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2020年8月 6日 (木)

連帯

暑いですね🌞

朝起きて、カーテンを開けたとき、もう既に殺人的な陽射しが飛び込んできました。

掃除のため外に出ると、このステイホーム期間中に知り合ったバングラデシュ人の彼と出会い、挨拶を交わす。

出会いとは、不思議な縁だなぁと想います。

相手がどこの国の人であろうと、個人と個人として出会うと、挨拶や会話を交わせます。

けれど、組織と組織、国と国のように、規模が大きくなると、いがみ合い、駆け引きをし、貶め、争うということにつながります。

当然、個人と個人の関係においても争いは起こり得ますが、より冷静であらねばならない国どうしが、武力や核兵器をちらつかせてけん制し合っているのですから、よりたちが悪いです。

物事はつながっていて、戦争は戦争だけのこと、感染症は感染症のこと、だけでは収まりません。

新型コロナウイルス感染症のワクチンや特効薬ができた際、全世界中の為に使うと決断するのか、権力争いの強力なカードとして使うのか。

国と国との枠組みを超えて、全人類、すべての生きとし生けるもののことを視野に入れて考えなければ、結果、自分のため(自国のため)と思っていても、その自分(自国)すら生命として危うくなることでしょう。

2020年、私たちが今、肌で感じている陽射しの暑さだけでも、厳しいものです。

75年前、照り付ける陽射しの暑さとは別の、原爆による火傷(やけど)の熱さや痛みに苦しみながら、のどの渇きから人々は水を求めました。

また、繰り返していいのでしょうか。

核爆弾のボタンが押されてからでは、もう遅いのです。

1945年8月6日 午前8時15分 広島市に原爆が投下される。

2020年8月6日 広島市 松井一実市長 「広島平和宣言」

 1945年8月6日、広島は一発の原子爆弾により破壊し尽くされ、「75年間は草木も生えぬ」と言われました。しかし広島は今、復興を遂げて、世界中から多くの人々が訪れる平和を象徴する都市になっています。


 今、私たちは、新型コロナウイルスという人類に対する新たな脅威に立ち向かい、踠(もが)いていますが、この脅威は、悲惨な過去の経験を反面教師にすることで乗り越えられるのではないでしょうか。
 およそ100年前に流行したスペイン風邪は、第一次世界大戦中で敵対する国家間での「連帯」が叶(かな)わなかったため、数千万人の犠牲者を出し、世界中を恐怖に陥(おとしい)れました。その後、国家主義の台頭もあって、第二次世界大戦へと突入し、原爆投下へと繫(つな)がりました。
 こうした過去の苦い経験を決して繰り返してはなりません。そのために、私たち市民社会は、自国第一主義に拠(よ)ることなく、「連帯」して脅威に立ち向かわなければなりません。
 原爆投下の翌日、「橋の上にはズラリと負傷した人や既に息の絶えている多くの被災者が横たわっていた。大半が火傷(やけど)で、皮膚が垂れ下がっていた。『水をくれ、水をくれ』と多くの人が水を求めていた」という惨状を体験し、「自分のこと、あるいは自国のことばかり考えるから争いになるのです」という当時13歳であった男性の訴え。

 昨年11月、被爆地を訪れ、「思い出し、ともに歩み、守る。この三つは倫理的命令です」と発信されたローマ教皇の力強いメッセージ。そして、国連難民高等弁務官として、難民対策に情熱を注がれた緒方貞子氏の「大切なのは苦しむ人々の命を救うこと。自分だけの平和はありえない。世界はつながっているのだから」という実体験からの言葉。これらの言葉は、人類の脅威に対しては、悲惨な過去を繰り返さないように「連帯」して立ち向かうべきであることを示唆しています。
 今の広島があるのは、私たちの先人が互いを思いやり、「連帯」して苦難に立ち向かった成果です。実際、平和記念資料館を訪れた海外の方々から「自分たちのこととして悲劇について学んだ」、「人類の未来のための教訓だ」という声も寄せられる中、これからの広島は、世界中の人々が核兵器廃絶と世界恒久平和の実現に向けて「連帯」することを市民社会の総意にしていく責務があると考えます。

 ところで、国連に目を向けてみると、50年前に制定されたNPT(核兵器不拡散条約)と、3年前に成立した核兵器禁止条約は、ともに核兵器廃絶に不可欠な条約であり、次世代に確実に「継続」すべき枠組みであるにもかかわらず、その動向が不透明となっています。世界の指導者は、今こそ、この枠組みを有効に機能させるための決意を固めるべきではないでしょうか。
 そのために広島を訪れ、被爆の実相を深く理解されることを強く求めます。その上で、NPT再検討会議において、NPTで定められた核軍縮を誠実に交渉する義務を踏まえつつ、建設的対話を「継続」し、核兵器に頼らない安全保障体制の構築に向け、全力を尽くしていただきたい。
 日本政府には、核保有国と非核保有国の橋渡し役をしっかりと果たすためにも、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いを誠実に受け止めて同条約の締約国になり、唯一の戦争被爆国として、世界中の人々が被爆地ヒロシマの心に共感し「連帯」するよう訴えていただきたい。また、平均年齢が83歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」の拡大に向けた政治判断を、改めて強く求めます。
 本日、被爆75周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。
令和2年(2020年)8月6日
広島市長 松井一実

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コメント

広島って、
8/5に
カトリック(追悼)と、
浄土真宗本願寺派(逮夜法要)の行事あって、
8/6は
神社庁(慰霊)
→臨済宗(慰霊)
→浄土宗(慰霊)
→真言宗(慰霊)
→真宗大谷派(非戦・平和法要)
→日蓮宗(慰霊)
→曹洞宗(慰霊)
→プロテスタント(追悼)
とかってなスケジュールでやってたように思うんですけども、8/5に浄土真宗本願寺派が逮夜法要なのは、1宗派でダントツに門信徒数が多いので別枠になってるのはわかるんですけど、カトリックがやっぱり前の日なのは、カトリックのひとが広島には多いんでしょうか…

☆HikkenDokugoさんへ
カトリックの方が多いのか否かわかりません。
本願寺派が5日で 大谷派が6日ということと考え合わせてみると、
カトリックは5日で プロテスタントは6日にして、わざと日を分けているとか…
あ、でもそんな必要はありませんよね。
はしごする人がいるわけではないし。
何か事情があるのでしょうか?
それともたまたまか。

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