このようなときだからこそ できることがあるはず

2016年4月18日 (月)

「平成28(2016)年 熊本地震」により被災されました皆様 お身内の方に お見舞い申し上げます

「平成28(2016)年 熊本地震」により被災されました皆様 お身内の方に お見舞い申し上げます。

2016年4月14日(木)午後9時26分頃 熊本県にて震度7の地震が発生
子どもと共に寝ていた私に、妻から「熊本で震度7だって!」の声。
寝ぼけた頭の中で「震度7?」と考え、「震度7って、阪神淡路大震災じゃん?」と、京都にて経験した揺れを思い出しつつ「震度7!!」と驚きに変わり、飛び起きました。
テレビは熊本の震災を伝え、スマホからは警報音が鳴り響いていました。

落ち着いてテレビを見つつ、「こんどは九州か!!」と思いました。
関西 新潟 東日本 九州
近いうちに大きな地震が起きるだろうと言われ続けている東海や関東を避けるかのように、大震災が起こります。しかし、震災は点で起きているのではなく、日本という面で起きている事象です。同じ日本で起きている現実です。

善か悪か、白か黒か、敵か味方か、右か左か、するかしないか・・・あらゆる事柄・思想・決断等々を、二項対立で考える癖がついてしまっている現代日本人。
「被災された方々と被災していない人々」、つまり、「支援される人と支援する人」で物事を見てしまう。
でも、熊本とか九州という、地点で起こっている出来事ではなく、この日本で起きていること。「支援される者とする者の関係」ではなく、「誰もが震災(に限りませんが)被害を受ける所に立っている者」なのだということを忘れてはいけないと思います。

被災していない方々は、つまり、支援する側です。「支援しなければ!!」とはやる気持ちは分かりますが、日本に住んでいることを考えれば、自分もまた支援を受ける側に立つかもしれない身です。支援する側でもあるし、支援される側でもあること。二項対立で考えきれない現実があります。いえ、二項対立で考えられないのが現実です。想像(イメージ)するということ。今、どのような気持ちか。今、何を必要としているか。今、誰にそばにいてほしいか。被災していても、していなくても、イメージをすることは、誰もが出来ることです。

大きな地震が続き、被災された方々は、避難所に集まっています。
その姿を見て、「?」と思った方もいると思います。屋外に避難されている姿です。
「屋内に避難しないで、どうして屋外に避難しているのだろう?」と思いませんでしたか?
あれだけ大きな揺れが続くと、屋内・建物の中にいるのは恐いのです。いつ崩れるか、生き埋め・下敷きになるだろうという恐怖心が身心を支配します。だから、夜まだ肌寒い季節でも、屋外避難、あるいは車中避難をされているのです。
被災していない者目線で見ると、「どうして屋内に避難しないの?」と感じてしまいますが、恐いんです。避難所で、屋内に避難されている方々も、出入口に近いところから人が埋まると聞きました。すぐに逃げ出せるよう、少しでも出入口に近いところに身を寄せたいんですよね。
そういうことが想像できないから、「青空避難を解消するように」と、言ってしまうんです。「避難しているのに、どうして屋外にいるんだ! 屋内に避難しろ(させろ)!」ではなくて、「どうしてみんな屋外にいるんだ? どうしてだろう?」と考えなくては、自分の正義を押し付ける支援になってしまいます。そんな支援、したくないですよね。

自分の正義を押し付ける支援・・・
現場の交通がままならないことも忘れて(テレビで見ているのに)、支援物資を送ろうとし、配送業者が受付を停止している理由を話して断ると、「困っている人間がいるのに、支援物資を受け付けないとは何事だ!!」と苦情を言う人がいるとか(東日本大震災のときにも、同じような人がいて、文章を投稿したことがありました)。
支援の手をさしのべたい、被災地・被災者のために何かしたい気持ちは誰もが同じ。しかし、今は情報を待つときでもあります。人員が足りない中、支援物資だけが集まり、必要である人たちに届かなかったこと。洗濯もしてない古着を送りつける人がいること。いつもいつも課題として挙がることが、今回も起きつつあります。
支援は、しないよりかする方が良いに決まっています。遅いよりは早いほうが良いに決まっています。でも、今なのか? 何が必要なのか? 地震は落ち着いたのか? 被災地から離れた所にいる人間が、冷静に見なければ、人為的な二次被害を引き起こしてしまいかねません。 
ネットの普及で、情報がより早く、より深く知られるようになっても、現場の混乱を招くような支援をしては意味がない。あぁ、ここまで書いて分かりました。情報がより早く、より深く知られるようになったからこそ、早急に動きたくなるのかもしれませんね。
落ち着いて情報を収集していれば、
何が足りないのか、
何を必要とされているのか、
どんな団体が、何を目的として動こうとされているのか、
見えてきます。

すぐに動くことを非難しているのではありません。
すぐに動くことが出来る組織が、まずは動いてくださっています。
ボランティアは、まだ組織出来る段階ではありません。そのノウハウは、阪神淡路・中越・東日本大震災を経て培ってきました。必要とされるときがくるまで待たなくては、現地で本当に食料や生活用品が必要な方々の分を、ボランティアの人まで必要としてしまうということが、かつてありました。それでは本末転倒です。
必要とされたときにうぐに動けるように、スタンバイするべきだと思います。

被害が、少しでも少なく済みますように
人と人とが傷つけ合いませんように
日本の現実を、誰もが忘れませんように

2014年3月11日 (火)

勿忘の鐘(わすれなのかね)2014 ご報告

2014年3月11日(火) 西蓮寺聞法会「東日本大震災追悼法要」をお勤めさせていただきました。

3.11を迎え、「忘れない」ということばを耳にしますが、“何を”忘れないのでしょう?

