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2020年10月

2020年10月19日 (月)

合理化ばかりが暮らしやすい生活を生むわけではないし、人生にとって大切な無駄もある

今朝、テレビ番組で「菅総理に望むこと」というテーマで街頭インタビューをした様子を放送していた。

「縦割り行政の打破」「デジタル庁新設」などにふれ、“合理化”や“無駄を省く”ことを望む声が多かったように聞こえた。

確かに、縦割り行政から生じる無駄を省いて合理化を図ることは必要なことだ。

また、税金の無駄遣いを諫める声もあったが、その例えとして出していたのが日本学術会議の年間予算だったのは、正直「そこかなぁ!?」と思った。

日本学術会議の年間予算は10億円余り。

「10億円」という金額だけを聞けば、大きい金額だ。

けれど、日本学術会議に所属する研究者は210名 他に運営上の事務員もいるはずで、その人数から比すると決して高額ではない。

それどころか、日本学術会議のメンバーの研究者は、持ち出しで活動しているとも聞く。

日本学術会議の在り方や活動内容を問う声は出て当然だが、「10億円」という金額にのみ反応しているような気がする。

この10億を無駄使いと言うのであれば、物議をかもしたアベノマスクは466億円が計上されているし、イージスアショアは1787億円の契約を交わし、196億円が支払い済みだそうだ。

河野防衛大臣(当時)がイージスアショアの配備停止を決定して、イージスアショアの配備は断念したのかと思ったが、今度は海上配備の検討を始めているらしい。

「合理化を!」「無駄を省いて!」と要望する割に、大きな金額が動く事案ほど、関心が薄いことが気にかかる。

「合理化」「無駄を省く」は、あたかも必要不可欠なことのように思ってしまうけれど、合理化や無駄を省くという声を聞いて「市町村合併」「規制緩和」を思い出した。

小泉純一郎首相時の「平成の大合併」や「規制緩和」の推進は、何をもたらしただろうか。

結果的にモノを言っても、「今だから言えることだろう」と叱られることだろう。

けれど、地方の活力を奪ってしまった、物作りに代表される地道な仕事が淘汰されてしまった、そういう面は否めないのではないだろうか。

新型コロナウイルスの大流行によって、この一年に満たない期間で、今までの常識は覆され、生活環境に大きな変化をもたらした。

物事は、生活は、システムは、日々動いているものだから変化があって当然だし、避けられるものではない。

しかし、自然な流れのなかでそうなっていくのではなく、

人間の意思(合理化や無駄を省くこと)を目的として、無理を強いて、短期間で変化をもたらすことには、必ず歪(ひずみ)が生じる。

合理化や無駄を省くこと自体は、継続した動きの中で、当然なされてゆくものだと思う。

けれど、それを目的にしてしまうと、何のために、誰のために「合理化」「無駄を省く」をしようとしたのかわからなくなってしまう。

合理化せずにおくことにも理由がある。

無駄こそ生活に必要なときがある。

そういう見方も忘れずに。

2020年10月18日 (日)

娯楽

輿論(よろん)は常に私刑であり、私刑は又(また)常に娯楽である。
                  (芥川龍之介『侏儒の言葉』より)

芥川龍之介の言葉に出会った。

世間には「私刑」があふれている。

「私刑」とは、法律によるわけではない、個人的感情から起こる制裁のこと。

○何らかの罪を犯した人がいる。

○法を犯す罪を犯したわけではないが、“私”にとって気に入らないことをした人がいる。

○その人が何かをしでかしてしまったわけではないけれど、“私”の目には、とても恵まれた人生を送っているように見える人がいる。

そのような人に対して、自分を高みに置いて、制裁する 断罪する やっかむ「死刑」。

数年前までは、自分の仲間内で、話の種 酒の肴ていどで他者を裁いていたものが、

ネット環境 SNS等の普及により、他者を裁くつぶやきが地球全体に行き渡ってしまう。

○たとえ実際に罪を犯した者に対してであっても、第三者に制裁する権利はない。

○私の正義に反する者ではあっても、断罪する道理はない。

○やっかみは、決して他者が悪いわけではない。

質(たち)の悪いことに、情報が正しかろうが間違っていようが、「私刑」執行者にとってそんなの関係ない。

「私刑」は、自分の怒りやモヤモヤした感情が発散できればいいのだから。

それゆえに、「死刑は又(また) 常に娯楽である」のだろう。 

さて、「輿論(よろん)」は見慣れない言葉だと思う。現代では「世論」という書き方が一般的だから。

「輿論」「世論」とも「大衆の声」を意味するが、「輿論」と「世論」は似て非なるものである。

「輿論」は「パブリック・オピニオン」(公衆の意見)を意味する。

「輿論」と表わされる「大衆の声」の背景には、確固たる「意見」「信念」「思想」がある。

「世論」は「ポピュラー・センチメント」(一般的な気分)を意味する。

「世論」と表わされる「大衆の声」に、確固たる「意見」「信念」「思想」は・・・ない。

時代状況や社会の空気、個人的気分に左右されて ものを言う。

深く考えるという作業もなく時代を嘆き、自分以外の者のせいにし、他者を貶(おとし)め、楽な方に流れる。

「世論」の意味を知ると、果たして「世論調査」の結果とは、信用に足るものだろうか。

さて、

ここまでの説明からすると、「世論は常に私刑であり、」の方が文章の通りがいい気がする。

けれど、芥川龍之介は「輿論」と書いた。

○「輿論、確固たる信念に裏打ちされた意見もまた “私刑” である、」とも読めるし、

○芥川龍之介在世当時は、「世論」とは言わず「輿論」と言うことの方が一般的だったかもしれないから、現代でいう「世論」と同じ感覚で「輿論」と書いたのかもしれない。

芥川龍之介の意図は分からないが、

言葉の意味として「輿論」と「世論」は明確に違うものである。

○現代、私たちは「世論」の多数意見に合わせることによって、自分の正当性を保とうとしてはいないだろうか(そこに、自分の意見はない)。

○「世論」の多数意見を是として、少数意見を非としてはいないだろうか。

○「世論」の少数意見を見下してはいないだろうか。

その態度はよくないし、そもそも「世論」は 空気を読んでのもの、気分的なもの。

情報の多い世の中、何が正しい情報で、何が間違った情報かわからないことが多い。

不明確な面が多い。

ということは、空気や気分に流される声もまた不明確で、根っこがない。

ひとつの情報に左右されるのではなく、いろいろな側面から見た情報にふれ、

自分が思ったこと 感じたことは、率直に「意見(オピニオン)」として語れば、

自分とは違う「意見(オピニオン)」から発見を得ることもある。

「輿論」は、そういうところから醸成(酒や味噌が醗酵するかのように物事が徐々に作り出されてゆく)されてくるのだと思う。

そういう意味で、「輿論は娯楽である」ということに辿り着くような気がする。

知り、考え、感じ、語る。そこからまた、知り、考え、感じ、語るということが生まれて来る。

そのことは、人間にとっての「娯楽」である。
(芥川龍之介が言おうとしたことからは、おそらくかなり離れていると思う。それもまた善哉善哉)

2020年10月17日 (土)

50回忌

今日、50回忌のご法要をお勤めさせていただきました。

今年50回忌ということは、49年前、昭和46年に還浄されたということ。

49年前、昭和46年・・・私の生まれた年です。

私が生を賜った年に、亡くなられた方。

(血縁という意味を超えて、)先に往った方から、受け継いだ、引き継いだいのちを、私は生きているということ。

先往く方のいのちを感じるということは、私の後を生きるいのちもあるということ。

今日の夕食時、いとこの子どもたちの話題になりました。

一番年上の子は、大学を出て、仕事を始めたくらいの年齢。

「お誕生おめでとう‼」なんて、いとこどうしで祝福していた赤ちゃんが、これから成人を迎えるような年になった。

自分で稼ぐような年になった。

それは、年を重ねるはずですね(^▽^)

先往く人と、これからを生きる人。

いのちは、生存しているか否か、なんて価値観を超えて、先往く人とこれからを生きる人と共にあるんだな、と感じました。

南無阿弥陀仏

2020年10月16日 (金)

時の長さは慈悲の深さ

親鸞聖人の言葉に

弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり」(『歎異抄』後序より)
とあります。

(試訳)「阿弥陀如来が、五劫という長い時間をかけてご思案になって発起してくださった「衆生を救いたい」というご本願をよくよく考えてみると、ただひとえに私親鸞一人を救わんがための願いであったのだなぁ。

