つぶやき

2009年9月17日 (木)

さようなら

今日は多摩テックに行ってきました。
多摩テックは、2009年9月いっぱいで、48年の歴史に幕を閉じます。
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小学生の頃は、妹と一緒に、父親によく連れて行ってもらいました。
閉園のニュースを聞いたときは、耳を疑いました。
まさか自分の思い出の地が無くなってしまうなんて…。
多摩テック内のメッセージボードには、たくさんのファンが、お礼のことばを書いていました。
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多摩テックは、ホンダの系列だけあって、ゴーカートが充実していました。
ゴーカートといえば、決まったレールの上を走るものが多いですが、多摩テックにはサーキットを自在に走れるゴーカートがあって、好んで乗っていました。
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無茶をして、他のゴーカートとクラッシュして、整備のお兄さんに怒られたものでした。
今日は乗らずに、上から眺めていました。
「あれ、こんなにゆっくりだったんだ!」と思いました。小学生当時は、すごいスピードで走っているような感覚があったのに。
 
0才児を連れていたので、園内をブラブラするだけのつもりでしたが、保護者同乗ならOKの乗り物がけっこうあり、乗り物にも乗ってきました。思っていた以上に楽しかったです。娘は、何が起きてるいるのか分からない様子でしたが。
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〔でんでんむし〕
けっこうスピードが出て、びっくりしました。
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〔りき丸の電気自動車「ムウ」〕
これからは電気自動車の時代になるのかな。
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〔大観覧車「トップキャビン」〕
観覧車なんて、久しぶりだから、立ち上がっていろいろな方向を眺めていました。
う~ん、明らかに私が楽しんでますね。賑やかなところに連れて行ったためか、帰宅後も娘ははしゃいでいます。娘には申し訳ないことをしました。でも楽しかったです。私の思い出に付き合ってくれて、ありがとう。
 
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正面ゲートの外には、多摩テックからの挨拶文が書かれていました。
メッセージボードに思い出を書かれている方、遊びに来ている方、そして、多摩テックにお勤めの方々、みんな多摩テックが好きなんだなぁって感じました。
私は、小学生の頃によく来ていたのに、卒業後はたしか一度も来ていません。閉園は寂しいと、思い出を語るのなら、もっと遊びに来るべきでした。
でも、もしかしたら二度と来ることがなかったかもしれない思い出の地に、また足を運ぶことができました。
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さようなら多摩テック ありがとう多摩テック

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2009年9月11日 (金)

笈の平

笈の平
親鸞聖人は関東での教化を終え、4人のお弟子さんと京都へ向かいました。
その途中、箱根山の道中で、同行の弟子 性信房(しょうしんぼう)に別れを告げます。
「性信房、私が京に帰った後、関東の地でお念仏の教えを伝えてください 」

性信房は京都まで同行することを懇願しますが、親鸞聖人は諭します。
聖人はそれだけ性信房に信頼を寄せていました。
聖人はこの別れの地で、性信房に笈(おい:荷物を入れるカゴ)を渡します。笈の中には聖人著の「教行信証」が入っていたと言われています。
この別れの地を笈の平(おいのたいら)と言います。

昨日今日と、箱根の、親鸞聖人ゆかりの寺院・地を巡っています。
笈の平には、記念碑が立っています。15年ほど振りに立ち寄りました。
草木が成長し、碑に書いてある言葉が読めませんでした。前に来たときは手入れがされていたのですが…。

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2009年9月 7日 (月)

考えてもみれば…

あぁ~、どいつもこいつも、わがままだぁ~poutsign03
 
って、
 
そんなこと言ってる、私が一番わがままだぁdown

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2009年7月23日 (木)

地球最期の日

明日は、核ミサイルが発射される。地球最期の日。それが分かっている。

不思議なことに、こころは落ち着いている。しなければならないことが分かっているかのように。

大切な人の手を握りながら、普段なら口にするのも恥ずかしいようなことばが口から出てくる。

「今までありがとう。出会えてよかった」

小さな小さな 二人だけの空間。
静かにときが流れる。

いよいよ地球最期の日。
今日核ミサイルが発射されるのは分かっている。
しかし、いつなのか、時間は分からない。
なにも手につかないというわけではなく、ただ、空を見上げている。

晴れ渡った、青く澄み切った空。白い雲が、ゆっくり流れていく。

やがて日が暮れはじめ、青かった空が、夕焼けの赤に染まっていく。

こんなにもじっくり空を見続けたことがあったかな。
間もなく終わるいのちにではなく、移りゆく空の景色に、涙がこぼれる。

広い広い草原に、ひとりポツンと立っている。やがて日は完全に暮れ、漆黒の闇が私を包む。

時計をしてないのに、ハッキリ分かる。
あ、日が変わった…

昨日は、核ミサイルが発射される。地球最期の日。そのはずだった。

なにが起きたのだろう。
いや、起きなかったのだろう。

普段とは違う一日を過ごした。
普段とは違う一日を経て、また元の日常に戻る。

「今までありがとう。出会えてよかった」
そのことばは偽りのない本心。しかし、濁ったこころに、ことばが染まっていく。
ねたみ・そねみ・腹立ちのこころは、消えてはいない。

「移りゆく空の景色に、涙がこぼれる」
その涙は、人知が混じらない、自然の涙。しかし、時の流れに、涙の流れは打ち消されていく。なにも残らない、時に流されているだけの日常に埋没していく。


  night fuji


ぼんやりと目が覚める。
いつのまにか寝てしまった。
いや、はじめから夢だった。
まるで、現実に経験したかのように、心身ともに疲れている。

死ぬということはハッキリしている。しかし、「その時」は分からない。
本当に生きるとは、このような心身の疲れを抱えて生きることなのだろう。
しかし、それでは辛くて生きられないから、こころを濁し、日常という時に埋没する術(すべ)を身につけたのかもしれない。
それが良いのか悪いのかは分からない。
しかし、今現在の私の人生の背景には、疲れてしかるべき現実が内在している。

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2009年7月11日 (土)

御遠忌は、私の姿

ご本山のHP(TOMO-NET)に、
東京教区同朋大会の取材記事がアップされました。
どうぞご覧ください。
 
しんらんしょうにんホームページ
 
  clover clover clover clover
  
2011年に宗祖 親鸞聖人の750回忌法要が勤まります。
750回忌に向けて、「今、いのちがあなたを生きている」というテーマが発表されました。
このテーマのもと、御遠忌を迎えましょう!という方向に進んでいくものだと思うのですが、テーマが発表されてから何年も経つのに、いまだにテーマの解題が中心になったり、意味が分かる分からないというところで留まっているように感じます。
 
「今、いのちがあなたを生きている」 
おしえに出会い、おしえに生きている。そのような事実がテーマとして表現されたのだと思います。
テーマとして表現され得たのは、親鸞聖人のおしえを聞き注いできた先人がいるから。
テーマを、言葉として理解しようとする必要はないのだと思います。おしえに出会った私自身が、テーマを体現しているのですから。
 
今回の同朋大会は、講師のお話に先立ち、3名の方の感話がありました。
3名の方が日ごろ感じておられるお話を聞いて、それから講師の大江憲成先生(九州大谷短期大学学長)のお話を聞いていたら、4名の方のお話を通して、一本筋の通った何かを感じました。
4名の、人生の歩みはそれぞれですが、その背景には共通のいのちがあります。それは、その4名だけでなく、私たち一人ひとりを包んでいるもの。見捨てませんという、必死で衆生を護ろうと誓う優しさ。
そういう優しさの感得がテーマとなり、それは、理解したり強要したりするものではなく、私自身の姿。 
 
テーマを目にするとき、いつも平野修先生のことばが思い起こされます。

   如来の本願は、
    風のように身に添い、
     地下水の如くに流れ続ける

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2009年6月18日 (木)

仕合わせ

前回の文章で、最後に
 
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。
 
と書いた。好きなことばです。
でも、〆に書いておきながら、「これでいいのかな」と、釈然としませんでした。
ことば自体は好きだし、大切なことを表わしているのだけれど、私の拙文によって、ことばが死んでしまっているように感じていました。
 
「幸せ」って、なんでしょう。
私たちが求める「幸せ」って、どうしても、自分に都合がいいことの枠を出ないような気がします。
自分や、自分に身近な人々さえよければいい。他の人はどうでもいい。というような。
そのような「幸せ」を求めていて、「幸せ」も「感謝」もないような気がします。
 
幸せを求めて、不幸になっている今の世の中。
なぜでしょうか。
「幸せ」を求める内容が「自分さえよければいい」の結果、生み出されたものは「不幸」。
そのことに気付かず、まだ「幸せ」を求めている。
 
「人間は幸せを求めて生きているものじゃないんですか!?」と、言う人もいるけれど、
幸せを求めるのはいいけれど、結局幸せを求めて不幸を導いているのは、誰でもない、私自身。
以前、「幸福を求める者は 必ず不幸になる」ということばを掲示したら、「どうしてですか?」って、たくさん尋ねられたことを思い出しました。
 
「幸せ」の語源は「仕合わせ」というのを聞いたことがある。
「仕合わせ」…「仕える人に出会えること」
この人の元で働こうって、心底喜んで仕えることができる人との出会い。それが「幸せ」ということ。
仕事に限らなくてもいいと思う。人間関係すべてにおいて、「この人に出会えてよかった」と思うことができたら、それが幸せな人生なのだろう。
忘れてはいけないことは、「出会えてよかった」と思える人とだって、確執は起こるし、「好きなんだけど、ここだけは許せない」ということは多々ある。
つまり、まったく不快な思いをすることの出会いが「幸せ」なのではない。
人と人とが出会えば、いろいろあるもの。でも、それでも「この人に会えてよかった。この人との出会いが、人生のすべてだ」と、言えることがあれば、それが幸せ。
そういう出会いがあったとしても、人間関係のゴチャゴチャがなくなるわけでも、苦悩がなくなるわけではない。つまり、私が求める意味での「幸せ」ではないけれど、「仕合わせ」ということは起こりうる。「仕合わせ」が「幸せ」に導く。
 
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。
釈然としない思いをかみ締めながら、「仕合わせ」について、つまり「人との出会い」について考えていました。 

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2009年6月10日 (水)

道標

ちらかった部屋に通されたら、ちらかっていることが気になることでしょう。
「少しは片付けろよ」と、文句も出ることでしょう。
でも、きれいな部屋に通されたら、特になにも感じないことでしょう。
だから、「きれいですね」とか、ほめることばも出ないことでしょう。
 
服にほころびがあったら、
「縫っておけよ」と、文句も出ることでしょう。
でも、知らないうちにほころびを直されていたら、その事実を知らないままになる。
「縫ってくれて、ありがとう」なんて感謝のことばが出るはずもない。
 
道路を無謀な運転をする人がいる。
今まで事故を起こさずに済んでいるのは、自分の運転のテクニックが上手いからなんて思っているかもしれない。
多くの人間の安全運転のおかげで、事故にならずに済んでいるのに、それに気付かない。
事故を起こす前に、気付いて欲しい。
 
街の環境が整備されていても、そのことに気付かなければ、
不備にばかり憤りを感じることでしょう。
「ここがああなら便利なのに」「これは不便で腹が立つ」
便利さばかりを追求してると、すでに私のために為されている優しさに気付かない。
  

  
綺麗にされていて、直されていて、安全安心で、優しさに満ちた世界にいるのに、
それに気付かない私は、
汚れて危険な環境に身を置いているのと同じこと。
汚れて危険な環境は、私自身が作り出す。
どんなに環境が整っても、たとえここが浄土でも、
私ひとりのために、たとえ浄土でも地獄になる。
 
綺麗にしていて、直していて、安全安心に気を配り、優しさを発しているのなら、
それに気付いてもらえないことを、愚痴ってはいけない。
こんなにしているのに、こんなに頑張っているのに、こんなに想っているのに…
こんなにする、こんなに頑張る、こんなに想うのは、褒めてもらいたいから?
いや、元々の想いは違うはず。その想いを忘れないで生きたい。
気付いてもらえなくても、褒めてもらえなくても、
見ていてくれている人は、必ずいるのだから。
だから、愚痴らなくてもいい。愚痴ると、自分で自分を安っぽくしてしまいますよ。 
  
   
優しさに包まれて生きているのに、その事実に気付かずに不平不満ばかりの不幸。
でも、優しさに包まれている事実に気付くことが幸せなのではない。
すでに幸せの中に身を置いている。感謝の日々。
幸せだから感謝するのではない。感謝しているからこその幸せ。

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2009年5月13日 (水)

人間は きっと やさしい

「誰もが五逆の罪人」という視点で、前回の文章を書きました。
そのように考えるきっかけとなった法座、5月の会に行って来ました。
 
「涅槃経」というお経に、
「誰もが仏性(ぶっしょう:仏となる性質)を持っている」と説かれています。
しかし、「誰もが」と言いながら、「一闡提(いっせんだい:善い行いをする性質を持たない者)は除く」と説かれているのです。
それだけを聞くと矛盾です。「生きとし生けるもの、誰もが仏となる性質を持っている」と説きながら、「でも、一闡提は違うけどね」なんて言うのですから。
これは、わざわざ矛盾した表現をしてまで、誰もがすくわれる存在なんだということを説きたかったからなのです。
 
で、前回の文章をお読みの方は分かると思いますが、私は、「誰もが五逆の罪人」というところに衆生観をおいて、「涅槃経」のことばをいただいていたのです。
でも、先生の言い方は逆でした。「一闡提は除くと言ってますが、一闡提と思われる者がいそうだけど、でも、こいつは一闡提だって、ハッキリ言い切れる者はいないんですよ。つまり、一闡提なんて、いないんですよ」と言われました。
 
私は、「誰もが罪人である」という見方を根っこにして、話を聞いていました。
しかし先生は、いや、『涅槃経』を説かれたお釈迦さまは、「罪を持つ存在ではないんです」ということを前提にされていたのですね。
 
罪の自覚において、仏法に聞くんだと思っていたけれど、仏の眼からすれば、罪人はいないんだなぁ。
と、お話を聞きながら驚いていました。
法の場に身を置くと、いろいろなことを感じさせていただけます。
   
    
ちょっと補足・・・
「誰もが罪人」という視点で今までも文章を書いてきました。
でも、「人間なんてろくなもんじゃねぇ」論者ではないのです。
「罪を持つ存在」だからこそ、他力がはたらく。
「ろくなもんじゃねぇ」どころか、いのちは、なにものにも変えられない大切なもの。
そういう想いを強くもっています。
 
森達也さんの『世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい』という本があるのですが、題名を見たとき、「あぁ、素敵な題だなと感じました。
さだまさしさんの「償い」という歌に、「人間って哀しいね/だってみんなやさしい/それが傷つけあって かばいあって」という歌詞があります。初めて聞いたとき、これが人間なんだなぁと、こころ打たれました。
人は優しいんです。本当に優しいんです。でも、縁によっては、本当になにをしてしまうか分からない存在なんです。気をつけてれば悪いことをしないとか、強い気持ちを持っていれば道を踏み外すことはないなんて、言えないんです。その発想が、人を傷つけもするのです。哀しい…だけど、世界は、人は、もっと豊かだし、もっと優しいんです。
そういう想いがつまっての、「人は誰もが罪人」発言なのです。
     
   
お手紙ありがとうございます・・・
最近寺報やブログで、「罪の自覚」について書いていたので、あるご老僧からお手紙をちょうだいいたしました。
罪業の身に卒業はないのに、卒業した気分になっていた身の程を知らされました。罪業の身に立てるとしたら、自心の破れ以外ないのでしょう
「自心の破れ」…あぁ、私は、自心の破れなしに「人間は罪人」だと語っていました。自心がやぶれるどころか、慢心という空気でいっぱいの自心になっていました。お手紙、有り難くいただきます。
お手紙の最後に書かれていました。
「昔の人は、“光明のフトコロ住まい”と言われました。その言葉が蘇ってきます」
このような私でも、いや、「このような」と言っている時点で、人間の側の思惑が含まれていますね。
私のことを包んでくださっている弥陀の光明。その光明というフトコロに住まいしている私。昔も、今も、これからも、ずっとずっとフトコロ住まい。南無阿弥陀仏 

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2009年5月 8日 (金)

自分さえよければいい この悲しさ

本当は4月中にこの文章を書いておきたかったのですが、落ち着いてパソコン前に座る時間がなく、いつの間にか5月になってしまいました。
 
2009年4月のことば
「五逆」について触れ、誰もが五逆の罪を犯している罪人です、と書きました。
違和感を持った方、私は五逆の罪を犯してない、と感じた方もいることでしょう。
 
「2009年4月のことば」の文章を書いた背景には、ある法座での出来事がありました。
その法座で、先生は、「人は誰もが仏性(ぶっしょう:仏になる性質)を持っている」と説かれました。「しかし、五逆の罪を犯した者はこの限りではない」とお話くださいました。
先生の「仏性」理解ではなく、仏教のおしえとしては、その通りなのです。五逆の罪を犯した者に、仏性はないと経典には説かれているのです。

で、先生のお話も終わり、質疑の時間。ある方が質問をされました。
「私は五逆の罪を犯していませんから、当然仏性があるわけですが、どうすれば仏になれますか?」という質問だったと思います。
その質問を聞きながら、唖然としたというよりも、「あぁ、今日の先生の話を聞いて、そのように思っている方は多いんだろうな」って思ったのです。自分が五逆の罪人なんて考えないだろうなって。
 
先生の「五逆」の説明を聞きながら、
「親に迷惑ばかりかけてきたなぁ。今でも心配ばかりかけてるよなぁ。人が生まれるってことは、母体にどれだけの負担をかけているか分からないんだよなぁ。今の日本では、五体満足・母子共に健康で赤ちゃんが誕生することが当たり前のように思われているけど、とんでもない。どれだけの危険と隣り合わせでいのちが誕生するのか、そのことがあまりに無視されているよなぁ」
などと考えていました。
実際に父・母を殺したという人はいないかもしれないけれど、私の存在そのものが、父・母の苦労の上に成り立っているんだということを考えていたのです。
そんなことを考えていたものですから、先の質問を耳にしたとき、「悲しい質問だなぁ」って感じたのです。
 
それに、『祖父母やおじおば殺害は「五逆」の対象ではないから、「仏性」は持ち続けている』なんて、どうして言えるでしょうか。
 
そのような「自分はキチンとしているから」的な発想は、「自分さえよければいい」という想いが根底にあるような気がします。
それはつまり、一緒に法を聞く仲間(僧伽)に対する裏切りであり、破壊だと思うのです。
 
「私は五逆の罪を犯していませんから、当然仏性があるわけですが、どうすれば仏になれますか?」
という質問は、質問そのものが五逆の罪を犯していることだと感じました。
質問された方を責めているのではありません。このようの考えるほうが多数派であり、私みたいな考え方をする方が変わっているんだろうなぁって思います。
だけど、人は誰もが気付かないうちに、父を、母を、仲間を、仏を、傷つけている存在なのだと思います。そのことが見えていないのが、現代日本の姿ではないだろうか。
そういうことに気付かされ、考え、「2009年4月のことば」を書きました。

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2009年4月24日 (金)

怒り、そして冷静に…

SMAPの草なぎさんが公然わいせつ容疑で逮捕され、鳩山邦夫総務相が「怒りを覚える」と発言しました。
地上デジタル放送普及促進のメーンキャラクターから降板させることに言及し、突き放す発言も。
立場上怒る気持ちも分かるけれど、突き放してしまうのではなく、だからこそ守る姿勢を見せて欲しかった。
「地デジ普及促進のキャラクターからは降りてもらう。だが、彼のこれからを、見守り続ける」って。
総務相をされる前は法相をされていたのだから。
 
草なぎさん逮捕の報が流れた23日、鳩山総務相の発言を聞き、そんなことを思っていました。
鳩山総務相は、「怒りを覚える」発言の際、草なぎさんを「最低の人間」発言もしました。
 
で、24日、「最低の人間」発言に対する批判を受け、釈明しました。
その釈明の中で、「人間は人間を評価できるものではありません」と言われています。
 
そのことばを聞いたとき、驚きと悲しみを感じました。
その通り、「人間は人間を評価できるものではありません」。私もそのように感じます。
それ故私は、「人間は人間を裁くことができるものではありません」とも思っています。
 
法治国家で生活する以上、人が人を裁くことは避けられないし、そのことによって安心した生活が送れるのでしょう。でも、一応の決まりごとの中で人が人を裁くわけで、本質として、人は人を評価できるものでも、裁くことができるものでもないと思っています。
 
ひとつの出来事に対し、人の数だけ想いがあります。そのひとつひとつを、良いの悪いの評価できるものではありません。
しかし、法相を務められたような方が、自身の発言の釈明で、「人間は人間を評価できるものではありません」と言われたことに対し、その想いを持ちながら法相の務めを果たされていましたか? と、問いたいです。
 
信頼していた人間の裏切りに怒りを覚えるのは当然かもしれないけれど、批判を受けた発言の釈明で、実は、より人を裏切ってしまってることに気づかれたでしょうか(そんなことを思うのは私だけなのかもしれないけれど)。
 
それと…
鳩山総務相の発言に驚きと悲しみを感じたので、書かずにおれない気持ちにまりました。
でも、たしかに、信じていれば信じているほど、裏切られたときの落胆や怒りは大きいものです。
そんなときに、落胆や怒りにまかせて、今まで信じていた人間に愛想を尽かすのであれば、それは、最初から信じていたとは言えないのです。
「今までファンだったけど…(失望した)」というのは、ファンとは言えないでしょう。「今まではファンだったから、これからも応援します」というのが、本当のファンのような気がします。
信頼を得るのは時間がかかりますが、やっとのことで手にした信頼を失うのは、あっという間ですね。恐いです。

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2009年4月 9日 (木)

アレン・ネルソンさんをご存知ですか?

アレン・ネルソンさんは、元アメリカ海兵隊員で、ベトナム戦争を経験されました。戦地に赴き、生きるか死ぬかの現実を生き、帰還しました。
戦地ですから、ひと時も気を抜けません。食事のときも、用を足すときでさえも。殺るか殺られるかの世界です。そんな緊張感の中に身を置いていましたから、帰還してから、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に苦しみます。
ある日、高校時代の友人と再会します。友人は小学校の先生をしていました。ネルソンさんがベトナム戦争から帰還したことを知っていたので、戦争体験を生徒に語って欲しいと頼みます。しかしネルソンさんは断ります。戦争のことは忘れたかったのです。
それでも友人は頼み続け、ついにネルソンさんは引き受けます。戦争一般の恐ろしさを語る程度のつもりでいました。

生徒たちの前で話し終え、質問の時間に一人の女の子が尋ねました。
「ネルソンさんは、人を殺したんですか?」
ネルソンさんは驚き、顔を伏せてしまいました。それでも、子どもに嘘をついてはいけないと、顔を上げて答えました。
「はい、私は人を殺しました」
子どもたちが驚き逃げ出す姿を想像していたネルソンさんに、質問した女の子は近づき、ハグしました。他の子どもたちも、ネルソンさんに駆け寄り抱きしめたのです。
この時の感動がネルソンさんを動かします。「戦争の真実を語りたい」と。

ネルソンさんは、必死でPTSDを治し、戦争体験を語る語り部として活動を始められます。大人は頭で考えようとするけれど、子どもたちは、体全体で戦争を掴もうとしてきます。ネルソンさんは、主に子どもたちに対して戦争体験を語ってきました。

アレン・ネルソンさんが、2009年3月25日(日本時間26日)、多発性骨髄腫で亡くなりました(61歳)。
ネルソンさんのことは、昨年、推進員養成講座でお世話になった佐野明弘先生からお聞きするまで知りませんでした。
隠したい事実・消し去りたい事実から逃れずに、真実を語ることを選んだネルソンさん。人を殺す罪を犯したけれど、その罪は、いったい誰が起こしたというのでしょう。誰が悪いというのでしょう。罪の意識を消そうとしたり、安易な運命論(私が悪いのではない。たまたまそういう運命だったんだと考えること)で気持ちを落ち着かせてはいけないのです。
佐野先生は、ネルソンさんと親交がありました。先生の法話からは、自身が持つ罪を見つめよという想いが伝わってきます。その想いは、ネルソンさんとの出遇いがあったからこそ湧いてきたのではないでしょうか。
「許されている」とはどういうことなのか。「許されて」それで終わりなのか。一人ひとりが、もっと考えて欲しいと思います。
ネルソンさん、実際にお会いできませんでしたが、あなたの想いを受け継いだ方から、人として生きるということを学んで生きたいと思います。
合掌
 
注)今日の文章は、寺報(2009年4月号)の裏面に記載した文章です。

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2009年4月 8日 (水)

七歩目

4月8日は、お釈迦さまの誕生日です。
お釈迦さまは今からおよそ2500年前、北インド・カピラ城のスッドーダナ王を父、王妃マーヤーを母として生まれました。
 
マーヤーはある夜、白い象が天より降りて右脇より体内に入る夢を見ました。仙人に尋ねると、インドでは象は神聖な生き物とされているため、まさに吉夢で、世継ぎ誕生の兆しと告げられました。
(「花まつり」に白い象が登場するのは、このお話に由来します)
 
マーヤーはまもなく懐妊しました。
マーヤーは、出産のための里帰りの途中、ルンビニ園という花園に立ち寄られ、休憩されました。マーヤーが、美しい無憂樹(アショーカ樹)の花に右手を伸ばされたとき、右脇からお釈迦さまは生まれました。
  
お釈迦さまは誕生してすぐに7歩あゆまれ、右手は天を、左手は地を指して言われました。
「天上天下唯我独尊」
天にも地にも、ただ我ひとりにして尊し・・・「私は、他の誰とも代わることのできないいのちをいただいて生きています」

その時、天竜が天から下って甘い露を潅(そそ)いだと言われています。
(「花まつり」のことを「灌仏会(かんぶつえ)」と言うのは、この説話に由来します)
   
生まれた子どもは、ゴータマ・シッダールタ(「すべての目的を達成する者」の意)と名づけられました。
   
生後一週間で母のマーヤーは亡くなり、その後は母の妹、マハープラジャパティーによって育てられました
  
 fullmoon fullmoon fullmoon
 
今日は西蓮寺聞法会でした。
たまたま4月8日が定例日にあたったので、お釈迦さまのお誕生に絡めてお話をさせていただきました。
上記の内容が、お釈迦さまのお誕生に関するエピソードです。
 
生まれてすぐにお釈迦さまが七歩 歩かれたことを中心に話をしました。
 
七歩 歩いたとは、六道(迷いの世界)を越えたことを意味する比喩です。 
 
六道とは(思いっきり簡単に書きますね)、
 地獄道…罪を償う世界
 餓鬼道…貪欲の世界
 畜生道…愚痴の世界
 修羅道…瞋恚の世界
 人間道…迷いの世界
 天人道…孤独の世界
 
という苦しみの世界を表わします。
六道を越えるというと、これら苦しみの世界を乗り越える、これら苦しみが無くなった世界を生きることを意味するようにも受け取られます。
しかし、果たしてそれでいいのでしょうか。
 
六道とは、苦しみの六つの世界があるというより、私たちの生きている世界には、これら六つの側面が入り混じっていると考えたいものです。しかも、これらの苦しみは、自分以外の誰かが作り出しているものではなく、私自身も、その構成者。
第七歩目、六道を越えるとは、私自身も苦しみを作り出す構成者であるという自覚のことではないかと思います。
  
そのようなお話をさせていただきました。
そういう想いが、今月のことばにも反映されています。あらためてお読みいただけましたら幸いです。

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2009年4月 6日 (月)

法話は事故

ある講座への出講が決まり、お世話になる住職に、「こんな感じで話してほしいとか、レジュメを用意して欲しいとか、なにか要望はありますか?」とお尋ねしました。そうしたら住職は言われました。
 
「ご講師に要望なんて、失礼な話です。私はね、法話は事故だと思っているんですよ。話してみて、そこで初めて話し手と聞き手に、想いが起こるわけです。
話を聞いた門徒さんにとって、良かったと思えることもあれば、聞くんじゃなかったということもあるかもしれない。
話し手にとっても、良い話だって言ってもらえるときもあれば、批判を浴びることもあります。
話す前に準備をすることは必要なことです。でも、どんなに準備しても、思うとおりに話できることって、ありません。話してみて、そこで何かが起こるんです。そういう意味で、私はお話をすることは事故だと思っています。あなたも、自分の想いを語ってください。要望とすれば、それだけです」
 
事故…自分の想いを離れたところで起こる出来事です。
現実の事故は起こらない方がいいですが、法話という事故は、自分ひとりの想いの中では思いつきもしなかったことがパッと生み出される。新しいなにかが見えるというアクシデント。
それを目的に話すわけではないけれど、話すことを通して、私も、聞いてくださる方々も、こころの中に小さな花が咲けばいいなと感じました。
どうぞ よろしくお願い致します。

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2009年4月 2日 (木)

変身

4月2日、シラヤマカツヒサがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で38歳のおっさんに成っているのを発見した。
「これはいったいどうしたことだ」と私は思った。夢ではない。
  

カフカの『変身』風に書き出してみました。いつの間にか38歳を迎えました。
いつの間にか、というのも無責任ですね。それなりに、時を、経験を、修羅場を重ねてきたのですから。
19歳から20歳になるときは、“成人”ということで、「もっとシッカリしなくては」とか、「これからどのように生きていくべきか」などということを考えたりもしたのですが、それ以後、誕生日を迎えても、とくになにも考えてないですね。
今年も、とくになにも考えることなく、いつもの日常を過ごそうとしていました…
 
昨日から、長崎に住む妹が、娘(2歳)を連れて遊びに来てくれています。昨晩は、緊張して私が声をかけても、お母さんに抱きついていたのですが、今日は少し慣れたのか、手をつないで話しかけてくれます。2歳児って、こんなに話せたっけ?っていうぐらい、いろいろなことを話しています。会話が楽しいです。
また、私のそばには2ヵ月になる娘がいてくれます。泣いたり、笑ったり、グズッたり、寝たり、ほほ笑んだり、アーウーしゃべったり、いろいろな顔を見せてくれます。
 
なんでしょう…なんだかホッとします。
うまく表現できませんが、小さな人たちから、元気をもらっています。
こんなに小さな体から、大きな力をもらえることって、確かにあるなぁって感じています。
新たな感動をプレゼントしてもらいました。ありがとうcake
 
 
♪みほとけは♪
  みほとけは
  まなこをとじて み名よべば
  さやかにいます わがまえに
  さやかにいます わがまえに
 
娘は美穂(みほ)、姪は沙也花(さやか)と言います。
♪みほとけは♪の歌の中に、ふたりの名前が入っていることに、今日気づきました。
南無阿弥陀仏

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2009年3月28日 (土)

至宝

昨日、日本橋高島屋に行き、「東本願寺の至宝展」を見に行ってきました。
あまり人(お客さん)がいないんじゃないかなと思っていたのですが、会場に入ってみると、たくさんの人がいらっしゃいました。
すごい人気ですた。門徒さんたちなのかな? 親鸞聖人の御遠忌が近いことを知っていて、足を運ばれたのかな?…などなど、ろくに至宝を見ずに、そんなことを考えていました。
 
多くの“至宝”がありました。
個人的には、いわゆる美術的作品よりも(それもすばらしかったのですが)、本山焼失のたびに再建の様子を記録したものに感動しました。
本山は4度大火に遭っているのですが、その度に、驚異的なスピードで再建が成されます。ご門徒の、本山を慕う気持ちの表われです。その慕いが、今のご本山の形として表われています。
 
「本堂や伽藍は、必要ない」とか、「お金をかけてまで作る(再建)する必要があるのか」などという声も聞きますが、そこにあるものから、何かが伝わってくるということがあります。京都の本山に行くと、大きなはたらきのようなものを感じます。
必要が有るか無いか、意味が有るか無いか、など、先にそういうことを前提にすると、なにも出来ません。なにも感じません。
ことばで表わすのは難しいけれど、人々が大切にしてきたものの中には、代々の人々の想いがつまっています。その歴史・伝統・文化こそ、至宝なのだと感じました。
 
御遠忌テーマ
「今、いのちがあなたを生きている」
おしえに出会った人々の想いが、今、私にも通じている。そういう意味もあるんだなと、感じました。
 
時間が無くて、ゆっくり見られませんでしたが、時間を作って見に行ってよかったです。
お時間のある方、ぜひご覧いただきたく思います。東京日本橋高島屋での展示は3月30日までですが。

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2009年2月25日 (水)

ちょっとしたことですが…

先日、あるお母さんと娘さんが訪ねて来られました。
応接間へお通ししました。
お茶を入れて応接間へ入ると、娘さんしかいませんでした。
 
(娘さん)
「すみません、母は化粧室をお借りしています」
(私) 
「あっ、はい、どうぞ」
   
  
ちょっとしたことですが、
「トイレ借りてます」より「化粧室をお借りしています」の方が聞こえもいいし、丁寧な響きだなぁと感じました。
 
「トイレ」と言うと、「借りてます」と続くけれど、
「化粧室」というと、「お借りしています」と続きますね。
「化粧室借りてます」とは言わないですね。
不思議です。

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2009年2月24日 (火)

人の振り見て

あるデパートのレストランで、ひとりで食事をしていたときのことです(そんな話ばっかりですね)。
隣のテーブルでは、女性が二人、向かい合って食事をしていました。
聞く気はないのですが、一方の女性が、大きな声でひっきりなしにお話されているので、嫌でも耳に入ってきます。内容は、彼女の会社の後輩の愚痴です。
 
「○○さんは、生意気、口の利き方を知らない、仕事が出来ない」等々、欠点のオンパレードです。よっぽど腹にたまってんだろうなぁって思いながら、耳にしてました。
 
彼女の語気が強まりました。○○さんの行儀がなっていないことが我慢ならないそうです。
「私ね、礼儀にはうるさいんですよ」
 
それまでは聞き流してましたが、「礼儀にはうるさいんですよ」のひと言に目が点になりましたcoldsweats02
私は思いました。
「礼儀にうるさいなら、食事中は帽子をとろうよ」
 
さすがに言えませんでしたけど。
人のことをとやかく言う前に、自分自身がどうなのかをキチンと見なければいけないなと教えられました。 

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2009年2月23日 (月)

関東ではマック 関西ではマクド

マクドナルドで注文をしているとき、隣のお客さんが怒っていました。
「早くしてよ! 急いでるんだから!!」
 
急いでいるのは、あなたの都合です。
店員さんに言い放つことではありません。
 
頼んだものがなかなか出てこなくて、「遅い!」って怒るのなら、筋は通っていると思いますが。
でも、「遅い」と言っても、怒るほど遅いことも、そんなにはないでしょう。
 
ある定食屋さんで、席に着いたら、隣のお客さんに店員さんが謝っていました。
「遅くなって申し訳ございません」って。
そうしたら、そのお客さんは、
「いいの、いいの、忙しいんだね。慌てなくていいからねhappy01
って、笑顔で応えていました。あぁ、格好いいなぁって思いました。
 
どんなに忙しくても、時間の使い方しだいで、余裕(やさしさ)は生まれるものですね。
かくありたいものです。

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2009年2月22日 (日)

スマイル スマイル

電車に乗って
窓に映った顔が ふと目に入った 
恐い顔だった
誰かと思った
余裕(あそび)がないのかな

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2009年2月21日 (土)

出会いと、本当の出会い

けんかって、出会ったからこそできるんだ

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2009年2月20日 (金)

それでいいの?

