西蓮寺掲示板のことば

2018年2月 5日 (月)

2018年2月のことば

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この一枚の紙のなかに
雲が浮かんでいる
  ティック・ナット・ハン

他者を鬼と見るのはたやすい

鬼は外 福は内
 自分の身勝手が豆をまく

福願う 心の裏に 鬼の顔

折れてみて 初めて見えた 鬼の角
  浅田正作

私のあたまに つのがあった
つきあたって 折れて わかった
  榎本栄一

相手を鬼と見る人は
自分もまた鬼である
  曽我量深

鬼はおらん
鬼をつくる心が こっちにある
  仲野良俊

2月は節分があるためか、鬼にまつわる法語(教えのことば)をよく目にします。
「鬼は外 福は内」のかけ声は、除災招福を願ってのことでしょう。果たして、外へ追い出したい「鬼」とは何でしょう? 我が身・我が家に災いをもたらすものや、「鬼」にたとえられるような誰かさん。いずれにしても、私の周りにあるもの、周りにいる人を「鬼」と見ているのではないでしょうか。
「鬼」を他者(ひと)の中に見る人は多いけれど、自分の中に「鬼」を見る人は少ない。自分の中に「鬼」を見たのならば、「鬼は外 福は内」のかけ声と同時に、自分自身が外へ飛び出しているはずだから。
私は、他者にばかり鬼性を見ていました。けれど、その私自身が鬼でした。仏さまの教えは、私を映し出す鏡。法語に映し出された私を見て、私の頭に角が生えていることがわかりました!

教えのことばから、私の中の鬼性を知らされます。けれど、「あぁ、そんな私だったなぁ」「そんな私ではいけないなぁ」で留まってしまっては、反省で終わってしまいます。

さるべき業縁のもよおせば
親鸞聖人のことばです。「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」。そうあるべき縁に出会えば、私は、いかなるふるまいもする身である、と。
現在(いま)、「戦争反対」と叫んでいても、ひとたび戦争が起きてしまったならば、私は人を殺すかもしれません。殺さないまでも、敵国の人間を許せなくなり、意見を異にする周りの人間をののしるかもしれません。人間を認めないという意味では、実際に手を赤く染めた者も、頭の中で他者を非難した者も、罪は同じです。
人は縁によって人に出会い、ことばに出会い、出来事に出会いながら生きいくもの。教えのことばは、私の中にある鬼性を問い、反省を促しているのではなく、縁によってある私を明らかにしてくださっています。

ティック・ナット・ハン氏
ティック・ナット・ハン氏は、ヴェトナム出身の禅僧です。
「行動する仏教」「社会参加する仏教」などと訳される「エンゲイジド・ブッディズム」を主張されました。
ヴェトナム戦争の際、多くの人々が死にゆく姿を目の当たりにし、自分だけの悟りを求めて修行をすることに疑問を持ち、僧院を出ました。そして、戦争の犠牲となり、苦しむ人々を救うため、支援活動に従事します。

この一枚の紙のなかに
ティック・ナット・ハン氏のことば「この一枚の紙のなかに雲が浮かんでいる」は、縁起の道理を説いています。
一枚の紙が生まれるために、雲が必要です。雲がなければ雨は降りません。雨が降らなければ植物は育ちません。植物(森林)が育たなければ、紙はできません。それだけでなく、木を伐採する人、運ぶ人、加工する人、流通する人、販売する人も必要です。雲が生じるため、木や人を育てるためには、  海も太陽も必要です。
そのようなことを考えてゆくと、この世のあらゆるいのち・物事は、すべて 一枚の紙のなかにあります。私も、 「この一枚の紙のなかに」います。ということは、「私と無関係ないのち・物事など、なにひとつない」ということでもあります。
一枚の紙のなかに、この世のすべてがありました。

つくべき縁あればともない
私が私であるために、いのちの縁がありました。父と母の縁、そのまた父と母の縁、さらにまたその父と母の縁・・・。縦糸のいのちの歴史の中に、私はいます。
私が私であるために、つながりの縁がありました。同じ時代(とき)を生きるすべての人がいて、私の生活が、人生が成り立っています。横糸のいのちのつながりの中に、私はいます。
縦糸と横糸が織り成す人生模様。私の思いを超えたはたらきの中を、私は生きています。
けれど、「ご縁に感謝です」「ありがたいご縁をいただいて」で留まってしまっては、感謝で終わってしまいます。

親鸞聖人のことばです。「つくべき縁あればともない、はなるべき縁あれば、はなるる」。共になる縁が整えば一緒にいるし、離れるべき縁が整えば、離れることもある、と。
自分中心の出来事としてみれば、「ある人と出会い、仲良くなることもあれば、別れることもある」だけの話。 しかし、ご縁をいただいてあることを思えば、「私がある人と出会ったとき、その人と別れている誰かがいる」という道理も見えてきます。目の前のいのちを守るために、他のいのちに目が向かない、という現実があります。愛が生じるとき、同時に憎しみも生じています。
私の中の鬼性は、私の中の福性(優しさ)と共にあります。鬼にも優しさはあります。慈愛に満ちた人は、こころの中に悲しみを納めているものです。

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掲示板の人形
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2018年1月 1日 (月)

2018年1月のことば

2018年を迎えました
明けましておめでとうございます

朝5時に起床し、お参りの準備を整えて、朝6時 2018年修正会(しゅしょうえ)をお勤め致しました。
いつもと変わらぬ朝なのに、元旦は凛とした気持ちになるから不思議です。
常にそうありたいものです。常にそうあれよ!と、自分に渇を入れました。
本年もよろしくお願い致します

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南無阿弥陀仏

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本願力にあいぬれば
むなしくすぐるひとぞなき
功徳の宝海みちみちて
煩悩の濁水へだてなし
  親鸞聖人「天親和讃」

でっかいもの

 でっかいものを 作ろうとして
 はじめて 知った
 でっかいものを作るには
 それよりでっかい足場を組む作業が必用な事
   (羽海野チカさん 『ハチミツとクローバー』9巻より)

たとえ何年の人生であっても
たとえどのような生涯であっても
今、築いている人生は「でっかいもの」
その「でっかいもの」を作るために
「それよりでっかい足場」が
組まれていました

