西蓮寺掲示板のことば

2024年2月 5日 (月)

2024年2月のことば

2024年2月を迎えました。
能登半島地震発生からひと月が経ちました。被災地で身をもって活動されている方々、被災地とは離れた所で日々の生活の中で出来ることを実行に移している方々いらっしゃいます。何もできない苛立ちや焦りを感じている方もいることでしょう。すべては縁であり良い悪いの話ではありません。いろいろ書いていますが、私自身が悶々としているのでしょうね。
そんな中、1月の法話の折に私は「何ができるのか、何をしたらいいのかわからない状況にあって、僧侶として法話を続けること、教えを説き続けることが今できることだと思います」旨、話しました。
1月27・28日、真宗大谷派東京教区報恩講が勤まり、小川一乗先生よりご法話をいただきました。法話中先生は「能登は真宗の篤い地域です。親鸞聖人の教えに生きられたご門徒がたくさんいらっしゃいます。私は信じています。北陸の被災された方々は必ず立ち上がると」旨、語られました。「あぁそうだなぁ、先生にはかなわないなぁ(競っているわけではないけど)」と感じ入りました。教えに生きる人びとの姿を教えていただいた気がします。先生も私も胸のなかにある思いは一緒だと思うのですが、表に出てくることばの重さの違いを感じました。自分の思いや表現の浅さを真宗会館講堂の席で感じながらの聴聞でした。南無阿弥陀仏

2月に入って体調を崩し臥せっていました。ようやく体が動くようになりました。2月の寺報アップが遅くなってしまいました。申し訳ありません。おからだお大事に👋

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2024年2月のことば

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悲しいことに
善いことをしていると思うだけで
口が大きくなってひとを吞み込んでしまう
                平野 修

同じ現実を前にして
2024年1月1日、能登をはじめ北陸の地を大きな揺れが襲いました。被災された方々のために何かできることはないかと、多くの人びとが思い巡らしています。何をしたらいいのか、何ができるのか、今はじっと待つしかないのか…正解のない問題を与えられているかのようです。
このようなもどかしい時間のなかにいると、イライラから他者(ひと)を攻める方に気持ちが行ってしまいます。

余震も続くなか、責任ある地位の方が被災地を視察すれば「あなたが動けば大勢を引き連れて行くことになる。現場に迷惑をかけるだけだ」と叱責され、視察が遅ければ「無責任だ」と叩かれる。

炊き出しに出向けば「現地の状況もわかっていないのに、まだ早すぎる」と言われ、出足が遅いと「お腹を空かせて待っている人たちがいるのに」と言われる。

交通網の危険性が報じられているなか、情報収集に時間をかけていると「実際に行かなければわからない!」と尻を叩かれ、行けば行ったで「状況もわからぬなかで行っても、自身が身動き取れなくなって現地の方々に迷惑をかけてしまう」と怒られる。

新年会を催せば「不謹慎だ」と叱られ、控えれば「被災していない者は、経済を回すことが大事だ」などと理屈を言われる。

「それじゃ、いったいどうしたらいいのさ!」などと叫び出したくもなる・・・けれど、そういえば、同じ気温の中に身を置いていても「暑い」と言う人もいれば「寒い」と言う人もいる。同じボリュームで音楽を聴いていても「うるさい」と言う人もいれば「いい音楽だ」と言う人もいる。同じ光を浴びていても「まぶしい」と言う人もいれば「あったかいね」と言う人もいる。同じ現実を前にして、人と人とはまるで違う思いを抱く。同じ行為でも、自分がなすときは善行であり許される行為、他者が行なえば偽善であり許しがたい行為となりさえする。
叫び出すまでもなく、他者を呑み込みながら生きている世界を生きる私でした。

「これから」は「これまで」という今
復興に向けた「これから」を、多くの人びとが気にかけていることに違いはない。でも、「これから」のことは誰にもわからない。だからこそ不安にもなるし、迷うし、イライラもする。やがて他者にケチをつけ、ののしり、呑み込んでしまう。向いている方向は同じでも、食い違いが生じるフシギ。
「これから」にばかり目が向くけれど、「これまで」があっての今であることを忘れてはいないだろうか。

当たり前の有り難さ
大学箱根駅伝。1月2日、往路優勝を果たした青山学院大学の原晋監督は記者会見で語りました。

「一年間、このために頑張ってきた。学生にありがとうと言いたい。昨日の能登震災で開催できるか分からないなか、多くの被災に遭われている方がいるなか、箱根駅伝ができることに感謝している。魂の込もった頑張りだった」

「これから」どうなるかわからないなか、「これまで」のことが思い返されて出てきた実感のこもった言葉でした。
「これまで」が思い返される中で見えて来る「これから」があります。

大相撲初場所が行われました。大きな被害を受けた石川県穴水町出身の遠藤関は場所前のインタビューで語りました。

「いつものように元気な相撲を取って勇気づけられれば」

「いつものように」が、とても大切なこととして響いてきました。「いつものように」という言葉が出て来るのは、今までいただいてきた縁(応援・協力・支え)を実感しての言葉ではないでしょうか。

今、私があること。その事実がどれだけ有り難いことであったか。今まで当たり前のこととしてきた事柄が、いかに私を私たらしめていたことか。一人の存在の背景に、ひとつの出来事の舞台裏に、どれだけ多くの人びと(いのち)とのつながりがあることか。

「これから」を暗中模索するなか見えてくるのは「これまで」のこと。

「これまで」が見えたときに「これから」への確かな歩みが始まります。南無阿弥陀仏
(寺報の文章、以上)

平野 修(ひらの・おさむ)
1943~1995/石川県生まれ/真宗大谷派僧侶 
今月のことばの出典は不明ですが、かつて金沢の大谷派寺院を訪ねた際、本堂に掲示されていたものをメモしてきました。
(付記)
平野修さんは、住職(父)の、大谷大学での同級生でした。52歳で還浄されました。父と先生の関係を知らなかった私は、外出中に聞いてきた先生の訃報を、帰宅して(私からすると)“情報”として父に話しました。「平野修先生が亡くなられたらしいよ」と。すると、住職はとてもショックを受けていました。友の死ですから当然のことです。学生時代、常に大きなカバンを抱え数冊の本を持ち歩き、とても実直な方であったと、住職(父)は思い出話を聞かせてくれました。
ひとりの人の死を、“情報”として聞く・受け止める・語るのと、“事実”として聞く・受け止める・語るのでは、同じ現実であっても大きな違い(隔たり)があります。その“違い”自体は、関係性や縁によって生じることですから、良い悪いの話ではありません。しかし、起きている現実を“情報”として見聞きするのか、“事実”として見聞きするのか。その姿勢で、受け止め方や生き方は変わってくると思います。
そのようなことを、現在(いま)、思い返しながら実感しています。
24歳の時に平野先生の訃報に触れた私も、いつのまにか先生のその歳になっていました。これまでの生き方を振り返り、これからを想います
南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
ウサギの人形を並べました。掲示板を眺める女の子が「〇色の子が好き!」と指さしていました。
掲示板の人形を楽しみにしてくれる方々もいます。その反応が嬉しいです。
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2024年1月 1日 (月)

2024年1月のことば

2024年を迎えました
本年もよろしくお願いいたします
このブログを書いているさなか、石川県で震度7の地震がありました。揺れは東京でも感じるほどで、日本海側広域に大津波警報・津波警報が出されています。ご無事を念じるばかりです。

