つぶやき

2019年4月 4日 (木)

ボヘミアン・ラプソディ

2019年4月1日 昼過ぎに寺報を入稿して、ホッと一息。一日の仕事を終え、ふと映画を観たくなる。ネットで確認すると、「これから見に行ける!」という上映時間があった!! QUEENを描いた「ボヘミアンラプソディ」・・・やっと、やっと観ることができる!! ワクワクしながら新宿へ。21:55からの上映回を観に行きました♪

学生時代に、QUEENをカラオケで歌いまくる先輩がいて、当時洋楽に興味がなかった私でも、QUEENが気になり始めました。(QUEENの演奏を聞いて、ではなく先輩の歌を聴いて、なんだ (^∀^) )

詳しくない私が語るのも野暮だけど、あぁ、QUEENいいなぁ♡と思いました。映画館で鑑賞できてよかった。

さて、4月の寺報にて、

「胸の傷」のいたみについて考えるとき、自分の胸の傷のことばかり考えていた。

けれど、私があなたにつけた傷もありました。その傷の方がはるかに多くて、はるかに深い。

と書きました。

映画鑑賞中「Love Of My Life」という曲が流れ、その歌詞(字幕)に

「私の愛する人 あなたは私を傷つけて去って行くんだね 僕から愛をとりあげないで」と書いてありました(注、まったくの私の記憶ですので、原文や本来の意味と違うかもしてれません)

その字幕を見ながら、

「愛をもらうって傷をもらうことなんだ。傷というと否定的イメージが強いけど、そうではなく、大切な人との出会いの象徴なんだ。自分の傷にばかり気持ちが行って、他者(愛する人)につけた傷に無自覚な私!って文章を書き上げたばっかだけど、あぁ、私は愛を分かってない男だなぁ。自分についている傷の背景を、奥底を、もっと感じてごらん!! 愛をもらってる私なんだよ!!」

なんて、映画を観ながら、「LOVE Of My Life」を聞きながら心の中で呟いていました。

時間つくって観に行ってよかった。終電で帰れてよかった。

2019年2月13日 (水)

人間には、いのちには、本来肩書きなんてない

池江璃花子さん あなたは あなたでしかない かけがえのない いのちを生きています。

水泳の第一人者とか 東京オリンピックの代表選手とか 金メダル候補とか そんな肩書きは本来いのちには付いていないものです。
また第一線でとか オリンピック目指してとか メダルを取れるようにとか それは本人の中でのモチベーションとしては大切だけど、他の人が言うことではない。そういう肩書きとか 目標が付かなくても、池江璃花子さんは池江璃花子さんです。

池江璃花子さんの笑顔から多くの力をもらっていました。 
快復を念じています。

人は、肩書きや功績がある他者(ひと)でないと愛せないのだろうか。「頑張って」と励ませないのだろうか。いや、そんなことはない。池江璃花子さんのことをこんなにも多くの人が心配している。それは、誰に向かっても心配する心の根っこがあるということ。
池江璃花子さんは、自分と同じ病気と向き合っている(「闘っている」は違うかな、と思いました)人たちのことも知って欲しくて、自分の病気を告白し、治療に入られました。彼女を応援するならば、彼女と同じ病気の方々、もっと視野を広げるならば、さまざまな困難を抱えながら生きている方々のことにも、想いを馳せることができるはず。そのことが、彼女が病気を告白したことに対する応え(応援すること)につながります。

人は、
一人ひとりのいのちを生きているのだけれど、
みんなつながっている。
だからこそ
喜びも伝わり、 悲しみも感じられる。

2019年1月30日 (水)

窮屈な世の中です

昨年9月、福井県の僧侶が僧衣を着て車を運転していたところ、「運転に支障を及ぼすから」と、警察官から反則切符を切られました。
初めての事柄だったと思いますが、その僧侶は違和感を抱き、その方の宗派も抗議を行ないました。その後、全国の僧侶から、僧衣は運転に支障は無い!と、縄跳びやジャグリング等々、動きに支障はありませんよ^^という動画が投稿されました。
恐らく、何のお詫びも無く、反則切符を取り下げるだろうなぁと思っていたら、そのようになりました。2019年1月26日、福井県警は、「違反事実が確認できなかった」として僧侶を検察庁に送致しない方針を明らかにしました。
服装や履き物の規定が周知されていない問題点を指摘する人もいますが、一応規定がある以上、「問題あり」と切符を切られ、「規定が明文化されて、公表もされている」と言われてしまえば、それまでです。今回は、予想以上の反響があり、引き下がったことでしょう。
また、「僧衣でもこんなに動けるよ」アピールも、個人的にはよく分かりますが、今回の問題点は、僧衣でも動けるか否かではないんじゃないかなぁと思っていました。
警察官には反則取り締まりのノルマがあり、そのノルマ達成のために、従来見逃していたところに踏み込んだのではないかなぁと思っています。ノルマに届かない焦りもあったかもしれませんし、警察官の腹の居所が悪いときに捕まるということもあるのではないでしょうか。
そのノルマ制続く限り、あるいは、解釈しだいでどのようにも受け取れる規定がある限り、同じようなことはまた起こるかもしれません。
影に隠れていて見つけた反則に対して切符を切るよりも、普段からあちらこちらに姿を表わしていた方が、反則は減る、危険な運転をする人は減るのではないかなぁと思います。

