西蓮寺掲示板のことば

2020年4月 1日 (水)

2020年4月のことば

2020年4月を迎えました。
本来なら、これからの新しい歩みにワクワクしながら、第一歩を踏み出す季節ですが、
新型コロナウィルスにより先行きの見えぬ不安とともにある門出となってしまいました。
そういえば不思議ですね。新年度・新学期・新入生・新社会人の門出も、先が見えない、先が分からないという意味では、現在の状況と変わらないのに、どちらかといえば前向きな気持ちでいられます(当然、不安な気持ちもありますが)。けれど、現在の状況は、いつかは収束するのかもしれないけれど、不安な気持ちに覆われています。同じ先行きの見えない道を歩むにしても、不安な気持ちの比重によって、ワクワクしたり、気が重くなったり、心持ちは変わるのですね。明るい兆しが見えて、現在の不安な状況が終息しますように。
4月1日、今朝の新聞には、公立学校の先生方の異動が載っていました。娘たちが通う小学校の先生も異動がありました。一言お礼を言いたかったのに言えずにお別れとなってしまった先生もいます。「お世話になりました。ありがとうございます」
新しく赴任される先生もいます。「いろいろと大変な時期ですが、よろしくお願いいたします」
南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

2020年4月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」4月号の文章です)

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人の世にいのちのぬくもりあれ、

人間にいのちの輝きあれ

          藤元正樹

 

ウィルスという鏡

2020年を迎えたころ、新型コロナウィルスに怯える現在の世界状況を誰が想像していただろうか。
未知の病気、新型コロナウィルスの感染拡大。それに伴い、学校の休校、活動の自粛、できうる限りの自宅待機が要請されている現状にある。先の見えない状況に、誰もが不安や恐怖を抱いている。けれど、不安や恐怖が人を突き動かすのか、マスクやアルコール消毒液は店頭から姿を消して久しく、デマが拡散してティッシュペーパーやトイレットペーパーまでもが品薄となり、都知事が会見で活動の自粛を要請すると、途端にスーパーには食糧買い出しの長蛇の列ができた。病気そのものへの不安や恐怖が生活や人生そのものへの不安や恐怖へとつながり、人間のエゴが丸裸となっている。

新型コロナウィルスが発生し、世界各地で感染者が出始めたころは、武漢を、中国を非難する声が上がり、世界のいたる所でアジア系の人が責められる事件が相次いだ。それぞれの国においても、感染者やその家族は責められ、ネット上では感染者の特定までされ、まるで犯人捜しの様相を呈している。どんなに神経を尖らせても感染し得るのがウィルスであり、しかも人類の誰も抗体を持たないウィルスが今現在蔓延している。誰もが皆、感染し得るのに、なぜ感染者に非難を浴びせるのだろうか。

名前を持った一人ひとり

病気は、ふたつのことを表出させている。
ひとつは、不安や恐怖から、人は他者を責め、貶めてしまうこと。
ひとつは、当たり前にあると思っていたものが、実はまったく当たり前のことではなく、有り難いことであったということ。

マスクやティッシュペーパーや食糧が手に入らなくなり、お店に行けば買うことが出来ることがどんなに有り難いことだったか身をもって感じている。けれど、それだけではない。今朝一緒に食事をした人、「早くこの騒動が収まってほしいね」などと挨拶や会話を交わした人、自宅待機のイライラから些細なことで喧嘩をしてしまった人・・・。身近な人が、いとも簡単に亡くなってしまう。この原稿を書いている最中、志村けんさんの訃報が入ってきた。私は「8時だョ!全員集合」世代だけれど、娘たちが「志村どうぶつ園」を楽しみにし、「バカ殿様」の面白さに目覚めて特番を見るようになり、最近あらためて志村けんさんの面白さに触れていただけに、残念で淋しくてならない。

決して、志村けんさんだけを特別視しているわけではない。3月30日現在、世界中で3万3千人を超える方が新型コロナウィルスによって亡くなっている。言葉やデータとしては「3万3千人」と、ひとくくりになってしまうが、そこには名前を持った一人ひとりのいのちがある。その一人ひとりに関係する人たち、涙を流す人たちがいる。被害者は3万3千人ではない。その何倍もの人の胸が今、締め付けられている。

非難されるいのちなどあるだろうか。
虐げられていい いのちなどあるだろうか。
死んで当たり前のいのちなどあるだろうか。

現代社会(わたし)への問いかけ

ここまで書いてきて、津久井やまゆり園を襲撃した植松聖被告のことばが思い起こされた。
「意思疎通のとれない人間は心失者であり、不幸をばらまく存在です」

彼の弁護人が死刑判決に対して控訴していたが、彼自身がその控訴を取り下げた。つまり、彼の死刑が確定した。この国は、やがて彼の死刑を執行するだろう。裁判における彼の言動を報道で知る限り、被害者やその家族に向けて意思疎通(謝罪等)をとる意識はなく、裁判官や弁護人とも意思疎通はとれていなかったものと思われる。多くの人が思っていることだろう。「意思疎通のとれない者は死ぬべきだ」と主張しているその人自身が意思疎通をとれない者だったんだ(死刑は当然だ)と。そのように彼の死刑判決を当然と考えることは、自分と意思疎通をとれない者に対する差別意識、つまり彼と同じ差別意識が私の中にあることの証となってしまう。そのことには気づかないといけない。彼の言動は決して認められるものではないが、彼を否定しても肯定しても、私の中にある正義に対して刃を突き付けるロジック(論理)が、彼の言動には含まれている。現代を生きる人間の闇が露(あらわ)にされている。

ウィルスに感染した方に対して非難を浴びせる行為は、彼と根っこの部分ではつながっている。殺人を犯した者を死刑に処して、それで終わる問題ではない。大きな問いを、彼は現代社会(わたし)に突き付けた。

熱と光

今月の掲示板は、藤元正樹先生(真宗大谷派僧侶 19292000)のことばを掲示した。

1922年(大正11年)3月、西光万吉氏を中心として、部落解放運動団体「全国水平社」が創立された。創立にあたり、「水平社宣言」が採択され、その宣言文の最後に、「人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光あれ」とある。そのことばを大切に受け止めて、「人の世にいのちのぬくもりあれ、人間にいのちの輝きあれ」と表現された。

私たちは普段、「いのちは大切だ」「手を取り合うことが大事だ」などと口にしながら、そのことについてより深く考えたことがあるだろうか。ひとたび何か自身に不都合なことがあれば、途端にそんな想いは吹き飛ぶのではないだろうか。自分は他者を傷つけていない、自分は差別をしていない。その思いが他者を傷つけ、その思いが差別を見えなくしてしまっている。

人と人との接点に、ぬくもりが生まれる。関係性を生きているからこそ、困難な人生の中に光明が差し込む。
接点を失ったとき、ぬくもりは冷め、関係性を断ったとき、光明は儚く消え去る。現代(いま)はまさにそんな時代(とき)。

人と人との接点とは、なにも仲のいい者同士が手をつなぎ合うことだけではない。主義主張が違うならば違うままで、どうすれば少しでも良い方向に向かうのか、亡き人から何を学ぼうとするのか、目の前にいる人とはもう会えないかもしれないと思えるのか・・・非難し合うこととは違う、そのような接点の持ち方がある。

本来ならば、ウィルスが蔓延しなくとも考えなければいけないことだけれど、こんなときだからこそ考えたい。
 人の世にいのちのぬくもりあれ、
 人間にいのちの輝きあれ

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形
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3月、久しぶりにカッパ橋に行きました。やはり、買い物客、海外からの観光の方は少なかったです。
掲示板の人形をよく買っていたお店・・・久しく行ってなかったので、「まだあるかなぁ」と思いながら足を運んだのですが、ありました‼
よかった(*^-^*) 桜の木の下で昼寝する猫。かわいかったので買ってきました。
賑わいが戻りますように。

2020年3月 3日 (火)