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2024年1月のことば

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龍樹大士 にいでて
 難行易行のみちおしえ
 流転輪回のわれらをば
 弘誓のふねにのせたまう
          親鸞聖人

龍樹大士世にいでて

(原文)
龍樹大士世にいでて
 難行易行のみちおしえ
 流転輪回のわれらをば
 弘誓のふねにのせたまう
   親鸞聖人「高僧和讃(龍樹讃)」

(試訳)
龍樹大士が世に現われて
難行道と易行道の教えを説かれました。
迷いの中を彷徨っている私たちを
阿弥陀如来は慈悲の大船に乗せ、水の道を渡るかのように導いてくださっています、と説き示してくださいました。

難行易行のみち
親鸞聖人が崇敬する七人の僧(七高僧)の第一師である龍樹大士(菩薩)。
龍樹大士は、西暦150年ごろから250年ごろにかけて、南インドで活躍されました。龍樹大士は、浄土真宗だけでなく、中国・日本の多くの仏教諸派において崇敬され、釈尊以後に世に表われた最高の師とされています。『中論』『大智度論』『十住毘婆沙論』など、貴重な著作を遺されました。
その『十住毘婆沙論』に「難行道」「易行道」という、南無阿弥陀仏の念仏と密接に関わる教えが説かれています。「難行道」「易行道」、つまり、仏道を歩むのに「困難な道」と「易しい道」との二つの道があるというのです。
「難行道」は、自分の力をたよりとして険しい陸路を進もうとする、厳しい修行の道をたとえられたもの。一方の「易行道」は、阿弥陀如来の「本願」という船に乗せてもらい、迷い惑いに満ちた世の中を安穏に浄土往生に導かれることをたとえたものです。「南無阿弥陀仏」の念仏を称えることを表わします。
龍樹大士は、難行の陸路は誰もが歩める道ではなく、易行の水道は皆と共に船に乗って渡ることで、誰もが歩める道であると説かれます。 
龍樹大士の「難行道」「易行道」の教えは、親鸞聖人にとって大切な教えとして 響きました。聖人は龍樹大士の教えを「正信偈」に次のように記されています。

(原文)

(書き下し)
難行の陸路、苦しきことを顕示して、
易行の水道、楽しきことを信楽せしむ。

(試訳)
龍樹大士は、難行の陸路は苦しみの小路であり、誰もが通れる道ではないことを明らかに示され、また、船に乗って水の道を渡ることは孤独ではなく共なるものがいるよろこびの道であることを私たちに伝え、易行の道を歩ませようとしてくださいました。

いつでも、どこでも、だれでも
「易行」というと「簡単な行」と解釈されがちです。「『南無阿弥陀仏』と口にするだけの行なんて簡単すぎる。そんな簡単なことで救われるわけがない」などといった声を聞くこともあります。
「易行」とは、「行い易い行」(おこないやすいぎょう)という意味ではありません。「いつでも、どこでも、だれでもできる行」という意味が内包されています。
龍樹大士も、親鸞聖人も、聖人の師である法然上人も、難行の陸路を歩まれました。極めるほど行に励んだ方々です。けれど、励めば励むほど、突き詰めれば突き詰めるほど、自分の能力の限界と、求めているものの大きさを感じられました。どれだけ厳しい修行をしても救いに到達できない焦り、この歩みでいいのだろうか? という迷いがありました。
修行に専念できる環境・境遇・立場に身を置く者でさえ迷い惑いから抜け出せないのに、いまを懸命に生き、修行をすることもできない人びとは、より仏の救いから遠ざかってしまう。誰もが救われる道があるにちがいない!
自身の救いを求めて始めた行が、いつの頃からか衆生(すべての生きとし生けるもの)の救いへと願いが転換していきました。衆生救済の道を求めるこころから、やがて阿弥陀仏の慈悲の心に触れるに至りました。私が求めるよりも前に、既に阿弥陀の大船に乗っている私でした、と。

難行と易行の道。それらが二股に分かれていて、どちらを選ぶか? という話ではありません。難行の路(みち)は、実は 易行の大道のなかにありました。人間の生活感覚では、困難を乗り越えて得たものに価値を見い出し、易く手に入るものは見下してしまいがちです。しかし、行において(生きるということにおいて)、「いつでも、どこでも、だれでも」手にすることができるという普遍性は、易くありながらとても有り難いものです。それが「南無阿弥陀仏」の念仏です。まだ阿弥陀に出遇(あ)えていない、まだ信じられないなどと思うかもしれませんが、既に阿弥陀の大船に乗っている私です。
南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
毎年一月は、十二支の人形を飾っています。
今年は辰年。毎年干支の動物にちなんで、「今年は昇り龍のごとく、上昇気流に乗る年になりますように」などと希望が語られます。そういう心持ちは大切ですが、平穏で安穏な生活が何よりも有り難いことに気付かされます。
南無阿弥陀仏

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2023年12月 2日 (土)

2023年12月のことば

2023年12月を迎えました。
文章を書いているあいだにも、争いは続き人びとのいのちが奪われていきます。
映像で見る現実に悲しみが湧くばかりです。ブラウン管の向こう(なんて今は言わないか。「ディスプレイの向こう」でしょうか)とこちら、現実の距離の隔たりはありますが、同じ大地 同じ時間を生きる人と人とがいのちを奪い奪われしています。この現実を忘れずに生きていきます。
今年もありがとうございます。南無阿弥陀仏

 🐰 🐰 🐰

2023年12月のことば

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人間は、
自分の思い通りにならないといって悩み
自分の思い通りにしようとして苦しむ

今年を振り返って
今年一年を振り返り、今月掲示したことばを想いました。悩み苦しみの正体は、自分自身の“思い”であると。
昨今、「承認欲求」という言葉を耳にするようになりました。自分の頑張りを、自分の存在を認めてほしい。そのような願いであり叫びです。一方、人間関係を鬱陶しく思う時代だとも言われています。他者(ひと)との関係を煩わしく思い、でありながら他者から認められたいとも思う。複雑な思いが溢れています。
また、何か事件を起こした人が「有名になりたかったから」と、理由を語るのを耳にすることもあります。有名になりたい、多くの人に知られたい。それが故に事件を起こす。他者に知られたいのに、他者を傷つける。これもまた複雑な混沌とした感情の表われです。
「承認欲求」「有名になりたい」…これら現代(「現代日本」と書くべきなのか)を表すような欲求は、他者から認められたいという思いでもあるけれど、自分で自分が認められないことの表われでもあるように感じます。
他者から認められれば誉めてもらえれば、それは嬉しいしホッとするし心の支えにもなります。けれど、自分で自分を誉めて(認めて)あげることも、とても大切なことだと意識しています。

ハラスメントが巷に溢れているのも現代の特徴です。ではなく、ハラスメント自体はずっとあったのです。「ハラスメント」という意味付けがされて可視化されてきたので、溢れ出て来たかのような印象を受けるのでしょう。
セクハラ・パワハラ・カスハラ等々…ハラハラなるものもあるとか(他人から受けた行為を不快に感じた際、「ハラスメントだ!」と過剰に反応・主張することを言うそうです)。
ハラスメントは、自分の優位性を保とうとして、他者に知らしめようとして表出する行為・態度ですから、ハラスメントを行うことで自分自身の存在を確かめているのかもしれません。鬱屈した形での  自己表現・自己確認・自己承認です。

