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2022年1月30日 (日)

南無阿弥陀仏

安田理深先生のことばに「生まれてきたことの意味は、生まれてきてからの自覚が明らかにする。」とあります。自覚、自らに目を開くこと。自分ではできないことです。
南無阿弥陀仏ということばをとおして、私たちに翻りを、気づきを、自覚をさせようとしている。生まれてきたことの意味は、そこにしかない。
50年前の慶讃法要のスローガンが「生まれた意義と生きる喜びを見つけよう」でした。
2023年にお迎えする慶讃法要のテーマが「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」です。
生まれたことの意味をたずねるということは、生まれた意義(道理)・・・人身受け難し、どんな人もいのちのかけがえなさがある。そこに慶讃、つまり慶び(よろこび)があります。
「生まれたことの意味」と問われたとき、「自分の考えで、こういう人生は意味があり、こういう人生は意味がない」と、私たちは考える。けれど、「南無阿弥陀仏」によってそれが翻される。そこに意義が見いだされる。真如一実のいのち。「天上天下唯我独尊」「無上尊」。出会いによって開かれていく世界です。

(2022年真宗大谷派東京教区報恩講 海法龍先生の法話より)

 

慶讃テーマ「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」
テーマ検討する委員に身を置かせていただき、
「この混迷の世の中、自分自身の価値観や知恵によって迷い惑いながら生きている私に、南無阿弥陀仏が、阿弥陀の大慈悲が向けられている」ということをお伝えしたくて辿り着いたメッセージです。

発信後、「自分自身の生まれたことの意味を考える」ことに軸足が置かれ、「南無阿弥陀仏」がどこかにすっ飛んで受け止められていることに悲しみを感じていましたが、海 法龍先生はテーマを、テーマの想いをしっかりと受け止めて、私たちにお伝えくださいました。
真宗会館の片隅でお念仏していました。南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏
海 法龍先生のご法話、ぜひYouTubeにてご聴聞ください。
(上記法話の引用は、私のメモです。正確な文言ではありませんので、ご理解ご了承ください。)

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