人をだますということは、自分をだますということ。

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2009年2月18日 (水)

ボンノウ ボンボ ボンボ ボンノウ♪

今日は西蓮寺聞法会でした。
今日のメインテーマは「煩悩」について
「煩悩」を念頭において、親鸞聖人のおことばに当たると、実にたくさん「煩悩」というおことばを使われていることに気づきます。
 
日々お勤めする「正信偈」には3ヵ所出てきますし、『歎異抄』第9章を見ただけでも5ヵ所もあります。
そして、その「煩悩」を、捨てるべきもの、消すべきものをして捉えるのではなく、ありのままの私としていただかれています。
 
愛欲の広海に沈み、名利の太山に迷っている私、親鸞。
そんな私にでさえも、いや、そんな私だからこそ、阿弥陀如来のすくいのおこころは私に届いている。
 
聖人の信仰告白です。
決して、煩悩を捨てなさい、消しなさいと、押し付けられるのではない。
このような私ですという自覚に、つねに立たれていた方 親鸞聖人。
かといって、煩悩讃嘆でも、煩悩肯定でもない。煩悩持つ身であるからこそ、阿弥陀如来の慈悲のおこころに出遇えたという事実を喜ばれています。
そのお姿が、亡き後750年近く経っても、見えています。
 
煩悩を無くそう、消そうというのは、その時点で煩悩。
煩悩があるままでいいんだって、そこに留まってしまうのも煩悩。
どうしても逃れられないのです。
逃れるべきものとしての煩悩理解ではない。煩悩あるからこそ、生きるとは、いのちとは、すくいとはということを考える。煩悩あるからこそ、生きる力がわいてくる。手が合わさる。
 
聖人は言われます。
「おしえに触れて、喜べない、信じられないというのは、煩悩があるがゆえです。おしえに出会えたことを、喜べる、早く阿弥陀仏国に生まれたいと思うなんて、煩悩がないからじゃないですか?」
漫然とお聖教を読むよりも、ことばをクローズアップして読むと、感じ方も変わりますね。
 
今日はいいお天気でしたね。法話の後の、お茶会も楽しかったです。
本日聞法会にお集まりの方、ありがとうございます。
いつもブログをお読みいただいている方、ありがとうございます(更新が滞るときがありますが、元気にしております。一部ご心配いただき、申し訳ありません。想いが文章になるときと、そうでないときがあるので、どうぞご勘弁を)

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2009年2月15日 (日)

じっと手を見る

早いもので、2月も折り返しですね。
今年の2月は日曜始まりで、ちょうど4週間で終わるので(4行で納まるので)、カレンダーがスッキリ感じますね。
  
さて、一週間ほど前、床屋に行きました。
いつも私の髪をカットしてくれるお兄さんがいます。
今となっては私の髪も淋しくなってしまいましたが、若かりし日の、クセの強い私の髪(前髪は天然パーマ・後ろ髪は下から上に向かって生えるクセ毛・おまけに頭の形が格好よくないので形を整えるのも大変なのです)を、上手にカットしてくれる、腕のいいお兄さんです。
 
会計のときに、ふとお兄さんの手が目に入りました。(カットしてくれる人がレジ打ちをします)。
カサカサでひび割れて、技術を身につけるまでにつけたであろう傷跡が残っています。
あぁ、こんなになってまで私の髪を切ってくださっていたのですね。
頼りにしているのに、今まで気づきもしなかった。
申し訳ない気持ちや、感謝の気持ちが入り混じった想いがしました。
 
100年に一度の不況などと表現される、現在の不況。
多くの人々の首が切られています。
 
でも、この不況の中、繁盛しているお仕事もあります。
洋服を縫い直してくれるお仕事が繁盛していると聞きました。
破れたり、サイズが合わなくなった衣類を直してもらうのです。今までだったら、「着れなくなった」と言ってすぐに捨てていた衣類も、今は直せる限り直して着ようとされるのでしょう。
 
1000円カットの床屋さんも繁盛していると聞きました。
繁盛していると聞いて、「腕はどうなの?」と尋ねてしまいました。
「腕が悪かったら誰も来なくなってしまうから、腕も確からしいよ」との返事。
「安い=腕もそれなり」という偏見が私にありました。1000円カットの床屋さんで働いていらっしゃる方には、申し訳ありませんでした。
 
今のような状況になり、自分の手でコツコツ地道に作業をすることの大切さが感じられるようになった気がします。
 
アメリカ発の金融の混乱が引き金と言われている現在の不況。
金融によるお金の動きは、現実に現金が動いているわけではなくて、取引によって計算上お金が動く。お金の価値も上下動する。
大きな富を得るために、投資や預貯金によってお金を増やすわけだけど、そこに、自分でお金を作っている(稼いでいる)という実感はあるのだろうか。
 
会社や組織やグループが大きくなり、より多くの富を得るためには、投資などをすることになるのだろう。
自分の手で作ったものを売ったり、自分の技術に対する対価をもらうだけでは、大きな利益は生み出せない。
でも、企業の多くが、本業を忘れたところでの金儲けに走り、それに失敗して本業に悪影響を及ぼしてしまった。

人間の手で作った物の温もりを忘れてはいけない。
人間が長い時間をかけて身につけた技は、お金に変えられない。
 
企業の上に立つ人には立つ人の言い分があるかもしれないが、人の首を切る前に、その人たちの手を見て欲しかった。
その手が会社を支えていることに気づけたはずなのに。

経済学に明るくないので、表現が稚拙で申し訳ありません。「素人考えだな」と笑われるかもしれません。「浪花節だけじゃダメなんだよ」と言われるかもしれません。
でも、他人(ひと)の手作業によって私たちの生活は本来成り立っているんだということを、今のような時代だからこそ、こころに刻んでおきたいと思ったのです。 
 
カサカサになって、ひび割れた手
誰かを助けようと思ってそうなったのではないだろう。
自分や家族が生きていくためという想いだけかもしれない。
いや、基本は誰だってそうだろう。
でもそこに、知らず知らずのうちに、みんなのためになっているという事実がある。
そのような手を、じっと見つめる。

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2009年1月26日 (月)

死は公(おおやけ)

1月26日
お世話になっていた住職が亡くなられて一年。
早いものだなぁと思いつつ、この一年でいろいろなことが確実に動いている。
 
懐かしんでばかりいるわけではないけれど、住職とのことを振り返る。
縁のあった誰もが。
縁のあったものどうし、会えば住職との思い出話。
 
死んで人間終わりなら、亡き人を振り返り、その人のことを語ることはないはず。
亡き人のことを思い、話が出る。
人が亡くなり、遺されたものは、人が亡くなるという事実の上に成り立つ人生を歩み出す。
つらいけれど、そこに人の成長がある。
 
住職の葬儀には、1,000人ほどの方が弔問に来られたと、葬儀社さんから聞きました。
弔問にみえた方、それぞれの中で住職を想い、住職が亡くなったという事実を受けて、この一年を生きてきた。
弔問にみえた方に限らない。もっとたくさんの方が、住職との縁があったのだから。
人の死は、それだけ多くの人々に、なにかを与えている。

人の死は、多くの人のためにあるのだなと、この一年、強く感じた。
 
弔問者の数の多少を言っているのではない。
しかし、家の人間が亡くなったことを、隣近所や親戚にさえも知らせない最近の風潮に危惧を抱く。
人の死を遠ざけた人生、人の死に接する機会のない人生において、いのちのかけがえのなさ、人を慕う(おもう)気持ちが果たして生まれるのだろうか。
 
葬儀の形は、時代や状況によって変わるものだと思う。
規模が小さくなる事情も分かる。家族だけで、亡き人との別れの時間を持ちたい気持ちだって、痛いほど分かる。
でも、自分が思っている以上に、亡き人は、その人の人生において、広くて深い人生を生きてきた。それは、悲しいけれど、人の死を通して気づかされる。
でも、亡き人が作ってきた広くて深い人生は、亡き人だけのものではなく、遺されたものにも引き継がれていくもの。
死は、亡くなった人の身だけに起こるものではない。
死は、家族だけで受け入れようと頑張るものでもない。
死は、多くの人の人生に響いていくもの。響きは響きを生み、さらに広がっていく。さらに深まっていく。
死は公のもの。
住職の死を縁として、「死は公」という事実を教えていただきました。

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2009年1月14日 (水)

迷い 惑い 深みにはまる

12日に、「人に迷惑をかける」ことについて書きました。
でも以前、「迷惑とは、人に対してかけるものではなく、自分自身で迷い、惑うことです」とも書きました。
矛盾したこと書いてるかな?と、考えていました。
  
「迷惑」の本来の意味としては、「人生において、道に迷い、進む方向が見えなくなって惑うこと」。
しかし今では、「迷惑」は「人にかけること、人からかけられること」になっています。
 
「かける」ということがキーワードかなと思いました。
 
「迷惑」とは、本来「する」こと。
「迷惑する(人生において、道に迷い、進む方向が見えなくなって惑う)」
生きていれば、誰もが、自分自身の問題として「迷惑する」はずです。
 
今は、「迷惑をかける」「迷惑をかけられる」というように、「かける」という動詞がもれなく付いてきます。
それはつまり、「迷惑をかけられた」「迷惑をかけたくない」と、他者が対象になってきます。
 
他者が対象になってくるということは、関係の中を生きているから出てくる感覚なのかもしれない。
けれど、「迷惑をかけられた」と憤る。
「迷惑をかけたくない」と言うのは、他者を案じている反面、関係を生きることの本来の姿(迷惑をかけ合いながら生きている)を見失っているようにも感じる。
つまり、「かける」という動詞がつく「迷惑」は、自分の都合が反映されているような気がする。「迷惑はごめんだ」という都合が。
関係の中を生きているからこそ生まれた「迷惑をかける」という感覚。しかしそれは、関係性の否定という面を含んでいるのではないだろうか。
自分自身の人生に「迷惑する」という、人生の糧となるところがスッカリ抜け落ちているような気がする。
 
「する」が「かける」になっただけで、その意味合いはまったく違うものになるのですね。

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2009年1月12日 (月)

迷い 惑い 人と成る

「人に迷惑をかけずに生きたい」
そういう志も、まっすぐな気持ちから出ているのだと思う
 
「人に迷惑をかけないように生きましょう」
果たして、それが“人と成る”ということだろうか
   
「私は迷惑をかけてはいない」  
迷惑をかけていないつもりというのが、とても迷惑だったりする
 
 
迷惑をかけずに生きられればいいのかもしれないけれど、それはできないこと。
迷惑をかけていないつもりでも、人に迷惑をかけていることは多々ある。
自分では気づいてないけれど。
 
「迷惑をかけずに生きる」ことよりも、
迷惑をかけながらじゃなきゃ生きられない私、ということに気づいてほしい。
 
迷惑をかけていないつもりになっている私と、
迷惑をかけながらじゃなきゃ生きられない私では、
周りへの見方が変わる、想いが変わる、行動が変わる、私自身が変わる
 
かけてないつもりでかけている迷惑
他人(ひと)も見えない 私自身も見えていない
 
迷惑をかけずには生きられない私という自覚
他人が見えてくる 私自身が見えてくる

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2009年1月 9日 (金)

手紙には、書いた人の愛情だけでなく、届けてくれる人の努力も含まれているんだなぁ

松の内も明け、郵便ポストの「年賀状専用」シールもはがされ、通常の状態に戻りました。
以前は1月2日は年賀状の配達は休みだったけれど、2005年から1月2日も配達されるようになったことをご存知でしたか?
 
1月2日も配達して欲しいという要望が多くなったからだそうです。
暮れの忙しさに流され、年賀状を投函するのが遅くなってしまった場合、2日の配達が休みだと届くのは3日以降になってしまいます。それでは遅いというので、2日も配達してほしい、と。
元日に、自分が年賀状を出さなかった人から年賀状が届いたとします。すぐに年賀状を書いて投函しても、届くのは3日になってしまいます。少しでも早く届いてほしいから、2日も配達してほしい、と。
 
そういう理由を聞いていると、利用者のわがままのような気がします。
元日に届くためには、12月の何日までに投函してくださいって、言われてますよね。
自分の判断で年賀状を出さなかったのに、年賀状が来たから一刻も早く年賀状を届けたい(思いがけない人から年賀状が届くということも確かにありますが)。だから2日も配達してほしい。3日に届いても、2日に届いても、年賀状を受け取ってから書いたという事実に変わりはないと思うのだけど。
携帯でメールのやりとりをしていて、すぐに返事が来ないといって怒る人がいます。あるいは、メールを出したのに返事がなかなか来ないと、自分は嫌われてるんじゃないかと不安になる人がいます。強迫観念っていうのでしょうか、そういうのと同じような意識が働いているのかなって感じます。
年賀状が遅く届いたからといって、関係が崩れてしまうような付き合いなのでしょうか。
 
2日も配達を、という人を非難しているのではありません。ただ、2日も配達となると、仕分けする人・配達する人は大変だなって思うのです。
元日、2日、3日と配達があり、4日の日曜日は配達が休みだなと思っていたら、4日も配達されました。5日も6日も7日も届きました。新年1週間、毎日年賀状を配達してくださって、ありがとうございます。
 
仕事なんだから、サービスなんだから、これくらいのことしてくれて当たり前だという考え方は、つらいなぁ。
自分に代わって、ものごとを為してくれる。とてもありがたいことです。

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2009年1月 8日 (木)

本年もよろしくお願い致します

お正月にお参りに見えた方がぼやいてました。
 
毎月お正月に挨拶に見える知人が、「『喪中は年始の挨拶回りを控えなければいけない』と本に書いてあったから、今年はお邪魔しません」と、連絡があったというのです。

「お寺さん、そうなんですか?」と尋ねられました。
 
結論から言うと、そんなことはないと思うのですけれど。
その本は、どなたが書いて、誰が出版されたのでしょうね。
 
喪中の過ごし方に、正解不正解があるわけではないと思うのです。
喪中の方が、心底亡き人を偲び、家にこもり、慎ましい生活をし、派手なことを避けているのであれば、他者は何も言えないと思うのです。
しかし、「喪中は年始の挨拶回りを控えなければいけない」と本に書いてあったからと言って、そのことだけ守っても意味はないことだと思います。
「その友人は、うちに来ることだけ遠慮して、忘年会・新年会はキチンと出席しているんですよ」
これでは説得力はありませんし、亡き人に対する、その人の想いさえ疑わしいものです。自分の都合のいいように利用しているだけだと思われてしまいますよ。
 
西蓮寺では、「喪中だからといって、普段と生活を変える必要はありませんよ」とお応えしています。
 
考えてみてください。
新年の挨拶を一度遠慮するということは、丸2年間ご無沙汰することになるのです。
ご葬儀の喪主挨拶のときに、「これからは遺された家族一同に対し、故人と変わらぬご厚情を賜りますよう、お願い申し上げます」と言われますよね(最近の簡素な葬儀事情では、そういうことを言う場も無くなりつつありますが)。
自分で「亡き人に対するものと変わらぬ厚情をお願いします」と言っておいて、自分は挨拶を遠慮する。矛盾していると思うのは、私だけでしょうか。
今まで以上に、「今年もよろしくお願いします」と表現するべきだと思います。
いまどき、一度疎遠になった関係を元に戻すということは並大抵のことではありません。交流を断つなんて、亡くなられた方も望んでないと思います。
  
近しい人、親しい人、これからも助力を求めたい人には、たとえ喪中であれ、キチンと挨拶をしましょう(年始に限らず)。

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2009年1月 7日 (水)

乾いたこころに潤いを

今朝(というか未明)、ヘリコプターの音で目覚めました。マスコミのヘリコプターでしょうか。
北烏山の住宅で火事があったようです。
 
寺の者は朝から外の掃除をしていました。テレビを見ていないので、火事のことなど知らず、「ヘリコプターうるさいね。なにかあったのかね」なんて話していました。
で、毎朝お会いする方から、「おはようございます。今朝の火事、すごかったみたいですね」と、声をかけられました。
「えっ、火事だったんですか!? どこで?」
「ニュースで“北烏山”とは言ってたけど、どこらへんでしょうね」

空を見上げても黒煙は見えませんし、消防車のサイレンも聞こえません。北烏山といっても広いので、離れたところだったのかもしれません。
  
 bread bread bread
 
掃除を終え、朝のお勤めを終え、朝食時に電話が鳴りました。
「○○(地名)の□□(お名前)ですけど、北烏山で火事ってニュースで言ってるけど、大丈夫でした?」
住職の、大学時代の同級生からでした。
大丈夫の旨お伝えし、昔話をして電話を切ると、またすぐ電話が鳴りました。
今度は長崎に住む伯母からでした。
「北烏山で火事って言ってるけど、大丈夫やった?」
その後も、何件かお電話ちょうだいいたしました。ありがとうございます。 
 
“北烏山”と聞いて、心配して電話をくださる。有り難いことです。
電話で話している住職や坊守を見ながら、仮に○○や長崎で事件事故があって、私はすぐに安否を気遣う電話が出来るだろうか? と、考えていました(すぐに電話をしてしまうことが混乱を招くこともありますが、すぐに相手のことを想像できるだろうか、気遣えるだろうか、そういう自分であるだろうか?ということを問うたのです)。
    
 sprinkle sprinkle sprinkle

昔、昔、私が小学5年生のときの話です。
夏休みに、長崎の母の実家に一人で遊びに行きました。
長崎に着いたその晩、繁華街 浜の町に食事に行きました。おばあちゃんや、さきの電話をくださった伯母さんたちと。
食事中に雨が降ってきました。すぐにやむだろうと思っていたのですが、雨はだんだんと強くなってきます。やみそうもないので、急いで帰りました。その雨はみるみる勢いを増し、歴史に残る洪水となりました。呑気に雨宿りなどしていたら、流されていたかもしれません。今頃ブログを書いたりしてないでしょうね。
 
その水害のニュースを見て、クラスメイトの一人が、うちに電話をくれたそうです。
「白山君はだいじょうぶでしたか?」って。
それを聞いて、嬉しかったです。今考えてみると、そういうことって、簡単なようでいて、とても難しいことだと思います。勇気がいることだとも感じます。
 
なにを持って“友人”と言えるのか。
自分のことを慕って(おもって)くれる人を友人というのではなくて、
自分が、その人のことを慕うことができる人のことを“友人”というのではないだろうか。
  
自分のことを慕ってくれる人を友人と期待するのではなく、
自分が、他人(ひと)のことを慕える人でありたい。
そう思いました。
 
 nosmoking nosmoking nosmoking
 
被害に遭われたご家族には、気の毒なことでした。心から哀悼の意を表します。
ニュースでは「放火か?」とも言っています。燃えやすいものは家の外に置かないように気をつけましょう。
東京は雨が降らず、空気も乾燥しています。火の元には充分お気をつけ下さい。

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2009年1月 6日 (火)

袖摺り合うも他生の縁

年が明けてから6日経ちました。
こないだ紅白見てたのに…早いものですね。
お正月には、たくさんの方がお参りにみえました。
  
あるご家族が新年の挨拶にお見えになりました。
「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
「おめでとうございます。こちらこそよろしくお願いいたします」
と、挨拶を交わしてから、山門から別のご家族が入って来られました。
 
すると、そのご家族どうしが挨拶をしています。
「あれ? あのご家族どうしは知り合いだったかなぁ?」と思いながら様子を眺めていました。
そういえば、一緒にいるところを前も見かけたことあったなぁ。
いつだったかなぁ…

で、思い出しました。
昨年のお正月、お寺の駐車場で車と車が接触してしまったご家族でした。
そのご家族どうしが、一年経って再会するなんて、ご縁だなぁと思いながら、両家が挨拶している様子を眺めていました。
双方が笑顔で新年の挨拶をしている姿を見て、よかったなぁと思いました。
 
「袖摺り合うも他生の縁」と言いますね。
「多少」ではありません、「他生」ですよ。
多少の縁で袖が摺り合うという意味ではありません。街を歩いていて、袖がスッと摺り合うのは、昔からの深いつながり(「他生」)のおかげであると教えられています。
何かしらのつながりがあった、出会うべくして出会えたということなのですね。
 
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お正月の話でもうひとつ。
お正月に挨拶に来てくださる方は、だいたい決まっています。
その中に、いつも、「お寺さんはゆっくりおせちも食べてられないでしょ。夜にゆっくり食べてよねhappy01」と言って、夕飯のおかずになるものを持ってきてくださる方がいらっしゃいます。
 
毎年正月三が日のうちにおみえになるのに、今年は見えません。
住職と坊守と私(妻は出産に備えて秋田に帰省中)、居間でお茶を飲みながら、「そういえば○○さん来ないね」って、誰からともなく思い出しました。「来ないね」って言い終わる前に、ドアフォンが鳴りました。

ピンポ~ンbell
 
三人で玄関に出てビックリ、その○○さんでした。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。お寺さんはゆっくりおせちも食べてられないでしょ。はいhappy01
お心遣いありがとうございます。美味しくちょうだいいたしましたcrying
 
その方がお墓に行かれるのを見送ってから、
(私)「ビックリしたねぇ」
(住)「うん」
(私)「誰かさぁ、最近お寺にみえてない人の名前を言ってみたら? 来るかもよ」
(住)「・・・サヤちゃん来ないかなぁ」
 
さすがに、長崎に住む孫(2歳半)は訪ねて来ませんでした。
 
そこで孫の名前を出すなんて…
(私)「住職、落ち着いたら長崎に行っておいでよ。坊守と一緒に」
 
人と人はつながっている。ご縁を感じるお正月でした。
本年もよろしくお願いいたします。

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2008年12月29日 (月)

掌の陽ざし

12月26日に「感動を探して生きる」という文章を書きました。
四季の移り変わり、こころの変化に感動を覚えるというコメントやメールをいただきました。ありがとうございます。
私も、四季の移り変わりは綺麗だなぁと感じます。「感動を探して生きる」を書いているときも、そのように変化するいのちに感動を見出すという意識で文章を書いていました。

文章を書いて後、こんなことを感じました。
探さなくても感動はいつも私の周りにあるんじゃないか。
移り変わるものだけでなく、毎日の同じような繰り返しの中にも感動はあるんじゃないか。
って。
 
朝起きて、
いや、朝起きたこと自体感動かも。夜寝て、起きることがなければ、「朝起きて」という行動もないわけですから。
朝起きて、ふと手を見る。そこに感動はありませんか?
「おはよう」と交わす挨拶。
食卓に並ぶ朝ごはん。
寒さを防いでくれる服に身を包み、部屋を暖かくしてくれる暖房にホッとする。
 
生活環境は人さまざまですから、いろいろな日常があるわけですが、毎日毎日の同じことの繰り返しの中に、感動はあるんだと思う。
毎日毎日の同じことの繰り返し…それが退屈ですか? 同じことが続いていくことって、実は変わることよりも貴重なことなのかもしれない。
同じことといいつつ、実は同じことの繰り返しのようでいて、ちょっとずつ変化している。面白いなぁ。
 
 掌にうける
  早春の
   陽ざしほどの生甲斐でも
 ひとは生きられる
      
         伊藤桂一(詩人)

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2008年12月27日 (土)

つながりを紡ぐ

12月12日(金)
社会福祉法人「日本点字図書館」をサポートする「コミュニティ21」主催のチャリティコンサートが開催されました。
出演はブルースシンガーのRio(リオ)さん。
会場は、文京区本郷にある求道会館。
当日、私は受付係としてお手伝いさせていただきました。
  
残念ながら、受付は会場の外だったので、コンサートの様子は一切見られません(聞けません)でした。
12月とはいえ、幸いそんなに寒くもなく、会場の外で、かすかに聞こえるRioさんの歌声に耳を傾けていました。
耳の底に残っているのは、「つながってる~ つながってる~♪」というフレーズ。
あぁ、Rioさんは人と人とのつながりを大切にしている人なんだぁって、星空を眺め、ホットコーヒーを飲みながら感じていました。
コンサートはやっぱライヴでしょ。肌でメッセージを感じられなかったのが残念です。
 
さて打ち上げ懇親会。
懇親会の司会者が、懇親会場にいる何人かを当てて一言感想のコーナー。
「俺はずっと会場の外にいて、コンサートの状況が分からないから、当てないでね」と、司会に言っておいたのに、「次は、寒い中ずっと受付をしてくれてた かっちゃん!!」
(「げ、当てやがったcoldsweats02」) 
 
会場の外にいたのでライヴの場にいなかったことをことわったうえで、「“つながり”は、教えられてメッセージにすることはできないと思います。“つながり”を詩にされているということは、自分の内側からの叫び声だと感じました」と、感想を述べました。
そうしたらRioさんがマイクを取って、お話してくださいました。
  
 
「つながり」が大切だって言う人はたくさんいます。でもね、私は、「つながりを紡いでいくこと」が大切だと思っています。
私は、初めて会う人には、その人の凄いところ、素晴らしいところを感じ取ろうと思って、お話します。そうすると、自分にはないものを他人(ひと)は持っているもので、いろいろなことを感じることが出来ます。そうやって新たに感じたことがあったら、他の人にそれを伝えていけるし、自分も教えてもらえる。つながりが広がっていきます。
私は、そうやって つながりを紡いでいくことを大事にしています。

  
  
「つながり」っていうだけでは、そこに動きはない。 
「つながりを紡いでいく」という意思があって初めて、「つながり」が生まれてくる。 
「いのちは大切」というフレーズにしても、そう訴える人はたくさんいるけれど、それが反映されないのは、訴えに意思・動きがないからなのかもしれない。自分なりに、「いのちを○○していきます」というメッセージを込めて初めて、「いのちの大切さ」について考えることにつながるのだと思います。 
   
「つながりを紡いでいく」 
感動したことばです。ブログに書こうと思いつつ、こんなに日が経ってしまいました。自分の中に意思・動きがなかったですね。 
コミュニティ21幹事の本多住職は、2日後にはメッセージを発していました。感じるものがあったんだなぁっていうのが、強く伝わってきます。ぜひお読みください

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2008年12月26日 (金)

感動を探して生きる

12月2日(火)
教区HP「くらしにじぃーん」の取材で、あるご住職にお会いしてきました。教区HPに載せる前に、このブログで詳しく書くわけにはいきませんが、印象に残ったことを少々…。
 
昨日、当寺仏教青年会「白骨の会」について書きました。私は、縁あって仏教青年会を立ち上げることが出来ましたが、「なにかしら会を作りたいけれど、なかなかできなくて」と言う方もいます。
お寺としてなにかやりたいけど…というところで立ち止まっている僧侶について、「感動を探す努力を怠っているような気がします」と仰っていました。何でもいいのです。本でも映画でもテレビでも、自分が感動できるものがあれば、それって誰かと共有したくなるもの。日々感動を探しながら生きていれば、それを誰かに話したい、それを誰かと共有したい、誰かの話を聞きたい、と思うものです。そうすれば、自然と場は作られていくもの。「会を作りたい、作らなければ」と気負う必要もないのです。気負うと、疲れちゃうし、続かないですものね。
 
感動というと、なにかたいそうなものに心動かされることのように思ってしまいます。つまり、そんなにしょっちゅう感動することもないぞ、と。
でも、感動を探して生きているのと、なにも考えずに暮らしているのとでは、たとえ同じものを見ても(聞いても)、反応が違うと思うのです。なにかしらの驚きがあるか、なにも感じないか。
「つまらない」と言って生きていると、本当につまらない人生になってしまいそうです。
感動を探して生きる。その生き方自体、感動的です。
 
取材でお話させていただいて、とても楽貴重な時間を過ごさせていただきました。興奮の波に乗って、帰宅後、2時間の取材を文章に起こしてしまいました。
まだどのような形でHP上にアップするかは決まっていませんが、どうぞお楽しみに。

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2008年12月25日 (木)

チルチルミチル

どうも、ご無沙汰しています。忙しくはしていましたが、元気にしております。ご心配をおかけしました。
ブログに書きたいことはたくさんあったのですが、目の前の仕事に押し流され、落ち着いてパソコンの前に座る時間もなかったので、更新も滞ってしまいました。
今更ではありますが、今月の出来事を書いていきたいと思います。

 chick chick chick

12月6日(土) 白骨の会(西蓮寺仏教青年会)
「救いとは何か」について、みんなでお話しました。べつにテーマ設定したわけではないのですが、そういう話になりました。
「救い」について話していて、「浄土」も話題になりました。
たまたま12月号の寺報で「浄土とは、今生きているこの世界」ということを書いていたので、そのことも話題に上ったのですが、参加者のひとりが一言。

「救いとはなにか」って考えなくてもいい状況が、救われている状態なのかもね。「浄土」も、「浄土とはなにか」って考えなくてもいい状況が「浄土」なんだと思う。 
 
そうですね。つい頭でゴチャゴチャ考えてしまうけれど、そういうことを考える必要がないことが、なによりも救われていることなのかもしれませんね。
 
親鸞聖人は晩年、「浄土」と言わなくなった、「自然(じねん)」と表現されるようになった。とも教えていただきました。
「自然(じねん)」とは、「自ずから然(しか)らしむ」、つまり「私の思いを超えて、そのようになっている」ということ。なにがそのようになっているのか。阿弥陀如来の救いの中に、既にいるということです。「救われたい」「救われるために修行しよう」という行者の想いを超えて、すでに阿弥陀の救いが私に届いていたんだなぁという、親鸞聖人感動のことばだと思います。
「浄土」とは言わずに「自然」と表現されるようになった。求めるものではなく、すでにあるものだったという自覚のことばなんだなぁ。
 
「自然(じねん)」ということばが出てきて、そこに絡めてカール・ゴッチ(プロレスラー)のことばも教えていただきました。
「自然(しぜん)界の動物は、体を鍛えない」
そのことばを聞いて、個人的にはかなり感動しました。
人間は体を鍛えようと励むけれど、自然界の動物はわざわざ体を鍛えません。鍛えようと決意するまでもなく、自然(しぜん)界で生きていくための体に自然(じねん)に成長しているのですから。人間だって、本来鍛えようとまではする必要のない肉体が具わっているのだと思う。それなのに、「鍛えたい」「強くなるために鍛えよう」と励むのです。すでに肉体をいただいている事実を忘れて。
 
思うのです。既にいただきものをしているのに、そのことに気づかずに、見当違いなさがしものをしているんじゃないかなぁって。
今月の白骨は、そういうことを教えていただきました。 

今年最後の「白骨の会」 話が落ち着いたところで忘年会を開きました。時の経つのも忘れて、楽しい時間でした。
 
《白骨の会 2008》
 1月 お寺でフリートーク
 2月 舞台鑑賞会(寺の都合で休会)
 3月 お寺でフリートーク
 4月 9条ピースウォーク参加
    (お仲間のお寺の仏青「髑髏会」と合同で。白骨と髑髏ってsweat02
 5月 教区同朋大会
 6月 お寺でフリートーク
 7月 アールブリュット展鑑賞
 8月 お寺でフリートーク
 9月 お寺でフリートーク
10月 お寺でフリートーク
11月 スリランカ展鑑賞
12月 お寺でフリートーク&忘年会
 
毎月お寺でフリートークよりも、いろいろなところに出かけて、そうして感じたことを語り合えたらいいなって思っています。
今年白骨の会にご参加くださったみなさん。ありがとうございます。
来年も、いろいろなところに出かけて、お寺でいろいろなことをお話しましょう。
白骨の会に興味をもたれました方、ご参加お待ちしています。
来年もよろしくお願いいたします。
ちなみに、新年1月の会は、まだ開催日未定です。

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2008年12月 8日 (月)