存在の感覚の希薄さ
現代の人間像を見つめていると、自分の存在を自らが見失っている姿が浮かび上がってきます。存在の感覚の希薄さ、居場所のなさが他者への攻撃という形で表われてしまっています。
現代、「宗教が無くても生きていける」ということが当然の如く語られます(そのように言われても仕方のない行いを、宗教者・宗教を名乗る団体自身がしている事実もあるのですが)。けれど、少なくとも、この寺報を手に取っていただいた方、親鸞聖人の教えに触れた方にとっては、宗教がいかに必要か、否、宗教(教え)あってこそ私があるということを感じられていることと思います。
阿弥陀如来は、衆生(【しゅじょう】すべての生きとし生けるもの)の救済を誓い願われました。阿弥陀如来は、「私の名を呼んで欲しい(「南無阿弥陀仏」の念仏を称えてほしい)」と、呼びかけられました。阿弥陀如来の救済の対象は、生きとし生けるものすべてです。漏れる者はありません。念仏は、阿弥陀如来から私への呼びかけです。阿弥陀如来からの呼びかけがあるからこそ、私は「南無阿弥陀仏」と念仏を称えることができます。念仏の声は、私の存在が認められている証なのです。どのような状況・環境・境遇であれ、「南無阿弥陀仏」と念仏申すそのときその場が、私の存在の証、私が居ていい場であることの証となります。

他者からの承認を求めずとも、待たずとも既に阿弥陀から承認されています。

有名になりたいと思うよりも前に、既に名が有ります(誰もが「南無阿弥陀仏」の名号をいただいています)。

自己の優位性を鬱屈した形で表現する必要もありません(生きとし生けるもの皆、いのちを生まれ生き滅していく平等性をいただいているのですから)。

人間 ひととむまるるをいふ
今月のことばを紡ぐとき、初めは「人は、」と書いたのですが、「人間は、」に書き改めました。
「人」は単体です。他者との関係性を持ちません。ということは、「人」だけでは悩みも苦しみも生まれません。「人間」は、関係性を生き合っている者を表現しています。「人」としていのちたまわるとき、「人間」として関係性もいただいています。だからこそ悩みも苦しみも生まれます。悩みや苦しみは否定すべきことではありません。生きている証であり、関係性を生きてある私の証明です。
今月のことばは、人間存在を揶揄したわけではなく、人間讃歌のつもりで紡ぎました。

去る11月、本山真宗本廟報恩講に奉仕団として参拝してきました。施設の「同朋会館」の廊下に掲示されていた伊藤元先生のことばが目に留まりました。

迷ったことのない者に
  覚めるということはない

南無阿弥陀仏

 🐰 🐰 🐰

掲示板の人形
お寺の近所に、施設に預けられて育てられている子どもたちのためにサンタの人形を作っている方がいます。
「お寺さんにサンタの人形はおかしいかもしれないけど、よろしかったら掲示板に飾ってください」と、毎年いただいています。
いつもありがとうございます。年末の楽しみです。
サンタさんと、お地蔵さん・ウサギ・フクロウの人形と一緒に飾りました。賑やかになりました(^-^)

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2023年11月 1日 (水)

2023年11月のことば

11月を迎えました。カレンダー、1ヵ月綴りのものは残り2枚、2ヵ月綴りのものだと残り1枚になってしまいました。
11月21日~28日に本山(東本願寺)報恩講が勤まります。大谷派の寺院の多くは10月から12月頃に報恩講が勤まります。西蓮寺では、毎年11月5日に報恩講をお勤めしています。今年は4年ぶりに海法龍先生にご出講いただき、ご法話いただきます。
2023年はいろいろなことがコロナ以前に戻って来た年となりました。しかし、恐ろしいほどにコロナ下の出来事を忘れてしまってもいます。マスクや消毒薬の奪い合いをしたこと、コロナ罹患・発症者が人間ではないかのような目で見たことなど。「そういえばそんなときもあったね」なんて言われると、コロナ“禍”とは、コロナ流行の真っ只中をいうのではなく、過ぎた後の事をいうのかもしれないなぁと思いました。自分のしたことを忘れずに👋

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2023年11月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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報恩
 一生を尽くしても返せないほど
 大きな恩をいただいていることを報(し)

報恩講(ほうおんこう)
2023年も11月を迎えました。
本山 真宗本廟(東本願寺)では、宗祖親鸞聖人の「法要」である報恩講を毎年11月21日~28日にお勤めしています。
(親鸞聖人のご命日は11月28日です)
聖人よりいただいた仏法聴聞のご縁の場として、真宗門徒は報恩講を大切にお勤めしてきました。

追善(ついぜん)と報恩(ほうおん)
仏教寺院では、先往く方の供養として法要が営まれます。「法要」「法事」とは、こんにち一般的には、「亡くなった人の冥福を祈り、僧侶に読経供養をお願いすること」を言うようです(いくつかの辞典をめくってみましたが、概ねそのようなことが書いてあります)。
現代人の意識・感覚として、「遺された者(生きている者)が、先往く方(亡き人)のために勤めること」が「法要」「法事」であるようです。
このように、遺された者が先往く方のために勤める法要を「追善の法要」と言います。法事を勤める行為を善因とするならば、その結果得られる善果を、法事を施した者ではなく先往く方に向けてもらうことを期して勤めることを「追善」と言います。先往く方のことを想い慕っての供養のようですが、生きている私本位な供養でもあります。

宗派によって教義や慣習に違いがあるので「追善の法要」に異を唱えようというのではありません。「南無阿弥陀仏」をよりどころとする、念仏の教えをいただいている人びとのあいだでも「追善の法要」が当然のこととして行われてきた歴史があるのですから(現代もかもしれませんが)。
平安の昔、念仏の教えをいただいた者の間で誓約を交わしました。誓約の内容は、いのち終えた後に浄土に往生したならば、その者は誓約を交わした仲間を浄土に引きいれると約束したものでした。
仲間の誰かがついにいのち終えんというとき、その人の死に様を見届けました。その際、亡き人が浄土へ往生できなかったと判断された場合、遺された者たちは、浄土に往生できなかった者のために追善の法要を勤めました。
「浄土へ往生できますように。そして、浄土へ往生されたならば、私がいのち終えるときには浄土へ導いてください」との願いを込めて。
このような「追善の法要」が、長きに亘り勤められてきました。さて、なにをもって浄土へ往生したか否かを判断したのでしょう?

