« 無言の問いというものは、言葉で表される問いよりも、時には深く大きなものなのですよ | トップページ | 自助・共助と公助 »

2021年1月19日 (火)

何かを得るための念仏ではなく、いただきものの念仏

◇仏たすけたまえとは思うべからず
 思えば、私は子どもが死ぬまでは、念仏と自分とは無縁だと思っていたのでした。子どもに死なれて初めて、気がついたら念仏を称えていた。いまに思えば、「助けてください」と叫んでいたのであります。しかし、「助けてください」とは何か。「助」という漢字、「助けてください」と叫ぶときの漢字です。これは、「力を積む」という意味です。どこに積んでもらうのか。私に力をくださいであります。「力が無くなりましたから、助けてください」と。いのちの瀬戸際に「力をください」と助けを求めるのは、私たち人間のいわば最後の叫びでありましょう。しかし、蓮如上人は、「仏タスケタマエトハオモウベカラズ」と言われていたのでした。言葉を換えて言いますなら、「タスケタマエ」と声の続く限り、念仏を称え続けなさいということであります。涙の涸(か)れるまで泣きなさいということであります。その極限まで念仏を称え続けますと、自分のものであったはずの涙が、実は亡くなったお母さんが残していった仏の涙だったと気づかされる。繰り返しでありますが、「母が私に対して最後の説法をしてくれた」であります。
 蓮如上人はまさに、その仏の慈悲を説いておられるのでした。最初に「助けてください」と叫び声をあげた以上は、あるいは、最初に「愛別離苦」の涙が出てきた以上は、その涙が涸れるまで念仏を称え続けてこそ、その涙が仏さまの慈悲の涙と感得されてくるのでありましょう。そのとき人間の無明の世界を、私たちは仏さまと一緒に生き続けることができるのであります。

 ☆

昨日紹介した高史明先生の本『念仏往生の大地に生きる』(東本願寺 伝道ブックス53)にある文章です。

お念仏は、阿弥陀如来からのいただきものです。

念仏を称(とな)えるの「称」は、“天秤(てんびん)はかり”を表わしています。

天秤の双方のお皿に乗っているものが、釣り合っていることを意味します。

片方のお皿には阿弥陀の慈悲、もう片方のお皿には「助けてください」と叫ぶ私が乗っています。

それらが、釣り合っているのです。

阿弥陀の大慈悲の方が重くて、私の方が軽いのではありません。

阿弥陀の慈悲が重たいという受け止めは、今の私のままではダメだという感覚に陥ってしまいます。

私の方が軽いという解釈は、念仏を回数称えて徳を積むことや、一生懸命研鑚を積んで阿弥陀の慈悲を理解することが目的になってしまいます。

そうではありません。

「南無阿弥陀仏」と念仏を称えるそのとき、すでに阿弥陀の慈悲と私とは釣り合っている、共にあるのです。

涙涸れるまで泣き続けたとき、「誰か助けてください、この悲しみから救ってください」と涙していたのだけれど、大いなるはたらきの手(慈悲)の中にいる私である感得(気づき)へと変わっているのです。

「涙涸れるまで」といっても、人間、涙は涸れません。

母の死、父の死、子どもの死、友の死、涙溢れる出来事に直面し泣き続け、どんなにどんなに泣いても、人間、涙が涸れるものではありません。

そのことはつまり、阿弥陀の慈悲の中にいることを感じ続けるということでもあります。

「助けてください」という叫びは、「南無阿弥陀仏」という声は、叫んだ結果 念仏称えた結果、何かを得たいという声ではなく、阿弥陀の慈悲のなかにある私を気づかせる喚(よ)び声(私を喚ぶ声)でした。

涙涸れるまで(つまりは一生)称え続ける念仏は、

先往く人を、悲しみの対象としての「人」に留めてしまうのではなく、

先行く人は私に向けて慈悲を放つ「仏」であったと気づかせる。

人間世界が、単につらいことばかり、悲しいこことばかりで埋め尽くされている暗黒ならば、私は、人は生きられません。

この暗黒にありながら、「念仏を称えてください」「教えに聞き続けてください」という声に気づいたとき、“私”は、仏と一緒に生き続けます。

« 無言の問いというものは、言葉で表される問いよりも、時には深く大きなものなのですよ | トップページ | 自助・共助と公助 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 無言の問いというものは、言葉で表される問いよりも、時には深く大きなものなのですよ | トップページ | 自助・共助と公助 »

フォト
2021年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            
無料ブログはココログ