そういう考え方もあるんだなぁって気持ちでお読みください

西蓮寺寺報(ペーパーメディア)「ことば こころのはな」11月号に、喪中ハガキについて思うところを書きました。
非難を受けること承知で書いたのですが、思いのほか「私もそう思っていたんです」「もやもやが晴れました」「同じことを考えていました」という反響をたくさんいただきました。
「喪中につき新年のご挨拶をしつれいいたします」ハガキを出されている方もいらっしゃいますが、あぁそういう考え方もあるんだなぁって気持ちで、11月号に掲載した文章をお読みください。
 
 taurus taurus taurus taurus taurus
   
早いもので11月ですね。今年もあと2ヵ月です。年賀状の発売予約の広告を見たとき、あぁもうそんな季節かと感じました。
年賀状は友人の近況を知ることができ、何年も会ってない人とも、年賀状では会うことができるので楽しみにしています。元旦に届くように年賀状を出してくれる友人には申し訳ないのですが、私はここ数年、元日に年賀状を書いています。大晦日に一年を振り返って思ったことや、年明けに感じた想いを書き綴っています。
さて、年賀状といえば、年内に身内が亡くなられると喪中ハガキを出します。「喪中につき、年末年始のご挨拶をご遠慮申し上げます」と。
個人的には、この喪中ハガキにとても疑問を持っています。どうして喪中だと年末年始の挨拶を遠慮するのでしょう。おめでたくないから? しかし、「明けましておめでとうございます」という挨拶は、年が明けて、新たな歩みを踏み出す自身への掛け声だと思いますし、今年もよろしくお願いしますという想いを込めたことばです。挨拶を遠慮する必要はないのではないでしょうか。
 
喪中だから、おめでたいことは避けてということなのでしょうが、喪中とは、そもそもどういうことなのでしょう。
「喪中」とは、近親者の逝去に伴い、喪に服して慎ましく生活する期間です。その「期間」は、親の場合は一年など、自分と関係の近い人が亡くなるほど長くなります。
「喪中」に似たことばで「忌中」ということばがあります。祝いごとを慎む期間ですが、「忌中」の背景には、人の死を穢れとしてみてきた歴史があります。身内から死者を出した家には穢れがつく。その穢れが無くなるまで家に籠っていなければならなかったのです。
(「喪中」と「忌中」の違いはもっとあるのでしょうが、今回はこの程度の説明とさせていただきます)
さて、「喪中」「忌中」は、慎ましい生活を送る期間ということで、いろいろな制約に縛られます。新年の挨拶を遠慮する。喪中・忌中に結婚式・披露宴は開かない、参加しない。地域の祭りに参加しない。食事の制限をする、等々。
実際に喪に服す、家に籠る生活を送っている方はいらっしゃらないと思います。家に籠っていては、生活が成り立たないのですから。もっと長かった期間が、人間の都合によって短縮化されてきた歴史があります。つまり、「喪中」「忌中」の生活といっても、生者の都合なのです。
亡き人を偲んで、慎ましく過ごしておられる方はいらっしゃると思いますが、一般常識だからという理由で「喪中」「忌中」の制約に縛られている方は、少し気持ちを楽にして欲しいと思います。
僧侶仲間で、祖父母や両親を亡くされても年賀状をくださる方がいます。年賀状に、亡くなられた方との思い出を綴ってくださるのです。
亡き人のおかげで私がいる。亡き人は、いのちの尊厳を、自身の身をもって教えてくれた。亡き人と、本当に私は向き合っていたのだろうか、等々。
大切な人との別れを通して湧き出てくる感情を正直に書いてくださり、亡き人だけでなく、その人自身の生きる姿を感じさせていただきました。
死は、別れを意味します。しかし、死から何かを感じ、学び、こころに刻み込むことがあったならば、死は、新たな出会いを意味します。
大切な人との別れを縁にして、何かを感じ、学び、こころに刻み込んだことはありませんか? もしそういうことがあったならば、その想いを誰かに伝えてみてはいかがでしょうか(年賀状に限りませんが)。
習慣・一般常識だからという理由で喪中ハガキを出すのは、もったいない気がするのです。年賀状は、新年の挨拶や近況報告であると共に、自分のこころの動きを表現する場だと思うのです。
喪中ハガキを出すにしても、ちょっと振り返って欲しいのです。亡き人との縁を。別れを経て湧いてきた感情を。
たしかに、これだけ喪中ハガキが浸透してしまうと、喪中なのに年賀状を出したことに対する非難も想像できるわけですが…。
西蓮寺では、家族の誰かが亡くなっても、年賀状は出そうねと話しています。寺の誰かが亡くなっても、次の年には年賀状が届きますので、驚かないでくださいね。         西蓮寺副住職

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2008年11月29日 (土)

恩徳讃(おんどくさん)

11月28日は親鸞聖人のご命日
京都のご本山では御満座が勤まりました。
  
真宗の法座では、「恩徳讃」 (親鸞聖人「正像末和讃」より)を唱和します。
 如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし
   
 japanesetea japanesetea japanesetea

「恩徳讃」は、よく勘違いされるのです。
「如来大悲の恩徳には、身を粉にしても報ずるべきである。師主知識の恩徳にも、骨を砕くまでも謝すべきである」と、親鸞聖人はおっしゃられています、って。
「べき」を「命令」の助動詞と思い込んでの勘違いなのでしょうが、そのために「恩徳讃」のこころが伝わらなくなってしまいます。
勘違いのせいで、「親鸞聖人は偉そうな言い方をする人だ」「どうして信じてもいない如来に報じなければいけないのか」「身を粉にするほど、骨を砕くほどに恩を感じなければいけないのか」なんて声も聞こえてきます。

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私は、このようにいただいています。
「身を粉にしても」「骨をくだきても」というのは、苦悩を抱えながらも生きている私たちの姿だと思います。
苦悩を抱える私たちが、親鸞聖人の教えに出遇い、教えに聞いていく人生が、「報ずる」「謝す」ことだと思うのです。
つまり、教えに出遇い、人生を歩んでいる私たちは、すでに如来大悲の恩徳に、身を粉にしながら報じているのです。師主知識の恩徳に、骨をくだきながらも謝しているのです。
 
聖人の「教え」は、苦悩の解決のためのものではありません。この身を生きることができるのは、他の誰でもない、この私。その自覚に生きてほしいという「願い」なのです。
苦悩を抱えながらも生きられるのは、阿弥陀如来の恩徳・教えに生きた先人のおかげ。私に先立って、苦悩の人生を生ききった方々がいる。私も、その一人となり、後の人を導くように生きていきたい。そのように思える日が、いつかきっと、誰にでも訪れるに違いありません。
「恩徳讃」には、そのような希望・確信・感謝が込められています。
  
 
先日、ふと思ったことがあります。
掃除とかお弁当を作ることなど、日課になっていること。それを、「掃除をしなければいけない」「お弁当を作らなければいけない」と思うとつらいものです。でも、「掃除、掃除notes」「今日も美味しいお弁当作るぞriceball」って、思えるようになることって、あると思うのです(いや、やはり嫌い・苦手な方もいるでしょうから、誰もがって話ではないですけど、たとえとしてお読みください)。
真宗のおしえに出遇い『「南無阿弥陀仏」と念仏申せと言われるからしている』という人も、おしえを聞き続けることによって、自然と念仏が出てくるようになるときがくると思うのです。
信じられるようになったから念仏申すようになったのではなくて。
掃除やお弁当作りも、好きになったから、楽しくなったからするようになるのではなくて、自然と動くようになることって、あると思うのです(念仏と掃除・弁当作りを同列に語るなと言われそうですが…)。  
思ったことって言うのは、「恩徳讃」の「べし」の響きって、こういうことかなって、ある朝感じたのですfuji

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2008年11月27日 (木)

海の中に母がいる 母の中に海がある

今月1日に、掲示板のことばをアップしてから、しばらく更新していなかったので、その文章を何度も読まれた方もいるかと思います。
「人は波に似ている」という自身の気付きを表現しました。個人的世界観にドップリはまった文章だったので、伝わりずらかったかもしれませんね。でも、親鸞聖人のおしえに出遇い、今まで生きてきた私の出来うる限りの表現です。
 
「人は波に似ている」という想いと、もうひとつ、いや、もっと表現したかったことがあります。
前回アップした文章は「悪人正機」についてでした。
このふたつの文章は、呼応しています。
 
「善人でさえも往生できるのだから、悪人が往生できるということは言うまでもないことです」というおしえ…この「悪人正機」のおしえについて語ると、
“悪人”がすくわれるのはおかしい
“悪人”は誰だ、どういう人だ
“悪人”でもすくわれるなら、善い行いをする必要がなくなる
“悪人”でもすくわれるなら、悪事を尽くしたほうがいいではないか
などなど、いろいろなご意見をいただきます。
 
「悪人正機」にかぎらず、「念仏申す衆生をすくう」というおしえも、
それでは簡単すぎる
どんな人間でも念仏したらすくわれるというのはおかしい
自分とあんな奴(自分の嫌いな人)が同じすくいだなんて困る
などなど、いろいろなご意見をいただきます。
 
そのような声は正直な声です。
頑張ったら頑張った分の結果が欲しい。
自分より悪い奴と自分が同じ結果を得られるなんて納得できない。
そのように想うのが普通に出てくる想いです。

でも、哀しいのです。
せっかくおしえをいただくご縁に出遇えたのに、おしえを聞いて、この私自身が人を、生きとし生けるものを差別しているのですから。
おしえをいただいて、「善はこういう人だ、悪はこういう奴だ」「こういうものはすくわれて、こういうものはすくわれない」と、自分のものさしで図ってしまう。ものさしに合わない奴はどんどん排除。
 
すくわれるのは、生きとし生けるものすべて
そこは絶対に動かせないのです。
もし、頑張った結果ですくいの結果が変わるのなら、それは、私たちが苦しんでいる世界となんら変わりありません。
善だとか悪だとか、すくわれるものだとかすくわれないものだとか分け隔てするけれど(自分を良い方に置くけれど)、私自身が善でもあり悪でもある。すくわれないほどのものであるのに、すくわれる。
人間の理知で考えたらすくわれるはずのないものがすくわれる。だからこそ、すくいのはたらきを「不思議」と表現されてきた(ビックリ驚くという意味での「不思議」ではありません。人間の理知を超えているという意味です)。
 
 
「人は波に似ている」
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」   
呼応しているといったのは、生きとし生けるものは、すべて母なる海から生まれ、海に帰るものであるということを感じたから。
海から波として生まれたいのちが、またもとの海にかえっていく。誰もがみな。
そのようないのちが、今、たまたま私として表出している。

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2008年11月22日 (土)

明日の神話


 
今日は3つ用事があり、いそいそと渋谷駅を通りかかりました。
たくさんの人が一点を見つめて、携帯で写真を撮っています。
「なんだ?」と思ってみんなが見ている方を見ると、岡本太郎さんの「明日の神話」が設置されていました。
ウッカリ忘れていました。
足を止めて、しばらく鑑賞させていただきました。
あぁ、すばらしいです。なんてパワフルなんでしょう。
個人的には、設置立候補地のひとつだった広島が設置にふさわしいかなと思っていたのですが、目の前で作品を見てしまうと、直に見られて幸せだなぁと感激いたしました(なかなか直に見られない方には申し訳ないことですが)。
今度は、もっとゆっくり拝見させていただきます。
 
http://www.1101.com/asunoshinwa/news.html

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2008年11月20日 (木)

親知らず

口内左上の奥に違和感があったので、歯医者さんに診てもらったら、親知らずが出ていて虫歯になっているとのことでした。
本当は今すぐ抜いたほうがいいんだけど、抜きましょうと言うとショックを与えてしまうかなぁ。あまりショックを与えないように情況・方針を伝えないといけないなぁ~という雰囲気で説明してくださる先生に、私から「抜きましょう」と言ってみました。
「えっ、いいですか!!」と、先生の方が驚いていました。
詳しい説明をしなければいけないけれど、あまりストレートに言えないこともあり、婉曲に言わざるをえない場合もある。そうすると、本当に伝えたいことがぼやけてしまう。お医者さんは大変だなぁ、余計なところに気を使っていて…と、思いました。
それが月曜日の話。「明日温泉に行くんですけど、大丈夫ですか?」と尋ねると、「腫れがでるといけないので、温泉から帰られてからにしましょう」というお応え。

で、今日「親知らず」を抜いてきました。
消毒して、麻酔して…、準備をしているのかなと思ったら、ガキガキッって音が。一連の動作の中で、いとも簡単に歯を抜いてくださいました。
起き上がると、私の一部が横たわっていました。
「中が虫歯になっていて、もうボロボロでしたね」と、先生は私の歯を使いながら説明してくださいました。
ありがとうございます。
虫歯のない私にとって、何十年ぶりの歯医者さんでした(歯のクリーニングで歯医者さんに行ったことはあったけど)。
  
で、なんで「親知らず」って言うのかな?って考えていました。調べてみたら、
○「親知らず」が生えてくるのは成人してからなので、その頃に子どもの口の中を観察する親はいないわけで、「親知らず」が生えてきても、そのことを知らないわけです。だから「親知らず」という説。
○「親知らず」が生えてくるのは成人して親元を離れた頃なので、親は子の「親知らず」が生えてきたことを知らないからという説。
○現代ほど平均寿命が長くない昔、親が亡くなるような年頃に「親知らず」が生えてくるので、親はそのことを知りえないからという説。
○「親知らず」の歯に対応する乳歯(永久歯にとって「親」と位置づけられる歯)がないからという説。
が、あるそうです。ことばの由来って、調べると面白いですね。
 
(おまけ) 
今日はボージョレーヌーボーの解禁日だそうですね。
毎年解禁日に持ってきてくださる方がいて、今年もちょうだいいたしました。
残念ながら今日は飲酒を控えてくださいと言われたので、明日いただきます。
ありがとうございますwine

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2008年11月18日 (火)

竹のように 枝のように

こころ静かな状態って、日常の生活でなかなかなれない。
自分をガッチリ構えているからだろうか。

竹が風を受け、風に身をまかせて しなるように、やわらかなこころで 物事を受けられたら。

人が感じないほどの風にも、枝葉はカサカサと揺れる。
気をつけているようでも、人は他人(ひと)のこころに鈍感なものです。

自分をしっかり持つということは大事なことなのかもしれない。
しかし、あまり余裕がないと、強い風が吹くとポキッと折れてしまう。
あまりに自分を押し出してばかりいると、他人を傷つけてしまう。

竹のようにしなやかに
枝のように繊細に

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2008年11月17日 (月)

忘れない

今、真宗寺院では報恩講シーズンです。
親鸞聖人のご法要に際し、僧侶は自坊での報恩講だけでなく、お仲間のお寺へもお参りさせていただきます。
私は自坊の他に、5ヵ寺お勤めさせていただいていますが、昨日、すべて終えました。
 
最近ブログの更新がなくて、心配をおかけしているようで申し訳ありません。
報恩講をお勤めしていて、勤め合いが終わるまで間を置いておこうと思ったのです。
ブログでも何回か触れましたが、お世話になっていたご住職が、今年1月26日にお亡くなりになりました。
今年の1月のことです。ということは、昨年の報恩講シーズンにはいらっしゃたわけです。
 
お互いに勤め合いをしているので、この時期は頻繁に顔を合わせます。
でも、今年はいつもいた人がいない…実際にその感覚を味わうと、無性に淋しいものです。
 
毎年初めにお参りさせていただくのは、そのご住職のお寺です。
ご住職がなくなり、坊守様とお子さんたちが一生懸命お寺をまもっています。
余計なことをしてはいけないと思いつつも、報恩講前日に準備のお手伝いに。でも、立派に荘厳(本堂のお飾り)されていました。副住職がこれでいいんですか?って持ってきた荘厳の本には、書き込みがビッシリ。ちゃんと勉強されています。
ご住職、息子さんはキチンと次の歩みを進めていらっしゃいます。
次の日、副住職にすべてお任せしながら、今シーズン最初の報恩講をお勤めさせていただきました。
 
西蓮寺の報恩講の2日前に、近所のお寺さんで報恩講が勤まります。
ご住職はいつもうちに車を停めていかれたので、報恩講が終わって、一緒に西蓮寺まで戻ってきます。
今年の帰り道、いつも隣を歩いてくれていた体の大きなご住職がいません。静かな、暮れ初めの細道を、ひとり帰ってきました。
はじめから何もなかったのなら、淋しさも感じないだろう。けれど、温もりを知ってしまうと、こんなにも物足りない感じなのですね。かといって、何もないことの方がいいのだろうか。いや、その人に出会えて感じた温もりも淋しさも、その人からの贈り物。すべてを、いただかなければいけないのです。
 
西蓮寺報恩講
外陣正面に座って、キン役を勤めます。内陣を見渡すと、やっぱりいない大きなご住職。体だけじゃなくて、存在感も大きかったんだなぁ。
親鸞聖人のご法要ですが、それは同時に、聖人の教えに出会って歩まれた方々への法要でもあります。いや、その方々がいたから、法要のご縁に出会わせていただいている。
法要は、今生きている私が勤めるものではない。亡くなられた方々のおかげで、今、手を合わせるご縁をいただいている。合わさる手の中に、どれだけの人の想いが籠もっていることでしょう。
いつもと違う気持ちで、お参りさせていただきました。
 
昨日お勤めさせていただいたお寺
ご住職は昨年このお寺でのお勤めの後、検査を受けられ、入院されました。
からだの調子が悪いことは分かっていたけれど、ここを勤めるまではと頑張っておられたのだと思う。
昨年、私は一人で声を出すところで、間違えてしまった。読みながら「しまったぁ」と思っていたら、控え室に戻ってご住職から第一声「かっちゃ~ん!!」
「はい、すみませんbearing」 
結局、その法要が、ご住職との最後のお勤めになってしまいました。あぁ、間違ったのを聞いて逝かれるなんて…。
間違った私が先に逝くことだってあるわけで、そう考えると、常に最善を尽くさなければいけないなぁと、教えられたような気がします。
 
ご住職に想いがあるのは、他の住職方も同じ。
「去年の報恩講にはいたんだよなぁ」という声が何度も聞こえてきました。
人は、悔いのないように生きるということは出来ないだろうな。
どんなに濃く、真剣に、仲良く付き合っていても、これだけの付き合いをした中だから、満足だってことはない。
いや、濃く、真剣に、仲良く付き合えば付き合うほど、後悔の念は強くなるのだろう。
もっと話しておけば、もっと一緒に飲んでおけば、もっと喧嘩しておけば、なんて悔やんでもキリがない。
その人と出会えた事実を胸に、一生を生きていきたい。
この時期になると、こういう想いを繰り返すことでしょう。その度に手が合わさり、お念仏が出ます。
そういうときを、与えてくださっているのですね。ありがとうございます。

 drama drama drama drama drama

 人は いつ 死ぬと思う・・・?
 心臓を銃で撃ち抜かれた時・・・・・・違う
 不治の病に犯された時・・・・・・違う
 猛毒のキノコのスープを飲んだ時・・・・・・違う!!!
  ・・・人に忘れられた時さ・・・!!!
           (漫画「ワンピース」より)

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2008年10月28日 (火)

世の中が便利になって困っているのは実は人間なのです

私の住む地域(世田谷区)では、10月からゴミの分別が変わりました。
今まで不燃ゴミとして出していたプラスチック類や発泡スチロールが可燃ゴミに変わりました。
  
すると、家庭から出るゴミのほとんどが可燃ゴミになりました。
蛍光灯・割れた陶器・使い切ったガスボンベ等、不燃ゴミも出るけれど、今までに比べると、そんなに不燃ゴミはかさばりません。
 
分別方法が変わると聞いて、楽になるなと思っていました。
しかし、実際に分別方法が変わり、今まで不燃ゴミのゴミ箱に捨てていた物を可燃ゴミに捨てるときの、想像もしていなかった違和感があります。こんなものまで可燃ゴミに入れていいのかなぁ…。
 
ゴミ集積所にゴミを出しに行くと、可燃ゴミの日のゴミの量がかなり増えています。
反対に、不燃ゴミの少ないこと少ないこと。
 
システムが変わって、思うところがあります。
一部不燃ゴミが可燃ゴミとして出せるようになって、可燃ゴミが増えるのは分かるけれど、このシステムになると、不燃ゴミを可燃ゴミに混ぜる人がいるんじゃないかなぁ。
「コップが割れちゃった。たったこれだけだから、可燃ゴミに混ぜちゃえ」って、感じで。
 
それと、今までリサイクルという名の下、ゴミの分別に気を遣ってきた人もたくさんいると思うのですが、ゴミの分別意識が薄れてしまうような気がするのです。日常生活で出るゴミのほとんどが可燃ゴミになると、少量の不燃ゴミまで燃やせるんだっていう錯覚も起こしてしまうような気がします。
 
分別の面倒臭さがなくなると、そのタガが一気に外れてしまうような気がして、恐さを感じます。
 
 recycle recycle recycle recycle recycle
 
数日前、読売新聞に掲載されていました。熊本県水俣市では、ゴミを21種に分別しているそうです。
細分化した分別収集を始めるに当たり、何回も事前説明会を開き、ゴミ集積所毎に班長を持ち回りで決め、地域の人々が協力して分別収集に努める。はじめの頃は反発もあったようですが、今では分別が当たり前のこととなり、地域の方々のつながりも強いものになっているとのことです。
 
面倒くさいことって、なにごともどんどん排除されているけれど、今まで続いてきた、営んできた、育んできた習慣・交流・日常って、やはり意味があってのことだと思う。たとえ簡略化できるようになったことでも、敢えて手のかかることを続けるということも、大切な意味があると感じている今日この頃です。ゴミの分別方法が変わったおかげで。
 
 happy01 wobbly happy01 wobbly happy01 wobbly
  
世の中が便利になって困っているのは実は人間なのです
             浅田 正作

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2008年10月26日 (日)

今のわたし

人に傷つけられたことは、なかなか忘れ得ないもの。
一生抱えることも。
でも、人を傷つけたことは、自分で気づいていないもの。
一生気づかずに生きている。
 
感情は、想いは、人と人とが縁を結び生じるもの。人と人とに限らない。生きとし生けるものが、出遇っている。
そこには、楽しいこともあれば、つらいこともある。
出会えてよかったと思えることもあれば、出会わなければよかったと思うこともある。
 
「縁に生きる」
自分にとって「よかった」と思えることは「縁がよくて」「良縁で」とうなづけるけれど、
苦しいこと、つらいこと、悲しいことを「縁によって」とはうなづけない。
 
それにしても、自身が発する感情にばかり想いが行ってしまう。
私が楽しいとき、他の誰かは楽しんでいるだろうか。
私が楽しいということは、誰かを苦しめているのかもしれない。
私がつらいとき、一緒に苦しんでくれる人がいる。
私のつらさを見て、笑っている人もいるかもしれに。
「縁を生きている」ということは、自身が発する感情だけの話では済まない。
私が誰かを恨んでも、肝心な相手は恨まれる覚えはないかもしれない。
誰かが私を恨んでも、肝心な私は恨まれる覚えもなく生きているかもしれない。
 
私が抱く恨みを消せるなら、それでいい。
でも、人が私に対して抱いている恨みまでは消せない。
誰かが私を恨んでいる。私は恨まれても仕方のないものだ。
その自覚があるだけ、「生きている」といえるのかもしれない。
私は、人に恨まれるようなことはしたことがありません。
そのセリフに恨みすら感じる。
 
自分で負の感情を無くそうとしたり、いい感情を磨き上げようとしたり、「善い行い」を私はしていますと主張する。
そういうことを書いているつもりは、まったくありません。
私がいることによって、喜んでくれる人がいれば、つらい想いをしている人もいる。喜びには悲しみが内包され、つらさには許しが内包されている。
私がいて喜んでくれる人は、私によって悲しみを味わうこともある。
つらい想いをするのは、その背景に許しがあるから。いっそ許せないのなら、つらさも生じないのに。
「縁に生きる」。おしえの一端にでも触れた者として、生きながらにして生じる想いを書いています。

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2008年10月17日 (金)

憎いんだけど…ありがとう

憎い 憎い 憎い 
どんなに憎い相手でも、100%憎みきることは出来るのだろうか。
相手の優しかった頃、ちょっとした仕草、年老いた姿、
私の迷い、年とともに薄れる想い、
100%憎みきることが出来たら、どんなに楽だろう。
それが出来ないから、悩む、苦しむ
でも、そういう想いを抱えながら、私が私となる。
 
法然上人出家のご縁のお話です。
法然上人は、幼い頃に父親を敵討ちでいのちを狙われ、殺されます。
法然の父は、幼い息子に言います。「私の仇をとろうとするな。私の仇をとれば、次はお前が狙われる。うらみの連鎖はとどまらなくなってしまう」と。
幼い法然上人は比叡山にのぼり、仏道を歩みます。
 
法然上人出家のご縁…
法然上人に憎しみはないのか?
法然上人は相手を許したのか?
父の遺したことばに納得していたのか?

いろいろな疑問が生じるけれど、私は思うのです。
法然上人は憎しみを抱え続けたことでしょう。
相手を許せなかったことでしょう。
父のことばに納得もできなかったことでしょう。
でも、父のことばを胸に、常に葛藤されていた姿が思われます。
法然上人は、葛藤を抱えながら仏道を、人生を歩まれたことでしょう。
そして、憎しみを捨てきれない自分に対する怒りも持ち続けたことでしょう。
しかし、抱えきれないほどの憎しみや怒りに満ち溢れている自分を知ったとき、自分の真の姿を知ったに違いありません。

100%憎みきれれば楽なのです。
でも、憎みきれない。
かといって、許しきることもできない。
苦しいのは、憎い相手がいるからではなく、そのような私のこころが苦しめている。
だけど、「そのような私のこころ」を捨てられたとして、100%憎みきれて楽になれたとして・・・果たして、そんな人間でありたいだろうか。苦しみをなくして、楽になる…それはつまり、どういうことなのだろう。
 
「苦しみを引き受けて」と表現するのは語弊がありますね。
「苦しみが私となっている」のかな。
苦しみを引き受けたり、逃げたりするのは、私の思いですること(実際に出来る出来ないとかの話ではなくて)。
苦しみが私となっているのは、私の事実。真実の姿。
 
今、浅原才市さんの大切なおことばを噛み締めています。
ご恩思えば みなご恩 この才市も ご恩でできました
私は、このおことばの「ご恩」を「ご縁」といただいています。
恩も縁も、いただくものになっている。それは、私が先にあってのこと。
でも、恩や縁があって、それによって私が私となっている。
「ご恩をいただいています」ではなく、「ご恩でできました」。
「ご恩」で、ご縁でできた私。
 
「恩」や「縁」を口にするとき、良い出来事に関しては「恩がある」とか「良いご縁で」と言うけれど、悪い出来事に関しては「恩」や「縁」とは表現しない。
でも、自分にとって都合の良い出来事も悪い出来事も、「恩」であり、「縁」である。
 
憎しみという縁によって、
憎しみきれない自分を知る。
この私も、憎しみのご縁でできました
 
秋の気配を感じる夕暮れ時、そんなことを考えていました。

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2008年8月31日 (日)

長い時間の迷いという闇も、教えに出遇うと瞬間に明るくなるものです

西蓮寺寺報が、今月号で120号を迎えたことは既に書きました。毎月発行なので、丸十年ということになります。
第120号のことばは親鸞聖人のことばにしようと決めていました。最近のこころの動きから、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑し」ということばが浮かんできました。
親鸞聖人のおことばを頂戴して、「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑しているわれら」と書き換えようと考えていました。しかし、いざ掲示するにあたって、あらためて真宗聖典を開き、おことばをいただきなおしました。
親鸞聖人は、
 誠に知りぬ。
 悲しきかな、愚禿鸞、
 愛欲の広海に沈没し、
 名利の太山に迷惑して、
と、ご自分のことを書かれているのです。
私親鸞の身が、愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑している、と言われているのです。
どこまでも、自身のことを突き詰めて考えておられる方でした。このことばは、何度も目にし、何度も声に出しているのに、まったくいただけていませんでした。それなのに「愛欲の広海に沈没し、名利の太山に迷惑しているわれら」なんて、どうして言えるでしょうか。自分がとても恥ずかしかったです。
 
親鸞聖人は、「こうしなければいけません」「こうするべきです」「こうしたらいいですよ」なんてことは言われてないんですよね。
私は、こういう身です、こういう生き方しか出来ない身です。どこまでも、そのことひとつ突き詰められた。しかし、それゆえに阿弥陀如来と出遇われた。
そのことに、10年かけてやっと気付かせていただきました。
寺報10年の歩みは、私に与えられた歩みでした。10年かけて、やっと気付きました(気付いたと言い切ってはいけないけれど)。ありがとうございます。

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2008年8月30日 (土)

ただちに避難

雨と雷が凄いですね。
各地での被害も大変なものです。あなたのお住まいのところはいかがですか? 
 
