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2020年9月 2日 (水)

防災

世田谷区の公立小学校は、昨日9月1日から二学期が始まりました。

子どもたちも元気に学校へ行きました。

9月1日は「防災の日」です。

私が小学校に通っていた頃は、9月1日、つまり始業式でもあり防災訓練の日でもありました。集団下校をしていた記憶があります。

何年生のときのことか忘れましたが、9月1日に台風で雨が強まり、訓練がそのまま実地の集団下校となりました。

「防災の日」が9月1日に制定されたのは、「関東大震災」〔1923年(大正12年)9月1日に発生〕を忘れないためだそうです。

 ☆

夏休み最後の日、つまり8月31日の妻との会話

(私)「明日は“防災の日”、関東大震災の日だね」

(妻)「!? え、そうだったの? ごめん、私の中で震災っていったら、日本海中部地震なんだ〔1983年(昭和58年)5月26日発生〕。弟が生まれた直後だったから、いろいろと大変だった・・・らしい」

(私)「そうだね、秋田の人にとっての記憶は、関東大震災より日本海中部地震だよね」

毎年のように日本各地で自然災害が発生していて、実際に被害に遭った災害、忘れられない災害は、人それぞれあります。

規模の大きさでいえば、東日本大震災はかなり大きなものでした。

その前に、阪神淡路大震災があり、新潟の中越地震・中越沖地震があり、後には熊本地震も発生しています。

水害も多く発生しています。私にとっての水害は、実際に遭遇した長崎水害〔1982年(昭和57年)7月23日〕を忘れられません。

自分が被災したり、身内が久したりすると、自然災害の驚異はより大きなものとなります。

毎年、世界各地で災害が起こるということは、それだけ人間の記憶も上書きされてゆきます。

けれど、上書きされたからといって忘れてしまう事柄ではありません。

こころに刻まれた痛みや悲しみ、目に焼き付いた光景は、いつまでも私のなかにあります。

悲しい出来事は、忘れたいことかもしれませんが、

忘れ得ずにいつまでも伝えていくべきことでもあります。

今年は、「第二次大戦後75年」という表現を耳にしました。

75年のときを経過するということは、個人の記憶が薄れていくというだけでなく、記憶している方・語り部である方が亡くなっていくということも意味します。

関東大震災からは97年が経ちます。

なおのこと、当時を知る人は少なくなります。

ちなみに、西蓮寺は関東大震災後の都市整備のため、港区三田の地から世田谷区北烏山の地へ移りました。それもまた、震災の記憶です。

まだ来ない災害に備えることも防災ですが、

すでに来た災害を語り継ぐこともまた防災です。

さまざまな記憶、それぞれの想いが語り継がれてゆくことを願います(‐人‐)

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