そこに「五劫(ごこう)」という言葉が出てきます。

「五劫」の「劫」とは、時の長さを表わします。

どれくらいの長さかというと、一辺が40里(160キロメートル弱)の立方体の岩があったとします。そこに、100年に1度、天女が舞い降りてきて、天女の羽衣でその岩を撫でてゆきます。その摩擦で岩が磨り減り、岩が無くなってしまうまでの時間・・・それでもまだ足りないのが「劫」です。「五劫」とは、その五倍の長さです。想像もつかないほど長い時間ということです。

辞書的な意味としては上記の通りですが、それでは、「阿弥陀如来が、永い永い時間思惟した」という程度にしか受け止められないことになります。

それだと、私たちが何かしらの決断を下す際に、時間をかけて迷い考えるのと同じになってしまいます。

「五劫」とは、確かに時間の長さを表していますが、どういう時間なのかを知るべきだと思います。

ちょっと余談になりますが、「五劫」を「時間の長さ」として受け止め、その長さを計算した先輩僧侶がいます。

先輩は数学が得意で、「劫」について、自分で計算式を立てて計算ました。

岩の硬さ、天女の羽衣の材質、そこから考えられる摩擦係数・・・それらを現実的に想定して、「白山くん、“劫”の永さが分かったよ!」と、計算式と解を見せてくれました。

確か、「10の100000・・・・・乗」といった解だったと記憶しています(ハッキリとは覚えていません)。

解を導いたとはいっても、想像を超える数値です。

先輩は得意になっていましたが、あくまで想定内における計算です。

そのとき、「天女の寿命」が想定されていないな、と感じました。

あまり書きすぎると本線から外れてしまうので、これくらいにします。

決して、先輩僧侶を批判しているわけではなく、先輩が差し出した計算式を見た時に、「劫」とは時間の長さではないなぁ!と感じました。

そういうことではないって。

(そう思えたのは、先輩のおかげです。と、立てておこう (^▽^) )

阿弥陀如来因位のとき、法蔵菩薩であったときに「生きとし生けるものを救いたい!」と誓願を起こされ、そしてやがて阿弥陀如来となります。

誓願を起こして修行している間、法蔵菩薩は衆生(この世の生きとし生けるもの)一人ひとりの生涯のすべてをご覧になります。

「そくばくの業」(かぞえきれないほどの業)を背負っている衆生です。

さまざまな悩み苦しみがあります。

それと共に、煩悩のすべてもご覧になります(肌で感じられます)。

そこで「衆生は、救うに値しない」と思われたならば、阿弥陀如来とはなられません。

今、私たちは「南無阿弥陀仏」と念仏称えることはありません。

大悲無倦常照我」(「正信偈」)。

阿弥陀の慈悲の光明は、決して倦(あ)くことなく(あきることなく・投げ出すことなく)、私のことを照らし続けています。

すべてをご覧になったうえで、倦くことなく、私の救いを願い続けてくださっているのです。

誰一人除くことなく、人間だけでなくすべてのいのちの生涯をご覧になった。

そのためにかかった時間が「五劫」(五劫でも足りないほどの時間)なのです。

「劫」とは、単に時間的長さという意味に留まらず、この地球上(もしかしたら、地球という概念をも超えて)に生きる全生命の全生涯をご覧になるためにかかった永さを表します。

しかも、争いの止むことのない人類、煩悩を持って生きるいのちの姿を、目を背けることなく、倦くことなく、投げ出すことなく、衆生を誹謗中傷することなく受け止めたのです。

五劫思惟の歩みは、衆生を受けとめる歩み出遇ったのかもしれません。

それゆえに、阿弥陀の慈悲は、私たちひとり一人を常に照らしています。

そのことに気づいた親鸞聖人は、「この私をも阿弥陀如来は慈悲の心で照らしてくださっている。私が照らされているのだから、私以外の人びと(いのち)が照らされているのは、言うまでもないことだ」と感じ取られ、「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人がためなりけり 」と述懐されました。

南無阿弥陀仏

2020年10月15日 (木)

今朝の想いに この6年が籠っている

長女は小学6年生。

コロナ休校(なんて呼び方はないけれど)のため、学年スタートが7月からになった。

他の学年ならば、来年度以降もあるから、まだ友だちと過ごす時間があるね、と思うけれど、6年生はそういうわけにはいかない。

もう最終年度なんだ。

公立の中学校に上がれば、ほとんどの友だちと中学校でも一緒 (^-^) なんて時代は私の頃の話。

私が通っていた頃の、地元の公立中学校は、4つの小学校から進学し、一学年9クラスあった。

今は、4つの小学校から進学し、一学年4クラスらしい!

私の頃は、中学校受験をする子のほうが珍しかったから、ほとんどの子が地元の公立中学校にあがってきてた。

だから、小学校のときの友だちも、ほとんど一緒。

けれど、現代(いま)は、中学校受験が珍しくない時代。

そりゃ、9クラスが4クラスになってもおかしくない。

けれど、それだけ 小学校卒業と同時にお別れになる子が多くなるということ。

小学校最終学年の生活は、一日一日が大切になる。

それが、7月スタートになったのはかわいそうだ。

なんて思っていたけれど、昨日小学校にミシン実習のお手伝いに行ったら、みんな一生懸命学んでる、楽しそうに遊んでる、とってもとっても賑やかだ。

大人のエゴだった。みんな大切に生きている。

長女入学の頃から見てきた子どもたちが大きくなっている、個性が現われていておもしろい、なんだかんだいってしっかりしている。

あぁ、この子たちとのお別れを淋しがっているのは私だったのか。

なんてことに気づいた。

今朝、外掃除をしていたら、「〇〇ちゃんのお父さん」という声が聞こえた。

え!?と思いながら顔を上げたら、長女のクラスの子がいた。

今まで、学校で見かけたら私から声をかけてきたけど(気になる子だったので)、今朝、その子から声をかけてくれた。

その子にすれば、ただの「おはよう」の挨拶のつもりだったのかもしれない(だったのだろう)。

でも、声をかけてくれた。

この6年間の小学校生活のなかで、その子にとって「〇〇ちゃんのお父さん」として認識してくれていたことが、すごく嬉しくて、とてもホッとした。

「おはよう! 行ってらっしゃい!」 と言って見送った (^^)/

一日一日をすごしているうちに、多くの人に出会い、たくさんのことを学んでいくんだなと思った。

「ありがとう」

2020年10月14日 (水)

なぜ、さるべき業縁がもよおしたならば、いかなるふるまいもするのか

今朝、テレビ番組で「少年法の見直し」について解説をしていました。

現行、18歳 19歳で罪を犯した者が、家庭裁判所から検察官に送致(逆送)して刑事裁判にかけられるのは、殺人を犯した場合に限られています。

しかし、逆送の対象犯罪を殺人だけでなく、強盗や強制性交など拡大する方向へ、また、実名報道できる方向へ、検討が進んでいるそうです。

今日の投稿は、そのことの是非について語るのではありません(実名報道には反対ですが)。

最近は、番組の生放送と同時進行で視聴者からのツイートを受け付け、そのツイートを画面下部で流す番組が増えてきました。

正直、あまり好きな手法ではないのですが、今朝のテレビ番組でも、画面下部にツイートが映っていました。

「少年法見直し」に関して、多くの人が賛成の旨ツイートしていました。

未成年に甘すぎる! 厳罰化を! 個人的には死刑でもいいと思っている! 等々(正確な文言ではないことをお断りしておきます)

朝から、気が重くなりました。

ツイートの多くは、自分を善においてものを語ります。

そのこと自体は、当然のことではありますが、自分を善に置くとともに、他者を悪に位置付けます。

それゆえ、批判的なツイート、他人事なツイート、排他的なツイートが多くなります。

自分の考え方とは違う人の声を聞く。そのことの必要性や大切さは、私もブログで書くことがありますが、自分を抜きにしたツイート(声)は苦手です。

さて、未成年・成人という年齢のことは抜きにして、罪を犯すということは、誰もが起こし得ることです。

「自分は罪を犯さない」「自分は罪を犯すようなことはしない」というところに立つと、罪が生じた背景を見失います。

「そんなものは見たくない」「どんな背景(理由)があろうと、罪を犯した以上、そんなことは関係ない」と思う方もいるでしょう。

あるいは、「被害者の身になってみろ」という声もあります。

確かに、被害を受けた方々のことを思えば、どんな厳罰に処したところで、悲しみが癒えることはありません。

けれど、被害者の立場にない者が「被害者の身になってみろ」と言ったとき、被害者の事を考えているように聞こえはしますが、実際どれだじけ被害を受けた方のことを思っていることでしょう。

