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2020年10月13日 (火)

「任命する」

「日本学術会議」の新たな会員について、会議側が推薦した候補の一部の任命を、菅(すが)総理大臣が見送った件。

マスコミも初めは敬遠していた事柄かのようでしたが、今では大きく取り上げるようになりました。

さて、総理大臣が任命を見送ったことの是非や、「日本学術会議」自体の存在の意味について、多くの方々が語っています。

けれど、本来の問題から離れたところで賑やかになっている気がします。

先ずは、総理大臣による任命の見送りという、そもそもの出発点を考えなければいけないと思います。

日本学術会議法7条2項には、

「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」

とあります。

「任命する」とあったら、「任命する」ことが勤めなのです。

断っておきますと、右派とか左派とかリベラルとか、親自民とか反自民とか、親安倍とか反菅とか、自分の立ち位置から物を言っているのではありません。

「任命する」とあったら、「任命する」ことが勤めなのです。

そこに「任命拒否」とか「新たな人選」という勤めは生じません。

どこの組織でも、集団でも、グループでも、「任命する」という決まり事に対しては、「任命する」ことしかありえません。

その大前提を覆すから、ややこしい(本当はややこしくないのでスガ)話になっているのです。

もし菅総理大臣や自民党が「日本学術会議」の有り方を見直したいのであれば、見直す作業をするなかで、「人選する」とか「共に人選にあたる」などとしたうえで、今回のようなことをしなければ、「日本学術会議」だけの話ではなく、法治国家における約束事が根底から崩れてしまいます。

任命しなかった理由について、筋の通らない理由を述べています。

いつも思うことがあります。

たとえば、今、野党の党が政権を獲り、同じようなことをし、同じような筋の通らない理由を並べたき、今与党内にいる議員は、「あぁ、それはそうだね」「うん、筋が通っている」と頷くのでしょうか?(そんなことはないと思うのですが)

自分がされたら嫌なことを、してはいないだろうか。

憲法6条1項にこうあります。

天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」と。

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