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2021年2月 6日 (土)

木を隠すなら森のなか

失言や、不倫や、ハラスメントや・・・

週刊誌がスクープをすると、

失言を、不倫を、ハラスメントをした人は、謝罪をする。

その光景に見慣れてしまっている自分にも驚くわけだけれど、

そもそも公に対して謝罪が行われなければいけなくなってしまったことに、本来は驚くべきではないだろうか。

なぜ、私たちに謝る?

あるいは、誰に謝っているのか、その対象を漠然とさせたまま、なぜ謝る?

失言し、不倫し、ハラスメントを行い、

自分が傷つけた人に対して、面と向かって謝ることが先ではないか。
(傷つけられた人にとっては、「会いたくない!!」という場合もあるだろうけど)

でも、いつも思うことは、

スクープされることがなければ、

この人は、反省することも、後悔することも、謝罪することもなかっただろうな、ということ。

ずっと失言を、不倫を、ハラスメントを続けていることだろう。

頭を下げている映像を見て、「バレてなかったらまだやっていたんだよね」とも思ってしまう。

でもそれは、有名人ゆえにスクープされるのであって、

一般の人びとが週刊誌にスクープされることはない。
(傷つけた相手から公にされたり、訴えられることはあるけれど)

つまり、この世の中には、誰にも指摘されない失言や、不倫や、ハラスメント等があふれている。

失言主は、たとえ謝罪はしても、自分の何が失言なのか、考え方のどこがおかしかったのか、わかっていない。

だから、結局 失言を繰り返す。

不倫主は、誰にも気付かれていないつもりらしい。

だけど、けっこう周りは知っている。

ハラスメントは、弱い自分、自分の能力のなさを隠すための遠吠え。

自分が責められたくないから。自分を低い位置に置きたくないから。

なんて、今おもいつくままに、失言、不倫、ハラスメントと書き綴ったけど、他者(ひと)を傷つける行為は他にもたくさんある。

その、他者を傷つける行為は、実は誰もがやっている。

程度の差や 意識しているのか否かの違いはあるけれど、

他者を傷つけている事実に違いはない。

他者を傷つける行為は、自身の問題もあるけれど、それを助長する周りの問題もある。

個人の問題という側面だけでは解決しない、集団の、組織の、社会の問題でもある。

森を育てる土壌は、この日本にある。

あ、“森”って、メタファー(隠喩)ですから。

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