そして、罪を犯した者に向けられても仕方のない憎悪が、そこだけに留まらず、罪を犯した者の周囲へも及びます。

そこまでする権利が、当事者ではない私たちに、果たしてあるのでしょうか。

批判的、他人事、排他的なツイート(声)には、実際に犯した罪と同様(同等)の罪が内在するように感じ、画面を見ることが苦しくなってしまいます。

親鸞聖人は、「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」(『歎異抄』第13章)と説かれました。

「そうなるべき縁がもよおせば、いかなるふるまいを するかもわからぬ私です」という教えです。

この教えは、「私も、普段は罪を犯すなんてことは考えられないが、お金に困ったり、空腹になったり、憎い人が出来たら、どんな罪を犯してしまうかわからない」と説いているようにも聞こえますが、そこで留まってしまってはいけないと思います。

「私だって何をするかわからない。(だから、他者を責めてばかりもいられない)」と、あたかも自分事として受け止めてはいますが、「とはいっても、まだ罪を犯していない私」という優位性が籠っているようにも聞こえますし、罪を犯した者を見下す感情が残っています。

親鸞聖人の教え、お釈迦さまの教えの根本は、縁(縁起)です。

縁が紡がれていくなかを生きている私。

そこには、無数の人、動植物、事柄とのつながりがあり、

私の想像の範疇をはるかに超えた生命の営みがあります。

「縁がもよおせば、何をしでかしてしまうかわからない私です」という、自分事のようで実は他人事な受けとめで満足してしまうのではなく、

他人事に感じる出来事も、自分事とまったく関係がない、なんてことはない。

すべてが繋がっている。すべての人びとと関係を結んでいる。

それゆえに、嬉しいことも起これば、悲しいことも起こる。

私が嬉しいときに悲しんでいる人がいる、私が悲しいときに嬉しく思っている人がいる。

あの人が喜んでいるとき、一緒に喜べる私であったり、妬む私であったり・・・。

ひとりの身に起きる事柄は、その人ひとりで完結しているわけではなく、多くの縁のつながりが起こす波に飲み込まれたようなもの。

そこには、多くの人が、動植物が、事柄が伴っている。

「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」という教えは、それほど際限のない教えだと思います。

少年法の改正が、罪を犯した少年個人に向けた処罰の仕方・・・という視点だけで議論されるのではなく、私とつながりを持っている将来ある若者の話、そこには私自身も深くかかわっている。そういうことまで受け止めたうえで、声を挙げられればいいなぁと感じます。

南無阿弥陀仏

2020年10月13日 (火)

「任命する」

「日本学術会議」の新たな会員について、会議側が推薦した候補の一部の任命を、菅(すが)総理大臣が見送った件。

マスコミも初めは敬遠していた事柄かのようでしたが、今では大きく取り上げるようになりました。

さて、総理大臣が任命を見送ったことの是非や、「日本学術会議」自体の存在の意味について、多くの方々が語っています。

けれど、本来の問題から離れたところで賑やかになっている気がします。

先ずは、総理大臣による任命の見送りという、そもそもの出発点を考えなければいけないと思います。

日本学術会議法7条2項には、

「会員は、第十七条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」

とあります。

「任命する」とあったら、「任命する」ことが勤めなのです。

断っておきますと、右派とか左派とかリベラルとか、親自民とか反自民とか、親安倍とか反菅とか、自分の立ち位置から物を言っているのではありません。

「任命する」とあったら、「任命する」ことが勤めなのです。

そこに「任命拒否」とか「新たな人選」という勤めは生じません。

どこの組織でも、集団でも、グループでも、「任命する」という決まり事に対しては、「任命する」ことしかありえません。

その大前提を覆すから、ややこしい(本当はややこしくないのでスガ)話になっているのです。

もし菅総理大臣や自民党が「日本学術会議」の有り方を見直したいのであれば、見直す作業をするなかで、「人選する」とか「共に人選にあたる」などとしたうえで、今回のようなことをしなければ、「日本学術会議」だけの話ではなく、法治国家における約束事が根底から崩れてしまいます。

任命しなかった理由について、筋の通らない理由を述べています。

いつも思うことがあります。

たとえば、今、野党の党が政権を獲り、同じようなことをし、同じような筋の通らない理由を並べたき、今与党内にいる議員は、「あぁ、それはそうだね」「うん、筋が通っている」と頷くのでしょうか?(そんなことはないと思うのですが)

自分がされたら嫌なことを、してはいないだろうか。

憲法6条1項にこうあります。

天皇は、国会の指名に基いて、内閣総理大臣を任命する」と。

2020年10月12日 (月)

「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」随想全文

真宗大谷派では、2023年に「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃(きょうさん)法要」をお迎えします。
親鸞聖人の誕生から850年、念仏の教えをよりどころとして主著『教行信証』を著わされてから約800年を迎えることをご縁としてお勤めする法要です。
慶讃法要テーマ 「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」について綴った随想です(20209月中に12回に亘って綴った文章をまとめました。まとめるに当たり、体裁を整えてあります)。

☆ ☆ ☆

①わたしの居場所

たとえ住む家があっても、共に生活する家族がいても、学校や職場で話をする友がいても、任された務めがあっても、ふと感じることがある。私の居場所はどこだろう? ここが私の居場所だろうか?
現代、多くの人が、居場所を求めている。
「南無阿弥陀仏」の念仏は、私の口から称える。けれど、私が称えるに先立って、私を呼ぶ声がある。「あなたのことを救います」「あなたのことを思っています」。その呼び声があるから、私は、阿弥陀を想い、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えられる。
「南無阿弥陀仏」と念仏称えることは、私を想っているはたらきがある証(あかし)。
「南無阿弥陀仏」と念仏称えることは、私の居場所はここでいいんだ、ここが私の居場所なんだ、という私という存在を認める声。
悲喜こもごも、どのような境遇の時も、「南無阿弥陀仏」と共にある私。

 

②縦の糸と横の糸

“阿弥陀”とは、アミターユス(無量寿) アミターバ(無量光)

無量寿
私が生まれるには父と母がいて、その父と母にも それぞれ父と母がいる。
私ひとり生まれるために、どれだけの人がいたことだろう。
誰か一人欠けただけで、どこか一組カップルが違うだけで、私は生まれていない。
生涯とは、ひとり一人の生い立ちだけを表わしているのではない。
今まで生きた人、私、これからを生きる人。生涯は、全生命を貫いている。
不思議な(人間の思議を超えた)いのちを生きている。
私へとつながる縦の糸。

無量光
私が生きるには、食べ物を作る人がいて、着る物を作る人がいて・・・
どれだけの人の手を煩わせていることだろう。
その人の苦労がなかったならば、あの人の想いがなかったならば、私は生きていない。
生涯のうちで、直に出会う人びととだけ、私は関係を結んでいるのではない。
実際に出会うことのない人びとと関係を結びながら、今、私はいる。
不思議な(人間の想像を超えた)いのちを生きている。
私を生かす横の糸。

 

③縦の糸と 横の糸の交差する一点を、生きる私

私へとつながる縦の糸
私を生かす横の糸
永い永い縦の糸と 広い広い横の糸が交差する一点一点が、私であり、あなたである。

一点一点は一人一人。けれど、つながっている。
交差する一点を揺さぶると、振動が起きて他の点も揺さぶられる。
交差する一点を掴むと、他の点も引っ張られる。

私の身に起きる出来事は、私だけで完結しているわけではない。
周りの人の想いや行動が、私へと伝わってきたもの。
私が起こした行動は、私だけで収まるわけではない。
周囲の人からより広くの人へと伝わっていく。
この世で起こるすべての出来事。
私には関係ない とは、言い切れない。

私がすること、思うこと。
自己責任で、私の好きにして問題ないでしょ! では、済まされない。
どうして私だけこんな目に遭うのか、
私はこんなに頑張っているのに、
私さえ我慢すれば、
誰にも迷惑はかけていない、
私ひとり・・・の思考に陥るとき、私は、交差する一点であることを忘れている。

 

④悲喜こもごもの人生

インドやネパールに行くと、現地の人から「ナマステ」と挨拶される。
「ナマステ」は、単なる挨拶の言葉ではなくて、
 「あなたに会えてよかった」
 「あなたのことを大切にします」
というような意味が、想いが込められている言葉。
現地の人は、初めて会い、今後会うこともないであろう旅行者にも、「ナマステ」と声をかけてくれる。
 「あなたに出会うために、私は生まれてきました」
 「あなたのことを大切にします」
「ナマステ」と口にしながら、そのような想いが込められている。