私がいのちを尽くすために、
私は、一人では生きていけない
私は、一人では生きていない

目の前の人とも
周りの人とも
出会ったことのない人とも
私はつながっている

好きな人がいて
嫌いな人がいて
何とも感じない人がいて
みんながいて、私が私となりました

私一人の人生のために
どれだけ「でっかい足場」が
組まれていたことだろう

年が明けて、願い事に懸命な私は

安全を願わずにいられない
幸せを願わずにはいられない
家族や身内がいるから
「家内安全」を願い

そんな温かい家族を支えたいから
今の仕事が好きだから
「商売繁盛」を請い

家族の健康のため
自身の健康のため
「無病息災」を祈る

願い事は尽きない私です
けれど
願い事をするに先立って、
私に願いを起こさせる
家族や仲間、
仕事や世界やいのちがある

そんな家族や仲間や仕事や世界
そしていのちに囲まれて
今、私はいる

私が他のいのちを想うように、
私も他のいのちから想われていた
私が他のいのちの幸せを願うように、
私も他のいのちから願われていた

こんなに想っているのに
なぜ伝わらない
こんなに願っているのに
なぜ叶わない
こんなにがんばっているのに
なぜ実らない

私の願いが叶わないとき
「むなしい」とつぶやきたくなる
けれど、
願われている私なんだと目覚めたとき
願いが叶わないことを
「むなしい」というのではなくて
願いに気付いていないから
むなしかったんだなぁと微笑む

むなしさや はかなさを
つらさや 悲しさを生きる私
そんな私のことを願うはたらきは
私を私のままに受けとめていました

功徳や利益(りやく)は
善い行いや
お金の対価として貰うものではなくて
いのちをいただいて生きている
すでにその事実が功徳であり利益

功徳や利益は
つらさ悲しさ苦しさを
無くしてくれるはたらきではなくて
つらさ悲しさ苦しさを
すべてひっくるめてのいのちなんだと
目覚めさせてくれるはたらき

お汁粉も
きな粉餅も
クッキーも
甘さを引き立たせてくれるのは、塩
砂糖ばかりどんなに入れても
ついに甘さは感じられない

つらさ悲しさ苦しさは
有るより無いがいいけれど、
生きることを嫌悪する私の思いに反し
爪や髪やヒゲは伸び、
お腹が空いたと腹は鳴り、
痛めた傷を治癒しようと
私のいのちは懸命に生きている
果たして「私」とは どこにいるのだろう

願い事が成就しますようにと
宝物を求めて手を合わせるけれど
合わせる手の中にすでに大切なもの
南無阿弥陀仏が
功徳の宝海が満ち満ちている

海は
きれいな河川も
汚れ濁った河川も
分け隔てせずに
受け入れる

阿弥陀如来の慈悲のこころは
燃えさかるような煩悩を持った人も
煩悩でまなこが濁った人も
えらばず きらわず みすてずに
あきらめることなく
常に私を抱きしめている

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掲示板の人形
今年は戌年(いぬどし)ですね
毎年1月恒例十二支人形の主役は犬です(イノシシが出番を待っていますhappy01

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2017年12月 1日 (金)

2017年12月のことば

12月になりました。2017年も暮れてゆきますね。
身の回りの雰囲気もバタバタしてきました。年の瀬だからといって、忙しく振る舞わなくてもいいのですが、年内にやっておきたいこと、やっておかねば気が済まないことがあるのでしょうね。
忙しく過ごしつつも、ゆったりした時間も大切にしたいです。
楽しい年末をお過ごしくださいpaper

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 過去は消えず
 未来は読めず
 不安が付きまとう
 だけど明日を変えていくんなら今
 今だけがここにある
   Mr.Children 「ヒカリノアトリエ」

日々刻々
師走を迎えました。今年も西蓮寺寺報「ことば こころのはな」をお読みいただき、ありがとうございます。
毎月寺報を作っていると、月末になるほど時間の経過が早くなるような気がします。必然、一年という時の経過も、加速度がついて過ぎ去っていくかのようです。1分、1秒という時の経つスピードに変化があるはずもないのに、不思議なものです。

年の瀬に、人間の醜さが露わになって
師走を迎える前、不快な出来事が巷を騒がせました。横綱日馬富士関の暴力事件に端を発し、横綱自身の引退へと発展しました。
「不快な」と言ったのは、日馬富士関や相撲協会に対してということではありません。酒席における横綱の暴力が明るみに出て以降、ニュースやワイドショーは、その事件ばかりでした。それまで、神奈川県座間市で起きた9人殺害事件に関心を寄せていたのに、いとも簡単に横綱の事件へとシフトしました。
事件に関わった人間がまだ多くを語らぬうちから、憶測や個人の感情で物を言い、何も分からぬ中、何も知らぬ第三者が、事件の中心人物への裁きを行なう。
横綱や暴力を擁護しているわけではありません。ただ、報道のされ方や、耳に入ってくる世間の声を聞いていると、どうしてこの私が、他者(ひと)のことをののしったり、裁いたりすることができるだろうか? そんなことを、悶々としながら思っています。

ヒカリノアトリエ
今月のことばは、今年放送されたNHKの朝ドラ「べっぴんさん」の主題歌です。オープニングで流れる部分では、

 たとえば100万回のうち
 たった1度ある奇跡
 下を向いてばかりいたら
 見逃してしまうだろう

が印象的でした。掲示した部分の歌詞は、普段のオープニングでは聞くことはありませんでした。初めて「ヒカリノアトリエ」のフルコーラスを聞いたとき、

 過去は消えず
 未来は読めず
 不安が付きまとう
 だけど明日を変えていくんなら今
 今だけがここにある

という歌詞が耳の底に残りました。フルコーラスを聞いて、「ヒカリノアトリエ」の全景が開かれた気がしました。

過去は消えず 未来は読めず
時は、過去から現在、現在から未来へと流れているのでしょうか?
もし、その流れの中に身を置いているのならば、「今」は、未来のためにあることになってしまわないだろうか。
悪い未来を夢見る人は、恐らくいないでしょう。「よりよい未来、明るい将来のために、今、がんばるんだ!」と、ある程度の成功を収めた年長者は、 分かった風に物を言う。
しかし、多くの若者が思っています。努力が実を結ぶ明るい未来など、ほとんど望むべくも無いと。「希望」が、いとも簡単に絶望へと転ずることを、世の大人たちが身をもって示してくれました。
未来が読めず、見えず、そして、今が見えなくなっている。今に安心して立っていられません。

時は、過去から現在、現在から未来へと流れているのでしょうか?
もし、その流れの中に身を置いているのならば、過去、今のために生きてきたのでしょうか。
年を重ねて、若い頃のように体が動かなくなった。頭が働かなくなった。すると、「あの頃はよかった」と、過去を懐かしむ。たくさんの装飾をつけて。「今の自分の姿は、本当の自分ではない」と、自分を、今を、受け入れられない。
過去を消すことは出来ず、不安がつきまとう。不安を消そうと、装飾を施して美化した過去にとらわれる。
過去が今を解体させる。過去の上っ面だけ塗り替えて、今の見栄えを良くしようとしている。過去という土台がぐらつき、今が不安定になっている。

