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2020年8月 7日 (金)

外山滋比古先生ありがとうございます

今日も暑いですね🌞

妻が、お座敷のレースカーテンを全部洗濯していました。真夏の恒例行事です。

洗濯してレールにかけなおしたカーテン、開けてる窓から入ってくる風になびくカーテン。ほのかな洗剤の薫り。

夏の暑さと風で、レースカーテンは瞬く間に乾いてゆきます。

2020年7月30日 外山滋比古(とやま・しげひこ)先生が亡くなりました。

『思考の整理学』(ちくま文庫)からご教授いただいていました。

 ☆

学校で学ぶ生徒を、グライダーと飛行機に例えられた文章が、『思考の整理学』に書かれています。

グライダーは、飛ぶ姿は優雅で美しい。けれど、悲しいかな、自力で飛ぶことができない。
学校は、グライダー人間の訓練所となっている。
学校は、自力で飛び回れる飛行機はつくらない。
勝手に飛び回る飛行機ではなく、教えられるままについて行く従順さを求めて、教育がなされてきた。
優等生と呼ばれる生徒は、グライダーとしての成績が優秀ではあるけれど、自分の好きなように論文を書きなさい、となると途方に暮れてしまう。
言われた通りのことをするのは得意だけれど、自分で考えてテーマを持てと言われることを苦手とする。

と、指摘されています。そして、

こどもというものは実に創造的で、詩人であり、小発明家である。

ところが、学校で知識を与えられるにつれて、散文的になり、人まねがうまくなる。

人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。

受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発見、発明するのが後者である。

両者は、ひとりの人間の中に同居している。

グライダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。

何も知らないで、独力で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。

しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行能力はまるでなし、という“優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる”という評価を受けているのである。

学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。

学校教育が整備されてきたということは、ますますグライダー人間をふやす結果になった。

お互いに似たようなグライダー人間になると、グライダーの欠点を忘れてしまう。

知的、知的と言っていれば、翔んでいるように錯覚する。

と、教育の現場の現状を(人間自身を、かな)嘆かれています。

『思考の整理学』は、1986年4月24日に第一刷が発行されています。

34年前には既に、上記のようなことを感じていたのですね。

似たような人間ばかりになれば、そのなかの欠点を、欠点とすら感じない。欠点が普遍性を持ち、おかしい点を当たり前のこととしてしまう。

現代(いま)の様相・雰囲気が、言い当てられています。

思考がきちんきちんと整理されていく、という指南書ではなく、思考を重ねることをとおして、新しい発見や気づきがあり、思考と発見・気づきが合わさって発酵して、あらたな思考が生み出されてゆく。そんな、人間が本来持っている思考の柔軟性を、外山滋比古先生自身の体験・実感をとおして綴られている書『思考の整理学』です。本棚にいつまでも並ぶ書だと思います。

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