西蓮寺掲示板のことば

2018年6月 1日 (金)

2018年6月のことば

2018年6月のことば

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なむあみだぶつ
 人の世の悲しみは尽きないけれど
 阿弥陀の慈悲は常に私を照らす

なみだ
「涙が枯れ果てて」ということばを耳にし、こころに引っかかっています。
溢れんばかりの涙をこぼし、いつまでも止まらぬ涙に衣服を濡らす。やがて嗚咽の声も小さくなり、あんなに溢れていた涙も流れることをやめる。

涙をこぼしたのはいつだろう。
なぜあんなに泣いたのだろう。

くるしいとき  
つらいとき
くやしいとき  
いたいとき
さみしいとき  
かなしいとき

自分の想いを誰にも理解してもらえないとき
自分のしでかしたことの罪の重さに押しつぶされそうなとき
「うれし涙」ということばもあるけれど、うれしさが表出する奥底には、堪え忍んできた苦しみや、歯を食いしばるほどの努力がある。

辛苦の涙と
歓喜の涙があるわけではなくて、
涙の源は悲しみ

「涙が枯れ果てて」という表現が耳の底に残ったのは、枯れ果てた涙はもう こぼれないのかといえば、そうではないから。「もう流す涙もない」「体中の水分が抜けるくらい泣いた」と思うほど泣いた。それほど泣いたのに、またあるときふと涙がこぼれる。
涙をこぼす。「こぼす」を漢字で書くと「溢す」。「溢」は「あふれる」という意味。涙は、あふれ出ているんだ。あんなに泣いたのにまだ涙が溢れ出る。泣けるって、人間って凄いな。

涙は、枯れ果てることがない。なぜならば、起きた出来事、起こした事柄が、こころに刻み込まれているから。人の世の悲しみは、尽きることがないから。
ここまで書くと「泣けない自分は冷たい人間ですか?」という声も聞こえてきそうだけど、そうではありません。
涙を多く流したから悲しんでいて、流さないから悲しんでいないわけではなくて。涙をこらえさせる大きな堤防はなんだろう。意地・世間体・憎しみ・・・堤防の正体はいろいろだけど、こころ揺さぶられる出来事が私の身に起きていることは事実。溢れんばかりの涙を流すこともあれば、からだの中に涙をためることもある。 どちらにしても、枯れ果てることのない涙が、私の内と外とで波打っている。

あわれというも中々おろかなり
「友だちの死が悲しくて、いつまでも泣いていたら、ある人から「あなたが泣き続けていたら、亡くなった友だちが悲しむから、泣いてはいけないよ」と言われました。泣いてはいけませんか?」
と尋ねられたことがあります。
「泣いていいんですよ。どれだけ泣いたっていい。悲しいときは泣きましょう」と応えました。
本願寺8世蓮如上人(1415~1499)が書かれた「白骨の御文」に、身内の死に際し、尽きることのない悲しみが描かれています。

(原文)
すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、 ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李(とうり)のよそおいをうしないぬるときは、六親眷属(ろくしんけんぞく)あつまりてなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。

(現代語試訳)
今、無常の風が吹いたならば、二つの眼はたちまちに閉じ、呼吸は永遠に途絶えてしまいます。血の通った顔もはかなく色あせ、桃や李(すもも)のような瑞々(みずみず)しい美しさも失われてしまいます。無常の風が吹いたその時、家族や親族が集まり歎き悲しんでも、元気な姿を再び見せることはありません。
いつまでも悲しんではいられないと、火葬し、夜中、火も燃え尽きて煙が立ち昇る頃には、後にはただ白骨が残るばかりであります。悲しいというだけでは言い尽くせません。

かけがえのない人との別れは、悲しいというだけでは言い尽くせません。枯れ果てることのない涙が流れるのは、いつの世も変わりありません。

無明を照らす涙(ともしび)
涙は、感情の表出。自分でも分からなかった自分が見えてきます。自身に何事も起らなければ、誰もが自分の気持ちさえ分からずに、真っ暗な無明の闇を生きています。闇の中にいることすら気づかないままに。涙は、無明の闇を照らす、ほんの小さな明かり。一滴(ひとしずく)の涙が、今まで見えなかったものを照らし出します。無明を歩いていた私のこと。人の世の尽きせぬ悲しみ。人の世の悲しみをすべて受け止め、  救わんと願われた阿弥陀の慈悲。
人の世の悲しみと阿弥陀の慈悲。 親鸞聖人のことばが響いてきます。

無明長夜(むみょうじょうや)の灯炬(とうこ)なり
智眼(ちげん)くらしとかなしむな
生死大海(しょうじだいかい)の船筏(せんばつ)なり
罪障(ざいしょう)おもしとなげかざれ
     (「正像末和讃」)

(趣意)人の世の悲しみにこころ痛めています。けれど、出口の見えない暗闇だと立ち尽くすことはありません。阿弥陀の慈悲の船・筏(いかだ)が私を乗せて、人の世の悲しみという大海を渡らせてくださいます。

涙は、人間がつくるいちばん小さな海。
みんな海でつながっています。

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掲示板の人形
かえるのピクルスhappy01happy01
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2018年5月 1日 (火)

2018年5月のことば

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人類は、生類の一部であるとき、はじめて人類たり得る。

生と死
かつて、ある場所で法話をした後の座談会での話。
「衛生状態の悪い国の人って、子どもをたくさん産むじゃないですか。どうしてあんなに産むんでしょう。産むべきでないと思うんだけど」と、語る人がいました。
私の法話に対しての感想・意見ではなかったので、私がその尋ねに応えることはしませんでした。けれど、私はこころの中で思いました。「それは、生きているからです」と。
帰宅して、座談会での声を妻に話すと、妻は「それは、死ぬからだよ」と話してくれました。同じことを考えているなぁと思いました。「生きているから」と「死ぬから」。表現は反対ですが、言わんとしていることは同じです。
衛生状態の悪い国は、政治状況や治安も良くはないことでしょう。そのような環境は、子どもを産み、育てるには適していないと、座談会で語られた方は考えたのでしょう。そんな気持ちも、分からなくはありません。しかし、いのちあるものは、子孫を残すことを第一に考えます。「考えます」という表現もおかしいですね。考えるまでもなく、計算するまでもなく、いのちとして、我がいのちを懸けて子孫を残します。そういう意味において、私は「生きているから」と思いました。
環境が落ち着いた場においては、死は非日常としてしか映りません。しかし、環境の良くない場では、死は日常です。いのちが、次から次へと絶えてゆく。死が日常にあるからこそ、子孫を残すことに必死になります。生類として当然必然の営みです。おそらく、そういう意味において妻は「死ぬから」と言ったのだと受け止めています。
しかし、「人間は、最も優れた生物である」とか「人間は、万物の長である」などという考え方に立ってしまうと、「子孫を残すために生まれてきたわけではないだろう」とか「より大切な使命があって生まれてきたはずだ」などと思い、「生類の一部である」ことを忘れてしまうことでしょう。そのことは結局、いのちの否定、人類の否定につながるのですが。

