しない人のことだ
   ホセ・ムヒカ

3月〔445/寺報187〕
ないものを欲しがらんで、あるものを喜ばしてもらおうよのう
   河村ふで

4月〔446/寺報188〕
こころの弱さを知っている人がいる
こころの強い人がいるわけではない

5月〔447/寺報189〕
一悪を以て 衆善を忘れず

6月〔448/寺報190〕
正義と名のつく殺しがあってたまるか!!!
   アイスバーグ 『ONE PIECE』より

7月〔449/寺報191〕
善き人に遇って教えられ
悪しき人に会って反省すれば
善悪ともにありがたい

8月〔450/寺報192〕
殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ。
   仏陀

9月〔451/寺報193〕
ひとつのいのちは すべてのいのちにつながっている
  本橋成一

10月〔452/寺報194〕
善人ばかりの家庭では 争いが絶えない

11月〔453/寺報195〕
計算なんて何もなく生まれてきたのに
損得勘定に疲弊して生きているわたし

12月〔454/寺報196〕
私の生活の基盤を支えていたのは
電気・ガス・水道ではなくて、山や川であり、大地であるんだなと思います。
   広田奈津子

2018年7月21日 (土)

掲示板のことばアーカイブズ(37)

2013年(平成25年)

1月〔431/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」173〕
深海魚 光に遠く 住むものは つひにまなこも 失ふとあり
   堀口大学

2月〔432/寺報174〕
どれほど巧みに着物を縫っても、糸に結び目がなかったら みな抜けてしまう

3月〔433/寺報175〕
五濁を生きる我が眼 弥陀の大悲に包まれて 光り輝く美しさを美ゆ

4月〔434/寺報176〕
われわれの世界には善悪がある
しかし善悪の世界だけでは どうしてもたすかることができぬ
   藤原鉄乗

5月〔435/寺報177〕
こんなに我慢しているのに・・・と思っていたら
こんなに我慢されている私でした

6月〔436/寺報178〕
あなたたちの生きる未来を!!
私達が諦めるわけにはいかない!!!
   ニコ・オルビア 『ONE PIECE』より

7月〔437/寺報179〕
限りない いのちに遇って 限りあるいのちを尽くす
   金子大榮

8月〔438/寺報180〕
生死の苦海ほとりなし
ひさしくしずめるわれらをば
弥陀弘誓のふねのみぞ のせてかならずわたしける
   親鸞聖人

9月〔439/寺報181〕
のどが乾いてたまりませんでした
水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました
どうしても水が欲しくて
とうとうあぶらの浮いたまま飲みました
-ある日のある少女の手記から
   (長崎平和公園内の碑より)

10月〔440/寺報182〕
この世は生きるに値する
   宮崎駿

11月〔441/寺報183〕
ひとりがひとりに出遇って生きてゆく
出遇ってしまったら 忘れられないんです
   佐々木道範

12月〔442/寺報184〕
如是我聞
 私の中に新しい世界が生まれてきました

2018年7月20日 (金)

掲示板のことばアーカイブズ(36)

2012年(平成24年)

1月〔419/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」161〕
丁寧に生きる

2月〔420/寺報162〕
浄土宗のひとは愚者になりて往生す
   法然上人

3月〔421/寺報163〕
み仏の み名を称える わが声は わば声ながら 尊かりけり
   甲斐和里子

4月〔422/寺報164〕
無明
 分からずに迷うのではない 分かったふりだから迷う

5月〔423/寺報165〕
人は慣れると 手ですることを 足でする

6月〔424/寺報166〕
名前は宝物

7月〔425/寺報167〕
もしも自分のためにかがやくなら、燈台は船をみちびくことができない。
   むのたけじ

8月〔426/寺報168〕
私が無駄に過ごした今日は、昨日死んだ人が痛切に生きたいと思った一日である。

9月〔427/寺報169〕
吾(われ) 唯だ 足るを 知る

10月〔428/寺報170〕
機嫌が悪いのも、もとは全部 自分から出ている

11月〔429/寺報171〕
肉眼(にくげん)は 他の非が見える
仏眼(ぶつげん)は 自己の非に目覚める
   川瀬和敬

12月〔430/寺報172〕
食(く)うか 食(た)べるか いただくか

2018年7月19日 (木)