昨晩、窓に手を当てながら空を眺めていましたが、雷が鳴ったときの振動が、窓を伝って身体に来ました。すごいエネルギーですね。
墓地も、排水が間に合わず、お墓の土台がかなり水に浸かってしまいました(午前中お掃除してました)。
 
雨の気配がしたら、とりあえず避難しましょう。
突発的に雨が強くなりますから。
  
セミも、網戸に避難してました。
P8010187
この状態で鳴かれたので、部屋中にセミの鳴き声が響きました。

(追記)
「雨の気配がしたら、とりあえず避難しましょう。
突発的に雨が強くなりますから。」
なんて書いておきながら、突発的な雨に巻き込まれました。
夕方、裏のスーパーへ夕飯の買い物に出かけました。
妻「雨雲がすごいよ」
私「降る前に買い物すませちゃお」
念のため傘を一本だけ持って出かけました。なんて、能天気な…
 
レジを済ませて、スーパーから外を眺めるとザーザー降りの雨
妻・私「あーあwobbly
  
スーパーの自動ドアを開けて外に出ると、傘を持った住職が立ってました。しかも、車で迎えに来てくれてました。
妻・私「ありがとうhappy01
住職、カッコよかったですgood
(違う出口から出なくてよかった…sweat02

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2008年8月19日 (火)

わたしには、わたしという役割がアリます

境内の掃除をしていたら、三匹のアリが、自分たちの何倍も多きなイモ虫を運んでいました。
巣が近づくにつれて仲間のアリたちが寄ってきて、イモ虫の周りが真っ黒になるくらい大勢のアリが、巣まで運んでいきました。
それぞれのアリを観察していると、一生懸命運ぶアリ。手伝っているんだけど、みんなと違う方向に引っ張るアリ。近くまで来るものの、加勢しないアリ。まったく我関せずといったアリ。いろいろな個性があります。
 
聞いた話では、アリは「8:2」の比率で、「はたらくアリとはたらかないアリ」とがいるそうです。
(読む資料によって、この比率はいろいろです。「7:3」と書いたものや、「7:2:1」で、「よくはたらくアリ:まぁまぁはたらくアリ:はたらかないアリ」なんて細かく書いてあるものもありました)
 
これからが面白い話なのですが、「8:2」のアリの中から、「はたらかないアリ」を取り除く実験をしたそうなのです。どのような結果が出たと思いますか?
はたらかないアリを取り除いたのだから、みんなはたらくアリばかりになるだろうと思ったら、ちゃんと2割の比で、はたらかないアリになったそうです。
私は、この話を聞いたときに感動しました。生き物にはちゃんと役割があるんだなぁと思ったのです。人間の世界では、はたらけることがいいことで、はたらけないことはいけないことと、思われています。
だから、「あいつらは役にたたない」なんて、理由にもならない理由でホームレスと呼ばれる方々が襲撃を受け、時には殺されてしまったりします。
病気や老齢で、はたらけなくなったり、寝たきりになったときに、周りの人間はその人のことを迷惑だと思ったり、本人は自分の存在を否定してしまいます。
「8:2」の、「8」でなければいけないという思いが、いつの間にか誰にも植えつけられているのではないでしょうか。「8」には「8」の、「2」には「2」の役目があるのです。
 
なぜか今でも、自分の出身小学校の校報が毎月届くのですが、その校報の校長先生のコラムにも、このアリの例えが書いてありました。
ただ、「人間はアリとは違うのだから、キチンと目標を持って、努力することが大事です」って書いてあったんですね。たしかに、学校の先生はそのように言わなければいけないでしょうね。「“2”でいいんだよ」なんて、言えないのでしょう。いや、そんなこと思ってもないかな。(すいません、校長先生のコラムを否定しているわけではないんです。ただ、そうかな?って思ったのです)
「2」も大事な役目なのです。その「2」を取り除く教育を、学校でも職場でも、もしかしたら家庭でもしているのではないでしょうか。
  
私は、アリの話を初めて聞いたとき、人間もアリも同じだなぁって思ったのです。
「8:2」がなんの比率であっても、「はたらき者:はたらかない者」、「善:悪」、「社会の規律を守る者:守らない者」・・・「2」を取り除けば人間世界ははたらき者ばかりで、善人ばかりで、規律を守る者ばかりになるかといったら、やっぱり「8:2」の比率に戻ってしまう。それは、「2」にも役割があり、必要だからなのだと思うのです。
ははたらき者ばかりで、善人ばかりで、規律を守る者ばかりの世の中は暮らしやすいだろうなと思っていたら、きっと人間社会が動いていかなくなると思います。きっと、窮屈なことでしょう。きっと、今よりも争いが増えることでしょう。
 
人には、その場、その環境において、今のわたしという役割があるのです。
悪を廃して善ばかりにしようと思っても、それは叶わないことなのです。
あきらめ主義的に言っているのではありません。そこにいのちの意味・輝きがある。アリの姿を見て、おしえていただきました。

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2008年8月17日 (日)

直視できなくて…

オリンピック 野球 日本は韓国に敗けてしまいました。昨晩はショックで寝られませんでした(って言っても、いつの間にか寝てましたが)。
 
当然日本を応援してますが、テレビの実況がちょっと悲しかったです。
9回裏 3点リードを許して迎えた日本最後の攻撃。韓国は抑えのピッチャーが出てきました。
そこでテレビの実況が、
「このピッチャーは、自分のペースで投げているときは手がつけられないほど早いボールを投げますが、ピンチになると力を発揮できない気の小さいところがあります」
「アメリカ戦でも登板していますが、打ち込まれています。弱気のところがあるので、日本にも付け入る隙はあります」

日本が1点を返し、ノーアウト2.3塁と攻めると、
「弱気の虫が出てきましたね」
 
このような感じで、ピッチャーが気が小さいということを連呼してました。まぁ、立場上、仕事上、日本が勝てそうな実況をしなければいけないのは分かりますが、聞いていて、そこまで言うことないじゃないかって感じました。
 
そのピッチャーは交代し、後続は討ち取られました。日本の負けです。負けたショックもありましたが、実況の後味の悪さが辛かったです。私も気が小さいので…(誰?笑ってるのは?)。
   
  baseball baseball baseball baseball baseball
  
今、卓球の女子団体戦3位決定戦(日本vs韓国)を見ています。韓国が優勢ですが、セット毎は接戦です。見ていてドキドキしてしまいます。実際に戦っている選手たちはどんな精神状態なんでしょう。
水泳や陸上の、100分の1秒で優劣が決まる競技も、選手はどのような気持ちで結果を受け入れるのだろうって考えてしまいます。たぶん、普通の人では感覚できない時間の中を生きているんでしょうね。競技中は。

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2008年8月16日 (土)

なぜ記念日にしか意識しないのでしょう

終戦記念日の頃になると、「なぜ戦争はなくならないのか」「戦争を起こしてはいけない」「日本は平和だ」という声をよく耳にします。そのたびに、私(声の主)不在だなと感じます。
「私の欲望の果てに戦争が起こるのかもしれない」「今現に、私が戦争起こしている」「平和がいいといいながら、平和を感じられない私」
平和を語るには、先ず自分を見つめてから。
 
寺報(ペーパーメディア)「ことば こころのはな」2008年8月号の裏面に書いた文章です。
 
 aries aries aries aries aries 

「10年間お読みいただいて、ありがとうございます」
明日とも知れぬいのちをいただいて、今日まで生きてきました。西蓮寺寺報「ことば こころのはな」を書き続けて今月号で丸10年になります。よくここまで生きていたものです。
今月号を書くに当たり、この10年を思い返すと、「わたしの目の前に人がいる」ことが見えなくなってきているように感じます。
秋葉原で起きた無差別殺人事件(2008年)。犯人の身勝手な動機と行動に、誰もが憤り、恐れました。この犯人は成人男子でしたが、最近の凶悪犯罪は若い者が起こすという錯覚が生じているように感じられます。
1997年の神戸連続児童殺傷事件(別名、酒鬼薔薇事件)は、幼い子どもたちが殺され、被害者の一人の少年の首が中学校の校門に置かれるという事件でした。まだ犯人の見当もつかないとき、あるプロファイラーが十代の少年の犯行かもしれないと解析しました。「子どもがこんな事件を起こすはずはない。いったい何を言ってるんだ」と非難を浴びていたのを覚えています(犯人は14歳の少年でした)。
10年前は、子どもに対する安心感・信頼感・私たちが守るんだという使命感が溢れていました。それなのに、たった10年で、子どもに対する恐怖心・不安感・なにを考えているか分からないという理解不能なものを見るような目線に変わってしまいました。起きている事件が衝撃的なために、犯人に対して、自分とはまったく別の生き物的な見方をしてしまいます。
印象に残っていることばがあります。2000年に佐賀県で西鉄バス乗っ取り事件が発生しました。その事件で重傷を負った被害者の方が、加害少年に対して、「こんなことをしなくてはならないくらい、少年の心は傷つけられていたんですね」と言われました。
心身ともに深い傷を負ったのに、加害少年のことを想う被害者。そのようにありたいものですねと言いたいのではありません。どのような状況においても、「今、ここにいるあなた」のことを想う気持ちを忘れたくない。そういうことを強く感じるのです。
 
自分の都合や想いが優先し、他者を顧みない。人間不在。
電車やバスの座席に座っているときに、自分の近くに立っている人の存在が見えていますか? お年寄りや妊婦、体調の悪そうな人が立ってませんか? 携帯の電源を切らなければいけないシートに座りながら、携帯を使い続けていませんか? ペースメーカーを使っている人もいなさそうだからかまわないって? 実際にいるいないが問題なのではありません。携帯を使っているあなたのせいで、座るに座れない人がいるのですから。
自分の存在を相手に伝えるための自転車のベル。相手をどかすために、けたたましく鳴らしていませんか?
私に向かって人が歩いて来ます。ちょっと横にそれれば、ちょっと立ち止まればぶつからないのに、まっすぐ突き進んでいませんか? お前がどけと言わんばかりに。
秋葉原の事件。容疑者が犯した罪のみが地獄なのではありません。人が何人も倒れているのに、その様子を携帯のカメラで撮りまくる人々。この世の地獄は、特定の人間だけが作り出しているのではない。私も地獄の構成員。
次々起こる無差別殺人事件。「誰でもよかった」と言う容疑者の決まり文句。
「誰でもよかった」ということばの背景には、「自分さえよければいい」という想いが内在すると感じています。
「自分さえよければいい」「あいつが邪魔だ」「あいつさえいなければ」「自分より恵まれている他者は許せない」自己チュウ・逆切れ・モンスター○○・・・
「自分さえよければいい」見方では、周りに人がいるという皮膚感覚は生まれません。「誰でもよかった」と言えるのは、「人なら誰でもよかった」のではなく、「人でないから、誰でもよかった」のかもしれません。
事件の容疑者だけのことだけを言っているのではありません。「自分さえよければいい」と誰もが考えたことがあるはずです。寺報をお読みのあなたも。書いている私も。
仏教では、こころの中で考えたことも、実際に起こした行動も、罪は同じだと教えています。他者を認めぬ私。いったい私は、何度殺人罪を犯せば気が済むのでしょう。
こころの中で考えたことと、実際に 犯した罪とが同じだなんて納得できませんか? 納得してしまっては、他者の見えないわたしのままです。おしえは、自己の問題解決のためにあるのではない。おしえは、私の闇を照らし出します。自分の考え方とは違うものの見方を示し、見えないはずの闇の中身を見せてくれます。見る勇気を与えてくれます。
人が見えなくなって、自分自身まで見えなくなっています。
 
 今、ここに、あなたがいる
 だからこそ私が生きている
     
         釈勝願(西蓮寺副住職)

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2008年8月15日 (金)

平和の祭典

平和の祭典と言われるオリンピック。
中国とチベットの問題・ロシアとグルジアの紛争…争いは続く。
 
8月15日・・・終戦記念日
オリンピックをテレビで見ながら、「オリンピックで黙祷とかしないのかな」とつぶやく私。
「だって、二次大戦はもっと早くに終わっているんだから、今日が世界的に終戦記念日じゃないのよ」と妻。

国によって終戦の解釈はさまざま。
いや、同じ国内においても終戦のはいろいろ。
 
戦争が終わって63年というけれど、戦争は終わったのかな。
日本は戦争をしていないというけれど、本当にしてないのかな。
私たちが普段何気なくしている買い物も、たどっていくと戦争に関わっている事実がある。
 
終戦記念日、テレビでオリンピックを見ながら、いろいろと考えていました。うまく書けなくてすみません。 

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2008年8月 8日 (金)

迷惑

「2008年8月のことば」に「迷惑」について書きました。
 

こんにち「迷惑」というと、他者からかけられること、被ることを意味しますが、本来は違います。「迷惑」とは、自らの思いに迷い惑うこと。誰かがかけるものではないのです。自分で迷い・自分で惑うのです。
「名利の太山に迷惑して」とは、「名を馳せたい」「有名になりたい」「高い地位が欲しい」と、大きな山よりも大きな名利心で、私自身が人生に迷い、どこに行けばいいのか惑うているのです。 

 
「迷惑」について、もうひとこと。
 
謝罪会見等で、「ご迷惑をおかけして、誠に申し訳ありませんでした」とは、よく聞くセリフです。
しかし、謝るべきはその人が犯した行為自体。「迷惑」は、相手が勝手に迷惑しただけのことなのですから。「迷惑をおかけして申し訳ありません」では、行為そのものを侘びたことになりません。
謝られる方も、「迷惑をかけられた」ことを怒るのは間違いです。あなたが勝手に迷惑しただけのことなのですから。怒るべきは、行為そのものに対してです。
 
暑い(熱い)夏、あまりピリピリせずにいきましょう。

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2008年8月 6日 (水)

たくさんのことを学びました

8月5日、松本サリン事件の被害者の河野澄子さんが亡くなられました。
松本サリン事件が起き、河野義行さんが犯人扱いされたのは周知のことです。
義行さんの奥様 河野澄子さんはサリンによって意識をなくし、ついに回復することはありませんでした。ご家族の負われた傷を思うと、胸が痛みます。
事件で犯人扱いされているときから河野さんとお子さんのお姿をテレビで拝見していましたが、みなさんの毅然としたお姿には、こころ動かされてきました。果たして、自分があのような立場に立たされた場合、あのような姿勢を貫けるでしょうか。
 
義行さんは、仕事が終わると毎日のように病院に向かい、奥様に話しかけていらっしゃいました。
おふたりにしか感じ得ない世界があったんだろうなと思います。
 
ここからは、私が独自に感じていることです。
よく、「生き甲斐」を求めると言います。でも、「生き甲斐」ってどういうことなのでしょうか。
「生き甲斐」を求めている人が考えているのは、生きていることに充実感があって、それが喜びに変わることではないでしょうか。と、感じます。
 
私は、「生き甲斐」ということばを考えるとき、
『河野さん一家は「生き甲斐」に出遇ってしまったんだ』
と、感じるのです(変な表現ですみません)。
その「生き甲斐」って どういう意味ですか? と問われると、うまく説明できませんが、「一生かけて背負うこと」とでも言うのかな・・・。
一般的に考えられるような「生き甲斐」とは、まるで違うものだと思います。
私が考える「生き甲斐は」見つけてしまったら、苦しいのです。つらいのです。でも、そのことを一生こころに留めながら、生きていくのです。つらいけれど、そのことが私を生かすはたらきとなるのです。
 
  
あるとき、私が『河野さん一家は「生き甲斐」に出遇ってしまったんだ』って話をしたら、
「そうですね、サリン事件の犯人が全員死刑になるように、頑張るんですものね。まさに生き甲斐ですね」
と、受け止められたことがあるのですが、そうじゃないのです。
べつに、何か目的があって、それを達成するために「生き甲斐」を得たと言っているのではないのです。
ただ、「あることを明確にこころに留めながら生きていく。そういうものに出遇ってしまった」のです。うまく言えませんが、「生き甲斐」ってそういうことだと考えています。
つまり、「生き甲斐」って、見つけてしまうと、本来苦しいものだと思うのです。
しかし、私が考える「生き甲斐」も、一般的に考えられているであろう「生き甲斐」も、見つけたら人生がいきいきしてくるのです。そこは同じなのです。不思議なことに。
  
河野澄子さんの訃報に接し、
確かに自分自身に出遇い、自分を生きぬいたご家族のことを思い出していました。
家族のあるべき姿を見させていただいた河野さん一家に、感謝申し上げます。
(お別れのことば「ご冥福をお祈りいたします」「安らかにお眠りください」とかって、他人事になっているように感じるのです。自分が亡き人からなにをいただいたのか。そのことを告白できる表現がいいなぁって思います。なかなかしっくりくくる表現もないのですが)

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2008年8月 4日 (月)

足あと

暑い日が続きますね。いかがお過ごしですか。
毎月1日に西蓮寺寺報「ことば こころのはな」を発行しています(毎月1日にアップしている文章は、寺報の文章です)。
毎月発行している寺報が今月で120号を迎えました。
ということは、丸10年経ったということですね。早いものです。
始めるときは、「書けなかったら止めればいいじゃないか」という気持ちで始めました。「続けなければいけない」という気持ちだと、なかなか寺報発行に踏み出せないものです。
そうはいっても、始めた責任はあります。第3号の寺報を作っているときに、「とんでもないことを始めてしまった。これからどうすればいいんだろう」と真剣に悩みました。恐怖心にも近かったかな。
 
はじめの頃は、お寺参りに見える方に渡す程度でした。坊さん仲間に渡したり、公に配るなんて、恥ずかしくて出来ませんでした。お寺の聞法会に見える方にさえも渡せなかったです。
 
何年か経ってからやっと、坊さん仲間に渡したり、法話を聞きに行った際、そこで知り合った方に渡すことが出来るようになりました。それでも、渡すのにかなり勇気がいりました。
 
西蓮寺は、寺の前にバス停があります。バス停で待っている人が、自由に持っていけるようにしようと思って、西蓮寺山門横の掲示板に、寺報を自由に持っていけるように置くようになりました。
すると、思っていたよりもたくさんの方が持っていってくださるので驚きました(破かれたり、クシャクシャにされたりすることもありますが)。
・感想を言うために、寺まで訪ねて来てくださった方。
・坊守と同郷(長崎)で、話してみたら、実は実家が近所だった方。
・私が掲示板に置く前に、取りに来てくださる方。
・文章を読んで、私の心身の具合を察してくださる方。
・寺報を見て、遠くから聞法会に足を運んでくださる方。
・あるときの文章に励まされましたと、会うたびに声をかけてくださる方。
いろいろな人との出会いがあって、うれしいです。私の方こそ励まされます。寺報を始めてよかったなと思います。
 
長いようで、あっという間の10年でした。
人に仏教を教えるため、伝えるために書くのではありません。そんな思い上がったこと、できません。
ことばに出遇い、私はこのようにいただきました。ただその想いを書き続けてきただけです。
書く場、自分を表現できる場があることは、とてもありがたいことだと思います。
 
自己表現を出来ずに苦しんでいる人が増えているように感じます。
私も、寺報やブログによって自己表現をしていなかったら、どうなっていたか、なにをしでかしていたか分かりません。
方法はなんでもかまわないから、自分の想いを語る場に出遇ってほしい。
ブログのように誰かに見せなくても、手書きの日記でもいいのです。自分の想いを表に出すことで、自分でも「こんなこと考えていたんだ!!」という発見があるものです。書いているうちに、怒りや悩みが落ち着くこともあります。「たいしたことなかったな」って、思えるときもあります。

一歩立ち止まる。
文章を書くって、そういう時間を与えられているのかもしれません。
 
10年間、ありがとうございます。
まだ続くと思います。一歩一歩立ち止まるために。
よろしくお付き合いください。

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2008年6月26日 (木)

古くて新しい話

憲法9条に触れたので、もうひとつ9条絡みのお話を。
ちょっと古い話ですが、5月4日、「9条ピースウォーク」に参加してきました。場所は幕張。
ピースウォークとは、デモ行進のように声高に願いを叫びはしないけれど、願いを同じくするものが行進することを通して、願いの輪を広げていく運動です。そのピースウォークに賛同した者が、ひとり、ひとりと、列に加わっていけるのも特徴。ピースウォークが終わるときには長蛇の列になっていることも。
 
9条ピースウォークは、今年の2月24日に広島市を出発して、岡山ー兵庫ー大阪ー奈良ー京都ー滋賀ー岐阜ー愛知ー静岡ー神奈川ー東京、そして幕張へと続いてきたのでした。
ピースウォーク参加者の中には、広島からほとんど歩き続けた方もいれば、自分が参加できるときだけ飛び飛びで参加される方も。だから、「京都でお会いした方ですよね」というような、懐かしい友人と再会したような喜びの声も聞こえてきました。
ピースウォーク最終日の幕張に、チョコンと列に加わった私は、申し訳ないなぁという気になりました。
 
さて、ピースウォークも終わり、幕張メッセ近くの広場に集合しました。
参加者で大きな輪を作りました。そして、ある一人が自分の左隣の人に握手とお礼を始めます。ギュッと手を握り、相手の眼を見て、「ありがとう」って。それが終わると、また左の人と握手、そしてまた左の人と…。握手された人は、次は自分の左隣の人と握手します。ギュッと手を握り、相手の眼を見て、「ありがとう」って。
それが続いていくと、輪は、みんなが、みんなと握手をすることになります。
ずっと歩いてきた人であろうが、その日だけ参加した人であろうが関係なし。
日本人であろうが、外国の方であろうが関係なし。
男であろうが、女であろうが関係なし。
宗教が違っても、肌の色が違っても関係なし。
 
ギュッと手を握り、
 相手の眼を見て、
   「ありがとう」

手のぬくもり、
 眼の持つ力と優しさ
  ことばの響き
 
ひとつの願いが通じ合っている。それだけで人間は生きていけるんだなって、強く感じました。

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2008年6月25日 (水)

自分の好きにしたら、どうなることでしょう

24日、「憲法解釈の変更を」という見出しで報じられたニュースがありました。
  

憲法9条解釈の見直しを検討してきた「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は24日、現行の憲法解釈では禁じられている集団的自衛権の行使を容認するよう求めた報告書を福田康夫首相に提出した。

  
自分の意見に合わせるために、「憲法9条解釈の変更を」と言っているようにしか読ませんでした。
 自分はこのように思っている。
 自分はこのようにしたい。
 自分の意見が正しい。
だから、憲法の解釈の変更を・・・
それが成り立ってしまえば、憲法も、法律も、約束ごとも、暗黙の決まりごとも、ぜんぶ自分の都合のいいように変えられてしまう。
ということは、憲法も、法律も、約束ごとも、暗黙の決まりごとも、ぜんぶ無いのといっしょではないだろうか。
 
自分の意見・思想・考え方を基点として、みんながまもるべき約束ごとの解釈を変えようとする姿勢に驚きました。
しかし、法律やルールは、世や時代によって変わるもの。数年前には無かったルールが生まれてくることもある。不可だったことが可になったり、可だったことが不可になることもある。つまり、流動的なもの。
恐ろしいなと思ったのは、国家権力を持っている方々が、憲法までも、自分たちの都合のいいように解釈できると思っていることです。
  
 clover
     
6月16日~18日、研修会(第45回全国青年研修会 IN TOKYO いのちの渦-憲法9条はだれのもの?)に参加させていただきました。
 
憲法、特に日本国憲法9条を学ぶことを通して、人を人として見ることができない現実に触れ、人間の深く悲しい姿に光が当たるような研修会を開催していきたい。
-研修会の呼びかけ文より-
 
16日は、伊藤真先生(資格試験予備校伊藤塾 塾長・弁護士)のお話を聞かせていただきました。 
憲法と法律の違いについてお話くださったところが印象に残っています。 
     
法律は、国民の自由を制限して、社会の秩序を維持するためのもの
 →国民に対する歯止め
憲法は、国家権力を制限して、国民の人権を保障するためのもの
 →国家に対する歯止め 
    
伊藤先生曰く、「憲法は法律の親玉みたいなものだと思っている人がたくさんいますが、そうではありません」
私もそのように勘違いしていた一人でした。
「憲法は、国家権力を制限して、国民の人権を保障するためのもの」
憲法第99条に「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」とあります。「国民」の記述がないのは、憲法は、権力の暴走を予期し、それを防ぐためのものだから。
    
 clover
   
常々不思議に思っていることがあります。 
憲法9条をどのように読めば武力を持てるのだろう、海外に派兵できるのだろう、人を殺せるのだろう、自分の大切な人を戦地に行かせられるのだろう、人と人が殺しあえるのだろう・・・
そして、もっと不思議に思っています。
どうして戦争をしたがっているのだろうって。
  
 
憲法にしても、人の話にしても、読んでいる本や見た映画のことだって、
誰もが、自分の都合のいいように見、聞き、受け止めてしまうもの。
人それぞれの、受け止め方があるもの。
 
でも、
憲法にしても、人の話にしても、読んでいる本や見た映画のことだって、
自分の理想に合わせて見、聞き、受け止めてしまうのは、
私が対しているあなたを無視するようなもの。
無視の結果は、自己否定。
   
   
権力の暴走・国民の無視が、目に見える時代。
今、自分にできることを考えています。

book
 
日本国憲法
第2章 戦争の放棄
第9条 
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

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2008年5月22日 (木)

人憂

「人を憂う」と書いて「優(やさしい)」という字になるけれど、
「人を憂う」って意味じゃないよなぁ…と、考えているときがありました。
  
あるとき、法話を聞いているときに先生が、
「人の憂いが分かることを優しさというのではないでしょうか」
と言われました。
なるほど!!と思いました。
  
「優しさとは、人の憂いが分かること」
人の憂いを、“分かる”とまで言ったら傲慢だけど、
人の憂いに敏感でありたい。
 
でも、いつのまにか「人」が「自分」のことだったりする。
自分の憂いだけしか見えない。
憂鬱ですね。

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2008年5月19日 (月)

心亡

忙しさで
 
こころを
 
亡くしてました
 
 
忙しい 忙しい
 
けれど、
 
なにもしていない私

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2008年4月23日 (水)

誰もがみな

人が人を裁くこと
そのことに無理があることだと思っています。
  
人が犯す罪に軽重はあるのだろうか?
そんなことを問えば、「あるに決まっている」と返されるだろう。
チューリップを折ることと、人を殺すことの罪の重さが同じはずはないって。
ものを盗むことと、いのちを奪うことの罪の重さが同じなわけないだろうって。
 
罪を犯さない人なんているのだろうか?
「私は罪をおかしたことはありません」と言われたことがある。
法的に罪を犯してなくても、
人を見下したり、疎ましく思ったり、匿名で誹謗中傷したり・・・
そういうこともしなかったのかな。
それだって立派な罪。
人と出会っていれば、誰もが抱く罪。
 
誰もが罪を作っている。罪を持っている。罪を背負っている。
それ故に、誰もが苦しむ。
他人(ひと)の持つ罪に苦しめられるだけでなく、
私の持つ罪にもこころつぶされる。
 
誰もがみな
 
  
光市母子殺害事件の裁判の判決が出ました。
自分をまったく別のところに置いて、想いを述べるのは簡単です。
でも、「わたし」も当事者なのです。
そういう感覚を見失ってはいけない。

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2008年4月17日 (木)

誰でも

「誰でもよかった」
 
人を殺めて、その理由は「誰でもよかった」。
 
「誰でもよかった」
 
そうなのかな?
 
誰でもよかったのなら、親兄弟でもよかったのかな。
 
ホームに立っている人に手をかける瞬間、その人が自分の知っている人だったら、果たして実行できたのだろうか。

もしできないのなら、誰でもよくはなかったわけで…
 
「誰でもよかった」ということばについて考えていたら、そんなことを思いました。

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2008年4月16日 (水)

明日とも知らぬいのちの中で、おしえのことばに出会えたこと

Dscf1668
  朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて
   夕(ゆう)べには白骨(はっこつ)となれる身なり
          蓮如上人 「白骨の御文(おふみ)」

  
今月のことばです。
西蓮寺山門の前に掲示してあります。
  
お寺の前を通りかかり、立ち止まって掲示板を見ていたおふたりのご婦人がひとこと。
 
 「縁起でもないわね」
 「ねぇ~」
   
私の姿なんだけどなぁ。


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2008年4月 9日 (水)

ひとりでなんでもはできないけれど

花まつりでは、地元の石材店さんにお手伝いしていただいています。
西蓮寺のベンチとテントを、会場の称往院さんに運んでもらいました。
その際、石屋さんがテントウェイト(テントが飛ばないように支える重し)を持ったとき、「重て~!!」と言ったそうです。(現場に私はいませんでした。住職から聞いた話です)
住職が、「普段運んでる石(墓石)の方が重たいでしょう」と言うと、
「いや、石はなんともないんですよ。でも、このウェイトは重たいなぁ」との返事が。
 
テントウェイト一個の重さは10㎏。普段運んでいらっしゃる石は、もっともっと重いはずです。自分も、たまに敷石を動かしたりするのですが、ひとりで持てるものではありません。でも、テントウェイトはふたつ持って歩いたりします。
墓石を運ぶ石屋さんが、石は大丈夫でも、ウェイトは重たいという。面白いなぁって思いました。
でも、プロだなぁって思いました。石を、どこを支点にして、どのように持てば持ち運べるのか、見極めているのだと思います。それだけに、普段手にしない、小さくて重量の詰まったウェイトを持ち上げたら、とてつもなく重たく感じたのでしょうね。
 
重たいものでも軽く持ち上げられる。
軽いものでも重たく感じる。
石だけの話ではなく、日常の出来事や、悩みごと、仕事の内容にも通じるものだなと感じました。
 
つらいことでも、何とか乗り越えられる。
ちょっとしたことでもつまづいてしまう。
得手な人が、不得手な人の分をカバーしてあげればいい。
でも、不得手な人だからって、なにもかも不得手なわけではない。
得手な人だって、不得手なこともある。
自分が出来ることを、出来ない人の代わりにやってあげればいい。
でも、自分が出来ないことを、やってもらえることもある。
ひとりで何でもはできないけれど、
人が集まれば、だいたいのことは補い合える。
 
テントウェイトから、そんなことを学びました。 

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2008年4月 8日 (火)

雨の中の花まつり

4月8日、今日はお釈迦さまのお誕生日です(ついでに、西蓮寺坊守の誕生日でもあります)。
 
今日は、烏山寺町の花まつりでもありました。
が、生憎の暴風雨でした。お稚児さんのパレードも出来ず、親御さんにとっては残念なお天気でした。
 
晴れて欲しい日に雨が降ると、「○○の行いが悪いからだ」なんて言いますが、誰もが分かっている通り、行いと天気はなんの関連もありません。もし関連があったら、世界中常に暴風雨でしょうね。
 
考えても見れば、「行いが悪いこと」と「雨」を結びつけるということは、雨が悪いことの象徴という見方をしているということですよね。
体や持ち物も濡れるし、傘を持たねばならない分邪魔だし、湿気があって鬱陶しいし、雨を悪いことと関連付ける精神作用は分かりますが、
雨だって大切だし、なかなかいいものですよ。
 
大切な日に雨に降られて恨むのなら、「雨よ降るな」と願った自分の想いを恨んでみてはいかがでしょうか。
雨が降ったら「○○のせい」と、人のせいにし、
晴れたら「自分の日ごろの行いがいいからだ」なんて言うのだから。
  
お稚児さんのパレードは出来ませんでしたが、花まつりは開催されました。
お稚児さんの格好をして記念写真も撮れてよかったですね。花まつりに、たくさんの子どもたちも参加してくださったそうです(花まつりについて書いておきながら、今日私は寺で電話番でした。この天気のため、たくさんお問い合わせがありました。つまり、花まつりを見ていないのです。知ったふうに書いてすみません)。
思い出の1ページになったら幸いです。
雨の中参加してくださった方々、お手伝いくださった方々、ありがとうございます。

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2008年4月 6日 (日)

輪になる時間

4月6日、ご近所の存明寺さまの「青年のつどい」に参加させていただきました。
当日は3部構成で、
 仏教儀式の時間
 お話を聞く時間
 車座になる時間
の時間を過ごさせていただきました。
お話を聞く時間には、おふたりのご門徒と、酒井義一ご住職のお話がありました。
 
ご住職のお話は、「善意の持つ闇」についてでした。
人は、他人(ひと)のことを思って、その人にとって良かれと思って行動を起こす。しかし、その善意が、人を苦しめることもある、と。
悪意を持ってことを成した場合、後ろめたさを感じることもあるし、振り返って反省することも出来ます。
しかし、善意が犯している罪には、気付けないものなのです。自分はいいことをしているつもりなのですから。
そこには、他人のことを思っていながら、他人が見えていないという闇があります。人間不在です。
同朋とは、
 朋にあやまちを犯す者。
 朋に、離れない闇を持つ者。
そういう人間存在であるということを、徹底して教え続けられたのが親鸞聖人です。
  
同朋とは、朋に法に聞く者。仏法聴聞のお仲間としか思っていなかった私にとって、朋にあやまちを犯す存在として「同朋」を見出しておられたお言葉にビックリしました。
それは、人間を卑下した表明ではなく、そこにこそ同じ地平に立つ者としての朋なる感覚があるのだと強く感じました。ありがとうございます。
 
 ☆ ☆ ☆
 
会後は、バーベキューパーティー。
ちゃっかり参加させていただいて、申し訳ありませんでした。桜を見ながら、みんなでワイワイしゃべりながら食べるお食事、美味しかったです。
 
当日は、小学生の時の同級生に会えました。
住職の弟さんの奥さんの妹さんの結婚相手が(長い説明ですね)、私の同級生なんです。お話は伺っていたのですが、そのときに偶然同級生に会えました。
 
うちの奥さんのお友達も来ていて、当日は留守番だった奥さん(なんて呼べばいいんだろう)を寺まで呼びに行ってしまいました。久しぶりの再開、喜んでくれたかなぁ。
 
その日のことではないのですが、存明寺さんの今年の修正会にお邪魔したときも(お邪魔しっぱなしで申し訳ありません)、中学生のときの同窓生に会うことができました。
「もしかして、白山君?」と、声をかけられ、「はい」と、驚きのあまり素っ気無い返事をしてしまいました。そのときは失礼しました。でも、声をかけていただいて嬉しかったですよ。他の門徒さんもいて、ちょっと照れくさかったけど。
 
人と人って、つながっているんだなぁ。
そういうことを痛感させていただいた「青年のつどい」でした。
いつも温かく迎えてくださる存明寺のご家族の皆さまと、ご門徒の皆さま、ありがとうございます。

 


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2008年4月 5日 (土)

本当に、本当に、本当におめでとう

4月5日、お仲間のお寺の副住職の婚礼がありました。
ご縁がありまして、仏前結婚式の住職が司婚、私が司会を勤めさせていただきました。おふたり、両家のご両親、ご親戚の皆さま、ご門徒の皆さま、おめでとうございます。
仏前結婚式には、「仏前結婚式」というものを見てみたいということで、おふたりのお友達も多数見学に来てくださいました。「仏前結婚式」というものがあるんだということを知ってもらえて、嬉しかったです。興味を持っていただけたでしょうか。
 
結婚式での出来事を書くわけではないのですが、気になったことを、いや、ずっと前から気にしていたことを。
「本当におめでとう」の“本当に”って、何でしょう?
「おめでとう」だけで充分だと思うのですが、“本当に”を付けるのはなぜなのか。気になっていました。 
「あめでとう」に限らず、「ごめんなさい」「ありがとう」「さようなら」など、“本当に”を付けることが多くなっているような気がします。
 
メールの影響かな?って思っています。
電話をかけるまでもない、手紙をかくまでもないときに、メールを使います。メールって本当に便利です(あっ、こういう場合も“本当に”を付けてしまいますね)。
直接会ったり、電話で話していれば、生の気持ちが伝わるような気がします。だから、「おめでとう」でも充分なのです。でも、メールは、どうしても文章が機械的になり、こころからの気持ちが伝わらないような気がしてしまうのではないでしょうか。だから、顔文字が発展し、絵文字が生み出されてきたのではないでしょうか。少しでも、今の気持ちを表わすように、そういう手段のひとつとして、「本当に」を付けて表現するようになったのかなと、感じています。
いや、“本当に”を付けることを否定しているのではなくて、表現として面白いなと思っただけなのです。
 
メールの影響といえば、句読点を付けなくなったのこそ、メールの影響ですよね。
若い子が書いた文章や報告書を見ていて、句読点がついていないことに気付きました。特定の子に限らず、けっこう多くの子に。
「なんでなん?」って、句読点を付けて文章を書いている子に聞きました。
「あぁ、メールの影響だと思いますよ。メールの初期の頃は字数制限があったじゃないですか。だから、句読点を省いて文章を書く癖がついたんだと思いますよ」
あぁ、なるほど!!と、納得してしまいましたが、納得していいのでしょうか? 
 