南無阿弥陀仏の「南無」は、「ナマステ」の音写。
縦の糸と 横の糸の交差する一点を、生きる私
人と人とは、つながり合いながら、影響し合いながら生きている。
自分にとって、良いこともあれば、悪いこともある。
自分にとって、良いことばかりでなければ、悪いことばかりでもない。
自分では気づかないうちに、他者(ひと)のためになっていることもある。
自分ではまったくそんな気がなくても、他者を傷つけていることもある。
嬉しい出会いも、悲しい出来事も、楽しい活動も、つらい事柄も、
それらすべてが混在している悲喜こもごもの人生を、私は生きている。

「このようなときだからこそ出会える人や、今までにはない気づきがある」
「私の生きているこの人生を、大切に見つめてゆきます」
「南無 阿弥陀仏」に込められている想いを、大切にしてゆきます。

 

➄無限にふれて、有限を知る

「縦の糸」と「横の糸」の表現。
「糸」、あるいは「線」をイメージするとき、そこには始点と終点があります。
けれど、「線」には本来、始点も終点もありません。
いのちの縦糸と横糸に、無始より曠劫まで、始点も終点もありません。

「縦の糸」と「横の糸」で織りなされた、衆生(生きとし生けるもの)という織物。
始点と終点のない糸で織りなされた織物に、際(きわ)はありません。
人間の想像を、想いを超えた 衆生という織物。
悲喜こもごも、さまざまな糸で織られた、色とりどりで際のない織物。

阿弥陀の慈悲にも際がありません。
ここまでは救い、ここからは救わない・・・
念仏称える人を救い、称えない人は救わない・・・なんてことはありません。
衆生はすべて、阿弥陀の救いのなかにある。

衆生を表わす織物
阿弥陀を表わす織物
衆生(生きとし生ける者)の織物と阿弥陀の織物は、別々のものではなく、ひとつの織物でした!
だからこそ、有限ないのちを生きる衆生に、無限な阿弥陀を想い南無できる。
無限な阿弥陀の慈悲にふれて(南無阿弥陀仏と念仏を称えて)、有限ないのちの意味を知る。

 

⑥わたしとあなたとあみだ

親鸞聖人は、「人間」という言葉に、「ひととむまるるをいふ」(人と生まるるをいう)と左訓(さくん…親鸞聖人の了解)されました。
人として生まれるということは、「人間」であるということ。つまり、人と人との、人と他の生命との、人とあらゆる事柄との関係性を生きているということ。

「誕生」と言った場合、個人の誕生をクローズアップしてしまいがちだけれど、「人と生まれる」は、生まれとともに、他(周囲)との関係性が合わせ持たれています。つまり、個の誕生とともに関係性も生まれる。

縦糸と横糸の交差する一点であるわたし。縦糸と横糸でつながっている(人の世を生きる)あなた。
人と生まれるということは、わたしとあなたとの関係を生きるということは、そこにさまざまなことが起こります。
嬉しいことも、悲しいことも。それらとともに、あみだがいるから「南無」と手が合わさる。南無阿弥陀仏

わたしとあなたとあみだ。人と生まれるということは、この三角関係を生きるということ。三つの頂点がある関係は、決してつぶれません。

 

⑦いつでも どこでも 誰でも 一緒に

南無阿弥陀仏の念仏は、「いつでも、どこでも、誰でも」できる。

そういえば、法事の場、聞法の場などで「一緒にお念仏申しましょう」「一緒に三帰依文を拝読しましょう」と、「一緒に」ということを言います。
一緒に・・・

あぁ、念仏は、一緒に称えることができるものです。
念仏は「いつでも、どこでも、誰でも」そして「一緒に」できるものです。
寝ても起きても、嬉しいときも悲しいときも、日本でも海外でも、一人淋しさのなかにあるときでも大勢でにぎやかな場でも、国籍も性別も貧富の差も性に関する思いの相違も思想の違いも宗教の違いも気にせず誰でも、仲がよかろうが悪かろうが、一緒に称えられるのが「南無阿弥陀仏」。

南無阿弥陀仏の普遍性・平等性は、「いつでも、どこでも、誰でも、一緒に」というところにあります。

 

⑧いのち響き合う世界

人の世は、差別が尽きません。けれど、人と生まれた私たちは、平等のいのちを今現に生きています。

生 誰もが、生老病死するいのちを生きています。
老 日々の成長は、老いとも言い換えられます。
病 病は、生きようとしている身体からのサインです。
死 生があるからこそ死があり、死があってこその生です。
そのようないのちを、誰もが皆生きています。

誰もが、誰に代わってもらうことのできないいのちを生きています。
どこの世界を見渡しても、私は、唯だひとり。唯だひとりにして、尊い。
誰もが、阿弥陀の浄土へと往生します。
阿弥陀の救いの対象から外れる者はいません。

生きる姿や境遇はさまざま、ひとり一人が違う生命を生きています。けれど、一人で生きている人はいません。
それぞれの生命を生きながらも、誰もが平等のいのちを生きています。
みんな違うし、みんな同じ。みんな同じだけど、みんな違う。
あなたがいて、わたしがいる。わたしがいるから、あなたがいるのかもしれない。
響き合いながら、この世界を生きています。阿弥陀からの呼び声と共に。

 

⑨人と生まれた悲しみを知らないものは 人と生まれた喜びを知らない

縦糸と横糸の交差する一点が私
誰もが、限りあるいのちを生きている
誰もが、誰にも代わってもらうことのできないいのちを生きている
誰もが、平等のいのちを生きている

このように話すと、人と生まれたことの大切さ、関係性を築きながら生きていることの大切さをうたっているように聞こえるかもしれません。

けれど…

他者との比較のなかで、少しでも秀でた自分を見出そうとするものが人間(わたし)です。

誰もが大切ないのちを生きていることはわかっている。わかっているけれど、自分の子、自分の身内、敬愛する人、親しい友ほど大切に想うのは当然で、誰もが同じです。
自分にとって大切な人を想うとき、そのとき同時に、自分の想いから外れる人びとを生じさせているのもまた人間です。

「ありがたいご縁をいただいています」「人との関係性を大切に」「絆を大事に」などという言葉を耳にします。
けれど、それに頷いて感謝して終わりではなく、言葉の奥にある意味をたずねて生きませんか。

自分にとって“ありがたい”と思えるご縁に出会っているとき、そのあおりで悲しい縁にあっている人がいるかもしれません。
誰かと関係を結ぶとき、そこから外れる人びとを生み出しています。
関係を築けたからと言って、良好の関係のままとは限りません。
“絆”は、人と人との結びつき。手を取り合って協力する仲を意味してもいますが、しがらみを生きていることを表わす言葉でもあります。

平等のいのちを生きる者どうし、どうして争うのか、どうして仲良くいられないのか。
でも、それぞれのいのちと関係を築きながら生きているのですから、仲良くなることも、仲たがいすることも、あって当然です。
瞬間の喜びはあるかもしれませんが、人間の感情はすべて悲しみと共にあります。
悲しみの背景には悲しみがあり、喜びの背景にも悲しみがある。

人間と生まれたことには、悲しみがあります。
人と生まれた悲しみを知らないものは、人と生まれた喜びを知らない。

 

⑩人と生まれたことの意味をたずねること それは、わたし個人の生まれた意味を問うことではない

生きる喜びってなんだろう?
どうして生まれてきたんだろう?
なんのために生まれてきたんだろう?
生まれた意味はなんだろう?

