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2021年3月20日 (土)

テレビ番組やコマーシャルは、世相を表わしている

容姿に関することで、昨日の投稿のようなことを考えている折り、テレビから「なやみむよう」の声が聞こえてきた。

コマーシャルの内容よりも「な・や・み・む・よ・う」の語句と言い方が耳の底に残った。

頭皮や脱毛に関するケアを扱う企業のコマーシャルだった(書かなくても分かると思うけど)。

今までは特別何も感じなかったけれど、「容姿」に関することを考えていたので、耳の底に残ったのだと思う。

「あれ? 薄毛や脱毛って、“なやみ”ごと なの⁉」と思った。

ストレスで円形脱毛症になる人もいるし、そういう意味では実際に悩んでいる人はいる。

けれど、年を重ねて薄毛や禿(はげ)になることは、そもそも悩みごとなのだろうか?

また、最近の宣伝で気になるのは、女性の写真を見せて「この人は何歳でしょう?」と尋ねて、実際の年齢を明かして みんなが「うそ~」と驚くスキンケアやサプリのコマーシャル。

いわゆるアンチエイジング系のコマーシャルのいやらしさが目につく。

年相応に年を重ねていくのは、べつに問題ないことではないか。

悩みだろうか? 恥ずかしいことだろうか?

年を重ねれば、差はあれど誰だって髪は減るし、肌は潤いを無くすし、シミは出てくるし、思いと身体はバラバラになっていく。

その当然の部分において、あまりに“なやみ”ごと化し、若く見えることが素晴らしい化してはいないだろうか。

今書いていることは、そういう宣伝をすることの問題性や気持ち悪さを言おうとしているのではない。

髪が減る、肌の潤いが失われる、シミが出る、身体にガタが出る・・・そういうことを悪いこと、恥ずかしいこと、許せないこととしている私がいないだろうか。

そして、もし悪いこと、恥ずかしいこと、許せないこととしているとしたら、それは自分の容姿に関してのみの感情だろうか。

いや、他者(ひと)の容姿も同じように見ているのではないだろうか。

「あの人、髪が薄い」と、「あの人、〇〇」「あの人、△△」・・・などと、他者の容姿を見ては、自分の判断基準「悪いこと、恥ずかしいこと、許せないこと」と照らし合わせてはいないだろうか。

自分の年齢相応の老いを、なやむほどに気にする根っこには、自分の判断基準がある(それは誰にだってある)。

悲しいのは、その自分の判断基準を他者にも適応して見てしまうこと。

でも、そういう見方って、少なからず誰もがしているのだと思う。

だから、他者の容姿をネタにした笑いが盛り上がり、他者の容姿をネタにすれば盛り上がるに違いない!と勘違いした提案をしてしまう。

面白いから、ネタになるんじゃない。

自分のなかに、悪いこと、恥ずかしいこと、許せないことという判断基準があるから、他者の容姿を取り上げたときに笑いとなる。

同じネタで、自分のことを取り上げられたら決して笑えないのに。

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