鎌倉の時代(とき)を迎えるころ、法然上人が念仏の教えを説かれました。平安の昔から勤められてきた「追善の法要」に対し、法然上人はお弟子さんたちに遺言します。
「自分が亡くなった後、追善の法要など勤めないように。報恩としての法要、念仏が相続していくための仏事を勤めてほしい」と。
法然上人が遺言されたとはいえ、長きに亘り勤められてきた慣習・意識での法要がすぐに変わったわけではありません。法然上人に対し「浄土に往生できなかった」などと判断することはなかったでしょうから、「法然上人!どうか浄土より私を迎え入れてください!」と期する者が大勢いたのではないでしょうか。
法然上人の弟子のなかに、聖覚(せいかく)法印という方がいました。「この方こそ法然上人の教えをきちんと受け止めている方である」と、親鸞聖人が敬いの気持ちをもたれていた兄弟子です。
聖覚法印は、法然上人亡き後の六七日(むなのか)の法要の際に導師を務め、自ら書き記した「法然上人御仏事表白文」を読まれました。その表白に、

倩思教授恩徳
(つらつらきょうじゅのおんどくをおもうに)
実等弥陀悲願者
(まことにみだひがんにひとしきもの)

法然上人からいただいた恩徳は、阿弥陀如来の慈悲心に等しいものであると綴り、

粉骨可報之摧身可謝之
(ほねをこにしてこれをほうずべし、
みをくだいてこれをしゃすべし)

上人からいただいた恩徳の大きさは、「骨を粉にするほどに報じても、身をくだくほどに感謝しても、尽くしきれるものではない」と、いただいたご恩の重さ大きさ大切さを述懐されています。

恩徳讃(おんどくさん)
尊敬する兄弟子 聖覚法印が述懐された「粉骨可報之摧身可謝之」の言葉を受け、親鸞聖人は「恩徳讃」を詠まれたと伝わります。

如来大悲の恩徳は
 身を粉にしても報ずべし 
 師主知識の恩徳も
 ほねをくだきても謝すべし

「報恩の法要」を、法然上人も聖覚法印も親鸞聖人も大切にされました。
法要・法事の場では、先往く方からいただいたご恩のことを思い返しますが、法然上人は「私が教えを説いた恩を忘れるな」などと遺言したかったわけではありません。また、聖覚法印や親鸞聖人が受け止めた法然上人からいただいた恩とは、念仏の教えを私にまで届けてくださった一点です。
いただいた恩とは、阿弥陀如来からいただいている大慈悲心。つまり「南無阿弥陀仏」の念仏のことをいいます。
「報恩」を「恩に報(むく)いる」と読んだ場合、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えることが、恩に報いる生き方だと思うのです。
また、「報恩」は「恩を報(し)る」とも読めます。いただいている恩を報るためには仏法聴聞が欠かせません。真宗寺院の法要の場では、法話の時間を大切にします。「報恩講」は、仏法聴聞が要です。大きなご恩、お育てをいただいてある私であることを報らせていただきます。
南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
報恩講 真宗本廟には多くの人が集まります。その場、人びとの姿・想いに敬意を表し、親鸞聖人とその周りに集う人びとの光景を想像し、小さい人形をたくさん飾りました。
報恩講参詣が楽しみです(今年は21日しかお参りできないのですが)
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2023年10月 1日 (日)

2023年10月のことば

秋のお彼岸も、暑い日々でした。10月の声を聞き、ようやく楽な気候になってきました。
夏の疲れで、涼しくなってきて体調を壊しやすい時期です。コロナのみならずインフルエンザも流行しています。お気を付けてお過ごしください。
秋彼岸も過ぎ、報恩講シーズンに突入します。わくわくしますね。仏法聴聞の機会が多くなる時期です。仏法聴聞は、私が生まれ生きている相(すがた)をたずねることでもあります。報恩講のお誘いがあったら、ぜひご参拝ください。本山(東本願寺)の報恩講に身を置くこともお勧めです🌟

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2023年10月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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人間の要請に応える宗教と
人間そのものを明らかにする宗教との峻別が明瞭にならないと
宗教が曖昧になる
       廣瀬 杲

縁起の道理
「宗教」というと、無病息災・除災招福など災いを取り除き幸福を招くことを期するものと思われてはいないでしょうか。素直な気持ちだと思います。お釈迦さまの出家の動機も、生老病死するいのちへの恐れや不安を抱き、それらの執着を取り除き、世の人びとに平穏をもたらそうと考えたことでした。
ゴータマ・シッダールタ(お釈迦さまがさとりをひらく前の名前)は、身を削る厳しい修行を経て、身を削るだけの修行ではさとりには到達しないこと、苦行は誰もがなし得ることではないことをさとりました。そして、この世のすべての事柄・物事は縁によって起こると、「縁起の道理」を説かれました。いのちを賜ることも、老い、病み、死を迎えることも縁。自分で思い立ち物事をなしてきたつもり、なそうとしているつもりでも、縁のもよおしがあることを説かれました。また、「一切皆苦」とも説かれました。
宗教に触れる出発点は、除災招福や、不安を取り除くことの希求かもしれません。けれど、縁に生きるいのちにとって大切なことは本当に大切なもの、本尊との出遇いです。本尊との出遇いによって、人間そのものが、曖昧に生きている私自身が明らかになってきます。

南無阿弥陀仏
浄土真宗の本尊「南無阿弥陀仏」。
「南無阿弥陀仏」の「阿弥陀」は、「無量寿」「無量光」を表します。

【無量寿(むりょうじゅ)】
はかり知れない、連綿と続くいのちのつながり。私の誕生を想ってみても、そこには無数のいのちのつながりがあります。例えるならば「縦糸」のようなもの。

【無量光(むりょうこう)】
はかり知れない広がり。私が生きる只今このとき、どれだけのいのちが共に生を尽くしていることでしょう。たとえ直接会うことはなくても、あの人が居るからこそ私がいて、私がいるからこそあの人がいる。例えるならば「横糸」のようなもの。

「無量寿」「無量光」という「縦糸」と「横糸」の交差する一点一点が私であり、あなたです。縦糸と横糸の織りなすいのちの織物の模様こそ、縁に生きている姿であると想像します。私一人の思いで何かをなせるわけではなく、かといって何もできないというわけではなくて…。我が身に起きる出来事は、私ひとりに響いていることではなく、多くの人びとと共に響いている出来事です。私が悲しい思いをしているとき、たとえ周囲にさとられないように繕っていても、私の悲しさに気づいてくれる人がいます。また、私が気づくことだってある。気づいたら、それだけでは終われない。行動に移すということはなくても(行動に移せなくても)、悲しさのなかに身を置く人の存在が、私のなかに刻み込まれます。共鳴しながら共存しています。喜怒哀楽さまざまな出来事は、他者のなかで私の存在証明となっています。そのような、いのちの織物の模様、縁に結ばれてある姿、人間そのものを、お釈迦さまは「一切皆苦」と表現されたのです。

親鸞聖人のつねのおおせ

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり        
(『歎異抄』後序より)

(試訳)阿弥陀如来が、五劫という長い時間をかけて思惟して発起してくださった、生きとし生けるものすべてを救いたいという願い。その願いに込められた阿弥陀如来のおこころをよくよく考えてみると、ひとえに私親鸞一人のためのものであったのだなぁ(試訳以上)

「五劫」とは、長い長い時間を意味します。一辺が40里(約160㎞)の立方体の岩があったとします。そこに、100年に一度、天女が舞い降りてきて羽衣で岩を撫でてゆきます。その摩擦で岩がすり減り無くなってしまっても、それでもまだ「劫」に満ちません。「五劫」とは、その五倍以上の長さということになります。
それほどの時間をかけて阿弥陀如来は思惟されて「生きとし生けるものを救う!!!」という誓願を建てられました。
数えきれないほどの罪業を背負っている人間の救済に踏み切るのにそれだけの時間を要しました、ということではありません。私は思います。阿弥陀如来は、すべての生きとし生けるものの生涯をご覧になったのだと。縦糸と横糸で編まれた織物のすべてを、「一切皆苦」を生きるいのちの姿を見届けたのだと。そのうえで重い腰を上げられたというのではなく、だからこそ救済に立ち上がられたのです。仏教において「時間の長さ」は、「慈悲の深さ」を表してもいます。

 絶望なんかできないんです
阿弥陀如来の眼には、人間そのものの姿がハッキリと映っていたのです。ということは、阿弥陀如来の誓願を説く教えの内容は、人間そのものの姿を明らかにされたものなのです。