そのようなことを問うとき、個人的な「生きる喜び」や「生まれた意味」を想うのではないでしょうか。
けれど、人と生まれるということは、「人間」を生きる、つまり関係を生きることであると、親鸞聖人は確かめられています。その教えに聞くならば、「生きる喜び」や「生まれた意味」は、他者との関係性の見いだしていくものです。
関係性を生きるということは、助け合えるということもあれば、傷つけ合うということもある。傷つけ合うことのない、悲しみのない世の中を願いますが、それは、関係性を生きていること、人間を生きていることから目を背けることでもあります。
人と人との関係だけならば、人と人とが傷つけ合う悲しみに押しつぶされてしまい、人は生きてはいけません。
けれど、阿弥陀がいます。他者(あなた)がいて、わたしがいて、そして、私たちひとり一人に「南無阿弥陀仏」と呼びかける阿弥陀がいます。
阿弥陀の呼び声によって、関係性を生きるゆえに喜びも悲しみも生じさせながら生きている私たちのすがた、「人間であることの悲しみ」が見えてきます。

「人間であることの悲しみ」って何だろう。
人として生まれたことの意味ってなんだろう。
人と生まれたことの意味をたずねながら、わたしは生きています。

 

⑪他力と自力の円環

わたしは、自力を尽くして生きる生き方しかできません。いつまで経っても、生涯を通して、自力を生きることしかできません。真宗の教えを聞いて、自力の生き方から他力(阿弥陀さまの大慈悲心)の生き方へ転換するのではありません。

私が自力を尽くせる背景には、無数のいのちがあります。無数のいのち、縦糸と横糸が絡み合う縁が縁を呼び、その縁に出会って、私は自力を尽くして生きています。「自分の意思・努力・頑張り」と思い込んでいる自力の奥底には、私の思いを超えた、はかり知れない縁があります。つまり、自力と共に他力があります。他力もまた、自力を尽くしている衆生がいるからこそ、他力たり得ているのです。他力と自力は、不離の関係にあります。

「南無阿弥陀仏」は阿弥陀さまからいただいた念仏。他力です。
「人と生まれたことの意味をたずねていこう」とする生き方は、つまり自力です。
「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」というテーマには、他力と共にある自力 自力と共にある他力、他力と自力の円環が表現されています。

 

⑫南無阿弥陀仏はこころに花を咲かせ、その種がまた南無阿弥陀仏を生む

お釈迦さまの説法は、お釈迦さまがいるだけでは生まれませんし、説法たり得ません。
同時代を生きる人びとがいて、お釈迦さまの説法を聞く人がいるからこそ、お釈迦さまの語る内容が説法となります。仏教とは、お釈迦さまと、お釈迦さまの話を聞く人びとがいて成り立ちます。
親鸞聖人も、聖人と同時代を生きる人びとがいてこそ、その教えが生まれ、教えが伝わり、「南無阿弥陀仏」の念仏が人から人へと受け継がれます。

2023年にお迎えする「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃(きょうさん)法要」。この法要は、決して親鸞聖人一個人の誕生を祝う法要ではありません。「宗祖の誕生を祝う」なんて、「教祖さま」「宗祖さま」「〇〇さま」と言って教祖・宗祖を崇め奉る新興宗教のようです。

今、「宗祖」と書きましたが、親鸞聖人自身に「宗祖」としての意識はありません。念仏の教えに出遇う縁をくださった法然上人の教えを、唯だ聞き続ける、唯だ念仏称え続けるという姿勢を貫かれた方です。法然上人の「浄土宗」こそ「真」の教え「浄土真宗」であると語られたのです。その親鸞聖人のお姿を見て、そこに阿弥陀如来を感得された方々が、「浄土真宗の宗祖 親鸞聖人」と見出されたのです。

聖人亡き後750年以上経った今も、念仏の教えにふれることができるのは、親鸞聖人が念仏の教えを綴ってくださったおかげです。念仏の教えにふれ、「南無阿弥陀仏」と念仏を称える人びとがいることによって、「宗祖」としての「親鸞聖人」が誕生します。

人間親鸞の誕生は、やがて親鸞と念仏の教えとの出遇いへと結びつきます。法然上人と念仏の教えに出会った聖人は、『顕浄土真実教行証文類』をはじめとする念仏の教えを著わします(立教開宗)。そのおかげで、衆生(生きとし生けるすべてのもの)は念仏の教えにふれる縁をいただき、念仏申す者となります。念仏申す私たちがいるからこそ、「宗祖」としての「親鸞聖人」が「誕生」します。宗祖親鸞聖人の「誕生」と「立教開宗」は、ふたつの出来事を一緒にお祝いするということではなく、ひとつの大きな循環(出来事)なのです。その大きな循環のなかに、わたしはいます。

親鸞聖人の教えを聞いた私が、「南無阿弥陀仏」と念仏称える者となる。その姿は、後を生きる人へと受け継がれて往きます。教えを聞いた私の姿が、次のいのちへと伝わる。ここにも大きな循環があります。
「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要」は、わたしが “ひとつ” の大きな循環のなかにいることを感得する法要(つどい)。

種から芽が出て花が咲き、その花が枯れてしまっても、種を残し、その種からまた芽が出てきて、花が咲きます・・・

南無阿弥陀仏

2020年10月11日 (日)

分母ばかり大きくなるよりも、整数部分が大きくなる帯分数がいいかなぁ

人は、楽しい事柄よりも悲しい事柄の方が心に刻まれてゆく。

ふしぎなことに、時折思い出すのは、どちらかというと悲しい事柄。

楽しい事柄も、悲しい事柄も、ひとつの事柄として捉えるならば、仮に数字に置き換えたならば “1” に過ぎない。

生きるとともに、多くの人と出会い、多くのことを学び、多くの経験を積む。

多くの・・・が増えるほど、人生の分母は大きくなっていく。

“1” の比重は、分母が大きくなればなるほど小さく、軽く、薄くなっていくはず。

であるならば、古い事柄ほど、生きるとともに埋没し、記憶のかなたに消えてしまいそうだけれど・・・そうではない。

時折思い出すのは、どちらかというと悲しい事柄。

悲しい事柄は、“1” じゃないのかな。

ひとつの事柄として捉えたから“1”という表現になったけど、

でっかい1もあれば、ちっさい1もある。

真っすぐな1もあれば、倒れそうなもある。

横から見れば1に見えるけど、上や下から見れば・に見える。

目に見えるだけの1もあれば、1の下(見えないところ)に深い深い根が張っているかもしれない。

一言で“1”(ひとつの事柄)と言っても、内容や見え方は多種多様。

つまり、生きるとともにどんなに分母が大きくなっていっても、“1”(ひとつの事柄) が単に分子 “1” であるわけではない。

だから、近々の楽しい事柄は一度笑って記憶のかなたへ去りゆき、

あのときの悲しい事柄がいつまでも私と共にある。

悲しみと共に私がいる。

昨晩、寝付けずに また思い出したことがあり、なんで思い出すんだろう・・・と考えたけれど、それもあっての今の私なんだと想う。

分母が大きくなるとともに、分子も大きくなっているのかもしれない。

もしかしたら、分子の“1”ではなくて、整数の“1”なのかもしれない。

楽しいことも悲しいことも、思い返す事柄が多い人生は、帯分数なのかもしれない。

分母ばかりが大きくなる分数は、生きてる間の事柄が、どんどん薄まってしまう。

それならば、帯分数の整数部分が“1”で終わるより、“2”にも“3”にもなっていけば、“生きたなぁ”と思えるかもしれない。

南無阿弥陀仏

2020年10月10日 (土)

「南無阿弥陀仏」 ひとり ひとり の阿弥陀の名告り(なのり)

「ありがとう」というとき、相手がいる

叱るときも、相手がいる

挨拶するときも、相手がいる

ひとりじゃないんだなぁと思う

「南無阿弥陀仏」というとき、阿弥陀がいる

でも、それに先立って阿弥陀が私を呼んでいる

阿弥陀から見ても、相手(私)がいる

衆生(生きとし生けるもの)すべてが、阿弥陀にとっての相手

阿弥陀にとっての相手に、順位も、優劣も、好き嫌いもない

私も、あなたも、他の誰もが、同じ地平に立っている

ひとりはないんだなぁと想う

南無阿弥陀仏

 

2020年10月 9日 (金)

他者(ひと)を好きになることって、生産のためだけじゃないでしょ! 逆に考えると、生産のために他者を好きになってんの?

東京都某区の区議の、LGBTの方への差別的発言。当人からの発言の撤回も謝罪もありません。それでさらに火に油を注いでいるわけですが、私は、発言の撤回・謝罪の必要はないと思います(というか、うわべだけの謝罪は意味がないと思っています)。「この人はこういうことを思っている人なんだ」ということがハッキリして、かえってよかったのではないでしょうか。これから私たちが気を付けるべきことは、自分の非を指摘されたときに、そのことに向き合おうともせず、自分の思いの枠から外れる人を“普通”でないと断じる人を、次の選挙で当選させないことではないでしょうか(もっとも、比例代表制の選挙の場合、当選に値しない人が当選してしまうこともありますが)。

それから・・・自分の思いの枠から外れる人に対して「それはいけない」と断ずるとき、同時に私も、自分の思いの枠から外れる人を除外している現実があります。他者への非難・批判とは、本来自分にも突き刺さるものです。難しく、痛いものです。
自分に痛みを感じることなく他者批判をしたわけですから、某区議の発言は許しがたいものだったのです。

さて、某区議の発言は、異性を愛することが“普通”のことであるかのような発言でした。
その区議にとっては、同性を愛するということは理解の枠を超えたことなのでしょう。