掲示板のことばアーカイブズ(35)

2011年(平成23年)

1月〔407/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」149〕
思うこと ひとつ叶えば またひとつ

2月〔408/寺報150〕
語られるに値しない人生はない 書かれるに値しない人生はない
   井上 憲司

3月〔409/寺報151〕
誰もが温もりという願いの中を生かされています

4月〔410/寺報152〕
人が見えると 憂いは 優しさに変わります

5月〔411/寺報153〕
明日、世界が滅びようとも 今日、私はリンゴの木を植える
   ルター

6月〔412/寺報154〕
物をうくるには心を以てし 法をうくるには身を以てす
   金子大榮

7月〔413/寺報155〕
本願力にあいぬれば
むなしくすぐる人ぞなき
功徳の宝海みちみちて
煩悩の濁水へだてなし
   親鸞聖人

8月〔414/寺報156〕
蟪蛄(けいこ)春秋(しゅんじゅう)を識(し)らず、伊虫、あに朱陽の節を知らんや
   曇鸞(どんらん)大師 『浄土論註』
《〔文意〕蟪蛄とはセミのことです。伊虫とは「この虫」という意味で、ここではセミを指します。夏に成虫となるセミは、春や秋があることを知りません。春や秋を知らないこの虫が、どうして朱陽の節(夏)を知ることができるでしょうか(いえ、できません)。》

9月〔415/寺報157〕
他者(ひと)を想う慈しみのこころからは、「あぶない!」という叫びが生まれる。

10月〔416/寺報158〕
時の流れに身をまかせ ただ過(す)ぎゆくだけならば、過去に起きた出来事が過(あやま)ちとなって表われる。

11月〔417/寺報159〕
人身受け難し いますでに受く 仏法聞き難し いますでに聞く

12月〔418/寺報160〕
老いや病や死が、人生を輝かせてくださる

2018年7月18日 (水)

掲示板のことばアーカイブズ(34)

2010年(平成22年)

1月〔395/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」137〕
想いは響きあうもの。
もらうばかりでは「共感」とは言わない。

2月〔396/寺報138〕
求めたものが得られなくて苦しいのではない
すでに得ているのに求めるから苦しい

3月〔397/寺報139〕
今という 今こそ今が 大事なれ 大事の今が 生涯の今

4月〔398/寺報140〕
よう生まれてきたねぇ

5月〔399/寺報141〕
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6月〔400/寺報142〕
生死(しょうじ)を忘れるとき 生活は浮き
生死におびえるとき 生活は沈み
生死を凝視(みつめ)るとき 生活は一期一会に輝く

7月〔401/寺報143〕
老・病・死
 このあたりまえのことがただごとでないことを、
 身体から教えてもらう このごろ

8月〔402/寺報144〕
後世に残るこの世界最大の悲劇は
悪しき人の暴言や暴力ではなく、
善意の人の沈黙と無関心だ
   キング牧師

9月〔403/寺報145〕
前(さき)に生まれん者は 後(のち)を導き
後に生まれん者は 前を訪(とぶら)え
   道綽禅師 『安楽集』

10月〔404/寺報146〕
私の心の中にも「ありがとう」とお念仏の灯がともってくださる
   東井義雄

11月〔405/寺報147〕
やり直しがきくのが真宗だ!