2020年3月のことば

みなさま こんにちは
新型コロナウィルスの影響で、落ち着かない日々をお過ごしのことと思います。
学校も休校となり、どのように過ごしたらいいのか困ってしまいますよね。
不要不急の外出は避けるようにアナウンスされています。
各種集会が休会を強いられています。状況を考えると仕方ありません。
前回の投稿でも、真宗大谷派の各種集会の休会を載せました。
僧侶仲間と話していたのですが、生活の中で聞法(教えに聞くこと)を、先達は優先的にされてきました。なぜならば、「聞かずにはおれない」「聞法あっての生活」と、生活と聞法が切っても切り離せないものだったからです。そういう意味で聞法は“不要不急”のことではなく、“必要”であり、“今聞かないで いつ聞くんだ‼”ということなのです‼
それほどまでに聞法を、念仏を大切にしてきた方々の姿を思うと、各種法座が休会になること(すること)は、胸の痛む思いです。
ブログでの発信が、少しでも聞法の一端となればいいな。否、聞法と共に生活している方のために発信できれば‼と思います。
この騒動が一刻も早く収まり、平穏が戻りますように。
南無阿弥陀仏

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2020年3月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)

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日々を過(す)ごす

日々を過(あやま)

 

 過      吉野 弘

日々を過(す)ごす

日々を過(あやま)

二つは

一つことか

生きることは

そのまま過ちであるかもしれない日々

「いかが、お過ごしですか」と

はがきの初めに書いて

落ちつかない気分になる

「あなたはどんな過ちをしていますか」と

問い合わせでもするようで

 

過(あやま)ちつつ過ごす日々

今月のことばは、詩人の吉野弘さんの詩「過」の一節です。

「すごす」と「あやまつ」。「過」という漢字に、一見関連性のなさそうなふたつの意味が内包されています。生きる、日々を過ごすということは、そのまま過ちであるかもしれない日々。吉野弘さんは、「過」という漢字を見つめて、人間が生きることの背景にある過ちを感じられたのではないでしょうか。

夜、子どもたちの寝顔を見ながら、ふと振り返ります。私は子どもたちとの日々をどのように過ごしているだろうか。過ちの日々を過ごしてはいないだろうか、と。

「過ち(あやまち)」というと、罪を犯すことと思う人もいるのではないでしょうか。すると、「私は罪など犯していない」と、過ちを犯した誰かのこと、つまり他人事として吉野さんの詩やこの寺報を読むことになります。

けれど、実際に罪を犯したならば、罪を犯したという自覚があります(認める認めないの違いはあるけれど)。つまり、私が過ちつつ日々を過ごしているということは、自覚が難しいのです。私が過ちつつ日々を過ごしているなんて誰も思ってもいないでしょうから。

いつか見た光景

今、世界中が新型コロナウィルスの驚異の渦中にあります。日本では、総理大臣から、全国の公立小中高の休校が“要請”され、現場の先生や保護者、誰よりも子どもたちに動揺が広がっています。

ドラッグストアにマスクを見かけなくなって久しいですが、「紙製品がなくなる!」というデマが流布し、ティッシュペーパーやトイレットペーパーまでもが、ドラッグストアの棚から姿を消してしまいました。いつか見た光景だなぁと、振り返ります。

2011年3月11日「東日本大震災」発生。食料品や生活用品、ガソリンなどが手に入りづらくなりました。あの頃も、悲しみに追い打ちをかけるようなデマが飛び交いました。

人間は反省したり、立ち止まって考えたり、軌道修正したりすることが出来る生き物です。ということは、過つたびに反省し、考えて、新たな一歩を踏み出してきたはずです。であるならば、いつも現在(いま)が一番反省修正された最良の瞬間(とき)であるはず…とも思いたいのですが。反省の内容が正しいとも限りませんし、不都合があれば隠したり捻じ曲げたりしますし、同じ過ちを繰り返してしまうのもまた人間です。二度と見ることがありませんようにと願った光景を、人間はまた映し出しています。

過失

東日本大震災発生時、「困ったときはお互いさま」と、日本のみならず世界中の人びとが、被災された方々に救いの手を差しのべられました。
けれど、今回のウィルス騒動は、世界各地で感染者が出ています。世界全体が対策・対応に追われています。そうなると、「困ったときはお互いさま」などと言っていられる状態ではありません。新型コロナウィルスの発生元とされる中国の方に怒りをぶつける様子が、世界のあらゆるところで確認されています。西洋の方から見れば、日本人もまた中国人と同じアジアの人間です。外国で、アジア系の人が差別や暴力を受ける被害も起きています。「ひどいことをするなぁ」「とばっちりだ」と思う人もいるかもしれません。けれど、振り返ってみれば、イスラム過激派によるテロ事件が起きた際、日本人も「イスラムの一部の過激派が起こした事件」という見方よりも、「イスラム教は危険だ」と、イスラム教徒全般に対する差別的な見方をしたのではないでしょうか。そして今もまた、新型コロナウィルスの感染者が確認された都道府県を冷たい目で見てはいないでしょうか。

自分自身が被害に遭ったり、被害に遭うかもしれなかったりというところに身を置くと、気持ちが犯人捜しに向かうのかもしれません。自分の優位性や安全性を確保するために他者を貶めるという過ちを、人間は繰り返してしまいます。

過去

「過ち」は時間とともに薄れてゆきます。「過ち」の事実が消えてしまうということはありませんが、日々を過ごすなかで、あらゆる事柄が上書きされてゆき、古い「過ち」は忘却のかなたに去ってゆきます。だから「過去」というのでしょうか。

けれど、たとえ新しい出来事に上書きされようとも、たとえ楽しい出来事に心奪われようとも、忘れてはいけないことがあります。「生きることは、そのまま過ちであるかもしれない日々」であるということを。

ふと振り返ります。私はこれからのいのちとの日々をどのように過ごしているだろうか。過ちの日々を過ごしてはいないだろうか、と。

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掲示板の人形
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3月、ひな祭りですね。2月、あまりにバタバタと過ごしていたら、ひな人形を飾るのを失念していました。
3月2日、リビングにやっと飾ることができました。
写真の人形は、掲示板用の小さい人形です。お雛様と、かつて奈良公園で買ったシカと、2月に京都に行った際に買った豆シバの人形です。

2020年2月 3日 (月)

2020年2月のことば

2月を迎えました。1月のブログは、掲示板のことばをアップしただけで終わってしまいました。

Windows7のサポートが終了するのに際し、新しい相棒(パソコン)を使い始めたのですが、タッチの感覚になじめず、文章を書くに至りませんでした。とはいえ、いつまでもそんなこと言ってられないので「2020年2月の寺報」を作り始めましたが、文章がまったく書けません(パソコンのせいではなく、自分自身の力として)。珍しく穏やかな時間(締め切りに追われない時間)で、寺報だけに向き合えたのに、完成が2月3日にずれ込んでしまいました。申し訳ありません。
前の相棒とは9年近い付き合いだったので、よくもってくれたなぁと感謝しています。新しい相棒、よろしくお願いいたします。

 ☆ ☆ ☆

2020年2月のことば(以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)

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吉凶は 人によりて 日によらず
             
吉田兼好

今を大切に生きたい

除災招福を願い、日や方角の良し悪しを選ぶ人も多いのではないでしょうか。名前の画数や相性を気にする人もいることでしょう。朝のテレビ番組には占いコーナーが欠かせません。運勢やラッキーアイテムをチェックしてから出かける人もいることでしょう。

葬送の場から帰宅して「清め塩」を身にかけたことがある人もいるのではないでしょうか。穢れを払うつもりのようですが、果たして何が穢れなのでしょうか。先往く方ですか? 葬送の現場ですか? 万難を排してお別れの場にお参りしたのに、帰宅すると穢れと化すとはおかしな話です。ちなみに、浄土真宗では、葬送に際して塩を用いません。死も、先往く方も、葬送の場も穢れではありませんから。

おみくじには「吉」や「凶」などがありますが、神社には「凶」を入れないでほしいという要望があるそうです。要望に応えて「凶」を除いてあるおみくじもあるとか。「吉」とか「凶」を、人間の要望のままに招いたり除いたりできたら楽ですね。

