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2020年8月11日 (火)

現在(いま)、世界で起きていること

今日も朝からお暑うございます💦

昨日も暑い一日でしたが、夜寝る前にふと思い、娘に尋ねました。

「ねぇ、今日、外に出た?」

「ううん、出てないよ」(^▽^) (^▽^) という返事💧

う~ん、いくら暑いといっても、境内をひと回りするとか、掃除するとか、ちょっとは外に出すべく声をかけるべきだったと反省。

私は、夕方に植木の剪定をしていたので、そのときに声をかければよかった。

で、今朝は、「ホースを出すから、植木に水をあげてください」と誘って、一緒に外に出ました

朝から暑い暑い💦

子どもたちが水やりをしているとき、私は植木の剪定や本堂の欄干の掃除を。

子どもたちがホースをつかって水やりをしていたのは瞬間で、すぐに水鉄砲を持ってきて水遊びが始まりました。

当然、私も水をかけられ、Tシャツもズボンもビショビショになりました。

グジュグジュのTシャツ・ズボンに気持ち悪さを感じつつも作業を進めていると、恐ろしいことにTシャツもズボンも乾いてしましました‼

なんて暑さでしょう🌞

皆様、おからだお大事に👋

 ☆

昨日、香港のメディア「リンゴ日報」創業者の黎智英氏が、香港警察によって逮捕された。

昨晩寝る前には、民主活動家の周庭氏逮捕のニュースが入ってきた。

ふたり(ふたり以外にも逮捕されている)の逮捕容疑は明らかにされていないが、「国家安全維持法」違反容疑で、外国勢力と結託して国家の安全に危害を加えたことなどとされている。

周庭氏は、「国家安全維持法」制定前に民主派団体を脱退し、活動のツイッターもやめていました。

にもかかわらず、逮捕されました。

ということは、「国家安全維持法」制定前の、過去の行いにさかのぼって容疑がかけられるということです。

気に食わない人間をいくらでも逮捕できることにつながります。

また、メディアに対しても、政府の批判をしてはならないという無言の圧力をかけたことになります。

香港から自由が、民主が、奪われた日。昨晩、想いを巡らせました。

 ☆

島根県内の高校サッカー部で、部員など複数の方が新型コロナウイルスに感染していたことがわかりました。

例によってSNS上で、サッカー部や高校を非難する声、感染者を割り出そうとする動きが出ています。愚かです。

感染者も、高校も、悪くはありません。一日も早い快復を念じています。

これだけSNSを利用した人権無視の行動があからさまになると、規制へ、厳罰化へ、という声が挙がります。

法によって規制され、法によって処罰される。そのことに抑止を期待する。

さて、果たしてそのような国でいいのですか? 

そういうことでもしないと、他者を傷つけるということがやまない生き物ってなんなんですか?
(そういうことをしても、他者を傷つけるわけですが)

他者を傷つける行為に対し、さまざまな法制化がなされてきました。

そのことによって助かった人も、現実にいることと思います。そのことはよかったと思います。

けれど、法が整備されるということは、それだけ私たちの生活が規制だらけになるということです。

蜘蛛の巣の目が徐々に徐々に細かくなっていき、しまいには身動きがとれなくなっていきます。

他者(ひと)を人と見ない態度が広まり、法による支配が強まり、人が人として生きていくことに汲々(きゅうきゅう)とする世の中。

為政者は、社会のため民衆のために法を整備していくわけではありません(と感じます)。

自分たちに都合のいいように、法を整備していきます。

だから、抜け道が用意されていたり、都合の悪い者の動きを封じようとしたりする。

もちろん、私たちの生活のためになっている法律もありますが、本当は法によって縛られるのではなく、自制していくものではないでしょうか。

戦争は、かつては国盗り合戦(陣地の奪い合い)でした。

現代(いま)、戦争を起こすとしたら、なんのためだろう?と考えました。

なおも領土拡大もあるでしょう、権力誇示のためもあるでしょう、悲しいかな宗教の対立もある。

けれど、戦争そのものが目的ではない場合もあるのでは?と考えました。

自分たちに都合のいい法律や憲法やルールを作るために、戦争をちらつかせるという、いち手段としての戦争。

昨日、Eテレの「ハートネットTV 優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本」を見ました。

ヒトラーのナチス政権化において、ポーランド侵攻とほぼ時を同じくして、いわゆる「断種法」が制定されました。

障害をもった者は国のためにならないと、障害者を安楽死させる法が制定された。

日本においても、第二次大戦後、過剰な人口増抑制のためと、優良な子孫を残していくことを目的として「優生保護法」が制定されました。

香港の「国家安全維持法」のことを書きましたが、これもまた日本においてはかつて「治安維持法」があり、表現の自由や結社の自由が制限されていた歴史があります。

法は、悪いことをする人間を捕まえたり罰を与えたりするものではなく、時の政府の思惑によって制定される恐ろしい側面があります。

ただし、恐ろしい計画をそのまま表に出しても、民衆の反対を受けます。

あたかも必要なもの、是があるものとして喧伝し、制定してしまいます。

制定されてからは、遅いのです。

過去にさかのぼって逮捕されることも起こり得ます。

理由を付けて安楽死させられることも起こり得ます。

現在(いま)実際に起きていることは、香港での出来事、中国国内における中国共産党の思惑・・・ではありません。

同じ時代(とき)を生きている、同じ大地を生きている、同じ人間の身に起きていることです。

黎智英氏と周庭氏の逮捕の報道を受けて、身の毛がよだつ想いがしています。

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