けれど、LGBTとは、最近になって表れた性の志向ではありません。人間の性分や志向や考え方・行動は、そう変わるものではありません。本来的には、人間なるものが誕生してからずっとあったものだと思います。けれど、それを表立って言えない歴史が長かった。それゆえ、LGBTの方々が最近現われたのだと感じている人もいますが、そうではありません。

想像力をはたらかせると・・・現代、日本における結婚は、好きになった人と縁が結ばれて結婚します。「好きな人と」という自分の意思が反映されます。けれど、ほんのちょっと昔、差別的発言をした区議の祖父母・父母の時代は、親同士が決めた相手と結婚することが “普通”のこととしてあったことでしょう。その区議の年代の人も、許嫁と結婚した人も珍しくはない頃ではないでしょうか。つまり、自分の性の考え方に合わない結婚を強要された人(同性に対する思いがあるのに、異性との結婚を用意され、そこから逃げることが出来なかった人)がいたと思うのです。けれど、声を挙げられなかった。仮に、親に打ち明けられたとしても、「なにを言っているんだ。黙っていなさい」と怒られたのではないでしょうか。ほんの少し前の時代の話です。自分の性の志向について声を挙げる、表現をする、想いを拡散するということが、現代、やっとできる時代になったと思います。当事者からすれば、「まだまだ」なのかもしれませんが。でも、今まで見えなかった人の想いというものが、やっと見えてきた時代(とき)なのだと感じます。

そういう思いや声を大切にしたくて、ちょうど一年ほど前になるかな、先輩に紹介してもらって二丁目に出かけ、LGBTの方々とお話をする機会を持ちました。いろいろな話を聞きました。「LGBT」や「LGBTQ」などと言いますが、その表現も、あくまで言葉としてあるだけで、彼ら彼女らのことを厳密に表現しているわけではありません。言葉では表現できないものです。お話をしていても、「私たち自身、なにがBで、なにがTなのか、分かりません。細分化することによって、ますますわからなくしてると思います」ということを聞かせてもらいました。それにしても、どうして彼ら彼女らが、非難・批判されなければならないのか。私にはわかりません。

「生産性がない」ということを言う国会議員もいます。けれど、里親制度が世間に根付いている海外の国では、同性どうしで結婚し、受精して出産するということはないけれど、理由あって親に育ってもらえない子どもたちを引き取って、里親として一定期間育てたり、実際の親子として関係を築いている方々がいます。「生産性」で人間を計って人間の価値を見定めるのではなく、里親の制度を整える、周知することが大事だと思いますし、国民も、里親制度についてもっと理解することを努めるべきだと思います。
「生産性」に重点を置いて物事を考えることの発展性のなさを思います。そこにのっかってはダメです。

そして、思います。
他者(ひと)を好きになることって、教わりましたか?
人と生まれ、年を重ね、やがて誰かを好きになる。
その、好きになる対象を、“普通”を口にする人は、“異性”だと思っているのでしょう。
けれど、異性を好きになる人も、「人間は、異性を好きになるべきなんだよ」なんて教わって異性を好きになった人なんていないでしょう。
あるとき、誰かのことを好きになる。異性を好きになる人もいれば、同性を好きになる人もいる。誰も好きになることが出来ない、という人もいることでしょう。
答のないことを、答えは人の数だけあることを、あたかも「これが答えだ。そこから外れる者は間違っている」と押し付けることは、とても危ういです。

今日の文章は、2時間以上かけて、書いては消し、消しては書き、しています。ダラダラした文章になってしまいました💦

あぁ、彼のメッセージは潔く格好良く素敵だ! 感じていること、伝えるべきことが明確・的確に表現されている!
このような文章を、私も書きたい!

EXIT りんたろー。さんのTwitterより
ポコチンついて生まれたら男とか、ついてない人しか愛しちゃいけないとか古いつーかダサくねぇ嬉し泣き?LGBTって4種類じゃないし口を開けた笑顔寄り添ったり理解しなくてもいいかもだけど、社会が心や体の状態で自由奪うのマジチャラくない無表情誰しもが当たり前にキスしたり素敵な人を素敵と言える世の中ヒュイゴーだべ投げキッス

2020年10月 8日 (木)

法話者は、聞法者

昨日今日(2020年10月7・8日)、有志による「法話研修会」をZOOMで行っていました。

2日間で6時間ほど、延べ60人ほどで、研鑚しました。

法話のテクニック的な話というよりも・・・

法話は、法話者が考えて作って説いて、ではなく、聞法の場に集まる聴衆の方々と共に作られていくものである。

法話者が話したいことは、すなわち聞きたいことである。

法話者は、聞法者である。

というお話を、講師よりいただいたものと思います。

法話は、場数を踏むのが一番ですが、それ以前に、自身の聞法の歩みが大切です。

最近は聞法の場に僧侶の姿が減ったかなぁという気がしていました。

法話をする者として、まずは自身こそが聞法者である、自身に法が説かれているという自覚が肝要と思いました。

コロナ禍において、法話の配信が増えました。

聞法の場は数多くあります。

法縁を大切に

南無阿弥陀仏

2020年10月 7日 (水)

節目

日中は心地よい暖かさでしたが、午後になり雨が降り始めると徐々に冷えてきました。

暑くも寒くもなく、身体の楽な秋を迎えていましたが、これから、日に日に寒くなっていきそうですね。

キンモクセイの花も落ち、ほとんど薫りが漂わなくなりました。

冬に向かっています。

2020年の年が明け、やがて新型コロナウイルスの心配が世界を覆い、収束を待ちわびる日々を過ごしてきました。

そんな2020年も10月を迎え、報恩講を迎える頃となりました。

報恩講の勤め合いをし、ご本山の報恩講にお参りすると、今年も終わるなぁという気持ちになるのですが、

(真宗門徒の一年は、報恩講に始まり報恩講に終わると申しますが)

今年は、報恩講の勤め合いも 出講もなく、報恩講を肌身に感じることなく一年を終えてしまいそうです。

(報恩講のお勤めはして、ご法話はホームページにてお届けする予定です)

春のお彼岸は、まったく先の見えないコロナ禍にあり、ご参拝の方も少なかったです。

夏の酷暑の際は、身の危険を感じてお盆のお参りを控えた方も、多くいらっしゃいました。

そんな春と夏を乗り越え、秋のお彼岸には多くの方がお参りくださいました。

決してコロナが収束したわけではありませんが、お参りをせずにはおれない! お参りしたい! という気持ちが漂った秋彼岸でした。

そして、秋から冬の頃の報恩講。

コロナの影響で、その迎え方はそれぞれですが、節目を迎えます。

お寺の行事に限らず、学校の行事、世間のイベント、各家庭独自の催し・・・人は、普段とは違う何かをすることによって、月日の経過を、年を重ねるということを、共に過ごす人がいるということを、丁寧に、丁寧に感じながら生きてきたのだなぁということを、あらためて感じています。

もしかしたら厄介に感じていたかもしれない、どうしてこんな大変な思いをしなければいけないんだろうと思っていた催しごとかもしれないけれど、節目を大切に過ごすということ。

それは、人生を丁寧に生きること。

そんなことを、秋風を感じながら、ふと思いました。

南無阿弥陀仏

2020年10月 6日 (火)

久しぶりの

昨日〔10月5日(月)〕は、運動会の振り替え休日で学校はお休み。けれど、巷は平日。

学校への休校要請が出て以降、外食をすることもなく、夏休みにはどこへも出かけませんでした。子どもたちは、よく辛抱してくれたなぁと思います。

平日だから人出も少ないだろうと思い、「振り替えでお休みの日、久しぶりに外でご飯食べて、買い物に行こうか」と提案すると、子どもたちは大喜び。

12時に行くと混んでいると思い、11時過ぎた頃にお店に行ったのに、すでに人がいっぱいでした。

食事を済ませてレジに行く頃には、控えの椅子で待っている人が更に大勢いて、驚きました。

 

昼食を済ませて吉祥寺へ🚗

町は人であふれています。コロナ騒動前とそんなに変わりない印象です。

本屋さんに行って、「今日は、読みたい本を買ってあげるからね」と言って、子どもたちを店内で解き放したら、何冊も本を持ってきました。妻もまた。

私は、本を読むのが苦痛な子だったので、読書の習慣がありません。けれど、子どもたちは、時間があれば本を読んでいます。自分たちで興味ある本を探して持ってきて、すごいなぁと感心してしました。妻は読書好きなので、妻に似たのですね。

 

本屋さんを出て、妻も私も欲しい家電があったのでヨドバシカメラへ📷

ヨドバシカメラでも、(ずっと、どこにも連れて行ってあげられなかったから)「欲しいものひとつずつ買ってあげる」と言うと、次女は任天堂switchのソフトを、長女はタコ焼き器を要望しました(^▽^)