さて、実際に「吉日」とか「凶日」という日があるわけではありません。方角や名前もしかりです。

私は、限りのあるいのちを生きています。また、誰とも代わりのきかない、かけがえのないいのちを生きています。限りのある時間のなかを、唯ひとりの私が生きているにもかかわらず、良い日悪い日と制限を設けて生きるということは、もったいないことです。

吉凶に囚われ、限りのある、誰とも代わることのできないいのちを生きている現実に目を背けながら生きること。そのことが吉凶ではないでしょうか。実際に吉凶なるものがあるわけではなく、人間の側の問題です。

明日とも知れぬいのちだからこそ、今を大切に生きたい。

縁起の道理

お釈迦さまは「縁起の道理」を説かれました。「この世のあらゆるいのちや事柄は、縁によって起こり、縁によって滅す」と。

仏教、お釈迦さまの教えに触れ、「縁起の道理」を学びました。私もまた、縁起の道理のなかを生きています。さまざまな縁が織りなし合うなかに私は生まれ、縁に生き、やがて死の縁を迎えます。いのち生きるものはみな影響し合っています。「いのち生きるもの」とは、今現に生きている人だけを意味するのではなく、先往くいのちも、これから生じるいのちも含めてです。いのち生きるものはみな、代わりのいない、かけがえのないいのちを生きています。

お互いに影響し合っているということは、この世で起こる出来事は、ある特定の人や集団にだけ起こっているわけではありません。
我が身に悲しい出来事があったとき、その出来事に関わる人や物事もあり、悲しみを共有してくれる人もいればほくそ笑んでいる人もいるかもしれません。
我が身に嬉しい出来事があったとき、その出来事に関わる人や物事もあり、共に喜んでくれる人もいれば、やっかみのこころを持つ人もいることでしょう。

「吉」といえる出来事と「凶」といえる出来事が、まったく別の出来事として起こるのではなく、多くの人や事柄と絡み合いながら、嬉しいことと悲しい ことが同じ瞬間(とき)に起きている。私がここにいられるとき、ここにいられない誰かがいる。そういうことを想います。

「縁起の道理」から想わされるように、お釈迦さまの教えは、この世の悲しみを無くす術を説かれたものではありません。いのちあるものは、いつかいのち終えていく。人の為のつもりが、人を傷つけることもある。あらゆる物事は、すべて縁によってつながっている。当然のことのようですが、私たちが目をつぶって生きている現実が説かれています。

なにをかなしまれているのか

親鸞聖人の「正像末和讃」です。

かなしきかなや道俗(どうぞく)の

良時吉日(りょうじ きちにち)えらばしめ

天神地祇(てんじんじぎ)をあがめつつ

ト占祭祀(ぼくせん さいし)つとめとす

 

(現代語訳)
今の世を生きる僧侶も世間の人々も、
良い時・吉日を選ぶことに囚われて、
天の神・地の神をあがめながら、
占いや祭祀に努めています。
なんともかなしいことです。

 

いつの世も、人は吉凶禍福に囚われているものです。まだ見ぬ未来、見通せない将来に対しての不安の表われなのかもしれません。
親鸞聖人は、なにを「かなしきかなや」と嘆いておられるのでしょう。
「僧俗共に、吉凶禍福に囚われて、自身の幸福追求や、不安を取り除くために、天の神・地の神へのお願いごとに努めている」。そのことを「かなしきかなや」と嘆いているのでしょうか? でも、それだけではないような気がします。

聖人自身も、師や弟子や家族との出あいや別れ、「南無阿弥陀仏」の念仏との出遇いや被弾圧など、さまざまな喜びや悲しみに遭遇しました。不安や恐怖に襲われることもあったことでしょう。そんなとき、親鸞聖人には念仏がありました。生きていく歩みのなかで、不安や恐怖に立ちすくみそうなときも、聖人は常に念仏を忘れませんでした。念仏は不安を鎮めるための呪文ではありません。私を支える念仏。念仏があるからこそ、縁に生き、吉凶禍福交差する人生を生きていけます。

いついかなるときも私と共にある念仏。すべての人々に念仏に出遇ってほしい。阿弥陀如来は、生きとし生けるものへ念仏を与えてくださっているのだから。教えに触れながら生きてほしい。念仏を称えながら生きてほしい。まだそれが叶わずに苦しんでいる人が大勢いる。そのことに対するかなしみと、教えを伝え得ぬ自身へのかなしみが親鸞聖人にはあったのです。

南無阿弥陀仏

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~掲示板の人形~
温泉につかるネコ
お店で見つけて、ひとめぼれしました(*^-^*)Dsc_4400

 

2020年1月 2日 (木)

2020年1月のことば

2020年、明けましておめでとうございます
本年もよろしくお願い致します

人間は、節目を大切に生きています。
節目節目で冠婚葬祭をお勤めして、竹が成長とともに節目を築くように、人間も節目を刻みつつ成長してゆきます。
ですから、新しい年が始まって、「明けましておめでとうございます 今年もよろしくお願いいたします」と挨拶し合うことも大事な節目だと思うのですが、でもそれと共に、いつもと変わらぬ一日であることを忘れてもいけないと感じている新年です。
困窮や淋しさのさなかにいる人、虐待を受けている人にとって、元日だから気が休まる、ということはありません。それどころか、節目を迎えることによって、かえってつらい想いをしている方もいるかもしれません。
人生において特別な一日もあります。けれど、特別な一日も含めて、いつもと変わらぬ一日一日です。
困窮のなかに身を置きつつも一所懸命に生きている方々、その方々を支援されている方々の活動報告を読ませていただいて、新しい年を迎えてこれからどう生きるべきかを考えています。
「これからが これまでを決める」

真宗大谷派では、2023年に「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要」をお迎えします。
親鸞聖人の誕生から850年、念仏の教えをよりどころとして主著『教行信証』を著わされてから約800年を迎えることをご縁としてお勤めする法要です。
2019年の暮れ、新年最初2020年1月の掲示板は、その慶讃法要のテーマを掲示しようと決めました。
それゆえ、2019年12月は慶讃法要テーマに真向かいになって過ごしていました。一人ひとりが、それぞれの人生を歩いています。でも、それと共に、すべての人々と一緒に人生を歩んでもいます。
どうしてこれほどまでに人が人を見下すのだろう、差別をするのだろう。
どうしてこれほどまでに貧富の差がひらくのだろう。
どうしてこれほどまでに、権力を手にした者がいばるのだろう。
いつの世も、どこの地でも、誰であっても、人が人であることに変わりはない。
だからこそ、南無阿弥陀仏は、いつでも、どこでも、誰でも称えられるものとして、親鸞聖人は私たちにお示しくださいました。

慶讃法要テーマ
 南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう

を胸に、たずねて生く歩みをしていきたいと思います。南無阿弥陀仏とともに。

   ☆ ☆ ☆

2020年1月のことば (以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)


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南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう

 

阿弥陀

南無阿弥陀仏の「阿弥陀」は、「無量寿」「無量光」を意味します。人知では量り得ない「寿(いのち)」と「光」。

「無量寿」。何年もの時を経て、何人もの人と人との縁が重なり合って、私は生まれました。そのうちの誰か一人でも違う人であったなら、今の私はいません。

「無量光」。この同じ時間と空間に、多くのいのちが生きています。光は空間に広がり、すべてを照らします。同じ時間と空間を生きるすべてのいのちが、同じ光に照らされています。一生会うことのないいのちであっても、関係がないとは言えません。

「寿」という縦糸と、「光」という横糸が織物のように織り成しあって、私という模様となりました。その模様は、私だけではなく、すべてのいのちと共に描かれています。既に亡くなったいのちも、これから生まれるいのちも含めて。人生で直に出会ういのちだけでなく、出会うことのないいのちも含めて。

私の快適な生活は、環境の破壊に貢献しています。私が便利な生活を享受しているとき、その便利な生活を支えるために苦労している誰かがいます。私の願いが叶うとき、多くの犠牲が生じています。
いのちある者は、いつか必ずいのちを終えて往きます。大切な人・身近な人の死は、私の価値観を覆します。また、自身の死期が近付いたとき、「まだ死にたくない」と狼狽したり、「遺される人のことを想うと」と受け容れられなかったりします。いのちを授かることと他者の悲しみは、切っても切り離せません。そして他者の悲しみは、自身の痛みとしてこころに刻まれます。