石牟礼道子さん
今月のことばは、今年2月10日に亡くなられた石牟礼道子さんと交流のあった若松英輔さんが、彼女の綴ったことばを受けて表現されたものです。若松さんの文章は続きます。
「しかし、人類は、いつしか生類とのつながりを自らの手で断ち切ったのではないか。」と。
 (参考「週刊金曜日」1178号 2018年3月30日発行)
石牟礼道子さんは、人間の極限的惨苦を描破した『苦海浄土』で水俣病を告発し、豊穣な前近代に取って代わった近代社会の矛盾を問い、自然と共生する人間のあり方を小説の主題にすえておられました。
阿弥陀さまの浄土へ還られた彼女の眼を通すと、近代社会の人類は、生類とは切り離されてある。いや、生類から自ら切り離してあろうとした人類が、行く場を見失って放浪しているように見えていたのかもしれません。人類は、すでに人類たり得なくなっている、と。

反対言語=同義語
さて、「生きているから」と「死ぬから」は、表現は反対だけれど、言いたいことは同じであると書きました。その妻との会話のおかげで、「反対の意味の言葉は、同義である」という感得がありました。

たとえば「生」と「死」。
法話で、「生と死は、切り離して考えられる事柄ではありません。死を忌み嫌いながら生活していますが、生があっての死であり、死があってこその生です」などと話すのですが、そう言っていることが、「生」と「死」を違う事柄と認識して語っているように思いました。
懸命に生きることができる背景には死があり、死んで終わりではなく、死して後も、私として生きた瞬間(いのち)は、次のいのちとして生き続ける。
「生」と「死」は、見え方はまったく違うけれど、それは見る角度の違いなだけで、いのちの姿として違いなどありません。

たとえば「ありがとう」と「あたりまえ」。
法話における問いかけで、「“ありがとう”の反対は何だと思いますか?」という問いがあります。答えは「あたりまえ」です。
「ありがとう」は、「有り難う」と書きます。有ることが難い良い出来事が我が身に起きた。だから「ありがとう」と感謝の気持ちが湧いてきます。一方、「あたりまえ」は日常です。あって当然です。「あたりまえ」という気持ちに「ありがとう」という感謝は芽生えません。それゆえに、「ありがとう」の反対は「あたりまえ」なのです。
誰かのためを思ってしたことに「ありがとう」の一言がないとムッとしますよね(お礼を言ってもらうために為したわけではないのだけれど)。相手にしてみれば、「あたりまえ」なだけです。逆に、「ありがとう」を言われたとき、「え、あたりまえのことをしただけなんだけど」と、ビックリしたことはありませんか? それらを思い返してみると、「ありがとう」と「あたりまえ」は、決して反対の事柄というわけではなく、人によって表現が変わっているだけなのです。
食事を共にする家族。食事できることを「あたりまえ」のことと思っているけれど、食事の1回1回が「ありがたい」出来事です。悲しいかな、そのことに気づくのは、失ってから。「あたりまえ」が崩れたとき、「ありがとう」も一緒に崩れます。「ありがとう」も「あたりまえ」も同義です。
「あたりまえ」のそのときに、「ありがとう」を忘れずに!

「人類」と「生類」も、そもそも同義です。それなのに、いつの頃からか反対言語としてしまった。それゆえに、生類と切り離してあろうとした人類は、人類たり得なくなってしまいました。

セクハラやパワハラのニュースが、現代社会の様相をあぶり出しています。ハラスメントは、自分の優位性を保ちたいがために、他者を見下し、貶める行為です。性別や生まれや信仰する宗教等々、他者の尊厳を、自分には相容れないものとして考えています。つまり、他者を自分とは「反対言語」として捉えているのです。そのことは、自分自身の尊厳を自ら傷つけることになります。
他者と自分(私)を、「反対言語」ではなく「同義」として頷く。

私は、
他者と共にある中での一人であるとき、
はじめて私たり得る。

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掲示板の人形
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右は、昨夏 長崎のガラス細工屋さんで買ったステンドグラス製の「カブト」です。やっと飾るときがきましたhappy01
左は、「鯉に乗る少年」の陶磁器です。

2018年4月 1日 (日)

2018年4月のことば

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咲いた花見て喜ぶならば
咲かせた根元の恩を知れ

花びらは散っても 花は散らない
春のお彼岸お中日に雪が降り、子どもたちが喜んで雪だるまを作っていました。そうかと思えば、お彼岸が明ける頃には気温も上がり、桜が開花し、瞬く間に散っていきました。
誰から教わるでもなく木々は芽吹き、花は咲きます。もっと愛でていたいという願いをよそに、花は散ってゆきます。だからといって木々や花々は死んでしまうわけではありません。一年後の同じ頃、誰に起こされるでもなく、また芽吹き、また咲きます。

私は、目に見えるものだけ、目に見えるところだけで物事を判断・評価してしまいます。けれど、目に見えている部分なんてほんの一部に過ぎません。春、私たちの目に映える桜。花があり、枝があり、幹があり、根があります。そして、大地があり、雨の恵みがあり、厳しい冬の寒さと春の陽光があって花が咲きます。桜の開花を喜ぶならば、花を咲かせるための縁や恩があることを忘れたくありません。
根元の恩だけでなく、さまざまな事柄が縁となり、恩となって支えています。散った花びらも、枯れ朽ち、大地に還り栄養となり、木々を育てます。そして一年後、花を咲かせます。いのちの循環です。

春彼岸中、玄関から庭を眺めていると、今年はやたらと鳥の鳴き声が聞こえてきました。庭を見回すと、松や白梅や百日紅(さるすべり)の幹の空洞から鳥が出入りしている姿が目に入りました。空洞が出来るほどの木々です。かなり年を重ねています。特に白梅は、これだけ幹ががらんどうになりながら、よく毎年こんなにも美しい花が咲くものだなぁと感動します。幹の空洞が、鳥たちの休息の場となっています。
根元の恩だけでなく、年を重ねた木々の空洞にも恩がありました。

形は滅びても 人は死なない
私が私となるために、どれだけの人びととの出会いがあったことでしょう。どれだけの書物やことばとの出会いがあったことでしょう。楽しいことも辛いことも含めてどれだけの出来事と遭遇してきたことでしょう。そのすべてが根となり、幹となり、私が私となりました。
私という花びらが散った後も、後を生きる人に何かを残し、新たな花が咲くものです。形は滅びても、人は死なない。