「今」を生きていない私。


今だけがここにある
時は、「今」しかない。
「今」と口にしたときには、その「今」は既に過去。
私は、常に「今」を生きている。今、今、今・・・。「今」の積み重ねを生きている。先に未来があるわけではない。
「100万回のうち たった1度ある奇跡」とは、100万分の1という意味ではないのではないか! 今、今、今・・・今を生きているその瞬間瞬間が、たった1度ある奇跡。私は、奇跡を生きている。
「今」、つまり「私」が明らかになると、過去が見えてくる。消えるはずのない過去なのだから、光に当たったとき、 今まで見えなかったものが見えてくる。
その光は、ずっと「私」を照らし続けてくれていた。安心して立っていられない今、足元がぐらつく今だったから、 その光に気付かずに生きてきた。
「今」が明らかになり、過去が見え、今の積み重ねが未来へと続く道であると気が付いた。
不安という心の闇が、私の眼を曇らせ、不安という恐怖心が、他者に対する刃となって向かい、不安という焦りが、他者を裁いていた。
不安は、「今」を、「私」を知らないところから生ずる。今を、私を知らしめるために、私を照らし続けている光がある。きっと、虹はもうここにある。

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掲示板の人形
「12月の人形、何を飾ろうかな・・・」と、頭を抱えていたら、下の娘がお人形箱の中から、彼女にとってクリスマスぽいイメージの人形を見つくろってくれました。12月は娘チョイスの人形です。
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2017年11月 7日 (火)

2017年11月のことば

皆様いかがお過ごしですか?
寒くなりましたね。今日(11月7日)は立冬ですものね。
風邪予防のため、10月中旬からノドを暖めマスクをしながら就寝していたのですが、10月末、もろくも風邪をひいてしまいました。ひどい風邪でした。
西蓮寺報恩講も近づく中、何も手につかないまま時が過ぎましたが、おかげさまで無事報恩講をお勤めすることができました。南無阿弥陀仏
皆様も、お風邪など召しませんように(と、風邪をひいた私が言うcoldsweats01

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 弥陀の五劫思惟(ごこうしゆい)の願をよくよく案ずれば、
 ひとえに親鸞一人(いちにん)がためなりけり

報恩講
11月28日は、浄土真宗の宗祖親鸞聖人のご命日です。ご本山 東本願寺では、毎年11月21日~28日に聖人の法要「報恩講(ほうおんこう)」が勤まります。
西蓮寺でも、毎年11月5日に報恩講をお勤めしています。

親鸞聖人のつねのおおせ
今月のことばは、親鸞聖人のことばです。弟子の唯円上人が著されたと 言われる『歎異抄(たんにしょう)』に、親鸞聖人の常の仰せとして記されています。

(『歎異抄』後序より)
聖人のつねのおおせには、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり。されば、そくばくの業をもちける身にてありけるを、たすけんとおぼしめしたちける本願のかたじけなさよ」と御述懐そうらいしこと

(副住職試訳)
親鸞聖人が常に仰せになることとして、「阿弥陀如来が、五劫という長い時間をかけてご思案になって発起してくださった「衆生を救いたい」というご本願をよくよく考えてみると、ただひとえに私親鸞一人を救わんがための願いであったのだなぁ。そうであれば、数え切れないほど多くの罪業をそなえた私のことを助けずにはおれないと思い立たれた阿弥陀如来のご本願の、どんなに かたじけないことであろうか。南無阿弥陀仏」とご述懐なさっておられたこと

一人(いちにん)の自覚
「そくばくの業(数え切れないほど 多くの罪業)」をそなえた者。それは、親鸞聖人お一人だけの話ではありません。すべての人間が、いのちあるもののすべてが、数え切れないほど多くの罪業を持って生きています。にもかかわらず阿弥陀如来は生きとし生けるものすべてを「救いたい」と願われました。阿弥陀如来の本願は、生きとし生けるものすべてのためにあります。
ではなぜ、聖人は「弥陀の五劫思惟の願」が「親鸞一人がため」と言われたのでしょうか? 
それは、聖人御自身が「そくばくの業をもちける身」であることを自覚されたからです。いのちあるもの、罪業を抱えながら生涯を歩まねばならないことは自明のことです。ですが、「阿弥陀如来の慈悲の光は、衆生のためにあります」と言ったとき、救われているという歓喜が先に立ち、「そくばくの業」を持っている身であるという自覚が疎かになってしまいます。
聖人は、仏道修行に励めば励むほど、自身の罪業性に落ち込み、涙し、救われるはずがない自身と向き合うこととなります。
そのような時、師法然上人に出遇い、念仏に出遇い、「南無阿弥陀仏」と申す身となりました。「そくばくの業をもちける身」である自覚を通して、そのような私を救おうと願われた阿弥陀如来の光明を感じ、「阿弥陀の慈悲は、このような私一人を救わんがためにあったのです」と、手が合わさりました。
「このような私ですら救われているのですから、私以外のみんなが救われていることは言うまでもありません」という想いが、「親鸞一人がためなりけり」には込められています。

「親鸞一人」の自覚は、真宗のお勤め、聖人が著された「正信偈(しょうしんげ)」にも感じられます。
 大悲無倦常照我(だいひむけんじょうしょうが)
「阿弥陀如来の大悲は、倦(あ)くことなく、常に私を照らし続けています」と。
「倦くことなく」とは、そくばくの業をもちける私を「あきらめることなく」「見捨てることなく」という意味です。
そして、「常照衆」ではなくて「常照我」と著されています。「みんなを照らしています」ではなく、「私を照らしています」と。大悲に常に私が照らされていますという告白は、生きとし生けるものすべてが阿弥陀の慈悲の光明に包まれていることの確信なのです。

ときの長さは、慈悲の深さ
さて、阿弥陀如来が思惟された 「五劫」とは何でしょう?
「劫(こう)」とは、時の長さを表わします。どれくらいの長さかというと、一辺が40里(160キロメートル弱)の立方体の岩があったとします。そこに、100年に1度、天女が舞い降りてきて、羽衣でその岩を撫でてゆきます。その摩擦で岩が磨り減り、岩が無くなってしまうまでの時間・・・それでもまだ足りないのが「劫」です。「五劫」とは、その五倍の長さです。想像もつかないほど長い時間ということです。
では、「五劫思惟」とは、阿弥陀如来がそんなに長い時間悩みに悩んで、衆生救済に踏み切ったという意味かというと、そうではありません。
すべてのいのちが「そくばくの業」をそなえ、悩み苦しみを抱えながら生きています。その、すべてのいのちの生涯を、いのちを全うする姿を、阿弥陀如来はご覧になられたのです。当然、ただ見るだけではありません。「なんとかしなければ」と思わせる「悲しみ」もあれば、いつまでも争いを続ける人間に対する「怒り」や「あきらめ」もあったことでしょう。しかし、倦くことなく、すべてのいのちの生涯を受けとめたうえで、阿弥陀如来は衆生救済の願いを建てられました。
「五劫」とは「想像もつかないほど長い時間」ですが、人間の思議を超えた、「阿弥陀如来の慈悲の深さ」を表わしています。