つながり合いながら生きているのですから、皆が「喜」を味わうことはありません。私が「喜」を味わうとき、誰かが「悲」の渦中にいます。ですがお釈迦さまは「それゆえに一切が皆苦である」と言われたのではありません。我が身を、現実を観察することを通して「すべてはつながっている。すべては縁によって成る」ことを覚られました。

南無阿弥陀仏

「寿」と「光」をあらわす「阿弥陀」に 「南無」がついています。

インドの人々は、相手の目を見て合掌をして「ナマステ」と挨拶します。「南無阿弥陀仏」の「南無」は、その「ナマステ」が由来です。「あなたに会えてよかった」「あなたを敬います」という想いがこもった言葉です。

「南無」「阿弥陀仏」は、すべてはつながり合いながら生きている「一切皆苦」の人生を、そこに何か大切な意味があるんだと、敬い、尊重の気持ちを持って生きる者となります、という告白です。

人と生まれたことの意味

「人と生まれたことの意味をたずねていこう」とするとき、個人的な「意味」をたずねてしまいがちです。「私は、なんのために生まれてきたのだろう」「私は、〇〇のために生まれてきたんだ」と。

親鸞聖人は、「人間」という言葉に「ひととうまるるをいふ」と左訓(注記)されています。つまり、「人と生まれることを人間という」と確かめられているのです。

「人間」という言葉には、「関係性を生きている者」「つながり合いながら生きている者」という意味が内包されています。

私のことを見つめて見つめて見つめたとき、私は私だけで成り立っているのではなく、外からの縁によってあることが見えてきます。私の内側に、私には持ち得ない外側の世界が広がっていることが見えてきます。

そして、外側の世界を観察すると、「私」が見えてきます。外側の世界は「私」がいることによって構成されています。一人ひとりの「私」によって世の中はあります。

私の内を見つめて外が見え、外を見つめて私が見える。私のなかにすべてがあり、すべてのなかに私がいます。

私は、私だけで完結して生きているのではありません。他者やさまざまな事物との関係性において私となりました。

関係性を、つながり合いを生きているのであれば、人は淋しさや不安や孤独とは無縁な気もしますが、そうではありません。私の周りには多くの人がいるのに、でもひとりぼっち。自分の居場所を見失っている人が多いのが現代です。

人は、自分の名前を呼ばれることによって「私はここに居ていいんだ」「私の居場所はここなんだ」と安心できます。

生まれてから今日に至るまで、そしてこれからも、私の名前を呼び続ける声がします。それは、阿弥陀如来が私を呼ぶ声です。その声が聞こえているからこそ、私の口から「南無阿弥陀仏」と念仏の声が出ます。私が念仏を称える声は、阿弥陀如来の呼びかけに応じている声です。「南無阿弥陀仏」と念仏称えるとき、阿弥陀仏と私は呼応しています。「南無阿弥陀仏」は、私の存在の証です。

あみだとあなたとわたし

南無阿弥陀仏は、いつでも、どこでも、誰でも称えることができます。つまり、いつでも、どこでも、誰にとっても、念仏称えたその場所(境遇)が、私の居場所となります。

阿弥陀如来は、すべての一人ひとりに呼びかけています。あみだから、あなたもわたしも呼びかけられています。「あみだとあなたとわたし」、決して崩れることのない関係が築かれています。

「意味」は、私ひとりのこととして答を求めるものではありません。あみだとあなたと共に、決して崩れることのない関係を生きています。今、私があること。その事実そのものに意味があります。

つながり合っているからこそ私があることの「讃嘆」と、たとえ他者を傷つける気持ちはなくとも、他者を傷つけながら生きている私であることの「懺悔」は、聞法を通して自覚されます。お釈迦さまや親鸞聖人の教えを聞く歩みが、「人と生まれたことの意味をたずねてい」く歩みとなります。

聞法の歩みを大切にしてきた人々の姿が、後を生きる人に伝わり、教えが、南無阿弥陀仏が今に至ります。種から芽が出て花が咲き、やがて花は枯れて散ってしまっても、種が残ってまた花を咲かすように。

南無阿弥陀仏

 

~掲示板の人形~
干支の鈴人形
元日の朝、キチンと干支の順番で並べたつもりが、昼前に娘から「パパ、龍とヘビが逆だよ」と指摘を受けて、あわてて並べ直しました。
すぐに指摘してくれて助かりました(^∀^)
昨年までの12年間、干支のお手玉を並べていましたが、干支がひとまわりしたので、今年は違う人形にしました。何年続けられるいのちなのかなぁ・・・なんて考えながら。
限りあるいのちであることを想いながら生きます。南無阿弥陀仏
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2019年12月 2日 (月)

2019年12月のことば

2019年も12月を迎えました。
暖かな11月でした。ご本山の報恩講も暖かいなかお参りすることができました。
が、報恩講後半から時期相応に寒くなり、暖かかった分寒さがこたえ、11月末は体調不良に陥りました。寺報を書かねばと思いながらも手に着きませんでした。何とか書き終え、ホッとしています。さて、暮れは印刷所もお休みになってしまうので、新年の寺報も作り始めなければ。
暮れに向かって、皆様体調を整えてお過ごしください。

 ☆ ☆ ☆ 

2019年12月のことば (以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)

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老いも病気じゃないですよ

 

老いも病気じゃないですよ

ネットで次のような投稿に出あいました。

 

優先席で朝から大声でおしゃべり中のおばさん2人組。前に妊婦さんが立ってても

「妊娠は病気じゃないから、年配が座るべきよね」って。

そしたら横に座ってたもっと年配のおじいちゃんが、ニッコリ笑って

「老いも病気じゃないですよ」って妊婦さんに席譲ってた。

おじいちゃんカッコイイ。

 

「老いも病気じゃないですよ」というセリフに感銘を受け、ふと思いました。老いと病気・・・仏教では「生老病死」を「四苦」と教えます。けれど、四苦、四つの苦と教えられながら、「生・老・病・死」ではなく、「生老病死」というひとくくりの苦として捉えてはいなかったか? それこそ、「老いと病気を一緒にしていませんか?」と問われているような気がしました。
「苦」について、あらためて想いを巡らせました。

(しょうく) 生まれること

(所感)「生苦」というと、「自身の、生まれた苦しみ」として受け止めるかもしれません。けれど、虐待のニュースや、妊婦さん・幼いお子さんやその保護者への風当たりの強い現代、「生む」「生まれる」「生きる」ことが苦であるように感じてしまいます。

そもそも、「四苦」の「苦」とは、「苦しいこと」というよりも、「思いどおりにならないこと」を意味します。「生苦」とは、「自分の思いで生まれてきたのではない」「生まれたくて生まれたのではない」という思いを意味します。その思いを出発点として、人として生まれたことの意味をたずねるものです。けれど、思いどおりにならないというイライラを、他者(ひと)への批判や非難としてぶつけてはいないでしょうか。

(ろうく) 老いること

(所感)「老い」というと、いわゆる老人をイメージしがちですが、「老い」とは、すべてのいのちある者に現在進行形で起きている厳粛な事実です。刻一刻と老いている。その事実は、80、90、100歳の方も、生まれたばかりの赤ちゃんも、老いる身を今現に生きていることに変わりはありません。そう考えると、誰もが皆老人です。
若いときは「成長」と呼んで喜び、年を重ねると「老化」と言って抗うのですから、苦しみも深くなります。

(びょうく) 病や痛みの苦しみ

(所感)年が明けると、新年のお参りに出かけ、「健康第一」や「無病息災」を願う方もいることでしょう。けれど、健康を願うあまり、病気になったときの落胆が大きくなることもあります。「今まで出来ていたことが出来なくなってしまった」「健康でなければ生きていてもつまらない」と。

「健康」を願いながら、病気に対する無知や誤解から、病に苦しむ方々への差別心が生じてはいないでしょうか。自身にとって良いことを願うとき、他者の姿が見えなくなることがあります。見えなかったものが見えるようになること。それを「健康」というのだと思う。

