つぶやき

2019年12月 5日 (木)

中村哲先生

2019年12月4日 アフガニスタンで長年支援活動をされてきた中村哲先生が銃撃され、亡くなられました。
はじめの報道では、一命は取り留めた旨伝えられたので、銃撃されたことに驚きつつもホッとしました。
けれど、悲しい現実が待ち受けていました。

中村哲先生の指導によって作られた用水路は、砂漠地帯に潤いをもたらし、緑化に成功しました。

砂漠が緑化されるように、中村哲先生の生涯を通しての歩みは、先生亡き後を生きる者が潤いをもたらす歩みへと続いて行きます。そうでなければいけません。

けっして襲ってはいけない人(本当はすべての人がそうなのですが)を銃撃し、殺してしまった。犯人もその目的も確実には分っていないので、これ以上は書けないけれど、
AI(人工知能)が人類の知恵を超えるシンギュラリティ が2045年だとか、もっと早まるだとか言われている。
シンギュラリティは、「AIの進化」を見越しての計算だと思うが、「人間の退化」も計算に入れてしかるべきだろう。
シンギュラリティは、もっと早くに訪れそうだ。

中村哲先生の活動は、先生に一時期随行されていた方のお話を聞いたりして気に留めていました。実際にお会いすることは叶わなかったけれど、身を動かして活動される姿に元気づけられていました。中村哲先生ありがとうございます。南無阿弥陀仏

「マガジン9」HP内 「この人に聞きたい」バックナンバー「中村哲さんに聞いた~アフガニスタンという国で、9条をバックボーンに活動を続けてきた~
(2008年4月30日UP) 

2019年11月22日 (金)

偶然という必然

昨日(2019年11月21日)より、ご本山 真宗本廟(京都 東本願寺)にて報恩講が始まりました。
毎年11月21日から28日(親鸞聖人のご命日)にかけて報恩講が勤まります。

各寺での報恩講の法話・法要も楽しみですが、ご本山の報恩講にお参りに行くと、今までに出会った方々との再会が果たせたり(ほとんど偶然の産物)、初めての出会いがあったり(いや、必然なのかもしれない)、ワクワクします。

昨年は、10月に長女が得度式を受式したので、11月の報恩講にはお参りに行けませんでしたが、今年は2年ぶりに家族揃ってお参りに行けます。
本日(22日)から24日までお参りに行ってきます。

今年は誰に会えるだろう。

先ずは阿弥陀さまと親鸞さまにお会いしてきます。南無阿弥陀仏

2019年11月21日 (木)

明日ありと・・・

寒さが厳しくなってきました。
といっても、11月も下旬、この寒さが本来だったのかもしれません。

門徒さんの葬儀が相次ぎ、少し滅入っています。
秋彼岸にお墓参りにみえて挨拶を交わしたのに、思いもよらぬきっかけでお浄土へ還られました。
斎場に着き、横たわる門徒さんの顔を見た途端に涙が溢れてしまいました。葬儀社の方も驚かれたことでしょう。
葬儀の読経中にも泣いてしまうのではないかと思いましたが、泣くときに泣くことができたので、読経中は落ちついてご遺族と向き合うことができました。
お名前から一字いただき、法名に「元」という字を入れさせていただいたので、葬儀中、ご遺族や参列の方に問いかけながらお話ししました。
「一般的には、“浄土へ往く”と言いますが、本当は“浄土へ還る(かえる)”のです。元に戻る、元に帰る(還る)ということです。“還る”というからには、元々居たところなんです。“行ったことのないお浄土へ初めて往く”のではなくて、元居た阿弥陀の浄土へ還るのです。海から生じた波が、また海に還り、海と一味となるように、いのちあるものは、今の姿として生じはしますが、またひとつの大きないのちに還ってゆきます」と。

葬儀をお勤めし、車を運転中、いろいろな想いが脳裏を駆け巡りました。
寺へ帰ると妻が、「あのね・・・」と言いにくそうにしています。
近所の門徒さんがお亡くなりになったとのこと。
台風一過、近所の公園の掃除を一緒にしたばかりでした。
娘たちに会えば、いつもニコニコ声をかけてくださり、秋彼岸もほぼ毎日お参りされていました。

いのちあるものは、やがていのち終えてゆく。

「諸行無常」を説きながら、そうはいっても一人ひとりの死に向かうときは、胸がドキドキします。
平均寿命が80歳だ90歳だと騒ぎますが、その歳の前に亡くなる方もたくさんいます。
自分も50歳を目前にし、自分と同じくらいの歳の方の葬儀を勤めることも多くなりました。
その度に、一呼吸先の自分の姿を見せてくださっているのだなぁと想いながら、お勤めさせていただいています。

