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2021年1月12日 (火)

見えている部分への賞賛は誰でもできるけれど、見えていないところへ想いを馳せるということはなかなか難しい

 2021年1月11日が「成人の日」で、10日(日)あるいは11日(月・祝)に成人式を行った自治体が多かったようです。テレビやネットで、女性のきれいな振袖姿や男性のビシッとしたスーツ姿、あるいは やんちゃな風貌を拝見しました。外見はどうあれ、個々にいろいろと考えている様子も伝わってきました。
 成人をお迎えの皆さま、おめでとうございます。

 2021年の成人式は、新型コロナの影響で開催した自治体もあれば、開催を見送った自治体もあります。この日を楽しみに、励みにしていた方々にとって、開催されなかった事実は悲しみも大きいこととお察しします。
 けれど、(成人式に限らず)開催しなかったからといって、何もしなかった、何もなされなかったというわけではありません。毎年開催している行事には、そこに関わる人がいて、どのように進めようか どのような状況になったら中止にせざるを得ないか等々、検討がなされています。ギリギリまで開催の準備をされているものです。中止にはなっても、目に見えぬ努力の蓄積があるものです。そこに参加しようと思っていた方も同様です。
「開催されない」「中止」の背後には、開催することを前提として準備をしている方々、関わっている方々がいます。中止となれば、参加を楽しみにしていた方々のショックもありますが、準備に関わっていた方々のショックはより大きいものです。特に、このコロナ禍、中止になる可能性を抱えながらも準備をされていたことに、敬意を表します。
 開催されていたら、そのことへの感謝の気持ちを湧くことでしょう。しかし、開催されなかった際、感謝の気持ちを抱いたり伝えたりする人はグンと減ります。でも、準備はなされています。
 目に見えないところで、“私”のために汗水たらしている人がいます。

 先に、振り袖姿やスーツ姿、やんちゃな姿について触れました。その“晴れ着”も、作ってくれた人がいるものです。晴れ着に限りませんが、今、“私”が身につけているものを作ってくれた人がいます。
 残念なことに、成人式後の宴もなくなりました。成人式を開催した自治体においても、「式が終わったら、まっすぐ家に帰るように」アナウンスしたところが多くありました。今年は宴はなくなりましたが、その宴となる会場においても、食事を作る人・会場で働く人・食事の会場に関わる業種の人・食材を作っている人などなどいらっしゃいます。このことも成人式に限った話ではなく、日々の食事も、多くの人の手がかかっています。

 今までは「〇〇に感謝しましょう」と言われて、一応自分なりに頷いて感謝してきたことと思います。自主的に感謝してきたこともあるでしょう。でも、思い返してみて、それらは目に見えるもの(人)、形となって表れているものへの感謝ではなかったでしょうか。けれど、目に見えぬ人々、形となって表れてはいないものもあってこそ、“私”はここまで生きてきました。
 既に社会の現場に出て、自分でお金を稼いで生計を立てている成人もいらっしゃいますが、たとえば、職場への移動で公共の交通機関を利用する際、事故や点検で遅延すれば腹立ちを表現する大人は多々いますが、ダイヤ通り時刻通りに運航されることへの有り難さを感じている大人はどれくらいいることでしょう。
 20歳で線引きして、成人だ大人だということの違和感があります。選挙権は18歳に引き下げられました。飲酒・喫煙は20歳からですよね。成人しきれていない大人のルールで、成人だ未成年だと線引きされるのですから大変です。でも、ルールはルールとして、目に見えないもの(人)、形となって表れていないものへの感謝・“私”自身は直接の恩恵は受けないけれど困っている人が助かることへの気遣いなどを出来るひとが、年齢は20歳に達していなくても“成人”と呼ぶにふさわしいのだと思います。
 若い人に“成人”が多くいることも知っています。
 どんなに年を重ねても成人たり得てない人がいることも・・・(あれ、だから“人でなし”という言葉が生まれたのかな?)

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