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2020年11月17日 (火)

自分との談合

真宗のお坊さんは、NHKの朝ドラと大河ドラマが好きな人が多い気がします(お他宗の僧侶のことは存じ上げないのですが)。

私も嫌いではありませんが、毎日・毎日曜に欠かさず見る!というほどではありません。

妻が朝ドラも大河ドラマも欠かさず見ているので、妻が見ている時に時間が合えば一緒に見て、それでなんとなくストーリーの流れを知っているかなって感じです(私の場合)。

そういえば、朝ドラ 絶対毎日見る系の先輩と、長野に法話に行くために朝早く車で出発した際、朝ドラの時間に合わせてサービスエリアに入りました。

サービスエリアのテレビで朝ドラを見ながら朝食を食べたことを思いだしました。

(で、朝ドラ終わったらレッツゴー🚙)

さて、今放送されている「エール」の、長崎での永田武博士(現実は永井隆博士)のエピソード回「どん底に大地あり」の回は、ツボに入った方が多かったようで、何人かの方がお話に引用されたのを聞きました私もブログで書きました)。

で、その回を見て感動した方が、見ていない方に説明をする場に遭遇しました。

「朝ドラの「エール」、長崎の話、見ました?」と切り出し、見ていない方に説明しているのですが、「え?そうだっけ?」と思いながら耳を傾けていました。

・私の受けとめ方とちょっと違うなぁ。

・その回における話の重要点がそこだったんだ。私は違うところに重きを置いたなぁ。

と、思いました。いえ、私の聞き方が正しいと言っているのではありません。

同じものを見ても、聞いても、ふれても、経験しても、その感想を語れば、人の数だけ表現されます。

・あ、そういう見方もあるんだ!

・あぁ、そこも大事だね!

などという発見もあります。

他者(ひと)の感想を聞くということは、見たもの聞いたものの幅を広げてくれて、楽しいです。

ですが、人によっては、明らかに間違った受けとめをする方もいます。

・なんでそうなるの?

・いや、180度違うと思う。

というようなこともあります。

蓮如上人は、ご法話を聴聞した後、寄り合い談合することを勧められました(「談合」と言っても悪だくみのことではなく、よくよく話し合うことです)。

一 前前住上人、御法談已後仰せられ候う。四五人の御兄弟へ仰せられ候う。「四五人の衆、寄り合い談合せよ。必ず、五人は五人ながら、意巧にきく物なり。能く能く(よくよく)談合すべき」の由、仰せられ候う。
「蓮如上人御一代聞書」(120)

「5人いれば5人がそれぞれ、自分の心に合わせて、自分勝手に聞いてしまうものです。教えを聞いた後、よくよく話し合いなさい」とおっしゃられました。

他の人の受けとめを聞くことによって、今聴聞したことの内容がより膨らみをもたらしますし、もし明らかに受け止めが間違っていたならば、そこを指摘できるし、指摘もしてもらえます。

受けとめ方の間違いを正すことが目的ではなくて、インプット(得た情報を)したものをアウトプット(表現すること)することって大事なことだと思います。

もしかしたら、インプットはきちんとできているのに、アウトプットの段階でうまく表現できないということもあります。

自分の中だけでなら解決・納得できていることも、他の人と共有しようとしたら全然共有できないということは、多々あるのではないでしょうか。

インプットしたものをアウトプットすることに努めることは、縁あってインプットしたものを熟成醸成させることにつながります。

人に話すのが苦手だったら、メモでも、日記でも、ブログでもいいので、表現してみるといいと思います。

5人いれば5人それぞれの受け止めがある。

でも、実は私ひとりのなかにおいても、受け止めがいくつかあったりする。

自分との談合も大切な発見があります。

南無阿弥陀仏

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