 

帰宅後、買ってきたタコ焼き器🐙で、ホットケーキミックスにチーズやチョコレートを入れて、チーズボール・チョコボウルを作って食べました。けっこう美味しかったです💛

そういえば・・・大学の学園祭のバザーで「チーズボール」を作ったことを思い出しました。「チーズボール」は、他の部活の どこも出していないものだったので、けっこう売れたなぁ♪ なんてことを思い出しました。

 

運動会の振り替え休日に久しぶりの外出、子どもたち、楽しかったかな(私が楽しんでいたのかもしれません)。

町の雰囲気は、だいぶ活気が戻ったようにも見えます。とはいえ、コロナを気にせず、出かけられる日が来ますように(‐人‐)

2020年10月 5日 (月)

言うのは簡単 やるのは大変

形あるものを作る人がいます

物事を運営するのに、地道にはたらいている人がいます

何か物を作るとき、物事を為すとき、そこには願いがあります

その願いは、大切にしなければならないものだと思います

けれど、私たちが目にするのは、出来上がって、そこにあるもの

私たちが感じられるのは、物事が運営されているそのとき

物を作る道程、物事を為す準備段階にふれることは、あまりありません

それゆえか、自分の思い通りにしたいがゆえか、

出来上がったもの、為されていることに対して、

「こうしたら よかったんじゃない?」

「私ならこうした」

「あ、私は、このようにするから」。

そのように言いたくなる気持ちが湧くこともあるでしょう

意見を出し合うことで、より良くなることもあるでしょう

けれど、それ以前に、一生懸命はたらいている人の願いや気持ちを踏みにじることがあってはいけない

そんなことをしてこなかっただろうか・・・

ふと、ふりかえる

2020年10月 4日 (日)

結局、信念(中身)がないということが起因するのだろうか

自分の、ある発言が非難を受けた。

当初は「そんな発言はしていない」と突っぱねていた。

けれど、同じ場にいた人たちが「そういう発言があった」と証言し、目上の先生に注意を受けると、「発言があったことを“確認”した」と、発言を認めた。

そもそも、自分が発言した内容であることを認める際、「そのような発言があったことを“確認”した」などという言い方をするだろうか。

やっぱり、認めるのが嫌なんだろうなぁ。

とはいえ、謝罪しなければならないから・・・ブログで謝罪した。会見は開かない。

その態度に、ある先輩は「言語道断だ。ブログで謝るのもいかがなものか」と断じたが、「今回が最後だ。次にやったら厳しくものを申さねばならない」と言っている。

いや、「次にやったら」って、さすがに、これが最後の発言としなければいけないのではないか。今までの発言の積み重ねを考えると・・・。

仲間内でも、ことの重大さを感じていないんだろうな。

こういうことを起こすのが、会社組織だったとしたら、その会社の運営は上手く行かないだろうし、社会からの信用も失うはず。

なのに、国会議員の、しかも与党を名乗る集まりの方々がそういうことをしている。

本来なら、党運営も上手く行かないし、国民からの信用も失ってしかるべき・・・と思うんだけど。

それにしても、大事な決め事を閣議だけで決めたり、重大なお知らせや謝罪をブログで報告したりすることはやめてほしい。

そのうえ、あらためて説明の場を設けるでもなく、「説明しました」「問題ありません」で終わらせようとするのだから。

そういうことを当然の如くする党が、道徳教育を進めようとしているって、おかしな話です。

学校で、子どもたちが喧嘩して、一方の子が「ごめんなさい」を言う際に、「ブログで謝ったから」

学校で、保護者どうしがもめて、一方の保護者が「ごめんなさい」を言う際に、「LINEで謝っといたから」

なんて言っても、何も言えないでしょう。現にブログで謝罪を済ませている方々には。

本当にそれが良いことだと、必要なことだと、国民のためだと思って推し進めようとしてなら、説明できるはず。

本当に悪いことをしたと気づいたなら、公の場で謝罪してほしい。
(前も書いたけれど、本当に発言内容通りの思想を持っているのなら、それはそれで堂々と表明してほしい。謝罪したくないのであれば、「私の考えていることです」と堂々と言えるはずなのに、それもない。ということは、何も考えていないということと同じでは)

本当に言語道断だと思うなら、今、物申すはずでしょう。それなのに「次にやったら」って…。言語道断です。

2020年10月 3日 (土)

運動会

今日は、娘が通う小学校の運動会。

例年は5月開催なのですが、コロナの影響を鑑み中止となりました。

状況を見て、先生方 生徒のみんな 関係者の皆さまのご尽力で、2020年10月3日、運動会が開催されました。

私は法務があり、今日は学校に行けませんでしたが、前日練習を見させていただき、雰囲気を感じることができました。

生徒のみんな、一生懸命に、楽しそうに運動会に臨んでいました。

密を避けねばならないので、保護者の参観は人数制限のうえ入れ替え制。

1・2年生、3・4年生、5・6年生の徒競走・演舞をそれぞれまとめて、その保護者のみが参観する形。

心配をよそに、入れ替えもうまくいき、混乱もなかったそうです。よかったよかった(^-^)

6年生の演舞は、屋上から撮った動画を見られるようにしていただいて、夕刻、ゆっくり見させていただきました。

ありがとうございます。

6年生の娘にとって、小学校最後の運動会。

例年とは違う形式だったけれど、出来る形で、出来る限りのことをできたのではないかなと思います。

みんな、素晴らしかったです👏

世田谷区の小学校は、形式や内容は学校それぞれですが、出来る限り運動会を実施する方向で頑張ってくれたそうです。

他の区の方が、「うらやましいです」と言っていました。

自分の関係する所しか見ないでいると、「よかった」という思いよりも、「よくなかった」「もっと よくできたのではないか」という不満が心を占めてしまうことがあります。

けれど、他の所の事情を知ると、自分の関係する所がいかに恵まれているか、いかにうまく行っているか、ということを知ることにつながります(決して「比較をすると」という意味ではありません)。

このコロナ禍で、いろいろな行事やイベント、人の集まることが制限されてきました。

ここにきて、そのような状況でも、できることを、できる形でしよう!という動きが出てきました。

人が集まる場を、作っていただいた。

それだけでも嬉しいことです。大変なことです。大切なことです。

そのこと自体、「よかった」ことだと思います。

(「運動会の前日練習を見させてもらった」と書きましたが、その後、お手伝いできる保護者が集まって、運動会で使うテントを10張ほど立てました。30人ほどいたでしょうか。みんなでワイワイやりながら作業をすることが、とても楽しかったです)

ひとつだけを見て、一側面だけを見て良い悪い判断するのではなく、「できることに尽力した」という事実を受けとめることを忘れてはいけません。

また、「今はなにもしない」という判断も、悩んだうえでの“行動”ということを思えば、本当になにもしなかったわけではなくて、「今は、なにもしないことをした」ということと受け止めることもできます。

この状況で、悩み、考えている人がいる。

考えた結果出した内容に賛同し、力を合わせる人がいる。

そこに、集まる人がいる。

そういうことが いかに有り難く、いかに大変なことか。

そこに生じている熱を感じられる人でありたい。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

 

(追記)
ブログを投稿した後で読み返しますが、最後の

「この状況で、悩み、考えている人がいる。
考えた結果出した内容に賛同し、力を合わせる人がいる。
そこに、集まる人がいる。
そういうことが いかに有り難く、いかに大変なことか。」

の部分は、内容によっては危ういなと思いました。

今の政治家さんが、
「自分たちにとって都合悪い人や組織について考える人がいる。
賛同したものが力を合わせる。
そこに集まる人がいる。
いかに有り難く、いかに大変なことか」
権力と結びついた話として読むと、大変な話です。
日本学術会議の推薦者のうち6人が任命されないというニュース。
政治判断で戦争に向かわないためのブレーキでもある「日本学術会議」に対し、政府の意向に反する人間を排除したという意図があるならば、これは危険なことです。

ひとり一人が、悩み、考えるという作業を欠かせてはいかません。

2020年10月 2日 (金)

