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2020年8月10日 (月)

終息なき争い

このコロナ禍において、その“しゅうそく(収束・終息)”について書いたことがあります。

新型コロナウイルスが収束に向かっても、このコロナ禍において傷つけ合った人間関係が修復されることはない。

人間と人間が傷つけ合った痛みが消えることはない。そういう意味において、新型コロナウイルスが“終息”することはない、と。

8月6日の広島市 松井一美市長、8月9日の長崎市 田上富久市長の「平和宣言」を読みかえしていて、戦争もまたコロナ同様 “終息” は有り得ないのだな、と感じました。

戦後〇〇年という言い方を、します。

あたかも戦争が終わって〇〇年と言っているように聞こえますが、実は、戦争は終結していないかのようです。

戦争とは、一度始めてしまったら終わりのないもの・・・なのかもしれません。

戦争は、自分の住む国(生まれ育った国)と、敵国との間の争いかもしれませんが、自分の住む国のなかにおいても、戦争に賛同しない態度をとったり、戦争を否定する態度をとったりすれば、「非国民」と言われて攻撃を受けました。

それが、終戦(と言われるとき)を境に、180度変わったという話を、戦争を経験した人たちから聞きました。

戦争賛美していた上官が、近所の誰々が、終戦と共に国に文句を言い出した、「私は戦争反対だったんだ」と言い出した、と。

終戦を迎えても、攻撃を受けた人のこころに刻まれた痛みや悲しみは消えません。

攻撃した方の人(他者を責めた方の人)、戦争が終わった途端に戦争賛美から戦争否定に変わったような人は、他者を責めた痛みの記憶もないのかもしれませんが。

国と国との関係においても、戦争の事実を良くも悪くも引き合いにだして、政治利用することが現代(いま)もなお続いています。

そういう意味では、戦争の延長線上に国際関係があるのは、消せぬ事実です。

軍事産業は、お金を生み出します。それゆえに、政治を司るヒトたちは、そこから手を引くことができません、手を引こうとしません。

自分が生まれ育った国以外の人びとへの差別意識も、戦争に根源がある側面もあります。

戦争も、新型コロナウイルスだって、人間が生きているなかで生じたもの。

人間が生じさせたもののなかで、さらに人と人とが傷つけ合う。

その、傷つけ合った歴史の延長線上を生き、さらに傷つけ合っている、傷つけ合おうとしている。

目に見えぬ形での争いが収まっている“収束”はあり得るけれど、こころのなかに傷は残り、水面下での駆け引きは続き、あわよくばまた争ってでも・・・と考えるヒトがいて、戦争は終息していません。

新型コロナウイルスが、やがて収束しても、今、人と人とが傷つけ合っている現実は、終息することはない。

そのことを、戦争が教えてくれている。

 ☆

今日(2020年8月10日)と来週月曜日(8月17日)、Eテレで放送の「ハートネットTV」は、「優生思想と向き合う 戦時ドイツと現代の日本」が放送されます(午後8時~8時30分)。

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