つぶやき

2020年9月19日 (土)

他者の悲しみを自分のこととして受け止めるということは、他者の悲しみを本当には自分のこととして悲しむことができない・・・ということを知ること。

人は、他者との比較の上で、自分を立てようとする。

けれど、比べれば比べるほど、自分には秀でたところなんてないんじゃないか!? という気持ちになる。

他者との比較で、自分の良い点を見いだして、自分を持ち上げようとしていた。

けれど、他者との比較で、自分より悪い点を他者に見いだし(実際に悪い点があるわけではない。他者に対する嫉妬や恐怖心を、他者の欠点としているだけ)、自分を持ち上げている(実際、自分が持ち上がっているわけではない。自分自身は、元の位置のまま)。

他者より良くありたい。

そんな ささやかな願いから始まった 他者との比較。

ささやかな自己肯定から始まった比較心が、やがて差別へとつながっていく。

差別は、悲しみを生む。

差別される側の悲しみは計り知れない。

いわれのない差別なのだから。

そして、差別する側の悲しみもある。

差別せざるを得ない立場に身を置かれているという悲しみではない。

差別される側の悲しみがわからないから、差別を行う。

差別だと指摘されても、差別と理解できない。

とはいえ、指摘されることをとおして、自分のしてきたことを見つめたとき、

他者を傷つけていた自分に気づく。

そのときになって初めて、自分がしたことへの悲しみが生まれる。

けれど、自分がしたことへの悲しみが生まれても、自分が傷つけた相手の悲しみは感じられない。

ごめんなさい。申し訳ないことをした。あなたの悲しみに寄り添います。

そういう気持ちになる人も、いると思う。

けれど、私が傷つけた人の悲しみに寄り添い、私が傷つけた人の悲しみを我が悲しみとして受け止めることは、厳密にはできない。

私のしたこと、私が傷つけた人のことをどんなに想い、悲しみを感じたとしても、

それは、私が傷つけた人の感じている悲しみとは、まったく別物。

目の前の人が悲しんでいる。その悲しみを我がこととして受け止め、共に悲しんでも、悲しみは共有できない。

差別した側の悲しみは、

人を傷つけなければ生きていけない悲しみもあっただろう。

けれど、

傷つけられた人の悲しみ(私が傷つけた人の悲しみ)を、本当にわかった、本当に謝った、本当に自分事として受け止めた、ということができない悲しみがある。

私は理解しました。

私は謝罪しました。

私は、自分の事として受け止めました・・・

とは言い切れない悲しみがある。

他者の悲しみを自分のこととして受け止めるということは、他者の悲しみを本当には自分のこととして悲しむことができない・・・ということを知ること。

そこから、やっと始まる。

2020年9月13日 (日)

あなたは、どのようなメッセージを受け取りましたか?

