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2023年12月 2日 (土)

2023年12月のことば

2023年12月を迎えました。
文章を書いているあいだにも、争いは続き人びとのいのちが奪われていきます。
映像で見る現実に悲しみが湧くばかりです。ブラウン管の向こう(なんて今は言わないか。「ディスプレイの向こう」でしょうか)とこちら、現実の距離の隔たりはありますが、同じ大地 同じ時間を生きる人と人とがいのちを奪い奪われしています。この現実を忘れずに生きていきます。
今年もありがとうございます。南無阿弥陀仏

 🐰 🐰 🐰

2023年12月のことば

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人間は、
自分の思い通りにならないといって悩み
自分の思い通りにしようとして苦しむ

今年を振り返って
今年一年を振り返り、今月掲示したことばを想いました。悩み苦しみの正体は、自分自身の“思い”であると。
昨今、「承認欲求」という言葉を耳にするようになりました。自分の頑張りを、自分の存在を認めてほしい。そのような願いであり叫びです。一方、人間関係を鬱陶しく思う時代だとも言われています。他者(ひと)との関係を煩わしく思い、でありながら他者から認められたいとも思う。複雑な思いが溢れています。
また、何か事件を起こした人が「有名になりたかったから」と、理由を語るのを耳にすることもあります。有名になりたい、多くの人に知られたい。それが故に事件を起こす。他者に知られたいのに、他者を傷つける。これもまた複雑な混沌とした感情の表われです。
「承認欲求」「有名になりたい」…これら現代(「現代日本」と書くべきなのか)を表すような欲求は、他者から認められたいという思いでもあるけれど、自分で自分が認められないことの表われでもあるように感じます。
他者から認められれば誉めてもらえれば、それは嬉しいしホッとするし心の支えにもなります。けれど、自分で自分を誉めて(認めて)あげることも、とても大切なことだと意識しています。

ハラスメントが巷に溢れているのも現代の特徴です。ではなく、ハラスメント自体はずっとあったのです。「ハラスメント」という意味付けがされて可視化されてきたので、溢れ出て来たかのような印象を受けるのでしょう。
セクハラ・パワハラ・カスハラ等々…ハラハラなるものもあるとか(他人から受けた行為を不快に感じた際、「ハラスメントだ!」と過剰に反応・主張することを言うそうです)。
ハラスメントは、自分の優位性を保とうとして、他者に知らしめようとして表出する行為・態度ですから、ハラスメントを行うことで自分自身の存在を確かめているのかもしれません。鬱屈した形での  自己表現・自己確認・自己承認です。

存在の感覚の希薄さ
現代の人間像を見つめていると、自分の存在を自らが見失っている姿が浮かび上がってきます。存在の感覚の希薄さ、居場所のなさが他者への攻撃という形で表われてしまっています。
現代、「宗教が無くても生きていける」ということが当然の如く語られます(そのように言われても仕方のない行いを、宗教者・宗教を名乗る団体自身がしている事実もあるのですが)。けれど、少なくとも、この寺報を手に取っていただいた方、親鸞聖人の教えに触れた方にとっては、宗教がいかに必要か、否、宗教(教え)あってこそ私があるということを感じられていることと思います。
阿弥陀如来は、衆生(【しゅじょう】すべての生きとし生けるもの)の救済を誓い願われました。阿弥陀如来は、「私の名を呼んで欲しい(「南無阿弥陀仏」の念仏を称えてほしい)」と、呼びかけられました。阿弥陀如来の救済の対象は、生きとし生けるものすべてです。漏れる者はありません。念仏は、阿弥陀如来から私への呼びかけです。阿弥陀如来からの呼びかけがあるからこそ、私は「南無阿弥陀仏」と念仏を称えることができます。念仏の声は、私の存在が認められている証なのです。どのような状況・環境・境遇であれ、「南無阿弥陀仏」と念仏申すそのときその場が、私の存在の証、私が居ていい場であることの証となります。

他者からの承認を求めずとも、待たずとも既に阿弥陀から承認されています。

有名になりたいと思うよりも前に、既に名が有ります(誰もが「南無阿弥陀仏」の名号をいただいています)。

自己の優位性を鬱屈した形で表現する必要もありません(生きとし生けるもの皆、いのちを生まれ生き滅していく平等性をいただいているのですから)。

人間 ひととむまるるをいふ
今月のことばを紡ぐとき、初めは「人は、」と書いたのですが、「人間は、」に書き改めました。
「人」は単体です。他者との関係性を持ちません。ということは、「人」だけでは悩みも苦しみも生まれません。「人間」は、関係性を生き合っている者を表現しています。「人」としていのちたまわるとき、「人間」として関係性もいただいています。だからこそ悩みも苦しみも生まれます。悩みや苦しみは否定すべきことではありません。生きている証であり、関係性を生きてある私の証明です。
今月のことばは、人間存在を揶揄したわけではなく、人間讃歌のつもりで紡ぎました。

去る11月、本山真宗本廟報恩講に奉仕団として参拝してきました。施設の「同朋会館」の廊下に掲示されていた伊藤元先生のことばが目に留まりました。

迷ったことのない者に
  覚めるということはない

南無阿弥陀仏

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掲示板の人形
お寺の近所に、施設に預けられて育てられている子どもたちのためにサンタの人形を作っている方がいます。
「お寺さんにサンタの人形はおかしいかもしれないけど、よろしかったら掲示板に飾ってください」と、毎年いただいています。
いつもありがとうございます。年末の楽しみです。
サンタさんと、お地蔵さん・ウサギ・フクロウの人形と一緒に飾りました。賑やかになりました(^-^)

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