お世話になりました。ありがとうございます。多謝 南無阿弥陀仏

2019年11月20日 (水)

周囲の気遣いによって、安全が保たれている

今日は高速道路を使って移動。運転しながら思う・・・

今年は「あおり運転」が話題になりました。
ターゲットを決めて、後方からあおったり、横から喧嘩をふっかけてきたり、前方に回りこんで道をふさいだり・・・。ターゲットにされた車のみならず、周囲の車から見ても危なくてヒヤヒヤします。
けれど、あおり運転をする車を含んで事故に発展することは、あまりありません。
あおり運転をする人からすれば、「俺は運転が上手いから」というおごりがあることでしょう(あ、「おごり運転」だ)。けれど、周囲を走る車や、ターゲットにされた車も、事故を回避すべく運転をしているわけです。周囲や、自分がターゲットにした車のおかげで、あおり運転の車は事故に遭わずに済んでいるのです。
言いがかりをつける前に、周囲からの気遣いによって無事故で済んでいる事実に気付いたならば、カッとなるよりも感謝の気持ちの方が大きくなるのではないでしょうか。

あおり運転のドライバーに限った話ではありませんが、周囲との協調によって、車の運転って成り立っているんだなぁと思います。そんなことを思いながら、運転していました。

安全運転 安全運転

2019年11月19日 (火)

新しい風が吹いてきた!!

久しぶり開催 好きな画家さんの個展を見に行く。

あぁ、素敵だなぁ (^-^)

お気に入りの絵の前で、じっと見入る、魅入る。

じっと見るほどに、細かい描写に気がつく。

 あぁ、こんなに細かい線 こまかいスケッチが・・・

 これ、以前の絵にも描かれていた描写だなぁ つながってるんだぁ・・・

 え、この絵の奥に、さらに絵が描かれてる!!・・・

欲しいけれど、
これほどまでに細かく、気を遣いながら、今まで描いてきたことが塗り重ねられて(人生でいろいろな経験を積み重ねられて)描かれた絵を、私なんかが買っていいのだろうか。私は、この絵を買うに値するような生き方をしてきただろうか。ということを、絵を見ながら感じました。
自分自身で、「うん、買っていいと思うよ^^」と言えるようになってから、堂々と絵を買おう!!と誓いながら、展示場を後にしました。
(画家さんからすれば、買ってくれた方がありがたいことでしょうが)。

他者(ひと)から求められるものを創作できるって、素晴らしいなぁ

2019年11月18日 (月)

立派になる

若い僧侶と話していて、
「一生懸命修行・勉強をして、立派なお坊さんになりたいと思います」
と、力強い言葉を聞きました。

またある日、別の僧侶から、
「自分は以前、“立派な僧侶にならなければいけない!”と、自分を追い詰めていました」
という、落ちついたお話を聞きました。

「立派」・・・「非常にすぐれているさま」「不足や欠点のないさま」という意味です。
そうありたいものの、それもまた難しい。それに、仮に立派な人になれたとして、面白味のない人になってしまいそうです。

立派になるってどんなことだろう?と考えたのですが、向上心だと思うのです。
「立派な人になって出世をめざす」といったことを言います。不足や欠点のない人間となり、周囲からの評価を得て、出世する。そのように願うのが、世間における考え方かもしれません。
けれど、僧侶が「立派になる」とは、一派を立ち上げるほどに三蔵(経蔵・律蔵・論蔵)に精通した者となることを指すのでしょう。もちろん、世間の人びとから信用されるようになることも、立派なお坊さんになるということなのかもしれませんが、僧侶とは、そもそも世間から出た者、出世間した者のことを言います。そのように根本を考えると、「立派になって出世する」のではなく、「出世して、立派を目指す」のが僧侶の道です。世間とは逆ですね。
ですから、「立派なお坊さんになりたい」と決意したのであれば、名誉欲や信用を得るという意味での立派を目指すということではなく、ただひとすじに教えに聞いていく生き方(生涯聞法)をしていくということでしょう。

目指せ 立派!!

