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2024年6月 5日 (水)

2024年6月のことば

6月を迎えました。
夏の暑さを思わせる陽射しになってきました。
お気を付けて過ごしください。

 🌷 🌷 🌷
2024年6月のことば
(寺報版はこちら

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暗いより明るい方を
遅いより速い方を
静けさよりにぎわいを

いつから片方ばかり
求めるようになってしまったのか
どちらも同じ 大切
           星野富弘

 

笑顔の背景に
明るい人、笑顔を絶やさない人の姿に優しさを感じ、救われることがある。
けれど、笑顔の美しいあの人は、その笑顔の背景にどれだけ大変なことがあったことだろう。
笑顔は、悲しさや淋しさが作り出すもの。暗さと明るさは、あい反する対立概念ではない。暗さがあるから明るさがわかる。明るさに包まれているから暗いなかに身を置ける。明るさは闇をはらみ、闇が深く濃いからこそ明るさが際立つ。暗さのないところには明るさもない。

本当にうれしいときって
忘れられない言葉がある。
「人間って面白いよね。本当にうれしいときって悲しいんだよね。」
ハンセン病元患者の桜井哲夫さんの言葉。2001年5月、ハンセン病国家賠償訴訟で国が控訴を断念した。そのことを契機として、桜井さんは故郷である津軽に里帰りを果たします。
国が控訴を断念して里帰りが奨励されたとはいっても、ほとんどの元患者さんが里帰りを果たせませんでした。元患者さん自身も、その家族も、社会からの偏見や差別に苦しめられてきたから。
そのようななか、桜井さんは実家に住む人びとに迎え入れられ、里帰りの日を迎えるに至りました。津軽が近づいてきたとき、桜井さんがつぶやいたのが先の言葉。
「人間って面白いよね。本当にうれしいときって悲しいんだよね。」
故郷に帰れることは嬉しい。けれど、療養所で共に生きて来た仲間の多くは、帰郷を、家族に会うことを許されないままでいる。顔に笑みを浮かべてはいても、今日この日を迎えるまでのことを思い返すと、悲しみに覆い尽くされている。笑顔の背景に、どれだけ大変なことがあったことだろう。
本当にうれしいとき、そこには悲しみも共にある。さて、目先の喜びにばかり気持ちを奪われ、そうして得た喜びを感じるとき、そこに悲しみもあるだろうか。悲しみを感じつつ喜ぶことがあるだろうか。

川の流れのように
駅のホームに立っているとき、通過する電車の中を眺めてみても、電車の中の様子はほとんどうかがえない。けれど、電車の車窓から外を眺めるときは、景色が、人の顔が、はっきりと認識できる。電車の速度に変わりはないのに、風景は違う。

私たちが口にする速さ遅さは、相対的なものでしかない。ある人にとっては遅く感じても、他の人にとっては遅くは感じない。ある人にとっては速く感じることも、他の人にとっては遅く感じているかもしれない。同じ人にとっても、急いでいるときは速さを求めるし、ゆとりある時は「ゆっくり行こう」なんて感覚になる。
同じ速度に身を置いても、人によって、状況によって、環境によってその感じ方は変わる。一秒、一分、一時間…時の刻みは、誰にとっても同じなのだけれど。

閑(しずか)さや岩にしみ入る蝉の声
静けさに身を置いているときに「静かだなぁ」とつぶやくだろうか。静けさは、その静かななかで微かに音がしたとき、「あ、静かだなぁ」と感じる。無音の世界ではなく音のある世界。
静かな環境に身を置きたいときに何らかの音がすると、うるさいと感じる。「うるさいなぁ、これから集中したいのに」。静かでも集中できない私なのに。
曽我量深先生は語られました。我執の感情のままだと、ひとりでいるときは淋しいと感じ、大勢でいるとうるさいといら立つ。けれど、仏法に触れ、お念仏申す者にとっては、ひとりでいるときは静かだなぁと感じられ、大勢でいるときは賑やかだなぁと喜べる、と。

どちらか? どちらも!
人として生を受け、人間を生きるということは、喜びと共に悲しみがある。明るさと共に暗さがある。時流という流れに乗れるときもあれば乗り損ねることもある。ひとりになるときもあれば大勢と共に過ごすこともある。そのとき、淋しいと嘆くのか静かだと感じるのか、うるさいといら立つのか賑やかだとワクワクしてくるのか。
暗いも明るいも、遅いも速いも、静けさもにぎわいも、一方ともう一方というように対立しているものではない。元々ひとつの感情・事柄・事象。すべてはつながっていて、どちらも同じ。それを知ることが大切。

いかに正しいことであっても、そこに固執すれば邪となる。
いかに善いことであっても、それを誇ってしまえば悪となる。
どんなに愛していても、愛すればこそ憎しみへと転化する。

 🌺 🌺 🌺

星野 富弘(ほしの・とみひろ)
1946年群馬県勢多郡東村(現、みどり市)に生まれる。
群馬大学教育学部卒業後、中学校の体育教師となる。クラブ活動指導中、頚椎を損傷し、手足の自由を失う。
口に筆をくわえて文字や絵を描き始めたのをきっかけに創作活動をスタート。ひとつの作品の中に絵と詩が盛り込まれた「詩画」と呼ばれる作品を生み出す。
入院中、キリスト教の洗礼を受ける。
1979年、前橋で最初の作品展を開く。以後、国内外で「花の詩画展」を開く。
1981年、結婚。
1991年、村立 富弘美術館が開館。
2024年4月28日
呼吸不全のため78歳で死去

星野さんの逝去後、本棚の「詩画集」を見返す。読み返すたびに感じ入る作品が変わる不思議。今回は、今月掲示したことばが響いてきた。星野富弘さん、ありがとうございます。

 🐸 🐸 🐸

カエル🐸の人形を飾っています。
暑さで干からびませんように💦
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