親鸞聖人が「親鸞一人がためなりけり」と語られているのは、「大勢の中で私一人だけのことを救ってくれるんだ!」という意味ではなく、「この私自身こそ、阿弥陀如来に五劫もの間思惟させてしまった生き方をしている者なのだ」という、自覚のことばです。

人間が明らかにされるとは絶望すら覚える厳しいことなのかもしれません。けれど、「絶望」というと、廣瀬杲先生(19242011 真宗大谷派僧侶)の教えを思い出します。

「人間ね、絶望できれば楽なんですよ。でも、絶望なんかできないんです。まだ希望を持ち続けているんです」

「一切皆苦」だからといって絶望の人生というわけではありません。私たちは、生きとし生けるものを救うという、阿弥陀如来の誓願に照らし出されています。誓願という光があるからこそ、希望を持ち続けられるのです。
南無阿弥陀仏

 🍡 🍡 🍡

掲示板の人形
秋の訪れ といっても、瞬く間に寒くなっていくのでしょう
日の暮れるのも早くなりました
あれだけ暑かった夏の記憶も薄れ、冬の寒さに身を置きます
秋を感じる人形をいくつか並べました
秋の味覚が楽しみです

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2023年9月 1日 (金)

2023年9月のことば

1923年9月1日11:58 「関東大震災」発生
死者・行方不明者は推定で10万5,000人。
本日2023年9月1日「関東大震災」から100年を迎える。
科学・医療・文明等々は進化・発展を遂げても、災害を受けた際の脆弱さや人間の弱さはいつの世も変わらない。
亡き人びとがいたからこその道を私たちは現代(いま)歩んでいる。南無阿弥陀仏

 🐰 🐰 🐰

2023年9月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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もし、親、祖先の合わせた手がなかったならば、
どうして私の手が合わされましょうか。
          正親含英(おおぎ・がんえい)

手を合わせる想い
2023年も秋彼岸を迎えるころとなりました。お彼岸には、多くの方がお墓参りにみえます。
無数の縁をいただいて人として生を受け、数えきれないほどの人と出会いました。出会いがあれば別れもあります。特に死別はつらく淋しいものです。親、祖先、子ども、友人、お世話になった方・・・先往く人のことを想いながら手を合わせられることと思います。

もし、なかったならば、
さて、私の思いはからいで物事をなしているという感覚が身に沁みついていますから、手を合わせるということも、私が先往く人のことを想うからできていることだと思いがちです。先往く人のことを想う気持ちあるからこそ手を合わせられる、と。けれど、私の手が合わさるためには、それに先立つ大きなはたらきがあるのです。
正親含英先生(18951969 真宗大谷派僧侶)は、このように語られています。

もし、親、祖先の合わせた手がなかったならば、どうして私の手が合わされましょうか。
先立った人の念仏がなかったならば、私どもの口からどうして念仏の声が  もれ出ることがありましょうか。
『浄土真宗』(法蔵館)

手を合わせることも、「南無阿弥陀仏」と念仏の声がもれ出ることも、親、祖先、先立った人の姿があるからこそ、私へと伝わっているのです。

回向(えこう)
「回向」という言葉があります。一般的に、「私のなしたことを亡き人に差し向けること」と理解されています。

今はもういない「あなた」が、生きていたならば成し得ていたはずの善い行いを、のこされた「わたし」が代わりに行います(たとえば、僧侶に読経・法事を頼むこと、施しや寄付行為をすること、公共の場を掃除をすること…)。その善い行いによって得られる善い果を、「わたし」ではなく「あなた」へと向けてください。

このような気持ちで行う行為を「回向する」と、こんにち使われています。あらためて文字で書かれると、なんだか横柄だな、マウント取ってるみたいだな、そんな気持ちはないんだけどな・・・などと思われるのではないでしょうか。
「回向」とは、文字通り「回ってくる」ということ。この「わたし」に向かって。つまり、手を合わせることも、お念仏申すことも「回向」されたもの、たまわったものなのです。仏と成られた先往く人から。先往く人は諸仏となられ、「わたし」に手を合わせる縁を、念仏申す縁を、 教えに出会う縁を回(めぐ)り向けてくださいました。
このように言うと、「いやいや、親は、祖先は、先往く人は、それほど信心深い人ではありませんでした。宗教に関心のある人ではありませんでした。人として決して誉められた人ではありませんでした」などと不審に思われる方もいるかもしれません。
肝心な話です。生前の行いや生き方によって仏になれたりなれなかったりするわけではありません。親鸞聖人は説かれます。衆生(生きとし生けるもの)は、阿弥陀如来の慈悲のこころに摂(おさ)め取られて阿弥陀と一味となる、と。

私はイメージします。
地球上の広々とした海に、無数の波が表われ出ます。波として表われては海へと戻り、表われては海へと戻りします。生きとし生けるものも、それぞれの姿形で表れ出でて、個のいのち終えるときに大きな「いのち」へと還ります。
波には、海岸で人びとの足元をくすぐるさざ波もあれば、あらゆるいのちや建造物を飲み込む津波もあります。人もまた、人びとのこころに感動を与える生き方をする人もいれば、いのちを奪う、傷つける人もいます。さざ波も津波も「波」ならば、人を元気づける生き方をする人も殺める生き方をする人も「人」です。
(以上、私のイメージ世界です)

「わたし」が手を合わせているときに思い出している「あなた」の姿は、在りし日の姿のまま浄土で暮らしてはいませんか? でも、大切な「あなた」が在りし日の姿のままであるならば、憎い奴もまた在りし日の姿のままなのではないでしょうか。いのちは、在りし日の姿のままで浄土にいるわけではありません。大きないのち、阿弥陀へと還って一味となります。そして、「南無阿弥陀仏」となって「わたし」へと還ってきているのです。

世々生々の父母兄弟なり
親鸞は父母の孝養のためとて、一返にても念仏もうしたること、 いまだそうらわず。そのゆえは、一切の有情は、みな もって世々生々の父母兄弟なり。
(『歎異抄』第五条)

親鸞聖人は語られます。「私親鸞は、父母の供養のためというつもりで、一返たりとも念仏を称えたことは、いまだ ありません。その故は、一切の生きとし生けるものは、みなもって生まれかわり生きかわりします。そのいのちの縁からすると、いつの世にか父母兄弟の関係であったに違いないわけですから」と。

念仏を、親の、祖先の供養のために「わたし」がなすものと思っている限り、「わたし」へと続いているいのちの元をたずねるということはありません。供養をしているという、自己満足の念仏になってしまいます。「あなた」「わたし」と、いのちを別々のものとして考えていたけれど、いのちの元をたずねてみると、実はつながりをもった一味でした! 広大な海へと戻る波のように、「あなた」も「わたし」も、阿弥陀と一味のいのちです。一味である、つながっているからこそ、先往く人の合わせた手が、念仏が、私へと伝わってきています。私の手が合わさるのも、私の口から念仏の声が出るのも、先往く人を縁として阿弥陀よりたまわったものでした。南無阿弥陀仏

 🐰 🐰 🐰

掲示板の人形
ウサギの人形をいくつか。
本年2023年の「十五夜」は9月29日(金)だそうです。
その頃には暑さやわらいでいるといいですね。

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2023年8月 4日 (金)