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掲示板の人形
ネコの楽団が報恩講を賑やかにしてくれていますnote
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2017年10月 2日 (月)

2017年10月のことば

セミの声が、かすかに聞こえてきます。
キンモクセイの匂いが漂っています。
葉が色づき始めました。
秋が近づいていますね。

秋の夜、静けさが身にしみるのはなぜでしょう?
不思議ですね。

衆議院が解散され、北朝鮮からミサイルが飛ばなくなり、Jアラートとやらも鳴らなくなりました。
静かになりましたね。なぜでしょう?
おかしいですね。

涼しくなってきました。おからだお大事にjapanesetea

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 いのちは
 みんな
 母なる海に還ります
 みんな一緒だから
 淋しくないよ

秋の景色
秋のお彼岸を迎える前、墓地の彼岸花が咲きました。彼岸花は、その名の通りお彼岸に花を咲かせます。「今年は天候不順だね」なんて会話を交わすような年でも、きちんとお彼岸に合わせて花を咲かせていたものでした。
ここ数年、彼岸花の咲く時期が早くなった気がします。律儀な彼岸花の開花時期をも狂わせるような異常気象になってしまったのでしょうか。

一年を通して常のこと
秋を迎え、掃除をしていると「秋は落ち葉が多くて大変ですね」と声をかけられます。しかし、落葉(らくよう)は、一年を通して常のことです。秋だけが大変なわけではありません。
「掃除をされているから、いつもきれいですね」とも声をかけられるのですが、ホウキを手に掃除をしていると、ちょっと複雑な気持ちになります。
落ち葉をすべて掃き集めて取ってしまえば、何も無いという意味では「きれい」です。しかし、葉が、やがて木から離れ、地上に落ちる姿というのは、いのちあるものが、いのち終えて往く姿を表わしています。落ち葉が地上にたまりゆく姿は、果たして汚いのでしょうか? 散らかっているのでしょうか? 掃き掃除をしながら、そんなことを想っています。

先に、落葉は秋だけのことではないと書きました。これから寒い冬を迎えます。「寒くなると、亡くなる方が増えるでしょ?」などとよく聞かれます(確認されているのでしょうか?)。確かに、寒さが厳しくなると、お亡くなりになる方は増える気がします。しかし、人のいのちも、厳冬にのみ去りゆくわけではありません。落葉が秋のことだけではないように、人の死もまた、冬だけの話ではありません。一年を通して常に、阿弥陀さまの元に還って往くいのちがあります。

いのちは長短では計れない
いのちあるものは、やがていのち終えてゆきます。人間だけでなく、あらゆるいのちが。動物だけでなく、植物も同じです。
価値観という眼を持つ人間は、生の長さや短さ、その内容でもって、先往く人の人生を評価してしまいます。
 「あんなに頑張っている人が、若くして亡くなるなんて! 早すぎる死だ」
 「あれだけの功績を残したのだから、あの人の人生は充実していたね」
そんなセリフを耳にするとき、人は、他者(ひと)のことを、どこで見ているのだろう? と、考えてしまいます。

先月の寺報で、8月に亡くなられた田口弘さんのお話を書きました。全盲になりながらも、親鸞聖人の教えに出遇い、聖人の教えを一人でも多くの人に伝えることを大切に願われた僧侶です。56歳で亡くなられました。
 「死ぬには早すぎる」
 「まだやり残したことがあるだろうに」
などという声が聞こえてきました。  田口さんを慕うが故の、こころの底からの声であることは分かるのですが、そのような声に違和感もありました。そんなとき、田口さんと深い親交の あったある住職が、「彼は完全燃焼したんだよ。精一杯生きたんだ」と仰っているということを伝え聞き、ホッとした気持ちになりました。
いのちは、その長短や功績で、遺された者が評価をくだすものではありません。たとえ若くして亡くなっても、たとえ長生きしても、たとえどのような生涯を送ろうとも、終えて往くいのちは、すべてみな「完全燃焼」して「精一杯生きた」いのちなのです。先往く人は、完全燃焼し、精一杯生きた姿を、私に見せてくださっているのです。そこに、 自然に手が合わさりませんか?

物語も終わりに近づき
「終活(しゅうかつ)」ということばが流行り、自分の終焉について考える人が増えたと聞きます。「自分の死後、遺された者に迷惑をかけたくないから、葬儀について決めておきたい」と。それも終活のひとつでしょうが、果たして、何を遺して往くべきでしょうか?
落ち葉が掃き掃除されて、「きれいになりましたね」と喜ばれるような人生を送るのか。落葉した葉であっても、そこにいのちを感じてもらえるような人生を送るのか。
今までの生き方を見直したり、いのちについて考えたり。それこそが「終活」ではないでしょうか。

ネクタイの締め方はね、
9月に入り、長崎に住む伯父を亡くしました。人が亡くなるということは、とても大変なことです。そもそも、  迷惑をかけない死などありません。また、それでいいのです。遺された者の胸に悲喜こもごも想いを抱かせ、先往くいのちは、大きな海(あみだ)へと還っていきます。
9月末、出かける際にネクタイを締めていて、ふと思い出しました。学生の時、伯父にネクタイの締め方を習ったことを。ネクタイなどしたことがない私は、教わった通りに締めてみても、前が長くなったり、後ろが長くなったり・・・前が長くなりすぎて金太郎みたいになったりして。その度に、周りで見ていた伯父と伯母と母が声を出してゲラゲラ笑っていました。あのときのやりとりは面白かったなぁ。
今月のことばは、容体の急変した伯父に急きょ郵送したことばです。ことばが届いた翌日、息を引き取りました。棺に入れてくださったそうです。
いのちはみんな、母なる海に、私を包みこんでくださっている阿弥陀さまの元に還ってゆくからね。私もそのうち還るから。だから淋しくないよ。
南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
リスとフクロウ
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2017年9月 3日 (日)

2017年9月のことば

9月になりました。
暑さは続きますが、朝晩の涼しさや、鈴虫の泣き声・トンボの飛来が、秋の訪れを予感させます。
季節の変わり目は、体調を崩しやすいです。皆様、お気をつけてpaper

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 あらゆる自由は奪われても
 念仏する自由は奪われない

自分の姿を受け入れて生きる
8月半ば 朋友の田口弘さんが阿弥陀さまのもとへ還られました。
7月の終わりに一緒に食事をし、8月の頭に一緒に勉強会に参加していました。「最近続けて会っていたのに、何を話したかなぁ・・・」。諸行無常を口にしながら、目の前にいる人(いのち)との時間を共有しているだろうか? と、振り返っています。