 死者      1万5884人
 行方不明者    2633人
 震災関連死    2993人
 避難者   26万7419人

と発表されていますが、それぞれに顔とお名前と人生があり、関係を生きた方々がいます。数字では表現できない体温があります。
漠然とした大きな数字に脅威を覚えるのではなく、ひとりが ここにいるということを感じたい。ひとりを感じれば、想いも風化しない。
「忘れない」ということから、そのようなことを想い、お話しました。

2014年3月 9日 (日)

勿忘の鐘2014

勿忘(わすれな)の鐘2014
3月11日(火)午後1時30分より 西蓮寺聞法会 東日本大震災追悼法要を開催いたします。

午後1時30分より法話(西蓮寺副住職)
2時46分 喚鐘 その後参加者全員で勤行

法要にお集まりいただけます方、お待ちしています。

2013年3月 9日 (土)

勿忘の鐘2013

勿忘(わすれな)の鐘2013
3月11日(月)午後1時30分より 西蓮寺聞法会 東日本大震災追悼法要を開催いたします。
午後1時30分より法話会を始め、2時46分 喚鐘を叩いて参加者全員で勤行いたします。
西蓮寺聞法会は毎月第1あるいは第2水曜日に開催しています。が、住職と相談し、今年から3月の会は11日に開催することに決めました。そのため、3月だけ曜日が変わります。
勤行の後は、参加者どうし 想いを語り合いたいと思います。

「勿忘」…「忘れることなかれ」
起きた出来事を
その地で生きていた人々を
その地で生きる人々を
生まれ育った地を追われて生きる人々を
悲しい思いをする人を生み出したのは自分であるということを
忘れないため、
「勿忘の鐘」が、日本各地の寺院でつかれます。
   
   
(ご報告)
2011年3月11日(月)
勿忘の鐘2013 西蓮寺聞法会 東日本大震災追悼法要をお勤めいたしました。

ご参加くださった7名の門徒さんと、西蓮寺の家族6人で、ご本尊の前で法要をお勤めいたしました。
2年前の今日はまだ若坊守のお腹の中にいた次女みすずが、お焼香して手を合わせてくれました。いのちは つながっていることを実感しました。
 
南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏

2012年3月11日 (日)

勿忘の鐘 ご報告

2012年3月11日(日)午後2時46分
西蓮寺本堂におきまして、「勿忘の鐘(わすれなのかね)」東日本大震災追悼法要を執り行いました。
4名の方がお集まりくださり、共にお勤めをさせていただきました。

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西蓮寺には梵鐘はありませんので、2時46分から1分間喚鐘を鳴らしました。その後、お集まりいただいた皆様、家族とともに「正信偈」のお勤め。住職法話・副住職挨拶をさせていただきました。

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急な呼びかけで、お集まりいただいた人数は少なかったかもしれませんが、法要前後に、震災や原発について語らいの時間を持てました。このことは、昔話として他人事として語り合うということではなく、今も、これからも続く話として、自分事として呼び覚まされる語らいであったと感じました。法要とは、法の要とは、まさに「私」に対する呼びかけです。問いかけです。
決して忘れない…お集まりの皆様のこころに刻まれたことと思います。

3月15日(木)には、烏山 存明寺様におきまして、東京五組同朋会「東日本大震災(2011.3.11)を心に刻む集い」が開催されます。(1時30分 2時開会)。
会場であります存明寺 酒井義一住職と、真宗大谷派現地復興支援センター主任の清谷真澄さんにお話を伺います。おふたりとも、震災直後より、現地の様子・人びとの息吹を肌で感じておられます。おふたりのお声を通して、被災された方々・被災地のことを、こころに想い刻んでいただきたく、ご案内申しあげます。
西蓮寺副住職 白山勝久

2011年4月23日 (土)

Over the Rainbow

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虹のかなたに
 信じる人々にとって現実となる世界がある
 
明日を信じて生きる人々に
 開かれた世界がきっとある
  
明日に向かって
 わたしは羽ばたく

2011年3月24日 (木)