2023年8月のことば

厳しい暑さが続きます。ご無事でいらっしゃいますか。
7月中、暑さは感じながらも、「これくらいなら大丈夫」と、境内の掃除をしていました。からだは動いたので、法務のないときは、掃き掃除・拭き掃除・剪定作業・枯れた墓地花の回収等々、楽しくしていました。ら、7月末、突然からだが動かなくなりました。いや、しんどかったです。からだもしんどかったけど、この8月号の寺報もできてなかったので、完成させたいでもできないの焦りがありました。
動ける!と思っても、からだに熱や疲れが蓄積されているのでしょうね。とりあえず今は落ち着いて、無事寺報もできたし、ホッとしているところですが、また同じことを繰り返しかねないので、8月はからだを労わりながら仕事をしたいと思います。
あなたもお気をつけて👋 楽しい夏にしましょう♪

 🌕 🌕 🌕

2023年8月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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無明(むみょう)長夜(じょうや)の燈炬(とうこ)なり
智眼(ちげん)くらしとかなしむな
                親鸞聖人

無明長夜の燈炬なり
今月のことばは、親鸞聖人が書かれた「正像末和讃(しょうぞうまつわさん)」のうちのひとつ。その前半部分です。全文を紹介します。

無明長夜燈炬なり
 智眼くらしとかなしむな
 生死大海(しょうじ だいかい)の船筏(せんばつ)なり
 罪障(ざいしょう)おもしとなげかざれ
             親鸞聖人「正像末和讃」

(試訳)
阿弥陀如来の慈悲心は、
煩悩に覆われて先の見えない暗闇を、悲しみを生きている私にとって灯(ともしび)のようなものです。
私自身に周囲を見渡す、先を見通す力がなく、私は阿弥陀に救われるに値しない者だ、如来の救済の眼中にない者だなどと悲しむことはありません。
阿弥陀如来の慈悲心は、
大海のように広く深く際限のない悩み苦しみを生きる人間にとって、船や筏(いかだ)のようなものです。
人の世の淋しさ悲しさというものに、この私自身も無関係であるとは言い切れないものです。しかし、その罪の重さを嘆くことはありません。
すべての生きとし生けるもののために灯となり、船や筏となってくださっている阿弥陀の慈悲心です。私の歩む道は、阿弥陀如来と共にあるのですから。

念仏を称えると、どうなるの?
「念仏を称えると、どうなるの?」という質問をいただくことがあります。その質問は、「称えた結果、何を得られるの?(どのような救いがあるの?)」という問いかけ、つまり、これから先のことを念仏に期待してのことでしょう。
私は思います。親鸞聖人の教えは「これから先」のことを説かれているのではなく、「今あること」を明らかにしてくださっているのだと。

法蔵菩薩(ほうぞう・ぼさつ)の物語
法然上人や親鸞聖人が大切にされた『仏説無量寿経』では、釈尊が弟子の阿難尊者に「法蔵菩薩」について語られています。

遠い遠い昔、世自在王仏という仏がおられました。世自在王仏の教えを聴聞し、喜びの心を持たれた国王がいました。そして、「私も世自在王仏のように、世の人びとを悩みや苦しみから救いたい」と誓いを起こすようになりました。国王は、国を棄(す)て、王位を捨てて、世自在王仏のもとで修行者となり、「法蔵菩薩」と名告(なの)られました。
法蔵菩薩は、五劫という永い時間をかけて思惟し、浄土を実現するための四十八の願を立てられました。そして、「私の願い立てた浄土に、すべての生きとし生けるものが往生できないのであれば、私は仏とは成らない」と誓われたのです。
阿難尊者は釈尊に尋ねます。「法蔵菩薩は、仏に成られたのでしょうか? それとも、まだ仏とは成っていないのでしょうか?」
釈尊は答えます。「もうすでに仏に成っています。いま現に、西方の安楽 浄土におられます」と。

法蔵菩薩のときに立てられた四十八の願が成就し、阿弥陀仏(如来)と成られているのです。もし法蔵菩薩の願いが成就していないのであれば、「法蔵菩薩」が「阿弥陀仏」に成るということはわかりようがありません。ということは、今私たちが手を合わせるときに向き合う御本尊阿弥陀如来も、名号・絵像・木像の形をとりようがありません。つまり、よりどころのない人生を、人は歩むしかなかったのです。けれど、今、私たちは御本尊に向かい手を合わせ、「南無阿弥陀仏」と念仏申す生活をしています。今、私があるということは、法蔵菩薩の願いが成就している、今現に救われていることの証です。

「念仏を称えると、どうなるの?」という問いかけは、「助けてほしい」「救ってほしい」という願いの叫び声です。今、私が抱えている淋しさが、悲しさが、苦しさが無くなってほしい‼ 私もそう思うことはあります。親鸞聖人もそのように思うことはあったでしょう。けれど、その思いに埋め尽くされたこころが、無明長夜を作り出し、生死大海に溺れる私となっているのです。聖人は、そのことに気付いたのです。聖人は、阿弥陀如来の慈悲心が、悩み苦しみを無くしてくれるとは言いません。灯によって明るくなっても、暗闇のなかにいる事実に変わりありません。船筏に乗っていても、迷いの大海はそのままです。というより、大海があるからこそ船筏は浮かびます(悩み苦しみ、淋しさ悲しさの自覚があるからこそ、阿弥陀の慈悲心がハッキリします)。
私が「今あること」が明らかになったとき、阿弥陀と共にある私がハッキリします。聖人の「かなしむな」「なげかざれ」の呼びかけは、「しなくていい」と言っているのではなく、かなしむ私、なげく私と共に阿弥陀があることを教え伝えています。聖人がそのように呼びかけることができたのは、聖人自身がかなしみ、なげいた経験があり、その経験を通して念仏に出遇ったからです。
「南無阿弥陀仏」と手が合わさるときに感じる温もりは、独りではないことの証です。南無阿弥陀仏

 🚢 🚢 🚢

掲示板の人形
船に乗るペンギン🐧たちとガラス細工のエンゼルフィッシュ🐟

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2023年7月 2日 (日)

2023年7月のことば

7月、2023年も折り返し。デスクには2ヵ月で1枚の作りのカレンダーが掲げてあるのですが、次にこのカレンダーをめくると(7・8月の紙を破ると)、2023年も残り4か月ということになります(当たり前のこと言ってるけど)。9月は秋彼岸、10月から報恩講が始まって11月はしっかり報恩講シーズン、12月は師走でやることいっぱい。9月に入ると坂道を駆け降りるかのように日が過ぎてゆきます。そんなことを考える時期になったんだなぁと、5・6月のカレンダーを破いた瞬間に思いました。まだ半年残っているのですが。
暑くなりましたね。体調整えていきましょう!(ここ3日間、1日3時間睡眠なんだけど。絶対やめた方がいい。)

 🦒 🐒 🦁

2023年7月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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新しいものも
古いものも、
一緒なんだよ。
ずーっと一本で
つながっているから
     柚木沙弥郎

大きな循環のなかにある
今日から明日、明日から明後日と、一日一日の時の経過のなかで変化を感じることは少ない。けれど、今日から昨日、昨日から一昨日を振り返ったとき、変化や移ろいを感じることがある。
一刻一刻、一日一日の変化の大きさは目立たないけれど、ひと月ひと月、一年一年の時の経過は、変化や移ろいに歓喜や落胆をもたらす。
進化ともいい退化ともいう。発展ともいい衰退ともいう。成長ともいい老化ともいう。栄枯盛衰の景色は淋しさ 切なさ 悲しさを醸し出す。けれど、古いものがあるからこそ新しいものが生まれ、新しいものによって古いものの意味が明らかになることがある。
新しいものは、やがて古くなるときを迎える。古いものは、ときに輝きを発するときが来る。新しいものも古いものも、ひとつのつながりのなかにあり、大きな循環のなかにある。ずーっと一本でつながっている。

