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2020年8月 5日 (水)

聞くべきこと

今日もお暑うございます。

「コロナ罹患者に対する差別が酷いですね。病気は、誰もがかかる可能性があるのに。」ということを、このブログで常々書いてきました。

今朝もテレビで、コロナ罹患者に対する差別を取り上げていました。

見ていてつらかったです。

アンケートで、「新型コロナウイルスに感染したら、それは本人が悪いと思う」と答える人が、諸外国に比べ、日本はダントツに多いそうです。

数日前、ニュースで、夏休みの旅行に出かける家族にインタビューしているシーンがありました。

そのご家族のお子さんが、「コロナにかからないように気をつけたいと思います」と答えていました。

あぁ、親がそういう会話をしているんだなぁと思いました。

かからないように気をつけることも当然ですが、自分が罹患していて、他者(ひと)にうつす場合だってありうるわけです。

でも、自分たちの立場は、感染していない人、罹患していない人、です。

つまり、うつす立場に身を置かず、うつされる立場にだけ身をおいているわけです。

「(病気を)うつされないように、(病気に)かからないように、気をつけようね」とだけ親から言われていれば、

子どもは当然「かからないように気をつけたいです」と答えます。

コロナの件に限らず、自分は被害を被る方、自分が他者に被害を与えることはない、ということが根付いているので、

日本人は、「新型コロナウイルスに感染したら、それは本人が悪い」と思うのでしょうね。

その考え方が蔓延した世の中では、他者(ひと)への思い遣りも欠如します、自分自身が病気になるという想像力も欠如します。

だから、何かあったときに、「どうして私ばっかりこんな目に遭うんだ」という発想になります。

誰もが、こんな目に遭うかもしれないし、遭わないかもしれない。そういう縁を生きています。

滋賀のお寺さんから寺報が届きました。

住職が、「このコロナ禍において、不安はなくならないものです」ということを、どこかで一筆書いたら、「厳しすぎる」「優しい言葉が欲しいです」という意見が届いたそうです。

この住職は、優しさで現状をごまかすのではなく、現状にきちんと向き合う中で生きていくしかない、生きていきましょう!という想いを綴られたのだと察します。

現代は、優しい言葉、厳しくない言葉、不安にさせない言葉が溢れています。

どうやらそれに慣れすぎてしまったようです。

耳を傾けるべきこと、しっかり聞くべきことを聞く体力がなくなっています。

自分の意に沿わない人に対する憎悪は強力です。

結果、コロナに感染するような奴は、自分が悪い!自分のせいだ!ふざけるな!俺にうつすな! という、正義という名の“自己の思い”に覆いつくされ、実は自分で自分を傷つけています。そんなことに、気づくことなく。

安田理深先生の言葉を思い出しました。

私たちはもっともっと悩まねばなりません。

人類のさまざまな問題が私たちに圧(の)しかかってきているのです。

安っぽい喜びと安心にひたるような信仰に逃避していることは出来ません。

むしろ そういう安っぽい信仰を打ち破っていくのが浄土真宗です。

南無阿弥陀仏                     

 

 

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