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2020年9月30日 (水)

宮商和して自然なり

2020年9月30日 秋のお彼岸も過ぎ、9月最終日です。

暑くもなく、寒くもなく、陽射し柔かく心地よい一日でした(‐人‐)

お朝事(朝のお勤め)で読んだご和讃も、今日の日和にピッタリな気がしました。

 清風宝樹をふくときは
 いつつの音声いだしつつ
 宮商和して自然なり
 清浄勲を礼すべし

浄土の宝樹に風がふくとき
「宮(きゅう)・商(しょう)・角(かく)・徴(ち)・羽(う)」の五つの音階の音色を出し
宮・商・角・徴・羽の五つの音階は、音と音とが打ち消し合わないで、調和してやわらかな音色を奏でています
そのことは、自然なこと(おのずから そうならしめられていること)です
それぞれの音色を持つ音階が、他を邪魔にすることなく、お互いに調和し合って、清浄な音色を奏でる
自然のことわりが成り立つ浄土を建立した阿弥陀仏に合掌礼拝を心がけ、南無阿弥陀仏と念仏申しましょう

かなり補足しましたが、意訳するとこのようなことが書かれています。

いつつの音階が他を邪魔にせず、お互いに調和し合う。

このことは、風が吹いたときに聞こえてくる音のことを言っているだけではなく、阿弥陀の浄土につどう 衆生(生きとし生けるもの)の姿をも表わしているのではないでしょうか。

他を邪魔にせず、お互いに調和し合う

そういうことが、誰かに言われてそうするのではなく、清い人間となったからそういうことができるようになったというわけでもなく、

自然(じねん)と、そのようになっているのです。

阿弥陀の浄土とは、そういうところです。

爽やかな朝、清浄な和讃、本堂に吹き込む風の音

昨日芝刈りをして整えた芝では、ムクドリたちが、芝生から出てくる虫をついばんでいます

墓地には、秋の気配漂う今になっても、朝顔が咲いています

また、彼岸は過ぎたけれど、彼岸花が開花しはじめました

自然(じねん)のなかに身を置く わたし を感じます

南無阿弥陀仏

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