田口弘さん。真宗大谷派僧侶。幼少の頃より弱視で、やがて視力を失います。
弱視ということで、学校ではいじめを受けました。いじめる者たちを見返すために勉強に励み、優秀な高校に入学します。しかし、やがて成績も振るわなくなり、弱視である自分をみじめに思い、自殺を考えることもありました。
そのようなときに、長川一雄先生(真宗大谷派僧侶)と出遇われます。

田口さんが打ち明けます。
「せっかく一流高校に入って、いじめたやつらに勝ったのに、勉強が追いつかなくなった。私はもう自慢できるものがない、寂しい人間です」

長川先生は語りかけます。
「君は差別の意識をすごく持っている。自分は目が不自由で、つらいつらいって言うけれども、目が不自由な人のことをとても強く差別しているんじゃないか。君は目が不自由だということを悪いことだと思い込んでいる。そりゃあ、障害を持っている人は、世の中の競争では不利でしょう。だけど、世間の競争に参加するために君は生きているんじゃない。君が勝とうが負けようが、生きることを願われているんでしょう」
(真宗大谷派宗務所発行 「同朋新聞」2009年3月号より)

「自分の今の姿をちゃんと受け入れて生きるということが浄土真宗の教えなんですよ」と、長川先生に語りかけられ、自分を認めていないのは、自分自身であったことに目覚め、田口さんの聞法生活が始まります。
長川先生の勧めで京都の大谷専修学院に入学し、真宗大谷派僧侶となりました。学院卒業後、北海道の旭川別院で4年間勤めた後、東京に戻り、四谷坊主バーを始められます。お店ではカウンターのはじに座り、おもむろに立ち上がり、法話をされました。悩み事を聞いてもらいにお店を訪ねる方も後を絶ちませんでした。
「私と一緒に仏法を聞いてください。ともに親鸞聖人の教えを聞きましょう」という願いを、田口さんは持ち続けておられました。

私のことも見てくださっていたんだ
田口さんとの思い出話です。
田口さんを含めて仲間数名で食事をしていたときの話。メンバーの中の、独身者のお相手は、どのような女性がお似合いだろう? という話になった際、みんなは当たり障りのないことを言うのですが、田口さんは、個々の性格を驚くほどちゃんと見ていて、「〇〇君には、このような人がいいんじゃないかなぁ」と、誰もがうなる想いを述べられました。もちろん私に対してもです。
ある研修会に参加したときの話。 車で来ていた私に、田口さんから「品川駅まで送ってくれませんか?」と声をかけられ、お乗せしました。助手席に座っている田口さんが、「あ、今、どこそこを走っているね。ここは昔海でねぇ。子どもの時釣りをして遊んだもんだよ」と語り始めたのでビックリしました。もちろん正解です。

聞法の場に行くと、必ずといっていいほど田口さんがいました。田口さんを知る人は、「田口さん、こんにちは」と声をかけます。恥ずかしい話、私は、みんなのように自然に声をかけることがなかなかできませんでした。そんな私のことも、田口さんはちゃんと見てくださっていたのだと思います。車で送っているときに話していて、「田口さんには、私たちに見えていないものが、ちゃんと見えているんだ!」と感じました。

念仏する自由
私たちはよく「自由」を口にしますが、果たして「自由」って何でしょう?
「自分の人生だから、何をしたって自由だろう!」「自分のやりたいようにできなくて不自由だ!」などと言いますが、多くの人々(いのち)と交わりながら生きている私です。私の思いだけがまかり通るはずもなく、私だけが不自由を感じているわけでもありません。
目が見えない不自由さから、他者に対する怒りやねたみを、田口さんは かつて持っていました。しかし、長川先生との出遇いを縁として、他者だけでなく、自分自身をも傷つけながら生きてきたことに気が付きます。
人間とは厄介なものです。自由を奪っていたのは、実は自分自身でした。 自分で自分を認められない。その不自由さは、大きないのちに守られながら生きていることに気付いていないゆえに生じます。

「念仏する自由」とは、「『南無阿弥陀仏』と念仏する自由」という意味ではありません。念仏は、すべての生きとし生けるものを救いたいという阿弥陀如来の願いです。阿弥陀の眼には、すべてのいのちが平等に見えています。私を救いたい、私を守りたいという大きな願い。その御手に包まれながら、今、 私はここに生きている。その温もりを、田口さんは、感じられたのです。
「念仏する自由」とは、私が私のままに生きられる自由。その自由は、誰にも侵されません。誰にも奪われません。阿弥陀さまに守られているのですから。念仏する生活を、田口さんは生涯尽くされました。南無阿弥陀仏

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柿の上で眠るネコ。ガラス細工です。
8月に長崎に行った際、大浦天主堂前の素敵なガラス細工をたくさん売っているお店で買ってきました。
祈りの丘 絵本美術館にも寄りました。
長崎にお出かけの際はぜひ!!

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2017年8月 1日 (火)

2017年8月のことば

8月に入りました。全国的に不安定な天気で、いろいろな地域で豪雨の被害が出ています。
被害に遭われた皆様の生活が、一刻も早く回復されますことを念じます。
とともに、猛暑・酷暑ゆえ、いつどこで天候被害が起こるか分かりません(どこでも起こり得ます)。共に、気をつけましょう。
こういうときこそ、助け合い・支え合いの気持ちでshine

今日のブログ「2017年8月のことば」をアップする前にテレビをつけたら、ちょうどNHK「クローズアップ +(プラス)」の始まるところでした。
タイトルは「“死”をどう生きたか 日野原重明 ラストメッセージ」
掲示板8月のことばは、日野原先生のことばからいただきました。
日野原先生の活動や考え方をお慕い申しておりましたが、テレビを見ていて、「あぁ、テレビやネットや本で先生のお人柄のほんのちょっとでも触れていた気でいたけれど、全然だったなぁ」と、恥ずかしい気持ちになりました。

周りの人々への感謝の気持ちを最期まで持ち続け、
いのちは若いときにピークを迎えたら後は下がっていくだけ・・・ではなくて、精神的にはどんどん成熟していくという観点を与えてくださり、
自身の最期を堂々と引き受けられるのではなく、やはり逡巡・葛藤する姿を見せてくださり、死も含めての生を生きるということを体現された日野原先生。
ありがとうございます

 bud bud bud

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 鳥は飛び方を変えることはできない
 しかし人間はいつからでも生き方を変えられる
                       日野原重明

人間は生き方を変えられる
2017年7月18日、聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんが亡くなられました。105歳でした。
子どもたちに平和と命の大切さを伝えるために、全国の小学校で「いのちの授業」を行ないました。
また、日本は75歳以上を「後期高齢者」と呼び、身も心も老いに追いやられてしまうような環境にありますが、「75歳からは第3の人生です」と提唱し、日野原先生が88歳の2000年に「新老人の会」を結成しました。「新老人の会」結成の根幹には、「老いてこそ、創造的に生きられる。新しいことにチャレンジする勇気を持ちたい」という想いが込められています。
2年ほど前、その「新老人の会」の大会で「人間は生き方を変えられる。自分に与えられた時間を他人のために使ってほしい」と講演をされました。