今日の法務、僧衣を身に着けながら、靴を履いて運転していました。「着物に靴、坂本龍馬みたい^^」なんて思いながら。足袋はいて靴をはくと、けっこう窮屈なんです。ワンサイズ大きい靴を買わなければいけないかな(足袋はいているとき用の靴も売ってるんですけどね)。

2019年1月28日 (月)

まだ道の途中

嵐の休止会見において、「無責任では?云々」質問した内容を聞いていて、腹が立ったけれど、ネット上でも多くの人がその質問内容・記者に腹を立てているので、少しホッとしている。
無責任もなにも、40前の人間が、自分たちの進む道を語りあい、決断したのだから、それを尊重するのが、こちら側の責任だと思います(というようなことを、SMAP解散のときも書いた気がする)。

その、「無責任では?」というような問い(嵐の会見の一件に限らず)が出る背景には、自分の中で受け入れられないこと・突然すぎて飲み込めないことに対する疑問・怒り・焦りのようなものが表出しているのだと感じる。
従来は、身近な者の中での会話によって疑問・怒り・焦りの解消を図ったり、共有したりしていたと思うのだけど、最近は、対象に疑問・怒り・焦り等々をモロぶつける人が増えてきた気がする。
件の質問をした記者は、「無責任と思われたとしたら? そのことによってリーダーの大野さんが悪役になってしまう恐れがないか?」と、自分が発した問いというよりも、そう思う人がいたらどうするか?という体で質問をしていたように聞こえたけれど・・・本当のところは、どちらに軸足を置いているのか分からない。もしかしたら、自分自身の疑問・怒り・焦りを、「世間の人々が」に置き換えたのかもしれない・・・「私はこう思う。そのことについて、お聞かせください」が、質問をするときの丁寧なスタンスかなぁと思う。

それにしても、件の質問に対する桜井さんの対応・回答が素晴らしかった。大人だなぁと思いました。そんな大人な嵐さんたちが、時間をかけて話し合ってきたことなのだから、真っ正面から受け止めてあげたい。

それから、
玉鷲関、大相撲初場所(2019年)優勝おめでとうございます
今場所は多くの力士が怪我をして車椅子で運ばれたり、休場したりするなかで、1151回連続出場は現役最多。2004年初場所の初土俵から1日も休まず、1151回連続出場とのこと。何よりもその記録に驚きました。
おめでとうございます。

2019年1月21日 (月)

おばあちゃん、ありがとうございます

2019年1月20日(日)
昨秋 得度(出家)を受式した長女、初めて法事に出仕。

私が幼い頃からお世話になっているおばあちゃん。
私が京都から寺へ戻ってきたときも喜んでくれたおばあちゃん。
そのおばあちゃんの、旦那様と息子さんのご法事。
「お寺へ来られるのは、もうこれが最後だから」って、しんどい想いをしてまでもお寺に来てくださいました。
(東京では、お寺にてご法事をお勤めします)

控室にて、長女と次女もおばあちゃんにご挨拶
長女、昨秋の得度の報告をしたら、とても喜んでくださいました。
次女は、そのおばあちゃんと同じ字が名前に入っているので、次女が誕生し名前を聞いたときから、とてもかわいがってくれました。

ご法事の準備中、長女に「一緒にお勤めする?」と尋ねると、「うん」と即答。
得度して、報恩講に出仕はしましたが、ご法事は初めて。まだ先のことと思っていましたが、思いがけず一緒にお勤めするご縁をいただきました。

「所作も勤行もまだまだですが、娘も一緒にお勤めさせていただきます」とお断りして、ご法事。
娘には、「分からなくなったら、黙っていていいからね」と言って私の隣に座らせました。