大坂なおみ選手が、テニスの全米オープンを制しました。

決勝戦の対戦相手はビクトリア・アザレンカ(ベラルーシ)。

人種差別への抗議の意思を示すため、1回戦から決勝戦までの7試合のために、人種差別で被害に遭われた方々の名前が書かれたマスクをしていました。

途中で負けた場合、被害に遭われた方の名前が書かれたマスクが、世間の人びとの目に留まらないことになります。

7人の名前を、人種差別でいのちを奪われる人びとがいるという事実を、世間の人びとに知らせるため、彼女は闘ったのだと思います。

私たちも、全米オープンを制した大坂なおみ選手に「おめでとうございます」だけで済ませるわけにはいきません。

優勝のインタビューで、「マスクを通して伝えたかったメッセージを、あらためて教えてください」という質問に、

「あなたは どのようなメッセージを受け取りましたか?」と応えています。

私たち自身が尋ねられている、問われています。

人種差別に限らず、人の世の差別は、差別する側と差別される側だけの問題ではありません。

実数にすると、差別する側と差別される側の数は微々たるものかもしれません。

無視・無知(差別があるという現実を知らない、という意味での“無知”)・無関心の人びとの数に比べれば。

つまり、

「私は差別する気持ちは持ってない(だから差別者じゃない)」

「そんな差別があるなんて知らなかった」

「私には関係ないから」

というところに身を置く人びとが、差別を据え置いている、差別を助長しているのが現実なのだと思います。

そんな無視・無知・無関心の私たちが、

今起きていること(現実に起きている差別問題や、自分では差別しているつもりはなくても差別意識が内蔵されていることなど)を知ること、

差別意識とは、実は何の根拠もないところから湧き出ているもの。自己防衛・自己正当性から湧き出ているものだと自覚すること、

どこで生まれようとも、両親の国籍がどこであろうとも、性的思考が違っても、自分と生きる環境が違っても、それは差別の理由や根拠にはならないことだと、関心を持つこと、

など、知り、考え、伝えてゆくことが、これからを作っていくのではないでしょうか。

「あなたは どのようなメッセージを受け取りましたか?」という、大坂なおみ選手からのインタビューに、私たちは応えなければいけません。

 ☆

大坂なおみ選手が用意した7枚のマスク。

人種差別から生じた誤解で犠牲になられた方々です。

ひとり ひとり に名前があります。家族がいます。友人・知人がいます。

ひとり ひとり の名前を知りたい、背景を知りたい。と思っていたら、「スポニチ」(2020年9月13日8:04配信)に書かれていました。

☆ブレオナ・テイラーさん(1回戦)
3月に米ケンタッキー州の自宅で就寝中に薬物事件の捜索のためアパートに突入した白人警官に射殺された。救急救命士で当時26歳。


☆エリジャ・マクレーンさん(2回戦)
19年8月に米コロラド州でコンビニで買い物をして徒歩で帰宅中に不審者とみなされて警察官に拘束された。首を絞められ精神安定剤を注射されて心肺停止状態となり、数日後に病院で死亡。当時23歳。


☆アマード・アーベリーさん(3回戦)
2月にジョージア州でジョギング中、白人男性にトラックで追い掛け回されて射殺された。当時25歳。


☆トレイボン・マーティンさん(4回戦)
12年2月にフロリダ州でヒスパニック系の自警団員に射殺された。当時17歳の高校生。


☆ジョージ・フロイトさん(準々決勝)
5月にミネソタ州で白人警官に暴行されて死亡した。当時46歳。首を地面に押し付けられ「息ができない」と訴える動画が拡散したことで「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大事だ)」のスローガンを掲げるデモが全米に広がった。


☆フィランド・キャスティルさん(準決勝)
16年7月にミネソタ州で警官に射殺された。自動車の後部ライトが壊れていたために呼び止められ、免許証を取ろうと手を伸ばしたところを撃たれた。私立校の食堂責任者で当時32歳。


☆タミル・ライス君(決勝)
14年11月にオハイオ州で銃のようなものを所持した少年がいるとの通報で駆け付けた警察官がライス君に発砲。手にしていたのはエアガンと判明した。当時12歳。

そもそも、殺されていい いのち はありませんが、

ひとり ひとり の名前と、殺害された背景を見ると、誰一人として殺される理由なんてありません。

ひとり ひとり に家族がいて、友人・知人がいる。

マスクに描かれた人生は7人ですが、こころ引き裂かれる悲しみに身を置く人は、その何倍もの人に広がります。

そのことに想いを広げなければいけません。

 ☆

決勝戦の相手のビクトリア・アザレンカ選手は、ベラルーシの出身なのですね。

8月9日に大統領選挙が行われたベラルーシでは、現職のルカシェンコ氏が当選し、6選を決めました。

しかし、選挙に不正があったとし、今でも抗議活動が続き、数十人が拘束されています。

ルカシェンコ氏は、1994年から大統領に就いているそうですが、経済政策や人権問題について、市民からの批判が上がり続けているそうです。

どこの国においても、人権の問題が起きています。

アザレンカ選手はアザレンカ選手として、いろいろな想いを抱えて、大会に臨んでいたことと察します。

大坂なおみ選手が、被害に遭われた方々の名前が書かれたマスクをして大会に出たときに、「差別問題や政治の問題をスポーツに持ち込むな」という声も挙がった。

差別問題や政治をスポーツの世界に持ち込むこと自体が、本当に嫌いな人もいることでしょう(差別問題・政治の問題に無関心というわけではなくて)、

彼女のことを考えて、「持ち込むな」と言う人もいることでしょう、

けれど、人の世はすべてがつながっているもの。

差別問題、政治の問題とは別にスポーツの世界があるわけではありません。

現に、オリンピック・パラリンピックも、政治に介入されています。

今までも、開催地や、開催時の世界状況によって、ボイコットなども起きています。

国と国との争い(政治)の方が、スポーツの世界に踏み込んできて、差別を煽っている現実もあります。

選手だって、本来は自分のパフォーマンスを最高の形で出し切ることに集中したいのではないでしょうか。

でも、それをさせない。周りがさせない状況を作っている。のではないでしょうか。

「持ち込むな」というならば、持ち込む必要のない環境・状況(選手がプレーに集中できる環境)になることを願って、差別問題について知り、考え、語ることが先決ではないでしょうか。

選手寿命の限られているスポーツ選手。

最高のパフォーマンスを発揮することに集中させてあげたい。

けれど、それを許さない状況を作っているのもまた、私たちなのかもしれません。

2020年9月12日 (土)

