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2020年9月15日 (火)

「南無阿弥陀仏 人と生まれたことの意味をたずねていこう」随想⑦

「いのち響き合う世界」

人の世は、差別が尽きません。けれど、人と生まれた私たちは、平等のいのちを今現に生きています。

誰もが、生老病死するいのちを生きています。
日々の成長は、老いとも言い換えられます。
病は、生きようとしている身体からのサインです。
生があるからこそ死があり、死があってこその生です。
そのようないのちを、誰もが皆生きています。

誰もが、誰に代わってもらうことのできないいのちを生きています。
どこの世界を見渡しても、私は、唯だひとり。唯だひとりにして、尊い。

誰もが、阿弥陀の浄土へと往生します。
阿弥陀の救いの対象から外れる者はいません。

生きる姿や境遇はさまざま、ひとり一人が違う生命を生きています。けれど、一人で生きている人はいません。
それぞれの生命を生きながらも、誰もが平等のいのちを生きています。みんな違って、みんな同じ。
あなたがいて、わたしがいる。わたしがいるから、あなたがいるのかもしれない。
響き合いながら、この世界を生きて居ます。阿弥陀からの呼び声と共に。

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