喉元過ぎれば
2023年に入り、新型コロナウイルスに対する規制が排除撤廃軽減され始めました。3月13日からマスクの着用が個人の判断に委ねられるようになりました(元々委ねられているのですけれど)。そして5月8日から新型コロナウイルス感染症の法律上の位置づけが「2類相当」から「5類」へと変わり、季節性インフルエンザと同じ分類になりました
街並みや飲食店の賑わい、海外からの旅行者による需要もコロナ以前の状況に戻りつつあるといいます。
また、学校や職場や会食の場を同じくした人がコロナに罹患発症した際も、「かかりました」とサラッと伝えられる雰囲気になりました(私の周囲だけでしょうか)。
気兼ねなく人の集まれる機会が増えてきてよかったなぁと実感します(活動自粛期間中の静寂も好きだったのですが)。反面、喉元過ぎれば熱さを忘れるにならなければいいけれどとも思います。

温故知新
思い返すに、活動自粛の始まったころ、2020年6月、西蓮寺掲示板に次のことばを掲示しました。

温故知新

 今を忘れないから、(ふる)きを温(たず)ねられる。

「コロナに罹患発症してもサラッと伝えられる雰囲気になりました」と書きましたが、未知のウイルスが感染拡大し始めた頃のことを覚えていますか? 罹患した人は、まるで人間ではないかのような扱いを受けました。住む家を追われた人、死に追い詰められた人もいました。人間、未知の状況に身を置くと、かくも残酷になれるものなのだと学びました。
いかなる病気であれ罹患すること自体つらくてしんどくて淋しいことです。それだけでも大変なのに、病気に対する無知や誤解、「自分は罹患したくない」という思いが差別や暴力を生み、罹患して苦しんでいる人をさらに追い詰めました。未知は恐怖を生み、無知は差別や暴力を生みます。

「温故知新」とは、「古いことを調べたり考えたりして、新しい知見を得ること」を意味しますが、「今」自分の立っているところ、自分のしていることなど、現実を直視することなく故きを温ねることなどできるでしょうか。「以前の状況に戻ってよかったね」で終わってしまうならば、「今」から得られる新しいものは生まれないかもしれません。
「今」という時を忘れる無視するということは、ずーっと一本でつながっている古いものと新しいものとを分断することになります。古いものと新しいものとの接点は、常に「今」「今」「今」なのに。

もっと日常に目を向けて
今月の「掲示板のことば」は、染色家の柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)さんのことばです。
1922年(大正11年)東京田端生まれ。100歳。
柳宗悦氏の「民藝」の思想と芹沢銈介氏の型染カレンダーに出会い感銘を受け、染色の道に進まれました。型染による染布、染絵など多くの作品を制作し、染色のほか絵本や版画、立体作品にも取り組まれています。

柚木さんのことばをもうひとつ。

今の時代は特に変化するエネルギーがある社会だと思うんだ。それは 毎日の生活、日常の中にもたくさん満ちている。普通に平和に暮らしていた人たちの周りにも、今回のウイルスのようなものがやってきた。でも、これまでどの時代でもそういうことはたくさんあった。もっと日常に目を向けて、暮らしの中で何を大切にしていくか、自分で考えなければいけない。表面的な豊かさに溺れず、個人個人がエポックを画する時代と、楽しみながらきちんと向き合わなければいけないと思いますよ
(『柚木沙弥郎のことば』グラフィック社発行)

(※【エポックを画する】今までにない画期的な出来事により、時代に区切りがつくこと。)

自分で考えること、時代ときちんと向き合うことが語られています。「今」を忘れないことに通じることと思います。

 🦒 🐒 🦁

掲示板の人形
白磁制のキリン🦒とサル🐒とライオン🦁の人形を飾っています。
見た目涼し気かなぁと思って。
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2023年6月 1日 (木)

2023年6月のことば

6月です。早くも台風の情報が流れています。暖かくなると身体は動かしやすくなりますが、気温が上がってくると天候の変化も激しさを増します。無事を念じるばかりです。

 🐸 🐸 🐸

2023年6月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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人間
ひととむまるるをいふ
(人と生まるるをいう)
        親鸞聖人

ひととむまるるをいふ
親鸞聖人は、著作や書写された文章に出てくる語句の意味を熟考して注釈を記されました。語句の左側に綴られたので「左訓(さくん)」や 「左仮名(ひだりがな)」と呼ばれています。
聖人は、「人間」について「ひととむまるるをいふ」と左訓されています。「ひととむまるるをいふ」とは「ひととうまるるをいう」こと。つまり「人として生まれることを言う」と注釈されています。「人間」とは「人として生まれることを言う」と。

「人間」の「間」は、「関係を生きていること」を表します。ですから、単体としての「人間」はいません。「人間」という語句は、「人間とは、他者と関係を築きながら、縁を結びながら生きるものである」ということを表しています。そのような人間の姿や現実を、親鸞聖人は確かめられたのだと思います。

たとえば、「赤ちゃんの誕生」といっても、生まれ出たその子だけが誕生するわけではありません。赤ちゃん誕生の瞬間(とき)、母や父、祖母や祖父も誕生します。出産のためには医師や看護師などの手助けも必要です。赤ちゃんの誕生を、我がことのように喜んでくれる人もいることでしょう。ひとりの人の誕生の現実を考えてみても、そこには多くの人との関わりが誕生することが明らかです。人として生まれるということは、関係を築きながら老病死していく人間が生まれるということです。

関係を生きるということ
関係を築きながら生きているといっても、家族や友人・知人など、実際に対面する人たちとのみ関係を築いているわけではありません。食物や衣類を作る人、運搬する人、販売する人、インフラを整える人、文化芸術に携わり私の人生に潤いや影響を与えてくれる人等々、私の生涯において対面する機会などないであろう多くの人びととも関係を築きながら生きているのが「人間」です。無量無数のいのちとつながっている事実が「私」となって表れています。
それほどの事実の結実した形として「私」がいるのに、世の中には、人と人との争い、人を人と見ぬ行為が溢れています。そのような現実に直面し、「人間でありながら、間が抜けているのではないか」と思ったことが、「今月は親鸞聖人の左訓を掲示しよう」と思ったきっかけです。

けれど、関係を生きるということは、支え合いながら、助け合いながら、認め合いながら生きるということばかりではありません。争い合い、比べ合い、自分を上位に位置付けようとし合いながら生きるということもまた、関係を築きながら生きていることの表われです。
「仲間意識が仲間はずれを作り出す」という法語があるように、関係を結ぶということは、関係から外れる人も生まれます。というか、「関係から外れる人とも関係を持ちながら生きています」と言った方が正しいのかもしれません。