12月〔406/寺報148〕
如来大悲の恩徳は 身を粉にしても報ずべし
師主知識の恩徳も ほねをくだきても謝すべし
   親鸞聖人

2018年7月17日 (火)

掲示板のことばアーカイブズ(33)

2009年(平成21年)

1月〔383/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」125〕
汝、起(た)ちて 更に衣服(えぶく)を整うべし
   『仏説無量寿経(巻下)』

2月〔384/寺報126〕
おしえを聞いて そのように成ろうとするけれど
そのように成っていることを おしえに聞くのです

3月〔385/寺報127〕
井戸のポンプでも 動かしていれば そのうちに水が出てくる
面白くなくても にっこり笑っていると だんだんうれしい感情がわいてくる
   樹木希林

4月〔386/寺報128〕
過去のすべてを許します
現在のすべてを許します
未来のすべてを許します

5月〔387/寺報129〕
念仏者は 無碍(むげ)の一道なり
   親鸞聖人

6月〔388/寺報130〕
忙しいということは 怠けている証拠です
   安田理深

7月〔389/寺報131〕
一切の有情(うじょう)は みな食によりて住す
   『成唯識論』

8月〔390/寺報132〕
仏智うたがうつみふかし
この心おもいしるならば
くゆるこころをむねとして
仏智の不思議をたのむべし
   親鸞聖人

9月〔391/寺報133〕
浄土に往生するということは
ここで生きられるようになったということ
   信国淳

10月〔392/寺報134〕
川の向こうの紅葉がきれいだったので 橋を渡って行ってみた
ふりかえると さきまでいた所の方がきれいだった
  星野富弘

11月〔393/寺報135〕
顕微鏡で自分ばかり見ていたけれど、
望遠鏡で自分を見ると とても小さく見える。
自分しか見えないと、世界が見えないんです。
   姜尚中

12月〔394/寺報136〕
身、自らこれを当(う)くるに、有(たれ)も代わる者なし
   『仏説無量寿経(巻下)』

2018年7月16日 (月)

掲示板のことばアーカイブズ(32)

酷暑の中、皆様お盆のお参りお疲れ様でした。
まだまだ続く暑さ、おからだご無理ありませんように。
「掲示板のことばアーカイブズ」の投稿が、2007年分までで止まっていました。
アーカイブズを楽しみにしている方がいらっしゃって、お盆のお墓参りの際に「2008年以降もお願いします」と声をかけていただきました。ありがとうございます。

 sun sun sun

2008年(平成20年)

1月〔371/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」113〕
あたりまえのことって ありがたいことの積みかさね

2月〔372/寺報114〕
涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味はわからない
   ゲーテ

3月〔373/寺報115〕
楽を求めて苦しみに陥る
苦しみを生きる中で楽しみに出遇う(であう)

4月〔374/寺報116〕
朝(あした)には紅顔ありて 夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり

5月〔375/寺報117〕
生きていてたのしいと思うことの ひとつ
それは人間が人間に逢って 人間について話をするときです
   相田みつを

6月〔376/寺報118〕
苦悩を抱いている その一点で人間は尊い
   佐野明弘

7月〔377/寺報119〕
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候
死ぬ時節には死ぬがよく候
これはこれ 災難をのがるる妙法にて候
   良寛

8月〔378/寺報120〕
誠に知りぬ。悲しきかな、愚禿鸞 愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑して、定聚の数に入ることを喜ばず、真証の証に近づくことを快しまざることを、恥ずべし、傷むべし、と。
   親鸞聖人『教行信証』「行巻」より

9月〔379/寺報121〕
影が教えてくれるのは そこにある悲しみだけじゃない
うつむく顔を上げて振り返れば そこにある光に気付くだろう
   コブクロ「ここにしか咲かない花」より

10月〔380/寺報122〕
善い行いは よい報いがくるというよりも
善い行いをするところに 報いられている
   佐々木蓮麿

11月〔381/寺報123〕
海よ、僕らの使う文字では、お前の中に母がゐる。
そして母よ、仏蘭西(フランス)人の言葉では、あなたの中に海がある。
   三好達治

12月〔382/寺報124〕
えらばず きらわず みすてず
   竹中智秀

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