今月のことば「鳥は飛び方を変えることはできない しかし人間はいつからでも生き方を変えられる」は、日野原先生のフェイスブックのカバー写真に掲載されています。
インターネット上の交流サイト「フェイスブック」を、日野原先生は100歳になってから始められたそうです。まさに、「老いてこそ新しいことにチャレンジ」を体現されていました。
「人間は生き方を変えられる」とは、日野原先生の全生涯が発する強いメッセージであると感じます。

日野原先生は、1970年3月31日、58歳の時に「よど号」ハイジャック事件に遭遇します。ハイジャック機に監禁され、死をも覚悟します。無事に解放され、そのときのことを述懐されています。
「あの事件で人生観が変わった。これからは与えられた寿命なのだ。与えられた命を、人のために捧げようと思う。新たな人生をどう生きるかと考えたとき、誰かに恩を受けてその人に恩返しをするのは当たり前だが、むしろ関わりなき人にも私が受けた恵みを返すべきではないかと気付いた」と。

「生き方を変えられる」とは?
「生き方を変えられる」・・・どのようなときに、生き方を変えたいと考えますか?
 物事が上手くいっていないとき? 
 困難な出来事に遭遇したとき?   
 自分自身が嫌いになったとき?
いずれにしても、マイナスの状況をプラスに転じたいときに、生き方を変えたいと考えることが多いのではないでしょうか。でも、そんなときって、マイナスの要因を外に求めてしまうものです。つまり、他者(ひと)のせい。
そうすると、生き方を変えたいとは思っても、私自身を変えようとは思わないわけです。私自身が変わらずに、というか、私自身のことを見つめることなしに生き方を変えたいと願うことは、結局、飛び方を変えられない鳥と同じことではないでしょうか。

淋しいけど楽しい
過日、奥様のご法事をお勤めになられた旦那さんが、お気持ちをお話しくださいました。
「妻に先立たれて淋しいです。淋しいんですけど、とても楽しいんです。周りのみんなに助けられて、ありがたいなぁって感じます。子どもたちをはじめ、いい人たちに巡り会えたなぁって、感謝の気持ちでいっぱいです」
と、手を合わせながら語られました。
「淋しいけど楽しい」・・・一般的感覚では、「淋しい気持ちが強すぎて、楽しい気持ちになんてなれない」かもしれません。けれど、「淋しいけど楽しい」という矛盾して聞こえる感覚が、人間には起こり得ます。「悲しいけど嬉しい」とか、「憎いけど愛おしい」とか。
矛盾した感覚を同時に味わったり、いろいろな感情が入り交じった感覚に襲われたり。そのような感覚にこころが揉まれることを通して、「あぁ、自分で思い描く事柄って、ちっぽけだなぁ。自分で想定している感覚って、たいしたことないなぁ。自分の想いや力を超えた、もっと大きなものに、私は包まれていたんだなぁ」なんて感じることがあるはずです。そんなとき、人生観が変わったり、人生の奥深さを感じたりします。
「生き方を変えられる」とは、そういうことではないかなぁと想います。

よく考えると、「生き方を変えられる」といっても、電車が線路を変更して走るように、人間が人生という線路を変更して生きることなどできません。幾つも選択肢があって、そのつど選びながら生きてきたような気でいますが、そもそも私が生きる道は一本道です。私の人生で、出会う人々、経験する出来事、身に降りかかる困難に変わりはありません。しかし、目の前にいる人に何も感じず通り過ぎるのか、何かを感じながら生きるのかで、同じ道を歩みながらも、内容は大きく変わります。
私が生きてきた道を振り返ると、多くの人々の支えのおかげで生きてきた。その気付きが、周りへの感謝や大きなはたらきへの感動を生み、手が合わさる生活が始まります。そのような変化が、「生き方を変えられる」姿だと、先の旦那さんの話を聞いて思いました。
日野原先生は、ハイジャック事件を契機に「人のために生きる」と誓われました。行動として「人のために生きる」という側面も当然ありますが、それ以前に、「この人のおかげで私がいる」「この出来事のおかげで私が私となった」という感動が、先生の中に湧き起こったのだと思います。

昨年10月4日に出版された著書『僕は頑固な子どもだった』(株式会社ハルメク発行)に先生は語られています。
「最期の時には、ただ、感謝の思いだけを伝えたい」と。

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「金魚すくいをしているクマ を、見ているクジラ」という構図ですhappy01
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2017年7月 2日 (日)

2017年7月のことば

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 ひとり一人が光に照らされている
 だからこそそれぞれの色に輝いている

『茶色の朝』
ここに一冊の本があります。『茶色の朝』という本です。

 『茶色の朝』(大月書店)
  フランク パヴロフ・物語
  ヴィンセント ギャロ・絵
  高橋 哲哉・メッセージ
  藤本 一勇・訳

本の大筋を語ってしまうことになりますが、紹介させていただきます。

登場人物は主に「俺」と「シャルリー」。ふたりは、カフェでたわいのない会話を楽しんでいました。あの話が出るまでは・・・。
シャルリーが告白します。飼い犬のラブラドールを安楽死させたと。理由は、茶色の犬じゃなかったから・・・。
「俺」自身、猫を安楽死させたばかりでした。白に黒のブチの。限度を超えた猫の増えすぎという問題解決のためには仕方がないと、「国の科学者たちの言葉」を信じたのでした。しかし、猫だけでなく犬までも茶色しか認めないと国が言い出したことに驚きを隠せません。
けれど、シャルリーは何事もなかったかのように振る舞っています。きっと彼の対応こそ正しいのだろう。「俺」の方が感傷的になっているにすぎない。

数日後、新聞『街の日常』が廃刊になりました。理由は、茶色の犬しか認めない国に対して、『街の日常』紙は、国をたたき続けたから・・・。
その後、『街の日常』の系列出版社がつぎつぎと裁判にかけられ、そこの書籍は全部、図書館や本屋の棚から強制撤去を命じられました。
街は、徐々に茶色の生活に染まります。そのことに対する違和感はしだいに薄れていきます。

ある日、シャルリーが新しい犬と一緒にあらわれました。鼻の頭からしっぽの先まで茶色の犬と。同じ日、「俺」も新しい猫と一緒でした。茶色の瞳と茶色の毛並みの雄猫と。ふたりで笑い合い、すごく快適で安心した時間を過ごしました。
街の流れに逆らわないでいれば、安心が得られて、面倒にまきこまれることもありません。茶色に守られた安心。それも悪くないなと思いました。