2019年11月17日 (日)

身を粉にしても ほねをくだきても

2019年11月17日(日)
自坊での法務を勤め、都内のお寺の報恩講に、今日は出仕のため出かけました。
報恩講のお勤めの巡讃(親鸞聖人が書かれた和讃を読む順番)で、三重の二、つまり恩徳讃の和讃をまかされました。
恩徳讃は、法要に出仕している僧侶の中でも、老僧が勤める和讃です。
恩徳讃の巡讃があたり緊張もしましたが、今日の出仕が今年の報恩講のお勤めの最後でした。今年を締めくくるに相応しい大事な役をいただいたなと思い、丁寧にお勤めさせていただきました。

 如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし

「身を粉にしても」「骨をくだきても」というのは、苦悩を抱えながらも生きている私たちの姿です。
阿弥陀如来の慈悲のこころを信じたから、身を粉にする、ほねをくだくほどに報いるということではありません。
苦悩を抱える私たちが、親鸞聖人の教えに出あい、親鸞聖人の教えを頼りとして聞法の人生を歩むということが、「身を粉にしても」「ほねもくだきても」ということだと思います。
つまり、教えに出遇い、聞法の人生を歩んでいる私は、すでに如来大悲の恩徳に、身を粉にしながら報じています。師主知識の恩徳に、骨をくだきながらも謝しています。

信じたから、何かをするのではない。
私に、粉骨砕身の慈悲が阿弥陀如来から注がれているからこそ、私はそれに応える、南無阿弥陀仏と念仏申すことができる。
恩徳讃とは、そういうご和讃であるといただいています。
南無阿弥陀仏

2019年11月16日 (土)

今年はどんな年でしたか?

2019年11月16日(土)
自寺での法務を勤め、都内某お寺の報恩講へ出講。
15年も報恩講のお話でお育てをいただいています。
報恩講に参拝される門徒さんとも顔見知りになり、お互いに「今年もお目にかかれましたね^^」って雰囲気のなか、お話をさせていただいています。
そんな雰囲気なので、こちらのお寺での報恩講へは、法話の内容を固めずにうかがいます。
「今年はどんな年でしたか?」とお尋ねすることから始まります。

上がった声は、「台風」「異常気象」。
被災されて、いまだ避難生活を余儀なくされている方々のことを思うと胸が痛みます。
そんな思いをみんなで共有した後、「首里城の火災」という声も上がりました。
形あるもの、実体としてあるものは、建造物も人も、なくなってからその大切さに気付くということがあるものです。誰もが経験されているのではないでしょうか。
「首里城の火災」を通して、首里城そのものの意義だけでなく、“戦争”が残した傷跡・沖縄が“戦争”の地上戦の舞台となってしまったことなどが共に思い起こされます。
建造物も、人も、なくなったときに その大切さに気付く。で、歎く、悲しむだけで済むか? いや、なくなったことを通して感じる、考える、想像するといったことがあるのではないか。感じる、考える、想像するといったことをしてきたのが、宗祖親鸞聖人の死を縁として、今に至るまで勤められている「報恩講」の意味なのではないか。亡き人を偲んで終わる法事ではなくて。だからこそ、親鸞聖人の教えが今に伝わってきた。報恩講が大事に勤められてきたのだと思います。

後半は、もう15年もお育ていただいている皆さんだから・・・ということで、私の身に起きた出来事をお話することを通して法話させていただきました。

人は、目に見えないはたらき・支えによって生きている。自分ひとり頑張れば、自分ひとり耐えれば、自分がなんとかする、などと考えるけれど、それがどれだけ他者(ひと)を傷つけることか。守ろうとした人、助けようとした人に、既に支えられている私でした。喪失感や、どんなに泣いても尽きることがないほど悲しい出来事によって、そんなことに気付かせていただきました。気付けてよかった。

今年の報恩講は、そんなお話をさせていただきました。南無阿弥陀仏

(付記)
法話の後、報恩講のお勤め。お寺の長男さんも出仕されました。40分ほどのお勤めが終わって足がしびれてしまい、立てずに倒れてしまいました。
その場にいるのも恥ずかしいよね。肩を貸してあげて、一緒に下がってきました。
「足、大丈夫? 今日出仕してたお坊さんたちみんな同じ経験してきたから^^」と言って、さよならしてきました。
次の世代に受け継がれているなぁということを感じられて、とても嬉しい報恩講でした(‐人‐)

2019年11月15日 (金)

昨日は、がっつり話し合いをしました

昨日(2019年11月14日)は、僧侶仲間との談合の会(語りあう会)
LGBについて学びました。
Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)の頭文字をとってLGBTと言います。セクシュアルマイノリティ(性的少数者)の総称のひとつです。