余談ですが、結婚式のご案内が来たとき、一筆添えますよね。
その際、句読点を付けずに、
 おめでとうございます
 ご案内ありがとうございます
 喜んで出席させれいただきます
 式当日が楽しみです
などと書くのがマナーだそうです。結婚式の案内だけに、「区切りを付けた」返事をしないということなのでしょうね。句読点を付けない文章を書き慣れた人には、いいですね。

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2008年4月 3日 (木)

薬師寺展

4月3日
東京国立博物館で開催されている「国宝 薬師寺展」を見に行きました。
 
展示場内を順路に沿って歩くと、高い通路になっていて、角を曲がると、メインの日光月光菩薩さまが視界に飛び込んできます。通路が高めに作ってあるので、3メートル以上ある日光月光菩薩の胸元あたりから眺めることができます。今までに経験したことのない通路の設営と、今までに記憶のない高さから眺める仏像にワクワクして、歩みを止めて、5分ずつくらいだったでしょうか、月光菩薩、日光菩薩を眺めていました。
優しいのに、力強い菩薩さまの姿に、出るのはため息ばかりです。思わず手を合わせてしまいました。
 
やっと歩き出し、順路どおりあるくと、今度は日光月光菩薩の足元に出ます。それまで離れて高いところから眺めていましたが、今度は菩薩の足元直近から見上げることになります。同じものを見ているのに、まったく違う感覚。そこでもまた時間をかけて菩薩さまを眺めていました。
 
3月30日放送の「情熱大陸」で、展示デザイナーの木下史青さんを取り上げていました。
「展示デザイナー」…展示品がよりよく見えるように、配置や照明を総合的にデザインする方です。東京国立美術館が初めて作った役職だそうです。
作品を展示するために、どの角度から見ても、誰が見ても、その作品の持つ魅力を引き立たせるように照明をあてる。幾種類もの照明機材があり、数限りない配置方法があり、これでいいという答えはありません。その中でも、現時点で考え得る最高の照明をあてる。その苦心・苦悩の様子が取材されていました。
風呂上りにテレビをつけたら放送していたので、偶然見ました。そういう仕事があったんだという驚きとともに、そこまで考えて照明をあてているんだということに対する驚きと敬意がありました。今まで何度か国立博物館に行っているのに、そういうことの思いが及ばず、恥ずかしく思いました。
日々の生活の中、目に見えないところ、私の気付かないところに、人々の苦労と努力が満ちているのですね。ありがとうございます。
「情熱大陸」の放送を見ていたおかげで、いつもと違う気持ちで展示を見ることが出来ました。

日光月光菩薩も素晴らしかったですが、高い通路に昇る手前の「聖観菩薩立像」にも引き込まれました。190センチほどの高さで、全体が視野に納まるので、全体的なバランスの美しさを感じました。
展示品の数も、そんなに多くなく、時間をかけてゆっくりと見ることができます。

残念だったのは、携帯のカメラで日光月光菩薩立像を撮ろうとしている人がいたこと。もちろん、場内は撮影禁止です。カメラを構えた人を見つけては、監視の方の注意を受けていました。撮ってしまった人は、データの消去を求められていました。当然です。
思わず写真に収めておきたくなる気持ちはわかりますが、いけないことはいけません。
撮った人も、周りにいる人も、注意した監視の人だって、いい気持ちはしません。せっかく素敵な菩薩様にお会いしているのに、嫌な気分にはなりたくないでしょ。これから行く方、どうぞ写真撮影はご遠慮ください。

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2008年4月 2日 (水)

走馬灯のように

用事があって吉祥寺に行きました。用事も済み、吉祥寺LONLONに夕飯の買い物に行きました。
食品街をフラフラ歩いていると、一角に設けられたベンチに、お母さんと3歳くらいの男の子が座っていました。
ふたりはタコ焼きをハフハフしながら食べていました。微笑ましい光景でした。
時間にすると一瞬なのですが、自分にとってはかなり長い時間ふたりを見ていました。

東京では、ご門徒さんのお宅にお邪魔してご法事を勤めるのではなく、お寺でご法事が勤まります。必然的に土・日曜日にご法事が勤まります。ということは、学校が休みの日曜日でも、外に遊びに連れて行ってもらうということがありません。それでも、ご法事・片付けが終わって、ほんの短い時間でも、たとえ疲れていても、母親は私と妹を吉祥寺に連れてきてくれました。
それから今に至るまでのいろいろなことが思い起こされました。泣いてはいないけど、泣けてきました。
楽しかった、きつかった、ありがたかった、つらかった、嬉しかった、悲しかった、頑張ってきてよかった、苦しかった、生きていていいんだ・・・・・・・・・・・・・・・
 
いろいろなことが、一瞬の間に、わたしのからだを埋め尽くしました。
 
涙は出ないけど、涙が溢れ出しました。
 
4月2日、37歳の誕生日でした。

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2008年3月31日 (月)

こころ温まる文章に出会いました

こころ温まる文章に出会いました。
気持ちの機微が表われていて、読み手が文中に引き込まれる文章でした。
 
実は、その文章を書いた方と、同じものを見て、私も文章を書いていました。
その方の文章を読んだ瞬間、こころ温まると同時に、愕然ともしました。自分の文章の冷たさに。
その方の文章が、春の暖かな風景を描いた油絵で、見ているものをその風景に取り込んでしまうような文章だとしたら、
私の文章は、冷たくて、硬くて、ギザギザで、見るものを傷つけるようなモノクロの絵です。血の通わない文章でした。寺報やブログで文章を書き続けてきたことが、自ら恥じをさらしていたようなものです(と、いいつつ書いているけれど)。
そのことに気付かせるご縁だったのですね。気付けてよかった。
だからといって文章が急に変わるわけではないけれど、こころに留めて生きたいと思います。
 
今までお読みくださった方、ありがとうございます。
嫌な想いをしたこともあったことでしょう。申し訳ありません。
(文章表現はまだ続けていきます。これからも遊びに来ていただけたら嬉しいです)

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2008年3月16日 (日)

人との会話の中でこそ、感じることがあります

今月のことばが浮かんだのは、毎月参加させてもらっている、お仲間のお寺の仏教青年会での会話がきっかけです。
 
「最近、友達が『楽したいなぁ』って言うんですよ」
「楽はさぁ、苦しいんだよ」
「そうですね‼」
「でも、つらいのに楽しいときってあるよね」
「つらいからこそ楽しさを感じるんだと思います」
「そうだねぇ」
 
だいぶ かいつまんでますが、このような会話がありました。
「楽は苦しい」
この表現に、頭を叩かれたような気がしました。“楽”までは求めなくても、ホッとしたいなとか、仕事を全部終わらせたいなって思うことはあります。でも、ホッとした状態のままだったり、仕事が全部片付いて、なにもすることがないままだったりしたら、不安になることでしょう。
楽は苦しい…矛盾するようだけど、そうではない。
そういう思いを表現しようと思って、3月の「ことば」を造って、「文章」を書きました。
 
「ことば」を考えるのは悩みました。
楽と苦を対比させようとして、
  楽は苦しい
  苦は楽しい
なんてところから考え始めたけど、それは表現したいことと違うなぁ…とか考えて、たどり着いたのが
  楽を求めて苦しみに陥る
  苦しみを生きる中で 楽しみに出遇う

です。もう少し練り上げたかったのですが、タイムオーバーでした。

「あう」という字を「遇う」と書きました。
「遇う」には、なかなかあえないこと、あいがたいこと、といった意味が込められています。
「苦しみを生きる中で 楽しみに出遇う」と言われても、やっぱり「苦」はつらいです。逃げたいです。でも、逃げていては、「楽しい」って感じることはできないです。苦しみから逃げないなかで、楽しみが見えてくると思うのです。
「楽しみ」と表現してしまうと、「楽(らく)」と同義に捉えられてしまう恐れもあるので悩んだのですが、「私を守っているはたらき」「いまのままでいいんだ、という安心感」もっと言ってしまえば「阿弥陀さま」…そういう想いを込めました。
そのような「楽しみ」とは、なかなか出遇えないのかもしれませんが、でも、誰もが出遇えると、私は信じています。生きている中で。

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2008年3月15日 (土)

やることがいっぱいあるって、ありがたいことなんだなぁ

ある介護施設のお話
お世話になっている先生が、先生が勤めている学校の近所に出来た老人介護施設の開所式に呼ばれました。
施設長は、施設の設備を案内してくださいました。施設に入所するお年寄りは、なにも手を煩わせることがないように、設備もスタッフも行き届いています。至れり尽くせりの内容に、先生はビックリで、「あと何年かしたら、私もここにお世話になりたいな」と思ったそうです。
 
時は流れて、その介護施設の現状が先生の耳に入ったそうです。
施設に入所したお年寄りが、次々と出て行ってしまうそうです。
至れり尽くせり、身の回りのことは、全部スタッフがやってくれる。
それなのに、お年よりは出て行ってしまう。
さて、なぜでしょう。
 
自分がすることがなにもない。
自分のいる意味が見えなくなってしまう。
自分はいらないんじゃないかと思ってしまう。
あまりにすべてのことをやってくれるので、お年寄りは自分の存在意義を見失ってしまうのです。
それで、どうにも住み心地がよくなくて、施設を出て行かれてしまうのです。
いや、住み心地はいいのかもしれません。住み心地はいいけれど、自分がいる場所ではない。そんな感じなのではないでしょうか。
 
というお話を、先生から聞いたのですが、一緒に聞いていた友人が「今月のことばみたいだね」と言いました。
 
 楽(らく)を求めて苦しみに陥る
  苦しみを生きる中で 楽しみに出遇う

    ~2008年3月 西蓮寺 掲示板のことば~
 
「楽したい」というセリフを、耳にすることが続いたのです。
そんなに楽したいかなぁ。もし望みどおりの楽を手に入れたとして、満足しないだろうな。
日々の生活の、自分の障害になっている(と思っている)ものがすべて無くなったとして、果たしてそれが楽なのだろうか。いったい楽ってなんなのだろうか。
 
自分の手を煩わせることを、なにもしなくていい状況になったとき、私は、私の存在意義を見失ってしまう。
楽になるとは、自分で自分の居場所をなくそうとしているようなものなのかもしれません。
「自分探し」というけれど、自分を見失っているという意味では、既に、私は楽な状態なのかもしれませんね。
楽していると、楽していることが分からなくなってしまうものなのです。
「楽になりたい」とか「自分探し」を口にする人は、既に楽しているのではないでしょうか。
 
「苦しみを生きる中で」は、極端な表現をしましたが、
「日々の生活の中だからこそ」と言い換えてもいいと思います。

日々の生活を離れたところに楽があるのではない。また、それを求めるのもむなしいこと。
つらく、悲しく、苦しいことがある生活の中でこそ、こころの底から感じられる楽しみがある。
そんなことを考えながら、今月の文章を書きました。
 
介護施設も、スタッフがなにもかもやってあげるのではなく、当番や役割を決めてあげたらいいのかもしれませんね。生き甲斐や責任が芽生えるのかもしれません。それはそれで、また大変なわけですが。

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2008年2月22日 (金)

よ~く考えよ~♪

漢字は、字を見ただけで、なにをイメージして作られたのかが分かります。
漢字の成り立ちを知ると、その奥深さ、意味の深さに感心させられます。
 
ところが、最近聞いた話なのですが、
漢字はもっともっと数が少なかったのだそうです。

漢字の発祥は中国
「中国で戦争が起こると、漢字が増える」という言い伝えがあるそうです。
戦争は人と人とが争います。
争いが起こると、人のことを考える思考が止まります。相手を思いやる、物事の根源を考える作業をしなくなります。
戦争が終わると、勝った国と敗けた国が存在します。勝った国は敗けた国の文化を取り込み、敗けた国は勝った国の文化を受け入れなければなりません。

漢字には、成り立ちがあります。
漢字は、数がもっと少なく、形ももっと簡素でした。
しかし、戦争が終わるたびに新しい漢字文化が入ってきて、戦争を重ねるにしたがって想像する力が衰えていく。
隣国の漢字文化が、分からないのです。
そこで、もう少し意味が分かるように漢字に手を加える。そうしているうちに、漢字の数や画数が増え、複雑化していったそうです。
 
漢字そのものは、人間の想像力の豊かさが表現されています。
でも、漢字の歴史には、人間の想像力の欠如が刻まれています。

こと細かな説明は、分かりやすいし、助かります。だけど、誰かがこと細かに説明してくれると、私は考えるということをしなくなります。マニュアルや説明書・解説書が分厚いのも、想像力の欠如の表われかもしれませんね。

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2008年2月19日 (火)

朝の風景

朝食でパンにぬったジャム
グレープフルーツジャムの味
甘くてすっぱい味がした
甘くてすっぱい 甘くてすっぱい
 
掃除するため外に出た
日は暖かくて、風は冷たい
暖かくて冷たい気候
暖かくて冷たい 暖かくて冷たい
 
「ダメ!! 危ないでしょ!!」
道路に飛び出そうとした子どもに母の声
厳しい響きの中に優しさがある
厳しくて優しい 厳しくて優しい
  
「お前なぁ、~だぞ!!」
「なんだよ、お前こそ~じゃないか!!」
いつも喧嘩してるような会話をしながら登校する小学生
だけど いつもいっしょ
仲が悪いけど仲がいい 仲が悪いけど仲がいい

チリン チリン チリン チリン‹‹☆ 
杖をついて歩いているお年寄りに向かって
自転車のベルを鳴らして走る高校生
体は健康でも、こころは不健康
健康だけど不健康 健康だけど不健康
 
「おはようございます」
 「今日は暖かですね」
  「では失礼します」
いつも声を掛けてくれるサラリーマン
急いでいるのに、立ち止まって挨拶してくれる
気がせく中でも落ち着いている
気がせく中でも落ち着いている
 
あい反するふたつのこと
だけどひとつ
たとえ あい反するものでも
一緒になれる ひとつになれる
人生もきっと、
苦しいけど楽しい 苦しいけど楽しい 

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2008年2月10日 (日)

せめてお名前を…

昨晩、お通夜に出かけました。天気予報で雪が降ると言っていたのですが、結局寺に戻るまで雪は降りませんでした。
「これならもう降らないな。天気予報はずれだ♪」なんて思っていたのがいけなかったのか、夜9時に窓の外を見ると、一面真っ白でした。
「明日のお葬儀、行けるかなぁ。早めに出ないといけないなぁ。明日の朝は雪かきだ♪」

で、今日の朝。いつもより早めに起きて、先ずは境内の雪かきから。主な参道の雪かきをして、「これから表の歩道の雪かきだ♪」
と、山門の外に出てビックリ。明らかに雪かきがしてあります。
「えっ!! あれっ!? 誰が?」
 
 
 
さて、どなたが雪かきをしてくださったのでしょうか。
いろんなことが???でしたが、ありがとうございます。
おかげさまで、今日ご法事があったお家のお墓までの雪かきに取り掛かることができました。
お葬儀にも、スッキリした気持ちで向かうことができました。
 
日中は晴れ渡り、積もった雪もほとんど融けました。
凍結にはお気をつけください。
 
早朝から寺の前の雪かきをしてくださった方、ありがとうございます。
せめてお名前を…
野暮ですね。

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2008年2月 8日 (金)

正論は人を傷つける

ある女性歌手の、ラジオ番組での不適切発言が波紋を呼んでいます。
発言内容については、まったく化学的根拠のないことで、無責任な発言だと責められても、そのこと自体は仕方ない。
でも、バッシングのあり方にも疑問があります。
テレビ・ラジオ・新聞・雑誌、諸々のメディアで、いろいろな方が発言をしています。さて、そのすべてが適切な発言なのだろうか。誰も不快な思いをしない発言なのだろうか。科学的根拠に基づいた発言なのだろうか。
すべてのメディアがそんな発言の集まりだったら、なんの特色もなくなるんだろうな。複数のメディアが存在する意味はなくなるだろうな。
 
感じたことは、
もし彼女が業界の大御所的存在だったら、ここまで叩かれたのだろうか。
もし彼女がもっと年を重ねていたら、ここまでバッシングを受けただろうか。
もし彼女がそんなに売れていない存在だったら、発言がここまで批判されただろうか。
 
ある程度売れていて、人気者で、人もうらやむ才能(例えば歌唱力とか)を持っていて、それでいてまだ若い。
そういう人がバッシングのターゲットになってしまうのではないだろうか。やっかみみたいなものです。
 
人の批判をする場合に、とても理不尽で、とても卑怯で、とてもこころない批判をしていないだろうか。この一件だけのことを言っているのではなく、私たちの日常において。
 
有名人ゆえの発言に対する責任はあるけれど、バカな発言は私たちも日常しているもの。「ここだけの話」とか、「人には聞かせられないけど」とか言いながら。「ここだけの話」「人には聞かせられないけど」って、わざわざ断らなくてはいけない発言って、本当はするべきでないと思う。
 
自分は姿を見せず、言いたいことは主張する。
たとえそういう人はわずかでも、まるで大勢の意見のように、当然の意見のように、周りも勘違いしてしまう。そちらに流されてしまう。
 
有名になったからって、なにを言っても許されるわけではない。彼女に、そこらへんの勘違いはなかったか。
正義を気取って誰かを叩いても、果たしてそれが正義・正論・許されることなのか。たとえ100%主張が正しかったとしても、その主張が人を傷つけるということを忘れてはいけない。バッシングをする側に、自分は正しいことをしているという勘違いはなかったか。
 
勘違いが、苦しみを生み出している。
私も勘違いをしていないだろうか。

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2008年2月 5日 (火)

ゆっくりあるかないと滑りますよ

今日は暖かな一日でしたね。おかげで、雪もかなり融けました。
 
おととい、雪が降りました。
昨日の朝、地面が凍っていました。特に寺の山門前がツルッツルに凍っていたので、注意書きを書きました。
「日陰滑ります。ご注意ください」って。
 
今朝、毎朝顔を合わせてる方に会いました。
「おはようございます」
「おはよう。昨日さ、滑るから気をつけてって、看板書いてあったでしょ」
「はい、書きました」
「オレはさぁ、感動しちゃったよ」
「えっ、どうしてですか」
「人のこと考えてさ、注意書きなんてなかなか書けないよ」
「そうですかねぇ」
「そうだよ!! だから、気を遣ってもらってるって思えて嬉しかったねぇ。ありがとう」
「いや、そんな。そう言っていただいて、こちらこそありがとうございます」
という会話がありました。
思ったことは、毎朝境内の掃除をするのに、自分の中で決まった工程があるわけです。でも、注意書きを書くということは、決まった工程とは違うことをするわけです。場合によっては、どんなに簡単な作業であっても、なかなか難しいことなのです(私だけかなぁ。同意してもらえるかなぁ)。
でも、昨日は自分なりの工程を無視して注意書きを書きました。注意書きを書くなんて、たいした作業ではありません。でも、なによりも優先してやるべきことだなと思ったのです。
で、今朝、「ありがとう」と言ってくれる人がいて、書いてよかったなって思いました。
 
前にも、「テク テク テク」の記事で書いたけど、急いでも、ユックリしても、結果そんなに変わらないんですよね。それどころか、落ち着きをもって作業に当たった方が、よりいい結果が出るものです。
注意書きを書くことを面倒臭いと思うようならば、毎朝やっている作業をも手を抜いていることになるんじゃないかなと思いました。
 
ずっと前にブログに書いた記憶があるのですが、
字を書くときに、忙しいときでも、急いでいるときでも、ゆっくり丁寧に書くことを勧められましたと書いたことがあります。それから気をつけて実践しています。なるほど、ゆっくり書くと、やらなければいけないことのすべてにゆとりが持てるような気がしています。急いで、汚い字で書いていると、やらなければいけない、ひとつひとつのことに対しても、いい加減に対応しているような気がします。
急いでいるとき、時間がないときこそ、字を丁寧に書いてみましょう。きっと、こころも落ち着くと思います。

って、今朝の会話から思ったのです。
「ありがとう」って言ってくださって、ありがとうございます。

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2008年2月 3日 (日)

しんみりと

今朝、カーテンを開けたら一面真っ白でした。
思っていたよりも早い降り出し、というか、もう積もってました。
 
Dscf1250
 
朝から雪かき、ご法事をお勤めして、日が暮れるまで雪かき。
朝早くから雪かきのお手伝いをしてくださったご門徒の生田さん、ありがとうございます。
おかげさまでご法事までに主な参道の雪かきが済みました。
雪かきで汗びっしょりになりました。
  
Dscf1251 
 
ご法事でお集まりの皆様、ご苦労様でした。無事帰れましたでしょうか。
雪はやんだようですが、恐いのはこれから。足元が滑りますから、みなさまお気をつけください。
 
     ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
 
シンシンと降る雪を見ていると、淋しい気持ちになってきます。
1月末、あるご住職が亡くなられました。
 
 優しい人でした。
 子ども好きな人でした。
 お酒の強い人でした。
 いつも笑顔で迎えてくれました。
 何回も一緒に旅行に行きました。
 自分に仕事を任せてくれました。
 自分のやりたいようにさせてくれました。
 壁になってくれました。
 背中を押してくれました。
 若手僧侶のこれからを案じていました。
 弱音を吐かない人でした。
 頼まれたことに嫌と言わない人でした。
 
1月31日・2月1日と、通夜葬儀が勤まりました。
正直、亡くなられたことが、まだ信じられません。いや、信じたくないのかもしれません。
日が経つにつれ、哀しみが広がってきます。
どうして人は涙を流すんだろう。
涙の意味を噛み締めています。
早川さん、ありがとうございます。

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2008年1月15日 (火)

なぜグズるの?

グズッたり、スネたり、怒ったり…
考えてもみれば、目の前に相手がいるからのこと。
相手がいなければ、グズったり、スネたり、怒ったりもしないか。
赤ちゃんを見ていて、そう思った。
つまり、頼りにしているということ。
頼りにされているということ。
 
「相手がいるから」
泣いたり、笑ったり、哀しんだり…
一人のときに出来ることだけど、想いの中には相手がいる。
誰の顔も思い浮かべないのに、泣いたり、笑ったり、哀しんだりしないか。
一人で居ても、誰かと一緒なんだな。

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2008年1月14日 (月)

成人の日

今年で37歳。
もうすぐ40歳に手が届くんだなぁ。
二度目の成人だ(この発想、おかしいですか?)
 
一度目のときは、
20歳になる感慨があった。
20歳になるんだから、もっとシッカリしなきゃとか、それなりの生き方をしなきゃと、漠然とした責任感を感じていた。
そして、そんな漠然とした想いに押しつぶされそうにもなった(漠然としていたからか?)。
 
二度目の成人
40歳になるとき、どう思うんだろう。
40歳になるとき、どんな気持ちの変化があるんだろう。
たぶん、なにも思わずにただ年を重ねるんだろうな。「年とったなぁ」とか言いながら。
 
もうすぐ二度目の成人だよと、坊守(母)に言ったら、
「あら、私は去年で三度目よ♪」
と言って笑ってた。
人生の先輩を感じました。
 
 ☆ ☆ ☆

成人(元服)とは、ここまで大きくなったら、あとは自分の生命力で成長していくという区切り。
生まれることが出来ても、病気や貧困で、幼くしていのちを亡くす人が多かった時代、我が子が成人(元服)を迎えるということは、こころの底からの喜びに満ちていたに違いない。
「よく、ここまで大きくなった」って。
本人も、
「ここまで育てていただいてありがとうございます」 
という想いが強かっただろうな。
   
何度目の成人でも、そこまで育った、育てていただいた恩に違いはない。
しかも、親子揃って迎えられるなんて、稀な出来事の上に、さらに稀な出来事。
成人を迎える。
ひとりだけの出来事ではないんだな。
 
子の誕生とは、親の誕生でもある。
子の成人とは、親の成人でもある。
 
自分ひとり、シッカリしたり、それなりの生き方をしなければと気負うのではなく、
ひとりだけで人生を歩んでいるのではないんだ
そのことを見つめる 
 
成人…人に成る

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2007年12月31日 (月)

大晦日

みなさま こんばんは
大晦日です。テレビでは紅白を放送しています。今年もそろそろおわりですね。
 
12月に入り、ブログを更新していませんでした。それにもかかわらず、毎日多くの方に訪ねていただいて、ありがとうございます。
中には「病気ですか?」と心配してくださる方もいて、お心遣いありがとうございます。元気にしております。
 
私事ですが、12月6日 西蓮寺本堂にて仏前結婚式を挙げました。
阿弥陀さまの尊前で、ふたりのこれからを誓う。厳かでもあり、恥ずかしくもある瞬間でした。
新しい生活が始まり、だからというわけではありませんが、生活のリズムができるまで、なかなか文章が書けませんでした。想いをことばにする難しさを感じていました。今までよく書けてたなぁと、我ながら感心していました。

最近は生活も落ち着き、「掲示板のことば」1月の文章も無事書き終えました(明日アップしますので、お楽しみに)。やっぱり、文章を書くのが好きなのかな、というか、書くことによって気持ちの確認作業をしているんだなと思いました。
年明けから、ボチボチ無理せず、ブログを更新していきたいと思っています。来年もよろしくお願いします。
 
今年一年、ありがとうございました。
よいお年を!!

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2007年11月29日 (木)

ありがたいあたりまえ

今の環境・境遇に文句を言いたくなるのも、
それら環境・境遇が「あたりまえ」のことになっているから。

 あってあたりまえ
 役に立ってあたりまえ
 自分の思いどおりになってあたりまえ
 いつもあってあたりまえ
 いつまでもあるのがあたりまえ
 
あたりまえ あたりまえ
いつもあると思っていると、いつまでもあると錯覚してしまう。
なくしたときに、そのありがたさに気付く。
そのときにはもう遅い。
 
「あたりまえ」と思う気持ちからは、感謝の気持ちは表われない。
出るのは文句や愚痴ばっか。
 
でも、「あたりまえ」と思えるということは、ずっとあるから。ずっと続いているから。
「ありがたい」人が、出来事が、環境が、私の周りに、ずっとあったということ。
 
「あたりまえ」と思う気持ちからは、「ありがたい」という気持ちは表われない。
でも、「あたりまえ」になってしまっている事実の背景は「ありがたい」ことの積み重ね。
 
私の想いという側面から見ると、「あたりまえ」から「ありがたい」という気持ちは見えない。
事実という側面から見ると、「あたりまえ」と「ありがたい」は同じこと、なのだと感じています。
 
「あたりまえ」と思う気持ちを戒めること、捨てること、なくすことはできないでしょう。
「あたりまえ」と思っていること。それは、とてもとても「ありがたい(有り難い)」ことの積み重ね。
そのことを思い続けていたい。

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2007年11月27日 (火)

環境のせい

環境が悪いと言うけれど、果たして環境は悪いのか。
 
今、私がいる環境。
私が今いる環境に至るまで、多くの出来事が積み重なってきた。
人々の様々な想いが込められている。
多くの努力の結晶でもある。
 
自分が生活する環境を、わざわざ悪くしようと試みて悪くする人はいないだろう。
良くしよう良くしようという想いの結晶なのだと思う。
結果、今、私がいる環境。
 
今だけを見ていると、愚痴を零したくもなるだろう。
他をうらやむ想いも湧くことだろう。
しかし、今、私がここに存在している背景に想いをめぐらしたとき、愚痴を言うのは傲慢な気がする。
 
たとえば、地球の温暖化をなんとかしようと躍起になっている。
しかし、今の環境が悪い方に向かっているから良い方向に向かわせようというのは、
今までの歩みを無視してしまうことになる。
出来事(歴史)を、想いを、努力を、踏みにじっているようなもの。
 
今、私がいる環境。
それは、私が望んだ環境。
良いときはそのままで。
悪いときは良い方向に。
きっと、また悪い方向に進むことだろう。
 
環境のせいにしている人は、人生の暗闇を彷徨い続けることだろう。
暗闇を彷徨っていることにすら気づかないままで。 

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2007年11月25日 (日)

ルール

先日、テレビ朝日「報道ステーション」で、知床の漁師とヒグマのドキュメンタリーを放送していました。
ヒグマは漁師のテリトリーに現われ…いや違う、ヒグマのテリトリーに居を構える漁師さん。漁師さんは、海の様子を直に感じるために海岸線に住み、魚を獲り、加工しています。そこに現われるヒグマたち。人間から数10メートルのところまで近づいて来ます。
恐いはずです。実際、この漁場に居を構えた当初は、村の猟師さんに頼んで、熊を退治(撃ち殺す)してもらたこともあるそうです。でも、この漁師さんをまとめる責任者の方(お名前を忘れました)が、殺すのではなく、なんとか共存できないものかと考えます。
そして実行していることは、自分たちの食料や残飯を建物の外に置かないこと。備蓄してある食糧は、厳重にガードすること。熊が人間に危害を加えるのは、人間が熊に食料を与えてしまうから。その味を覚えてしまった熊は、本来食すことがないはずの食料を欲し、人家に近づき、食料を手に入れようとします。
実行していることのもうひとつは、熊が人間のテリトリーに入ってきたときに、責任者の方が「コラッ!」と怒鳴って追い出すこと。「信じられないかもしれないけれど、怒れば熊にも通じるんだよ」と言う責任者の方の顔がものすごく柔和でした。熊を敵として見ているのではなく、同じ生き物として見ているお顔でした。
そうして、自然に築かれていったルールのもと、クマも人間も、厳しい知床の冬を乗り越えていくのでした。
 
自然に築かれていったルール
どこにも明文化してないし、罰則もない。
でも、みんながそのルールの中で、生き生きと自分の生きるべき活動をしている。人も、クマも。
 
身の回りに溢れているルール
明文化されてないし罰則もないものから、
明文化されて罰則があるものまで。
人が生きるために、生きやすくするために、もめごとをなくすために、不快な思いをしないために、快適な生活をするために、ルールは生み出されてきたのだろうけれど、
ルールが増えれば増えるほど、生活は窮屈になっていく。
ルールが増えれば増えるほど、ルールを無視する人も増えていく。
ルールが増えれば増えるほど、ルールの網目を見つけ出す、探し出す、作り出す人がいる。
かくして、またルールは増える。 
 
人と動物の共存が出来ているのに、
人と人との共存って、難しいものですね。

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2007年11月22日 (木)

冬ですね

空気が冷たく、澄んできました。
はく息が白いです。
冬ですね。
夜空を見上げると、星がきれいに見えます。
しばらく立ち尽くして、星空を眺めていました。
 
寒さ厳しくなってきます。
風邪にお気をつけて。

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2007年11月 7日 (水)

いのち感覚

病気になったら病院へ
年をとったら施設へ
その結果、家庭で死を迎える人が現代日本では少なくなっています。

死を連想させるものは見えないようにしています。
ホテル・マンション・病室からは「死」をれんそうさせる「4」の付く部屋が抜かされています。ひどい場合には「4階」まで削除されているところもあります。駐車場の「4」が抜けている場合もありますね。
「苦」を連想させる「9」が抜けているときもあります。
(「4」や「9」を抜かしたら十進法も成り立たないのに…。「死」や「苦」を無くしたら人生だって成り立たない)
 
そのように、「死」を遠ざける現代日本人。
で、死を見えなくした結果、人を傷つけ、殺す行為が増えているという話を聞くことがあります。
人は傷つき、病み、老い、いつかいのち終えていくものだという、当たり前のことが見えなくなっているのだから。
たしかに、そういう面もあると思う。
思うけれど、本当に「死」が見えなくなっている世の中なのだろうか。

テレビや新聞では、誰々が死んだ殺されたと毎日のように報道されている。
現代日本で自殺者が3万人を超えるということは、もはや周知の事実。
電車に乗ろうとすれば、人身事故の影響でダイヤは乱れている。
救急車のサイレンを聞くことも多くないですか?

ちょっと思い返してみれば、「死」は日常に溢れている。
溢れていると、それが当たり前になってしまう。
そう、「死」が当たり前のことになってしまっている。
恐ろしいことは、その「死」に関して、哀しみがないということ。
 
誰々が死んだ殺されたという情報を、垂れ流しのテレビから耳にする。情報は右から左へ筒抜け。
自殺する人はこころが弱い人だと、生きてる人間は、評論家になる。ホンットにこころの強い人間なんて、どこにいるのだろう。
人身事故でダイヤが乱れれば、「チッ、急いでいるのに」と文句を言う。
救急車や消防車のサイレンがうるさいと、苦情の電話をかける人がいるという。
 
いじめ、虐待、暴力、殺人、戦争
傍観者は、加害者を責める。犯した者は、その責めを受けなければならない。
しかし、起きた出来事をただ評論しているだけの私に、人が傷ついた死んだということに関する哀しみはあるだろうか。加害者を責め、被害者を哀れむことはあっても。それに、哀れむことと哀しむことは違う。
 
情報が今のように溢れていない頃、
たとえば、町内で誰かが亡くなれば、町の掲示板にお悔やみのお報せが張り出された。新聞に載ることもあった。その情報を知って、身内でなくても心底哀しんだ。自分の身に起きたことのように胸を切り裂く痛みが走った。
 
今、日常に溢れている「死」が、まるで他人事のようになっている。
「自分の身に起きたことのように」
この感覚が、いのち感覚が失われている。

「死」が見えなくなっているのではない
「いのち」が見えなくなっている

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2007年10月28日 (日)

時事ネタより感話(結)

昨日一昨日と、最近の事柄を挙げてみました。
今バッシングを受けている方々は、それも仕方のないことです。しかし、そうなる原因の一部は私にもあるわけです。総評論家時代とも言われますが、自分のことを抜きに他を批評・批判・非難することの無責任さ・恐さを知るべきだと思います。
他人には厳しく、自分には甘いですね。

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2007年10月27日 (土)

時事ネタより感話(2)

ミートホープ
不二家
石屋製菓「白い恋人」
赤福「赤福餅」
 エトセトラ エトセトラ
 
食品会社の偽装が明るみになっています。製造日や消費期限・賞味期限の偽装・改ざん、食品の偽装。手口も巧妙・悪質であり、許されるものではありません。が、そうせざるをえなかった背景には、厳しく、細かすぎる決まりごとや、消費者の無責任な重圧があるのではないでしょうか。
 
食品に関して、なにか問題が起こると消費者は「信頼しているんだから、キチンとしてもらわないと困る」というような言い方をする。さて、日ごろ会社や商品に対して「信頼しています。ありがとう」という気持ちを持っているのでしょうか。都合がいいときだけ信頼を口にしている気持ち悪さを感じます。
 
「なにを食べさせられているか分からない」と憤慨する消費者もいますが、お菓子・飲料etc、どうしてあんなに日持ちするのでしょう。よほど防腐剤が入っているからだと想像できませんか?
そう、たとえ偽装・改ざんをしていなくても、なにを食べさせられているのか、分からないのです。
 
最近は、詰め合わせのお菓子の一個一個にまで消費期限が明記してあります。消費期限をすぎたところで、食べても問題はないのに、期限をすぎるとあっさりと捨ててしまう人も多いそうです。コンビニの売れ残りのお弁当も、日々たくさん処分されています。
 
「食べ物を粗末にしてはいけない」
小さい頃から言われ続けてきたセリフです。しかし、食べ物を粗末にし尽くしている現代日本。食を軽率にする生活は、生を軽率にすることにつながると感じています。そう思いませんか?