仮病は、この世でいちばん重い病気だよ

2020年10月の掲示板には、「我慢は、それほど大変ではない。大変なのは、やせ我慢。 」という言葉を掲示しました(昨日の投稿)。

正直、「なんだ!これは?」と思った方もいるのではないでしょうか。

掲示した私の思いは、昨日の投稿を読んでいただければ、伝わるものと思います。

2020年10月の掲示板は、当初「仮病は、この世でいちばん重い病気だよ」という言葉を考えていました(決して、前首相を揶揄する意図はありません)。

この言葉は、手塚治虫先生の『ブラック・ジャック』が出典とされています。

お寺の掲示板に掲示するには、できるだけ出典を読むようにしています(流石に、外国語の原文にはあたれませんが)。

で、『ブラック・ジャック』を調べてみたのですが、「仮病は、この世でいちばん重い病気だよ」という言葉を見つけ出すことができず、断念しました。

今、掲示したい言葉なんだけどなぁという忸怩たる思いを抱えながら、手元の言葉ノートを繰っていたら、今月掲示した言葉「我慢は、それほど大変ではない。大変なのは、やせ我慢。」に出会いました。

自分のなかでは、このふたつの言葉が繋がって、「我慢は、それほど大変ではない。大変なのは、やせ我慢。」を掲示することにしました。

ちなみに、この言葉は、読み人知らずです(とはいえ、できるだけ典拠を明らかにするように努めているのですが、無理でした)。

 ☆

「仮病は、この世でいちばん重い病気だよ」も、もしかしたら「なんだ!これは?」と感じられるかもしれません。

このコロナ禍、心身共に、みんななにかしら我慢しながら生活しています。

強いられた我慢がこれだけ続くと、不安になるし、いつ収束するのか気に病むし、運動量も減って体力も落ちます。

そうすると、たとえ身体は元気でも、気持ちの方が落ち込んでしまいます。

体調が悪い、気持ちが優れない、病気かもしれない、という思いから、自分を追い詰めてしまします。

追い詰めてしまうと、本当はどこも悪くはないのだけれど、「自分は病気に違いない」という思いに覆われてしまします。

「仮病」とは、自分が病気ではないことを自覚したうえで つく嘘かもしれませんが、

強いられた我慢から、気持ちのうえでしんどくなり、何もしたくない気持ちを言い表しているように思いました。

自分が病気ではないことを自覚しているんだけど、それでも、この制限・制約があるなかを生活していて疲れてしまった。

だから、自分が病気ではないことを自覚しながらも、「病気かもしれない」と言わざるをえないこと(それは決して“嘘”ではありません)は、「この世でいちばん重い病気」状態だと思います。

病院に行って、お医者さんに診てもらって、「病気です」と診察されることばかりが“病気”ではなくて、

「仮病」だと認識しながらも「病い」を口にせざるを得ないということは、本当の病気とはまた質が違って「この世でいちばん重い病気」なのだと思います(決して、本当の病気よりも「仮病」という病気の方が病として重たいという意味ではなくて)。

現代(いま)、多くの人が そういう状態にあるような気がして、「仮病は、この世でいちばん重い病気だよ」という言葉は、私の心に引っかかっていました。

結局、出典(言葉の出どころ)が分からない言葉ではありますが、大事な言葉であるような気がして、今日ここに書かせていただきました。

南無阿弥陀仏(‐人‐)

2020年10月 1日 (木)

2020年10月のことば

2020年 10月を迎えました。
玄関前にあるキンモクセイが薫り始めました。
10月1日は 中秋の名月(十五夜)🌕 月がきれいです💓
サンマも恋しい時期ですが、高値となったサンマ、今年は何度口にできるでしょうか。

 ☆ ☆ ☆

2020年10月のことば

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我慢は、それほど大変ではない。
大変なのは、やせ我慢。

「我慢」している

新型コロナウイルスと共に過ごしてきた2020年も、早や10月を迎えました。さまざまな制約や制限や要請があるなかを、誰もが過ごしています。生活に「我慢」を強いられています。

そう遠くないうちに、新型コロナウイルスも収束するにちがいないという望みがあるから、「我慢」できているのかもしれません。

とはいえ、「我慢」といえば、このコロナが流行していようといなかろうと、誰もが皆それぞれに「我慢」しながら生きてきたのではないでしょうか。

人と人とが関係を築きながら生きています。すべてが自分の思い通りになるわけではありません。自分の思いを押し留めなければならないときもあります。他者(ひと)への心遣い、気配り目配りも大切です。自分の思いを留めているならば、誰もが皆、コロナ以前からある程度の「我慢」をしながら生きてきたのではないでしょうか。生活は、人生は、「我慢」と共にあります。

思うに、「我慢」は、できるからしているのです。無意識のうちに。「我慢」できているかぎりにおいて、それほど大変なことではありません。

けれど、「やせ我慢」は、意識して「我慢」しているのですから大変です。「我慢」していることを、他者に気づかれないように「我慢」し続ける。心身ともに負荷がかかり、疲れてしまいます。「やせ我慢」は、文字通り身も心も痩せ細っていきます。できることならば、自分の心に嘘をつかないで生きたいものです。それもまた難しく、さらに「やせ我慢」の種となるのですが。

大相撲九月場所が終わりました。正代関、優勝おめでとうございます。

大相撲といえば、「やせ我慢」を信念としてきた力士がいます。今年の一月場所限りで引退した大関豪栄道関です。

引退会見で、豪栄道関は、

「やせ我慢というのが心の中にあって、辛いときや苦しいときに、人にそういうところを見せないようにやってきました」と語っていました。

自分の心と向き合い、他者のことを想いながら「やせ我慢」を貫いてきた。そのようにして身体を張って相撲を取っていたのですね。誰にも気づかれないように尽くしていた「やせ我慢」が、人の心に響いていたのかもしれません。

「やせ我慢」は、大変なことです。

本来の「我慢」とは

さて、ここまで、現代使われる意味(「辛抱」や「忍耐」など)での「我慢」について書いてきました。

けれど、「我慢」の本来の意味は、「辛抱」や「忍耐」ではないんです。

「我慢」とは、「我(私)の慢心」ということです。

「私に執着するあまり湧き出てくる、他者を軽視する心」のことを言います。仏教では、「増上慢」「卑下慢」と教えます。

「増上慢(ぞうじょうまん)」
さとりを得てもいないのに、さとったと言い張る心。
うぬぼれの心。
他者よりも上にいると思い込む心。

「卑下慢(ひげまん)」
他者より劣ることは分かっているのだけれど、それを認められない心。
他者に対して、自分より劣るところを見つけ出し、私はましだと言い訳する心。
あるいは、自分を卑下することによって自分の評価を高めようとする心。

「我慢」は、「他者より上にありたいという欲望」、「他者より下にある自分を、より下に誰かを位置付けることによって自分を高めようとする心」を意味します。現代の、いじめや差別の根っこにある心情を言い表しているかのようです。

「我慢」とは、「増上慢」「卑下慢」の心を持った特定の誰かがいる、という話ではありません。誰もが「増上慢」「卑下慢」の心を持っている、という教えです。私は、「我慢」と共にあります。

「平和」や「平等」を願いながらも、平らで和やかで等しい関係を築くことが難しいのは、私が「増上慢」「卑下慢」を持っているからかもしれません。

とはいえ、「我慢」は、元々持ち合わせているものですから、それほど大変なことではありません。

「我慢」を持ち合わせた人と人とが関係を築きながら生きています。そんな娑婆世界(人間世界)は、とても大変な世界ですが。

さて、「やせ我慢」はどのような状態でしょうか。

元々持ち合わせている「我慢」が「やせ」ているのですから、本来の姿ではないのかもしれません。心身ともに負荷がかかり、疲れてしまいます。

「やせ我慢」は、大変なことです。

本来の意味の「我慢」。

「増上慢」「卑下慢」の意味を教えられると、そんな厄介な心は良くない心だ、無くそう 減らそうと思われるかもしれません。

けれど、修行して無くせるものでも、努力して減らせるものでもありません。私と共にある心なのですから。

「増上慢」と「卑下慢」を持った私です。その気づきが大切です。

「やせ我慢」(「我慢」を「やせ」させようとすること)は大変なことです。つまり、私の否定なのですから。

「増上慢」「卑下慢」あるがゆえに、自分の好みで人をえらび、人を嫌い、人を見捨てます。

そのような心を無くそうとするのではなく、そういう心を持ち合わせた私であるという気づき。

その気づきがあるから、誰もえらぶことなく、誰も嫌うことなく、誰も見捨てることのない はたらきに守られながら生きている私であることを感じられます。

その はたらきを阿弥陀といいます。

阿弥陀如来は、誰もえらばず、きらわず、みすてず、慈悲の心で「我慢」の身の私を抱いています。

南無阿弥陀仏

 ☆ ☆ ☆

掲示板の人形
ミーアキャットとハムスター🐹の人形です。
なぜそのチョイスなのか わかりませんが(^▽^)

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