昨日は、セクシュアルマイノリティの方とお話して、いろいろとお話を聞きました。
お話していて思ったのは、「セクシュアルマイノリティ」と書いてはいるけれど、どうして少数者とわざわざ表現しなければならないのだろう? どうして少数者と位置付けなければならないのだろう?ということ。

それから、

「LGBT」と表現されているけれど、「X」や「A」もあり、「ノンセクシュアル」もあって、私たち自身もハッキリ言ってわけわからない^^

というお話を聞きながら、どうして分類をしなければいけないのだろう?とも感じました。
分類の必要性というか、理解する過程で分類がなされてきたのだろうけれど、分類が進んでいくと、そこに多様性が見えてくる。同じところに分類されたとして、それでもひとり一人を見ると、さらに違う面もある。それは、のんけ(異性愛者)だって同じ。

「のんけ」(異性愛者)の者も、異性を好きになるということを、誰かから教わってそうするようになったわけではなく、湧き起こる感情として好きになったのが異性なだけ。
同性愛者も、同性を好きになることを意図的にしているわけではなく、湧き起こる感情として好きなるのが同性なだけ。

「受け容れられない」とか「生産性がない」とか言う人がいて、べつにその人たちに理解してほしいとは思わないけれど、自分をマジョリティ(多数者)において、自分の思考のテリトリー外の人をマイノリティ(少数者)と見なすのは悲しくて淋しいことだと思う。

LGBTについていろいろとお尋ねするところから始まったのだけれど、いつの間にか出身地の話や方言の話、食事の嗜好の話で盛り上がっていました。目の前の方がLGBTであろうがそうでなかろうが、それぞれにそれぞれの人生を歩んでいる人間です。マジョリティ・マイノリティで分けられるわけはなく、理解しようとして分類を試みても、分類では表現できない、ひとり一人の人間である。
そういう当たり前のことに、人と話すことによって気付かせていただきました。
南無阿弥陀仏(‐人‐)

2019年11月14日 (木)

花は咲き、枯れるからこそ美しい

「桜を見る会」来年2020年は中止とのこと。
今、「桜を見る会」そのものの賛否を語るつもりはなく、そこに招かれる方々は「各界の功績のあった方や功労があった方」というところが、こころにひっかかっています。
職場においても、PTA等の活動においても、NPO等の活動においても、ボランティア等の活動においても、功績・功労・実績を残される方々はいらっしゃって、頭が下がる想いの方々がたくさんいらっしゃいます。その功績を讃えることも自然に湧き起こる感情だし、讃えられることによってモチベーションが上がる方もいることと思います。

今ひっかかっていることは、「お宅のお寺には、〇〇の功績がある方が眠っておられるそうですね」というお尋ねをいただいて、私自身把握していないのですが、どうやら事情通の方によると、歴史的に功績のある方のお墓があるようなのです。
あるいは、「お宅のお寺には、有名人のお墓はありますか?」「どなたのお墓がありますか?」といったお尋ねを受けることがあるのですが、どうしてそういうことを尋ねるのだろう?と常々思っていました。

亡き人のことを慕う(おもう)ことは、関係が深ければ深いほど自然に湧き起こることだし、なくなる感情ではありません。亡き人もまた、のこされた者がその人のことを慕うかぎりにおいて、亡くなったとはいいきれません。いつまでも生き続けます。
ただ、功績・功労において亡き人を見るということが、私には解せなくて(私がひねくれているということはわかっていますが)、淋しくて。
誰もが名を持って生きていたのだから有名人であり、記録や記憶に残る功績・功労はなくても、生きた事実が充分な功績・功労であり、そうであるならば、特別に「〇〇さんのお墓がある」ということを気に留める必要もないのではないかと考えています。

今、生きているときにおいて、自分の為したことを誉めてもらいたい気持ちは分るけれど、そういうのって身近で私のことを見ていてくれた人が「お疲れさま」「よくがんばったね」って言ってくれるだけで報われた気持ちになるものです(ではないですか?)
たまには自分で自分を誉めてあげることもありです。「自分で自分を誉めてあげたい」。誉めてあげましょう。で、明日からまた頑張れる^^

花は咲き、咲き続けるのではなく、枯れるからこそ美しい
また咲く姿を想像できるから。また咲けば感動するから
咲いて枯れての循環があるから、こころ動かされる
咲いたまま(実績を残し続ける)というのは、窮屈だろな


「桜を見る会」花の咲いてないときに開催するというのは味わいぶかいのではないだろうか。

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