恩は普遍的
先に「目に見えるものだけ、目に見えるところだけで物事を判断・評価してしまいます」と書きました。けれど、果たしてどれだけ見えていることでしょう、どのように見えていることでしょう。
境内の掃除をしていると、「こんなところに木が植わってたっけ? こんな花が咲いてたっけ?」と思うことがあります。西蓮寺で何十年と生活させていただき、掃除をしてきたのに、未だにそんなことがあることが驚きであり、笑えることでもあります。
同じものを見ていても、人によって見え方・感じ方は違います。ある人にとって「かわいい」「きれい」に見えるものも、他の人には不快に見えることもあります。太陽や虹の絵を描いても、国や人によって、その色や色の数は違います。
自分の見え方・感じ方が正しいとは言い切れません。また、どこかに正解があるわけでもありません。見え方・感じ方は人それぞれ、千差万別です。でも、根元にある恩は普遍的なものです。
「咲かせた根元の恩を知れ」という、その「恩」とは、花を咲かせてくれた恩という意味ではなく、喜びの感情を与えてくれた「恩」ではないでしょうか。咲いた花を見て私は足を止め、喜び、感動し、いろいろと考えます。こころを揺さぶり、動かしてくれた恩。忙しさを理由に、花を見て感動するという余裕も失いがちです。感動や共感というこころの揺れを押し殺し、無表情な感情で日々を過ごしていませんか。喜怒哀楽という感情を持ち合わせているのです。こころの揺れや変化があってこそ、生きていると言えるのではないでしょうか。
こころを揺さぶり、動かしてくれるものから、私は「恩」をいただいています。

人生に必要な知恵は
3月、次女が幼稚園卒園式を迎えました。幼稚園卒園は人生で初めての別れの儀式ではないでしょうか。次女は、どのようなこころの揺れを感じたことでしょう。卒園に際し、幼稚園からいただいたロバート・フルガム氏のことばをご紹介致します。今の私の根元には、幼少期にいただいた恩がありました。

『人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ』

人間、どう生きるか、
どのように振る舞い、
どんな気持ちで日々を送ればいいか、
本当に知っていなければならないことを、私は全部残らず幼稚園で教わった。
人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではなく、日曜学校の砂場に埋まっていたのである。
私はそこで何を学んだろうか。

何でもみんなで分け合うこと
ずるをしないこと
人をぶたないこと
使ったものは必ず元のところに戻すこと
散らかしたら自分で後片づけをすること
人のものに手を出さないこと
誰かを傷つけたら、
ごめんなさい、と言うこと
食事の前には手を洗うこと
トイレに行ったらちゃんと水を流すこと
焼きたてのクッキーと
冷たいミルクは体にいい
釣り合いのとれた生活をすること
―毎日少し勉強し、少し考え、
 少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、
 そして、少し働くこと。
毎日必ず昼寝をすること
表に出るときは車に気をつけ、手をつないで、離ればなれにならないようにすること。
不思議だなと思う気持ちを大切にすること。

ロバート・フルガム(池 央耿訳)

掲示板の人形
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2018年3月 1日 (木)

2018年3月のことば

2月28日から3月1日にかけて、天候が荒れましたが、曇り空が晴れると、暖かい日射しとともに明るくなってきました。春も近づいていますねhappy01
が、春一番が吹くかもtyphoon 花粉症持ちには、つらい季節です。春が近づいていますねweep
以下、3月の掲示板のことばですcherry

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赤い実のなる木に赤い実がなった
木の満足
  竹部勝之進

人間が求める満足は人それぞれ
ピョンチャンオリンピックが閉幕した。開会前は、アスリートのための大会を政治が踏みにじり、スポンサー第一の運営に辟易し、関心もなかったのだけれど、オリンピックが始まると、アスリートのパフォーマンスに見入ってしまった。国を越え、性別を越え、すべての選手・スタッフにありがとうという気持ちでいっぱいです。これから始まるパラリンピックも楽しみです。
最高レベルの技術を持った選手たちが集まる大会。自国の選手を応援する気持ちが湧き起こるのは当然のことかもしれませんが、競技全体を見ていれば、どこの国の選手であろうと、表現される力に目を奪われる。メダルの色では計れないすばらしさが、競技中のみならず、その前後に溢れている。
テレビ桟敷(現代ではネット桟敷か)の観衆は、メダル獲得に満足を求める。結果、競技そのもの、プレーヤーその人を見ず、メダルやその色に目を奪われる。ひとつでも上の順位を、ひとつでも上のメダルを目指しているのは、誰よりもプレーヤー自身に違いない。しかし、鍛錬を積み、より高次なレベルになればなるほど、「この人にはかなわない」という嗅覚も鍛えられていく。決して諦めてしまうという意味ではなくて。
観衆はメダル獲得に満足を求めるが、プレーヤーは、結果よりも、競技ができること自体に、「この人にはかなわない」と思えるほどの選手と競えることに満足を見出しているかもしれない。また、金メダルを獲得しても、自分のパフォーマンスに納得できずに満足感がないプレーヤーもいるかもしれない。順位は振るわなかったけれど、自分の中では最高のパフォーマンスが出来たと、満足感を得たプレーヤーもいることでしょう。どこで満足を得るのか得ないのか、いつまでも満足感が続くのか、次の瞬間には失せてしまうのか。人間が求める「満足」は、人それぞれです。

どのような状態でも憂う私
お釈迦さまのことばです。

田あれば田を憂う。宅あれば宅を憂う。(中略)田なければまた憂えて田あらんと欲(おも)う。宅なければまた憂えて宅あらんと欲う。    
  「仏説無量寿経」

(田畑や家があれば、それらの維持管理に迷い、誰かに取られはしないかと心配し、無ければよかったのにと憂鬱になる。田畑や家がなければ、それらを求めて、また憂う)

人間の本質的な姿は、お釈迦さま在世の2500年ほど前も、それ以前も、現代も、まったく変わりありません。満足を求めて生きるのだけれど、なかなか満足は得られない。たとえ「満足した!」と瞬間は感じられても、次の不満が生じる。本当の意味で満足を得るということはありません。
さて、「満足」を、人間が求めて、努力・追求をして手に入れるものだと思い込んではいないでしょうか。「満足」は、人間が求め、人間が為すものではありません。すでに我が身にいただいているものなのですから。
「満足」は、元々「円満具足」といいました。「円満」は、たとえるならば、円形の縁(ふち)のある器に、なみなみと水が注がれている様子。「具足」は、何も欠けることなく、すべてが具わって(備わって)いる様子。つまり「円満具足」とは、何も欠けることなく満ち足りている様子を意味します。では、なにがそれほどまでに「円満具足」しているのか。阿弥陀如来の、私への慈悲心です。阿弥陀の慈悲心が「円満具足」・・・「満足」しているからこそ、私が私として生きています。国を越え、性別を越え、時代を越え、個々の能力を越え、すべてのいのちに阿弥陀の慈悲心は注がれ、満ち満ちています。人間は、自分に欠けたものを求めて満足を得ようとします。しかし、すでに満足しているからこそ、私がいます。
他者(ひと)と比べると、自分には何かが欠けていると感じるものです。今の自分に嫌気がさしたり、今の自分に無いものを求めたりします。しかしそれは、私に欠けている何かがあるのではなく、自分自身を見つめる眼を失っているだけです。「自分のことは自分が一番わかっている」などというセリフを聞きますが、自分のことを一番わかっていないのは、実は自分自身です。わかっているのなら、今の私以上を求めないし、今の私を卑下しない。わかっていないから求める。見えていないから落胆する。

