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2020年10月16日 (金)

時の長さは慈悲の深さ

親鸞聖人の言葉に

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」(『歎異抄』後序より)
とあります。

(試訳)「阿弥陀如来が、五劫という長い時間をかけてご思案になって発起してくださった「衆生を救いたい」というご本願をよくよく考えてみると、ただひとえに私親鸞一人を救わんがための願いであったのだなぁ。

そこに「五劫(ごこう)」という言葉が出てきます。

「五劫」の「劫」とは、時の長さを表わします。

どれくらいの長さかというと、一辺が40里(160キロメートル弱)の立方体の岩があったとします。そこに、100年に1度、天女が舞い降りてきて、天女の羽衣でその岩を撫でてゆきます。その摩擦で岩が磨り減り、岩が無くなってしまうまでの時間・・・それでもまだ足りないのが「劫」です。「五劫」とは、その五倍の長さです。想像もつかないほど長い時間ということです。

辞書的な意味としては上記の通りですが、それでは、「阿弥陀如来が、永い永い時間思惟した」という程度にしか受け止められないことになります。

それだと、私たちが何かしらの決断を下す際に、時間をかけて迷い考えるのと同じになってしまいます。

「五劫」とは、確かに時間の長さを表していますが、どういう時間なのかを知るべきだと思います。

ちょっと余談になりますが、「五劫」を「時間の長さ」として受け止め、その長さを計算した先輩僧侶がいます。

先輩は数学が得意で、「劫」について、自分で計算式を立てて計算ました。

岩の硬さ、天女の羽衣の材質、そこから考えられる摩擦係数・・・それらを現実的に想定して、「白山くん、“劫”の永さが分かったよ!」と、計算式と解を見せてくれました。

確か、「10の100000・・・・・乗」といった解だったと記憶しています(ハッキリとは覚えていません)。

解を導いたとはいっても、想像を超える数値です。

先輩は得意になっていましたが、あくまで想定内における計算です。

そのとき、「天女の寿命」が想定されていないな、と感じました。

あまり書きすぎると本線から外れてしまうので、これくらいにします。

決して、先輩僧侶を批判しているわけではなく、先輩が差し出した計算式を見た時に、「劫」とは時間の長さではないなぁ!と感じました。

そういうことではないって。

(そう思えたのは、先輩のおかげです。と、立てておこう (^▽^) )

阿弥陀如来因位のとき、法蔵菩薩であったときに「生きとし生けるものを救いたい!」と誓願を起こされ、そしてやがて阿弥陀如来となります。

誓願を起こして修行している間、法蔵菩薩は衆生(この世の生きとし生けるもの)一人ひとりの生涯のすべてをご覧になります。

「そくばくの業」(かぞえきれないほどの業)を背負っている衆生です。

さまざまな悩み苦しみがあります。

それと共に、煩悩のすべてもご覧になります(肌で感じられます)。

そこで「衆生は、救うに値しない」と思われたならば、阿弥陀如来とはなられません。

今、私たちは「南無阿弥陀仏」と念仏称えることはありません。

大悲無倦常照我」(「正信偈」)。

阿弥陀の慈悲の光明は、決して倦(あ)くことなく(あきることなく・投げ出すことなく)、私のことを照らし続けています。

すべてをご覧になったうえで、倦くことなく、私の救いを願い続けてくださっているのです。

誰一人除くことなく、人間だけでなくすべてのいのちの生涯をご覧になった。

そのためにかかった時間が「五劫」(五劫でも足りないほどの時間)なのです。

「劫」とは、単に時間的長さという意味に留まらず、この地球上(もしかしたら、地球という概念をも超えて)に生きる全生命の全生涯をご覧になるためにかかった永さを表します。

しかも、争いの止むことのない人類、煩悩を持って生きるいのちの姿を、目を背けることなく、倦くことなく、投げ出すことなく、衆生を誹謗中傷することなく受け止めたのです。

五劫思惟の歩みは、衆生を受けとめる歩み出遇ったのかもしれません。

それゆえに、阿弥陀の慈悲は、私たちひとり一人を常に照らしています。

そのことに気づいた親鸞聖人は、「この私をも阿弥陀如来は慈悲の心で照らしてくださっている。私が照らされているのだから、私以外の人びと(いのち)が照らされているのは、言うまでもないことだ」と感じ取られ、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり 」と述懐されました。

南無阿弥陀仏

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