他者批判という“依存”

俳優の伊勢谷友介氏が大麻取締法違反の容疑で逮捕されました。

彼の理念で始まった「リバースプロジェクト」に興味があり、俳優業のみならず、それ以外の活動に注目していました。

このように書き出すと、「注目していた人が捕まって、ショックでした」という文章になりそうですが、そのような文章を書く気はありません。

注目していた人、応援していた人、信じていた人が罪を犯すと、「うらぎられた」「そんな人だとは思わなかった」「信じていたのに」というセリフをよく聞きます。

けれど、注目していた、応援していた、信じていたのはこちら側が勝手にしていることですから、それに対して「裏切られた」「そんな人だとは思わなかった」「信じていたのに」というのは、都合のいいセリフです。

注目してた、応援していた、信じていたのならば、これからも その人の活動を見届け、罪を犯したことに怒っているのであらば、自分は同じことをしないようにするようにするとか警鐘を鳴らしていくとか、次の動きへ続いていくことが、注目していた者・応援していた者・信じていた者としての態度ではないでしょうか(確かに、これからも注目し続けていく、応援し続けていく、信じ続けていく、というのは難しいことかもしれませんが)。

 ☆

さて、こういうことを書こうとしたのではなく、“依存”の怖さについて書こうと思いました。

大麻にしろ覚醒剤にしろ、手を出した人はなかなか抜け出せません。

芸能人が捕まるとデカデカと時間をかけて報道され、最近ではドラマがお蔵入りになったり、過去の作品の販売が中止されたりしています。

それゆえ、

「一緒に作品を作った人たちに迷惑をかけることになるから、絶対に薬物に手を出してはダメだ」

「信頼・信用のうえに成り立っている仕事なのだから、その信頼や信用をぶち壊すようなことをしてはいけない」

という意見が聞こえます。

けれど、その思いは、薬物に手を出した人自身、或いは薬物ではなくても、法を犯すことをしてしまった人自身、充分わかっているのではないでしょうか。

にもかかわらず、手を出す、法を犯す。

そこに、“依存”の怖さを感じますし、抜け出せない苦しみがあることが察せられます。

やめられたら、楽なんです。

やめられないから辛くて、さらにまた手を出してしまうんです。

抜けられない蟻地獄、延々と続く悪循環のなかに身を置くのが、“依存”なのではないでしょうか。

 ☆

受動喫煙防止の対策を盛り込んだ「改正健康増進法」が2020年4月1日から全面施行されました。

飲食店や職場が原則禁煙になるなど、喫煙を出来る場所が絞り込まれました。

国会議員も、喫煙禁止の議員会館で喫煙を続けるなど、タバコを手放せない人が多々います。

私は、タバコを吸いません。

自分の周りでタバコを吸われるよりは吸われない方がいいですが、かといって喫煙者に対して目くじらを立てる気にはなりません。

ひとつ、

タバコによって収められている税収(「一般財源」に入るので、特定の使い道があるわけではありません)の恩恵を、私も受けているはずだから。

もしかしたら、目の前の一本が、インフラを整備しているかもしれない。

であるならば、タバコを嫌悪するのに、整備されたインフラの恩恵を受けるとは? 

などということを考えてみると、単にタバコの問題だけでなく、いろいろなことを思考できます。

ふたつ、

この業界、喫煙率高い。

仲間の多くが吸っているから寛大、なんてわけではありませんが、今までそれが(吸っている人がいることが)当たり前だったので、目くじらを立てる気には、現状なっていません。

ちなみに、戒律に厳格なタイお坊さんも、タバコを吸う人はいます。

お釈迦さまの時代にタバコはなかったので戒律で禁止されてはいないのです。

思うのですが、お釈迦さまの時代にタバコがあって戒律で禁止されていたとしたら、喫煙していた者が僧侶になってから、果たして禁煙はできるでしょうか。

難しい戒律の上位に入るのではないでしょうか。

みっつ、

“依存”を抜け出すのは、やはり困難を極めます。

議員会館でタバコを吸っていた議員がいて、「国会議員から守るべきだろう!」という声があがりました。

けれど、タバコを吸っていない人、タバコをやめることができた人が、「タバコをやめろ!」というのは簡単(というと語弊があるけれど)です。

吸い続けている人間が、タバコをやめさせられるわけではないけれど、吸うことが出来る場所に行くまでの労力はかなりのもの。

部屋に自分一人だったら、吸ってしまうでしょう(国会議員に限らず、誰もが)。

さてさて、喫煙者弁護の文章を書こうとしたのではなく、“依存”から抜け出すことの困難を書こうとしました。

大麻や覚せい剤は、法律で所持・使用が認められていないから罰せられるけど、タバコはOK、という線引きが、私には「娑婆世界(人間の世界)の都合だなぁ」って思います。

国によっては、大麻がOKなところもあります。

娯楽・享楽のための大麻・覚醒剤はNGだけど、麻酔等の薬に利用することもあります(その場合は当然OKなわけですが)。

 タバコが全面禁止の国は、ないかな?