(しく) 死ぬことの恐怖や不安

(所感)癌で亡くなられた門徒さんが、生前語っていたことが忘れられません。

「私は死ぬこと自体は怖くないんです。ただ、死ぬまでの間、この癌と共に生きることが怖いんです」と。

死ぬことの恐怖や不安は、生きることの恐怖や不安であることを、その門徒さんの生き様から教わりました。
人(いのち)は、死にゆくものなのか、生き尽くすものなのか。捉え方の違いで、苦の内容も変わります。

 

「四苦八苦」の「八苦」は、「四苦(生老病死)」と「愛別離苦」「怨憎会苦」「求不得苦」「五蘊盛苦」をいいます。

(あいべつりく) 愛する者と別れる苦しみ。

(所感)別離という、実際の別れだけでなく、気持ちが離れることも別れでしょう。愛するゆえに憎しみが湧くことがあります。愛が憎しみへと転化する。いや、愛する感情には、憎しみの感情が伴っているのかもしれません。愛憎は、ひとつのものであるがゆえに苦しい。

(おんぞうえく) 怨み憎んでいる者とも会わねばならない苦しみ。

(所感)「愛別離苦」の所感で書いたように、愛に憎しみが伴うならば、憎しみにも愛が伴うもの。怨み憎い奴を、怨み尽くし憎しみきることが出来るならば、それはとても楽なこと。しかし、愛情とは言わなくとも、相手を気遣う気持ちが芽生えることもある。怨み憎い奴なのに、そいつやその家族のことを慮ってしまう。ひとつの感情で生きられたら楽なのかもしれない。けれど、人間はさまざまな感情が複雑に入り混じりながら生きている。「怨憎会苦」は、そんな人間の姿を浮き彫りにしているかのようだ。

(ぐふとくく) 求める物を得られぬ苦しみ。

(所感)求める物が実際に手に入らない苦しみもあるけれど、手に入れてみたら思っていたものと違うという苦しみもある。
地位・名誉・伴侶・家族・財産等々。「こんなはずではなかった」「もっと良いものだと思っていた」「より良いものが欲しくなった」。
人間の欲は、手に入らないときよりも、手に入れてからの方が深くて大きい。

(ごうんじょうく) 心と体が思いどおりにならない苦しみ。

(所感)厳密に言うと、心と体が思いどおりにならないことが苦しいのではなく、心と体への執着が、私を苦しめる。「生・老・病・死」も、それぞれの現象自体が私を苦しめるわけではない。「こうあるべきだ」という執着が、苦しみを生んでいる。
その苦しみを、自分自身の苦しみとして受け止めたならば、「なぜ生まれたのだろう?」「なぜ生きるのだろう?」という人生の問いとして開花するときがくる。けれど、時として自分自身の苦しみを他者への蔑み(さげすみ)や嫉み(ねたみ)として転化してしまうことがある。そのような私の姿に気付いた苦しみが「五蘊盛苦」ではないだろうか。であるならば、「五蘊盛苦」という苦しみを感じずに死にゆくよりも、感じながら生き尽くしたい。

と、ここにも執着が生じている。
「執着」は、決していけないものではない。苦しみを生じさせるとともに、生きていることを痛感させるものでもあるから。

「四苦八苦」も病気じゃないですよ。

~掲示板の人形~
理由(わけ)あって、親と離れて施設で暮らしている子どもたちがいます。そういう施設の子どもたちへ、手作りのサンタクロースをプレゼントしている方が、お寺の近所にいらっしゃいます。
「副住職、お寺さんにサンタさんの人形はおかしいかもしれないけれど、娘さんたちが寺報に描いている絵が大好きなんです。娘さんたちにプレゼントしていいですか?」と声をかけていただき、サンタさんの人形をいただきました。
ありがとうございます。大歓迎でいただきました♡
掲示板にも飾らせていただいています。サンタさんは、サンタさんだけでは意味がないので、子どもの人形も一緒に飾っています^^

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2019年11月 1日 (金)

2019年11月のことば

暖かい11月を迎えています。
台風や暴風雨の傷跡の報告が耳に入るようになってきました。報道の情報だけでも、被害の大きさに胸痛む想いですが、被害に遭われた方・ボランティアに行った方の話を聞き、よりいっそう被害の大きさ・深刻さ・つらさが伝わってきます。
2019年10月31日沖縄県の首里城が火災により全焼しました。琉球の歴史を伝えるシンボル的建造物の焼失は、こころのなかに大きな喪失感を生じさせます。建造物の焼失自体もショックなことですが、琉球の歴史・戦争の記憶・戦後の歴史も刻まれた建造物です。目に見える形での歴史の語り部は焼失しても、そこに刻まれてきた、語り伝えられてきた歴史までもが喪失したわけではありません。首里城焼失のニュースと共に、嫌いな人間を貶めるような、犯人捜しをするような、悲しい発信が散見されます。
こころにポッカリと穴が空いてしまったかのような感情に襲われている方々がいます。その穴を埋める力はありませんが、たとえ現場に行けなくとも、想いを馳せることはできます。憶念のこころを大切にしたく思います。

2019年11月のことば (以下、西蓮寺寺報「ことば こころのはな」の文章です)

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阿弥陀さまに見出されているあなたとわたし

差異(ちがい)障(さわ)りとならない

お大事になさってください

台風19号及びその後の暴風雨により被災された皆様に、お見舞い申し上げます。
10月下旬は、気温の寒暖差も激しく、体調を崩されている方も多いと思います。お大事になさってください。
今年の夏も厳しい暑さでしたが、11月を迎える頃となると、さすがに肌寒くなってきました。そうすると、また暖かさが恋しくなるものですね。
穏やかなときが来ることを願ってやみません。

目に見えないはたらき

今夏、西蓮寺では駐車場のブロック塀を改修してフェンスに建て替えました。長年目にしてきたブロック塀ですが、傾きやぐらつきが出てきたため、急きょ建て替えました。
ブロック塀は、その強度を保つために鉄筋が入っています。セメントを塗るとはいえ、ただブロックを積み上げただけでは塀の安全は保てません。

9月9日の台風15号により、寺の渡り廊下の漆喰が剥離しました。
漆喰の背面には、木や土で作った壁があります。木や土で作った壁がなければ、漆喰を塗り固めることはできません。

また、屋根瓦も数枚吹き飛びました。屋根瓦も、その下には粘着質の葺き土や、横に渡した木があり、それらがあって固定されています。ただ並べただけでは、瓦は簡単に落ちてしまいます。

ブロック塀、漆喰、屋根瓦。今夏のいろいろな出来事によって、外観から見える姿の奥底・背景には、それらを支えるものがあることを再認識しました。土台となる支えがあるからこそ、その周囲を綺麗に、丁寧に、堅固に保つことができます。

人間もまた、目に見えないはたらきによって支えられています。

人は誰もがマイノリティ

昨今、「多様性を認め合おう」というフレーズをよく耳にします。その通りだと思います。けれど、それを声高に叫ばなければならないということは、多様性が認められていない社会である、私であるということの裏返しであるということもまた理解しなければいけません。

「多様性を認め合おう」と言うとき、自分が普通・一般的・正しいという立場に身を置いてはいないだろうか。そのうえで、自分以外の人を排除しないよ、受け容れるよ、という意識であるならば、それは多様性を認めている、認めようとしている態度とはいえません。

人は、一人ひとりそれぞれの縁によって生きています。当然、身を置く環境も一人ひとり違います。物事の考え方も、趣味も、嗜好も一人ひとり違います。突き詰めて考えると、人は、誰もが皆マイノリティ(少数者)なのです。百人いれば百通りの考え方が、感情が、想いがあるものです。

「一人ひとり」ということばを沢山書きました。つまり、みんな違う一人ひとりが集まって、この世の中を、この社会を、この家族を形作っています。多数派の中に少数派がいるのではありません。

お釈迦さまの教え 仏法

「人間もまた、目に見えないはたらきによって支えられています。」

「突き詰めて考えると、人は、誰もが皆マイノリティ(少数者)なのです。」

そういうことを考えていたら、お釈迦さまが説かれたことが、ジワッと染み入ってきました。

身自當之(しんじとうし) 無有代者(むうたいしゃ)