ある日、信じられないことが起こります。シャルリーが自警団に捕まったのです。理由は、“前に”茶色ではなく、黒の犬を飼っていたから・・・。
“前に”飼っていたことで違法になるならば、「俺」も自警団の餌食だ。冷や汗がひとすじ、シャツを濡らします。
『茶色ラジオ』が報じています。
「時期はいつであれ、法律に合わない犬あるいは猫を飼った事実がある場合は、違法となります」と。

「俺」はひと晩中考えた。
「茶色党のやつらが、最初の【ペット特別措置法】を課したときから、警戒すべきだったんだ。いやと言うべきだったんだ。抵抗すべきだったんだ。でも、どうやって? 政府の動きはすばやかったし、俺には仕事があるし、毎日やらなきゃならないこまごましたことも多い。他の人たちだって、ごたごたはごめんだから、おとなしくしているんじゃないか?」

だれかがドアをたたいています。こんな朝早くに・・・。 
(あらすじ、以上)

ドンドンドンドンッ!
茶色は、フランスではナチスを連想させる色であり、そのイメージが元になり、今日ではもっと広く、ナチズム、ファシズム、全体主義などと親和性をもつ「極右」の人々を連想させる色になっているそうです。レイシズム(人種差別主義)に基づく排外主義を主張します。
1980年代、ジャン=マリー・ルペン率いる極右政党・国民戦線が支持を集め始めます。1998年の統一地方選挙では国民戦線が躍進し、保守派の中にこの極右政党と協力関係を結ぼうとする動きが出て来ました。そのような時代に、著者であるフランク・パヴロフは、強い抗議の意思表示として『茶色の朝』を出版しました。
(参考、高橋哲哉氏の寄稿より)

現代社会は、国と国との関係を見ても、国内に於ける人間関係を見ても、排他的な雰囲気が漂っています。自分ファーストであるために他を排除し、或いは、他を自分色に染めようとしています。
権力や財力を持つ一部の人間の思惑により、民衆がひとつの色に染められようとしています。そのことに疑問を抱いたり、疑義を呈したりして面倒に巻き込まれることはゴメンとばかりに、民衆の多くも思考を停止させて、大きな流れに乗り、安心を得たつもりになっているかのようです。
思考停止の果てに、おかしい!と気づいたときには手遅れです。そんな状況になっても「俺」は、仕事や日常のこまごまとしたことのせいにして、茶色に染めようとしている大きな流れに抗わなかった自分を弁護するのでしょう。
朝早く、家の玄関のドアをたたく音で起こされないために、私たちにできることは? 私たちは、物事に驚いたり、違和を感じたりする能力を持っています。「これはどういう意味?」「これっておかしくない?」という感性や感覚を失いたくありません。思考停止は、茶色の朝の訪れを意味します。

光に照らされてある私 
個性を色にたとえ、「自分の色を出して!」などと言いますが、実は物体そのものに色はありません。物体が光に照らされて、その反射によって色として認識されるのです。つまり、光に照らされているという事実が、それぞれの色(個性)を持つ私を生みだしています。誰かに、強大な権力に、無理矢理特定の色で染められてしまうような私ではありません!

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『茶色の朝』の中に猫が出て来たから、というつもりではありませんが、今月は木製の猫の人形を飾っています。
真ん中の、子猫を抱えた猫は、どこで飼ったかなぁ? 覚えていません。
左右の猫は、一昨年、タイのナイトバザールで買ってきました。また行きたいなぁhappy01
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2017年6月 2日 (金)

2017年6月のことば

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人間の愚かさは
何に対しても答えを持っているということです
ミラン・クンデラ

人間は弱い生き物
人間は、弱い生き物です。
不安定なもの、不確定なこと、原因不明なこと、予測不能の未来などに対して、私のこころを不安や恐怖が覆います。
それゆえ、原因を知りたい、先を知りたい、しっかりしたものが欲しいという衝動に駈られます。
そこで、自分なりの答えを用意します。経験に裏付けられた答えもあることでしょう。希望を込めた答えもあることでしょう。自分なりの答えで身を守り、安心を得、不安を取り除こうとします。
しかし、自分が納得できる、自分に利のある答えでしかありません。普遍性のある答えではありません。

私は正しい 争いの根はここにある
自分なりの答えを持ったものどうしが接すれば衝突が起きます。同じ答えを持った者どうしならば、衝突は起きないんじゃない? と思われるかもしれませんが、同じ答えを持った者の集団と、違う答えを持った者の集団ができ、結局は衝突が起きます。それに、同じ答えを持っていても、衝突は起きるものです。
現代(いま)、世界情勢がかくもきな臭くなっているのは、各国がそれぞれ自分の答えを持ち、自国第一を前面に押し出した姿勢で、対話・交渉・会議に臨んでいるからではないでしょうか。自国優先の妨げとなる答えを持つ国は受け入れられず、自国の答えを否定する国は攻撃の対象になってしまいます。
「答え」とは、その答えを持つ者にとっては「正義」と言い換えられます。「正義」を揺るがす者は、「悪」なのかもしれませんが、それは、私から見れば「悪」なだけで、相手にとっては「正義」です。同様に、他者にとって私は「悪」に見えていることでしょう。私は私の「正義」を掲げているだけなのですが。
争いは、正義と悪の戦いではなく、正義と正義とが引き起こしています。

問いを持つということ
他国の生まれの人を蔑む。性的マイノリティ(社会的少数者)の方に対する無理解・不寛容。自分が、タバコが嫌いだからといって、喫煙者自体を嫌悪する。いかがわしいとされるお店に出入りしていれば、「あの人は信用できない人」と見下す。
自分の答えの範疇からはみ出す他者やマイノリティに対する憎悪感が、激しく噴き出しています。人はなぜ、かくも他者を傷つけるのでしょう。突き詰めれば、誰もが、他者とは代わることのできないいのちを生きています。そういう意味では、人は誰もがマイノリティ。差別される道理のある人なんていません。一人の弱さを隠すために集団を形成し、少数者・弱者を襲う。人は優しいのに、人々になると残酷になってしまいます。

「こういう人は嫌い!苦手!」という自身の感覚のみで他者を見て、識別・差別していては、そこに関係は結ばれません。もしかしたら、自分にとってかけがえのない人であるかもしれないのに。その人のことを知る前に拒否してしまうなんて、もったいないことです。
目の前にいる人に対して、「この人はどういう人だろう?」「どんな考え方をする人だろう?」と関心を持てば、「この人のことをもっと知りたい」と興味が湧いてきます。人と人とが関係を築いていくということは、問いを持つということから始まるのではないでしょうか?
今月のことばに倣うならば、「人間の賢さは、何に対しても問いを持っているということです」と言うことができるのではないでしょうか。