一生を尽くしてでも遇(あ)わねばならない人

たとえ一生を尽くしてでも
遇わねばならない
ひとりの人がいる
それは私自身
     廣瀨杲

自分の想い(理想)で作りだした私を探し求めて憂う私。でも、遇わねばならない私とは、理想の私ではなく、この私自身。阿弥陀の慈悲が円満具足している私。その私自身に出遇う旅が、人生の目的なのかもしれない。
思春期は、「自分はどうあるべきか」「自分は何をしたいのか」「本当の自分はどこにいるのか」を求めて、「自分探しの旅」に彷徨う時期です。その時は苦しくても、大切な時期です。今の自分に足りない何かを求めて彷徨っていたけれど、すでに満ち足りていた。「青い鳥」のようだけれど、彷徨った時間があるからこそ、出遇えた温もりがある。

いのちの満足

人間は
一生を通して誰になるのでもない
自分になるのだ
    中野良俊

一生を通して自分になる。自分という大樹の根が張る大地には、阿弥陀の慈悲心が地下水の如く円満具足している。
例えとして、私の名前で書かせていただきます。

白山勝久のなる木(いのち)に
白山勝久がなった
木(いのち)の満足

あなたも、自分のお名前に置き換えてお読みください。

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掲示板の人形 おひなさま
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2018年2月 5日 (月)

2018年2月のことば

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この一枚の紙のなかに
雲が浮かんでいる
  ティック・ナット・ハン

他者を鬼と見るのはたやすい

鬼は外 福は内
 自分の身勝手が豆をまく

福願う 心の裏に 鬼の顔

折れてみて 初めて見えた 鬼の角
  浅田正作

私のあたまに つのがあった
つきあたって 折れて わかった
  榎本栄一

相手を鬼と見る人は
自分もまた鬼である
  曽我量深

鬼はおらん
鬼をつくる心が こっちにある
  仲野良俊

2月は節分があるためか、鬼にまつわる法語(教えのことば)をよく目にします。
「鬼は外 福は内」のかけ声は、除災招福を願ってのことでしょう。果たして、外へ追い出したい「鬼」とは何でしょう? 我が身・我が家に災いをもたらすものや、「鬼」にたとえられるような誰かさん。いずれにしても、私の周りにあるもの、周りにいる人を「鬼」と見ているのではないでしょうか。
「鬼」を他者(ひと)の中に見る人は多いけれど、自分の中に「鬼」を見る人は少ない。自分の中に「鬼」を見たのならば、「鬼は外 福は内」のかけ声と同時に、自分自身が外へ飛び出しているはずだから。
私は、他者にばかり鬼性を見ていました。けれど、その私自身が鬼でした。仏さまの教えは、私を映し出す鏡。法語に映し出された私を見て、私の頭に角が生えていることがわかりました!

教えのことばから、私の中の鬼性を知らされます。けれど、「あぁ、そんな私だったなぁ」「そんな私ではいけないなぁ」で留まってしまっては、反省で終わってしまいます。

さるべき業縁のもよおせば
親鸞聖人のことばです。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」。そうあるべき縁に出会えば、私は、いかなるふるまいもする身である、と。
現在(いま)、「戦争反対」と叫んでいても、ひとたび戦争が起きてしまったならば、私は人を殺すかもしれません。殺さないまでも、敵国の人間を許せなくなり、意見を異にする周りの人間をののしるかもしれません。人間を認めないという意味では、実際に手を赤く染めた者も、頭の中で他者を非難した者も、罪は同じです。
人は縁によって人に出会い、ことばに出会い、出来事に出会いながら生きいくもの。教えのことばは、私の中にある鬼性を問い、反省を促しているのではなく、縁によってある私を明らかにしてくださっています。

ティック・ナット・ハン氏
ティック・ナット・ハン氏は、ヴェトナム出身の禅僧です。
「行動する仏教」「社会参加する仏教」などと訳される「エンゲイジド・ブッディズム」を主張されました。
ヴェトナム戦争の際、多くの人々が死にゆく姿を目の当たりにし、自分だけの悟りを求めて修行をすることに疑問を持ち、僧院を出ました。そして、戦争の犠牲となり、苦しむ人々を救うため、支援活動に従事します。

この一枚の紙のなかに
ティック・ナット・ハン氏のことば「この一枚の紙のなかに雲が浮かんでいる」は、縁起の道理を説いています。
一枚の紙が生まれるために、雲が必要です。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ植物は育ちません。植物(森林)が育たなければ、紙はできません。それだけでなく、木を伐採する人、運ぶ人、加工する人、流通する人、販売する人も必要です。雲が生じるため、木や人を育てるためには、  海も太陽も必要です。
そのようなことを考えてゆくと、この世のあらゆるいのち・物事は、すべて 一枚の紙のなかにあります。私も、 「この一枚の紙のなかに」います。ということは、「私と無関係ないのち・物事など、なにひとつない」ということでもあります。
一枚の紙のなかに、この世のすべてがありました。

つくべき縁あればともない
私が私であるために、いのちの縁がありました。父と母の縁、そのまた父と母の縁、さらにまたその父と母の縁・・・。縦糸のいのちの歴史の中に、私はいます。
私が私であるために、つながりの縁がありました。同じ時代(とき)を生きるすべての人がいて、私の生活が、人生が成り立っています。横糸のいのちのつながりの中に、私はいます。
縦糸と横糸が織り成す人生模様。私の思いを超えたはたらきの中を、私は生きています。
けれど、「ご縁に感謝です」「ありがたいご縁をいただいて」で留まってしまっては、感謝で終わってしまいます。