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2007年10月26日 (金)

時事ネタより感話(1)

横綱 朝青龍関(1980年9月27日生 27歳)
女優  沢尻エリカ様(1986年4月8日生 21歳)
ボクサー 亀田大毅選手(1989年1月6日生 18歳)
 
現在マスコミでバッシングを受けている方々。みんなチヤホヤされていました。というより、周りがチヤホヤしていました。そんな状況に身を置いていたら、誰だって勘違いするものです。私が、彼らと同じような境遇に身を置いたらどうしていることでしょう? …という想像の一助になればと思い、生年月日・年齢を付してみました。
 
チヤホヤするのもいいでしょう。しかし、ある人を応援すると決めたのなら、たとえ何があっても応援し続けるということが、本当に応援するということではないでしょうか。ことがあった後の、マスコミの、世間の、掌の返し方には、恐ろしいものを感じました。
 
私自身はどうでしょう?
信じた、愛した、尊敬した相手に対して、たとえその人が何をしようとも、信じ続け、愛し続け、尊敬し続けられるでしょうか。そう考えると、なかなか難しいものです。そのようなことを想うとき、衆生を信じて、救うと誓われた阿弥陀如来の有り難さを感じます。信・愛・敬とは衆生の仕事ではなく、如来の仕事なんだなぁと感じます。

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2007年10月23日 (火)

夢現(ゆめうつつ)

午前中に外出先で用を済ませ、少しのんびりの昼過ぎ。
晴れた秋空の下、渋谷にポツンとひとり。
そういえば新宿にも用があったっけ。
普通なら山手線で渋谷から新宿に行くけれど、バスに乗ってみようかなとふと思う。
渋谷のバスターミナル。山手線や埼京線で新宿に行けるのに、果たしてバスの路線があるのだろうか(そんなことも知らずに、バスに乗ろうとしていた私)。
路線図の看板の前に立ち、ジーっと眺める。
あった。渋谷から新宿西口に向かうバスを発見。
さっそく乗り場へ。バスも停まってる。
さっそく乗ってみる。なぜかワクワク。
  
あたたかい秋の陽ざしを浴びながら、バスは出発。
ボーッと外を眺める。
あぁ、この道で行くのかぁ。
へぇ、この道を通るんだぁ。
こころのなかでつぶやく。
まだまだ知らない道ってあるんだなぁ(知らない道の方が圧倒的に多いのだけれど)。
知ってる道でも、自分で運転していたのでは、気づかない風景がたくさんある。
  
何分くらいかかっただろうか。
電車より時間はかかるけれど、遠回りだけれど、そのちょっとの遠回りが、こころの凸凹をならしてくれる。
 
あと一駅か二駅で終点の新宿西口。
ボタンを押して、わざとちょっと手前のバス停で降りてみる。
普段より歩くスピードを落としてみる。
秋の陽ざしが心地よい。
 
最近ちょっと忙しかった(忙しいフリをしていただけ?)から、こころが少しのんびりした。
なにが忙しいんだろう。
なにを急いでいるんだろう。
 
のんびりついでに、西口のスタバでコーヒーを飲む。
ほっと一息。
 
新宿で用を済ませ、帰路へ。 
乗客もまばらな京王線に乗る。車窓から差し込む陽ざしが心地よい。
うつらうつら
ふっと気づくと、まもなく千歳烏山駅。
あぁよかったと電車を降り、歩き始める。
 
「ゆっくり行こう」
スローな時間を過ごし、ここ最近の自分を見つめる。そういう時間をいただいたんだなぁと思う。
   
  ~~☆
 
なんて思ったのも束の間。
電話だ、メールだ、書類整理だ、片付けだ、法話の準備だ、寺報の準備だ、報恩講の準備だ、その他諸々。あっという間に外は真っ暗。
 
夢のようなひと時から、あっという間に現実に戻る。
同じ1時間、同じ1分、同じ1秒なのに、自分が感じる時間の感覚はまるで違う。だけど、時の経つスピードは変わらない。不思議不思議。

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2007年10月18日 (木)

止揚?

きれいにしても、汚す人がいる
汚しても、きれいにする人がいる
  
つくっても、壊す人がいる
壊しても、つくる人がいる
 
たすけても、傷つける人がいる
傷つけても、たすける人がいる
     
  
 きれいにする   
 つくる
 たすける 
 
それだけでいいのに、
   
 汚す
 壊す
 傷つける
  
なぜだろう?
  
でも、
 
 汚す
 壊す
 傷つける
 
がなければ、
 
 きれいにする   
 つくる
 たすける 
 
ということも必要なくなってしまう
  
全部私の中のこと 

 

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2007年10月11日 (木)

笑顔

親鸞聖人が大切にされたお経『大無量寿経』。これこそ真実の経であると、聖人は言われます。
それはなぜでしょうか。
  
『大無量寿経』には、これから教えを説こうとする釈尊のお姿が描写されています。
釈尊の姿は喜びに満ち溢れていました。
釈尊随従の弟子の阿難さんが、いつもと違う釈尊にお姿に驚き、問われます。
「お釈迦さま、今日はどうなさったのですか?」
いつもと違うことに弟子の阿難さんが気づいたことを、お釈迦さまはとてもうれしく感じました。
「阿難よ、よく気づいて問うてくれた」
と、阿難さんを褒め、釈尊は教えを説かれました。 釈尊のお顔は「光顔巍巍(こう・げん・ぎ・ぎ)」と清らかに光り輝いていました。

この釈尊と阿難さんの会話を以て、親鸞聖人は『大無量寿経』こそ真実の経であるといただかれました。
非論理的な理由に思われるかもしれませんが、親鸞聖人にとっては、これ以上ない明確な理由です。
 
前回の文章で、 「笑顔の背景には、どんなにつらいことがあったことでしょう」ということを書きました。
「笑顔」とお釈迦さまの「光顔巍巍」としたお姿を一緒にするのも極端な話かもしれませんが、
でも、
その背景にはどれほどの苦悩があったことでしょう。
その笑顔に、光顔巍巍としたお姿に出会ったならば、きっと私たちも笑顔で人生を送れるのだと思います。
 
人生、
自分の思い通りになったら、
幸せになったら、
便利になったら、
笑顔が満ち溢れるのかと思ったら、無表情になりました。
 
人生、
自分の思う通りにならないってところに腰を落着かせたら、
今が幸せなんだなと気づけたら、
不便でも生きるのになにも困らないなぁって思えたら、
困った顔になるのかと思ったら、笑顔になりました。
 
今以上なにも望む必要もない。満ち足りているのだから。

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2007年9月30日 (日)

のどもと過ぎれば

今日、東京は朝から雨でした。
一日中降り続いていました。
気温も低く、とても寒かったです。
長袖のシャツを着てました。
 
あんなに暑がっていたのに、
体力を消耗するほど暑かったのに、
イライラするほど暑かったときもあるのに、
「暑い」という字を、わざと「熱い」と書くほど暑かったのに、
 
今日は寒いねってふるえてる。
寒いのは嫌だなってつぶやいてる。
あの暑さが懐かしいって思い出してる。
 
あぁ、勝手な私
 
この寒さはとりあえずこの2,3日のことで
また暑さが戻ってくるらしい。

そしたら言うんだろうな
「暑い!!」って。

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2007年9月12日 (水)

う・つ・く・し・い・く・に

に・く・い・し・く・つ・う
    
     だったのかなぁ

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2007年9月11日 (火)

9.11

お内仏(お仏壇)で、阿弥陀さんに向かって、仰ぎ見て、手を合わせて、目をつむって、「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」とお念仏。
 
9.11だからってわけではないけれど、自然と体がそのように動きました。
お内仏、ございますか? 
お内仏は一家に一台あるべきものです。
そんな話をしていたら、お他宗の方が仰いました。
「お仏壇は、長男の家にあるから、うちにはありません。だって、兄弟みんながお仏壇を持っていたら、仏さんがどこに行けばいいのか迷ってしまうでしょ」
 
あぁ、そういう考え方なのか。
私は、お仏壇は一家に一台って、仏教諸宗、みんな勧めているものだと思ったのでビックリしました。
迷う…さて、誰が迷っているのでしょう?
  
あるおばあさんが仰いました。
「子どもが家を新築したので見に行きました。そしたら、仏間がないんです。当然お仏壇もありません。私は、息子に言いました。『お内仏がなくて、子育てが出来るか!!』って」
お内仏に手を合わせる親の姿を見て、子は育つ。「こうするんだよ」なんて、わざわざ言わなくても、子どもは親の姿から学ぶ。学び学ばれ、継承されていく。それが伝統。
 
お内仏は、亡き人の落ち着き場所ではありません。
なにもないところに手を合わせづらいものです。お内仏があるおかげで、手も合わさる。愚痴をこぼしたっていい。迷っている私に気づかせてもらうところ。私の生き方を見つめさせていただくよりどころ。
 
9.11のテロからもう6年。
この6年間、何をしてきただろう。何を見てきただろう。
何もしてないのかもしれない。何も見えてないのだから。

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2007年9月 9日 (日)

無慙愧は名づけて人とせず

路上でなにかしらのいざこざで口論となり、カッとなって相手を刺してしまう。自分が持っていたナイフで。
そんな事件をたまに耳にしますよね。
 
さて、なんでナイフなんか持ち歩いているのでしょうか?

「世の中物騒だから、護身用です」

…護身用じゃないじゃん
 
はじめは護身用のつもりだったのかもしれない。でも、カッとなって刺してしまう。もはや護身用ではありません。
持っていると使いたくなる、使ってしまうのがヒトというのもです。
 
核も同じこと。
 
なんで核なんか保有してるの?
 
「世界が不安定だから、抑止のためです」
 
…ぜったい抑止じゃすまないな
 
ナイフの場合は、もし誰かを刺してしまったら、その感触は自分の手に残る。こころに残る。いつかきっと後悔や懺悔の気持ちが起こるに違いない(だといいけど)。
核の場合は、誰かさんがボタンをポチっと押すだけ。自分があらゆる生き物を殺めてしまったという気持ちも芽生えないことでしょう。ということは、後悔や懺悔の気持ちだって感じない。
もはや、人ではありません。
 

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2007年9月 4日 (火)

広く 深く

世界陸上、見るとはなしに、けっこう見てました。
気になった、マスコミの報道の見出し。

男子4×100メートルリレー
「日本男子、日本記録更新したけれど5位。メダル逃す」
というような見出しが目についたけれど、
「メダル逃がすも、予選・決勝と日本記録更新」
という見方もできる。
 
女子マラソン
「土佐、日本初のメダルも銅メダル」
というような見出しが目についたけれど、
「銅メダル獲得!! 土佐礼子」
って素直に喜びたい。
 
「日本勢不調。北京オリンピックに向け課題山積」
という言い方をする人もいるけれど、
「世界相手に戦えるようになってきた日本勢」
という見方もできる。
 
そもそも、超一流が集まる大会で、メダルがホイホイ取れるわけがない。それなのに、大会前からメダルの皮算用をして、メダルが取れなかったらどんな記録も価値がないように言い放つ。
どのような見方をするか。その見方しだいで、腹立たしくもなるし、楽しくもなる。
 
日常だって同じこと。
交通機関、ちょっと時間が遅れれば、「なにやってんだ」。
ここからあそこまで、自分の行きたいところに運んでくれる。それだけで有り難いことなのに。
 
ご飯食べに行って、頼んだものが出てくるのがちょっと遅いと、「遅いじゃないか」。
お店は混んでませんか? お店の人、忙しくしてませんか? 自分のことだけ考えずに、場の雰囲気も感じようよ。自分が食べたいものを作ってくれる。それって贅沢なことだと思う。
 
子どもの成績の見方もそう。
点数だけで子どもを見てないだろうか。いや、子どもを見ているつもりが、点数をみていないだろうか。あなたの子どもは数字ですか?
 
物事どこから見るか。どんな見方をするか。
見方を変えるだけで、見えるものはまったくまったく違ってくる。
狭く生きていませんか? 世の中もっと広いです。
限られた時間を生きる人生。同じ時間を生きるなら、広く、深く生きたい。

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2007年8月31日 (金)

見えていない苦悩

苦悩がなくなることが救いなのだろうか?

今、これだけ苦しんでる。
今、これだけ悩んでいる。

自分で認識できることが、救いかもしれない。
だって、自分で認識していない苦悩がいっぱいあるのだから。
自分で作り出しておきながら、それに気づかずに暮らしているのだから。
  
「私は差別をしません」という差別意識。
「戦争はいけない」と言いつつ、人を憎む日常。
「平和(と思われている今)」になって責める過去。
「私はこんなに苦しんでいるのに」というあなたのことを、心配してくれる人がいることに気づかない哀しさ。

知らないうちに他人(ひと)を傷つけている事実
それは、私自身をも傷つける 
 
見えていないことの多さ 
見ようとしない罪
知らなければそれで許されることなのか。仕方ないことなのか。
 
苦悩は、認識できないところにこそある。
 

  
特に何かあったわけではないのですが、苦悩に始まり苦悩に終わる8月でした。

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2007年8月25日 (土)

うれしい出来事

門前を掃除していたら、3人の方に声をかけられました。
 
①お他宗の方なのですが、いつもそちらの冊子をくださるご婦人。
「いつもごくろうさまです」
と、声をかけていただき、今日も冊子をいただきました。
さっそく読ませていただきました。
ありがとうございます。
 
②いつも元気に挨拶してくださるおじさん。
「おはようございます。はい、これ」
と、いつもと同じ元気な声で挨拶をされ、手渡されたのはミネラルウォーター。
「暑いから気をつけてね」
そう言うと、颯爽と行ってしまわれました。
掃除中、飲ませていただきました。おかげさまで熱中症にならずにすみました。
いつも元気をいただいてます。ありがとうございます。

③いつも掲示板のことばの感想をお話してくださるご婦人。
今月の言葉も素敵だわぁ」
「そう思っていただけます?」
「えぇ、人間、生きているんだもの。苦悩して当たり前よね」
と言ってくださるものだから、つい愚痴っちゃいました。
「でもね、こんな言葉 掲示してくれるなって、言われちゃったんですよ」
「あら、今月のことばは、大切な事実じゃない。それに、ことばって苦悩してるから身に響くのよ。
以前、「ゆとりって、時間の余裕じゃなくて、こころの余裕なんだよね」って、掲示してくれた時があったじゃない。私は、あのことばに救われたの。当時、いろいろと焦っていたんだけど、あぁ焦る必要はないんだ。立ち止まってもいいんだって思えたの。でも、そう思えたのは、苦悩があったからなのよね。なにも悩んでなかったら、ことばは響かない。苦悩できるってことは、生きてるってことなんだなぁって思うわ」
「ありがとうございますTT」
    

門前を掃除しているほんのちょっとの時間に、こんなに交流がありました。
うれしさで、夏バテも吹き飛びました。ありがとうございます。 

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2007年8月23日 (木)

生き様(いきざま)

萩本欽一さんが、24時間テレビで、70キロのマラソンを完走されました。
24時間テレビはあまり見てなかったのですが、次の日のドキュメントに見入ってしまいました。
頑張る姿に感動します。
萩本さん自身も、「もう一回キンちゃんが頑張る姿を見てみたいなって思ったの」って言ってました。
 
桑田真澄投手が、大リーグパイレーツを退団しました。
無謀な挑戦だと言われつつも、自分の夢を追い求める。そして果たしたメジャーデビュー。
ひたむきさに勇気をもらいます。
「よくしてもらって、パイレーツには、感謝しています」と桑田投手は言われます。球団職員に「ありがとう」とかいたサインボールを渡したそうです。
  
キンちゃんも、桑田投手も、周りにはいつも人がたくさんいるような気がします(一緒にいるわけではないので)。
瞬間の感動を与えてくれる人は、たくさんいます。でも、その感動が語り継がれるとなると、なかなか稀なことではないでしょうか。キンちゃんの感動も、桑田投手の感動も、「かっこよかったねぇ」って、ひとことで終わってしまう感動ではなく、語り継がれる感動のような気がします。
 
 ☆   
   
先日、映画「ラストサムライ」を放送してました。
最後の方に、明治天皇とネイサン・オールグレン(トム・クルーズ)とのやりとりがあります。

 明治天皇  「(勝元の)死に様を話してくれないか
 オールグレン「生き様をお話いたしましょう
 
「死に様」と「生き様」
「生き様」を語ることなしに「死に様」は語れない。
「生き様」を語ってこそ「死に様」が明らかになる。
「生き様」が語り継がれてこそ、「死に様」が輝く。
どのような生き様であったか。そのことを語れば、わざわざ死に様を語る必要もない。
  
うまく言えないですけど、このちょっとしたことばの違いの中に、「生き様」を見せて生きた男の物語りを感じました。まさに「ラスト サムライ」。
「やるねぇ脚本家」なんて、こころの中でつぶやきながら映画を見てました(何回か見ているのですが、あらためてこころに引っかかりました)。

 ☆
 
もちろん、キンちゃんも桑田投手もまだまだこれからの方ですが、
この暑い夏、熱い男の生き様を見せていただいたような気がします。
 
「こういう生き様の人がいてね」
と、語りたくなるような人との出会い(直接お会いしたわけではありませんが)。それもまた素晴らしいこと。有り難いこと。
そういう人と同じ時代を生きられたこと、嬉しく思います。

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2007年8月20日 (月)

非日常という日常

戦争で、敵から攻められることは恐ろしいことです。
しかし、もっと恐ろしいことは、味方であるはずの同じ国、同じ民族、同じ地域、同じ仲間、同じ家族間で争いが起こること。
非難し合い、罵り合い、傷つけ合い、殺し合う。
非日常の世界が作り出される。
それが日常になってしまわないように…

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2007年8月17日 (金)

根無しの平和

「戦争反対!! 平和な世の中を!!」
と言うけれど、本当に望んでいるのだろうか。願っているのだろうか。
本当に望んでいて、今の日本の状態になるのだろうか。
  
平和、平和というけれど、今叫んでいる「平和」って、
今の状況を「平和」と言っているだけではないだろうか。
今の状況が続けばいい。自分さえよければいい。
 
戦後叫ばれ続けてきた「平和」は、戦争をふまえた「平和」。
「平和」ということばの背景に、二度と戦争を起こしてはならないというこころの底からの叫びがあった。願いがあった。
「平和」に根っこが生えている。
各々の持つ「平和」の想いが、大地でつながっている。
  
今叫ばれている「平和」は、快適な環境が続いて欲しいという「平和」。
自分の身の回りの環境さえ、自分に都合がいいように整ってくれたらいいという「平和」。自分さえよければいいという「平和」。
「平和」に根っこがない。
フラフラしていて、すぐに枯れてしまう。

自分だけがよくても、そんな「平和」は長続きしない。
いや、「平和」と勘違いしているだけで、そんなのは「平和」ではない。

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2007年8月16日 (木)

涙を枯らしてはいけない

哀しい出来事は、「ある」よりは「ない」ほうがいい。
でも、生きていれば、哀しい出来事とも出会う。
なぜ哀しい出来事が起こるのか。
他人(ひと)の哀しみに、思いを寄せるためかもしれない。
 
私が哀しい出来事を経験したからこそ、他人の哀しみが伝わってくる。
伝わるから、他人の痛み・苦労・苦悩が分かる。
分かるっていうのは、失礼だな。
痛いのかな、苦しいのかな、つらいのかなって、気づくことはできる。
逆に言うと、私に哀しみの経験がなければ、他人の哀しみなんて見えやしない。

なぜ哀しい思いをするのか。
他人の痛みを感じるため。
痛みの元を知るため。
知って、哀しい事実を忘れないため。
 
じゃぁ、戦争を経験してない者は、戦争で被害にあった方々の想いを知ることはできないのか。
いや、聞いて、知って、考えて、涙することができる。
そうやって、戦争の悲惨さは伝わってきた。
伝わっているはずだ。
はずなのに、薄れていく、消えていく、なくなっていく…そして、戦争をしようと企む者が出てくる。
また哀しみを繰り返すのか。

哀しい出来事は、避けられないもの。
でも、その繰り返しは避けられるはず。
哀しみから目を背けなければ。
哀しみを忘れなければ。
哀しみを、ともに涙する人がいてくれれば。
   
哀しい出来事が哀しいのではない。
哀しい出来事を忘れてしまうことが、哀しい。

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2007年8月15日 (水)

私が私でなくなる日

去る8月12日(日)、西蓮寺仏教青年会「白骨の会」、8月の企画として、九段下にある「昭和館」と「しょうけい館」に行ってきました。
  
「昭和館」は、昭和の様子(主に戦中・戦後)を今に伝え、その労苦を知ってもらいたいという願いが込められた施設。平成の世も、いつの間にか19年。平成生まれの子が、大学に通う時代。昭和の世って、ちょっと前のことのようだけれど(私だけ?)、時間は確実に経っているんだなぁと感慨深くなりました。
「しょうけい館」とは、戦傷病者史料館のこと。戦傷病者等が体験した戦中・戦後の労苦を後世に語り継ぐ施設。義眼・義足・義手の展示から、戦争の生々しさを感じました。
両施設とも、初めて行きました。行こう行こうとは思っていても、なかなか一人ではいけないもの。私の独断で今回の企画を計画し、3名の方が参加してくださいました。ありがとうございます。
  
「昭和館」で耳にした戦中の音楽・展示されている当時の雑誌。戦争賛美の語句が目に付きます。作詞家・作曲家・著者の名前に目をやると、「えっ、この人が書いてるの!?」と思うような人も。
で、思いました。
この人たちは、戦争賛美の音楽や文章を書かなければならなかったんだなぁ。本心か偽りかは分からない。でも、書かざるを得ない、あるいは、そういう心境にさせてしまう、特殊な時代だったんだなぁ。
現代、真宗における教学者が残した、戦時中の戦争賛美を思わせることばを取り上げて、「この○○は(呼び捨て)、こんなことを言っている。許せない」というような批判を言う人がいますが、それは批判にならない批判です。
自分の思想をも捻じ曲げられてしまう、個人の善悪の判断を許されない状況。それが、戦争。
 
親鸞聖人は言われました。
さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし(『歎異抄』第13章)
人間とは、そうせざるを得ない状況に身を置かれたら、何をしでかしてしまうか分からない存在である。人の物を盗み、人を傷つけ、殺してしまうこともある、と。

聖人のこのことばを説明しようとしたとき、その自分こそ、ことばを真正面からいただいているのか?  と、自身に問うことがある。
聖人のこのことばを説明しようとしたとき、「いや、たとえどんな状況になっても、私はそんなことはしません」と、言い返されることもある。
そう、「さるべき業縁」がもよおしてないときに、あたかも「さるべき業縁」がもよおしたかのように語るから、この大切なことばが、軽くなってしまうのです。

「昭和館」「しょうけい館」を見学していて思いました。戦争というのは、さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもしてしまう時・状況なんだということを。
平和と言われている今の世なら、「たとえどんな状況になっても、私は」人の道を踏み外すことをギリギリ思いとどめることができることでしょう。しかし、戦争とは、まさにさるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべき世なのです。私が私でなくなるのです。いや、見方を変えると、私がむき出しになるのかもしれない。
   
終戦記念日です。
夏になると、戦争反対の声が大きくなります。私も、戦争反対です。
しかし、戦争反対の声が叫び続けられるということは、戦争の影が常にあり続けるということの裏返し。「戦争反対」のことばが消えたときこそ、真の平和なのかもしれない。

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2007年8月 9日 (木)

平和の鐘

「平和の鐘をつく」プロジェクトがあるそうです。
1945年8月6日・9日、広島と長崎に原爆が投下されました。
原爆投下の出来事を忘れてはいけない。二度と原爆が投下されるようなことがあってはいけない。
その想いを伝え広めるために、原爆落下の時間に、お寺や神社にある鐘を叩いてもらう。そういう取り組みをしている方々がいるそうです(今朝のニュースで初めて知ったので、要領を得ない説明で申し訳ありません)。

「忘れてはいけないことがある」
その一念で、長崎に原爆が投下された午前11時2分、本堂の鐘を叩きました。

テレビで「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」での長崎市長の平和宣言を聞いてから本堂に向かいました。
鐘の音が少しでも外に響くように、本堂の窓を開けました。
鐘のバチを手に持ち、時計を見ました。
午前10時59分
「あと3分だ」(こころの中でつぶやきました)

午前11時ちょうど
午前11時1分
午前11時1分10秒、20秒、30秒…

時間が近づくにつれ、緊張してきました。
私は、1945年8月9日午前11時2分、長崎に原爆が投下されたことを知っている。
知ったうえで迎える午前11時2分。
でも、当時長崎で生活をしていた人々は、原爆が投下されるなんて思ってもいなかったことでしょう。
戦争中ではあるけれど、日々の生活を営んでいた。そこに、あるとき突然原爆が投下され、爆発する。
一瞬で、なにもかもが吹き飛ぶ。
人々が築きあげてきた それぞれの人生が、一部の人間の判断で、あざ笑うかのように踏みにじられる。許されることなのか? 
原爆落下により戦争は終局に向かい、結果、被害者が少なくて済んだと言うヒトがいる。だから「しょうがない」ことなのか?
後からなら、なんとでも言える。何(誰)が正しくて、何(誰)が間違っていたのか。そんなことを検証しても、意味がない。語る人、立つ位置によって、発言は変わる。そして、誰もが自身の正義を主張するのだから。
 
戦争はしてはいけない。
原爆が投下されるようなことがあってはならない。
そのことを忘れてはいけない。
 
午前11時1分55、56、57、58、59、11時2分
カーン…カーン・・・カーン…カーン…カーン…カーン…カーン…カーン…カーン…

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2007年8月 7日 (火)

人が人を裁くということ

朝青龍関の処分が出ました。
当然だという人もいれば、厳しすぎるという人もいる。
外国人力士が強すぎるからやっかみだという人もいれば、日本国技の伝統を知らなすぎるという人もいる。問題の本質は、そこだろうか?
もし白鵬関が横綱になっていなかったら、同じ処分が下されていただろうか?
      
参院選後、赤城農林相が大臣の職を辞しました。
遅すぎるという人もいれば、どうしてこのタイミングでという人もいる。
辞職なのか、更迭なのか、そんなところがクローズアップされもした。
もし参院選で、自民党が大勝していたら、赤城大臣の処遇はどうなっていただろうか?
    
事件後、その後の裁判の行方に注目していることがあります(詳しくは書きませんが)。
なぜか弁護団が物凄く頑張っている。その頑張りように不自然さを感じていました。
「あれは、自分たちが主張していることを世間に知らしめようとしているんだよ」と教えていただきました。
裁判が円滑に進むためにも、弁護士は必要。「なぜあんな凶悪犯の弁護をするんだ」ということもおありでしょうが、弁護士がつかないことには、裁判は開かれません。
でも、当の弁護団の目的は、被告の弁護にはないらしい。この裁判を利用しているだけなのか。
被害者だけでなく、自分たちが弁護すべき被告をもバカにした行為。
この裁判の行方にから、ますます目が離せなくなった。
    
すいません、ちょっとムキになりました。
今日書きたかったことは、「果たして、人は人を裁けるのだろうか?」ということ。
「だろうか?」の背後には、「いや、裁けない」という想いを含んでいます。
「人は人を裁くことはできない」「私は、人を裁くに値する人間だろうか?」先ずそこに立って、物事考えなければいけないと感じています。
報道される内容に、あまりにストレートに反応してしまうきらいがあるような気がしてなりません。
  
「裁く」というとちょっと大袈裟ですが、人をしかるときも、頭ごなしにしかるのではなく、「自分はどうだろうか?」という視点を忘れてはいけないと思います。
  
自分が擁護するものには甘く、嫌いなものには厳しくなっていないだろうか。
自分には甘く、他人には厳しくなっていないだろうか。

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2007年6月27日 (水)

空論愚術

昨日、お仲間のお寺の仏教青年会(通称「髑髏会」)に参加させていただきました。
発題者が、自分の考えていること、疑問に思っていること、参加者に尋ねたいことを発題して、場のみんなでワイワイ語り合う。
昨日いただいた発題は、
「クローン人間は 初期仏教教団に入信できるか。また、釈尊はそれを許すか」
興味深いでしょ!? ワイワイ話した内容は、その場にいる者の共有事項なので書きません。


 
昨日の発題と、最近考えていることが合わさって、こんなことを想いました。
「クローン技術が進歩・発展・普及したら、人間に、生命(いのち)に、どのような影響を与えるのだろう?」
 
「いのちを大切に」
クローン技術の恩恵により、ダメージを受けた臓器の移植手術が日常に行われるようになったとする。
それって、「いのちを大切に」していることになるのだろうか?

戦後、便利さを追求し、生活はかなり便利になった。もう充分なくらい。
でも、まだ物足りなくて、まだまだ便利さを追求する。今、すでに手にしている便利さは、まるで便利ではないかのように。

クローン技術もそう。別の人間の臓器を移植するよりは、自分の臓器を移植したほうが拒否反応は起こらない。
恐らく、クローン技術は進歩・発展・普及し、私たちの生活に当たり前のように入り込んでくるだろう。
クローン技術は普及した。もう充分なくらい。
でも、まだ不都合な点があって、まだまだ技術の発展を追及する。今、すでに手にしている技術の恩恵は、まるでまだ恩恵を受けてないかのように。
と、なりそうな気がする。

「できる」って分かったら、どんなにダメって言ったって、研究を進めたくなる、真っ先に成果を残したくなるのが人間の業。
核が典型的な例。
核はダメって言ったって、実際どれだけの国が研究し、保有していることだろう。
クローンも、実はすでにクローン人間が完成していて、私たちの生活に入り込んでいるなんて話も(SFの世界ですね)。 

どう思われますか?
 

「仏教青年会」
3~4時間ほどお話して、最後に参加者個々が感想を語る。みんなと話をしている中で、新しい発見がある。
自分ひとりで考えていたのでは思いつかなかったこと。
自分は多数派だろうと思っていたけど、実は少数派だったってことも。
自分は少数派だろうと思っていたけど、似たような考え方をする人たちがいるってこと。
今まで、他の意見に耳を傾けることは嫌いだったけど、他の意見を聞くことがどんなに大事かってこと。
こんな自分もいるんだって、新しい自分の発見も。
  
私も、他人の意見を聞くのが苦手な人でしたが、この髑髏会に参加して、かなり変わったと思います。
書いてる文章の内容も、かなり変わったし、会で知り合った方の影響をかなり受けています。

会の内容は、開催しているお寺によって様々。
西蓮寺でも開催してます(左サイドバーの「トピックス」参照)。こういう会に顔を出してみたいなって方は、ぜひご参加ください。お待ちしています。

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2007年5月16日 (水)

人生の助手席

「お酒飲んでないでしょうね」
「子どもがいるよ」
「お年寄りがいるよ」
「自転車に気をつけて」
「バイクがきてるよ」
「もっとスピード落として」
「急がなくていいからね」
「ブレーキ踏むの遅いよ」
「今のタイミングは信号無視だよ」
「今の割り込みは強引だったよ」
「今日は運転雑だね」

助手席からはよく見える。
運転してない分、景色や周りの様子もよく見えるけれど、運転している者の状態がよく見える。
態度も、こころの動きも。

信仰も、人生の助手席に誰かを乗せるということなのかもしれない。
私の助手席にはいつも阿弥陀さまと親鸞さま。
賑やかだなぁ♪

でも、運転中はもう少しお静かに^^;

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2007年5月12日 (土)

人間って厄介だ

「友達の友達が言ってたけど」…存在しない「友達の友達」

二度と来ない「また今度」「そのうち」

「ゆっくりどうぞ」という催促

「満足だ」と言いながらまだなにか求めてる

「便利になった」と言いながら不便を感じてる

「人のため」という偽り

「あなたを信じてます」という疑いの心

「私には差別心がありません」という差別心

「私は嘘をついたことがありません」という大嘘

「私があなたのことを一番分かってるんだから」という無理解

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2007年5月11日 (金)

期待は裏切られるもの

「裏切られた!!」
「期待はずれだった!!」
「こんなはずじゃなかった!!」

自分が勝手に予期した思いや願い。
それらが叶わなかっただけのこと。
自分の思い通りにならなかっただけのこと。
それなのに、相手を責めてしまう。
「そんな人だとは思いませんでした!! 裏切られました!!」
なんて言ったりして。

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2007年5月10日 (木)

赤ちゃんポスト

2007年5月10日正午から熊本市の慈恵病院で、親が養育できない新生児を匿名で託す「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の運用が始まります。
このニュースを聞いたとき、あなたはどのように思われましたか?
賛否両論たくさんの意見が病院や行政に寄せられています。現実に赤ちゃんが置き去りにされていることを考えれば止むを得ない面もありますし、育児放棄の助長につながるという面もあるでしょう。
 
何をするにしても賛否両論あるものですが、その論争が激しければ激しいほど、「なぜそうしなければいけないのか」が見えなくなってしまうものです。
赤ちゃんポストの賛否について書こうというのではありません。このケースも、賛否両論それぞれの主張が盛り上がりすぎて、「なぜそうしなければいけないのか」「そうしなければいけない背景」というものが見えなくなっているような気がしたのです。
 
人間の赤ちゃんは、哺乳類の中で一番弱いのではないでしょうか。他の哺乳類の赤ちゃんは、生まれてすぐに一応動き回ることができます。食事を与えてもらうなど育ててもらわなければ生きてはいけませんが、自分でなんとかする力はあります。でも人間の赤ちゃんは、生まれてから一年近くは歩き回れないのです。外敵に襲われたら抵抗できないのです。そのため成長したものが大事に育てていかなければいけないのですが、赤ちゃん特有の、パーツが下に集まった愛らしい顔は「助けてください」「育ててください」というメッセージを発信しているのです。
育ててえげようという義務感・使命感で育てるのではなく、生きるためのお手伝いを自然にしたくなるように出来ているのです。
赤ちゃんが生まれると、お母さんや周りの人が、なんとかしようという気持ちが自然と湧いてくるものだと思うのです。赤ちゃんポストが設置されたからといって、そこに託す人がたくさん出てくるということはないと思うのです(それに、おそらくマスコミが見張っていて、実際に使われることはないのではないかと思います)。
それにもかかわらず預けられてしまうというのは、それだけの理由があってのことだと思うのです。理由があれば認められるという話しではありませんが、預けた方は、「預けてホッとした」どころか、手放してしまった辛さを一生背負うことになります。(申し出れば赤ちゃんは返してもらえるそうですが、“預けた”という行為やそのときの辛い気持ちは一生残ります)。

賛否のみを語るのではなく、赤ちゃんポストの設置を考えなくてはいけない時代・社会状況であるということを見つめなければいけなのだと思います。
先に「お母さんや周りの人が」と書きましたが、赤ちゃんポストに託さなければいけないお母さんには、その「周りの人」がいないのだとも思います。「話を聞いてくれる(アドバイスはいりません)」…それだけでどんなに大きな支えになることか。たったそれだけのことをしてくれる人さえも、周りにいないのだと思うのです。
そういうことに思いを馳せたとき、私は人の話を聞ける人だろうかということも自身に問うてほしいのです。

「赤ちゃんポストに託すなんて信じられない」という人もいることでしょう。
自殺について書いたときもそうでしたが、自分がその境遇になければ、「なぜ?」「信じられない!」というのが正直な気持ちだと思うのです。でも、そこで、託した人・自殺した人は心が弱い人、託さなかった人・自殺しなかった人は心が強い人という図式に当てはめてしまってはいけないのです。した人としなかった人との違いは、したかしなかったかの違いでしかないのですから。

(5月17日付記)
この赤ちゃんポストに、3歳のお子さんが託されました。
新生児を想定しているシステムに、まさか3歳の子どもを託す人が出てくるなんて…。
3歳なら、病院まで手をつないで来たんだろうに、「どこ行くの?」なんて笑顔で問われたんじゃないかなぁ。
お子さんを託した保護者の方、あなたにいったい何があったというのですか?

