« 立場によって言うこと、言うべきことが変わるのはよくわかります。けれど、前代未聞の台風が来ている、これからも未曽有の災害が訪れることが目に見えている日本において、政(まつりごと)に携わられる方は、どうか国民のことを、いのちのことを見てほしいと願います。南無阿弥陀仏 | トップページ | 「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」随想② »

2020年9月 7日 (月)

「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」随想①

たとえ住む家があっても、共に生活する家族がいても、学校や職場で話をする友がいても、任された務めがあっても、ふと感じることがある。私の居場所はどこだろう? ここが私の居場所だろうか?

現代、多くの人が、居場所を求めている。

「南無阿弥陀仏」の念仏は、私の口から称える。けれど、私が称えるに先立って、私を呼ぶ声がある。「あなたのことを救います」「あなたのことを思っています」。その呼び声があるから、私は、阿弥陀を想い、「南無阿弥陀仏」と念仏を称えられる。

「南無阿弥陀仏」と念仏称えることは、私を想っているはたらきがある証(あかし)。

「南無阿弥陀仏」と念仏称えることは、私の居場所はここでいいんだ、ここが私の居場所なんだ、という私という存在を認める声。

悲喜こもごも、どのような境遇の時も、「南無阿弥陀仏」と共にある私。

 ☆

真宗大谷派では、2023年に「宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃(きょうさん)法要」をお迎えします。
親鸞聖人の誕生から850年、念仏の教えをよりどころとして主著『教行信証』を著わされてから約800年を迎えることをご縁としてお勤めする法要です。
慶讃法要テーマ 「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」について、随想を綴ります。
南無阿弥陀仏

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