幾重にも塗り重ねられた道
石畳の参道に、鳥の糞が落ちていることがあります。
そのようなときは、水を入れたバケツとデッキブラシを持ってきて、ゴシゴシ擦(こす)ります。
ホント、見違えるようにきれいになります。
その、デッキブラシでゴシゴシしたところは。
そうすると、ゴシゴシしたところがきれいに浮かび上がり、何もしなかったところが汚れているように見えてしまいます。
べつに、汚いわけではありません。
長い年月で蓄積された泥や砂や埃や排気ガスなどによって、石畳は黒くなっていきます。
ただそれだけのこと。
けれど、時折糞が落ちて、そことその周辺だけをゴシゴシすると、そこだけきれいに浮かび上がります。
だからといって、石畳全体をゴシゴシするわけにもいかないし・・・
ここからが厄介なところ、
仮に石畳全体をゴシゴシするエネルギーや時間があっても、今度はきれいさにムラができるのです。
実は、ステイホーム期間中にゴシゴシを試みました。
確かに、蓄積された黒ずみ汚れは落ちるのですが、きれいになる加減にムラが出来、石畳に波のようなデザインができてしまいました。
見た目決してきれいとは言い難い(掃除をしたなぁっていうのはわかるのですが)。
鳥の糞の掃除自体は簡単に済むのですが、デッキブラシでゴシゴシ始めると、掃除した部分と今まで通りの部分で、極端な差が出来てしまうのです。
というお話。
☆
汚れを取り除けば、気になる部分を改善すれば、さぞスッキリするだろうなぁと思いがちですが、
かえって今まで気にもならなかったところの粗(あら)が見えたり、よけい落ち着かない状態になったりします。
こうすればきれいになる(良くなる)と思ってしたことが、思ったほどの効果がなかったり、不協和音を生み出したり、今までの良さに気づいたり・・・なんてことはよくある話ですね。
というお話でした。
南無阿弥陀仏
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