よその国でOKだから、日本でもOK・・・なんてことはなくて、日本でNGなものをしていたのだから、罰せられるのは当然ですが、

タバコを吸うこと自体はOKだから、「吸ってはいけない場所で吸うな!」程度の注意で終わりますが、

大麻や覚せい剤の場合は、所持・使用していた人の人間性そのものが否定されてしまう。

ここらへんの違いから、

〇やっていない者がやっている者に対して文句を言うことは簡単。だって、自分のことじゃないから。

〇タバコを吸いながら、大麻で捕まった人に対して「馬鹿だよねぇ」「信用なくすよね」と言うことの違和感。

を感じます。

人間誰もが、何かに“依存”して生きています。

 タバコや薬かもしれない。

 お酒もある。

 子どもに依存する親もいれば、親に依存する子どももいる。

 誰かを注目すること、応援すること、信じること。

 自分の学歴や地位や名誉に依存している人もいるでしょう(執着かな)。

 あ、ギャンブルもあった!

“依存”の内容が何であれ、

 それに“依存”するに至ったストレスがある。

 ストレスを生み出す環境がある。

“依存”から抜け出すことの難しさ、苦しさがある(抜け出さなければいけない“依存”ばかりではないけれど)。

その難しさ、苦しさは、「“依存”している自分に気づいている」から生じる。

“依存”のさなかにいるときは、安心だし、ストレスフリーだし、自分が依存状態にあることをおかしいとは思わない。

「信頼されているうえに成り立っている職業だから、絶対に手を出してはいけない」んだけど、自分がいけないことに手を出している苦しさは、実はもうその人は感じている。

にもかかわらず やめられないから“依存”なんです。

ギャンブルも、コロナ禍のステイホームが言われている時期に、開店前からパチンコ店に並び、パチンコ店に入り浸る人のことが報道されました。

あれも“依存”です。

常識・非常識という話ではないんです。

そういえば、カジノ誘致に奔走した議員も、何度か逮捕されています。

彼の場合は、カジノというギャンブルそのものに依存したのではなく、権力渦巻く世界で、自分の地位を確固たるものにしようとして、地位やお金に執着してしまいました。でも、それもまた“依存”です。

 ☆

かたや、議員会館でタバコを吸っていた議員。

かたや、大麻の所持・使用の疑いで逮捕された俳優。

日本では、タバコは、喫煙自体は認められている。

日本では、大麻の所持・使用は認められていない。

認められているとOKで、

認められていないとNGなのか?

(このように書くと、「そりゃそうでしょ!」って話ですね)

突き詰めて考えると、誰もが何かに依存している。

それが、日本でOKなものか、NGなものか。

自分一人で享受するならOKなのか、一人でもNGなのか。

OKかNGかは、国によっても変わる。時代によっても変わる。トップに立つ人間によっても変わる。それに、自分がするか否かでも変わる。

依存する者に対して、単に「いけないね」「バカだね」「やっぱりね」という言葉だけで罵(ののし)って終わるのって、どうなんだろう?と思った。

その風潮・傾向・性格は、人類の歴史上ずっとあるのだろうけれど、最近殊にあからさまで、殊に他罰的なのではないだろうか。

他者を批判することで留飲を下げているのかな。

そうすることで、ホッとしようとしているのかな。

だから、このコロナ禍、新型コロナウイルスに罹患した人への心無いバッシングが目に余るのかな。

他者批判でホッとしようとする態度もまた、“依存”なんだと思う。

2020年9月 6日 (日)

立場によって言うこと、言うべきことが変わるのはよくわかります。けれど、前代未聞の台風が来ている、これからも未曽有の災害が訪れることが目に見えている日本において、政(まつりごと)に携わられる方は、どうか国民のことを、いのちのことを見てほしいと願います。南無阿弥陀仏

2020年9月6日 大型で非常に強い台風10号が北上し、九州に接近しています。記録的な暴風、大雨、高潮、高波の恐れがあると、気象庁は警戒を呼び掛けています。被害の少ないことを願うばかりです。皆さま、どうかご無事で。

