あと何年生きられる・・・引き算の人生。 今・今・今の積み重ね・・・足し算の人生。
2020年も12月31日、大晦日を迎えました。
いろいろいろいろあった一年でしたが、皆様お疲れさまでした。
今年もありがとうございました。
東京は晴れが続いていますが(昨日、久しぶりに雨が降りましたが)、全国的には雪が降っている模様。
大事ないことを念じています。
☆
2001年を迎える前のこと。数字の切りがいいからと、坊守(母)が2001年からの「10年日記」を買ってくれました。
それから10年後、2011年を迎える前にも「10年日記」をプレゼントしてくれました。
それから10年経ち、2冊目の「10年日記」(2011年~2020年)が終わることになります。
このブログを投稿し、2020年12月31日の欄に今日を振り返ったら終わりです。
たしか1冊目が終わるとき、「「10年日記」が書き終わります」 という投稿をした記憶があります。
それから10年が経つのですね。
「10年ひと昔」と言いますが、時の流れの早さと、いろいろなことがあるなぁ(あったなぁ)ということを想います。
で、この2020年暮れ、坊守は新しい「10年日記」(2021年~2030年)を用意してくれていました。
さて、どんな10年になることでしょう・・・
☆
「人は、いのちあるものは、限りの有るなかを生きています」
「明日ともしれぬ いのちを生きています」
なんて言いながら、これから先 10年間 書き綴ることのできるものを手にするわけですから、おもしろい話ですね。
でも、2021年1月1日で終わるいのちかもしれない。
たとえその1日だけで終わっても、それが私の生きた証です。
☆
暮れは、ドラマの一挙放送があって、つい見てしまいます(じっくりとは見られませんが)。
昨日今日と「義母と娘のブルース」(綾瀬はるかさん主演)が放送されていました。
本放送の時は見ていなかったのですが、義母と娘の10年ほどを描いた大河ドラマだったのですね。
時折涙浮かべながら見てました。
ドラマでは、“奇跡” という言葉がよく出てきました。
「小さな奇跡っていうのは実は毎日毎日あって、その奇跡を見つけながら生きて行けばいいんだ」というようなセリフがあって、“なんだか いいなぁ”と思いながら聞いていました。
起こり得ないことが起こる!というような意味で“奇跡”と言っているのではなくて、生きていくなかで物事を感じること そのひとつひとつが“奇跡”なんだよ、と言っているように聞こえました。
“奇跡”と表現するならば、私たちが毎日目を覚ますことも、心臓のひとつひとつの鼓動も、奇跡ではないでしょうか。
であるならば、私たちが日常と思っている“生”そのものが“奇跡”であり、非日常と思っている“死”は“自然”のことなのかもしれません。
なんだか、腑に落ちました (^-^)
2021年からも、「10年日記」に“奇跡”を綴っていこうと思います。
☆
ドラマといえば、数日前のブログに、「嫌なストーリー、見たくないシーンをドラマに描かないでほしいという声を聞きますが、もしそんなドラマがあったとして、私たち見たいと思いますか?」というようなことを書きました。
で、この年末、「孤独のグルメ」(松重豊さん主演)も再放送されていて、つい見てしまいました(漫画は読んだことがあるのですが、実はドラマをちゃんと見たのは初めてです)。
輸入雑貨商を営む主人公 井之頭五郎(松重豊)が、仕事を終えた後にフラッと立ち寄る飲食店での様子を描いたドラマ。
何にしようかな。あの人が食べているもの美味しそうだな。今日は絶対にこれを食べるんだ! と、メニューとにらめっこして、やっと選んだ一品を、ひたすら食べます。
そして食べながら心のなかで感想をつぶやいています。
で、食べ終わったら「ごちそうさま」。
お店の人と一言二言話して、レジで会計してさようなら・・・
基本的に そんなお話。
お店の人やお店にいるお客さんと、“奇跡”的な出会いや 濃厚な会話をするわけではない。
淡々としたストーリー。
でも、登場するお店は実在するので、そのお店で出される料理のおいしそうなこと😋
しかも、たまに車で通っている通りにあるお店が出てきて、驚きました(あ、あそこレストランだったの!?)
とても美味しそうな料理でした(行きたいなぁ)。
あ、つまり、特に盛り上がりも イレギュラーなストーリーもないドラマも成り立つんだなぁ・・・ということを思ったのです。
見終わって満腹になるドラマでした。
淡々とした日常も、また“奇跡”です。
☆
出会っている人とも、出会っていない人とも、今はいない人とも、これから会う人とも、すべての人と 奇跡的な日常を過ごしています。
今現に。
来年も、共に生きましょう。
ありがとうございます
南無阿弥陀仏