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2020年12月17日 (木)

姓を変えるということは、名前を変えるということ

“名前”についていろいろ考えていて、そういえばと、“姓”について思いが及びました。

「選択的夫婦別姓制度」についての報道が時折なされます。

国民の間では夫婦別姓を支持する声が多くなりましたが、政治家という立場にいる方々(素直に“政治家”と言い難い)には「夫婦別姓などけしからん!」という方が多いようです。

以前もこのブログで書いたことがあるのですが、私個人的な話としては、妻が私と同じ姓を名乗ってくれていることを嬉しく思っています。

けれど、「選択的夫婦別姓制度」はあってしかるべきだ思いますし、その議論すら国会において封じられていることに疑問を感じます。

・同じ姓を名乗らなければならない必要性はありません(政治家という立場にいる方々も、その職務をする場においては旧姓を名乗っている人もいるではないですか)。

・結婚する際 離婚する際の手続きの煩雑さも、結婚したらどちらかの姓を名乗らなければならないところからきているものもあります(離婚の場合は、そのままの姓を選択することもできますが、そのままにするか元に戻すかということを考えなければなりません)。

・「夫婦は同姓であるべき!」と主張する方々の意見を聞いて、頷けるものはありません。
(「家族の結束のためには同姓でなければ!」とか「子どもが混乱するから」とか「子どもがいじめられるから」とか。
結束のためにというけれど、現に今も家族のなかの暴力や差別意識やDVで苦しみを抱えながらも、理由あって家族の形態を保っている人びとがいます。たとえ同じ姓を名乗っていても決して結束できるわけではありません。そのような現状や、姓を変えなければならない人の労力や決断や悲しみを知っているでしょうか。また、結婚によって姓が変わることを反対され、その理由で結婚ではなく別れを選んだふたりを、何組か見てきました。ふたりの仲はとても良好なのに。良好ゆえに別れを選んだのかもしれません。
親の姓が別々だと子どもが混乱する、いじめを受けるという声も、国際結婚をされる方々が増えている現状にあって理由にはなりません。
このカッコ内の文章は、「夫婦は同姓であるべき」という意見を批判するために書いているのではありません。「夫婦は同姓であるべき」という意見を聞けば聞くほど、その正当性を感じられないのです。聞けば聞くほど、「あれ、同姓でなくてもいいんじゃない?」と思えてきます。これほどまでに「選択的夫婦別姓制度」の議論を拒否する理由が伝わってきません)

結婚して姓を変えるのは、圧倒的に女性の方が多いです(男性が変えても構わないのに)。

日本は、男性を優位に置こうとする(置きたい)気持ちが根強いのだなと感じます。

こういうことを書いている私も男性です。妻から見れば、私もまた男性優位の思想がにじみ出ていることと思います。だから、他人事として(自分は女性蔑視してないよ、という立場で)言っているのではなくて、知らないうちに発している差別意識の汚さや怖さを思います。

さて、男性優位(に置きたい)の考え方が根強い国とはいえ、「選択的夫婦別姓制度」についての議論が最近少しは表立ってきたように感じます。

で、「あれ? そういえば“姓”の話だけになってない⁉」ということを、“名前”について考えているときに思いました。

姓も、名も、どちらも人生におけるいろいろなものが沁み込んでいます。良くも悪くも。

改名の難しさ・ハードルの高さをあらためて知り、それだけ動かしがたいこと(名前を変えるということは大変なこと)なんだと思い至りました。

では、“姓”はどうなの? と思いました。

日本人の “姓” に対するこだわりの強さを感じますが、結婚の際には女性男性どちらかが姓を変えなければなりません。

離婚の際も、そのままでもいいとはいえ、そのままにするか元に戻すかの選択を迫られます。

つまり、“姓”の変更(に関することを考えること)が強制されているのです。

改名のハードルが高いのに、姓は変更を強制される。

おかしな話だな と思いました。

「選択的夫婦別姓制度」の議論は、“姓”だけの話で完結するものではなく、“名前(氏名)”としての話でもあると思います。

“名前(氏名)”と共に生きてきた。

いろいろな人と出会い、さまざまなことを経験し、喜怒哀楽と共に過ごしてきたのが“私”であり“名前(氏名)”なのです。

それだけ大事なものを表わし、体温を持ったものが “名前(氏名)”なのです。

そういうことにまで想いが至ったならば、「選択的夫婦別姓制度」について、せめて議論の場に立つことを“選択”すると思います。

この議論を避けるのは、「夫婦は、家族は同姓であるべき」ということに対する確固たる信念・理由があるわけではなく、男性優位の思想を持った人が政治家という立場に多くいることの表れなのだと思います。

だから、「夫婦は同姓であるべき」という意見・理由を聞いても、なにも響かなかったのですね。

“姓”を変えるということは、“名前(氏名)”を変えるということ。

“名前(氏名)”を変えるということは、ある意味 そこまでの歩み、積み重ね、その人自身を捨てる(“捨てる”と言っては言いすぎだとは思いますが、言いたいことを汲み取っていただければ幸いです)ことにもつながる。

妻は、私と結婚したために、もしかしたら大切なものを捨ててしまったのかもしれない。ごめんなさい、ありがとう。
(こういう話になるとは思わなかった💦)

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