« 2024年6月のことば | トップページ

2024年7月 2日 (火)

2024年7月のことば

7月を迎えました。
梅雨とはいえ、真夏を思わせる暑さのなかにいます。
6月半ば、西蓮寺山門前に日よけのテントを張りました。
「西蓮寺前バス停」でバス待ちの方にもご利用いただいています。
体調崩さないように気を付けたいものです。
無事に乗り越えましょう‼

 🌞 🌞 🌞

38251

人間は
自分の心に
自分が縛られている

人間は
つらいとき、悲しいとき、さみしいとき、どうしてこんな思いをしなければいけないのだろうと思うとき…そんなとき、「こころ」も「からだ」も身動きが取れなくなる。なにか、外的要因が私を縛っているように思っていたけれど、自分の心で自分を縛っていたんだ! 自分で自分をがんじがらめにしなくていいんだよ。どうか、自分の心を解放してあげて!
けれど、「自分の心に自分が縛られている」と言われると、自分個人の生き方を言われているかのように受け止めるだろう。自分の心に縛られているのは、誰もが同じ。法語は「人間は」で始まる。人間とは、関係の中を生きている人と人のこと。つまり、個人の生き方ではなく、人間として、人と人として生きる姿を教え説いている。自分の心に自分が縛られている者どうしが、関係のなかを生きている。それが人間。うん、それはなかなか厄介な世界だ。
自分の心に自分が縛られているものどうしが関係を紡ぎながら生きているのだから、「自分が正しい」「自分の考えに合わない者は間違っている」という思考に陥りやすい。そんなことを考えているときに、目を覚まされる「ことば」に出会った。

しかし、実際は違います

トランスの事情をよく知らない人からしてみれば、まるでトランスの側が世の中をひっくり返そうとしているように捉えられることもあります。しかし、実際は違います。平穏な日常をそのままにしておいてくれないのは、偏った先入観でシステムを作ってしまった側なのですから。
『埋没した世界 トランスジェンダーふたりの往復書簡』五月あかり・周司あきら共著(明石書店)

(本の内容紹介より)
「男性」から「女性」に同化していったノンバイナリー/トランスジェンダーのあかりと、「女性」から「男性」に同化していったトランス男性あきらによる往復書簡。エッセイとも解説書とも違った、全く新しいかたちでトランスジェンダーの経験を描き出す。

「多様性を認めよう」という言い方に違和感がある。多数に身を置く者が、少数の思考や嗜好を理解してあげようという上から目線的発言に聞こえるからか。
トランスジェンダーの方々は、最近になって表れたわけではない。また、世の中をひっくり返そうなどとも思っていない。人間の歴史上、そもそも性は多様であり、さまざまな嗜好の人がいる。そのような中、生命の営みは培われてきた。人間の性的嗜好の多様性ではなく、性そのものが多様性をはらんでいる。その認識こそ、多様性を認めることの意味ではないだろうか。

そっちのほうがおかしいじゃないですか

今年のツアーは、(中略)「大量虐殺をやめろ」というプラカードをステージセットのなかに立てたんですよ。

「(政治的、社会的な発言に対して)そんなこと言わないで」とファンの人に言われることもあるし、それで自分たちの音楽が聴きづらくなるのは申し訳ないなという気持ちもあるんですよ。
ただ、社会的な問題や人道的な問題に対して何か言うことで、自分の曲が聴かれなくなるような社会だったら、もうしょうがない。それは受け入れようと思っています。だって「子どもたちの虐殺をやめろ」と 言うことで仕事がなくなったとしたら、そっちのほうがおかしいじゃないですか。

後藤正文(ASIAN KUNG-FU GENERATION ボーカル&ギター)
朝日新聞に連載しているエッセーをまとめた書籍『朝からロック』を上梓した際のインタビューより
AERA dot.(2023/12/30

芸能人が政治や社会問題について発言すると、「タレントが生意気だ」といった類の批判が飛び交う。発言の内容を吟味することなく、誰が言ったかで賛否が変わる。それって、おかしいじゃないですか。

どうしてなんだろう

「僕は 常々 思ってるんですが…
どうして いじめられてる方が
逃げなきゃならないんでしょう
欧米の一部では
いじめている方を
病んでると判断するそうです
いじめなきゃいられないほど病んでる
だから
隔離してカウンセリングを受けさせて
癒すべきと考える

日本は逆です
いじめられてる子を
なんとかケアしよう
カウンセリングを受けさせよう
逃げる場を与えよう

でも 逃げるのってリスクが大きい
学校にも行けなくなって
損ばかりする

ⅮⅤもそうだけど
どうしてなんだろう
どうして被害者側に逃げさせるんだろう
病んでたり
迷惑だったり
恥ずかしくて
問題があるのは
いじめている方なのに
みんながそういう考え方になればいいなと思う」
『ミステリと言う勿れ』第2巻 田村由美(小学館)

『ミステリと言う勿れ』を読み返していて、主人公 久能整(くのう・ととのう)君のこのセリフが突き刺さった。
「こうあるべき」「それが当然」という思考が、無意識に染みついていた。「何か抜け落ちていることはないだろうか」「違う側面からのぞいてみる」。そんな作業(考え方)をしてみたらどうだろう。
ただし、整君の言うことも、それこそが正しいこととしてしまうと危うさもある。漫画では、整君のひとり語りに対し、「それはそれで別の問題が起きそうだけど」と指摘されてもいる。

「わたし」だけが縛られているのではなく、縛られているものどうしが共に生きている。そんなことを、今月は綴りたかったのです。

 ☔ ☔ ☔

掲示板の人形
サルとライオンとキリン、白磁の人形
白磁の涼やかなフォルムが、少しでも見ている人に涼感を感じていただければ…
とはいえ、暑いものは暑いですね(∀∀^)
38252

« 2024年6月のことば | トップページ

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 2024年6月のことば | トップページ

フォト
2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
無料ブログはココログ