(‐人‐)なむあみだぶつ なむあみだぶつ

緊張するかな?と思っていましたが、伽陀も阿弥陀経も和讃も、すべてちゃんと声を出してお勤めしてくれました。
う~ん、お声明(お経)の先生(私)がいいんだねと思いました

おばあちゃんも、うれしそうでした。
そのお孫さんも、「同じ女性として、誇らしく、頼もしく感じました」と、9歳の娘に向かって気持ちをお伝えくださいました。
大切なご縁をいただき、御礼申し上げます。
おばあちゃん、また会いましょうね

夜、ふと思いました。
住職にとっても、私(息子)と孫と一緒にお勤めして、3代で一緒にお勤めできて嬉しかったんじゃないかなぁって。
そういえば、私が10歳で得度してから数年、永代経と報恩講は、先々代・先代・現住職・私の4代でお勤めをしていました。そんなときのことも思い出しました。

お寺の危機云々を無駄に騒ぐ僧侶がいるけれど、すべきことをきちんとお勤めすることが何よりも大事なことだなぁと、あらためて思いました。

南無阿弥陀仏

2019年1月19日 (土)

あれから12年

西蓮寺掲示板の人形
1月は毎年、十二支のお手玉人形を並べています。
その他に、今年は亥年なので、おそらく雄と雌のイノシシが着物を着て座っている人形も飾っています。

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この人形、実は12年前の亥年(2007年)に飾った人形です。
年月が一回りしたということなのですね。
その前年(2006年)の暮れに、1月に掲示板に飾る人形を買いに、巣鴨へ行ったことを覚えています。
あぁ、もう12年経つのですね。
自分は亥年生まれなので、余計にこころに残るのでしょうね。

先日(1月16日)西蓮寺聞法会新年会を開催しました。
家族も含めて20人の参加。そのうち6人が亥年でした!! 亥年率高っ!!
ぶつかり合わないように、仲良く行きましょう(生きましょう)!!

2019年1月18日 (金)

思考停止に陥る前に

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市 辺野古 移設の賛否を問う県民投票(2月24日)の実施を宜野湾など5市が拒否していることに抗議し、「『辺野古』県民投票の会」の元山仁士郎代表(27)が、沖縄県民投票の投票事務を拒否している5市の首長に県民投票への参加を求めるハンガーストライキを宜野湾市役所前でされています。1月17日で3日目を迎えました。元山さんは水しか口にされていません。
「「『辺野古』県民投票の会」は昨年5月からの2カ月間で約9万人分の署名を集め、県に県民投票条例の制定を求めました。条例は昨年10月に県議会で成立しましたが、宜野湾・沖縄・うるま・宮古島・石垣の5市の市長が、実施に必要な予算案が市議会で否決されたことを理由に「実施しない」と表明しています。
元山さんは、「県民みんなで県民投票をやりたいという思いが強い。できるかぎり続けたい」と語られています。

県民投票を実施しない市の市長は、県民投票が辺野古移設の賛否、つまり「二者択一」の投票に問題があると理由を説明します。
確かに、人間の思いは複雑で、単なる賛成・反対だけでなく、賛成だけど反対、反対だけど賛成という揺れる想いの人もいることでしょう。人の数だけ想いがあります。また、二者択一の、地域の住民投票・県民投票・国民投票などは、そこに生きる人たちの分断を生みかねません。そこをうまく利用して、政治やお金の力で分断を生み、原発を立地してきたことは、この国の歴史が物語っています。
けれど、「二者択一に問題あり」といいながら、「これ(辺野古移設)しか方法がない」と、選択肢も何も用意せずに県民に押し付けているのが辺野古への移設問題ではないでしょうか。
「二者択一どころか、ひとつを押し付ける姿勢に問題がある。県民の皆さん、国に訴えるからもうしばらく時間をください。ハンガーストライキはやめて、健康に留意してください」と、市長さんは言えないものでしょうか。見ている方向の違いで、言葉も違ってきます。

そういえば、兼高かおるさんが、「“これしかない”という発想は思考停止を生む」と仰っていたことを思い出しました。

2019年1月17日 (木)

24年

2019年1月17日 阪神淡路大震災(1995年)から24年。
当時、神戸ではなく京都に住んでいたけれど、それでも大きな揺れを感じた。午前5時46分、大きな揺れで目を覚まし、しばらくボーッとしてからテレビをつける。
あの高速道路が倒れた映像が流れていた。
24年・・・年月の流れを想う

2019年1月16日 (水)