 ☆

“経験したことのないほどの大型の台風”という表現までされている台風が接近しているというのに、政府与党の自民党は自民党総裁選にこそ執心のようです。

さて、忘れてはいけないのは、現首相は辞任会見はしたけれど、まだその職務にあるということです。

つまり、陣頭指揮を執る立場にあるということです。

体調がすぐれないのかもしれませんが、首相辞任あるいは議員辞職して、その立場にない・・・というわけではないのです。

まだ何も被害が起きていないから、出てこないのでしょうか。

国民の心配をされる方なら、なんらかのメッセージを発していることでしょう。

さて、マスコミのほとんどが、次期総裁決定かのように名前を挙げている S氏は、自らの政策を「自助・共助・公助」と掲げました。

「自助・共助・公助」は、防災の心得として培われてきた意識です。

大規模自然災害においては、国や行政からの初期支援には限界があります。まずは自助、自分・自分たちでいのちを守る行動をし、共助、お互いに助け合い、それから後、国や行政からの支援で復旧しましょう! 生きていきましょう!ということを表わしています。

けれど、「自助・共助・公助」とは、言葉上は順番に表現されますが(今も順番に時系列で説明しましたが)、同時進行だと思うのです。

自助もあり、共助もあり、公助もある。だからこそ、生きられる。

公助があるから共助が成り立ち、共助のおかげで自助できる。自助できるから共助が成り立ち、公助が可能となる。同時進行であり、循環していることだと思うのです。

にもかかわらず、公助の部分に立つ人(しかもそのリーダーになるかもしれない人)が、先ずは「自助」からということに、恐ろしさを感じます。

経験したことのない規模の台風が来ている。

今、指揮を執る立場にある人は出てこない。

次にその立場に立つ情勢の人は、先ずは「自助」を言っている。

つまり、今直面している台風に、自分で気を付けてください、自力で生き延びてください、助けは後で出しますから、と言っているように思えてならない。

 ☆

九州のみならず、大雨・暴風・高潮に警戒が必要な地域の皆さま、ご無事でありますように。

(翌日付記)

上記の内容は、政治に携わる方が、「自助・共助・公助」をどのように考えておられるのかな。「先ずは自助、そして共助、それから公助」と考えておられたら、それは無責任なことだな、政治家の存在意義がなくなるのではないかな、と思ったので書きました。特定の党、特定の議員に対しての批判というわけではありません。

こういうことを付記しているのは、ご注意をいただいたからではありません。

昨晩寝る前にニュースを見ていたら、「立憲民主党は新党立ち上げに際し、新党党首・新党党名の選挙を10日投開票で行う」旨報じていました。

あ、そうだった、立憲民主党も国民民主党も、玉木新党も、このご時世にいろいろしているんだった💦と思いました。

それなのに、昨日の投稿(上記の投稿)だけでは、自民党批判にしか読めないので、この付記を書いています。

手順として、総裁選挙や党首選挙が行われることは当然のことです。有事の際と重なることもあるでしょう。

そういう意味で、政策が見える、何を考えているのかが見えることは大事だと思います。

自民党総裁選に立候補されている3人の政策は、まだ報道で目にします。

けれど、立憲民主党の新党党首に立候補されている方々の政策は、見えません。

マスコミの報道の仕方もありますが、それにしても、影が薄い・・・

そんなことを思い、付記しました。

2020年9月 5日 (土)

国家の福祉のため

彼はまた、
各元老院議員は、国政会議において自分の意見を述べ その正当性を論じたのち、
いよいよ投票となったらこんどは全然反対側に一票を投ずるようにすべきだと、
主張した。
これが実行されれば、
結果が国家の福祉のためになることは絶対間違いないというのであった。
      (ジョナサン・スウィフト 『ガリヴァー旅行記』)

現代日本に向けて論じた評だと思って読んでいたら、『ガリヴァー旅行記』の一節だった(改行は私)。

『ガリヴァー旅行記』は、1726年初版の作品。アイルランドのジョナサン・スウィフトによって書かれている。

いつの世も、どこの国も、ヒトは、なかなか厄介で悲しい。

「元老院」の定義や構成は、時代や国によっても違うけれど、『ガリヴァー旅行記』に出てくる「元老院」は、国政において何年も活動し、権力や地位を得た者を風刺していることだろう。

それぞれの世界(業界)において、年齢を重ねた者、経験を重ねた者は、しがらみも多くなり、欲も増え、自分に意見する者を排除したくなる。

“すべてがすべて”とは言わない。積み重ねてきた経験や人脈は、どれほどの財産かもわかっている。

年齢を重ねた者が、自分の立場や立ち居振る舞いをわきまえているならば、その組織は比較的うまく回る。

けれど、年長者が私利私欲に走るならば、「国家の福祉のために」は、彼らの言うことの反対側に、進むべき道があるのかもしれない。

しかし、そのような年長者に媚びへつらう若手は、決して反対側に票を投ずることはない。反対側を知ろうとしない。

実際、間違いのない道など誰もわからない。間違いのない道があるのか、間違いだらけの道ばかりなのか、誰も知らない。

でも、だからこそ、元老が密室で決めたことにただ従うのではなく、個々人が考え、個々人が選択してほしい。

そう願うばかりである。

2020年9月 4日 (金)