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2007年4月17日 (火)

いっぽ にほ さんぽ

4月17日(火)
以前ある法座で知り合った方にお声掛けいただき、烏山寺町の散歩会にご一緒させていただきました。
10数名のお仲間と都内のお寺めぐりをされているそうで、今回は烏山の寺町めぐり。
 
京王線千歳烏山駅で待ち合わせて、12名の参加者の皆様と顔合わせ。
駅から、先ずは「西沢つつじ園」に行きました。
まだ早いかなぁとは思ったのですが、つつじがけっこう咲き始めていました。
「西沢つつじ園」。思い返してみれば、小学校の写生会以来でした(26、7年前…)。
写真のつつじは、名前を「摩耶夫人(まやふじん)」と言います。お釈迦さまのお母さん!? と思って、思わず写真を撮ってしまいました。




つつじ園を後にして、西蓮寺へ。
寺の本堂で、ご参加の皆さんと一緒に『仏説阿弥陀経』を読誦。初めて読んだと仰ってましたが、とても上手でした。
その後、法話の時間。
私に声をかけてくださった方が、「2007年3月のことば」を気に入ってくださっていて、お仲間にプリントして配られたとのことだったので、『仏説阿弥陀経』と「三帰依文」の内容についてお話して、「2007年3月のことば」を書いたときの想いなどをお話させていただきました。
ご参加の方々にも「2007年3月のことば」を喜んでいただけて、話している私自身、嬉しかったです。ありがとうございます。
法話が終わって、ちょうど12時。お座敷でお昼の時間です。
 
お昼が終わって、寺町散歩。
本当はここからが本番。ご一緒する予定だったのですが、午後に用事が出来てしまい、ここで皆さんとお別れ。集合写真を撮ってもらい、手を振ってお別れしました。その後、雨が降ってきてしまいましたが、烏山寺町散歩はいかがだったでしょうか?
皆さんの楽しそうな笑顔が印象的でした。またお出かけください。
ご縁に感謝の一日でした。
   
(おまけ)  
3月のお彼岸中に今回のお話をいただいたので、前もって寺町散歩をしてみました。
よそのお寺に入ることって滅多にないので、新しい発見の連続でした。建物のつくりとか、生えてる植物とか、墓地の手桶置き場の様子とか(スパイ!?)。
寺町の、しかもお寺に住んでいながら、知らないことっていっぱいあるんだなぁって、強く感じました。
それだけに、皆さんと一緒に寺町散歩したかったなぁ。一参加者として。

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2007年4月15日 (日)

映画「ツォツィ」鑑賞会

4月14日(土) 西蓮寺仏教青年会「白骨の会」開催
奇数月は、寺で輪読会
偶数月は、寺を出て、書を捨てて街に出る会。

今回は「ツォツィ」という映画の鑑賞会。
2006年アカデミー賞外国語映画賞受賞作。

今、日本では、この作品について話題になっていることがあります。
映倫規定により、「R-15」指定を受けました。暴力シーンがあるのが理由のようですが、内容的には15歳以下の子にも観てもらいたいものであるとして、日活は試写会を開催しました。
(結局、「R-15」指定の再審査は却下されてしまいました)
  
内容について書くと、ネタバレになってしまうので書きませんが、個人的には映画館に観に行ってよかったと思いました。
なぜ「R-15」指定なのか? よく分かりませんでした。暴力シーンや人を殺すシーンがあったので、だから指定がかかったと説明されれば、「そうですか」と納得するしかありませんが、この作品の、この内容で指定を受けるのならば、テレビはもっと厳しく審査しなければいけないんじゃないの? と思いました。
でも、「R-15」指定が適切か否かよりも、まずいものは見せなければいい、隠せばいいという風潮はどうにかならないものでしょうか。暴力シーンが暴力を生むと思われているけれど、人の中に暴力性というものは元々備わっていると思うのです。誰にでも。元々備わっているからこそ、その自覚を通して、自ら抑える理性がはたらく。元々備わっているのに、そういうものを隠そう無くそうとするから、一度弾けたときに、暴発する、抑えが効かない。
  
映画鑑賞後、参加者4人で感想を語る会。他の人も、「R-15」指定については首を傾げていました。映画の内容についてよりも、そのことについて盛り上がりました。
でも、入った居酒屋がまずかった。JAZZをガンガンに鳴らしているお店で、集中して語り合う雰囲気ではありませんでした。お店の選択も重要だなと、痛感いたしました。

次回「白骨の会」は
5月12日(土) 午後5時~8時頃 西蓮寺にて
先ずは、奇数月の輪読会にご参加ください。
お待ちしています。

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2007年4月13日 (金)

川の流れのように♪






川の流れのよ〜に〜♪

生きていると、いろいろありますよね。

流れに身を任せればいいのに、つい逆らってしまう。だから苦しいのかな。

でも逆らってしまうのが人間。

そうでしょ!?って言われたのが親鸞聖人じゃないかな。

加茂川を見ながら、なにを思われたことでしょう。



写真は、飯田橋駅前の喫茶店から。

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2007年4月11日 (水)

いただきもの

私が頑張らなきゃ

私がなんとかしなきゃ

私だけが耐えていれば

私だけが苦しみを引き受けていれば

淋しいのは私だけでいい

悲しむのは私だけでいい

私だけ

私だけ

私だけ…
   
   
     
あなたが…いてくれたのですね
 
 
 
私が 私が と思っていたけど
全部あなたからのいただきものでした

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2007年3月17日 (土)

らしさ

 男らしさ
 女らしさ
 自分らしさ

「らしさ」を求めるのは、
そのままの私を受け止めてくれる人がいないから。
私自身も含めて。
 

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2007年3月15日 (木)

はたらいているから生きている

働くことは生きること
  ドラマ「ハケンの品格」より
 
ドラマを見ていて、主人公のセリフが耳の底に残ってしまいました。
働くということは、お金を稼ぐことであったり、なにかしら社会のためになるものを生産することを指すのだろう。そういうことが生きることならば、稼げない状態、生産性のない状態は、生きるに値しないことになりかねない。
 
でも、「働く」と言っても、稼いだり、なにかしら生産することばかりではないですよね。
物事を考えることを「頭を働かせる」とも言うし、ボーッとしていても、実は働いている。
どんな状態でも、人間常に働いてるんだなぁ。常に生きている。でもそれだと、「生きてることは生きてること」って言ってることになっちゃうなぁ。でも、それでいいのか。
 
さて、働きの主は誰でしょう。たいてい「自分」を考えるけど、別の考え方もある。
阿弥陀如来の救い・願いを、「阿弥陀如来の“はたらき”」と表現します。
阿弥陀如来のはたらきによって、今、私が生かされている。
「はたらきによって生かされている」
じゃぁ、死んだら阿弥陀如来から見放されたってことか?
いえいえ、そのような発想は、人間の知恵。
人間の知恵からすれば、生きてる状態・死んだ状態分かれるのだろうが、
仏の智慧からすれば、生きてるも死んでるも別け隔てない。
阿弥陀のはたらきは、すべての生きとし生けるものに届いている。
人知からすれば死んでるのかもしれないけれど、阿弥陀的には すべて生きてる。
ゆえに、「阿弥陀のはたらきの中を、今、生かされている」

あっ、そんなこむずかしいこと考えながらドラマを見ていたわけではないですよ。
ドラマは、楽しく見させていただきました。マグロさばいて、空飛んで、トラック運転して…見ていて、気分爽快のドラマでした。

(余談)
ドラマの主人公の大前春子さんは、時間ピッタリに行動します。
決まった時間に仕事を始め、決まった時間にシッカリ休憩を取り、決まった時間ピッタリに仕事を終えます。
「就業時間は決まっていても、時間内に仕事が終わらないこともあるだろう。時間の融通を利かせて仕事しようよ」なんて、ドラマを見ていて感じた人はいませんか?
でも、時間の使い方が下手な私は思ったのです。
時間を決めて行動していたら、仕事って片付くんじゃないかって。
すこし残業しよう、もうすこし休もう、すこしくらい遅れてもいいか…。その「すこし」の考え方が、ズルズルダラダラを生み出しているようです。

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2007年3月 6日 (火)

北風と太陽

北風ピューピュー
旅人は、コートで身を包みました。
北風はもっと強く吹きました。
旅人はもっと強く身を包みました。

北風がやみ、太陽がサンサンと照り始めました。
旅人は、コートを脱ぎました。
 
北風が、旅人を苦しめる象徴のようだけど、
旅をしてれば風が吹くこともある。
雨が降ることだってあるだろう。
風や雨が旅人を苦しめるのではない。
旅をしていれば、避けては通れない、当然の出来事。
その当然の出来事に、“苦しめられている”と勘違いしてしまう。
私を苦しめるのは、自我・我執・煩悩。
コートやレインコートや傘が、それらの象徴。
旅の途中での、避けては通れぬ出来事に、コートや傘で身を守る。
避けては出来ぬ出来事が、強大ならば強大なほど、強く固く身を守る。自我や我執で自分を守る。

そんな私に照り続ける太陽は、仏の慈悲。
雨が降っていようが、風が吹いていようが、その間も太陽は私を照らし続けている。
 ずっと旅人を見ている。
 ずっと旅人を照らしてる。
 ずっと旅人を守っている。

雨もやみ、風もやみ、心地よい陽ざしに、こころは踊る。
さぁ、苦から解放された…かといえば、私の手にはコートや傘が。手放せないんだなぁ。
 
人生という旅路を歩む、私の姿。

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2007年2月27日 (火)

何が目的なのでしょう

墓地を歩いていて、ついに発見してしまいました。
お墓に向けて挿さっている墓地花を。
 
昨年末、占いのおば様がテレビで
「墓地花をお墓に向けて挿したら、運が良くなった」
というようなことを言われたそうですね(私は番組を見ておらず、話を聞いただけなので、受け取り違いがあったらすみません)。

その真偽がどうとか、信じちゃいけないとか言いたいのではありません。
自分の運を良くするためにお墓参りをするんですか?
そのことを問うてみたいのです。
 
運が良いとか悪いとか、亡き人が迷っているとか、亡き人のせいにしないでください。迷っているのは私じゃないですか。
 
よそのお寺さんから寺報(お寺の新聞)が届きました。そこにも、
「お墓はタワシでこすってかまいません。ゴシゴシ磨いてあげてください」
と、書いてありました。
先のおば様は、
「100円ショップでスポンジを買ってきて、それで洗いなさい。タワシでこすっちゃダメよ」
って言ってましたね(そこは偶然見てました)。
   
お墓参りに、特に制約はありません。
墓前で手を合わせるだけでも、水をかけるだけでも、スポンジで磨いても、タワシでこすってもかまいません。そこに、亡き人との出会いを通して今の自分があるという気持ちがあるならば。
お墓参りするおこころを大切にしていただきたく思います。
 
以前、お花の向きについて書いたことがあるので、そちらもお読みください(こちら)。

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2007年2月16日 (金)

まちがい

「一歩間違っていたら、俺もああなっていたかもしれない。気をつけないといけないな」
 
気をつけるのは勝手だけど、
「間違った結果、ああなった」のだろうか?

  

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2007年2月12日 (月)

ぼくの細道

○昨日の文章で、映画のPG12について触れました。
(昨日は「12禁」と書いてしまいましたが、詳しくは「PG12」だそうです。「PG12」とは、「12歳未満のお子さんは、成人保護者同伴が適当」という意味だそうです(“適当”って…)。親と一緒なら見てもかまわなかったのですね。失礼しました)
 
○リンクさせていただいている因速寺さんの「住職のつぶやき」に、電車の女性専用車両での出来事について書かれています(2月12日)。

○ニューヨークの議会で、横断歩道歩行中に携帯での通話や「iPod」を聞くことを禁止する法案の提出が考えられているそうです。
(もし禁止にしたいのなら、車の運転中にテレビを見ることとか、歩きながらメールを打つこととか、先に禁じることがたくさんあると思うのだけど。
自転車乗るために、免許証が欲しいですか? 今のように、歩行者無視で自転車に乗っていたら、そのうちきっと免許制になってしまいますよ)


 
「○歳以下はダメ。~は○歳から」
「○○専用」
「○○中の△△は禁止」
 
快適な暮らしのために作られる決まりごとの数々。
実は生活を窮屈にしている。

法律や条例も、時代・状況・環境に合わせて変わる(変えようとしている)けれど、「合わせている」のか「合わせられている」のか分からない。
困ったことが起きた。同じことで困る人が出ないように、法律や条令をつくる。「あぁ、同じことで苦しむ人がいなくなってよかった」…なんて思っていたら、解釈の違いだとか、他の方法を見出して、隙を突いてくるヒトが現われる。
生活の中の法律だと思うんだけど、法律の中で生活している気がする。

決まりごとが多くなれば多くなるほど、道は細くなっていく。
だから、どうしたら歩きやすくなるか考える。自分さえ歩きやすければいいなんてことを思ってしまう。道ではない所を歩き出してしまう(道を踏み外す)。そういう人が増えると、「そんなことまで決まりごとにしなくていいじゃん!!」 なんてことまで、決まりごとにしてしまう。

聖徳太子のころは、お国の決まりごとが17個(十七条憲法)。それだけで充分だったんですよね。
そのたった17の決まりごとを受けて、個々人それぞれが「やってはいけないこと」「やるべきこと」を想い、感じ、実行していた。“みんなのため”に。「みんなのためにやってはいけないこと」「みんなのためにやるべきこと」はなんだろう。
今は、自分のために思い、主張し、行動する。「自分のためにやってはいけないこと」「自分のためにやるべきこと」ってなんだろう。
(「自分のためにやってはいけないこと」を自分がしない…のではなくて、周りの人間は「私のためにやってはいけないこと」をしてくれるな。
「自分のためにやるべきこと」を自分がする…のではなくて、周りの人間は「私のためにやるべきこと」をしてくれ)
 
 
みんな細い細い道を、窮しながら歩いているんだなぁ。大らかで穏やかで大きな歩きやすい道を歩いていたはずなのに。
 
「ちょっと窮屈さを感じませんか?」ってつぶやきでした。

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2007年2月 6日 (火)

比例

不便でも、それで充分満ち足りていた気がする。
便利だけど、便利なんだけど、全然物足りない。

不便と満足
便利と不満
…セットなんだなぁ。

不便であることと人情(ひとのこころ)が比例して、
便利になることと非情(こころをなくす)が比例する。

不便とは、
生活を工夫し、助け合い、情(こころ)を他人に向けられること。
便利とは、
生活が怠惰になり、人を頼りとしなくなり、情が自分にだけ向くこと(自分にすら向かないのかもしれない)。

世の中便利になると、人間は退化する。


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2007年2月 5日 (月)

よろこび

幸せとは

他人(ひと)の幸せを喜べること

不幸とは

他人(ひと)の不幸を喜ぶこと

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2007年2月 4日 (日)

鬼はうち

節分といえば「鬼は外 福は内」が決まり文句のようですが、東北のある地方では、「鬼は内」と古くから伝統されているところがあります。
吉凶禍福全て受けいれて生きる人間の潔さが感じられます。「鬼もまた私なのである」と。

ネットで調べてみると、東北に限らず、いろいろな地域で「鬼は内」の習慣・伝統があることが分かりました。その由来はいろいろです。
 
○鬼にも《良い鬼と悪い鬼》がいて、良い鬼はうちへいらっしゃいという考え方。
○鬼の持つパワーを利用して、家の邪気や、災いごとを追い払ってもらおうという考え方。
○豆まきで追い払われた鬼が「鬼も内」と言ってくれた人に恩返しをするという考え方。
 
「鬼は内」の背景にもいろいろあるものですね。
「吉凶禍福全て受けいれて生きる人間の潔さが感じられます。鬼もまた私なのである」は、チョットきれいに受け止めすぎたかもしれません。豆まきで行き場をなくした鬼の力を借りる…鬼以上に鬼な私でした。

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2007年2月 3日 (土)

願いの背景

1月は初詣 「家内安全・商売繁盛・合格祈願」
おさい銭 百円玉一ツ 
ぽんと投げて手を合わす おねがいごとの多いこと

                    (相田みつを)
   
2月は節分 「鬼は~そと~ 福は~うち~」

誰もが幸せを望むもの。「おねがいごと」が多いのも無理はありません。
さぁ、もし「おねがいごと・望み」が叶ったらということを考えてみましょう。
 
○自分の家だけ安全・平和だったらいいのですか?
○自分の商売だけ繁盛しても、お金は世間を回りません。
○自分が合格するということは他の誰かが合格できないということです。
○出て行った鬼はどこへ行くのでしょう?
 
他者の不幸を頭に入れて、自分の幸せを望んでいる人はいないでしょうが、そうは言っても、私の願いの背景には、他者を傷つける願いが含まれているのです。怖いことです。願い事をしている時は、周りが見えなくなっているのです。知らないうちに、他者を傷つけているいのです。
 
他者を傷つける行為を、私たちの持つ「心の闇」と表現します。でも、その闇が、私の中に有ることに気が付いていません。気が付かない、周りが見えない、他人に関心がない。闇の真っ只中にいるのだから、何も見えなくて当然です。自分の内も外も闇です。「外も内も闇~」。
しかし、真っ暗闇だからこそ、光を感じることが出来るのです。そう、仏の慈悲の光を。

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2007年1月28日 (日)

こうきょう こうこく きこう

今朝、用事があり車に乗ってました。
ラジオをつけたときに丁度聞こえてきたパーソナリティの会話…

「駅弁を買って、電車の中で食べるのって美味しいですよね」

「山の手線じゃぁ、食えないなぁ」

「騒がしいですものね」

えっとぉ…。
この会話を聞いて(読んで)、違和感はありませんか?

「騒がしいですものね」なんですね。(私が周りに対して)「迷惑ですものね」「鬱陶しいですものね」ではなくて。
電車内でお化粧や飲み食いをすることは、公共の場としては謹むべきではないかとよく話題になります。
でも、お化粧したり飲み食いしたりする人にとって、周りの人は、人であって人でないそうです(とんちのようですが)。だから、気にしない、気にならない。

「騒がしいですものね」という場合、自分を中心に置いてます。自分が過ごしやすい環境をまず整えて、それから周りを一応気にしてみる。すると、駅弁を食べるには騒がしいなぁ(食べにくいなぁ)と感じるわけです。自分を“正”においた見方です。
 
人がたくさんいる中でとる行動として、ふさわしいかどうかということを考えれば、「迷惑ですものね」「鬱陶しいですものね」「できませんよね」という羞恥心にぶち当たると思うのですが、そうでもないのでしょうか。

違和感はありませんか? と尋ねましたが、なにかお感じになられましたか?
なにも感じないという人もいるのかもしれませんね。
そういう人から見ると、私こそ鬱陶しいのでしょうね。
   

 
先日、ある住職から教えていただいたことがあります。新聞の投書です。
投書の主は、若い娘さん。電車の中でお化粧をしていたときのことを投書に書かれてました。

彼女が車中でお化粧していました。その姿を見て、あるおばあさんが「公の場でお化粧をするものではありません」と注意しようとされたそうです。でも、今どきの子、注意したら何をされるか分からない。
で、メモに「やめたほうがいいですよ」という旨を書いて、ご自分が電車から下りる間際に彼女に渡したのだそうです。
その忠告のメモを見て、彼女はハッと気付かされました。
「公の場でお化粧をすることが恥ずかしいことだと思わなかった。そういうことを注意してくれる人も私の周りにはいなかった。私のことを気にして、メモを渡してくれたおばあさんに感謝しています。下りる間際に手渡されて、お礼を言う間もなかったので、新聞の投書に書かせていただきました。ありがとうございます」
というお礼の言葉が投書には書かれていたそうです。
 

 
公の場でのマナーって、難しい。
自分に対しては甘くなってしまうことも、他人がしていたら腹が立つ。
一緒にいる友人だったら注意もしないけど、他人がしていたらどつきたくなる。
最近、車掌さんからのお願いアナウンスが増えているような気がするのは、私だけでしょうか。
 
車中でのお化粧と、お弁当を食べることは謹みたいと思います(しないって)。

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2007年1月23日 (火)

黙読・音読・輪読・○○どく

読書は、贅沢な時間を与えてくれます。
行ったことがない世界へも、自分が生きていなかった過去へも、まだ見ぬ未来をも見せてくれます。自分の専門外のことも教えてくれます。
一時期、本をむさぼり読んでいた時期がありました。夜、古本屋で本を買い、ファミレスに行ってコーヒー一杯頼んで、買った本を読みつくす(嫌な客です)。そんなことを続けていました。何かを求めていたのでしょうか。
ちなみに、その時期にこころ打たれたのは、村上龍さんの『コインロッカーベイビーズ』と、遠藤周作さんの『深い河』です(仏教書にあらず^^;)。
『コインロッカーベイビーズ』からは、人間の中にある、いや自分自身の中にある深い業を感じ、こころ掻きむしる想いを抱きました。
『深い河』は、複数の登場人物が出て、複数のエピソードがあり、そのどれもが独立しているのに、すべてが結びついている。読書をしていて、本の世界を初めて立体的に感じました。自分もその中にいるような。
  

 
最近は、音読、声に出して本を読むことが勧められています。
目で追っているだけだと、大雑把に読んでしまいます。でも、声に出して読むということは、一字一字に必ず触れるわけですから、本全体を、文章全体を味わうことができます。声は響きです。私の声の響きが、私のこころに響いてきます。

そうは言っても、なかなか声に出して本は読めないものです。
でも考えてみれば、お経を声に出して読んでいるんですよね。お釈迦さまのおしえを声に出して読んでいる。
法事の際、意味がわからなくても、目を閉じて、おしえの世界に没頭することを試みてはいかがでしょうか。響いてくるものがあると思います。
で、いちばん身近で響くのは、声を出している私自身。贅沢な時間を頂戴しています。
  

  
20日(土)、白骨の会(西蓮寺仏教青年会)を開催しました。
昨年は、ひとつのテーマを参加者で語り合う形式を取っていました。今年は、輪読会にしました。
順番に本を読み、私が補足して、疑問点を言ってもらって、みんなで考える。
輪読会を開催するにあたり、「イメージが大切だ」というテーマを設けました。それぞれの学び・経験を通して表現されるイメージ。 本の内容を、みんな同じように共有するのではなく、それぞれが、どのようなイメージを抱いたか語り合う。
ひとりで読書していると、自分の価値観でしか捉えられません。いや、自分の価値観で捉えるどころか、サラッと読んでしまい、こころにもとどまらず、響きもなく読んでいるのではないでしょうか。
輪読会を開いてみて驚きと共に感じたことなのですが、本の内容が、立体的、複合的に感じました。ひとりで読んでいたときの平面的な世界観とは違って。
それぞれが抱く世界観。そのどれもが正しく、美しい。いろいろな世界が開けてきます。楽しかったです。
 
次回輪読会は3月。
まだ日にちは決まってませんが、決まり次第、トピックスブログ(右手「トピックス」をクリックしてください)に日にちを書いておきます。興味をお持ちいただけましたら、ご参加ください。お待ちしています。
 

 
とはいえ、私自身本を読むことはそんなに得意ではなく、なかなか読み進められません。
読んでいる途中の本がどれだけあることか。
買ったままで読んでない、積んであるだけの本がどれだけあることか。そういう読み方を「つんどく」と言います。

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2007年1月19日 (金)

そこにあるもの

数日前の出来事です。
夜、のどが渇いたので、冷蔵庫から生茶の2リットルペットボトルを取り出し、コップについで、一気にゴクゴク。続けてもう一杯一気にゴクゴク。フーっと、ホッと一息。のどの渇きも落ち着きました。

「あー おいしかった♪」
 
少しずつ飲もうと、もう一杯コップについで、机に向かいました。
事務仕事をしながら、少しずつ飲んでいました。

少しずつ飲んではいても、やがて飲み尽くすもの。飲みながら、ふとコップの底に目をやると、コップの底の汚れが目につきました。
「なんだこれ!!」(こころの叫び)
 
そのままシンクでコップを洗うと、ほんのりリンゴのにおい。
「ゲッ、2、3日前に飲んだリンゴジュースじゃないか!?」(ボソッとつぶやき)
 
リンゴジュースを飲んだ後、コップをキチンと洗ったのですが、底がきれいに洗いきれてませんでした。
汚れたコップでお茶を飲み干した事実が、私を襲います。
「このコップでお茶3杯も飲んじゃったよ。お腹大丈夫かなぁ。なんか気持ち悪くなってきた…」(大きな独り言)
 
その晩は、事務仕事を切り上げて、ベットに横になりました。「な~んか気持ち悪いなぁ」なんて思いつつ、いつの間にか寝てしまいました。
朝、起きたときには、昨晩のことなど忘れて、気分スッキリ目覚めました。結果、なんともありませんでした。単純です。
 

 
もしコップ2杯でお茶を飲むのをやめてコップを洗っていたら、汚れには気付かなかったことでしょう。ということは、気持ちも悪くならなかったことでしょう。
でも、さんざん飲んだ後で、汚れに気がついた。その「気がついた」という事実によって、「気持ちが悪くなった」。
よほどコップが汚れていて菌が繁殖していたら、汚れに気付こうが気付くまいが、お腹は痛くなっていたことでしょう。でも現実は、お腹を痛くするほど汚れていたわけではない。ないのに、なんとなく気持ち悪くなった。
 
某お菓子メーカー(隠すこともないけれど)が、消費期限切れの牛乳を使っていた。おそらく、慢性的なことだと思う。だけど、今までお腹をこわす人や、食中毒になる人はいなかった(ですよね)。
ニュースになって、問題ありの食品を食べていたことを聞かされて、そのために「気持ちが悪くなった」人がいるんじゃないかな。
ということを、汚れてたコップ事件(大袈裟?)を通して、感じました。
 
知らなければよかった、発覚しなければよかった、報道されなければよかったなんて言ってるんじゃないんですよ。
いけないことと知りつつも、そのことを続けていた。その事実は、公となり、罰を受けなければいけないことだと思います。事件は事件として。
 
自分の身に起きたことを考えると、知ってしまったがために、具合が悪くなった、仲が悪くなった、やる気がなくなった。そういうことって、ありませんか?

見えていないという事実が、安心を与えてくれる。
でも、この方向からは見えないだけであって、ちょっと違う角度から見ただけで、物事の見え方というのは、まったく違ってくる。今まで見ていたものは、何だったのだろう!! どっちが本当の姿なのだろう!!
 
知らないという事実が、問題意識もなく生活させてくれる。
でも、私が知らないというだけであって、出来事というのは、刻一刻と進行している。良いことも悪いことも。知ったときには、遅いのかもしれない。

気付かないという事実が、平穏に生活させてくれる。
でも、私が気付いてないというだけであって、そこにある現実に変わりはない。悪い現実に蝕まれているかもしれないし、温かい慈悲に包まれながら生きているかもしれない。気付かないという不幸を生きているのかもしれない。

見えない、知らない、気付かないで生きている方が、こころは穏やかでいられるかもしれない。
でも、見えない、知らない、気付かないだけで、私の周りには厳しい現実が渦巻いている。
 
コップの底は、見ようと思わなければ、なかなか見えるものではない。
汚れが見えたなら、その原因を知ろうとするだろう。
知ったならば、自分の身に起きている事実に気付くことだろう。
そのとき、コップを洗いますか? 汚れをそのままにしておきますか? それとも、隠してしまいますか? 

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2007年1月18日 (木)

語る者こそ聞く者

お世話になっているご住職のお父様が亡くなられました。昨日、ご葬儀があり、お参りに行ってきました。
ご葬儀が終わり、ご住職より参列者に挨拶がありました。
 
「私は、自分ひとりで生きてきたつもりでいました。でも、父の死により、自分ひとりで生きてはいなかったことを痛感しています。父が、前住職がいたからこそ、今の私がいるんだなぁということを感じています」

涙ながらに語られる姿が印象的でした。
帰るとき、「今日は来てくれてありがとう」と、住職は手を差し出してくれました。ギュッと握手をして、お寺を後にしました。
 

「人はひとりでは生きていない」
「父や母がいて、私がいる」
「家族を大切に」
これらのことは、書いてしまえば当たり前のこと。
当たり前のことだけど、「大切なことですよ」「大事なことですよ」と呼びかける。このご住職も、私も、他のご住職たちだって呼びかける。
でも、呼びかけている者自身、そのことを胸に日々生きているかというと、そうでもない。大切だ、大事だと言いながら、日々忘れて生きている。
言っている者は、実は自分自身へ呼びかけているのかもしれない。
 
ご住職は、お父様の死を通して学んだことがたくさんあった。
「大切なことを忘れて生きていました。ことばだけ発信して、自分自身にその想いがあるのかということを、あらためて自身に問うています」と。
  
ご葬儀の帰り道、同じ電車で帰るご住職(お父様を亡くされたご住職とは別のご住職)が話してくださいました。
「俺の親父が死んだときも、同じことを感じたなぁ。俺も、自分で頑張ってきたつもりでいたけど、親父が死んだときに、風呂敷の結びが全部ほどけてしまったような気がしたんだ。親父がいてくれたから、好き勝手出来て、頑張れたんだよなぁ」
 
どんなに大事にしているつもりでも、ここまですればいいということはない。
こんなに大事にしてるんだからって、自慢・自負・満足してしまってはいけない。
たとえ満足できるほど大事にしていたとしても、亡くしたときには後悔の想いが湧く。
 
親に限った話ではなく、人を想う気持ちがあるからこそ、亡くしてから、つらく・淋しく・悲しくなるんだなぁ。大事にしてたから、大切に想っていたからこそ、つらく・淋しく・悲しくなるんだなぁ。大事にしてこなかったから、つらく・淋しく・悲しくなるのではないんだ。
 

 
今の私はどうだろうかと、自身を見つめながら雨の中帰ってきました。
 
「おかえり」
風邪気味で、咳をしながら迎えてくれた住職(父)の姿に、胸が痛みました。

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2007年1月17日 (水)

砂上の楼閣

1月17日は阪神淡路大震災の日。12年経ちます。
自分は京都であの震災を経験しました。明け方、今までに経験したことがない揺れを感じ、目を覚ましました。
揺れが止まり、窓の外を見ても、普段と同じ風景。揺れは凄かったけど、被害はなさそうだなと思いながら、しばらく横になりました。一時間ほどして目を覚まし、テレビをつけて驚きました。神戸の様子が映されていました。高速道路が倒れた絵でした。見た記憶がある方も多いと思います。
午後、いつも通り大学に行きました。
「朝の地震凄かったね」「神戸では大変なことになっている」という話題で持ちきりでしたが、「えっ、今朝そんな地震あったの!!」などと呑気な友人もいました。
 

 
今朝テレビで、神戸で被災した方のインタビューを放送していました。
その方は運送業をしていらっしゃいます。震災直後、荷物の配達に出かけて留守の家があると、隣の家の人が出てきて、「○○さんは出かけられて留守だから、うちで荷物を預かりますよ」と言ってくださる方がたくさんいたそうです。震災から12年経って、隣人を気にかける人もいなくなり、そう声をかけてくださる方もいなくなり、配達した荷物を持って帰ることが多くなったそうです。「お互いのことを気にかけ、助け合う。その気持ちはなくしたくないですね」と話されていました。
 
自分のことだけでも大変なときに、でも、そんな時だからこそ、お互いのことを気にかけ、助け合っていた。
そういう関係が築かれていたのに、時と共にお互いに無関心になってしまう。
お互いのことを気にかけ、助け合う関係になるには、かなりの時間がかかります。或いは、大変な出来事があって初めて助け合えるようになります。
人とのつながりを持つには、大変な時間やきっかけを要するものですね。しかし、つながりを断つのはほんの一瞬。物事を築いていくのは大変だけど、壊すのはあっという間ですね。
 
先日ブログで、地球の環境破壊は人間のせいかもしれないけれど、環境の変化は地球本来の活動でもあるのかもしれないと書きました。でも、地球本来の活動だとしても、その活動を悪い方向に早めてしまったのは人間なのかもしれない。
長い年月をかけて住みやすい環境を作ってきたつもりが、環境の悪化を招いてしまった。その悪化の速度は、作り上げてきた時間の何倍も早い。

築き上げてきたもの、形あるものが壊れゆくのは、自然の成り行き。そのことは逆らえない。
でも、自ら壊す必要はないのではないだろうか。

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2007年1月15日 (月)

失敗は成功の…

「しっぱい」ってなんだろう?
 
