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2020年12月23日 (水)

「間」の持つ意味

今日は、日和は暖かかったのに、身体が冷えて暖房の前にいても凍えていました。

娘たちは、学校から帰ってきてから、半ズボンで、裸足で、長袖の腕をたくし上げて過ごしていました。

それでも「暑い」と言ってます。

からだがポカポカなのでしょうね。

うらやましい。

 ☆

昨日、公共の施設に行ったら、新型コロナ感染拡大防止を呼び掛けるために「人との距離を保ちましょう」チラシが貼ってありました。

いまや どこでも見かけて、いろいろな種類がありますが、昨日見たチラシは ちょっと考えてしまいました。

図柄として、「人」を模した絵と絵の間に、丸で囲まれた「間」が入っていました。

「人(間)人」といった雰囲気の図でした。

言わんとしていること、伝えたいことはわかるのですが、「なんだか 淋しいなぁ」と、貼ってあるチラシの前で、つい呟いていしまいました。

「人間(にんげん)」は、わざわざ「人間」と言わなくても、「人(ひと)」で通じます。

けれど、「人間」と言います。

なぜなら、関係性を生きているのが「人間」だから。

「人間」の「間」は、“間柄” とか “関係” という意味が込められています。

そう考えると、「人」だけでは、「人間」本来の姿を言い表すには足りないわけです。

「人間」の「間」は、関係性を生きていることを表わす。

けれど、2020年を生きてきた私たちにとって、「間」は “間隔” とか “隙間” とか “空間” を意味するものになってしまいました。

もちろん、それらの「間」は、「人間」の「間」とは意味合いが違うわけですが、

「人 (間) 人」の図を見て、(関係性を生きている)「人間」が、距離を保つ存在としての「人間」になってしまったなぁと感じました(T‐T)

当然、適度な距離感が必要なのも「人間」ではあるのですが。

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