ねぎらい の深く広い景色

首相の辞任会見の際、記者が質問する際に、1人しかねぎらいの言葉をかけなかった。

そのことを受け、「お疲れ様くらい言えないのか!」という旨 おかんむりで言った方がいたそうな。

ねぎらいの言葉をかけられるに値するか否かとか、おかんむりの方の言わんとしていることが正しいか否かとか・・・今日の投稿は、そういうことではないことを書きます。

勤め(務め)を果たして、ねぎらいの言葉をかけてほしい、ねぎらいの言葉をかけられると嬉しい、というのは、誰だって そうだと思います。

「ねぎらい」は「労い」と書きます。

「苦労」の「労」です。

つまり、「ごくろうさまです」ということかな。

でも、ねぎらいの言葉のために、「ごくろうさま」のために勤めている(務めている)わけでもない。と思うんです(あ、首相だけじゃなくて、私たちも含めての話)。

ある意味自己満足で、やるべきことに努めているのではないでしょうか。

だから、自分で自分をねぎらうことは とても大事で、とても大切で、とても嬉しいことだと感じます。

本当のところ、自分くらいしか、自分が頑張ってきたことの内容って分からないんだから。

〔私の場合(完全に個人的な話)、ひとりで呑みに行くか、ひとりで映画館に映画を観に行くか、ひとりで羽田空港の展望デッキに行くことが、私から自分へのねぎらい行動です(ひとりが好きなんですね)〕

誰から、ではなく、自分で自分をねぎらうこと、ねぎらうことができるということは、それだけ勤め(務め)を努めたことの表われ。

それに、本当に自分で自分をねぎらうことができるほど努めたのであれば、それは周りの人も感じている。

でも、周りの評価は、待つものでもない。

自分で胸を張れるかどうか。嘘はない、やましい点はない、と言えるかどうか。

それと、

自分で「ごくろうさま」と言えるほど努めたのならば、そこには、自分の周りの人の努力・協力・辛抱・犠牲も、必ず必ずあったはず。

そのことに気づいているか。

そのことに「労い」の気持ちと言葉を持っているか。

自分の勤め(務め)とは、そもそも何だったのかを覚えているか。

(半沢直樹だけでは、問題は解決しない。信念は貫けない。渡真利忍(及川光博)のような友人は貴重だ。)

首相という仕事(首相に限らず、知事や首長、政治家も)は、本当に大変な仕事だと思う。誰だってそんなことは分かっている。

けれど、「お疲れ様くらい言えないものか」発言を聞いて、「この人も言ってもらえなかったのかなぁ(言ってもらいたかったのかなぁ)」と感じた。

皮肉でも同情でもなんでもなくて、「あ、淋しいんだね」って思う。

自分の周りの人の努力・協力・辛抱・犠牲に、気づいていたのかなぁ。

気づいていれば、気づいたうえで勤め(務め)を努めていれば、求めるまでもなく「おつかれさまでした」「ありがとうございました」という声をかけられていたことと想います。

誰よりもまず、自分で自分をねぎらうのが最初です。

「ねぎらう」とは「労う」と書きます。

「苦労」の「労」です。

ねぎらうとは、「ごくろうさま」の言葉だけではありません。

ねぎらう背景にある、自分の苦労だけではなく、周りの人の苦労(周りの人に与えた苦労、周りの人が受けた苦労)を感じることです。知ることです。

ねぎらいの対象は、誰かひとりではありません。

役職の責任が大きくなればなるほど、組織が大きくなればなるほど、多くの人が関わります。多くの「ねぎらい(労)」が生じます。

本当に大変な仕事ほど、「ねぎらい(労)」は大きくて、重たい。

その大きさと重たさを感じること。知ること。

それを見失って「ねぎらい」は、ない。

2020年9月 3日 (木)

便利さの陰で

アメリカ大統領選、民主党候補のバイデン氏が、任天堂switch「あつまれ どうぶつの森」を活用して選挙運動を展開、という記事を目にする。

日本では、まだ考えられないような選挙運動。

けれど、SNSの活用などネットを使った選挙活動が広まり、投票もネットでOKという時代(とき)が来るかもしれない。

現代(いま)は、「ネット環境の安全性やセキュリティは大丈夫なの?」という意識が先に立つけれど、そのうち克服されていくのだろうか。

また、「あつ森」を、現実世界で既に友だちである子とのコミュニケーションの場として楽しんでいる人、日常と非日常を意識的に切り離して遊んでいる人にとって、選挙運動、つまり生活に直轄する事柄をゲームの世界(“バーチャルの世界”と書こうとしたけれど、「あつ森」がバーチャルではないなぁ、半仮想 半現実かなぁ)にまで持ち込んでほしくない人も多数いることだと思う。そういう意味で、ゲームの世界に選挙運動を持ち込むのは、セキュリティの問題とは違う課題があるような気がした。