うまくいかないこと?

「うまくいく」ってどういうことだろう?
 
「しっぱい」も「うまくいく」も、誰かの予想・予定・計画が前提になる。
予想通り・予定通り・計画通りなら「うまく」いった。
予想通り・予定通り・計画通りいかなかったら「しっぱい」。
果たしてそうなのだろうか?
 
「失敗は成功の母」と言う。
仮に、成功とされる結果になれた場合、「失敗は成功の母」とホッとできるだろう。
仮に、失敗とされる結果が続いた場合、「失敗は成功の母」と言って踏ん張れるだろうか。
 
「災い転じて福と為す」と言う。
仮に、福とされる状態になれた場合、「災い転じて福となす」と笑顔で言えるだろう。
仮に、災いとされる状態が続いた場合、「災い転じて福となす」と前向きになれるだろうか。
 
あとで振り返る余裕ができたとき、
「失敗だったな」「災いだったな」「山あり谷ありだったな」と口にすることができるのかもしれない。他人が判断するのではなく、自分自身のこころの底から。
でも、「失敗だったな」「災いだったな」「山あり谷ありだったな」って述懐できるようになったとき、その失敗や災いや山・谷は、失敗・災い・山・谷ではなくなる。

はたから見たら失敗かもしれないけれど、私にとっては失敗なんかじゃない。
同じ結果・状態を目にしているのに、評価は正反対。
 
「しっぱい」ってなんだろう?
「うまくいく」ってどういうことだろう?
 
人によって物事の見え方・感じ方・次の一歩の踏み出し方は様々。
「しっぱい」なんてないし、
「うまくいく」ってことも、今の状態を、そう思いたいだけなのかもしれない。

人間には、人生を失敗する権利がある。
                     映画「アメリ」より
 

 
過日「失敗は許されない」という表現を耳にし、「?」と思ったので、いろいろと考えてしまいました。
書いていて思ったのですが、「失敗は成功の母」なのでしょうか、「失敗は成功の元」なのでしょうか。
ちなみに、長嶋さんは「失敗は成功のマザー」と言ったとか言わなかったとか^^

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2007年1月13日 (土)

人生24時間

地球が誕生してから現在までを24時間に換算してみると、人類の誕生は何時頃のことだと思いますか?
 

 
答は、23時59分50秒を過ぎたところだそうです。
手にとる資料によって多少数字が違うのですが、50秒は過ぎているようです。つまり、地球誕生から現在までを24時間で換算すると、人類の歴史は10秒にも満たないのです。
  
今年の冬は暖冬と言われています。スキー場のある地域は、雪が降らないで困っています。
地球規模でみても、異常気象のようです。ニューヨークでも雪が降らないというニュースを耳にしました。 
 
昨今耳にする環境破壊・環境汚染・環境の変化・地球温暖化ということばの数々。
その原因は、人間にあるのでしょう。化石燃料の無駄遣い・二酸化炭素の垂れ流し・海洋汚染・オゾン層の破壊という自分で自分の首を絞める行為の数々。
 
環境の悪化に歯止めをかけようと、「地球にやさしい」活動を呼びかける声が高らかに叫ばれています。
クールビズ・ウォームビズ・リサイクル・資源の無駄遣いをやめよう・二酸化炭素の排出を抑えようという、地球にやさしい行為の数々。出来ることがたくさんあるということは、それだけしてこなかったということ。やってはいけないことを、してきたということ。
これだけのことをしたら大丈夫♪なのではない。
こうなってしまうだけのことをしてきてしまったツケ。
こうなってしまうまでなにもしてこなかったバツ。
 
地球に居させてもらえるはずのない私が、まだ住まわせてもらっていることへの感謝・かたじけなさを感じることなく「地球にやさしい」なんて言っても、そんなの嘘・傲慢・形だけ。
 
やらなければいけないこと、やってはいけないこと、たくさんたくさんあります。
   

さて、確かに人間が犯してきた罪・負わなければいけない罰・償わなければいけないことは山のようにありますが、地球の歴史で考えてみると、他の見方が見えてきます。
人類誕生から300万年(諸説紛々)。そもそも、人間のように環境適応能力がさほど高くない生き物が300万年も生きていられることの方が稀なこと・不思議なこと・神秘的なこと。
地球の環境は、地球誕生からめまぐるしく変化してきました。氷河期もあれば、ものすごく熱くなっている時期もある。雨ばかりのときもあれば、カラッカラに干上がっているときもある。地殻変動が起きる時もあれば、水面の高さが著しく変わるときもある。 
  
1℃2℃の気温の変化・降水量の変化・地震・津波で大騒ぎしているけれど、私たちが生きていられるような状態で地球の環境が安定してきたことは、本来ありえない話らしいのです。地球の環境が変化しているというけれど、地球本来の活動からすると、そんなの当たり前のことなのです。つまり、今までの安定した状態の方が異常だったのかもしれません。
環境の変化は、人間の責任だという。確かにそうかもしれないけれど、地球が、地球本来の活動をしているだけのことかもしれない。
 
「地球にやさしく」と考えることも、「地球の環境変化は人類の責任だ」と反省することも、謙虚・殊勝なことのようだけど、やはり傲慢。どちらにしても、自分(人間)を中心にした発想です。

自分の姿を省みることなく、「地球にやさしく」と言っても、どこか白々しい。
地球の姿を知ることもなく、「地球環境が変化している」なんて騒いでも、どこか無責任。
 
たとえ白々しくても、地球にはやさしくあるべきです。
環境の変化が、地球の当然の活動だとしても、だからといって人類の営みが今のままでいいわけはありません。
  
やらなければいけないこと、考えなければいけないことはたくさんあります。
でも、人間が考え、行うことです。結局は人類を中心にした発想になってしまいます。
他の生物の生命に対する畏敬の念・地球に対する敬意を忘れてはいけない。
只今23時59分50数秒… この時間が、少しでもさかのぼるように。
  
☆ 
 
「地球と人類」を、「私と誰かさん」とに置き換えてみてはいかがでしょう。
 
一緒にいるとウザイ・鬱陶しい・邪魔・殺したいと思ってしまったとしても、
私の生涯を24時間に換算してみると、ほんの数分しか一緒にいない人かもしれない。そんな人のことで、気分を曇らせてないで、24時間全体を、大切に彩ってほしい。
 
一生を共に歩む人との出会い。
私の生涯を24時間に換算してみると、大半の時間を一緒に過ごすことになるのかもしれない。たくさん人がいる中で、その人とかなりの時間を一緒に過ごす。なんて凄いことでしょう。地球の気候が安定していること以上に素晴らしい出来事ですね。
 
私の生涯で、たくさんの人との出会いがあります。
私の生涯を24時間に換算してみると、ほんの数秒だけしか交流・接触・会話のない人もいることでしょう。もしかしたら、一秒にも満たないかも。たくさん人がいる中から、せっかく出会えたのに…。人との出会い、大切にしたい。

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2007年1月10日 (水)

のぼりざか・くだりざか・○さか

こんな年賀状をいただきました。
 
 山あり谷ありの人生を歩まれているかっちゃん
 今年はいいことがありますよ!!
 
フム、私の人生、山あり谷あり…そう見えるんだぁ。
いや、ここで書いたからって怒ってるとか、気にしてるっていうんじゃないんです。
山あり谷ありってことで、またいろいろと考えていたのです。
  
実際に山を登るときは、目で見て、上り坂下り坂が認識できます。険しい山になれば、地図で確認したうえで、コンパス片手に山に入ります。上り下り、山・谷って分かったうえで歩きます。

でも人生って、「これから上り坂だ下り坂だ」「これから山だ谷だ平地だ」などと思いながら歩んではいません。
最近のトーク番組なんかでは、自分の人生をプラス時とマイナス時をグラフにして話を膨らませる番組もあります。でも、まさにその時に「今プラスだ♪」とか「今マイナスだなぁ」なんて思ってはないことでしょう。
あとで振り返ったときに、「あのときはしんどかったけど、今は少し楽になった」「あのとき頑張ったから今があるんだなぁ」「今考えればたいしたことじゃなかったな」「あのときは良かったなぁ」「楽しいときって続かないもんだなぁ」などと思えるのであって、その時その瞬間はひたすら歩くしかない。
たとえ山でも、たとえ谷でも、歩いているその時その瞬間は平らな道。
地図のない人生、この道をいざ歩かん。
 
横から、傍から、客観的に見てれば、いや、見てるからこそ山あり谷ありに見えるんでしょうね。自分じゃ分からないんだよなぁ(鈍いのかなぁ)。
   

結婚式のスピーチや、法話でたまに聞く話…

「人生には三つの坂があります。のぼりざか・くだりざか…もうひとつは何でしょう?
“まさか”という坂です。
人生、上り坂もあれば、下り坂もある。そして、“まさか”と思う出来事もあるものです。
どうぞ二人で力を合わせ、まさかという坂を乗り切ってください」

人生、まさかの連続です。

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2007年1月 9日 (火)

生まれて、生きる

昨日、「成人の日」という題で文章を書きました。
すると、友人が「自分の解釈も含めてなんだけど…」と、成人の日の由来について教えてくれました。
  

 
昔は、今ほど幼少期の生存率が高くありませんでした。幼くして死んでしまう子供がたくさんいました。
ここまで育ったらあとは順調に成長していくだろうという年齢になった頃、元服をしていたわけです。
歴史ものの小説やドラマを見てると、まだ幼いと思われるときに元服していますが、それは「ここまで育ってくれたのだから、もう大丈夫」というところまで育った証なわけです。
人として生まれてきたけれど、人として生きられるめどがついたから「成人」と言うんです。
生存率が高くなかったのは、病気や栄養不足という理由もありますが、家族が生きるために「間引く」ということも行われていたからです。生きるために、泣く泣く間引かざるを得なかったのです。そのつらい想いの落ち着かせ方として、「神さまからお預かりした赤ちゃんだけど、また神さまにお返しします」という考え方をしていたのです。だから、ある程度の年まで育てて、元服をする、成人するというのは、人間として一人前になるという意味ではなく、神の子から人間の子に成るという意味があるのです。「成人」には、そういう意味があるのです。
(私の受け取りが含まれているので、友人が言わんとしていたことをちゃんと受け止めてるのか、書きながら自信がなくなってきましたが、こういう話を教えてくれました)

ちなみに、その時に「コケシ」の話もしてくれました。皆さんご存知の、木で出来た人形ですね。
「コケシ」は、亡くした子供を表わしています。亡くした子、消した子の。そう、「子消し」という意味です。
コケシを民芸品・お土産品としてしか見てなかったので、その話を聞いたときはビックリしました。
(注:説のひとつです)
  

こんにち成人というと、酒やタバコがOKで、選挙権が与えられて、罪を犯すと名前が出て(20歳でしたっけ?)など、自分の責任の元、社会の一員として活動することを意味します。
でも、元服と言われてた頃は、「ここまで育てたのだから、あとは自分の力で育っていけ」という意味合いがあったのではないでしょうか。突き放した意味ではなく、「よく育ってくれた」という感謝と安心の意味を込めて。
 
成人ということが、自身の行動に責任を持って生きるということのようですが、責任と言っても、与えられた責任のような気がします。「これとこれとこれを守っていればいいんだからね」って感じ。
元服するということは、残りの自分の人生を、自分で考え、自分で切り開き、自分の足で歩み、自分で幕を引く。まさに自分の全人生を命がけで生きていく決意の表明のようです。

今日私が書いたことは、特に裏づけがあるわけではないので、間違い・誤解もあるかもしれません。間違い・誤解がありましたら、お詫びします。申し訳ありません。
成人や元服の由来をネットで調べると、いろいろな人が教えてくださっています。どれかが正しくて、どれかが間違っているということではないと思います。どれもが正しく、どれもが嘘ではないのでしょう。
言いたいことは、成人・人に成るということがどういうことなのか、一人ひとりが考えることが大事なのではないかなと思うのです。つまり、自身を振り返るということ。「成人の日」の意義って、そういうことかもしれません(そんなこと言ったら、すべての「○○の日」がそうなりますが^^;)。
昨日も各地の成人式会場でいろいろなことが起きたようですが、「最近の若者は」と愚痴ったり、「そんな奴ら、成人ではない」と嘆くだけでとどまるのではなく、「自分はどうだろうか」「これからの私はどうあるべきか」ということを考えてみませんか。

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2007年1月 8日 (月)

成人の日

今日は「成人の日」なのですね。
すっかり忘れて、区民会館のような建物の前を通ったら、成人の集い参加者の路駐で道路が混んでました。危うく約束の時間に遅れるところでした。
 

 
成人の日
 
人に成る日
 
人に成るって、どういうことでしょう?
 
果たして、どれだけ人に成った人がいることでしょう。
 
人間という場合の「間」には、「関係を生きる」という意味があります。
「人と人との関係の中を生きる」のが人間。
 
人をワザと「ヒト」と表記することがあります。その場合、皮肉な意味を込めて動物としての人間を指します。
 
「成人の日」を機縁に、「成人間」として生きますか? 「成ヒト」となりますか?

今年成人の若人に限った話ではなく、すべての生きとし生けるものの話です。

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2007年1月 7日 (日)

あったか~い(昨日のつづき)

体がなかなか温まらないのは、外的要因だけでなく、内(自分自身)にもありました。
   
前の晩、食欲がなかったので、そんなに夕飯を食べませんでした。朝、胃はカラッポ状態だったのではないでしょうか(実際には何時間で胃がカラッポになるのかは知りませんが)。
朝食をとってから、震えていた体も少しづつ温かくなってきました。
    
部屋がどんなに温かくても、体が震えることがあります。風邪かもしれないし、空腹によって体が冷えきっているのかもしれない。 
あつ~いお風呂に入ることによって、自分の体の冷たさを強く感じることもあります。熱い湯に浸かっているのに、ブルブル震えてることってありませんか?(ない?) 

周りがどんなにあったか~くても、私自身が冷え切っていたら、温かさは伝わりません。
いや、周りが温かいからこそ、自身の冷えに気付けるのかもしれません。
 
自身の愚かさに、人間の闇に、社会的不安に震えている衆生に、慈悲の温もりを与えてくれている仏さま。
衆生を温めるためではなくて、その震えの原因に目を向けさせるための温もりなのかもしれません。
慈悲の温もりを知れば知るほど温かくなるのではなく、知れば知るほど身震いが激しくなる。そんな私にとっての朝食が、「南無阿弥陀仏」というお念仏なのかもしれません。 
  
 
寒さに震えながら、そんなことを感じました。  
それから、朝食をキチンと食べることって大切だなぁと、あらためて思いました。
朝、お内仏(お仏壇)の前で手を合わせ、朝食をキチンと食べましょうね。今年の目標ですよ。

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2007年1月 6日 (土)

あったか~い

今日は朝から雨。しかも雨足が弱まりませんね。勢いが弱まらずにこれだけ降り続くのも珍しい気がします。当然のことながら、とても寒いです。
  
昨日、住職と坊守は京都の本山にお参りに行きました。私はお留守番。
で、今朝は私が寺の門や玄関を開けたりといった作業をしなければなりません(普段は坊守がしてくれてます)。

今朝は特に寒かったですね。起きて、居間の暖房をスイッチオン。それから門やガレージや扉開けなどの作業に取り掛かります。ところが、ひと通り作業を終えてから居間に戻っても、部屋が暖かくないのです。
いつもは、朝起きて居間に来ると、熱いほどに部屋が暖めてあって、「温度上げすぎじゃない?」なんて思うのですが、設定温度を変えてもいないのに、寒い寒い。今朝、暖房が効かないほど寒かったのでもなく、暖房が壊れたわけでもありません。
 
で、思ったのです。
普段、私は既に暖められた居間に、寝ぼけ眼で入ってくるわけです。布団から出てそんなに時間も経っておらず、体も温いのです。だから、熱いほどに暖かく感じるわけです。
でも今朝は、寒い中ひと通り毎朝の作業をこなして、冷えた体で暖まり中の居間に戻ってきたわけです。
暖房を同じ温度に設定してあっても、たとえいつもと同じ温度に部屋が暖まっていたとしても、寒いわけです。
毎朝坊守はそんな思いをして作業をしてくれてたんだなぁ。感謝感謝です。
 
同じ温もりの中にいても、「寒い」と感じたり、「熱い」と感じたり…。
 
人は、誰もが阿弥陀仏の慈悲に包まれて生きています。でも、その中にいると、慈悲のぬくもりを忘れたり、慈悲の温もりに気付くことなく過ごしてしまいます。
かといって、温もりの外に出ることも出来ません。阿弥陀仏は、誰であろうと、いついかなる時であろうと、私を包んでいてくださるのですから、その外に出ることは出来ないのです。
それに、「一度出てみよう」なんて思えるということは、すでに慈悲の温もりを感じている人が出来ることですから。
   


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2006年12月31日 (日)

人生点描画

昨日の文章を書いてから考えていたのですが、
近づいて相手に接しようとすると、そういう接し方ばかりしてしまう。全体が見えなくなってしまうこともありますね。
みんなの中のひとり ひとりが集まってのみんな 
特定の人・物事に固執してしまってはいけないし、個を見失ってもいけない。


  
野球中継を担当していたベテランカメラマンさんが嘆いてました。
「最近のカメラマンは、ホームランの際、ボールがスタンドに入るまでアップで追い続けてしまう。それじゃぁ、ホームランって伝わらないんだよ」

野球中継のホームランボール。何気なく映像を見てしまっている。
飛んでるボールをアップで追い続けるのって、ものすごい高度な技術がいることだと思う。
状況からホームランって分かってるから、スタンドインする打球だってわかるのであって、何の説明もなく、飛んでる途中だけの映像を見せられても、それがホームランだとは分からないだろうな。
球場のお客さんの姿を下に映しながら飛んでいる打球を映しきれてこそ、本当に伝わるんだろうな。
ボールをアップで追うほうが、カメラマンとしては腕の見せ所だから、ついアップで撮ってしまう。

例え話になったのか分かりませんが、
遠くから、全体を視野に入れてこそ伝わることもある。
そんなことを言いたかったのです。

線かと思っていたら、点の集合だった。
それぞれの点を大切に見続けることも大事。いろいろな大きさ・形・色・温度の点があるのだから。

点だけをみていたら、線の中の点だった。
一歩引いて、全体を眺めてみましょう。線といっても、直線だけじゃない。曲線もあるし、立体的な線かもしれない。色もいろいろある。素晴らしい点描画が書かれているかもしれません。そのことに気付かず人生を過ごすなんて、もったいないですよ。

今年も終わりですね。
一日一日を大切に、一年全体・人生全体を見据えて、新しい年を迎えたいものです。

皆様、ありがとうございます。
よいお年を (^-^)/

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2006年12月30日 (土)

お掃除のつづき

境内の掃き掃除をしていて、ちょっと先のところは落ち葉もなくてきれいに見えます。
「あっ、あっちは掃除しなくてよさそうだな」
なんて思いながら、きれいそうに見えるところに近づくと、けっこう汚れているものです。落ち葉や墓地花の散った花びらもチラホラ、タバコの吸殻やビニールなどもポツリポツリ。
「あぁ、こっちも掃除しなきゃ」
と、掃き掃き。
 
墓地にある参詣者用のトイレ掃除をするとき、立ちながら便器を眺めていると、汚れが目立ちません。
「あっ、きれいに使ってもらってるな」
なんて思いながら、しゃがんで便器を見ると、なんと汚れていることか。こんなに汚れていたら、気持ちよく用も足せないなぁ。
「水ぶき水ぶき」
と、水ぶきしたら便器がピカピカ。
 
墓参用の手桶け。一日経つと、元置いてあった場所からは移動してしまいます。
「今日もたくさんお参りにみえたなぁ」
なんて思いながら手桶けを手に取ると、使い切らなかった水が残っていたりします。空のつもりで手にして、水が入っているとビックリするものです。大量に入っていることもあるので、お参りに来た方がその手桶を手にしたとき、零してしまうことも考えられます。
「残った水は植木にかけてあげましょう」
と、植木の根元に水をかけます。
自分の汲んだ水が残ったとき、よそのお墓のお花に水をかけながら、手桶置き場まで戻ってくる門徒さんがいらっしゃいます。お花もその門徒さんもいつもニコニコしていらっしゃいます。
  
お歳暮でもらったシクラメン。正面玄関に飾らせていただいています。
掃き掃除をしながら、不意に目に入るシクラメン。木々の緑や、木造家屋の茶色が基調になっている境内で、赤や薄紫のシクラメンの鮮やかさが目に飛び込んで来ます。
「あぁ、きれいだなぁ。元気そうだな」
なんて思いながら、近づいてみると、しおれかけていたり、葉が枯れていたりします。
「ごめんね、今水をあげるからね」
と、ジョウロに水を汲んで、水をかけたり、枯れた葉や花を根っこをひねるようにしてぬきます。
数分してからシクラメンに近づくと、見違えて元気になっています。輝いています。
     

  
遠くから見ていると綺麗そう、元気そう、平気そうでも、そうではないことが多々あります。
近づいてみると、手で触れてみると、話しかけてみると、無理してたんだなぁって感じることがあります。
 
遠くから見て、客観的に見て、自己満足な安心をしないで、
近づいて、自分のこころの目で見て、喜んで手をわずらわせて欲しい。

掃除していて、こっちのこころが掃除されます。
「美しい」とやらも、近づくことから始まるんじゃないかな。遠くから眺めてないで。

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2006年12月29日 (金)

暮れの儀式

大掃除に追われています。
坊守も私も掃除が好きなので、“大”をつけるほど掃除することもないのですが…でも、どんなに掃除をしても切りがありません。不思議です。

不思議といえば、普段使っていない部屋があるのですが、使ってないのに汚れているのです。
というか、使ってないからこそ汚れているのでしょうね。埃や塵で汚れているし、普段換気をしないので、部屋の空気がなんとなく重く湿ったかんじです。そういう部屋は、夜、たまに電気をつけても、くら~い空気が漂っています。
久しぶりに掃除をしたら、部屋の雰囲気が明るくなりました^^
   
使わないほうが、物は長持ちして、いつまでも綺麗そうだけど、
使わないでいると、いざというときに使い物にならなかったり、薄汚れてしまいます。
 
固定された物事も、使いやすそうで、なにも不自由なさそうだけど、
たまに動かしたり空気を入れ替えて雰囲気を変えると、もっと使いやすくなったり、よりスムーズになることもあります。

年の暮れになると大掃除をしてしまうのは、新しい年に向けて新たな気持ちで歩き出すための儀式なのかもしれませんね。
   
   
部屋を掃除した流れで、外のプレハブまで掃除してしまいました。
他にやることあるのに…(T_T)
でも、きれいに、使いやすくなりました(^▽^)

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2006年12月24日 (日)

聖夜に想う

世間はクリスマスですね。クリスマスを「聖夜」とも書きます。

「聖」という字、「聖夜」とか「聖人君子」「神聖な」という使い方をするので、とても貴くて、清らかで、厳かな雰囲気を表わしているような気がします。
浄土真宗では宗祖 親鸞(しんらん)に「聖人(しょうにん)」と付けて呼びます。「親鸞聖人」と。お坊さんを「しょうにん」と呼ぶ場合、「上人」が一般に使われますが、親鸞しょうにんの場合は「聖人」です。

「聖人」と「上人」
先に書いたように「聖」の字に貴いイメージがあるから、浄土真宗では「親鸞上人」ではなく、「親鸞聖人」と書くのだろうと思われがちです。自分とこの宗祖だから「聖人」と。

お坊さんになるのにも資格が必要です。その資格を取ったお坊さんのことを、律令国家の名残で「上人」と言います。
だから、「親鸞上人」でも間違いではないのです。
「聖人」と言う場合、比叡山を離れ、あちらこちらを旅して回り、民衆の中に交わり、民衆に向けて仏教を広めていた僧侶を「聖人」と言います。「聖」は「ひじり」とも読みます。「ひじり」とは、そのように、民衆に向けて仏教を説き広めるお坊さんのことを指します。

20年間修行した比叡山を下りた親鸞は、法然に出遇います。法然は民衆に向けて念仏の教えを語られていました。その法然の姿に、仏教者としてあるべき姿を見た親鸞は、自身も法然の教えを受けます。
だから、「法然聖人」でも間違いではないのです。
親鸞聖人の著作では、法然は「法然聖人」と書き表されています。
 
時代を経て、「聖人」と「上人」の書き分けがされてきました。
江戸末期から明治頃に、親鸞を「聖人」、それ以外の僧侶を「上人」と書き分ける慣習となったらしいです。浄土真宗では。

「聖人」と「上人」
どっちが上とか下とか、比較するものではありません。厳密に違いがあるわけでもありません。
しかし、民衆に向けて仏教を説かれていた法然聖人と、自身も「法然聖人」と同じ歩みを踏み出そうと決意された親鸞聖人がいらっしゃらなかったら、「南無阿弥陀仏と念仏申す衆生を救う」という阿弥陀如来の教えは、私たちに届くことはなかったことでしょう。
「ひじり」の歩みが、時を越え、今の私に伝わっています。

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2006年12月22日 (金)

ついで?

例えば、嫁ぎ先のご法事がお寺であったとします。
そのお寺には、嫁ぎ先のお墓だけでなく、実家のお墓もあります。
「嫁ぎ先の法事の際、実家のお墓をお参りしてはいけないのでしょうか?」
そのようなご質問を受けることがけっこうあります(「例えば」ですから、いろいろなパターンがあります)。
このように、メインのお参りがあって、その時に一緒にお参りすることを「ついで参り」と表現されます。
 
質問される方は、昔からの習慣として「ついで参り」はいけないと思っているのではないようです。親戚・友人・知人から「ついで参りはいけないこと」と聞かされて、初めてそんなことを知って不安になり、質問されるようです。
もしかしたら「ついで参り」という言葉を、ここで初めて聞いた方もいらっしゃるかもしれませんね。

その質問に対して、私はこのように答えています。
「ぜひお参りしてください。せっかくお寺にお参りに来たわけでしょう。それなのにお墓にお参りせずに帰ってしまうなんて、失礼だと思いますよ。ちゃんと手を合わせてお帰りになってください」
 
そもそも、お参りに「ついで」なんてことがあるのでしょうか? 
私の行動としては、ご法事の「ついで」なのかもしれませんが、亡き人からお参りしているあなたの姿を見たら、「ついで」ではありません。亡き人を縁にして、手を合わせることができた、立派なお参りです。

「ついで参り」はいけないと仰ってくれる方は、気を遣ってのことだとは思いますが、そのような忠告はお気になさらず、どんどんお参りしてください。
手を合わせる、南無阿弥陀仏と念仏申す縁を私がいただいているのですから。無駄にしてはもったいないですよ。
 


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2006年12月21日 (木)

わたし

「みんなそう言ってますから…」

「友達の友達が言ってました…」

みんな? 

友達の友達? 

誰それ? 

自分のことじゃない?

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2006年12月20日 (水)

なかよし

仲が良いとか悪いとか、わざわざ言うということは、そこに関係性があるから。
 
出会ってない人のことを、仲が良いとか悪いとか言わない。
 
特に仲良くも仲悪くもない人のことを、「あの人とは仲良くも悪くもないから」なんて言わない。
「毒にも薬にもならない」なんてことばはあるけれど。
 
「仲良し」と言うということは、本当にその人と仲良しなんだろうなぁ。
(向こうがどう思っているかは分からないけれど)

「仲が悪くて」と、わざわざ言うということは、気になる存在ということ。
本当に相容れないのなら、口に出すのも嫌だろう。
 
仲が良いとか悪いとか、わざわざいうと言うことは、
ちょっと特別な感情がはたらいているのかも。
関係の中を生きているんだなぁ。

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2006年12月18日 (月)

人生地図

昨日は、ある仏教講座の会場への地図を作っていました。
地図を作るのって難しいですね。
 
自分が会場近辺の地理を多少でも知っていれば、説明を聞いただけで「あぁ、あそこね」なんて頷けるのですが、まったく知らない土地に行く場合は、地図だけが頼りです。
でも、目的地を書いて、目印になるもの・駅やバス停・道の名前などを書き込んで、どんなに詳しい地図を作っても、土地勘がない人にはなかなか伝わらない。
反対に、土地勘がある人には、道の線を数本引いて、目的地だけ「ここ!」って丸しただけの地図でも通じるから面白い。

思ったのですが、
私たちはどんな地図を持って、人生という旅路を歩んでいるのでしょうね。
 市街地図のように詳しい地図
 世界地図のように大雑把な地図
 まっすぐに延びたの一本線だけの地図
 道は何本もあるんだけど、目的地は同じ地図
 どこを通っていいのかわからないような複雑な地図…

手に持って広げるような地図はないけれど、「こっち、こっち」って呼んでくれるはたらきに導かれながら、今、人生を歩んでいる。どの道が正しくて、どの道が間違いなんてことはない。今私が歩んでいる道こそが、私が歩むべき道。だから生きていける。だから死んでいける。
生き急ぐ必要はないのです。師走のあわただしさの中、ホッと一息。

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2006年12月16日 (土)

これから

「やりたいこと」と「やっていいこと」は違う

やりたいことが、たとえ可能なことだったとしても
やってはいけないことがある

「できるんだったら、やってもいいんじゃない?」
パンドラの箱を開けるつもりですか?

欲望のままに「やりたいこと」を「やって」しまったら
もう後戻りはできないだろう

「やりたいこと」を「やって」しまった国は
戦争への一歩を踏み出してしまった

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2006年12月11日 (月)

今、いのちがわたしを生きている

仏陀の教えを伝えたい。その一心で仏教を学んでいた僧侶がいます。名を曇鸞〔どんらん…今から千五百年ほど前の中国の僧〕と言います。

曇鸞は、仏教を広めるために、インドの言葉を中国語に訳す翻訳の仕事に取り掛かります。
曇鸞は数ある経典の中から『大集経(だいじっきょう)』を選び、翻訳を始めました。しかし、お仕事も半ばにさしかかった頃、病気にかかってしまいます。このままでは翻訳を完成させることが出来ません。
そこで曇鸞は、不老長寿の教えが説かれている道教(中国の教え)の経典である「仙教」を手に入れます。「これで長命を保ち、経典の翻訳を全うできる」と、曇鸞は喜びました。
その喜びを、インド出身の菩提流支(ぼだいるし)に伝え、そして言います。
「仙経ほど優れた、不老長寿について書かれた経典は、インドにもないことでしょう」
菩提流支は言います。
「不老長寿の教えなど、どこにもあるわけはない。自身が長生きするためだけの教えを頼りとしたところで、結局は煩悩に振り回されながら長生きするだけのこと。そのようにして仏教を学んだところで、さとりを得るということはないであろう」
そう言うと、『観無量寿経』という経典を曇鸞に授けられました。『観無量寿経』には、「かぎりないいのち」の教えが説かれています。個人の肉体としてのいのちが限りないというのではありません。たとえ肉体は滅びても、教えを聞いて生きる人がいる限り、教えが受け継がれていく。そのような意味での限りないいのちです。私に届いている教えは、限りないいのちを通してのものです。

菩提琉支の言葉を聞いた曇鸞は、自分の思い違いに気付かされ、苦労して手に入れられた「仙経」を焼き捨てられました。
その後曇鸞は、菩提流支が翻訳されたばかりの『浄土論』という書物に注釈をつけるお仕事を始められます。『浄土論』には、誰もが実践できる教え、念仏往生の教えが説かれています。念仏往生の教えに出会えた喜びを胸に、注釈を書かれたことでしょう。

仏教に出会い、その感動を、その教えを人々に伝えたいと志を立てた人でさえも、不老長寿という誘惑に飲み込まれてしまいます。
感動をみんなに伝えたい。初めは一心にその想いだけだったことでしょう。
それが、続けていくうちに「もっとみんなに伝えたい」「どうしてみんなに感動が伝わらないんだろう」「みんなもっと仏教に興味を持って欲しい」「やらなければいけないことが沢山あるのに、時間が足りなすぎる」と思ってしまう。
まっすぐな想いゆえ、挫折や