親鸞聖人のことばです。「つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる」。共になる縁が整えば一緒にいるし、離れるべき縁が整えば、離れることもある、と。
自分中心の出来事としてみれば、「ある人と出会い、仲良くなることもあれば、別れることもある」だけの話。 しかし、ご縁をいただいてあることを思えば、「私がある人と出会ったとき、その人と別れている誰かがいる」という道理も見えてきます。目の前のいのちを守るために、他のいのちに目が向かない、という現実があります。愛が生じるとき、同時に憎しみも生じています。
私の中の鬼性は、私の中の福性(優しさ)と共にあります。鬼にも優しさはあります。慈愛に満ちた人は、こころの中に悲しみを納めているものです。

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掲示板の人形
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2018年1月 1日 (月)

2018年1月のことば

2018年を迎えました
明けましておめでとうございます

朝5時に起床し、お参りの準備を整えて、朝6時 2018年修正会(しゅしょうえ)をお勤め致しました。
いつもと変わらぬ朝なのに、元旦は凛とした気持ちになるから不思議です。
常にそうありたいものです。常にそうあれよ!と、自分に渇を入れました。
本年もよろしくお願い致します

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南無阿弥陀仏

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本願力にあいぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳の宝海みちみちて
煩悩の濁水へだてなし
  親鸞聖人「天親和讃」

でっかいもの

 でっかいものを 作ろうとして
 はじめて 知った
 でっかいものを作るには
 それよりでっかい足場を組む作業が必用な事
   (羽海野チカさん 『ハチミツとクローバー』9巻より)

たとえ何年の人生であっても
たとえどのような生涯であっても
今、築いている人生は「でっかいもの」
その「でっかいもの」を作るために
「それよりでっかい足場」が
組まれていました

私がいのちを尽くすために、
私は、一人では生きていけない
私は、一人では生きていない

目の前の人とも
周りの人とも
出会ったことのない人とも
私はつながっている

好きな人がいて
嫌いな人がいて
何とも感じない人がいて
みんながいて、私が私となりました

私一人の人生のために
どれだけ「でっかい足場」が
組まれていたことだろう

年が明けて、願い事に懸命な私は

安全を願わずにいられない
幸せを願わずにはいられない
家族や身内がいるから
「家内安全」を願い

そんな温かい家族を支えたいから
今の仕事が好きだから
「商売繁盛」を請い

家族の健康のため
自身の健康のため
「無病息災」を祈る

願い事は尽きない私です
けれど
願い事をするに先立って、
私に願いを起こさせる
家族や仲間、
仕事や世界やいのちがある

そんな家族や仲間や仕事や世界
そしていのちに囲まれて
今、私はいる

私が他のいのちを想うように、
私も他のいのちから想われていた
私が他のいのちの幸せを願うように、
私も他のいのちから願われていた

こんなに想っているのに
なぜ伝わらない
こんなに願っているのに
なぜ叶わない
こんなにがんばっているのに
なぜ実らない

私の願いが叶わないとき
「むなしい」とつぶやきたくなる
けれど、
願われている私なんだと目覚めたとき
願いが叶わないことを
「むなしい」というのではなくて
願いに気付いていないから
むなしかったんだなぁと微笑む

むなしさや はかなさを
つらさや 悲しさを生きる私
そんな私のことを願うはたらきは
私を私のままに受けとめていました

功徳や利益(りやく)は
善い行いや
お金の対価として貰うものではなくて
いのちをいただいて生きている
すでにその事実が功徳であり利益

功徳や利益は
つらさ悲しさ苦しさを
無くしてくれるはたらきではなくて
つらさ悲しさ苦しさを
すべてひっくるめてのいのちなんだと
目覚めさせてくれるはたらき

お汁粉も
きな粉餅も
クッキーも
甘さを引き立たせてくれるのは、塩
砂糖ばかりどんなに入れても
ついに甘さは感じられない

つらさ悲しさ苦しさは
有るより無いがいいけれど、
生きることを嫌悪する私の思いに反し
爪や髪やヒゲは伸び、
お腹が空いたと腹は鳴り、
痛めた傷を治癒しようと
私のいのちは懸命に生きている
果たして「私」とは どこにいるのだろう

願い事が成就しますようにと
宝物を求めて手を合わせるけれど
合わせる手の中にすでに大切なもの
南無阿弥陀仏が
功徳の宝海が満ち満ちている

海は
きれいな河川も
汚れ濁った河川も
分け隔てせずに
受け入れる

阿弥陀如来の慈悲のこころは
燃えさかるような煩悩を持った人も
煩悩でまなこが濁った人も
えらばず きらわず みすてずに
あきらめることなく
常に私を抱きしめている

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掲示板の人形
今年は戌年(いぬどし)ですね
毎年1月恒例十二支人形の主役は犬です(イノシシが出番を待っていますhappy01

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2017年12月 1日 (金)

2017年12月のことば

12月になりました。2017年も暮れてゆきますね。
身の回りの雰囲気もバタバタしてきました。年の瀬だからといって、忙しく振る舞わなくてもいいのですが、年内にやっておきたいこと、やっておかねば気が済まないことがあるのでしょうね。
忙しく過ごしつつも、ゆったりした時間も大切にしたいです。
楽しい年末をお過ごしくださいpaper

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 過去は消えず
 未来は読めず
 不安が付きまとう
 だけど明日を変えていくんなら今
 今だけがここにある
   Mr.Children 「ヒカリノアトリエ」

日々刻々
師走を迎えました。今年も西蓮寺寺報「ことば こころのはな」をお読みいただき、ありがとうございます。
毎月寺報を作っていると、月末になるほど時間の経過が早くなるような気がします。必然、一年という時の経過も、加速度がついて過ぎ去っていくかのようです。1分、1秒という時の経つスピードに変化があるはずもないのに、不思議なものです。

年の瀬に、人間の醜さが露わになって
師走を迎える前、不快な出来事が巷を騒がせました。横綱日馬富士関の暴力事件に端を発し、横綱自身の引退へと発展しました。
「不快な」と言ったのは、日馬富士関や相撲協会に対してということではありません。酒席における横綱の暴力が明るみに出て以降、ニュースやワイドショーは、その事件ばかりでした。それまで、神奈川県座間市で起きた9人殺害事件に関心を寄せていたのに、いとも簡単に横綱の事件へとシフトしました。
事件に関わった人間がまだ多くを語らぬうちから、憶測や個人の感情で物を言い、何も分からぬ中、何も知らぬ第三者が、事件の中心人物への裁きを行なう。
横綱や暴力を擁護しているわけではありません。ただ、報道のされ方や、耳に入ってくる世間の声を聞いていると、どうしてこの私が、他者(ひと)のことをののしったり、裁いたりすることができるだろうか? そんなことを、悶々としながら思っています。