とはいえ、選挙運動がネットを活用した方向に行くのは目に見えているので、なし崩し的に なんでもありになったり、相手を誹謗中傷する方向に進んだりすることのないように願うばかりです。

「ドラえもん」で、のび太君はドラえもんから便利な道具を出してもらいながら、調子に乗って失敗するというのが、典型的な話の流れです。

そんな のび太君を嫌う人も多いそうですが、のび太君は、私たち人間を象徴しています(確か、原作者の藤子不二雄先生も、そういうことをインタビューで応えていた記憶があります。あくまで、私の記憶ですが)。

便利な道具があっても、それを使うのは人間。

人間は、調子に乗る者、過つ者、失敗する者。

私たちの身の回りにも、便利な道具は多々あります。日々出てきます。

さて、私たちは道具を上手に使いこなしているでしょうか。振り回されてはいないでしょうか。

バイデン氏のニュースを見て、「ドラえもん」を思い出し、そして ふと思いました。

「ドラえもん」の話は、のび太君のハッピーエンドで幕を閉じてはいません。

ストーリー上、しずかちゃんと結婚した話はいくつかありますが、「ドラえもん」の最終話として のび太君のハッピーエンドが描かれたわけではありません。

「ドラえもん」の性質上、新しい道具が思い浮かぶ限り、いつまでもストーリーは描き続けられます。

けれど、のび太君の孫の孫(でしたっけ?)のセワシ君が、未来からタイムマシーンに乗って、のび太君の前に現われて、(セワシ君)自身の不遇を改善するべく、おじいちゃんのおじいちゃんの のび太君の生涯を良い方向に持って行こうとする。そのために、ドラえもんにのび太君の世話をさせるという出発点。

その出発点に対する終着点を、作者は描こうと思えば描けたはず。けれど、そこまでは描いていない。

「ドラえもん」担当の藤子・F・不二雄先生が、1996年9月23日に62歳で亡くなられました。恐らく、まだまだ「ドラえもん」の世界を描いてこうと思われていたことでしょう。

でも、のび太君(いや、セワシ君か)のハッピーエンドといったストーリを描こうとは思っていなかったことと察します。

のび太君とドラえもん、その周囲の人びとの日常を描き続けたんじゃないかなぁ。

つまり、「ドラえもん」は、便利な道具によって明るい未来が切り開かれていく!ことを描いたものではない。

道具や機械、つまりそれは便利ということ。

便利さに溺れると、元々の目的を見失うよ、大切なものを失うよ、なにが本当の自分かわからなくなるよ。

そういうことのメッセージだと感じます。

「あつ森」の選挙運動もほどほどに👋

2020年9月 2日 (水)

防災

世田谷区の公立小学校は、昨日9月1日から二学期が始まりました。

子どもたちも元気に学校へ行きました。

9月1日は「防災の日」です。

私が小学校に通っていた頃は、9月1日、つまり始業式でもあり防災訓練の日でもありました。集団下校をしていた記憶があります。

何年生のときのことか忘れましたが、9月1日に台風で雨が強まり、訓練がそのまま実地の集団下校となりました。

「防災の日」が9月1日に制定されたのは、「関東大震災」〔1923年(大正12年)9月1日に発生〕を忘れないためだそうです。

 ☆

夏休み最後の日、つまり8月31日の妻との会話

(私)「明日は“防災の日”、関東大震災の日だね」

(妻)「!? え、そうだったの? ごめん、私の中で震災っていったら、日本海中部地震なんだ〔1983年(昭和58年)5月26日発生〕。弟が生まれた直後だったから、いろいろと大変だった・・・らしい」

