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2020年11月15日 (日)

生物季節観測

昨日のブログで、折々の楽しみ、四季の変化を見つけながら過ごしたいものですねと綴りました。

ところが・・・

気象庁は、鳥や虫の鳴き声の鳴き始めや植物の生育状況を観測して、気象状況の推移の把握をしてきました。

「生物季節観測」といい、70年続いてきたものだそうです。

その「生物季節観測」を、気象庁は動物の観測を年内で取りやめると発表しました。

今までは、植物34種類41項目、動物23種類24項目を観測してきましたが、来年からは「植物6種類9項目のみ」になるそうです。

その理由は、対象となる鳥や虫を見つけること自体が困難になったため。

その原因は、都市化が進んだこと、温暖化が進んだことが挙げられます。

東京においては、ウグイスの初鳴きを2000年3月以降、ヒグラシの初鳴きをを2001年8月以降、観測できてないそうです。

そういわれれば、ウグイスやヒグラシの鳴き声って、あまり聞かなくなりました。

鳴いてはいますが、観測地においては皆無に近いのでしょうね。

夏の終わりにヒグラシの鳴き声を聞くと切なくなってきたものですが、今夏はそんなに聞こえなかったなぁと感じていました。

動植物から季節の移ろいを教えられてきました。

その動植物の生育や数に変化があれば、当然季節を感じるきっかけも減っていきます。

また、二十四節季という暦もありますが、その暦も、暦と現実に乖離があることを、多くの人が感じていることと思います。

立春・立夏・立秋・立冬についてブログでふれてきたこともありますが、書いていることは「立〇とは思えない気候ですね」ということが多い気がします。

季節の移ろいを感じられることの有り難さを思いますし、

その季節の移ろいに急激な変化が起きていることの危機感も忘れてはいけないと思います。

地球の動きにおいて、季節の移ろい・気候の変動は、自然に起こり得るものですが、人為的変化は、地球をはじめ地球上のすべての生き物に負荷を与えています。

四季を感じるがごとく、危機を感じなければいけない。

「生物季節観測」が取りやめられるということは、日本ののどかな習慣が終わるということのみならず、地球規模の問題・課題です。

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