ヒカリノアトリエ
今月のことばは、今年放送されたNHKの朝ドラ「べっぴんさん」の主題歌です。オープニングで流れる部分では、

 たとえば100万回のうち
 たった1度ある奇跡
 下を向いてばかりいたら
 見逃してしまうだろう

が印象的でした。掲示した部分の歌詞は、普段のオープニングでは聞くことはありませんでした。初めて「ヒカリノアトリエ」のフルコーラスを聞いたとき、

 過去は消えず
 未来は読めず
 不安が付きまとう
 だけど明日を変えていくんなら今
 今だけがここにある

という歌詞が耳の底に残りました。フルコーラスを聞いて、「ヒカリノアトリエ」の全景が開かれた気がしました。

過去は消えず 未来は読めず
時は、過去から現在、現在から未来へと流れているのでしょうか?
もし、その流れの中に身を置いているのならば、「今」は、未来のためにあることになってしまわないだろうか。
悪い未来を夢見る人は、恐らくいないでしょう。「よりよい未来、明るい将来のために、今、がんばるんだ!」と、ある程度の成功を収めた年長者は、 分かった風に物を言う。
しかし、多くの若者が思っています。努力が実を結ぶ明るい未来など、ほとんど望むべくも無いと。「希望」が、いとも簡単に絶望へと転ずることを、世の大人たちが身をもって示してくれました。
未来が読めず、見えず、そして、今が見えなくなっている。今に安心して立っていられません。

時は、過去から現在、現在から未来へと流れているのでしょうか?
もし、その流れの中に身を置いているのならば、過去、今のために生きてきたのでしょうか。
年を重ねて、若い頃のように体が動かなくなった。頭が働かなくなった。すると、「あの頃はよかった」と、過去を懐かしむ。たくさんの装飾をつけて。「今の自分の姿は、本当の自分ではない」と、自分を、今を、受け入れられない。
過去を消すことは出来ず、不安がつきまとう。不安を消そうと、装飾を施して美化した過去にとらわれる。
過去が今を解体させる。過去の上っ面だけ塗り替えて、今の見栄えを良くしようとしている。過去という土台がぐらつき、今が不安定になっている。

「今」を生きていない私。


今だけがここにある
時は、「今」しかない。
「今」と口にしたときには、その「今」は既に過去。
私は、常に「今」を生きている。今、今、今・・・。「今」の積み重ねを生きている。先に未来があるわけではない。
「100万回のうち たった1度ある奇跡」とは、100万分の1という意味ではないのではないか! 今、今、今・・・今を生きているその瞬間瞬間が、たった1度ある奇跡。私は、奇跡を生きている。
「今」、つまり「私」が明らかになると、過去が見えてくる。消えるはずのない過去なのだから、光に当たったとき、 今まで見えなかったものが見えてくる。
その光は、ずっと「私」を照らし続けてくれていた。安心して立っていられない今、足元がぐらつく今だったから、 その光に気付かずに生きてきた。
「今」が明らかになり、過去が見え、今の積み重ねが未来へと続く道であると気が付いた。
不安という心の闇が、私の眼を曇らせ、不安という恐怖心が、他者に対する刃となって向かい、不安という焦りが、他者を裁いていた。
不安は、「今」を、「私」を知らないところから生ずる。今を、私を知らしめるために、私を照らし続けている光がある。きっと、虹はもうここにある。

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掲示板の人形
「12月の人形、何を飾ろうかな・・・」と、頭を抱えていたら、下の娘がお人形箱の中から、彼女にとってクリスマスぽいイメージの人形を見つくろってくれました。12月は娘チョイスの人形です。
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2017年11月 7日 (火)

2017年11月のことば

皆様いかがお過ごしですか?
寒くなりましたね。今日(11月7日)は立冬ですものね。
風邪予防のため、10月中旬からノドを暖めマスクをしながら就寝していたのですが、10月末、もろくも風邪をひいてしまいました。ひどい風邪でした。
西蓮寺報恩講も近づく中、何も手につかないまま時が過ぎましたが、おかげさまで無事報恩講をお勤めすることができました。南無阿弥陀仏
皆様も、お風邪など召しませんように(と、風邪をひいた私が言うcoldsweats01

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 弥陀の五劫思惟(ごこうしゆい)の願をよくよく案ずれば、
 ひとえに親鸞一人(いちにん)がためなりけり

報恩講
11月28日は、浄土真宗の宗祖親鸞聖人のご命日です。ご本山 東本願寺では、毎年11月21日~28日に聖人の法要「報恩講(ほうおんこう)」が勤まります。
西蓮寺でも、毎年11月5日に報恩講をお勤めしています。

親鸞聖人のつねのおおせ
今月のことばは、親鸞聖人のことばです。弟子の唯円上人が著されたと 言われる『歎異抄(たんにしょう)』に、親鸞聖人の常の仰せとして記されています。

(『歎異抄』後序より)
聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐そうらいしこと

(副住職試訳)
親鸞聖人が常に仰せになることとして、「阿弥陀如来が、五劫という長い時間をかけてご思案になって発起してくださった「衆生を救いたい」というご本願をよくよく考えてみると、ただひとえに私親鸞一人を救わんがための願いであったのだなぁ。そうであれば、数え切れないほど多くの罪業をそなえた私のことを助けずにはおれないと思い立たれた阿弥陀如来のご本願の、どんなに かたじけないことであろうか。南無阿弥陀仏」とご述懐なさっておられたこと

一人(いちにん)の自覚
「そくばくの業(数え切れないほど 多くの罪業)」をそなえた者。それは、親鸞聖人お一人だけの話ではありません。すべての人間が、いのちあるもののすべてが、数え切れないほど多くの罪業を持って生きています。にもかかわらず阿弥陀如来は生きとし生けるものすべてを「救いたい」と願われました。阿弥陀如来の本願は、生きとし生けるものすべてのためにあります。
ではなぜ、聖人は「弥陀の五劫思惟の願」が「親鸞一人がため」と言われたのでしょうか? 
それは、聖人御自身が「そくばくの業をもちける身」であることを自覚されたからです。いのちあるもの、罪業を抱えながら生涯を歩まねばならないことは自明のことです。ですが、「阿弥陀如来の慈悲の光は、衆生のためにあります」と言ったとき、救われているという歓喜が先に立ち、「そくばくの業」を持っている身であるという自覚が疎かになってしまいます。
聖人は、仏道修行に励めば励むほど、自身の罪業性に落ち込み、涙し、救われるはずがない自身と向き合うこととなります。
そのような時、師法然上人に出遇い、念仏に出遇い、「南無阿弥陀仏」と申す身となりました。「そくばくの業をもちける身」である自覚を通して、そのような私を救おうと願われた阿弥陀如来の光明を感じ、「阿弥陀の慈悲は、このような私一人を救わんがためにあったのです」と、手が合わさりました。
「このような私ですら救われているのですから、私以外のみんなが救われていることは言うまでもありません」という想いが、「親鸞一人がためなりけり」には込められています。

