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2020年12月24日 (木)

人間五十年

おとといの投稿に「人生50年」というフレーズが出てきた。

文章を打ちながら、信長の姿が頭に浮かんでいた。

本能寺で襲撃され、焼け落ちる本能寺において「人生50年~」と謡いながら舞う姿が、戦国ドラマではよく描かれる。

ところが、調べてみたら言葉の出どころは信長ではなかった(ご存知の方は、「知らなかったの?」と思われることでしょうが)。

室町時代に流行した「幸若舞(こうわかまい)」という演舞の演目のひとつ「敦盛(あつもり)」の中にある言葉でした。

「敦盛」において、若き平敦盛を討ったことに苦悩を覚える熊谷直実が、出家して人の世の儚さを詠んだ詩と言われている。

人間(じんかん)五十年、化天(下天)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり

下天という天界の一日は、人間世界における50年。

人間世界における50年が、下天においては一日のこと。

天の世界の時間と比較すれば、人の世の50年はほんの一瞬にすぎないということ。

「その一瞬の間に、人は、なにゆえ かくも醜い争いをするものか」・・・言葉の奥に、熊谷直実のこのような気持ちが籠っていたのではないでしょうか。

この意味から分かるように、「人間五十年」とは「人の世の儚さ」を意味しています。

信長は「敦盛」のこの言葉を好んでいたとも伝わっていますが、真相は定かではありません。

織田信長は1534年6月23日に生まれ、1582年6月21日に没したそうです。

50歳を前にして亡くなっていますから、信長は「人間五十年」を我がこととして受け入れたのだろう!という声もありますが、上記のとおり寿命を意味しての「五十年」ではありません。

現代では「人間の寿命はだいたい50年ほど」という意味でこの言葉を受け取られていますが、人間の尺度の話ではないのです。

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