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2022年1月15日 (土)

公平性・公正性・透明性

新型コロナウイルスの影響で大学入学共通テストを受けられなくなった受験生に対する救済を、文部科学省は各都道府県教委などに対して通知しました。
「コロナ禍の状況に対応してくれて ありがたい」という声がある一方、「受験できなかった人への救済措置は、受験した人に不公平感を生む」という声もあります。どちらの声も率直な声だと思います。

最近よく耳にする「公平性」とか「公正性」「透明性」という言葉。私たちが生きていく環境において大切な視座・事柄です。けれど、「公平性・公正性・透明性」を求めるあまり、それらを損なっているのも現実だと感じます。
また、自分が損益を被らないよう、他者が(自分が受けられなかった)利益を享受しないよう・・・そのような思いで「公平性・公正性・透明性」を叫んではいないでしょうか(受験に関する話だけではなくて)。
不利な状況・立場に置かれた人に何らかの助け舟が出される。助け船があるという安心が担保されている状況・環境が「公平性・公正性・透明性」ではないでしょうか。当然、助け船が出されることなく生きられる人もいる。それはそれでいいではないですか。

受験生の皆さんを応援しています。
(という言い方も、合格する者もいれば不合格となる者もいるのだから「皆さん」はおかしいのではないか!と指摘されたことがあります。「公平性・公平性・透明性」って、どういうことでしょう。言葉の上っ面だけではなく、その奥底にあることを大切にしたいと思います)

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