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2022年1月11日 (火)

掲示板のことばアーカイブズ(45)

2021年(令和3年)

1月〔№527/寺報「ことば こころのはな~西蓮寺掲示板のことば~」№269

 名号不思議の海水は
  逆謗の死骸もとどまらず
  衆悪の万川帰しぬれば
  功徳のうしおに一味なり
    親鸞聖人「曇鸞和讃」

2月〔№528/寺報№270

 良き日 悪しき日 言う勿れ。
 今日一日の有り難さ。
    金子大榮

3月〔№529/寺報№271

 足を踏まれた痛みは、踏まれた者にしかわからない。
 その私が、他者の足を踏んでいる。

4月〔№530/寺報№272

 今、同じものを見ていてもひとり一人想いは違う
 ひとり一人の出発点となる光景が違うから

5月〔№531/寺報№273

 陽の光がすべてに恵みを与えるように
 仏の慈しみもすべてを遍く照らしている

6月〔№532/寺報№274

 他を批判する刃が自己を斬らないような批判は、批判の名に値しない。
 真の批判は、批判されるものを、批判するものが我とする。
   和田 稠

7月〔№533/寺報№275

 自然に対して僕はマイノリティーなんだと
 感じさせられる日々です。
    小林賢太郎

8月〔№534/寺報№276

 仏の智慧とは自己を知ることである
    曽我量深

9月〔№535/寺報№277

 今もどこかで大雨が降っている
 今もどこかで大地が揺れている

10月〔№536/寺報№278

 煩悩にまなこさえられて
  摂取の光明みざれども
  大悲ものうきことなくて
  つねにわが身をてらすなり
    親鸞聖人「源信和讃」

11月〔№537/寺報№279

 これからどう生きるべきかを問う前に、
 これまでどう生きてきたのかに目を向けたい。

12月〔№538/寺報№280

 砂浜は歩きにくいけれども
 うしろをふりかえれば、
 自分の足あとが一つ一つ残っている。
 そんな人生を母さんはえらびました。
    遠藤周作『影に対して』

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