本筋以外での気苦労が多すぎる

2019年1月16日(水)
朝、テレビを見ていたらニュース速報のテロップが表われる。
「あ、決断されたかな」
速報の内容が表示される前に、内容は予想できた。
大相撲 横綱 稀勢の里関 引退・・・決断されたのですね。横綱として、その勝ち負け以外の重圧に苦しまれていたのではないかとお察し致します。お疲れさまでした。ありがとうございます。

ニュース速報のテロップでも、その後のニュース(を読む内容)でも、「横綱の稀勢の里が引退を表明。これで、19年ぶりに誕生した日本出身横綱は、2年でいなくなることになります」といった内容で報道される。
「横綱 稀勢の里関引退」だけでいい内容なのに。
「日本出身」の文言についての疑問は、以前も書きました。
大相撲のみならず、他のスポーツ界も、芸能界も、芸術の世界も、経済界も、日常の生活においても国際化・グローバル化が進み、海外から日本に来られ、日本で活躍している方々が多くいます。その中で、横綱 稀勢の里が誕生するまで、多くの人が「日本人の横綱が誕生して欲しいですね」と語る。
以前はマスコミも「日本人力士の優勝を」「日本人の横綱誕生を望む」と表現していたと記憶しています。
2012年の5月場所で旭天鵬関が優勝しました。旭天鵬関はモンゴルの出身です。しかし、旭天鵬関は2004年1月に日本国籍の取得を申請し、同年6月22日に日本国籍を取得して日本に帰化されました。つまり、日本人力士なのです。けれど、「待望の日本人力士の優勝!!」などと騒がれず、以降も「日本出身力士の優勝が待ち遠しいですね」とか「日本出身力士が横綱に昇進して欲しいですね」などと語られ始めました。
そんな歪んだ自国愛が、稀勢の里関を横綱に押し上げたのではないでしょうか。横綱昇進前の場所では、優勝を果たしましたが、その前の場所は12勝3敗。立派な成績ですが、「2場所連続優勝かそれに準ずる成績」が横綱昇進の目安なのに、「ちょっと甘いんじゃないか?」という声も、稀勢の里関が横綱になる際、多々挙がっていました。ご記憶でしょうか? 稀勢の里関の横綱昇進にケチをつけているわけではありません。そこに至るまでのコンスタントな成績を見れば、納得もできることです。ただ、他の力士、海外出身の力士が同じ成績を納めていたとして、横綱に昇進していたでしょうか。もう1場所様子を見よう、ということになっていたのではないかと思うのです。つまり、「日本出身力士」を望む声に応えて誕生させたのが横綱稀勢の里関だったのです。
相撲が大好きだった稀勢の里関が、土俵外の、自分の努力でどうこうするところでない力によって、引退までの時間が縮められてしまった気がして気の毒です。

稀勢の里関、ありがとうございます

2019年1月15日 (火)

哲学をやる動機

2019年1月12日 哲学者の梅原猛さん逝去
親鸞聖人や『歎異抄』についての書物を著わされていたことは知っていましたが、読んだことがありませんでした。お亡くなりになった報道で経歴や思想に触れさせていただき、凄い方がいたのだなぁと感じました。

<梅原猛さん死去>憲法9条「人類の理想」 戦争反対訴え続ける 梅原さんは、戦争反対の姿勢を貫いた哲学者だった。故小田実さんや故井上ひさしさんらと共に市民団体「九条の会」設立の呼び掛け人に名を連ね、人類の理想として憲法9条の意義を訴えた。 16歳の時に太平洋戦争が始まり、常に死を意識せざるを得ない青春時代を過ごした。勤労奉仕先の名古屋の工場で空襲に遭った時には、弾が命中した防空壕に入っていなかったため、九死に一生を得た。だが、共に働いた多くの学生が死亡したという。 「負ける戦争でなぜ死ななきゃいけないのかという深い懐疑が、哲学をやる動機になった」と語っていた梅原さん。憲法9条には「人類の未来の理想が含まれている」と指摘し、その理想を否定すれば、日本は“普通”の国になってしまうと危機感を募らせていた。 表現の場でも平和を追求した。反戦をテーマに書いたのが、2003年の新作狂言「王様と恐竜」。国内だけでなく、パリでも上演し、好評を博した。同年、京都市を中心に活動する文化人や芸術家がイラク戦争反対などを訴えて発表したアピール文の賛同者の一人にもなった。 梅原さんは17年5月、初代所長を務めた国際日本文化研究センター(京都市)の創立30周年を記念して講演。「平和の伝統を日本は引き継がなくてはならない」と力強く話した。 (「河北新報」2019年1月15日配信より)

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