私はこの身を生きています。私のいのちと代わる者は、誰もいません。
私が受ける悲しみも苦痛も、また喜びや平穏も、誰とも代わることはできません。私が、誰かの悲しみや喜びを引き受けることもできません。
この手をじっと見る。誰も代わる者のないいのちを、私は今生きています。この身を生きる者は、私ただひとり。

天上天下(てんじょうてんげ) 唯我独尊(ゆいがどくそん)

お釈迦さま誕生の第一声 「天上天下唯我独尊」
天にも地にも、ただ私はひとりにして尊し。
誰も代わる者のないいのちを生きている。
誰もが、ひとり一人のいのちを生きている。ゆえに誰もが皆尊い。

独生(どくしょう) 独死(どくし) 独去(どっこ) 独来(どくらい)

人は、生まれるときも独り(ひとり)
人は、死ぬときも独り。
ひとり生まれ、ひとり死に往く。

「ひとりで生まれ」ではなく、「ひとり生まれ」。
生まれるためには、父と母の縁があり、そのまた父と母の縁も欠かせない。私が生まれるために、助産の環境も必要です。数多くのはたらきのなか、独り生まれます。誰とも代わる者のないいのちが生まれ、人生を尽くします。

「ひとりで死に往く」ではなく、「ひとり死に往く」。
死ぬためには、生きるということがあります。
生きている間に、どれだけの人や事柄と出会うことだろう。どれだけの人の手を煩わせることだろう。数えられないほどのはたらきのなか、誰とも代わる者のいない、ただひとつのいのちを尽くして往きます。

「独」とは、孤独ということではなく、「ただひとりの私」ということ。私ただひとり。たった一人の私を、誰もが皆生きています。

お釈迦さまの教え、仏法に出あわなくても、動作はしていけます。けれど、お釈迦さまの教えに出あえたならば、目に見えないはたらきによってある私、誰も代わる者のいないいのちを生きている私であることに目覚めて生きられます。

表面の私からは見えない奥底に、お釈迦さまの教えが支えとして、土台として建立(こんりゅう)されています。そのことは、あなたも、わたしも同じ。差異(ちがい)はあっても、障りとはなりません。

~掲示板の人形~
11月21日~28日、ご本山(京都 東本願寺)では報恩講ご勤まります(私も、家族で参拝に参ります ^人^ )。
親鸞聖人のご命日(11月28日)の前後、各地の真宗寺院でも報恩講が勤まります(西蓮寺報恩講は11月5日です)。
11月の掲示板は、親鸞聖人を中心に、たくさんの人形がいます。年々賑やかになっていくような^^
南無阿弥陀仏
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2019年10月 1日 (火)

2019年10月のことば

2019年も10月を迎えました。報恩講をお勤めする季節となり、ワクワクしてきました。
けれど、まだ暑いですね。夏の疲れが出る頃でもあり、インフルエンザの兆しも出ています。
おからだお大事になさってください。

2019年10月のことば

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葡萄に種子があるように

私の胸に悲しみがある

青い葡萄が酒になるように

私の胸の悲しみよ 喜びになれ

                高見順

葡萄は葡萄のままに

 葡萄に種子があるように

 私の胸に悲しみがある

現代(いま)では「種なし葡萄」なるものもあるけれど、

現代(いま)といえど、「悲しみなし私」を作ることはできない。

人間の理想や欲望に応える形で科学技術や医療が発展してきた。にもかかわらず、科学や医療の発展は、必ずしも悲しみをなくすものではなかった。
人間の理想や欲望に応える形で発展する世の中は、ひとつ欲望が叶えば、それに伴って、より多くの困難や破壊が待ち構えている。その悲しみ、人間が生きることによって生まれる悲しみは、葡萄の種をなくすように消し去ることはできない。

 青い葡萄が酒になるように

 私の胸の悲しみよ 喜びになれ

葡萄の果汁が発酵して葡萄酒になる。見た目は違うけれど、どちらも葡萄。お酒になっても、葡萄は葡萄。
私の胸を締め付ける悲しみ。その悲しみが無くなって喜びが溢れるわけではない。悲しみと喜びは、まるで違う感情のようだけれど、同じ根っ子を持っている。悲しみという根っ子があるからこそ、喜びが生まれる。葡萄が酒になるように、悲しみが喜びとなる。

(高見順さん 1907年~1965年 小説家・詩人)

笑顔の中身

世の人々から差別を受け続けた方、大切な人に先立たれた方、人生の先輩から教えてもらったことばです。

人間って面白いよね。本当にうれしい時って悲しいんだよね

人は笑顔の中にどんなにたいへんなことがあっただろうか

人は、自分自身の悲しさと、人間が生きることによって生まれる悲しみを知り、喜怒哀楽すべてのパーツが揃うのではないだろうか。喜怒哀楽すべてを知った人から自然にあふれる表情が、笑顔なのかもしれない。
周囲の人々を惹きつける魅力を持つ人。その人の顔は、喜びにあふれている。けれど、その人自身の内面が、喜びで満たされているわけではない。喜怒哀楽のすべてを、身をもってした経験が、笑顔という表情で表われる。そんな笑顔の背景には、深い悲しみがある。  笑顔と涙は相容れないもののようだけれど、それぞれがきちんとあるから、本当にうれしいときに涙が出る。こころの中に涙をためた笑顔があふれる。

苦をねぎらう

最近、手紙を書いていますか?

手紙を書きながら、「ねぎらう」は 漢字でどう書くんだっけ?と思った。

調べると「労う」だった。

「へぇ~、苦労の労なんだ!」と、ちょっと驚いた。なぜなら、「苦労」とは、「苦を労うこと」「苦を労われること」と読めるから。

なんらかの越えなければならないものを背負いながら頑張っている人、努力している人、耐えている人がいる。その人の姿を目の当たりにしたとき、自ずと「労い」のことばが出る。
他者(ひと)から労いのことばをかけられたとき、私が背負っている苦しさは、「苦労」となる。
誰かに褒めてもらうために頑張っているわけでもないし、耐えているわけでもない。けれど、私が抱える苦しさを分ってくれる人がいるだけで、苦しさは「苦労」となる。
労いのことばは、私から誰かへかけるもの、私が誰かからかけてもらうもの。つまり、自分ひとりのこととしてなされることではない。「苦」を背負うと、ひとりぼっちの感覚に襲われる。けれど、誰かがそばにいてくれる、そんな安心があるだけで、「ちょっと苦労してるんだ」とためらいなく口にすることができる。「苦」と「苦労」は違う。

「若いときの“苦労”は買ってでもせよ」という故事がある。
「若いときの“苦”は買ってでもせよ」ではないんだなぁと思った。

「苦」は、ひとりで背負っているつもりにもなり、誰も助けてくれないと自暴自棄にもなるけれど、「苦労」と感じられるとき、孤独感はない。
「若いときの苦労は買ってでもせよ」という故事は、「私は自分の力でこれだけ頑張った」と、頑張った記憶を蓄積させるため、自負心を養うためのものではない。「苦しいことがあっても、けっして独りではない」と、ひとりで成り立っている世界ではないと、周りに目を開かせてくれることばだと聞こえてきた。
親鸞聖人の遺教と伝わることばが思い起こされる。

 一人居て喜ばば二人と思うべし、
 二人居て喜ばば三人と思うべし、
 その一人は親鸞なり

葡萄は葡萄のままに葡萄酒となる

「ねぎらう」だけではなく、「いたわり」も「労り」と書く。

人間は、関係性のなかに生まれ、生きている。だからこそ、関係性によって「苦」が生じる。けれど、関係性があるからこそ「ねぎらう」「いたわる」という想いも生じる。「苦労」ということばは、人の世は「苦」だけではないと感じた人が生みだしたのではないだろうか。

「苦」を労ってくれる人がいるのと同じように、「悲しみ」を受け止めてくれる人がいて、「悲しみ」が「喜び」となる。「苦」や「悲しみ」の現実がなくなったわけではないけれど、「苦労」や「喜び」になる。青い葡萄が、熟成した葡萄酒になるように。

 

