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2020年10月23日 (金)

どん底に大地あり

昨日今日(10月22・23日)、NHK朝の連続テレビ小説「エール」に、長崎の医師 永田武先生(吉岡秀隆さん)が登場しました。

永田武先生は、実在の医師 永井隆博士(1908~1951)をモデルにしています。

永井博士はレントゲン科の医師でしたが、フィルム不足のため直接透視でレントゲン検査を続けたため、放射能を過量に受け慢性骨髄性白血病となります。

白血病との闘病中、1945年8月9日11:02 長崎に原爆が投下されます。

病の身であり、自身も被爆しながらも、苦しむ被爆者のため救護活動を行います。

被爆により、妻も亡くされました。

救護活動中、自身の体に原爆症の症状が現われ倒れます。

疎開させていた子どもたちは、被爆せずにすみました。

ですが、母を亡くした子どもたちに淋しい思いをさせたくないと、病床の身にありながら、永井博士は子どもたちのことを想い続けました。

原爆のこと、被爆のこと、原爆症のことを後世に伝えなければいけないと執筆活動に入ります。

また、子どもたちの心がすさんではいけないと、私設図書館「うちらの本箱」を作りました。

1951年5月1日、博士は亡くなります。43歳でした。

博士が原爆症の研究・執筆活動をしていたのが、長崎浦上の地に建てられた畳 2畳の家「如己堂」です。

名前の由来は、「己の如く人を愛せよ」という聖書のことばです(博士はカトリックの洗礼を受けています)。

博士は「如己堂」において、「エール」で歌われた「長崎の鐘」をはじめ、恒久平和実現を願いながら17冊の本を書きあげました。

博士はふたりの子どもに、書き遺しています。

「わが いとし子よ “汝の近きものを 己の如く愛すべし” 

そなたたちに遺す私の言葉は、この句をもって始めたい。

そして恐らく終りもこの句をもって結ばれ、ついにすべてがこの句にふくまれることになるだろう」と。
   
長崎の観光地としてはマイナーかもしれませんが、平和祈念像のある平和公園からそんなに離れていないところに「如己堂」と「長崎市永井隆記念館」が建っています。

長崎を訪ねる際は、ぜひ立ち寄っていただきたい場所です。

 ☆

神の存在を問うた若者のように、「なぜ?」「どうして?」と、自分の身を振り返っているうちは、希望は持てません。

どん底までおちて、大地を踏みしめ、共にがんばれる仲間がいて、はじめて真の希望は生まれるのです。

その希望こそ、この国の未来を創ると、私は信じています。

(「エール」2020年10月23日放送 永田 武医師の言葉より)

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