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2020年11月27日 (金)

人文知

たまたま「じんぶん堂」というサイトを知りました。

「じんぶん堂」は、出版社と朝日新聞社による、人文書の魅力を伝えていくプロジェクトです。
朝日新聞社の本の情報サイト「好書好日」の中で展開するこの「じんぶん堂」サイトでは、人文書を世の中に届けているさまざまな人たちが、その魅力を伝えていきます。

AI(人工知能)が人間の知性を超えて、世界の風景が一変するといわれています。
遠くない未来、私たちは端末やデータとして生きていくのでしょうか。しかし、AIのアルゴリズムを作るのも人間です。
「人文系の時代は終わった」という声も聞こえてきますが、デジタル社会になっていくからこそ、人間が人間らしくあるために、 知ること、考えること、そして自分で判断して表現することの、いわゆる「人文知」がますます必要になってきています。
私たち人文書を出している出版社と朝日新聞社は、このサイトを通じて、みなさんにこう呼びかけたいと思います――
人文書を手にとってみませんか? 世界の景色が少し変わるかもしれません。
発起人:晶文社、筑摩書房、白水社、平凡社、朝日新聞社
(「じんぶん堂」サイト 「じんぶん堂とは」より)

 

「じんぶん堂」のサイトを、まだそんなに読み進めてはいませんが、青山ブックセンター本店(ABC)店長 山下優さんのインタビューが目に留まりました。

「どんなメディアでも出版の記事には、200%『出版不況』って枕詞が入っていて。問題はいろいろあったはずなのに、『出版不況』といっておけばいい、みたいな感じがすごくイヤで。ちょうど(ABCの売上が)前年比で上がり始めていたので、書店も頑張っていることを伝えたかったんです。あまりに伝わっていないと思ったから」

言い訳は、始めてしまうとキリがありません。自分は楽だし、責任を誰かのせい 会社のせい 社会のせいにしておけるから。でも、言い訳している人自身もわかっていることだけど、それでは何も変わりません。いや、良くなることはなくて、悪い方に転がっていきます。

出版業界も大変だという話は耳にします。本屋さんが好きだから、行けるときは本屋さんに行って本を買いますが、夜中にネットを見ていて欲しい本・興味ある本に出会ったら、ついポチッとしてしまいます。こころの片隅がチクッと痛みながら。

『出版不況』という言葉は、私のいる業界(“業界”と言っておきます)ならば「宗教離れ」「寺離れ」「墓じまい」などという言葉が相当するように感じます。お寺に人が来ないことを、「宗教離れ」という社会全体の雰囲気であるかのようにして口にする。そういう態度が、宗教離れ・寺離れにつながっていることを気づいていません。

「これは自分たちの問題でもあって、書店の現状とかを、全然伝え切れていないんじゃないか。飲食店もそうですけど、いきなり潰れることを知って、閉店間際だけ人が並ぶことにすごく違和感がある。(来店者数を)ならしていけば、もしかしたら続けられたお店もあるかもしれない。自分たちで発信していくのは大事だなと」

「自分たちで発信していくのは大事だなと」・・・発信していくしかないのだと思います。そこに結果がついてくるか否かはべつにして。
私のいる業界は、親鸞聖人の教えを発信していくことが中心の務めです。そこを外して、そのことをせずに、「宗教離れ」とか「今は仏教の話を聞いてくれる人はいない」とか言っていれば、それでは確かに潰れていくしかないでしょう。
「潰れる」ことが決まり、その話が周囲に伝わったとき、別れを惜しんでもらえるのかどうか・・・。

山下優さんのインタビューを読んでいて、誰もが大変なところにいるんだよなぁとあらためて感じました。
何もせずに、あるいは愚痴ばかり言って終わってゆくのか、すべきこと できることを見つけて努めていくのか。その分岐点にいるのだと思います。

山下店長の話は、経営の話というわけではなく、“本との出会い”の話を語られています。

実際に本屋さんに行って、買うつもりのなかった本を買った、今まで読んだことのない作者の本を買ったという経験は、多くの方があるのではないでしょうか。
本屋さんのお薦めだった、パラパラとめくっているうちに惹き込まれた、装丁に心奪われたなどなど。
そういう経験は、ネット上ではなかなかできません。自分の好きなアーティスト・著名人、SNSでつながっている友人・知人が、「これ読んでとてもよかったよ!」と書いている本を、ポチッとすることはあるでしょうが。

自分の嗅覚や直感で買うということは、楽しい経験です。
その経験は、本以外の購入の際にも、人とのお付き合いの際も生きてくるはずです。けれど、嗅覚や直感に頼らない生活が当たり前になってきて、さて、人間は何を頼りに自分にとって必要なもの、自分が心から欲するものに気づいていくのでしょうか。

「店頭で、目の前に本があるのにAmazonレビューをスマホで見てるのは、外したくない、損をしたくない気持ちがすごく強いんだろうなって思う。その感覚もわかるんですけど、例えばレビューが星5個でも、それは他人がつけた星。星1つでも自分にとってはめちゃくちゃいい本かもしれない。面白い、面白くないは、自分が決めればいい」

 「本は自分で選んだ方がいろんな扉が開くし、世界が広がるんじゃないかな。みんな自分の『好き』を否定されるのを恐れすぎですよね。自分も学生のときにバイトして、洋服とか音楽とかにつぎ込んで、別に無駄遣いを推奨してるわけじゃないけど、でもそうじゃないと本当に欲しいもの、好きなものには出会えないんじゃないかな」

私が学生の時の話。
大学に入りたて 1回生の私は、同じ部活で同じ学科の4回生の先輩に、
「誰の本を読めばいいですか?」「お薦めの本はありますか?」というようなことを尋ねました。
先輩は、誰の本を薦めるではなく、
「誰の本でもいい、真宗の本でなくてもいい、とにかく本を読め。読んでいるうちに これだ!って本に出会うから」とアドバイスをくれました。

周りが「いい!」と感じる本が、私に合うとは限らない。
周りの評価はいまいちでも、私にとっては響くことがある。
世間の評価、周りの補油版を頼りに本を読むのではなく、いろいろな本に手を伸ばしてみてほしいと思います。

そうだ 本屋さん、行こう。

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