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2020年12月26日 (土)

「恋だの愛だのキスだの、そんなバカなことを書くことが、平和。だから僕はバカなことを書きまくった。それが平和の象徴、自由の象徴なんです」

2020年12月23日、なかにし礼さん(作詞家・作家)が亡くなりました(82歳)。

なかにし礼さんが作詞した「北酒場」を作曲した中村泰士さんも12月20日に亡くなられています(81歳)。

10月7日には作曲家の筒美京平さんも亡くなられています(80歳)。
(TOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」はなかにし礼さん作詞・筒美京平さん作曲なのですね)

歌謡曲は時代を表わしますし、時代を元気づけます。

世代を超えて、なにか流行歌がある時代(とき)は、世の中の雰囲気に元気があるような気がします。

そういう曲を作ってきた時代の証言者たちが亡くなり、淋しさを感じます。

個人的には、作詞家・作家としてのなかにし礼さん以上に、コメンテーターの側面が印象に残っています。

いけないことはいけない!と、ハッキリ物申す印象があります。

政府が集団的自衛権行使容認した際も、怒りを露にしていた記憶があります。

この年代の方々の作品には、戦争体験を通しての平和希求の願いが込められているように感じます。

年を重ねられた方の死を語ると、ノスタルジーにひたるな!とか若い人にも才能がある人がたくさんいる!という声が挙がるのですが、

べつに感傷的になっているわけでも、現代の若者より昔の人の言葉は重みがあるなどと言うつもりはありません。

ただ、自分の慣れ親しんできた曲を作った方々が亡くなり、戦争を経験した彼らが抱えながら作ったものと、戦争を知らない世代が作ったものとの違いはなんだろう?ということを思ったのです。

当然のことですが、戦争を体験しているか否かという違いがあります。

よく「戦争体験が作品に反映されています」というような文句を聞きますが、その「戦争体験」とは何をさすのだろう? 「戦争体験」の何が反映されているのだろう? 戦争を知らない世代はそういうことを想像し(想像するしかないのですが)、受け止めなければいけないのではないかと思います。

たとえば、現代日本に生きる私たちは「個人の自由」を訴えます。

けれど、すでに自由を得ているなかで主張する自由と、自由のない時代・状況・経験をしている人が求める自由とでは、その内容が異なるのではないでしょうか。

現代(いま)は、自分の思うがままに作詞作曲ができます。小説や文章を書くことも出来ます。それらを公に発表する自由もあります。

差別的な表現をしたり、盗作をしたりなどということは当然許されないことですが、個人で楽しむ限りにおいては何でも表現できます。

戦前戦中は、表現内容にチェックが入りましたし(検閲)、国や軍を貶めたり疑義を呈する表現などできるはずもありませんでした。

娯楽的な内容を含む表現できませんでした。

そもそも歌を作ること、歌を歌うこと自体が許されないときもありました。

歌(詩・言葉)を紡ぐ自由のない時代を経験してきたなかで、それが打ち破られて、自分の想いが表現できる状況になった、時代が来た。

黒が白になった。闇が明になった。不自由が自由になった。
(前者が酷いことで後者が良いこと、という意味ではなく、時代状況がガラリと変わったという意味で書いています)


敗戦の瞬間(とき)を経験した方は、「戦中と戦後で大人の言うことが180度変わった」という経験を語られます。

それほどまでに黒白の変化がある世の中で、

 私たちは何を大切に生きればよいのでしょう?

 私たちにとっての正義とはなんなのでしょう?

 私たちのいのちは 果たして重たいのか軽いのか?

いろいろな逡巡・葛藤・迷い・苦悩があったことでしょう。

戦争を知らない世代は、そういう経験をしていません。

その経験というろ過装置、あるいはクローズアップする虫メガネ(顕微鏡)、あるいは俯瞰する望遠鏡を、持った人間と持たない人間とでは、表現されるものも変わってきます。

不自由を経て得た自由を肌感覚で知った人の自由と、(一応)自由が当然の世の中で自由の主張なんて当たり前のこととして謳歌している人の自由とでは、自由の意味も重さも内容も変わってきます。

戦争を経験するべきということを言っているのではありません。

多くの人が記憶に留めるような作品を作った方の訃報を聞くと、驚きや淋しさが隠せません。

そういう感情は、単に「有名な〇〇が亡くなった! 残念だ」というだけの話ではないと思います。

そういう方々の作品から、大切な何かを感じたり、励まされて頑張ってこれたり、忘れてはならないことを心に刻まれたり、といったことがあったからです。

そして、そういうことを感じさせる作品には、ろ過装置を通した言葉、虫メガネで注視して紡ぎ出された言葉、俯瞰して冷静・冷徹に言い放った言葉が注ぎ込まれています。

ということは、後を生きる私たちは、それらの言葉の意味を噛みしめ、それらの言葉が紡ぎ出されるに至った背景や時代状況を想像するべきこと、できることと思います。

戦後75年経ち、

平和を求める声をあげることが出来る。戦争が始まってしまうと、平和を求めることが非国民扱いされる。

反対に、経済のためには戦争も核武装も必要という声も現にある。しかし、そのような声もまた、あげる自由がある。

自分の思ったことを声に出せる自由、作品に投影する自由が、現代(いま)、ある。

その自由は、不自由(自分の想いを押し殺される時代)を経て得たものである。

なかにし礼さんは、今日の投稿のタイトル「恋だの愛だのキスだの、そんなバカなことを書くことが、平和。だから僕はバカなことを書きまくった。それが平和の象徴、自由の象徴なんです」と語られたそうです。

書くことができる、表現することができる、歌うことができる・・・そこに自由を、平和を感じながらの創作だったのです。

私たちが懐かしんで口ずさむ曲。

その曲を作った人の心や育ってきた過程には、自分の想いを表現したくても許されない時代(とき)があった。

そのことを忘れてはいけない。

なかにし礼さんの訃報に接し、そういうことを想います。

南無阿弥陀仏

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