« 面授(めんじゅ)の法 | トップページ | ひと休み ひと休み »

2021年3月30日 (火)

念佛を称えるということ

「念佛者の人生は まさに慚愧と歓喜の交錯」
  梯實圓師

「お念仏は、讃嘆であり懴悔である」
  金子大榮師

 ☆

念仏の教えに出遇うということは、

喜びだけの生活になるわけでもないし、

詫びるだけの生活になるわけでもない。

念仏をいただいて、生活そのものが変わるわけでもない。

今までの生活と変わらぬなかで、

慚愧と歓喜が交錯しながら生きてきた事実に気づかされるということ。

阿弥陀の大慈悲に 讃嘆と懴悔が芽生える。

ふたつの内容があるということではなく、

人生は慚愧と歓喜が交錯しながら共にあり、

念仏申すところに 讃嘆と懴悔が共にある。

南無阿弥陀仏

« 面授(めんじゅ)の法 | トップページ | ひと休み ひと休み »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 面授(めんじゅ)の法 | トップページ | ひと休み ひと休み »

フォト
2021年4月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