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2024年1月

2024年1月25日 (木)

東京教区報恩講2024

2024年1月27日(土)28日(日)
練馬区谷原にあります真宗会館にて、
東京教区報恩講がお勤めされました。
YouTubeにアーカイブがあります。
ご法話、ぜひ聴聞ください。

2024年1月13日 (土)

「令和6年能登半島地震」について

1月1日に発生した「令和6年能登半島地震」で被災された方々に対し、お見舞い申し上げます。

いろいろな情報、媒体が混在し、その真実性や取捨選択に迷われている方もいることと思います。

宗派においては、職員が現地に赴き、被災状況を確認していますので、宗派HPの報告記事を共有したいと思います。

令和6年能登半島地震について(真宗大谷派 東本願寺HPより)

2024年1月 1日 (月)

2024年1月のことば

2024年を迎えました
本年もよろしくお願いいたします
このブログを書いているさなか、石川県で震度7の地震がありました。揺れは東京でも感じるほどで、日本海側広域に大津波警報・津波警報が出されています。ご無事を念じるばかりです。

 🐲 🐲 🐲

2024年1月のことば

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龍樹大士 にいでて
 難行易行のみちおしえ
 流転輪回のわれらをば
 弘誓のふねにのせたまう
          親鸞聖人

龍樹大士世にいでて

(原文)
龍樹大士世にいでて
 難行易行のみちおしえ
 流転輪回のわれらをば
 弘誓のふねにのせたまう
   親鸞聖人「高僧和讃(龍樹讃)」

(試訳)
龍樹大士が世に現われて
難行道と易行道の教えを説かれました。
迷いの中を彷徨っている私たちを
阿弥陀如来は慈悲の大船に乗せ、水の道を渡るかのように導いてくださっています、と説き示してくださいました。

難行易行のみち
親鸞聖人が崇敬する七人の僧(七高僧)の第一師である龍樹大士(菩薩)。
龍樹大士は、西暦150年ごろから250年ごろにかけて、南インドで活躍されました。龍樹大士は、浄土真宗だけでなく、中国・日本の多くの仏教諸派において崇敬され、釈尊以後に世に表われた最高の師とされています。『中論』『大智度論』『十住毘婆沙論』など、貴重な著作を遺されました。
その『十住毘婆沙論』に「難行道」「易行道」という、南無阿弥陀仏の念仏と密接に関わる教えが説かれています。「難行道」「易行道」、つまり、仏道を歩むのに「困難な道」と「易しい道」との二つの道があるというのです。
「難行道」は、自分の力をたよりとして険しい陸路を進もうとする、厳しい修行の道をたとえられたもの。一方の「易行道」は、阿弥陀如来の「本願」という船に乗せてもらい、迷い惑いに満ちた世の中を安穏に浄土往生に導かれることをたとえたものです。「南無阿弥陀仏」の念仏を称えることを表わします。
龍樹大士は、難行の陸路は誰もが歩める道ではなく、易行の水道は皆と共に船に乗って渡ることで、誰もが歩める道であると説かれます。 
龍樹大士の「難行道」「易行道」の教えは、親鸞聖人にとって大切な教えとして 響きました。聖人は龍樹大士の教えを「正信偈」に次のように記されています。

(原文)

(書き下し)
難行の陸路、苦しきことを顕示して、
易行の水道、楽しきことを信楽せしむ。

(試訳)
龍樹大士は、難行の陸路は苦しみの小路であり、誰もが通れる道ではないことを明らかに示され、また、船に乗って水の道を渡ることは孤独ではなく共なるものがいるよろこびの道であることを私たちに伝え、易行の道を歩ませようとしてくださいました。

いつでも、どこでも、だれでも
「易行」というと「簡単な行」と解釈されがちです。「『南無阿弥陀仏』と口にするだけの行なんて簡単すぎる。そんな簡単なことで救われるわけがない」などといった声を聞くこともあります。
「易行」とは、「行い易い行」(おこないやすいぎょう)という意味ではありません。「いつでも、どこでも、だれでもできる行」という意味が内包されています。
龍樹大士も、親鸞聖人も、聖人の師である法然上人も、難行の陸路を歩まれました。極めるほど行に励んだ方々です。けれど、励めば励むほど、突き詰めれば突き詰めるほど、自分の能力の限界と、求めているものの大きさを感じられました。どれだけ厳しい修行をしても救いに到達できない焦り、この歩みでいいのだろうか? という迷いがありました。
修行に専念できる環境・境遇・立場に身を置く者でさえ迷い惑いから抜け出せないのに、いまを懸命に生き、修行をすることもできない人びとは、より仏の救いから遠ざかってしまう。誰もが救われる道があるにちがいない!
自身の救いを求めて始めた行が、いつの頃からか衆生(すべての生きとし生けるもの)の救いへと願いが転換していきました。衆生救済の道を求めるこころから、やがて阿弥陀仏の慈悲の心に触れるに至りました。私が求めるよりも前に、既に阿弥陀の大船に乗っている私でした、と。

難行と易行の道。それらが二股に分かれていて、どちらを選ぶか? という話ではありません。難行の路(みち)は、実は 易行の大道のなかにありました。人間の生活感覚では、困難を乗り越えて得たものに価値を見い出し、易く手に入るものは見下してしまいがちです。しかし、行において(生きるということにおいて)、「いつでも、どこでも、だれでも」手にすることができるという普遍性は、易くありながらとても有り難いものです。それが「南無阿弥陀仏」の念仏です。まだ阿弥陀に出遇(あ)えていない、まだ信じられないなどと思うかもしれませんが、既に阿弥陀の大船に乗っている私です。
南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
毎年一月は、十二支の人形を飾っています。
今年は辰年。毎年干支の動物にちなんで、「今年は昇り龍のごとく、上昇気流に乗る年になりますように」などと希望が語られます。そういう心持ちは大切ですが、平穏で安穏な生活が何よりも有り難いことに気付かされます。
南無阿弥陀仏

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