(私)「そうだね、秋田の人にとっての記憶は、関東大震災より日本海中部地震だよね」

毎年のように日本各地で自然災害が発生していて、実際に被害に遭った災害、忘れられない災害は、人それぞれあります。

規模の大きさでいえば、東日本大震災はかなり大きなものでした。

その前に、阪神淡路大震災があり、新潟の中越地震・中越沖地震があり、後には熊本地震も発生しています。

水害も多く発生しています。私にとっての水害は、実際に遭遇した長崎水害〔1982年(昭和57年)7月23日〕を忘れられません。

自分が被災したり、身内が久したりすると、自然災害の驚異はより大きなものとなります。

毎年、世界各地で災害が起こるということは、それだけ人間の記憶も上書きされてゆきます。

けれど、上書きされたからといって忘れてしまう事柄ではありません。

こころに刻まれた痛みや悲しみ、目に焼き付いた光景は、いつまでも私のなかにあります。

悲しい出来事は、忘れたいことかもしれませんが、

忘れ得ずにいつまでも伝えていくべきことでもあります。

今年は、「第二次大戦後75年」という表現を耳にしました。

75年のときを経過するということは、個人の記憶が薄れていくというだけでなく、記憶している方・語り部である方が亡くなっていくということも意味します。

関東大震災からは97年が経ちます。

なおのこと、当時を知る人は少なくなります。

ちなみに、西蓮寺は関東大震災後の都市整備のため、港区三田の地から世田谷区北烏山の地へ移りました。それもまた、震災の記憶です。

まだ来ない災害に備えることも防災ですが、

すでに来た災害を語り継ぐこともまた防災です。

さまざまな記憶、それぞれの想いが語り継がれてゆくことを願います(‐人‐)

2020年8月31日 (月)

リモートは、言いたいことの何%くらいを口にしているんだろう・・・

さて、今日は総会。

会合はリモート続きだったけれど、今日は、メンバーが一堂に会しての総会。

ソーシャルディスタンシングが保たれたなかで、今年2月以来の集合。

もともと出席率の高い仲間たちだけれど、今日は対象者全員参加。

開式前の挨拶が尽きない (^-^)

リモートで面しているから、久しぶりという!というほどの感覚はないけれど、やっぱり会うとホッとする。

「私は人と会うのが苦手なので、リモートって楽だなって、最初の頃は思っていました。だけど、リモートも数回すると苦痛になってきて、みんなに会いたいなって思っちゃってたんですよ。やっぱり、会うのっていいですね」(^∀^)
という人も☆

どうなるかわからない現状だけれど、できることを、できるかたちで、やっていけばいい。

そんなことを共有できた総会でした。

執行部の皆さん、会処のお寺さま、ありがとうございます。お疲れさまでした。

さて、これから9月の寺報作りです💦

南無阿弥陀仏

2020年8月30日 (日)

ゆでがえる

8月も終わりますね。

暑い、熱いといいながらも、夕方になると気温が下がります。

北海道は、いきなり10℃前後まで気温が下がっているとか。

熱中症に気を付けて過ごしていましたが、これからは気温の変化に気を付けなければいけませんね。

 ☆

夏のある日、高圧洗浄機で、境内の敷石の泥汚れを落としました。

すると、泥汚れの奥から きれいな敷石が表われました。

年月を経て 徐々に汚れを重ねていったものですから、泥汚れと言っても それほど気にはなりません。

「こういうものだろう」と思っていたものが、高圧洗浄機で汚れを落としてはじめて、その汚れに気づきました。

さて、「カエルは、いきなり熱いお湯に入れると驚いて跳びはねて逃げるけれど、ぬるま湯に入れて徐々に温度を上げていくと、熱くなっていることに気付かず、やがて死亡する」という、警句としての例え話(つまり、カエルの話自体は嘘なのです)を聞いたことがあります。

急な変化には気が付いて対応できるけれど、徐々に変化している場合は、その変化に気が付きません。

自分たちの思いを通すため、数の力にものを言わせて突き進んできた某国の某政府。

その無理矢理さに、党内からなぜ異論が出ないのだろう? と、疑問に思うのですが、内部にいると気がつかないのでしょうか。声を挙げられないのでしょうか。

まるでゆでがえる状態です。

そのことは、国民も同じかもしれない。

気づいていない人、気づいている人、それぞれいたけれど、同じぬるま湯のなかに身を浸し続けてきました。

それにしても、心地よい水温から熱湯に変化させていたトップが辞意を表明したとたん、いろいろな人が声を挙げ始めました。

え、そんなに思っていたなら、もっと早くから言わないと! ゆであがってしまう前に💦

トップの顔色をうかがっていたのは、内部や周辺の人間だけでなく、結局この国(あ、某国か)に住む人びとだったのかな・・・。

さて、体調を心配するコメントを出しながらも、後継者の話題で持ちきりです。

ぬるま湯のなかで・・・

後継者は、ほとんどが世襲。

若手などと決して言えない年齢にもかかわらず「若手」と称される年齢構成。

先輩に意見することがはばかられる環境。

政界の話をしているつもりが、はて、どこかの業界にとても似ています。

無自覚に同じ体質に埋没してしまうのではなく、人びとの声に耳を澄ませる場に身をおかなければいけないと思います。

南無阿弥陀仏

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