「親鸞一人」の自覚は、真宗のお勤め、聖人が著された「正信偈(しょうしんげ)」にも感じられます。
 大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)
「阿弥陀如来の大悲は、倦(あ)くことなく、常に私を照らし続けています」と。
「倦くことなく」とは、そくばくの業をもちける私を「あきらめることなく」「見捨てることなく」という意味です。
そして、「常照衆」ではなくて「常照我」と著されています。「みんなを照らしています」ではなく、「私を照らしています」と。大悲に常に私が照らされていますという告白は、生きとし生けるものすべてが阿弥陀の慈悲の光明に包まれていることの確信なのです。

ときの長さは、慈悲の深さ
さて、阿弥陀如来が思惟された 「五劫」とは何でしょう?
「劫(こう)」とは、時の長さを表わします。どれくらいの長さかというと、一辺が40里(160キロメートル弱)の立方体の岩があったとします。そこに、100年に1度、天女が舞い降りてきて、羽衣でその岩を撫でてゆきます。その摩擦で岩が磨り減り、岩が無くなってしまうまでの時間・・・それでもまだ足りないのが「劫」です。「五劫」とは、その五倍の長さです。想像もつかないほど長い時間ということです。
では、「五劫思惟」とは、阿弥陀如来がそんなに長い時間悩みに悩んで、衆生救済に踏み切ったという意味かというと、そうではありません。
すべてのいのちが「そくばくの業」をそなえ、悩み苦しみを抱えながら生きています。その、すべてのいのちの生涯を、いのちを全うする姿を、阿弥陀如来はご覧になられたのです。当然、ただ見るだけではありません。「なんとかしなければ」と思わせる「悲しみ」もあれば、いつまでも争いを続ける人間に対する「怒り」や「あきらめ」もあったことでしょう。しかし、倦くことなく、すべてのいのちの生涯を受けとめたうえで、阿弥陀如来は衆生救済の願いを建てられました。
「五劫」とは「想像もつかないほど長い時間」ですが、人間の思議を超えた、「阿弥陀如来の慈悲の深さ」を表わしています。

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ネコの楽団が報恩講を賑やかにしてくれていますnote
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2017年10月 2日 (月)

2017年10月のことば

セミの声が、かすかに聞こえてきます。
キンモクセイの匂いが漂っています。
葉が色づき始めました。
秋が近づいていますね。

秋の夜、静けさが身にしみるのはなぜでしょう?
不思議ですね。

衆議院が解散され、北朝鮮からミサイルが飛ばなくなり、Jアラートとやらも鳴らなくなりました。
静かになりましたね。なぜでしょう?
おかしいですね。

涼しくなってきました。おからだお大事にjapanesetea

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 いのちは
 みんな
 母なる海に還ります
 みんな一緒だから
 淋しくないよ

秋の景色
秋のお彼岸を迎える前、墓地の彼岸花が咲きました。彼岸花は、その名の通りお彼岸に花を咲かせます。「今年は天候不順だね」なんて会話を交わすような年でも、きちんとお彼岸に合わせて花を咲かせていたものでした。
ここ数年、彼岸花の咲く時期が早くなった気がします。律儀な彼岸花の開花時期をも狂わせるような異常気象になってしまったのでしょうか。

一年を通して常のこと
秋を迎え、掃除をしていると「秋は落ち葉が多くて大変ですね」と声をかけられます。しかし、落葉(らくよう)は、一年を通して常のことです。秋だけが大変なわけではありません。
「掃除をされているから、いつもきれいですね」とも声をかけられるのですが、ホウキを手に掃除をしていると、ちょっと複雑な気持ちになります。
落ち葉をすべて掃き集めて取ってしまえば、何も無いという意味では「きれい」です。しかし、葉が、やがて木から離れ、地上に落ちる姿というのは、いのちあるものが、いのち終えて往く姿を表わしています。落ち葉が地上にたまりゆく姿は、果たして汚いのでしょうか? 散らかっているのでしょうか? 掃き掃除をしながら、そんなことを想っています。

先に、落葉は秋だけのことではないと書きました。これから寒い冬を迎えます。「寒くなると、亡くなる方が増えるでしょ?」などとよく聞かれます(確認されているのでしょうか?)。確かに、寒さが厳しくなると、お亡くなりになる方は増える気がします。しかし、人のいのちも、厳冬にのみ去りゆくわけではありません。落葉が秋のことだけではないように、人の死もまた、冬だけの話ではありません。一年を通して常に、阿弥陀さまの元に還って往くいのちがあります。

いのちは長短では計れない
いのちあるものは、やがていのち終えてゆきます。人間だけでなく、あらゆるいのちが。動物だけでなく、植物も同じです。
価値観という眼を持つ人間は、生の長さや短さ、その内容でもって、先往く人の人生を評価してしまいます。
 「あんなに頑張っている人が、若くして亡くなるなんて! 早すぎる死だ」
 「あれだけの功績を残したのだから、あの人の人生は充実していたね」
そんなセリフを耳にするとき、人は、他者(ひと)のことを、どこで見ているのだろう? と、考えてしまいます。

先月の寺報で、8月に亡くなられた田口弘さんのお話を書きました。全盲になりながらも、親鸞聖人の教えに出遇い、聖人の教えを一人でも多くの人に伝えることを大切に願われた僧侶です。56歳で亡くなられました。
 「死ぬには早すぎる」
 「まだやり残したことがあるだろうに」
などという声が聞こえてきました。  田口さんを慕うが故の、こころの底からの声であることは分かるのですが、そのような声に違和感もありました。そんなとき、田口さんと深い親交の あったある住職が、「彼は完全燃焼したんだよ。精一杯生きたんだ」と仰っているということを伝え聞き、ホッとした気持ちになりました。
いのちは、その長短や功績で、遺された者が評価をくだすものではありません。たとえ若くして亡くなっても、たとえ長生きしても、たとえどのような生涯を送ろうとも、終えて往くいのちは、すべてみな「完全燃焼」して「精一杯生きた」いのちなのです。先往く人は、完全燃焼し、精一杯生きた姿を、私に見せてくださっているのです。そこに、 自然に手が合わさりませんか?