ひとりで頑張る必要はありません

3月24日(木) 春彼岸7日目(最終日)
春のお彼岸も終わりました。
例年と比べたら参詣者の少ない春彼岸でしたが、震災後、あらゆる環境が不安定なことを考えると、多くの方が参詣されたと思います。
無事を伝えた方もいることでしょう 神仏に祈った方もいることでしょう とにかくお参りせずにおれないからという方もいることでしょう。
想いはさまざまです。でも、そこには、なにか見えない大きなものをよりどころとして生きたいという願いを感じます。
願いを持てるということは、願われて生きている真実があるから。
真実(よりどころ)と共に、生きていきましょう。
南無阿弥陀仏

2011年3月21日 (月)

便利さの陰で、語り合うべきことを語り合ってこなかったのかもしれない

2011年3月21日(月)春彼岸4日目
節電の呼びかけに応えて、多くの方が節電に努めていらっしゃることと思います。
西蓮寺でも、使わない部屋の電気はつけず、使わない電化製品のコンセントは抜き、一度に幾つも点いてしまう電球は外し、家族ができるだけ同じ部屋にいるようにし、夜も早く寝るなど、節電に努めています。
やってみて感じたことは、いかにいままで無駄に電力を消費していたかということ。
節電といっても、不便は感じません(不便を感じるほどに節電に努めろと言われてしまえば、現状返す言葉もありませんが)。
  
通勤・通学に電車を使われる方にとっては、時刻表通りに運行しない電車に不便を感じておられることと思います。でも、普段の70~80%の運行率とかでも、なんとかなっていることを考えると、今までいかに快適に生活をさせていただいていたのか、感謝の気持ちが絶えません。 このお彼岸も、電車に乗って参詣にお見えの方がおおくいらっしゃいます。ガソリンの供給不足により、いつも以上に電車を利用されている方が多いようです。
  
節約してみて、そういう状況に置かれてみて、初めて感じることがある。
後で取り戻せるものを一時的に失って、「初めて感じる」ことができたのなら、その気持ちを持ち続けていけばいい。
しかし、そういうことって、たいてい 失ってから気づく。
原発の問題…テレビや新聞・ネットニュースで目にしますが、本当はそんな悠長なことを言っていられる状況ではないのかも。チェルノブイリや東海村…原発について、電力の安定供給について、節電について、公共の交通機関がきちんと発着することの有り難さについて、夜遅くとも明るさ灯る道を歩ける尊さについて…語る場、語る機会は、今まで用意されてきた。それなのに、そのことをしてこなかった。悔やまれます。

2011年3月20日 (日)

このようなときに、被災地にいないものが争ってどうする

2011年3月20日(日)春彼岸3日目
某運送業を営んでおられる門徒さんがみえました。親御さん思いで、気は優しくて力持ちな方です。その方がさみしそうに仰られました。
「お得意さんに、被災地までの物資の運搬を頼まれたんです。でも、現在のガソリンの供給状況や道路状況では、そこまで行けないんですよ。ですからお断りしたら、『そんな奴だとは思わなかった。お前にはもう頼まん!!』って怒鳴られてしまいました。私だって、行けるものなら行きたいんですよ」
 
被災地に物資を持っていくだけが支援の方法ではありません。その方は、都内において飲料物を集め、現地まで運ぶ企業のお手伝いをしています。ガソリンも、ご自分のお仕事が終わった後、4時間以上並んで給油し帰宅し、睡眠時間は1、2時間と仰っていました。
今までも、お仕事の内容をお聞かせいただき、頭が下がる想いでしたが、こんにちのお仕事の様子をお聞かせいただき、あらためて感謝の気持ちでいっぱいです。
  
被災地に物資を運んでくれと頼んだ方も、「なんとかしたい」という気持ちからでしょうが、なんとかならない現実もあるのです。
このようなときに、被災から逃れた者が、誰かに怒りをぶつけてどうするのですか。被災された方々が、どんなに助かる支援物資を用意できたとしても、そこに争いがあったのでは、支援にならないのではないですか。
忸怩たる想いは、誰もが抱えています。でも、冷静に、できることをひとつずつ積み重ねていきましょう。

2011年3月19日 (土)

他人(ひと)のことを覚えていてくれるうれしさ

2011年3月19日(土) 春彼岸2日目
お彼岸のお参りにみえた方の、たくさんの方に声をかけていただきました。
「奥さんのご実家は大丈夫でしたか?」 
 
妻は秋田県出身です。実家も、現在秋田市にあります。
妻の両親も兄弟も親戚も、住まいも無事です。秋田県も、1日ほど停電が続いた以外は、そんなに被害がなかったと聞いています。
ご心配いただき、ありがとうございます。
  
ご心配いただき、声をかけていただいたこともうれしいのですが、妻の出身地をこころに留めていてくださったことが、こんなにもうれしいこととは思いませんでした。
 
他人(ひと)の情報って、聞きはしても忘れてしまいますよね。
でも、覚えていてくださるということは、その人自身を認めていてくれることなんだなぁと痛感しました。
ありがとうございます。 
  
たとえよく知らない人でも、
たとえ会ったことがない人でも、
たとえ いのち終えた人であっても、
その人のことを覚えていてくれる人がいる限り、
そこに、人は いのちは存在する

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