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2020年12月 7日 (月)

矛盾するように感じられるものが、実は矛盾することなく成り立っている。

 「失敗は成功の母」

 「急がば回れ」

 「楽あれば苦あり」(「苦あれば楽あり」)

 違和感なく使っている言葉だけれど、味わってみると不思議な表現。相矛盾しているものが、きちんとバランスを保って成り立っている。

 失敗を積み重ねるうちに経験・知見も積まれ、成功へとたどり着く。けれど、その成功とは、「失敗の後に成功がやってくる」という順序だてたものと受け止めるのではなく、「失敗は成功であり、成功は失敗である」という、一枚の紙に表とウラが必ずあることと同じだと思う。失敗と思っている事柄が、即ち成功とつながっている。成功と安堵した事柄も、そこで満足したり思いあがったりしていたら失敗へと導く。失敗と成功は共にある。母と子が、共であるように。

 急がば回れ。急いでいるから近道を行きたくなる。地図上の道であれば、近道もあるし、「ここが近道だ」ということも分かる。けれど、人生における近道なんてわかりやしない。「こっちが近道だ!」と思った歩みが遠回りだったり、目的地と違うことだってある。そもそも、どこがゴールなのかもわからないし、目的地なるものも状況によってコロコロ変わる。暗中模索する中で“近道”といっても、それが近道なのか否かわからない。遠回りをしているかのような疲労感・疲弊間・徒労感や不安感があっても、人生振り返ってみると、すべての出会い・事柄との出会いがあっての今なんだと感じられる。回り道したみたいだけど、そんなことなかった。人生、若いとき、育児や仕事に追われているときは、気が急いてしまうけれど、それは歩むべくして歩んでいる回り道だった。

 楽あれば苦あり、苦あれば楽あり。
 楽しいことの後には苦が待っているよ、「アリとキリギリス」のキリギリスのように。
 苦しいことの後には楽が待っているよ、「アリとキリギリス」のアリのように。
 と、受け止めてしまうけれど、楽と苦、苦と楽は同時進行なのだと思う。人間、ひとつの事柄、ひとつの事業に専念・専心して生きているわけではない。あちらの顧客の相手して、こちらの顧客の相手して・・・。国語の勉強して、数学の勉強して、外国語の勉強して・・・。Aちゃんんの面倒見て、Bくんの話しに頷いて、ペットの散歩して・・・。仕事しながら、資格の勉強して、家のこともやって・・・。楽しいこと、辛いこと、苦しいこと、ふと笑えることして、ちょっと息抜きして・・・。そう考えると、人間って、いろんなことを同時進行で一生懸命頑張っている。今現に頑張っている。なんて凄いんだろう! 楽も苦も、苦も楽も、いろんなことを感じながら生きている。
 楽あれば苦あり(苦あれば楽あり)。楽(苦)のあとに苦(楽)がやってくる、って順序だてた話ではなくて、共にあるということ。喜怒哀楽は、ひとつひとつの感情ではなくて、みんなひとつなんだと思う。いろんな感情があるから、楽しい!ってことを感じられるし、苦しいです!ってことも感じられる。楽ばかりでは、それを楽とは感じない。苦ばかりでは、それを苦と感じない。楽を感じられるから苦を感じられる。苦を感じられるから楽を感じられる。
 楽あれば苦あれば楽あり苦あり。

 南無阿弥陀仏

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