いのちを傷つける答え
 答えなんて そもそも無いのに
 自分なりの
 自分だけの答えで理論武装して
 それで身を守り、他者を傷つけ
 相手を私より下位において
 満足した気になっている。
 でも、それって結局
 取り繕った私で
 私自身をごまかしているだけ。
 「ありのままの自分でいいんだよ」  
 なんて うなづきながら
 うなづけない私がいる。
 差別されている誰かに涙して
 傷つく他者に手を差し伸べる
 そんな優しさを持っているのに、
 誰かを差別して
 他者を傷つけることで
 私を私たらしめようとしている。
 そんなことのための答えなんて
 私はいらない

となりの親鸞
2017年5月2日に開催された「真宗大谷派 東京教区 同朋大会」で、講師の中島岳志先生(東京工業大学教授)が語られた親鸞聖人を感じる眼が優しかったです。

親鸞聖人は、私の横に立って、いつも語りかけてくれる人だと思うんです。 「私は正しい。私に間違いはない」と、正解を、あるいは正しさを所有しようとしたとき、親鸞は「本当にそうなの?」と言ってくる人なんですね。 驕り高ぶって、自力の世界に立ち、 「私は正しい!」と言っている人間に対して、親鸞は厳しい人です。 でも、親鸞は、迷っている人には優しいんです。「私は分からない!」と思っているときに、「私は無力だ!」と思っている人に、親鸞は、「そうだよ、僕もだよ」と言ってくれる人なんです。 「となりの親鸞」は、悩み、もだえ、不安に駆られ、不安感・無力感を持ったときに、優しい手を差し伸べてくれる人。それが親鸞という人の実像ではないのかな、と思います。

※ミラン・クンデラ (1929年4月1日~  88歳)
  チェコ出身でフランスに亡命した作家
  代表作『存在の耐えられない軽さ』

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カエルさんと、シンバルを叩く笑顔のピエロさんです。
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2017年5月 1日 (月)

2017年5月のことば

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人間の脳の中には、
絶対に祈りの回路があると思うんです。
                   柳澤 桂子

SWITCHインタビュー
4月22日(土)NHK「SWITCHインタビュー達人達(たち)」を視聴。
福島智さんと柳澤桂子さんの対談でした。
 
NHK HP〈番組内容〉より
障害者を取り巻く問題を当事者として研究する東大教授の福島智。
難病と闘い、思索と執筆を続ける生命科学者の柳澤桂子。
自らの体験を交え「生きるとは何か」を語り合う。

9歳で視力を、18歳で聴力を失った福島。指点字という方法で周りとコミュニケーションをとりながら勉強を続け、バリアフリー研究者となった。一方、柳澤は女性の大学進学がまだ珍しかった時代に米国留学、最先端の遺伝子研究に取り組むが31歳で突然、原因不明の難病に襲われた。以来、 病と闘いながら生命科学について思索をめぐらせている。番組では福島が2日間にわたって柳澤の自宅を訪ね、命と存在をめぐる対話を重ねる。
(以上)

心の真ん中に置いておくべきこと
昨年7月の相模原障害者施設殺傷事件。事件の容疑者は、「障害者は、周りの人間を不幸にする」「施設に入っている障害者のせいで税金が使われる」「障害者がいなくなれば世界は平和になる」などと語っていたと報道されています。この言い分に対し、当時ネット上では「犯人(容疑者)がやったことは許せることではないが、理由は理解できる」旨のコメントが多数見られました。
いつの頃からでしょう、頭の良い人間・仕事の出来る人間・経済生産性のある人間に価値があると、人間を価値の有無で見るようになってしまいました。そのような社会では、障害のある方・年老いて体が動かなくなった方を、生きる意味の無い者という目で見てしまいます。
福島智さんは、そんな社会状況を見つめ、語られます。「この事件は、容疑者の人格だけの問題ではなく、社会全体の価値観の問題です。人間は、すべて同じく生きる意味がある。大切ないのちをいただいている。そのことを子どもたちに伝えなければいけない。社会全体が、最強度の努力で生きることを守らねばならない」と。

いわゆる健常者と言われる者は、障害を持って生きる方を、憐れみの眼で見てしまいます。私にも、そういう想いがありました。しかし、福島さんは言います。
「障害を持って生まれてきてよかったと言う人は、けっこういるんですよ。当人よりも、親がショックを受け、心配します。それは、障害を持っていてもいきいきと生きる者が多くいて、施設も制度もある。その情報量がかなり少ないことに問題があります。本当は幸せに生きられるのに、それを知らない。幸せに生きられるんだよということを、障害を持った方が子どもの時に伝えてあげたい」と。
その話を聞いて、柳澤さんは「頭の片隅に置いておいておかなければいけませんね」と頷き、福島さんは「心の真ん中に置いておくべきことです」と応えます。そのやりとりが印象的でした。

当事者として生きる
福島さんは視力と聴力を失い、そのような身になったからこそ、自分にしか伝えられないことがあると語られます。「障害について、健常者が著わしたものは多々ありますが、障害を持った人(当事者)が書いたものがない。当事者でないと書けないことがある。だから、私も研究をし、発表をしているのです」
柳澤さんも、31歳のときに発病し、やがて寝たきりになります。50年に亘る闘病生活の中で、50冊以上の本を著わされました。「文章を書くことが苦手だった私が、何冊も本を書いてきたのは、好きだったから」と語られています。
おふたりとも、自分だからこそ伝えられることがある、と語られます。当事者として。

自然と手が合わさる
当事者として、身を粉にして思索研究に努め、世の中に伝えていくなかで、人間の力を超えた大いなるもの・自然に対する畏敬の念を感じると語られます。
(福島さん)「私は、目も見えないし、耳も聞こえない。でも、太陽は、その日射しを受けて熱を感じることができます。」
(柳澤さん)「科学で証明できないものは、無いのではなくて、有るのかもしれないし無いのかもしれない。否定してしまってはいけない。私は神を信じていないけれど、いないとは思っていません。
人間の脳の中には、絶対に祈りの回路があると思うんです。
DNAの中に、本能として書き込まれているんです。」

共感し合い、敬い合う
柳澤さんの体調から察するに、あまり時間をかけたインタビューや対談は行なわないのではないでしょうか。でも、窓の外の日の動きを見ていると、かなりの時間を費やしているようでした。 にもかかわらず、柳澤さんも福島さんも、笑顔があふれています。柳澤さんは、血色が良くなっているようにも見えました。
話をしているうちに興味・感心が深まり、共感し合い、敬い合っているかのようでした。
自分を包む大いなる世界・自然に対する畏敬の念と、自分の内側に流れるいのちの歴史への感謝。それら二人の奥底にあるものが通じ合っているように感じられました。
いつ再放送されるか分かりませんが、その節はぜひご試聴(「視聴」の誤りです。申し訳ありません)ください!(番組の宣伝みたいですねcoldsweats01

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