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2023年5月25日 (木)

単に語る友だちがいないという話なのかもしれないけれど

最近、テレビ番組でタレントさんが暴露話をするのが流行っているのだろうか。「〇〇先輩にいじめられた」「後輩の〇〇は挨拶をしない」等々を書いたコタツ記事をよく目にする(ということは、私がそういう類の記事を読んでいるということの表れなのだろう。そんなつもりはないので、ちょっと凹む)。
テレビで暴露するほかに、自身のSNSに書かれる方もいるようで、今までは自分の中に閉じ込めていたものをオープンにする世の中になったんだなぁと感じる。
その良し悪しを書こうとしているのではない。
このオープンな風潮に乗って、“私”も暴露話を表現した場合のことを考えた。“私”に同調してくれる人、同様に悲しんでくれる人はいるだろう。けれど、物事って関わった人間の数だけ事実がある。嘘を言っているわけではなくその人なりの事実を語っても、それぞれが語る事実がぴったりと重なることはない。
テレビやSNSで暴露話をできるような人は、どちらかというと多くの人びとに信じてもらえる賛同してもらえる人であり、暴露される側の人は、たいてい「あの人ならやりかねないよねぁ」などと受け入れられてしまう(その人の何を知っているわけでもないのに)。
物事には二面性多面性があり、本当の面と嘘の面があって…というわけではないから難しい。“私”の事実も、誰かにとっては信じられるもの、誰かにとっては信じられないもの。誰かにとっては事実、誰かにとっては嘘。
自分の中に閉じ込めておくよりも表出した方が良い事柄はたくさんあるけれど、暴露話のように語られる事柄は聞き流した方が精神衛生上良いような気がする。
そんな話を流布するつもりはないので、私は暴露話はしない。そんなネタもないけれど。

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