~掲示板の人形~
いつの頃からかうちにいます
楽器を演奏して楽しそうです

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2019年9月 3日 (火)

2019年9月のことば

2019年9月のことば

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もしかしたら、

失うということと、

与えられるということは、

となり同士なのかもしれません

              星野富弘

 

季節は移ろう

7月、恩ある住職が浄土に還られた。彼女の訃報が届いてから葬儀の日まで10日ほどの日があった。彼女の死を、心の中では受け入れているけれど、  横になっている彼女の顔を見ていると、今にも笑顔で起きそうで、死が現実のことなのか嘘なのか分らない気持ちになった。
その10日間は、梅雨寒から夏の暑さへと、気候の変化を感じさせる時期でもあった。
ひとりの恩ある人の死に接し、まるでひとり時間が止まったかのように、人の死について考えていた。けれど、その間も季節は移ろい、気候は変化し、着るものも変わっていった。
私を取り巻く時間が止まっているかのように過ごしていたけれど、すべての物事は変化し続けている。この私も含めて。

そんなことを ふと思ったとき、車を運転する私の耳に、King Gnuの「Don't Stop the Clocks」という曲の詩が飛び込んできた(掲示板8月のことば)。

 春の風 夏の匂い 木々の色めき
 そして今年もまた雪が舞う
 そんな日々を好きになれる
 あなたとなら季節が巡り始める

死は、時間が止まることではなく、 時の移ろい、季節の移ろい、いのちの移ろいの中の、ほんの瞬間に過ぎない。

時の経過の中に身を置いていることを意識的に感じつつ、厳しい暑さを全身に受けながら、8月を過ごしていた。
そんな8月末、お世話になっている お寺の前坊守も浄土に還られた。私が幼い頃から、文字通りお育てをいただいた。うちの娘ふたりも、そのお寺の子ども会でお世話になり、温かい眼差しで包みこんでいただきました。親子共々お世話になりました。ありがとうございます。

死別

人が亡くなることによる別れを「死別」という。“別”れるという字が入っているのだから、「死別」には「失う」という意味も含まれているのだろう。
身近な人、恩ある人との別れは、つらく、悲しく、悔しい思いが湧くこともある。喪失感が私を襲う。
この世に多くのいのちがある中で、そのすべての死についてつらさ悲しさを感じるわけではない。テレビ桟敷で、多くの人々のいのちが奪われたニュースを、食事をしながら他人事のように聞くことがあるかと思えば、一人の人の死に、まるで自分事のようにこころを揺さぶられることもある。
ひとりの人の死が、それほどまでに私のこころを揺さぶるのは、先に往く人から大切な何かをもらい続けていたから。ご恩をいただいてきたから。

 失うことの大きさは、与えられてきたものの大きさでもある。

 与えられてきたものがあるからこそ、失うということがある。

失うものと、与えられるものと、ふたつのものがあるわけではない。与えられたものはつまり失うものであり、失うということはつまり与えられていたということ。事柄はひとつ。いろいろな側面があるだけのこと。

星野富弘さん

星野富弘さんは、1946年、群馬県勢多郡東村(現みどり市東町)に生まれました。
群馬大学教育学部卒業後、夢だった中学校の体育教諭となります。しかし、クラブ活動の指導中、模範演技の際に頸髄を損傷し、首から下の自由を失います。
それから2年ほど経った入院中、 口に筆をくわえて文や絵を創作することを始められました。現在も詩画やエッセイの創作活動をされています。
1991年には、群馬県勢多郡東村(現みどり市東町)に富弘美術館が開館されました。

もしかしたら、

「死別」というと、喪失感の響きが強いけれど、死別とは、与えられていたものの大きさを感じることでもある。
そんなことを想っていた8月下旬、今月掲示している、星野富弘さんのことばに出会いました。

 もしかしたら、
 失うということと、
 
与えられるということは、
 
となり同士なのかもしれません

私は、「もしかしたら、」ということばに強く惹かれました。
「もしかしたら、」というと、予想・想像・推定、あるいは疑いなど、確信を持てないときに使います。けれど、「もしかしたら、」があることによって、星野さんの確信に満ちた感情を感じました。
もし私が病に直面して、不自由な状態に身を置いたとき、喪失感を感じることでしょう。おそらく、星野さんもそうだったのではないでしょうか。けれど星野さんは、創作活動を続けるなかで、失うことと、与えられてあるものが、となり同士であることを感じられた。ある面から見れば「失」かもしれないけれど、それは同時に「得(与)」でもある。首から下の自由は失ったかもしれないけれど、今に至るまでずっと私に与えられ続けているものがある。そういうことを感じた想いが、「もしかしたら、」ということばとして表われたのだと思います。ひとつの大きなものに包みこまれて、今、私がいる。その確信が、「もしかしたら、」ということばから伝わります。

人は、与えられているものによって育てられる。けれど、その与えられているものは、失うことと となり同士である。失うということによってもまた、人は育てられる。

この夏は、別れの夏でもあり、与えられてあるものの大きさを知った夏でもありました。

南無阿弥陀仏

~掲示板の人形~
8月のある日、吉祥寺へ買い物に行き、あるお店に立ち寄ったら、カピバラさんグッズが半額で売っていました!!(商品の入れ替えだったのでしょうか?)
パンダに抱きかかえられるカピバラさん、即買いました。
家に帰って、「9月の掲示板に飾るんだ♪」と子どもたちに見せたら、次女に即奪われました(^∀^)
夏休み中の妻の帰省の際、カピバラさんとパンダさんは、次女に抱かれて飛行機に乗って秋田へ行ってしまいました。
みんな無事に帰ってきて、カピバラさんとパンダさんは9月の掲示板の人形として飾られています。
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2019年8月 3日 (土)

2019年8月のことば

暑いときは暑さのなかを
寒いときは寒さのなかを

暑さの中でも、日影は涼しいものですね
水分も、こまめに補りましょう
ちょっとのことで、からだへの負担を軽減できます
暑さの中 おだいじに

〔2019年8月のことば〕

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春の風 夏の匂い 木々の色めき

そして今年もまた雪が舞う

そんな日々を好きになれる

あなたとなら季節が巡り始める

    King Gnu Don't Stop the Clocks

 

愛別離苦(あいべつりく)

2019年7月7日、大恩ある住職が阿弥陀さまの元へ還られた。59歳でした。

5月27日、ある会議で場を共にしていた。あの日が、彼女と会話を交わした最後の日となった。いつもと同じ笑顔と声だった。
会議も終わり、「じゃあね」「お疲れさまでした」と、すれ違いざまに手を振り合って別れた。あの顔に、もう会えない。あの顔を、忘れない。

住職が体調を崩されているのは聞いていたので、訃報に接しての驚きはなかった。けれど、その日から住職の葬儀までの日々は、とても長く感じられた。横たわる住職の前に行けば「あぁ、現実なんだなぁ」と、その死を受けとめざるを得ず、寺に戻ると、今自分の居る場所が現実なのか虚構なのか分らない気持ちにも襲われた。
通夜・葬儀が勤まり、白骨となった住職を見届け、寺へ戻った。そのとき、「私は、明日をどのようにして迎えるのだろう?」と、普段考えもしないことが、ふと頭の中をよぎった。
当然のことだけれど、夜が明ければ朝が訪れる。朝、いつもの時間に目が覚め、いつものように掃除をし、いつものようにゴミを出し、いつものように妻と娘たちと朝食をいただいた。日常に戻り、いつもと同じように時間が過ぎてゆく。

悲日常という日常
「日常に戻り」と書いたけれど、では、死は「非日常」なのだろうか?

