« 姓を変えるということは、名前を変えるということ | トップページ | 同じ映画を何度も見ているのに、見るたびに「こんなシーンあったっけ?」「ここに こんなものあったっけ?」「あぁ、いかに何も見てないかを感じるね^^」なんて思うことはないでしょうか。でも、私が気づいていないだけで、そこにあるものとは、あるべくして あるんだなぁと思います。 »

2020年12月18日 (金)

選択をしない選択

気にかけている事柄は、テレビから流れてくる声、本や雑誌をパラパラめくっているとき、街中で見かける広告など、ふっと出会うことがあります。

単なる偶然に過ぎないんだけど、運命的な出会いを感じたり、このことは今考えるべくして気にかけていることなんだ!と思ったります。

で、ここ数日 “名前” について書いていて、「選択的夫婦別姓制度」についても考えていました。

そんななか、昨朝の TOKYO MX 「モーニングCROSS」に、コメンテーターとして若新雄純さん(慶応義塾大学特任准教授)が出ていて、彼が語ったことがスッと耳に入ってきました。

「選択的夫婦別姓制度」に賛成の立場でいたんですけど、最近ちょっと違うかなと思い始めました。「選択的」というのが、実は選択できないのかなって。夫婦別姓にするならば、“選択”ではなくて「夫婦別姓制度」にしないと、今の人たちは決められないのかもしれない。
(というようなことを仰っていました。私の覚書ですから、若新さんの正確な発言ではありません)。

政治家の発言や行動に問題があったとき、テレビ番組にコメンテーターとして出演される人が、単なる批判や「これはすべきではなかった」と過去に戻れないのに過去に戻ってこうあるべきだったというような、今更な話をする人が多くいます。

けれど若新さんは、「今現にこういう状況にあるわけだから、この状況からどうすればいいのか、どうするべきなのかを考えなければいけないと思います」という、冷静で大人で未来志向な判断に基づいて発言をされている印象があります。

政治家が「選択的夫婦別姓制度」の議論を嫌うことに対しても、「時代遅れだ」「時代に即していない」「国民の声を聞いていない」などというのではなく、「どうして議論を嫌うのか、どうして夫婦別姓がダメなのか、そのことをきちんと語ってほしいです。理由も語らずに議論すらしようとしないから、そこのところをきちんと話してほしいと思います」と仰っていました(私の覚書です)。

で、制度として、「“選択”で、夫婦別姓を選ぶ夫婦もいれば夫婦同姓を選ぶ夫婦もいるんだから、“選択的夫婦別姓制度”ならいいじゃないか」と、夫婦別姓を希望する人びとは考え、疑問を呈します。

でも若新さんは、“選択的”ということに対する、国民の側に躊躇するものがあるのではないかということを指摘していました。

そのような指摘・考え方は初めて聞き、「なるほどなぁ」と思いました(ガッテンしました)。

で、そこから派生して私が思ったこと・・・

現代(いま)、個人の権利や自由を訴える声は多く聞きますが、いざ自分自身の権利や自由の話になると、声のトーンが下がってしまう・・・そんな空気を感じます。

たとえば、このコロナ禍、予定されていた事業や遊興の中止・休止・延期が相次いでいます。

けれど、あっさり、すんなり、中止・休止・延期を決めているかといえば、そうでもありません。

組織や会社などにおいては、個人(権力がある者)の意見だけで決めることは、危険なことでもあります。複数人での検討が必要でしょう。

けれど、仲間内やグループでの活動において予定されていた事業や遊興の判断を個人(幹事など)にゆだねられたとき、決断できない人が多いことも感じています。

決断できないというと語弊があるのかもしれません。

中止・休止・延期を決めて、何か言われるんじゃないか?

もしかしたら、中止・休止・延期をせずとも実施できたかもしれない。その場合に何か言われるんじゃないか?

と、責任を考えてしまうのかもしれません。

「みんなで決めたこと」という手形がほしいのですね。

そういう時間が持てる、期限が迫っていない、そういう状況ならば「みんなで決め」るのもいいでしょうが、この場合の「みんな」は民主的な意味ではなく、自分が責められないための保険のような意味合いを感じます。

私は、私の判断に任されている部分においては、「中止!」とズバリ言っていたので、「なんでそんなに あっさり決められるんだろう?」くらい思われていたかもしれません。

“姓”に関しても、「同姓を選んだら こう言われるんじゃないか。別姓を選んだら こう言われるんじゃないか」と考えて(悩んで)しまうのかもしれません。

“強制”が良いわけはありませんが、「自分で決める」ことよりも、「他人が決めて、多数の人が賛同している」ことに安心を感じる人が多いのだろうなぁ・・・

と、若新さんのコメントを聞いていて思いました。

« 姓を変えるということは、名前を変えるということ | トップページ | 同じ映画を何度も見ているのに、見るたびに「こんなシーンあったっけ?」「ここに こんなものあったっけ?」「あぁ、いかに何も見てないかを感じるね^^」なんて思うことはないでしょうか。でも、私が気づいていないだけで、そこにあるものとは、あるべくして あるんだなぁと思います。 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 姓を変えるということは、名前を変えるということ | トップページ | 同じ映画を何度も見ているのに、見るたびに「こんなシーンあったっけ?」「ここに こんなものあったっけ?」「あぁ、いかに何も見てないかを感じるね^^」なんて思うことはないでしょうか。でも、私が気づいていないだけで、そこにあるものとは、あるべくして あるんだなぁと思います。 »

フォト
2021年2月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28            
無料ブログはココログ