物語も終わりに近づき
「終活(しゅうかつ)」ということばが流行り、自分の終焉について考える人が増えたと聞きます。「自分の死後、遺された者に迷惑をかけたくないから、葬儀について決めておきたい」と。それも終活のひとつでしょうが、果たして、何を遺して往くべきでしょうか?
落ち葉が掃き掃除されて、「きれいになりましたね」と喜ばれるような人生を送るのか。落葉した葉であっても、そこにいのちを感じてもらえるような人生を送るのか。
今までの生き方を見直したり、いのちについて考えたり。それこそが「終活」ではないでしょうか。

ネクタイの締め方はね、
9月に入り、長崎に住む伯父を亡くしました。人が亡くなるということは、とても大変なことです。そもそも、  迷惑をかけない死などありません。また、それでいいのです。遺された者の胸に悲喜こもごも想いを抱かせ、先往くいのちは、大きな海(あみだ)へと還っていきます。
9月末、出かける際にネクタイを締めていて、ふと思い出しました。学生の時、伯父にネクタイの締め方を習ったことを。ネクタイなどしたことがない私は、教わった通りに締めてみても、前が長くなったり、後ろが長くなったり・・・前が長くなりすぎて金太郎みたいになったりして。その度に、周りで見ていた伯父と伯母と母が声を出してゲラゲラ笑っていました。あのときのやりとりは面白かったなぁ。
今月のことばは、容体の急変した伯父に急きょ郵送したことばです。ことばが届いた翌日、息を引き取りました。棺に入れてくださったそうです。
いのちはみんな、母なる海に、私を包みこんでくださっている阿弥陀さまの元に還ってゆくからね。私もそのうち還るから。だから淋しくないよ。
南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
リスとフクロウ
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2017年9月 3日 (日)

2017年9月のことば

9月になりました。
暑さは続きますが、朝晩の涼しさや、鈴虫の泣き声・トンボの飛来が、秋の訪れを予感させます。
季節の変わり目は、体調を崩しやすいです。皆様、お気をつけてpaper

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 あらゆる自由は奪われても
 念仏する自由は奪われない

自分の姿を受け入れて生きる
8月半ば 朋友の田口弘さんが阿弥陀さまのもとへ還られました。
7月の終わりに一緒に食事をし、8月の頭に一緒に勉強会に参加していました。「最近続けて会っていたのに、何を話したかなぁ・・・」。諸行無常を口にしながら、目の前にいる人(いのち)との時間を共有しているだろうか? と、振り返っています。

田口弘さん。真宗大谷派僧侶。幼少の頃より弱視で、やがて視力を失います。
弱視ということで、学校ではいじめを受けました。いじめる者たちを見返すために勉強に励み、優秀な高校に入学します。しかし、やがて成績も振るわなくなり、弱視である自分をみじめに思い、自殺を考えることもありました。
そのようなときに、長川一雄先生(真宗大谷派僧侶)と出遇われます。

田口さんが打ち明けます。
「せっかく一流高校に入って、いじめたやつらに勝ったのに、勉強が追いつかなくなった。私はもう自慢できるものがない、寂しい人間です」

長川先生は語りかけます。
「君は差別の意識をすごく持っている。自分は目が不自由で、つらいつらいって言うけれども、目が不自由な人のことをとても強く差別しているんじゃないか。君は目が不自由だということを悪いことだと思い込んでいる。そりゃあ、障害を持っている人は、世の中の競争では不利でしょう。だけど、世間の競争に参加するために君は生きているんじゃない。君が勝とうが負けようが、生きることを願われているんでしょう」
(真宗大谷派宗務所発行 「同朋新聞」2009年3月号より)

「自分の今の姿をちゃんと受け入れて生きるということが浄土真宗の教えなんですよ」と、長川先生に語りかけられ、自分を認めていないのは、自分自身であったことに目覚め、田口さんの聞法生活が始まります。
長川先生の勧めで京都の大谷専修学院に入学し、真宗大谷派僧侶となりました。学院卒業後、北海道の旭川別院で4年間勤めた後、東京に戻り、四谷坊主バーを始められます。お店ではカウンターのはじに座り、おもむろに立ち上がり、法話をされました。悩み事を聞いてもらいにお店を訪ねる方も後を絶ちませんでした。
「私と一緒に仏法を聞いてください。ともに親鸞聖人の教えを聞きましょう」という願いを、田口さんは持ち続けておられました。

私のことも見てくださっていたんだ
田口さんとの思い出話です。
田口さんを含めて仲間数名で食事をしていたときの話。メンバーの中の、独身者のお相手は、どのような女性がお似合いだろう? という話になった際、みんなは当たり障りのないことを言うのですが、田口さんは、個々の性格を驚くほどちゃんと見ていて、「〇〇君には、このような人がいいんじゃないかなぁ」と、誰もがうなる想いを述べられました。もちろん私に対してもです。
ある研修会に参加したときの話。 車で来ていた私に、田口さんから「品川駅まで送ってくれませんか?」と声をかけられ、お乗せしました。助手席に座っている田口さんが、「あ、今、どこそこを走っているね。ここは昔海でねぇ。子どもの時釣りをして遊んだもんだよ」と語り始めたのでビックリしました。もちろん正解です。

聞法の場に行くと、必ずといっていいほど田口さんがいました。田口さんを知る人は、「田口さん、こんにちは」と声をかけます。恥ずかしい話、私は、みんなのように自然に声をかけることがなかなかできませんでした。そんな私のことも、田口さんはちゃんと見てくださっていたのだと思います。車で送っているときに話していて、「田口さんには、私たちに見えていないものが、ちゃんと見えているんだ!」と感じました。

念仏する自由
私たちはよく「自由」を口にしますが、果たして「自由」って何でしょう?
「自分の人生だから、何をしたって自由だろう!」「自分のやりたいようにできなくて不自由だ!」などと言いますが、多くの人々(いのち)と交わりながら生きている私です。私の思いだけがまかり通るはずもなく、私だけが不自由を感じているわけでもありません。
目が見えない不自由さから、他者に対する怒りやねたみを、田口さんは かつて持っていました。しかし、長川先生との出遇いを縁として、他者だけでなく、自分自身をも傷つけながら生きてきたことに気が付きます。
人間とは厄介なものです。自由を奪っていたのは、実は自分自身でした。 自分で自分を認められない。その不自由さは、大きないのちに守られながら生きていることに気付いていないゆえに生じます。

「念仏する自由」とは、「『南無阿弥陀仏』と念仏する自由」という意味ではありません。念仏は、すべての生きとし生けるものを救いたいという阿弥陀如来の願いです。阿弥陀の眼には、すべてのいのちが平等に見えています。私を救いたい、私を守りたいという大きな願い。その御手に包まれながら、今、 私はここに生きている。その温もりを、田口さんは、感じられたのです。
「念仏する自由」とは、私が私のままに生きられる自由。その自由は、誰にも侵されません。誰にも奪われません。阿弥陀さまに守られているのですから。念仏する生活を、田口さんは生涯尽くされました。南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
柿の上で眠るネコ。ガラス細工です。
8月に長崎に行った際、大浦天主堂前の素敵なガラス細工をたくさん売っているお店で買ってきました。
祈りの丘 絵本美術館にも寄りました。
長崎にお出かけの際はぜひ!!

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