お釈迦さまは、「生死一如」と教えられた。
生も死もひとつのこと。生と死に境はない。死も含めての生であり、生あるからこその死である、と。

蓮如上人は、「朝(あした)には紅顔ありて 夕べには白骨となれる身なり」とお手紙に綴られた。
朝には夢と希望に満ちあふれ、元気な姿を見せていても、その日の夕方には白骨となることもあるいのちを生きていると、人間の、いのちあるものの厳粛な姿を綴られている。

清沢満之先生は、「生のみが我等にあらず、死もまた我等なり。我等は生死を並有するものなり。」と説かれる。
生きている間のみが“私”ではない。  死もまた“私”である。“私”は、生死を合わせ持ちながら生きるものである、と。

日々の生活の中で、滅多に起こらないことが起きたという意味では、死は非日常かもしれない。けれど、仏さまの教えにふれた者にとって、死は非日常ではなく日常のこと。なんら特別なことではない。
この地上に多くの生があるのだから、死もまた同じ数だけある。ただ、そのことに気付かずに生きているだけ。そのことに目を背けながら生きているだけ。だから、「非日常」と思ってしまう。

ご恩を想えば
彼女の死に直面し、もうひとり、忘れ得ない住職がいる。
その住職は、2008年1月26日、55歳のときに浄土へ還られた。

おふたりの住職から、深く大きなご恩をいただいた。若かりし私のわがままを温かく受けとめ、見守り、いつも共にいてくれた。そのご恩のおかげで、今、私がいる。
私は今48歳。残りの人生、どのように始末をつけながら生きていこう。

おふたりの住職からいただいたご恩を思い返している。けれど、ご恩は亡き人からいただいたものではない。
人は、身近な人、大切な人の死をきっかけとして、亡き人からいただいたご恩に感謝をし、亡き人との別れに涙する。そのたびに「もっと生きていてほしかった」「もっと話をしておけばよかった」「こんなに大事な存在だったんだ」と、再び会うこと叶わぬ状態になってから口にする。
ご恩は、共に生きているときにいただいている。亡くなってからいただいたのではない。亡き人からいただいていたご恩に手が合わさるそのときに、今現にいただいているご恩があることも感じられる私でありたい。

今現にいただいているご恩を感じるということは、「日常」ということ。死が非日常であるならば、ご恩の大切さを感じることも非日常になってしまう。生とともにある死が日常であるからこそ、ご恩をいただいてある身であることを感じることができる。

別れは、淋しい。けれど、別れには、それに先立って出会いがある。出会えたからこそ別れがある。この世に生を受け、数えきれないほどの人との出会いがあるにもかかわらず、その別れに涙し、後悔し、感謝するほどの人が、果たしてどれだけいることだろう。
別れに淋しさを感じ、別れに涙する。それほどのご恩をあなたからいただいていた。そんな あなたに出会うことができた。
「生死一如」であるように「会別一如」の身を生きている“私”。

この暑さ厳しい夏もやがて過ぎ行き、木々は色めき、雪の降る寒さに身を震わせる。冬の厳しい寒さを経るからこそ、迎える春の風に温もりを感じられる。いついかなるときも、あなたがともにいてくれるから。   南無阿弥陀仏

~掲示板の人形~
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7月末、子どもたちと初めてスカイツリーへ行き、展望を楽しんできました。
スカイツリーのショップタウン「ソラマチ」を歩いていて、「鳩居堂」のショーウインドウに飾ってあった“水玉デメキン”に一目惚れして買ってきました。

2019年7月 2日 (火)

2019年7月のことば

2019年7月のことば

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光に照らされることによって
 心の闇の深さがわかる
闇を破るはたらきは
 
闇の中からは出て来ない

ホタル祭り
6月中旬、地元の「久我山ホタル祭り」に、娘と娘の友だちと一緒に出かけました。とはいえ、大勢の人が集まる夜道は危ないので、出店の食べ物を食べて、ゲームで遊んで、まだ明るいうちにホタルを見ずに帰ってきました。
ホタル見物の行列が出来る前に、 ホタルが放たれている多摩川浄水沿いの歩道を通りました。
午後6時とはいえまだ明るくて、歩道から玉川上水を見下ろしてもホタルの光は見えませんでした。それでも、子どもたちはお祭気分を味わえて楽しかったようです。

ホタルで思い出しました
もう30年ほど前の話。京都大谷大学在学中、下宿のすぐ近くに疎水が流れていました。夏になると野生のホタルの光が煌々と舞っていました。あまり知られていないスポットだったので、疎水近辺の住人くらいしか集まらず、ゆっくりと静かにホタルの光の動きを眺めることができました。
現在(いま)はSNSで「今、こんなところにいます!」なんて情報を発信拡散する時代。思い出の疎水沿いにも 人だかりが出来ているかもしれません。それとも、もうホタルはいなくなってしまったでしょうか。

光と闇
まだ明るいうちに玉川上水沿いを歩いていて、ホタルの光を目にすることはできませんでした。できませんでしたが、ホタルは現にそこにいます。明るさの中にいると、光に出あうことは難しいものです。
温もりの中にいるときも、人々の手が差しのべられてある私であることにはなかなか想いを馳せることはできません。暗い、悩み苦しみの中にいるときは、ほんの微かな光でさえも、この私を包み込む温もりを感じるものだけれど。
光だけでは光とは認識できません。闇だけでは闇とは認識できません。 闇があるから光とわかる。光があるから闇と気付ける。

矛盾であって矛盾しない
光と闇  善と悪 清と濁 好きと嫌い 嬉しいと悲しい・・・
相反するものの、その良い方ばかりを選び取ろうとするけれど、それは無理な話です。相反するものは、そのお互いがあるからこそ、それぞれを認識する、感じることができるのですから。相反するものがなければ、片方だけを感知することすらできません。
都合の悪い物を無くそうとして、自分が求めるものまでも無くしてしまってはいないでしょうか。

無碍(むげ)の光明は無明(むみょう)の闇(あん)を破(は)する恵日(えにち)
親鸞聖人の言葉です。
「無碍の光明は無明の闇を破する恵日なり」
〔何ものにもさまたげられることのない光明(阿弥陀如来の慈悲の光)は、人間が持つ煩悩の闇をうち破る智慧の輝きです(その輝きは、温かくてまぶしい)〕

生きとし生けるものを救いたいと願われた阿弥陀如来の慈悲の心。その慈悲の心を「無碍の光明」「恵日」と、光として表現されています。
一方、阿弥陀如来が救いたいと願う衆生(生きとし生けるもの)は「無明の闇」でできています。「無明」とは、「明るくない」ということ。何に明るくないのか。自分自身のことに明るくない、暗い。つまり自分自身が見えていないということを表わしています。
「自分のことは自分が一番よくわかっている」という無知。自分自身の性格や思考や特徴を分っていないということもあります。けれど、それ以上に厄介なことがあります。「自分はこんなに良いことをしている!」と自負していることが、他者(ひと)を傷つけているという悲しさ。「自分はこんなに頑張っているのに」という思いによって、他者の優しさを 見えなくしているという淋しさ。そんな悲しさや淋しさを感じられないという無明の闇があります。

私は欲を持って生きている。そのこと自体は当然のことです。誰もが皆、欲を持って生きています。欲が悪いもので、欲を無くそうと考える人もいますが、欲を滅する必要はありません。欲とは、「あれが欲しい これが欲しい」「あれはいらない あいつは嫌い」「私の思い通りになってほしい」というものばかりではありません。「平和な世の中になってほしい」「自分のことよりも、あの人が幸せになって欲しい」「お腹が空いた 眠たい 生きたい」ということもまた欲です。欲は、「生きたい」という叫びです。欲は無くすものではなくて、あることを自覚しながら生きるものです。
けれど、そんな自分の欲に、叫びに無自覚で生きているのが私です。「無明の闇」に生きています。

「無明の闇」。自分自身のことが見えずにいる私。見えないがゆえに「自分がやっていることに間違いはない」「自分こそ正しい」と思い込み、悲しさや淋しさを感じることなく生きています。そんな「無明の闇」を、阿弥陀如来の光明は打ち破ります。破られるのですから、心の中で何か大きな音がすることでしょう。ハッと目覚めることでしょう。  目覚めは、内から起こるのではなく、 外からの光によって与えられます。

阿弥陀如来の名を称える声「南無 阿弥陀仏」。私が発する念仏の声は、私自身が打ち破られる音。自分自身が見えていなかった私が、見えていなかったということに目覚める音。

阿弥陀如来の慈悲の心は、あたたかくてまぶしい。あたたかくてまぶしい光に照らされて、私の闇の深さを知らされます。闇を破るはたらきは、私の中からは出て来ません。

 

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