間(ま)
先に「間が抜けているのではないか」と書きました。そういえば、「間違い」「間が抜けた」「間に合わせ」など、「間」を用いる言葉がいろいろあります。
「間違いを犯す」といった場合、ミスをしたその行為自体を「間違い」というのでしょう。けれど、そのミスを犯すことによってつらい思い、悲しい思いをさせてしまった相手のことを、果たしてどれだけ想っていたでしょうか。軽んじてはいなかったでしょうか。つまり、関係を結んでいる人間を人間として見ていたでしょうか。関係性の意識の欠如、間を違えてしまったことを「間違い」というのかもしれません。
「間が抜けた」もしかり。目の前の人間を人間と見る意識が抜けているゆえに「間が抜けた」行為をしてしまうのかもしれません。
「間に合わせ」は、「本来必要とするものではないもので、仮のものでやりすごすこと」といった意味ですが、相手に対して「この人にはこれくらいのことをしておけば充分だろう」といった、私の見立てに合わせた行為をしてしまうことを表現しているようにも思えます。
「間」、つまり関係を見失うということは、他者のみならず、私自身が人間であることを見失っていくことのようです。

 無慙愧(むざんぎ)は名づけて人(にん)とせず
『涅槃経』に
 無慙愧は名づけて人とせず。

とあります。罪を犯したことに痛みを感じ、羞恥するこころを「慙愧」と言います。つまり「慙愧のこころ無い者は、人と呼ぶことはできない」と教えられています。そのうえで、

 慙愧あるがゆえに、すなわち父母・師長を恭敬(くぎょう)す。慙愧あるがゆえに、父母・兄弟・姉妹あり

と説かれています。
父母・師長、父母・兄弟・姉妹といった関係性が先にあるのではなく、「慙愧のこころがあるからこそ、関係性が生じる(人間として生きることができる)」といただくことができます。
南無阿弥陀仏

 🐸 🐸 🐸

掲示板の人形
カエルのピクルスです。
真ん中の水色の子は、かつてタイ旅行に一緒に行きました🐸
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2023年5月 1日 (月)

2023年5月のことば

5月に入りました。
晴天で、木々も瑞々しく輝いています。NHK朝ドラ「らんまん」では、植物学の父と言われる牧野富太郎の生涯が描かれています。ひとつひとつの草を見つめる視線が、なんとも温かいです。
御本山(東本願寺)では、慶讃法要期間が終わりました。法要としては結願(終了)しましたが、聖人の教え、南無阿弥陀仏のお念仏に触れていくのは生涯とおしてのお仕事です。仏法聴聞の生活を大切にしたいと思います。「種から芽が出て花が咲き、花は枯れても種が残り、また花を咲かすように。」

 🌺 🌺 🌺

2023年5月のことば
(寺報版はこちら)(YouTube法話はこちら

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亡き人を案ずる私が
亡き人から案ぜられている

永代に亘(わた)って
去る4月29日、「西蓮寺永代経法要」をお勤めしました。4年ぶりに、本堂にお集まりいただいての法要でした。
「永代経法要」とは、永代に亘ってお釈迦さまの教え(経)が続いていくことを願ってお勤めされる法要です。というのが一般的な説明ですが、有限ないのちを生きている人間が「永代」を願うというのも無理のある話です。思うに、人間が願って永代に続けるのではなく、欲多く、いかり・はらだち・そねみ・ねたむこころが臨終の間際まで止むことのない人間がいるかぎり、お釈迦さまの教えは、弥陀の慈悲心は、終わることなく永代に続いていきます。

私の想いに先立って
現代では、亡き人の供養のために仏教があると思われているのかもしれません。けれど、そもそもお釈迦さまの教えとは、生きている私が、生きている間に聞き続けていくものです。仏教に出会う縁は、亡き人を縁とすることが多いですから、仏法聴聞と亡き人の供養が、いつの頃からか結びついていったのかもしれません。
法要の折、亡き人を想い、手を合わせます。しかし、私が物事をなすためには、それに先立ってなされている物事があります。私が誰かのことを想うためには、私の想いに先立って私のことを想っているはたらきがあります。私に先立つ願いや想いがあるからこそ、私は物事をなすことができ、大切な人のことを想うことができるのです。
亡き人のことを案ずることができるのも、私に先立って私のことを案じているはたらきがあるからです。

如来と一味なり
とはいっても、亡き人が在りし日の姿のまま、私の記憶のまま、あの世で元気にして私のことを想っている様子を思い描いては、ただのノスタルジー(思い出話・私を安心させるための話)に留まってしまいます。
月のことばを聞いて、親鸞聖人の「曇鸞和讃」を想います。

名号(みょうごう)不思議(ふしぎ)の海水(かいしい)
 逆法(ぎゃくほう)の死骸(しがい)もとどまらず
 衆(しゅあく)の万川(ばんせん)帰(き)しぬれば
 功徳(くどく)のうしおに一味(いちみ)なり

十方無碍光(じんじっぽうむげこう)の
 大悲大願(だいひだいがん)の海水(かいしい)
 煩悩(ぼんのう)の衆流(しゅりゅう)帰(き)しぬれば
 智慧(ちえ)のうしおに一味(いちみ)なり

ふたつの和讃の主意を汲み取ると、このような意味になります。
「どんなに濁った川であっても、海に流れ出れば、清浄なる海とひとつとなります。同様に、阿弥陀如来を信じず、教えを謗(そし)り、煩悩で濁りきっている私であっても、衆生(すべての生きとし生けるもの) を救いたいと願う、海のように広く深い阿弥陀如来の慈悲のこころに 摂(おさ)め取られ、阿弥陀と一味となります。」

ふたつの和讃に「一味」と出てきます。「一味」ということは、すべてが溶け合い混ざり合って阿弥陀と共なるひとつのいのちとなるということです。それは、死んで後の話ではなく、今現に、という話です。有限な私と無限の阿弥陀が一味となっているという和讃です。
亡き人が、在りし日の姿のまま、あの世で私のことを案じているのではなく、亡き人も、私も、阿弥陀と一味である。であるからこそ、「南無阿弥陀仏」という阿弥陀の呼び声が聞こえてくるのです。

慶讃テーマ その願い
去る3月と4月、東本願寺では「宗祖親鸞聖人 御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要」が勤められました。
慶讃法要を機縁として「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味を たずねていこう」というテーマが掲げられました。慶讃テーマには、このような願いが込められています。

私は、この地、この時に生を受けている。
このことを精いっぱい尽して生きたい。
悩み、苦しみは私に押し寄せてくる。
でもそれは「生きること」をも奪うものではない。

私の心の奥底にある「生きたい」という声に耳を澄まそう。
その時、私に届けられている声に 気づく。
それは私を呼ぶ声、
南無阿弥陀仏。

仏の名(みな)を呼ぶことは、
仏の呼び声を聞くこと。
その呼び声の響きの中で、
人と生まれたことの意味を仏にたずねていこう。

私に先立って生きた人たちと、
同じ今を生きる人たちと、
これから生まれてくる人たちと、
そのこと一つを ともにたずねていこう。

種から芽が出て花が咲き、
花は枯れても種が残り
また花を咲かすように。

先往く人と今を生きる人とこれからのいのちと、それらは個々別々に分断されているわけではありません。「種から芽が出て花が咲き、花は枯れても種が残り、また花を咲かすように」永代に途切れることなく続いています。阿弥陀と一味なのですから。
南無阿弥陀仏

 🌺 🌺 🌺

掲示板の人形
5月、子どもの日、賑やかで楽しそうな雰囲気にしようと思い、家の中に並べている人形(置き物)を目につくままに手に取りました。
真ん中の埴輪と左の水色の動物(?)は、子どもが学校で作って来たものです。
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