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2020年10月 4日 (日)

結局、信念(中身)がないということが起因するのだろうか

自分の、ある発言が非難を受けた。

当初は「そんな発言はしていない」と突っぱねていた。

けれど、同じ場にいた人たちが「そういう発言があった」と証言し、目上の先生に注意を受けると、「発言があったことを“確認”した」と、発言を認めた。

そもそも、自分が発言した内容であることを認める際、「そのような発言があったことを“確認”した」などという言い方をするだろうか。

やっぱり、認めるのが嫌なんだろうなぁ。

とはいえ、謝罪しなければならないから・・・ブログで謝罪した。会見は開かない。

その態度に、ある先輩は「言語道断だ。ブログで謝るのもいかがなものか」と断じたが、「今回が最後だ。次にやったら厳しくものを申さねばならない」と言っている。

いや、「次にやったら」って、さすがに、これが最後の発言としなければいけないのではないか。今までの発言の積み重ねを考えると・・・。

仲間内でも、ことの重大さを感じていないんだろうな。

こういうことを起こすのが、会社組織だったとしたら、その会社の運営は上手く行かないだろうし、社会からの信用も失うはず。

なのに、国会議員の、しかも与党を名乗る集まりの方々がそういうことをしている。

本来なら、党運営も上手く行かないし、国民からの信用も失ってしかるべき・・・と思うんだけど。

それにしても、大事な決め事を閣議だけで決めたり、重大なお知らせや謝罪をブログで報告したりすることはやめてほしい。

そのうえ、あらためて説明の場を設けるでもなく、「説明しました」「問題ありません」で終わらせようとするのだから。

そういうことを当然の如くする党が、道徳教育を進めようとしているって、おかしな話です。

学校で、子どもたちが喧嘩して、一方の子が「ごめんなさい」を言う際に、「ブログで謝ったから」

学校で、保護者どうしがもめて、一方の保護者が「ごめんなさい」を言う際に、「LINEで謝っといたから」

なんて言っても、何も言えないでしょう。現にブログで謝罪を済ませている方々には。

本当にそれが良いことだと、必要なことだと、国民のためだと思って推し進めようとしてなら、説明できるはず。

本当に悪いことをしたと気づいたなら、公の場で謝罪してほしい。
(前も書いたけれど、本当に発言内容通りの思想を持っているのなら、それはそれで堂々と表明してほしい。謝罪したくないのであれば、「私の考えていることです」と堂々と言えるはずなのに、それもない。ということは、何も考えていないということと同じでは)

本当に言語道断だと思うなら、今、物申すはずでしょう。それなのに「次にやったら」って…。言語道断です。

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